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<title>saimaiのブログ</title>
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<title>彼氏２</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/amemberentry-10602462294.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 16:45:06 +0900</pubDate>
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<title>彼氏</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/amemberentry-10590877271.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jul 2010 00:37:08 +0900</pubDate>
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<title>おなか痛い・・</title>
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<![CDATA[ ストレスってどうやって対処していますか？<br>生きていくうえでストレスやっぱりたまるし，ストレスためすぎると<br>いつも気分がふさいでしまう．．．<br><br>私は，ドイツでヨガに興味を持ち，日本のサイトとかで勉強していたりしました．<br>それでも限界がありましたが．．<br><br>で　本格的に始めたのは帰国してから．<br>たまたま大学の先輩がヨガのインストラクターの資格をとって教えてくれることに<br>なりました（週１回）<br>アロマをたいたり，リラックスできる曲を流してくれたりしてかなり癒されます，<br>一時間半くらいやっているのですが，とてもリラックスできます．（思ったよりハード）<br>習ったポーズとかはなるべく覚えるようにして自宅でやっています．<br><br>今，三角，勇者，木，ハトの大さま，とか覚えました．<br>呼吸も，腹式呼吸ができるようになって来ました．鼻呼吸も重要らしいです．<br>（もちろん鼻で呼吸する）<br><br>ヨガの先生いわく，最初に腹筋をつけると他の筋肉が自然についてくるらしい<br>また，ヨガでは普段使わない筋肉を使うから，代謝もよくなるし，他のスポーツも<br>うまくなるらしい．<br>さらに，歩いているときなどどこの筋肉がどう使われているか意識できるようになります．<br>（歩いているときおなかに力を入れたり）<br>思うに今まで意識していなかった筋肉が大脳で制御できるようになります．<br><br>この前体験でほっとヨガに行ってきました．<br>私は，普段汗かくことがないのですが，ほっとヨガではめちゃめちゃ汗かきました！<br>さらに水を飲む習慣がついて健康的になったと思います．<br>お勧めです．<br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10576529056.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jun 2010 10:52:03 +0900</pubDate>
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<title>上司</title>
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<![CDATA[ 私には多くの上司がいる<br>なぜなら４回もインターンを行ったからだ．<br>それについては得だと思っている<br>それぞれの上司は上司と呼ばれるだけあって，いろいろなことを考えていて<br>人生についてなにかしら悟っていた．<br><br>一人目は，みんながやらないということを積極的にやる人だった．<br>部下や同期の状態をきいて励ましてあげる，やさしい上司だった．<br><br>二人目は，あんまり喋ることのない寡黙な上司だった（アメリカ）<br>理論屋だったせいもあるが，数字を常に意識していて，いろんなことを考えていた<br><br>三人目は，すごい上司だった．私に仕事以外にも生活や考え方をいろいろ教えてくれた．<br>彼は，エンジニアなのだが，会社のために自分の仕事以外に，会社のために営業活動をし<br>その方面でも利益を得ていた．また，○○ではだれそれ．と人に言われるようになるべきだと<br>いっていた．その人の場合は経理システムだった．<br>また，日経新聞を毎日読むことの重要性（その日の取引先の会社のニュースがあってそれを<br>取引で話題にすると場がなごんだなど）や，ゴルフをやる（これも取引先のため）ことの<br>必要性を訴えられた．<br>また，与えられた仕事だけやるのは普通の人で，与えられたことプラス会社のことをいかに<br>できるかを常に考えて実践しろ．とか，月曜日の初めには一週間の計画を考えろプラスその日の<br>計画を考えろなど<br><br>四人目の上司はドイツ人である．<br>そのドイツ人はがんばりやで寡黙だった．でも，マラソンしながら会社にきたり（汗だく）<br>オーケストラやっててトランペットを吹いたり　とてもいろいろ知っている人だった．<br>私にはとてもやさしく，就職活動のなやみをきいてくれたり，日本について考えていることや<br>ドイツの違いなども語り合った．<br>いろんな意見を，とりあえず何かしら意見を持つことはとても大切であることを学んだ<br><br><br>最近その４人目の上司とメールをしている<br>かれは忙しくてストレスのある仕事をしているようだ．<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10565516759.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jun 2010 10:11:13 +0900</pubDate>
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<title>就職活動</title>
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<![CDATA[ 私はあんまり要領のいいほうではない．<br>そのおかげで就職活動については困難を窮めた<br><br>このドイツへのインターンシップがかなり有効的に就職活動に<br>働くと過信していた．なぜなら過去の先輩もかなりの有名企業に就職していたからだ．<br>でも私は重要なことを忘れていた．<br>私は私でしかないということである．　どんなに周りからみて羨望されるような経験を<br>身に着けても振ればただの私でしかないということだ．<br><br>それに気づいたのは就職活動を３月終わりに始めてからだ．<br>それから，私はドイツにいったことをアピールポイントに使うことをやめた<br>なんかわかんないけど，そういうことに応募してしまう，自分で努力して苦労しながらも<br>毎日充実した生活をすごそうとする，ほんとはそこまでアクティブじゃないけど，計画立てて<br>なかなかできないこと（アクティブに進めること）を実現してしまう・・そんな自分の飾らない本来の性質<br>を伝えたら今の会社に気に入ってもらえた．<br><br>私はインターンに計４回いった．ねたが多すぎて自分ではなにを通せばいいかわからなくなっていた．<br>結局，すべて自分という人間がやっていて，本質が限りなくある経験できる可能性を選んでいるんだから，<br>ねたが多くあればその分普遍的な自分がみえやすい．<br>その分においては，かなり有利だったのだが，私はネタがありすぎて話し出すと自分がブレて<br>かえってネタが多い自分を恨んだ（今思えば贅沢だが）<br><br>就職活動に悩んでいるとき，大学の先輩からこんな言葉をいただいた<br><br>経験を取捨選択しなければいけないと．<br><br>すべてを語ることはできない．人間だしいろいろな面をみせるのは当たり前．行動が必ずしも<br>軸どおりになっていなくて当たり前なんだと悟った．<br>で，他の人にどういう自分か手っ取り早くわかってもらうためには，一つの面だけを見せる（<br>場合によっては二つ見せるテクニックも必要）<br>スキルが必要なんだと悟った．<br><br>環境にだって興味ある<br>生産効率に興味ある<br>電子回路に興味ある<br>友達作るの大好きだし，友達を大切にしたいと思っている<br>ボランティアだって興味ある<br>人に影響を与えることに興味があって，自分で海外インターンシップを<br>広げる活動を立ち上げて大学訪問を行っている<br>だから，自分で動く，渦をつくる力だってある<br><br>その反面，不器用だし，論理的に考えられないところある<br>しゃべるのが苦手だし，性格はおとなしいほう．<br><br>就職活動ですべてを伝えるのは無理！<br>だけど，私は積極的だってことが一番わかってもらいたかったし，<br>でもその積極的っていうのも，目的があって，計画して初めて<br>行動に移せるんだってこと（本質的にはおとなしい）<br>ってことをわかってほしかった．<br>うまく，会社には言葉で伝えられなかったけど，今の会社は，人事の人が，<br>「おとなしそうに見えていろいろ努力して積極的に動いているのね」<br>って，私を面接会場から控え室につれていってくれるときに見抜いてくれた<br><br>とてもうれしかった．この会社のためになることなら何でもできると思った．<br>そしてそこで内定をもらった．<br>私の情熱とポテンシャルを買ってくれたわけだから，本当に死ぬ気でがんばりたいと思う<br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10565299667.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jun 2010 00:36:23 +0900</pubDate>
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<title>初めての個人海外旅行</title>
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<![CDATA[ 語学学校で，日本人と日本語を結構喋ってしまっていて，学校行ってもそんなに苦労ではない<br>でも授業はすべてドイツ語でかなりの苦労だった．<br>そんなにすぐに喋れるはずはないし，いつまでこの生活が続くのかと早くも一週間で思ってしまった．<br>そんなとき，たまたまホームページをみて，「命の洗濯　フィヨルド」というホームページをみて<br>私も洗濯をしたいと思った．<br>他の日本人たちと行くことになった．日本人４人<br>まだまだそんなに親しくはなかった．<br>ネットがステイ先にある人とない人がいた．<br>私は運良く家でただでインターネットが使えて，その分事前情報収集をしていた．<br><br>フィヨルドっていってもでも言語がわからない<br><br>そもそもフィヨルドってどこにある？<br><br>スウェーデン？ノルウェー？<br>ノルウェーか．<br><br>どっちも回れないかな？フィンランドもついでにいけるんじゃない？<br>でも４日しかないよ！（語学学校の休みが）<br><br>じゃぁノルウェーとスウェーデンだ．<br><br>じゃぁ飛行機はベルリンからストックホルムまでと　オスロからベルリンまでを取ってしまおう．<br><br>オスロからフィヨルドまで１００キロ？！もう飛行機取っちゃったよ<br><br>ストックホルムからオスロまでどうやっていくの？<br><br><br>などといろいろな問題がぶちあたった．<br>とうとう，<br>ストックホルムからオスロまで夜行バスがあるらしい<br>オスロからはレンタカーで行けばいい<br>フィヨルドではフロム鉄道にのればフィヨルドがみれる<br><br>などといった情報をネットでさがしあてて，<br>ストックホルムにベルリンのテーゲル空港から出発した．<br>でもバスの乗り場がわからない．両替は？などといった問題は数多くのこしたまま．<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10550529247.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Jun 2010 00:52:57 +0900</pubDate>
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<title>劣等感</title>
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<![CDATA[ 知り合いに厳しく言われたとき劣等感に陥ってどうしようもなくなる．<br>私はなんで生きてるのかとさえ思えてくる．<br>だけどそういうことはしょっちゅうだし，後輩からもいわれた言葉が驚くほど<br>傷つくことがある．それは日本語だからかもしれない．<br>ドイツに行って言語のありがたみとその影響の大きさを痛いほど理解するようになった．<br>ニュアンスの違いが様々な影響を及ぼす経験があった．<br>たとえば　mir ist heiss or ich bin heiss<br>どっちも日本語では熱いみたいな意味だが，前者は本当に熱く，後者は，興奮していて熱い<br>みたいな意味になっている．<br>これは極端な例だが，行ったの？これから行くの？　そういう時制に関する些細な間違えが<br>あとあと，ドイツ人との約束にかかわってきたりして，苦労した．<br><br>日本に帰って間もないころは，私は日本語がうまくしゃべれなかった．<br>いたるところでまだドイツ語が出てきていた．ドイツではしゃべることの苦労<br>やエネルギーを大きく味わってしゃべらない癖がついたので，<br>日本では帰国当初あまりしゃべらなくなったねといわれた．<br><br>日本でもドイツでの，表現の違いによる苦労は私の中に生きていて<br>ある言葉を思いついて，いうか，いわない<br>か．いうならどういう方が相手にとっていいか．ということを考えながらいうようになった．<br>結局，相手を傷つける言葉を言って損なのは自分だし，相手にそんなことをいう必要はないし<br>必要なことしかいいたくないという思いが強くなった．<br><br>ただ，意見を求められたときにすぐに答えることができるように，間違っててもいいからとりあえず<br>なにかしらの意見を持つ（イエスかノーか）それから理由を考える<br>という風にするようになった
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10546439479.html</link>
<pubDate>Thu, 27 May 2010 17:37:09 +0900</pubDate>
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<title>話題</title>
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<![CDATA[ 私は日本ではあまり話題に困ることはないし，思いついた話題をしゃべるのに必要な日本語力はある（もちろんネイティブだ）<br>ただし，ドイツに行くと話しは別である．<br><br>友達と何をしゃべろうか，ホストファミリーとは？<br>話題を考える癖がついた　それにあわせてドイツ語の単語を覚えてしゃべる癖がついた<br>JALの公的機関による再建，エールフランスのブラジル発の墜落，豚インフルエンザ，<br>ドイツ連邦議会５０周年記念．ドイツ総選挙<br>旅行の話，週末の話，サッカーの話，映画の話<br><br>いろんな話をした．はじめのほうは，旅行の話や週末の話が多かった．<br>でも引き出しを多く作るために新聞，インターネットを活用した．<br>ドイツ語がしゃべれないとかいうのは逃げで，事前に調べていけばいくらでもしゃべることはあるんだと<br>思った．そういう意味で毎日が真剣勝負，いかに話題に乗れるかがポイントだった<br>ドイツ人が食いついてきたら勝ち！すぐに終わってしまえばそのテーマは負け．みたいな感じで<br>楽しみながらテーマを探していた．<br><br>ちなみにドイツではsilbermond というバンドと，トワイライトという映画（本）が流行っていた．<br>同世代には，やっぱり，映画とバンドをまず知ることが一番いいと実感した．<br><br>基本的に同世代は日本に関して興味がないので，ドイツ人として会話するためには，普段日本人と会話しているような内容をしゃべるべきだと悟った（上の年齢になると，日本にある程度興味を持った人がいるので，日本についても満遍なくしっていることも大切）<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10546023172.html</link>
<pubDate>Thu, 27 May 2010 04:53:59 +0900</pubDate>
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<title>語学学校の始まりと挫折</title>
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<![CDATA[ <p>語学学校は唐突に始まった．</p><p>家は，ヴァイドマンズルストという駅で，S1バーンで北に向かえばある．</p><p>幸いなことに，語学学校は，アンハルターバンホーフにあったので．S1でのりかえ</p><p>なしで２５分でつくことができた．</p><p>語学学校の場所がわからなかったのでナターリアと一緒に行った．</p><br><p>始めての朝，少しはやくに語学学校についたがちょっとまっててと若い女の先生に</p><p>いわれてたって待っていた．　その後ぞろぞろと新入生がはいってきた</p><p>その若い先生は気の強そうな長身の先生だった．</p><p>みんなをまとめておなじ教室にいれて，「ドイツ語？英語？フランス語？なにで</p><p>説明したほうがいいかしら？」といった．</p><p>ここはフランス語圏のスイス人がいたからかもしれないが，三ヶ国語しゃべれるのはすごいなと</p><p>思った．</p><p>そして，クラスわけのテストを受けた．</p><p>私は日本でドイツ語の授業をとっていたし，継続して勉強してただけに，</p><p>一番下のクラスになったことに</p><p>かなりのショックを受けた．</p><p>普段から勉強していることをほかの同期にも言っていたので，「結局一番下のクラスや」</p><p>っていわれたのが悔しかった．</p><br><p>結局一番下のクラスにいれられた．ほとんど日本人で日本人同士の会話はすべて日本語だった．</p><p>たまにそういう環境はどうかと思うと，日本語をしゃべらないようにしようとする人はいたが，</p><p>だいたいながされていった．</p><br><p>ドイツにきてまで日本語しゃべって日本人と遊んでなにしてるんだろうとおもった．</p><p>ポツダマ－プラッツにあるベルリンの壁の跡地にいった．</p><p>そこは日本人が設計したという，映画館があってとてもおしゃれな広場だった．</p><p>気を取り直して</p><p>とりあえず，一番下のクラスは悔しいし，ドイツ語を必要レベルまで伸ばそうと思った．</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10544813670.html</link>
<pubDate>Tue, 25 May 2010 20:53:41 +0900</pubDate>
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<title>ドイツ初めての土日</title>
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<![CDATA[ <p>ドイツに来てはじめの土日</p><p>他の日本人はなにをしているのだろうと考えながらも，ホストの人とまだまだ</p><p>打ち解けられず，どこまで私が介入していいのかわからずに，ひたすら家にこもっていた．</p><p>幸いなことに，同居人がいた（同じ語学学校にかよっている女の子）</p><p>同居人は，ブラジル人のナターリアっていう女の子．とっても明るくやさしい，しかも頭のいい子だった</p><p>その子がフリーマーケットに日曜日にいくって言うからついていった</p><p>韓国人と台湾人も途中で合流した．</p><p>フリーマーケットに行くまでに，ベルリンの壁をみた．</p><p>ナターリアに，これがベルリンの壁だよっていわれて，</p><p>私は学校の教科書で崩壊したとならっていたから，嘘だろうと思ってしまった．</p><br><p>４人で手伸ばして，それよりも大きい冷たいコンクリートでできたベルリンの壁を見上げて</p><p>３０年前の歴史を肌に感じた．</p><br><p>フリーマーケットでは衣類，食べ物，乾物，レコード，電化製品</p><p>さまざまなものがあった．</p><p>私はまよった挙句ジーンズを一枚かった．試着とサイズがわからずに少し冒険</p><p>した．</p><p>途中いろいろなおいしいものの誘惑にまけそうでいると．</p><p>おおきなロールケバブがあり，台湾の子とふたりで食べた</p><p>新鮮な野菜が豊富でおいしかった</p><p>一緒にいった友達はすでにドイツ語ができて値段の交渉をしていた．</p><p>私はただ眺めているだけだったが，いつかこうなりたいと思った．</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ayatosaimai/entry-10542576938.html</link>
<pubDate>Sun, 23 May 2010 13:05:23 +0900</pubDate>
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