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<title>チームノート</title>
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<description>日々の出来事をメモ。我がチームのノートです。</description>
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<title>毎年の如く</title>
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<![CDATA[ <p>ゴールデンウィークは休みではない。</p><p>乗り切るものである。</p><p><br></p><p><br></p><p>今年も始まりました、苦行。</p><p>緊急事態宣言も多少関係はありますが、わが家は毎年連休はどこも混む混む.comなので基本どこにも行きません。なので、考えてみると宣言がなかったとて、あまり変わらない生活を毎年していました。</p><p><br></p><p>もちろん夫は仕事だし、ただただ私は普段の飯炊きババアから、スーパー飯炊きババアに覚醒するだけです。</p><p><br></p><p><br></p><p>今年は平日2日挟む小休憩があるから、だいぶマシ。2年前の10連休はゲエでました。</p><p><br></p><p><br></p><p>前置きが長くなりましたが、</p><p>以下、ゴールデンウィーク乗り切り作戦。</p><p><br></p><p><br></p><p>①水に漬ける</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210503/18/ayu351028/9a/28/j/o1080108014936078851.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210503/18/ayu351028/9a/28/j/o1080108014936078851.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div><p><br></p><p>体力を消耗させる遊びで水に勝るもんはねぇ。</p><p>水鉄砲、スーパーの袋、スーパーボールを使って遊ぶ。</p><p>写真に写るこのお方は5月がプール開きの専門家なので、風邪ひくよ！という一般常識をしっかり教育できるご家庭では、ぜひお昼からお風呂場での水遊びを推奨しています。</p><p><br></p><p>②知育菓子</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210503/18/ayu351028/4c/c2/j/o1080108014936078854.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210503/18/ayu351028/4c/c2/j/o1080108014936078854.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div><p><br></p><p>こういう系。</p><p>説明書を理解する、手先を動かす、力加減を知るいい機会になる、時もある。</p><p>ただし、わが家の子どもたちは片付けができないのでとにかくゴミが散らかり、テーブルがベタベタし、結果私は嫌いです。けど、子どもたちは大好きです。</p><p><br></p><p>③おかし作り</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210503/18/ayu351028/8e/66/j/o1080108014936078858.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210503/18/ayu351028/8e/66/j/o1080108014936078858.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div><p><br></p><p>Google先生とインスタ先輩を駆使して、おやつ作り大嫌いな私でもできることを。</p><p><br></p><p>スーパーで50円くらいで売ってた丸いわらび餅とかき氷シロップを購入。</p><p>シロップにつけて2時間待ち、竹串に刺すだけ！</p><p>わらび餅がつるつるモチモチするから、感触遊びに最適！</p><p>なんと言っても簡単に映える。</p><p>ただし、シロップ食ってるみたいな味です。</p><p>サイダーに入れて飲んだ方がまだいいかも。</p><p><br></p><p>そして牛乳寒天。</p><p>最近夫が休みの日に急に牛乳寒天を自分で作り出すという軽い珍事が起こりまして。</p><p>しかも3回中2回失敗するというダメっぷりで、買った方が安い、失敗した後排水溝の掃除自分でやれや、という言葉を必死に飲み込みました。</p><p><br></p><p>そんなに難しいものなのか、私も作ってみましたがちゃんとできました。半分以上当てつけです。</p><p><br></p><p><br></p><p>あとは、1月から夫にねだられていた桃鉄、YouTube、Fortniteの無限ループです。</p><p>さて後半戦、どう乗り切るか。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ayu351028/entry-12672293018.html</link>
<pubDate>Mon, 03 May 2021 18:56:50 +0900</pubDate>
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<title>モルヒネと酒</title>
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<![CDATA[ <p>来週のサザエさんは〜？</p><p>「モルヒネと酒」の一本立て！</p><p>どうぞお楽しみに！</p><p>日曜夕方にこのタイトルはないな。<br></p><p><br></p><p>無名の小説家が新人文学賞取った時のタイトルならありえる、哀愁漂うタイトルでお送りします。</p><p><br></p><p><br></p><p>わが家の呑兵衛具合は皆様ご承知の通り。</p><p>しかし、癌がみつかり主治医にお酒は絶対ダメと言われた父、しばらくノンアルビールで頑張っていたそうです。</p><p>ただ、ノンアルの飲む量が半端なく、毎晩おしっこばっかり行ってたらしい。笑</p><p>アルコール0.00%でも大量に飲めば、ほろ酔いくらいの度数になるとでも思っていたのだろうか。</p><p><br></p><p>患者も呑兵衛なら見舞い人ももちろん呑兵衛なもんで、入院中の差し入れにノンアル持ってくる飲み仲間もいました。</p><p><br></p><p><br></p><p>抗がん剤治療を続けしばらく経った後、看護師さんがちょっとなら呑んでいいと言ったそうです。</p><p><br></p><p>はい、ここで皆さまお察しの通り。</p><p><br></p><p>ちょっと、少しという表現は曖昧です。</p><p>具体的に言わなければ伝わらないことが多々あるので、対人援助職は注意が必要です。</p><p><br></p><p>案の定、当社比(オリジナルきものまこと)のちょっと、とは世間一般からはかけ離れていることは言うまでもない。</p><p><br></p><p><br></p><p>それからはもう、ビールも日本酒も最期まで楽しんでおりました。</p><p>抗がん剤治療をやめ、あと1ヶ月ほどというところで、娘、息子、孫と最後の宴ができて、満足だったでしょう。</p><p>これ以上はないだろう。私もそれで良かったのだけれど、最後の晩餐すれば最後は来ることはわかっていたので、良かっただけでは埋められない気持ちがあるのは確かです。</p><p><br></p><p><br></p><p>けれども、所詮呑兵衛一家。</p><p>センチメンタルのかけらもありませぬ。</p><p>末期の癌患者が家にいようが、徒歩3分の飲み屋にちょっこら行ってくるかと出かける母と弟2。</p><p>そんな時に限って夜12時頃、痛みが強くなってジジイが起きてきたぞ〜と私が母に電話をかけ、飲み屋から帰ってきた弟の猛ダッシュする姿を2階の窓から見て、早っとケラケラ笑う姉。</p><p><br></p><p>ご臨終ですの、その一時でさえも、弟1も母も親戚のおばちゃんも、酒くさい3人がわんわん泣いて看取ってくれました。</p><p>看護師さん、なにこの酒くさい人たちと思ったべね〜ともう次の日には笑い話。</p><p><br></p><p><br></p><p>当の本人だって、医療用麻薬を飲んでるにも関わらず、ビールいき、日本酒いき、それもう何がなんだかよねぇ状態でしたから。</p><p><br></p><p><br></p><p>実家の私の部屋で友達と宴会予定の時は、私がバイトで遅くなり帰ると、宴会の輪に誠がいるなんてこともよくありました。</p><p><br></p><p>こんなご時世じゃなきゃ、居酒屋まことでたくさん呑んで、誠の笑い話たくさんできるのになぁ、と思いながら今宵もここ大阪で呑んでおります。</p><p>明日からもまた働きますか〜。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ayu351028/entry-12670712338.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Apr 2021 21:16:06 +0900</pubDate>
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<title>発熱と葬式</title>
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<![CDATA[ <p>葬儀の日取りが決まり、わが家も飛行機チケットを取り、バタバタと飛行機に乗ったわけですが。</p><p><br></p><p><br></p><p>いや、でもその1週間前に最期に孫の顔見せに行こうと子どもら連れて帰省していたもんで1ヶ月に2往復したわけですよ。</p><p>まじ卍遠すぎ稚内。</p><p>年々遠く感じるのは、そろそろ稚内で生活した18年と道外生活が同じ年数になるからだろうか。</p><p><br></p><p><br></p><p>そりゃもうわたしゃ疲労困憊ですよ。</p><p>子ども3人連れ長旅に、仕事はマッハで処理、休みを調整。もうこれだけで大変。✖️2ときたもんだ。</p><p><br></p><p>極めつけこのコロナ禍。</p><p><br></p><p><br></p><p>ありがたい事に、私の職場はコロナ患者を受け入れている病院のため、ワクチンの先行摂取を受けることができました。</p><p>医師でもまだ受けられていない人が多くいるにも関わらず、なんだか申し訳ない気もしますがどんな状況でも働き続けなければいけない状況を受け入れる心意気と、まだ情報が少ない副反応の実験台というような気持ちで2回接種しました。</p><p>もちろん任意なので見送っている人も一定数いました。</p><p><br></p><p><br></p><p>私の場合、1回目の接種後は痛みで腕が上がらないのが一晩続いた程度。2回目は38.3℃の熱と悪寒があり、しんどくて市販の解熱剤を飲みました。薬飲んだらすぐに楽になり、しんどいのは1日だけでした。</p><p>情報としてお伝えしておくと、2回目接種後の発熱が割合として多かった、けど個人差もあり1回目で発熱嘔吐があったけど2回目はなんともなかった人もいました。接種前後にスポーツドリンクなどの水分を多く取っておくと副反応の予防になるとの情報もありました。</p><p><br></p><p>副反応以外にも、不安を強く感じると倒れてしまうこともあります。接種前後は、ゆっくり座ってリラックスする時間を持つこと、副反応が出た時のために翌日は仕事を休みにする、子どもの世話を誰かにお願いしておくといった手筈もつけておくといいと思います。</p><p><br></p><p>そんなこんなで、私は葬儀に向かう前日、38度超えの発熱と闘い、飛行機に乗り込んだわけです。</p><p>と、思ったら通夜の晩に壮吾さんが39℃の熱発。</p><p>翌日の告別式はととさんが看病人。</p><p><br></p><p>私は焼かれてあちちの父の骨を拾う前に、高熱であちちの息子の元へ向かい、やばいもう焼き上がったかな？今からお母さん骨拾いに行ったらなあかんねん？てな勢いで火葬場に遅れてゴー。</p><p><br></p><p>久しぶりに行った地元の火葬場。</p><p>道に迷ったら困るのでGoogle mapに従ったところ目的地に到着しましたと案内されたのは、産業廃棄物処理場。</p><p>びみょーにちがーう！！！</p><p><br></p><p><br></p><p>とまぁそんな珍道中があり、悲しんでる暇なく、長女の私がバタバタしてる間、孫のしんたななせは遺影を持ちリムジンに乗り込み、活躍してくれました。</p><p><br></p><p>壮吾はおそらく園で流行っていたRSだった模様。</p><p><br></p><p><br></p><p>なんて日だ！！</p><p>はこんな日のためにあるセリフ。</p><p>大変だったわい、疲れたわい。</p><p><br></p><p>だからきっと、実感はこれからじわじわやってくるのだろう。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ayu351028/entry-12670148999.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Apr 2021 23:07:49 +0900</pubDate>
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<title>私の中にあるもの</title>
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<![CDATA[ <p>大学院の同期と仕事の話をしている時に、「佐藤さんのその子どもに対する無条件の信頼みたいなものって何なの？」と言われたことがあります。</p><p><br></p><p>心理特有の表現…ぼんやりしててわかりにくいですな。</p><p><br></p><p>つまり、その同期から見て私は、どんな状況だろうがどんな大変な子だろうが、子どもの持っている力はすごい、どんな子でも生きる力を持っていると、目の前にいる子を無条件に信頼していると。</p><p>子どもには輝かしい未来があるのよ！的ないかがわしい何かの回し者ではありません。</p><p>私の場合、もっと淡々と、時に冷酷に、いやあなたできるでしょう。大丈夫大丈夫。という態度で接しているようです。</p><p><br></p><p><br></p><p>人に言われて初めて気づきましたが、確かに私子どもの力は何にも敵わないと思ってる。私の中にあるその核たるものは何だと考えた時、それはきっと幼少期からずっと見てきた父の姿によって形作られたであろうと、私が三十路になった辺りからふと思うようになりました。</p><p><br></p><p><br></p><p>前述したように、父まことは本業そっちのけで子どもに関わる(お金にならない)活動をいろいろしていました。</p><p>よく記憶に残っているのは、毎年開催される町内の盆踊り。毎年結構な人が集まり、そこには今だとわかる重度知的障害と自閉症の青年も毎年来ていました。危険なことはしなかったと記憶していますが、とにかくワーワーと大きな声を出していて周りの人は当然怖がったり避けたりしていたと思います。ですが、父は毎年「おー今年も来たか〜」とふつーに声をかけ、盆踊り会場すぐ横にある私の家のトイレを毎回貸していました。</p><p><br></p><p>父は障害や福祉に関する知識は皆無です。</p><p>身一つでただ関わっているだけ。</p><p><br></p><p>自分の親が自分以外の子どもに接しているところを見る機会が多かった私は、自然と各家庭の子どもというよりも、地域の子ども、世の中の子どもという広い受け皿で捉える感覚を植え付けられた気がします。</p><p><br></p><p>どんな子どもでも対等に、大人が身一つで向き合うと子どももそれを受け入れてくれるのではないかという、幼心に身に沁みた記憶が私の中にあるから、きっと同期が言う無条件の信頼があるのかもしれないなぁ。</p><p><br></p><p><br></p><p>でも私はお金も大事なので、子どもに関わりながらかつお金をもらえる仕事をちゃんと選びましたよ。えっへん。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayu351028/entry-12669941961.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Apr 2021 22:01:34 +0900</pubDate>
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<title>誠、逝く</title>
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<![CDATA[ <p>2021年4月7日、父まことが他界しました。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210418/17/ayu351028/33/45/j/o1080108014928317926.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210418/17/ayu351028/33/45/j/o1080108014928317926.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>実感があるような、ないような。</p><p>得体の知れない喪失感があるような、ないような。</p><p>誠の最期を、忙しい毎日の中で忘れてしまうのはもったいないので、これを機に10年ぶりくらいにブログを書くことにしました。</p><p><br></p><p><br></p><p>主に、笑い話になりますので、お涙ちょうだいを求めてる方は期待はずれです。悪しからず。</p><p><br></p><p><br></p><p>まずは、父まことはどんな父親だったかというところから…</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210418/17/ayu351028/8f/88/j/o1080081014928317929.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210418/17/ayu351028/8f/88/j/o1080081014928317929.jpg" border="0" width="400" height="300" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p>私が父に教わったことで覚えていることと言えば…台所にあった腐った食べ物を「ほら歩、これは腐ってるぞ。においするべ？ちょっと触ってみれ」と食べ物が腐っているかまだいけるかの判断基準を叩き込まれました。</p><p>食べることに非常にうるさく、何がまずくて何がうまいかを教える、子どもの舌を作るのは親の役割なのだと、私は子どもながらにそう感じていた記憶があります。</p><p>そんな父なので、ほぼ全身に癌が転移してようがモルヒネ同等の薬を飲んでようが、1日3食はもちろん間食にアイスやみかんの缶詰など、食べやすいものを自ら食べていました。</p><p>なので、栄養状態は非常に良いご遺体に仕上がったそうです。笑</p><p><br></p><p>また、私が小さいうちから、津波が来た時どこに逃げて、どこに集合するかもよく言い聞かされていました。いざという時の身の守り方を教えておく。私もよく、もし不審者が家に来たらどう逃げるか、子どもたちとシュミレーションしています。怖さを煽るのではなく、おんぶで逃げるなど遊びの要素を入れつつ、安心させることが目的でね。</p><p><br></p><p><br></p><p>その一方で、べろべろに酔っ払えばちゃぶ台返し、母に暴言のどうしょうもないクソ親父でもありました。かつ、自分がやりたくて始めた商売はそっちのけで、PTAや子供会、教育委員会と好きなことをやり、商売は母にお前の好きなようにやらせてやってるという始末。</p><p>娘として、今は自分も家庭を持つ妻として、死んでも許せないこともあります。</p><p><br></p><p><br></p><p>そんな家、そんな親、そんな夫婦のもとで生まれ育った私は、結婚は現実の連続であり、お花畑の夢物語は1ミリも持ち合わせていないため、今こうして自分の家族をなんとか築けているという事実があると、それはそれでくそジジイに感謝です。</p><p>ただし、そんなくそジジイの血が私にも確実に流れているのだなぁと思うことが、30半ばにもなると増えてきました。</p><p>そのあたりはまた次のお話で。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ayu351028/entry-12669299261.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Apr 2021 17:11:19 +0900</pubDate>
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