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<title>青空の雪</title>
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<description>どうしようもなかった仕方なかったそんな言葉じゃ片付けられない気持ちが、あったんだ。</description>
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<title>６</title>
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<![CDATA[  夢を見た。<br> 樹が、死んでしまった日の夢。<br><br><br><br><br> 枕許の携帯を引き寄せフリップを開けて時間を確認する。夜中の三時を過ぎた所だった。梅雨明けにも関わらず湿度は未だ高いようだ。じっとりとする全身に樹は目を細める。<br> シンとした真っ暗な自室は、どこか違う場所のように感じてしまう。ここ最近だ。<br>｢――いつき｣<br> 小さく、でも普段と変わらない声量で呼んでみる。私は何度繰り返せば気が済むのだろうか。<br> 気づけば、泣いていた。私なのか、樹なのか。はたまたイツキか、亜希か。何かが体の中を駆け巡っていく気がした。叫びたいような衝動が、あった。<br> あの日、どうしても消えることが出来なかったのは、樹との約束があったからだ。ちいさなちいさな、優しい心が壊れていく中でそれでも言った。<br><br> いつか おしえて<br><br> 自分が知り得なかった全てを、いつかでいい。教えてほしいと樹は泣いた。<br>｢私も、知りたいよ｣<br> 頭を抱え込んで目を閉じる。全ての感覚を遮断して、自分の世界へ入り込む。<br>｢樹｣<br> 声に目を開けば、亜希がいた。痛ましげに歪められた顔が、心配していると語る。<br>｢私は、どうすればいいのかな｣<br> 笑ってそう言って、本当にそう思った。<br> どうしたらいい。<br> どうしたら、私は、樹は、報われるんだろうか。<br> 心の中に広がる消えない闇は、樹が居なくなっても尚在り続けている。<br> 消えないのだ。きっと、ずっと。確信に近い感覚でそう思う。忘れるなんて許さないと言うかのように奥底に鎮座して、堕ちてくるのを待っている。<br><br><br> 私の幸せは、樹が幸せになってくれる、ただそれだけだった。<br> それだけが、私のたった一つの願いだったんだ。
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<pubDate>Tue, 03 Aug 2010 16:16:52 +0900</pubDate>
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<title>Dear Itsuki.    From Itsuki.</title>
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<![CDATA[ 　<br>　あのね、わたしは、やっぱり自分の願いを叶えたいんだ。<br>　でも、叶わない願いを持ったままこれ以上生きるのは、いやなんだ。<br><br>　だから、あなたにこの体あげる。<br>　わたしのかわりに、しあわせになって。<br>　わたしは、この先しあわせにはなれないから。<br><br>　わたしがわたしであるかぎり、わたしの願いは叶わないんだ。<br><br>　だったら、わたしは何の為に生きるの。<br>　わたしは、なんで生きるの。<br>　わたしには、何の意味もないのに。<br><br>　わたしが泣いても気づいてなんか貰えない。<br>　わたしがいなくなってもなにも変わらない。<br><br>　なら、あなたにこの体をあげる。<br>　好きに使っていいよ。<br>　『わたし』がみれなかったしあわせを、あなたが代わりに見つけて。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>　いつか、おしえて。<br>　わたしがみつけられなかった『しあわせ』<br>　わたしが感じられなかった温かい『愛情』<br><br>　それで、いつか伝えて欲しい。<br>　わたしがいたこと<br>　わたしが欲しかったもの<br>　わたしが望んでたもの<br><br>　わたしが消えたこと<br><br><br><br><br><br><br>　ねえ、樹<br><br>　わたしは、どうして生まれてきたのかな？<br>　どうして、こんな風になっちゃったのかな？<br>　わたしはどうして、もっと、言葉にできなかったのかな？<br><br>　樹とはこんなにお喋りしてるのに。変だね。<br><br>　生きてる事は哀しい<br>　願いを持ってる事は苦しい<br><br>　世界はちっとも優しくなんかないね。<br><br>　おとうさん<br>　おかあさん<br><br>　わたしは、かなしいよ<br>　どうしたらいいかわからないの<br>　どうしたらよかったのかわからないの<br><br><br>　しあわせじゃ、ないの<br><br><br><br><br>　だから、もうゆっくり眠りたい。<br>　夢でしあわせな夢をみたい。<br><br>　ここは哀しくて苦しくて、泣きたくなるんだ。<br><br><br><br><br><br><br>　<br><br><br>　だから、もう、起きてたくない。<br>　<br>　この世界にわたしのしあわせはない。<br><br><br>　さよなら<br><br><br>　本当はね<br>　わたしは、消えたくなんかなかったよ<br>　わたしは、しあわせになりたかったよ<br><br>　生きてる事を喜びたかったんだよ<br><br>　だけど、かなしいかなしい夢だった<br><br><br>　だから<br><br>　願わくば、ただ安らかな眠りを。<br><br>　いつか、<br><br>　わたしの中に生まれた深淵が消える日が来る事を。<br><br>　<br><br>　わたしは、<br><br><br>　祈っています。<br><br><br><br>　
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<link>https://ameblo.jp/azureofsnow/entry-10531619783.html</link>
<pubDate>Tue, 11 May 2010 01:08:20 +0900</pubDate>
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<title>5 from Itsuki</title>
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<![CDATA[ 　私にとって、誰かを好きになる事はとても恐ろしい事なんだ。<br>　私は私を愛してあげる事が出来ないから、愛してもらっていると実感した事もないから、私はきっと好きになっても愛し方が解らないんだ。<br><br>　他人を優先する事でそれを愛情と誤魔化す私は、とても、汚い。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>　友人からの恋愛相談は多い。キューピッド役もよくやった。それでカップルになる子もいたし、それを見るのは好きだった。幸せそうに微笑む友人達を見ていると、それだけで私の心は満たされた。<br>　必要とされていると思えることは、何よりの私の安息だったんだ。<br>　ただ、いつだって自分の事となるととても不器用になる。当たり前だ。私はいつだって私を優先する事はない。好きだと思っても、伝える事は多くない。伝えた所で、その先を望んではいないんだ。<br>　愛して、愛されて、そんなのはもう、いい。<br>　私が欲しかったものは今も昔も同じで、それは一生手に入らない。だったら、他のものを望んだって仕方ない。もし望んで手に入ってしまったら、あの時の私が死んでしまった意味がなくなってしまう。何の為に絶望して全てを諦めたのか、私は忘れたわけじゃない。<br>　恭介は、あれからあいつ等と居る事は少なくなっていた。こうなる事を望んだわけじゃなかったのに、でもあいつの選んだ事に私が口を挟む権利はない。私が自分のエゴで、あいつを突き放したんだから。<br>　二現の休み時間、いつものように隣のクラスから友人が来てくれる。<br>「いっちゃん」<br>「あれ、次そっち体育？」<br>　窓からひょこっと顔を出してきた緑と涼子は体操服だった。<br>「そうなんだ。今から行かなきゃいけなくて、ごめんね」<br>「昼休みまた来るね」<br>　どうやら顔出しだけは、と思ったのか申し訳なさそうにする二人に私は苦笑した。<br>「そんなの気にしなくていいのに。でもありがとね。みぃ、涼」<br>　それを聞いて二人も笑った。手を振って送り出すと、廊下からあいつ等がにやにやこっちを見ていた。<br>「・・・・・・」<br>　無言で睨みつけると気色悪い笑い声を上げた。<br>「今日も仲良しですねー」<br>「ラブラブ～！」<br>「ぎゃはははっ」<br>　鬱陶しい。こうなると徹底的に無視を決め込むのが常だ。でも、今回はからかいだけじゃなかった。<br>「そういやあ、最近恭介いないなあー。寂しいっしょ？」<br>「は？」<br>　思わず反応してしまった。途端に楽しそうに喋り出すそいつ、四条 祐也。こいつも同じ小学校出身だけれど、もう今となっては敵も同然だった。<br>「あいつさ、急に抜けてやがんの。飽きたとかなんかつまんねえこと言ってさ」<br>　あからさまにため息なんかついて演出してくる四条に苛立つ。<br>「でもさー」<br>　睨みつけていると、四条が楽しそうに目を細めた。<br>「俺、見ちゃったんだよね～放課後お前らが話してんの」<br>　鳥肌が立った。覚えのある放課後なんてあの日しかなかった。最後に正面から恭介の顔を見た、最後の日。私は気づけば窓枠を超えて四条に掴み掛かっていた。<br>「喋んな」<br>　これ以上ない位睨みつけたと思う。両手にありったけの力を込めて学ランの襟元を握り締めた。<br>「いってぇな、いきなり何すんだよっ！」<br>「絶対喋んな」<br>「・・・・・・なんで俺がお前の言う事聞かなきゃなんないわけ？」<br>「あんたは、あいつの友達でしょ？」<br>「あんな腰抜け、もう知らねえよ」<br>　四条が最低なのは、私も昔から知ってた。男のくせに女々しくて、卑怯で、弱いくせに吠えまくる鬱陶しいやつ。でも、それでも、友達に関しては四条は見直せた。何があっても友達は大事にする奴だから。<br>　だから私は、突き放したのに。<br>「つか、いつまで掴んでんだよ。キモイから離せ」<br>　ドンッと突き飛ばされて一瞬息が詰まる。悔しくて、悲しくて、視界が歪んだ。<br>「お前らさー本当は付き合ってんじゃねえ？」<br>　四条の横に居た川村 一樹が、そう言ってきた。こいつは、タチが悪い。<br>「それともさ、私をいじめないで、って柏木が恭に頼んだの？」<br>「・・・・・・」<br>「答えようによっちゃ、あいつをまた仲間に戻してやるよ」<br>　こいつは、知ってる。私はそう思った。知ってたんだ。恭介の気持ちに。悪魔みたいな男だ。じわりと涙が滲んで堪え切れずに溢れた。<br>「あれ～泣いちゃったのー、いっちゃん？」<br>　ゲラゲラ笑いながら四条が見てくる。騒ぎに廊下がざわざわとしてきて、焦る。どうしたらいいのか考えていると、いつの間にか川村が正面に来ていた。<br>「っ！」<br>「なぁ」<br>　長身を屈めて私にしか聞こえないように川村は耳元で言った。<br>「恭を助けたかったらさ、泣いて頭下げろよ」<br>「！」<br>「大好きなあいつの為なら、簡単だろ？いっちゃん？」<br>　恭介の、あの苦しそうな、泣きそう顔が浮かんだ。お前は、違うの、と言った恭介。<br>　きっと、私がこんな風に言われたり、されたりするのを見るのが嫌で　、あいつはここを抜けたんだ。<br>　でもさ、恭介。<br>　あんたはそんなんでもこいつらが好きじゃん。こんなんでも、あんたの友達じゃん。友達大好きのあんたが、簡単に、離れられるわけないじゃんか。<br>　私は、友達の中で馬鹿みたいに笑ってるあんたが、昔から大好きだったんだよ。<br>　私は笑って、目の前の川村を見た。<br>「泣いて、頭下げれば、あんたは恭介を戻してくれるのね？」<br>「ああ」<br>「あいつのことは、何も話さないでくれるのね？」<br>「もちろん」<br>「・・・・・・もし嘘だったら、私はあんた達を許さないから」<br>「恭は嫌いじゃない。嘘なんかつかねえよ。俺はただいっつも睨みつけて涼しい顔したあんたが泣いて頭下げるとこが見たいだけ」<br>「・・・悪趣味が」<br>「どうも」<br>　たぶんこいつは、言葉通りだな。私の無様な姿を晒したいだけだ。でも、これであいつは元に戻れる。なら、いいじゃない。元々、そうなって欲しかったんだもの。<br>　溢れる涙を堪えずにぽたぽた零しながら、恭介の笑った顔を思い出す。小学校の時から、ずっと見てきたあの笑顔。友達として隣に居て、楽しくて、嬉しくて、あれに名前をつけるなら、幸せ、なんだろうな。いつからか、あの笑顔を自分だけに向けて欲しくなっていた。でも、無理だ。同じ好きで返せるのかも解らない。気持ちが変わらないなんて、そんなの言い切れない。あれをそんなつまんない事で失ってしまうくらいなら私から、手を離すよ。<br>　それしか、私は知らないんだ。<br>「――お願いします」<br>　目の前の、薄汚れた緑色の床に雫が落ちていく。ざわざわとする周囲。でも、どこか遠くに感じられた。ふと、顔を上げると、渡り廊下の向こうから恭介が歩いてきていた。ゆらゆらする視界が恭介だけはどこか鮮明に写している。驚いたように眉間に皺を寄せ、何か言っているのか口を開けている。<br><br>　『いっちゃん』<br><br>　読唇術なんて解んないけど、でも、たしかにそう言っていた。思わず、口元が緩んだ。嬉しくて、悲しくて。私は笑った。<br>「誰にも、言わないで下さい」<br>　頭を下げて言えば、四条は馬鹿笑いしている。川村が笑ったのが空気で感じられた。<br>「上出来、いっちゃん。傑作だ」<br>　無様すぎて。<br>　無様で結構だ。こんなの、なんて事ない。止まらない涙も、あんた達の為なんかじゃない。全部、あいつの為だ。<br>「約束だから、恭は仲間に戻してやるよ」<br>「当たり前だ」<br>「泣きながら睨んだって怖くも何ともねえよ」<br>　鼻で笑う川村を変わらず私は睨みつける。でも、すぐに視線をそらす。<br>「お前らなんか大嫌いだ」<br>　態と、周りに居る奴ら全員に聞こえるように、言った。もちろん、恭介にも。<br>「お前らみたいな馬鹿な奴らも、こうやって影でこそこそ言うくせに直接言えない奴らも、みんなみんな大嫌いだ」<br>　だから、私にもう関わらないで欲しい。そう思いながら、声を吐き出した。<br>　でも、弱い人間は、嫌いじゃない。弱いからこそ持てるものもある。得られるものが存在する。それでもやっぱり手に入らないものもあるけれど。<br>　私の言葉にざわつく周囲を無視して教室に戻ると、クラスメイトが困惑した顔でこちらを見ている。<br>「・・・なに」<br>　低く言えば、<br>「いや、べつに」<br>　お決まりな返答が返ってくるだけである。こいつらは巻き込まれたくない、ただ只管傍観者に徹している。でも、中途半端な傍観が一番嫌いだ。<br>「なら、いちいち見んな。巻き込まれたくないんなら一切関わんないで」<br>　机の中に入れていたノートや出しっ放しにしておいた筆箱を鞄に詰めて教室を出ようとしたが、出来なかった。<br>「柏木さん、何してるの」<br>　舌打ちしたくなった。あの場所は職員室から丸見えだったのにもっと早く気づくべきだった。<br>「なにって、帰るんですよ」<br>「まだ授業は終わってませんよ。それにさっきの騒ぎはなに？説明なさい」<br>　あいつらにも確認したのかよ。いや、してないだろうな。本当に、この学校は腐ってる。いじめも、授業妨害も、素行の悪さも、何一つ改善されない。生徒を怖がって差し使いのない態度を取る大人をどうして尊敬出来るんだろうか。<br>「・・・いつもの言い合いですよ。気に食わないことを言われたので私が掴み掛かったんです」<br>　担任であるこの女教師が私は大嫌いだ。母親のように生徒に接しているらしいこの人はただのお節介なだけである。肝心な時には結局保身に走るんだ。<br>　睨みつけながら言って脇を抜けようとすると腕を掴まれた。悪寒が走った。<br>「っ触んなっ！」<br>　バッと腕を振ると扉に思いっきりぶつけた。痛かったけど、お陰で触られた感触はなくなった。<br>「な、先生に向かってなんて口の聞き方、」<br>「先生なら！」<br>　腹が立つ。何でこんな人が先生なの。<br>「先生ならっ！もっと全体見て、何が良くて悪いのかの判断してから言って下さい。そんな事も出来ないくせに、偉そうに説教しないで下さい！」<br>　守られたいわけじゃない。私が悪いならそれでいい。でも、そうじゃない。私は悪くなんかない。解ってくれる人は解ってくれる。でもそれじゃあ、何も変わらない。でも、こうして言葉にしたって、何も変わんないんだよ。だったら、私はどうすればいいの。<br>　何も言わない担任の横を抜けて、私は廊下を走った。四組と五組の横を見ると、小学校からの友人等がこちらを見ていた。でも、来ようとはしなかった。これが、現実。それでいい。いじめられてる奴に何か、関わっちゃ駄目。私を庇って標的になっちゃったら私は自分を殺してやりたい。<br>　だから、そんな泣きそうな顔しないで欲しい。皆は何も悪くない。私が選んだんだ。こうなるって分かってた。その上でこんな行動に出てるんだから、全部私の責任。<br>　私だけの、後悔。<br>　昇降口で靴を履き替えるとチャイムが鳴った。辺りを見渡せば誰もいなくて、暫くすれば始礼の挨拶が聞こえるだろう。<br>　<br><br>　シン、としたそこは、私しか存在しない世界みたいで、とても安心した。<br>　でも同じ位、悲しかった。<br><br>　
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<pubDate>Thu, 06 May 2010 15:31:20 +0900</pubDate>
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<title>４</title>
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<![CDATA[ 　心が暗く、沈んでいく感覚を樹は実感した。自分の信じていた物はこんなにも簡単に崩れてしまうものだったのかと、笑えてしまった。<br>　なんて、あっけない。<br>「・・・今は出たくない。悪いけど放っといて」<br>　誰の顔も見たくなかった。友人を疑う自分が酷く汚く思える。樹は友人等に絶望し、そして自分自身にも絶望した。<br>　その日から、樹は自分にしか解らないように自分と、それ以外の線引きを行った。家族、友人、クラスメイト、先輩、教師、全てに線を引いた。自分の黒い感情が他人を傷つけないように、自分が、見えない何かに傷つけられないように、と。案の定気づいたものは居ないようで、それは上手く行った。でもそれは、樹だけが傷つく事で上手く行っただけだったのだろう。友人達は樹の気持ちに気づいてはくれなかった。亜希はそれを傍で見る事しか出来ない事に苛立ちを感じても、結局は自分は傍観に徹するしかなかった。それが、亜希の役割だからである。<br><br><br>　あれが始まりだったのか、終わりの合図だったのか、それから樹は色んな人に裏切られていく。その度に樹の深淵は闇を深め底を深くさせていった。<br>　いつも、自分ではなく他人にばかり心を砕いて損な役回りになって、それでも樹は他人を優先するしかなかった。だって、それしか知らないのだ。それだけしか、自分を表現する事を知らないのだから。"樹"という存在に価値を見出せないまま、それでも他人と関わる自分は”樹”だった。あの家族の中で感じる疎外感、友人等の中で感じる疎外感、二つは同じでも前者よりはまだ後者が受け入れられた。それらは本当の意味で他人だったからであり、仕方ないと当たり前と考えていたからである。身内の他人の中で感じる疎外感よりもマシだと、いつの間にか樹は思うようになっていたのだから。でもそれも、あっけないものになってしまった。この時から樹は、深い部分でもういろんなことに諦めてしまったのかも知れない。”他人”と”自分”の繋がりに、情に、それは全てだったかも知れない.。二者の間で交わされ、生まれる全てを樹は諦めた。思えば始めから何かを望んで他人を優先にしたわけではなかった。そうではなくて、それが樹の生きていく手段であり、理由に過ぎない。理解してもらう事でもない。実際にこれを知るのはたった一人だけであるのだから。<br>　茶番の様な友情関係の中で、樹は友人関係の為の”イツキ”を作った。今まで生まれたイツキも、これから生まれるであろうイツキも、それは決して意識的に生まれるわけではない。ただ、いつの間にか存在していた。イツキは、樹が出逢ってきた人の数だけ在るといっても過言ではない。事実だ。イツキは樹であって樹ではなく、イツキなのだ。何だそれはと思う人だ大多数だろう。理解する必要性は全くない。イツキを理解出来るのは樹と亜希だけであり、また樹と亜希を理解出来るのもする資格が在るのもイツキたちだけである。樹は自分の心を他人に理解してもらおうとは思わないし、出来るとも思わない。樹の心は樹だけのものであり、誰の干渉も必要とはしてはいないのである。それでも他人を優先し、自身に心を砕けない彼女を亜希はいつも悲しそうに見つめていた。<br>　それでも、時間は惜しみなく過ぎていき、樹は中学二年生になっていた。<br>　本当に笑える程に、このクラスはくだらなかった。偽善の塊とでも言うのか、上辺で固められたものに意味を見出せるわけもない。もう既に思い出せない事も少なくはない。居心地の良い時間なんて限られていた。苦痛に耐えうる態勢は在った。継続されていたいじめにも只管対抗していた。傷つけようとして起こす行動に樹は少しの躊躇いはなかった。むしろ傷つけばいい。苦しめばいい、とさえ思っていた。自分の内にいない人間に心を砕く程樹は馬鹿でも単純でもない。けれど人間は不思議な生き物である。一度勘違いをするとそれは違っていたとしても真実にしようとする傾向がある。何とも愚かしい限りだ。樹をいじめる連中を好きな女子が樹に、本当は樹も好きなんじゃないのか、と言ってきたのだ。<br><br>　愚かだろう？<br>　樹は、頭が可笑しくなりそうだった。苦痛に感じている連中を自分が好きになる事などあり得るわけもないのに、なんでそうなるのだと。<br>「本気で聞いてるの、それ？」<br>「質問してるのはこっちなんだけど」<br>　馬鹿な会話だ、と樹は顔を歪ませた。ため息をつくのを必死に抑え、なんとか声を絞り出す。<br>「あいつは私をいじめて楽しんでる奴だよ。それをなんで私が好きになるのさ」<br>「でも、周りの人たちは樹ちゃんも楽しんでるって言ってたよ」<br>　頭、大丈夫？<br>　聞きそうになった。私が、楽しんでる？あいつ等とのやり取りを？<br><br>　私が、楽しんでる？<br><br>　気づいたら、目の前の椅子や机が吹っ飛んでいた。樹はその様子に驚いた。そして、斜め横で会話していた女子達も。<br>「・・・・・・？」<br>　何が起こったのだろう。きょとんとする樹に周りは怯えていて、そして今はまだ人も疎らに居る時間の放課後。嫌でも気づく。これをやったのは自分なんだと。<br>「あー。ごめんね」<br>　やった事実は樹にはない。でもこれは確実に自分がしたのだと言う事は解る。ガタガタと机や椅子を並べていると、なんてタイミングの悪い。<br>「お前等何してんの？」<br>　あいつが、来てしまったのだ。<br>「あ・・・・・・っ」<br>「谷屋君っ」<br>　教室に現れた谷屋ーー谷屋 恭介は、樹をいじめているグループの中の一人で、でもそれでも比較的仲はいい方だった。なぜなら、同じ小学校からの仲で、樹と彼の間には何も無いのだ。<br>「ち、違うの！私たち話してただけでっ」<br>「もう帰るとこだから、じゃあね、樹ちゃん！」<br>　慌てて教室から飛び出す彼女等を樹は殊更冷めた目で見ていた。すぐに目をそらして机を並べていく。<br>「いっちゃん」<br>「・・・・・・何」<br>　谷屋が教室に入ってきた。視線はやらない。<br>「お前、女子にもいじめられてんの？」<br>　こちらを見もしない樹に谷屋はそんなことを言ってきた。<br>「鈍いね、恭介は」<br>　昔からそうだった、と樹は笑った。憎たらしくはあっても、嫌いにはなれない存在。<br>「勘違いしてるだけだよ」<br>「なにを」<br>「私が恭介を好きなんじゃないかって」<br>　谷屋を振り返って樹がそう言うと、谷屋はユニフォームを着ていた。着替えた後に忘れ物か何かに気づいたんだろう。樹の言葉に谷屋は面白い位目を見開いていた。<br>「安心しなよ。そんなの絶対無いから」<br>　樹は自分の言葉に傷ついている事には気づかない振りをした。そうでなくてはいけなかった。それを聞いた谷屋は眉間に皺を寄せた。<br>「それ、本気で言ってんのか？」<br>　少し怒った様な口調に樹も眉間に皺を寄せた。否、歪ませた。<br>「俺の気持ち、知ってて言ってんの？」<br>　教室内に満ちる沈黙が重く樹に突き刺さる。<br>　樹は、谷屋 恭介の気持ちに気づいていた。始めは本当に友情だった。温かな友情でしかなかった。でも、いつしかお互いの気持ちは変わっていっていた。最初は谷屋で、樹も。<br>「お前は違ったの？」<br>　同じ気持ちじゃ、なかったの？<br>　言外にそう尋ねられていた気がした。真正面にある谷屋の顔は苦しそうに歪んでいて、痛々しかった。きっと、もう明日はこの顔を近くで見る事はないのかも知れない。もう、こうして自分を見る視線を見る事は、出来ないだろう。樹はそう思った。<br>「恭介」<br>　静かに、優しく、冷酷に、樹は笑う。<br>「私は、恭介を好きになる事はないよ」<br>　私は、恭介が好きだよ。<br>　好きだから、あんたの居場所を奪いたくないんだよ。<br>　解ってなんて、言わないけれどーー。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>　次の日、恭介が樹と話す事はなかった。<br>　いじめは、その日も行われた。<br>　そこに恭介は、居る事がなくなった。<br>　それでいいと、樹は思った。<br><br><br>　それでいいと、樹は笑った。
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<link>https://ameblo.jp/azureofsnow/entry-10526516941.html</link>
<pubDate>Wed, 05 May 2010 16:59:42 +0900</pubDate>
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<title>3</title>
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<![CDATA[ 　彼女の世界はいつだって誰かの為のもので、けして彼女だけのものにはならなかった。<br>　だから彼女の世界には彼女の為の救いは何一つ存在してはいなかった。<br>　ただ在ったのは、本物の彼女と、その本物を守る為に生まれた沢山の彼女達と、彼女でも、彼女達でもない、もう一人の彼女だけだった。<br><br><br><br><br>　愛おしいもの達を失ってからの樹は、一見何も変わらずにいた。見るものからすれば明るく頑張っている、といった所だろうか。けれどそれは間違いである。樹は、壊れ始めていただけなのだから。<br>　中学時代の樹は、一言で表すなら、『最悪』の何物でもなかった。全てがとは言わずとも、三年間を振り返ればその一言しか無いだろう。<br>　いじめられていたクラスメイトを庇った事が始まりだった。<br>　樹の通う中学は二校の小学校が合わさっている。樹の通っていた小学校もそれなりにやんちゃな奴は居たが、もう一つの小学校はそれの比ではなかった。互いが互いに悪いように刺激合い、その相乗効果は最悪なものだ。樹が庇ったクラスメイトは違う小学校の子だったが、いじめていたのは樹と同じ小学校出身の男子達だった。それなりに、仲も良かった。同じクラスだったものも居たし、今までいじめなどしたなんて話は一度も聞いた事がない様なものまで居た。<br>　樹の中で、好き嫌いで言うなら好きのカテゴリーに入っていたその生徒達は嫌いのカテゴリーへと移された。守る価値もない、心を砕く必要性のない、存在へと認識を変えた。<br>　樹はいじめられていた生徒を別段助けようと思ったわけではなかった。目の前で行われるそれにあまりにも不愉快な気分にさせられたから、口を挟んだ。標的が自分に移る可能性は、なくはなかった。もしかしたら次は私の番かも知れない。でも、そうじゃないかもしれない。同じ小学校で、六年過ごしてきた彼等を、樹は信じてみたかったのかも知れない。けれど結果は、前者だった。けれど樹には後悔はなかったし、何も言わないクラスメイトよりはマシだと思った。何も言わず、見て見ぬ振りをして何食わぬ顔をする奴らと一緒にだけはなりたくはなかった。同情だ偽善だと言われようが樹は構わなかった。<br>　ただ、樹はこのとき気づいていなかった。これも、他人を一番に優先し、他人の考えが全てになっている樹のいわば癖だという事に、樹は気づいていなかった。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>　いじめられながらも、樹はそれなりに楽しく中学を過ごしていた。けれどその中でさらにたくさんのイツキは生まれた。樹が居る時間の方が少なくなっているのではないだろうかとさえ、危惧してしまう程に。沢山の友人に囲まれ、恋人も出来た。夏が過ぎて秋が訪れ、日々は穏やかに過ぎていった。<br>　樹は、楽しかった。だから、訪れたそれに耐え切れなかった。<br>　彼女には小学生の頃とても好きな人がいた。告白もしたけれど断られた。だが今では今までのように友人関係に在った。幼い日の淡い恋心は、お互いに良い思い出と変えられていた。なのに自分たちのする事に手応えを感じられない彼等はそれをネタにしたのである。樹にとってそれは触れられたくない事であり、彼氏もいることもあってショックは大きかった。教室で大きな声でそれを言われた樹は頭が真っ白になり気づけばトイレに逃げ込んでいた。呼吸の仕方も忘れる位、樹は混乱した。瞬きを忘れた瞳からはぽろぽろと涙がこぼれる。<br>（――なんで、）<br>　なんで、あいつらが知ってるんだろう。<br>　生まれた疑問。でもその答えはすぐに出た。誰かが喋ったのだ。そうじゃなければ誰が知る事が出来るだろう。誰も話していないなら誰も知る事はない。けれど、誰かが話したからこそ知られたのだ。<br>「樹！」<br>「いるんでしょ？返事してっ」<br>　ドアの向こうで幾つかの足音が聞こえた。呼ばれた声に顔を上げる。<br>　友人達の焦った声に樹は心持ちほっとさせながら、しかし、ふと過る気持ちが返事をする事を拒ませた。<br>（・・・・・・あのことは、友達しか知らない）<br>　限られた友人にしか話していない事実。それがどういうことなのか、解らないなんて事はない。<br>（うらぎ、られた・・・・・・？）<br>　よりによって、どうしてあの事なのかと樹は両手で顔を覆った。先程呼んだ声の二人は中学から仲良くなった友人だが、他にも聞こえた足音の彼女達はどうなんだろう。昔からの友人だろうか。ならば疑わなくてはいけなくなってしまう。そんなのはイヤなのに。だって彼女達は友人だ。大切な存在だ。<br><br><br>　デモ、裏切ッテイルカモ知レナイノニ？<br><br>　ソレナノニ、平気ナ顔デ傍ニ居タ彼女達ヲ許セルノ？<br><br><br>　頭の中で、誰かがそう言った。<br>　自分が、思ったのかも知れない。亜希が言ったのかも知れない。もしくは、沢山の自分の誰かが言ったのかも知れない。<br>　水面に雫を落としたかのように生まれた猜疑心は瞬く間に樹の心の中に広がった。
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<link>https://ameblo.jp/azureofsnow/entry-10521931563.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 16:56:18 +0900</pubDate>
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<title>2　from Aki</title>
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<![CDATA[ 　柏木 樹にとっての幸せとはとてもささやかな事だった。人によってはそれは当たり前であったり、思春期の子供にしてみればそう思わない意見もあるだろう。<br><br>『両親に愛されているという事』<br><br>　正確には、その実感を得る事である。おかしいかな。樹はそれを感じた事が一度もない。そんなバカなと思うかも知れない。けれど事実。樹は、感じられた事が無かった。<br>　樹は父、母、姉と弟の五人家族の次女だった。一般的に見て普通の極在り来たりな家族構成だ。これについては何も問題は無い。だから家族の話をするとしよう。<br>　まず両親だが、父親はまあ優しい、けれど一風変わった性格の持ち主で、外面は良い。そしてときどきキレると暴力を振るう大人なのに大人になり切れずにいる変人だ。母親も優しい。母性溢れる魅力的な女性だ。高校を卒業後はバスガイドをしたりと、明るい人である。けれど、やはりこちらも一風変わっている。二つ上の姉はまさに女王様気質だった。それに容姿もまあ良いためそれは様になっていた。妹の樹を幼い頃はまあ弟と一緒にいじめ倒していたた。でも中学、高校にもなれば落ち着き、年も近いのもあり仲は良いといえるだろう。それでも根底は昔と何一つ変わってはいないが。三つ下の弟はやはり末っ子特有の甘えん坊で、マザコン。顔は母親瓜二つのためイケメンの部類に入るだろう。性格も基本は優しい、贔屓目に見ても客観的に見ても良い男だ。高校三年の今甲子園に向け部活に励む毎日だ。<br>　ま、といったこれが樹の家族だ。触り程度だがこの一家はユニークだ。まだまだ色んな話はあるが、それはまたおいおいだ。<br>　それなりにカッコいい父親、美人な優しい母親。意地悪だがやはり優しい綺麗な姉。小憎たらしい、でも可愛い弟。それが樹の家族で、樹を殺し続けてきた家族である。<br><br><br>　樹は他の二人の姉弟と違い、生もうとして生まれてきた子供ではなかった。そして、生まれた時に父親がいなかったのも樹だけ。幼い頃父親と触れ合っていないのも樹だけだった。間抜けな話だが、四、五歳くらいまで樹は『父親』を知らなかった。その言葉の意味さえも知らなかった。『お父さん』が何なのか、本当に解らなかった。土木業の父親は当時他県に単身赴任しており、土曜の夜中に帰ってきて月曜の早朝出て行くといった生活だった。日曜日にしかいないその人を樹は「またあのおじちゃん来てる」といった認識しか無かった。だから、幼稚園で描く両親の似顔絵は母親のそればかりだった。幼馴染や友人にお父さんがいる事は知っていた。でも、自分にもいるという事が樹には理解出来ない事で、誰かに聞く事も出来なかった。<br>　弟が生まれてから、樹の中でそれは一生根付いてしまう考えが生まれた。それは、初めは単純な事に過ぎなかった。ただの、それを見て感じての感想でしかなかった。<br>『おねえちゃんとひろくんがいるなら、わたしはいなくてもだいじょうぶ』<br>　自分よりも新しい洋服やおもちゃを買ってもらえる姉。自分よりも可愛がられている、喘息持ちの体の弱い弟。姉のお下がりがあるから服もあまり買ってもらわない、おもちゃも特に欲しがっちゃいなかった。弟は病気だから、母親が付きっきりなのは当たり前。<br>　次女の私は、他の二人みたいに当たり前な事を望んではいけない。長女と長男は、可愛がられて当たり前。一番なんだから、当たり前。<br>　それが、五歳の樹が自分に言った言葉である。なんとも単純で、無垢で、愚かなのだろうか。皮肉な事に、十五年経った今でもそんな考えを樹が持っていた事に誰も気づいてはいない。<br>　だから樹は、自分だけの世界に、TVアニメの様な空想の世界を拠り所にした。他には、動物や、植物もだろうか。時にはこの世のものではない物にも。それは仕方なかったかも知れない。それだけが樹が樹で居られる確かな世界だったからだ。思えば、それ位から樹の中の沢山の樹は存在するようになったのだと思う。本物の樹を守る為の、イツキ。語り部である私も、それの一部だ。それもまたおいおい話していくとしよう。<br>　幼少の樹はとにかく明るく、けれど物静かな矛盾した性格だった。幼稚園や友人、家族の前では明るく振る舞い、一人になると途端に無表情になって口も開かなかった。後者は、きっと誰も知らないんじゃなかろうか。樹は考えるという時間と本を読んでいる時間、犬や猫といる時間、独りきりという時間をこよなく愛していた。自分が確かに存在している、生きているという実感を持てる確かな時間だったからだ。皮肉にもそれは、あの明るく温かな家庭では得られないものだった。家族の中に存在する自分はいつも酷く朧げだった。自分という形を見失ってしまう空間でもあった。樹はいつしか、家族というものに言い知れない恐怖を抱き始めていた。それは時折爆発したように表れ出した。姉弟と喧嘩するとき、癇癪を起こしたかのようにけれど冷静にキレる、という事があった。その異常性にも、両親は気づかなかった。唯一気づいていたのはそれを起こされた姉だったかも知れない。確かめた事は無いから、確実とは言えないが、おそらくは。ただ、その感情は樹にとって恍惚とした、おぞましくもある感情であった。一番初めのその狂動は、姉の目を鉛筆で刺した事。姉の抵抗もありそれは少し横、目尻辺りに刺さったのだが。それを行った樹は、酷く冷静だった。ムカついて、目に入った磨ぎ立ての鉛筆。特に目を刺そうと思ったわけではない。刺す、という行動に意味は無い。ただ、ムカついた、鉛筆がある、それを握る、振り下ろす。といった単純動作だった。殺意なんてそんなもの、在るわけがなかった。だって樹の優先順位はいつだって自分以外の全てであるからだ。自分はいつだって、一番最後なのだから。だから、樹の中で矛盾は起こる。意地悪はするけれど大好きな姉を、自分は傷つけようとした。成長した今ではあれが殺意の無いものだったか疑いたくなるまでにそれは樹にはとても恐ろしい行動だった。弟にも、同じ様な事をした事がある。自我が発達し、個性となり、そして思春期を迎え、それでも樹の中ではいつだって他人が一番だった。<br>　樹は、他人の評価が無ければ何も出来ない、考える事の出来ない人間になっていた。そして、自分に好意を持ってくれている他人を心から愛し、そうじゃない人間は徹底的に冷酷に、拒絶した。そして、幼い頃からの拠り所であったものはより一層樹の世界を回していた。１０歳を迎える頃にはもう樹は樹だけではなかった。沢山のイツキが、それぞれの意識を持って樹の中に存在していた。それこそ数え切れない程に。<br>　私が生まれたのもその頃だ。私は『イツキ』ではなく、『私』だった。解りやすく言うのであれば二重人格の様な物で、私は樹の中に存在しているが沢山のイツキではなく、私だった。樹に名前を与えられ、同時に樹と存在していた。よく、話をした。色んな事を話した。時には入れ替わりもしていた。それでも私が、『桜井 亜希』が主導権を握る事は無い。<br>　私はいつだって客観的に樹と、その周囲を見てきた。けして当事者になる事はなかった。だからこそ多くを知る事が出来た。だから、樹が消えてしまった今もこうして存在する事が出来るのだろうけど。<br>　樹は自身の存在があやふやな家族の中で、唯一愛していたのは小学一年生から飼い始めた犬達だけだった。無条件に自分を愛して、必要としてくれる存在。それは樹に生きる事の幸せを齎した。子犬が何度か生まれ、子々孫々な具合に愛した存在の血は絶える事が無かったけれど、ある日突然悲劇は訪れる。<br>　愛おしい存在に突然訪れた死。<br>　それは樹に絶望を齎した。幸せを齎してくれた存在が。私は、その後に生まれたから、その時の樹の気持ちは想像でしか解らない。後から樹がぽつりぽつりと語ってくれた話からでしか解らなかった。ただ言えるのは、そのとき一度、樹は死んだのだ。犬達と一緒に、死んだのだ。全部の犬が死んだわけじゃない。一番最初の子と、その娘が死んだ。もうひとり生きていたけど、それでも、樹は悲しくて苦しくて、静かに死んでいった。でも、樹はいた。死んだはずの樹が、いた。だから私が生まれた。樹は言った。<br>『はじめまして、もう一人の私』<br>　そのとき生まれた私は、ああ、じゃあ貴女は私？と尋ねた。でもそれに樹は、<br>『ううん。貴女は私だけど、私は貴女じゃない』<br>　貴女にはなれない。そう言った。<br>　当時はあまり疑問を抱かなかった。そうして名を与えられ、共生していった。<br>　多分あの時から樹の中に死は存在し始め、根付いていった。私は気づいていたからね。樹の心の中に真っ黒な深淵が在ることに。基本は微温湯のような心の奥にひっそりと存在するその深淵は、樹の闇。度々樹はそこに堕ちるようになった。堕ちていく樹は、とても、穏やかだ。そこから漂う真っ黒な感情とは裏腹に、その時の樹から感じられるものは静寂だった。そして、決まって言うのだ。<br>『すぐ戻ってくるから』<br>　言葉通り、底まで堕ちてはおらず、一頻り時間が経てばいつの間にか樹は隣に居た。<br><br><br>　私は、もっと早く樹を死なせてあげれば良かったと思う事がある。イツキではなく桜井 亜希として生まれてきた意味はけして気まぐれだったり、偶然ではなかったはずなのだ。<br>　樹が居なくなった時の、イツキではなく、樹をそれでも生かす為の存在だったのだとどうして気づけなんだ。<br><br><br>　こうして、樹は狂い始めた。<br>　本当の意味で。
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<link>https://ameblo.jp/azureofsnow/entry-10520446641.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Apr 2010 21:01:50 +0900</pubDate>
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<title>１　from Itsuki</title>
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<![CDATA[ 　いつも目が覚めると、決まって不機嫌だ。これはもう仕方無いとしか言い様が無い。いつからか、私には安眠というものが来なくなってしまった。<br>　ーー否、もともと、私は安眠など経験した事はないのかも知れない。<br><br><br>　朝目が覚めて最初にする事は大体部屋の片付けだ。何故かというと、猫と犬が夜中に部屋を荒らすからだ。毎日、という訳ではないけれど、約六～七割の確率でそれは決行されている。<br>「またか・・・・・・」<br>　バイト前の貴重な時間を私はちまちまと掃除に勤しむのだ。<br>　――ちなみに、ペットの所有者は私ではない。同居している姉の物である。<br>　姉は夜勤だから丁度私と入れ違いで帰ってくる。そして私がバイトから帰ってきた少し後に仕事に行くので休みが合わないと丸五日合わなかったなんてざらにあるのだ。<br>　そんな、何の変化もない淡々と、けれど忙しい日々はもうすぐ一年になる。一年と少し前にここ――東京に来た頃は毎日が物珍しくて、お上りさんだった私も今じゃ滅多な事がない限りきょろきょろしなくなった。これも一重に私を連れ回してくれた友人達のお陰だろう。<br>　二年前じゃ到底考えられない生活を、今、私は送っている。私の未来設計には何一つ存在していなかった全てが、今の私の日常だった。<br><br><br><br>「おはようございます」<br>　朝晩の時は裏から入るので、裏口の鍵が開くまではバイトの先輩達とだべったりする。<br>「おはようございます。柏木さん今日早いね」<br>　この人は柴田さん。私より二年程前からお店で働いている。<br>「ちょっとすることもあったんで、早起きしたんですよ」<br>「そうなんだ。偉いね～」<br>「いやいや、んなことないですよ」<br>　・・・・・・柴田さんは基本いい人だけど、三ヶ月経った今じゃ色々解ってきて私の中ではちょっと苦手な人にジャンル分けされている。いい人、なんだけどね。<br>　津川さんが来て鍵が開くと制服に着替えて開店準備や掃除なんかをする。まあ新人の私はもっぱら返却処理だ。ああ、私のバイト先はレンタルショップだ。毎日沢山のDVD、CDを借りていく人で昼時や夕方はお客さんでごった返している。疲れてげっそりするが、接客は好きだからそんなに苦ではない。どちらかというと、最近は職場の人間関係に辟易している。私は極端に人間関係のトラブル、というか合う合わないで仕事に支障が出るダメ人間だ。情けないが。まあでも仲いい人はいるし、それでも仕事は楽しくやれている、つもりである。<br>　特に変化のない毎日でも、それでも不変ではない事は身を持って知っている。生まれてきてまだ二十年だが、私は微温湯の中をぬくぬくと育ってきたわけではないから、色んな経験もしたし、色んな物を失ってきた。色んな物を、捨ててきた。それはまあおいおいと言った所だろうか。ただ、私の二十年はけして軽い物ではないという事は確かだ。<br><br><br>　これは、私ーー柏木 樹の二十年間の、けして不幸、という訳ではないけれど、それでも幸せではなかった人生の話である。
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<link>https://ameblo.jp/azureofsnow/entry-10518382705.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Apr 2010 14:52:04 +0900</pubDate>
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<title>Prologue</title>
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<![CDATA[ 　――選んだのは紛れもなく自分自身。<br>　ーー捨てる事を決めたのも、自分自身。<br><br>　ーーでも、それでも、私にも譲れないものは確かに在ったんだ。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>　どうしようもなかった<br><br>　仕方なかった<br><br><br>　そんな言葉では片付けられない気持ちが、あったんだ。
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<link>https://ameblo.jp/azureofsnow/entry-10518355953.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Apr 2010 14:40:16 +0900</pubDate>
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