<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>badrのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/badrgamil/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>書きたいと思ったことを書きたいと思ったときに書きたいと思ったように、書くブログです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>自由</title>
<description>
<![CDATA[ <br><br><br><p>神様を信じると、自由になれます。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>神様以外、何も価値がなくなるのです。だって全て、神様から来て神様から帰るのですから、理屈も、世間体も、過去も未来も、計画も夢も全て、一つに絞られるのです。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>あなた。私に存在を与えたあなた。それだけ。<br><br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>バラバラだった自分が、結晶化されるのですよ。そのパワーは偉大です。それはもはや、何々さんという一人の人のパワーではなく、果てしない存在が自分を通して現実化するパワーです。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>そのプロセスは、スムーズである人もいれば、苦しみを伴う人もいるようです。その苦しみというのは、死ぬことと似ています。ある意味あなたは死ぬのです。<br><br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>最後のメッセンジャームハンマドの言ったこととも重なります。”死ぬ前に死になさい”。と。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>何々職についている、何々さんという、この世で生活している貴方とはお別れです。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>長い間付き合ってきた自分ですから、それは中々苦しいものである場合が多いのです。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>何が好きで何が嫌いとか、こういうときはこういうリアクションをするとか、こういう人たちとつきあっているとか。どんどん変わっていくのです。</p><br><br><br><p>一旦、神様を信じて、自分の全てを任せますと、周りのものがぱっと変わっていきます。</p><br><br><br><p>問題は、そういう時、信じるのを辞めないことですよ。祈り続けるのです。</p><br><br><br><p>私の心を貴方の元から離さないでください、と。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>手放していくのですよ。自分を縛っていた自分を。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>変わっていく自分を、生活を拒まずに、ただ一つの終点へ向かうのです。</p><br><br><br><p>向かうというのも、考え抜いたり、あがいたり、なにかするわけでもなく、ただ任せるだけでいいのです。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>本当の自分なんぞや？という質問の答えは、これでわかります。考えて分かるものじゃないんです。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>頭で納得しようとしている自分がぱっと頭を出すときに、すばやく”自分接点思考”から、”神様接点思考”に切り替えるのです。なに簡単です。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>神様の愛を思い出すのです。</p><br><p>全てのものにありふれています。目を閉じて思い出すだけでも、それを感じ取ることができます。神様を思い出して、その名を言うだけでも、自分の内側からにじみ出てきます。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>その愛のしずくたちがどんどんあふれて海になるのです。そして自分の中にきれいな花園ができます。その花園が貴方の家です。<br>その花園のメンテナンスは、祈り、思い出すこと。それだけで、やさしさが内側から湧き出してくるのがわかります。そしてそれはあるとき、家族や周りの人への思いやり、許すことに現れます。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>その思いやりは実は貴方から他人へではなく、本当は神様から貴方へ、なのです。他人を許す行為は本当は、自分を許す行為です。 </p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>抽象的なことではなく、神様はいろいろと日常生活どうやってその花園をケアするかを教えてくださいました。メッセンジャーの話を読めばわかります。</p><br><br><br><p>ですが、教えのもっとも根本的な部分がこれです。愛です。<br></p><br><br><br><p>教えのプラクティカルな部分ばかりを追求しようとすると、まぁ、世間の言う、宗教マニアみたいなものになってしまう危険性があります。心の部分が伴わないとならないのです。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>心さえOKなら、体全体OKになります。これは、最後のメッセンジャームハンマドもおっしゃいました。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>イスラーム。任せる。自分を創った本人のほうが自分より自分を知り尽くしているのです。</p><br><p>誰よりも貴方を知っていて、誰よりも貴方を愛しています。思い出しさえすれば、貴方のそばにいつでもいます。</p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>貴方の心の奥底に潜んでいる、”知らない誰かへ恋焦がれる気持ち”、”まだ知らないどこかへ引かれる気持ち”。そういう気持ちを無視して生活していく人々。<br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>みんな、それを”青春”とか、過ぎる一時的なものと片付けて、心に背を向けて生きていきますが。<br>その気持ちは本物です。その呼ぶ声は本当です。自分の心の声を聞いてください。<br></p><br><p><br><br></p><br><br><br><p>&nbsp;</p><br><br><br><p>全ての始まりであり、全てが帰るその場所を求めることで、全てから開放されます。</p><br><p><br><br></p><br><p>自由を求める貴方。 </p><br><p><br><br></p><br><p> 思い出すだけでいいのです。呼んでみてください。心で呼んでみてください。<br>それだけで道が開かれます。<br> </p><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11555559488.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Jun 2013 05:00:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>がまん</title>
<description>
<![CDATA[ がまんする。ということが、なぜか、悪いこととされている。<br><br>我慢は体に悪い。我慢しないほうがいい。<br><br>そしてみんな、痛みを紛らわそうとする。それで痛みの理由が消えるわけではない。<br><br>忍耐は本来美徳なのだ。<br><br>忍耐するしかない、ということが、人生ではたくさんある。<br><br>ちょっとがまんすれば、過ぎることが、紛らわそうと（逃げようと）することで、よけいややこしくなることもある。<br><br>紛らわすというのは、たとえば怒ること、他人に、あるいは自分に、八つ当たりすること。<br><br>恋人へ、近い人への異常な欲求や、薬へ走ること。<br><br>なぜなら、我慢するのは苦しいことだから、痛みと直面しないといけないから。そんなの、だれもしたくない。<br><br>でも、それで長い回り道をすることを回避することが可能になる。<br><br>いくら回り道して、痛みから逃げても、また、振出しに戻って、その痛みと結局直面することになるのだ。<br><br>だから、賢い選択は、がまんすることだ。仕方ない、と割り切って、変えることができない定めは、我慢するんだ。<br><br>消すことができない痛みとは、まず認めて、しっかり目を合わせて、忍耐するんだ。<br><br>そうすれば、その痛みの本質が姿を表す。その本質が見えたら、それと接するんだ。その本質はだいたい、自分に根付いている。自分の選択パターン、思考回路。<br><br>痛みからがむしゃらに逃げても、痛みは単なる影なので、影と戦っても仕方ないんだ。<br><br>本質が見えた時点で、影は大体ふっと消えてなくなる。<br><br>そのカギが辛抱ということは少なくない。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11527928435.html</link>
<pubDate>Fri, 10 May 2013 20:45:19 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>イブラーヒーム</title>
<description>
<![CDATA[ <p>イブラーヒームは、メッセンジャーの父となずけられている。私はイブラーヒームが大好きなのである。</p><br><p>彼のストーリーを通して、すべてのメッセージの根源でありベースである、タウヒードの意味が分かる。タウヒードとは、全てで一つという意味だ。</p><br><p> 彼が住んでいた町では、人々は偶像を神々として拝んでいた。しかし彼は、それに違和感を覚えたようだ。 </p><br><p>神とは、そんな人間が作った型にはめられるほど、ちっぽけなものなのか。</p><br><p>彼の心の中には、それよりもっと壮大な何かがたしかにあった。それがなんなのか、彼はまだ知らなかった。なにか、理解できないほどの美しさ。表しようのない広さ。そのようなものがあった。その、得体のしれない何かに彼の心は燃え盛り、それに相応するものをイブラーヒームは、探していた。 </p><br><p>最後のメッセンジャー”ムハンマド”の聖書クルアーンにそのストーリーが記されています。 </p><br><p>”イブラーヒームがその父アーザルに、こう言った時を思え。「あなたは偶像を神々となさるのか。本当にあなたとあなたの民は、明らかに誤っていると思う。」” </p><br><p>そこで神様は： ”われはこのように、天と地の王国をイブラーヒームに示し、かれを全く迷いのない信者にしようとしたのである。” </p><br><p>神様は、イブラーヒームの恋い焦がれる心を察したところ、自分に導かれた。</p><br><p> 神を知るには、まず、それ以外の心の目を曇らせる物を消さなければならない。 </p><br><p>イブラーヒームは、心の中にある何かを目に見える物に探し始めた、星の輝きに、月の美しさに、太陽の光に： </p><br><p>”夜（の暗闇）がかれを覆う時、かれは一つの星を見た。かれは言った。「これがわたしの主です。」だが星が沈むと、かれは言った。「わたしは沈むものを好みません。」” </p><br><br><p>”次いでかれは月が昇るのを見て、言った。「これがわたしの主です。」だがそれが沈むと、かれは言った。「わたしの主がわたしを導かれなかったら、わたしはきっと迷った民の仲間になったでしょう。」 ”</p><br><p>”次いでかれは太陽が昇るのを見て、言った。「これがわたしの主です。これは偉大です。」だがそれが沈むと、かれは言った。「わたしの人びとよ、わたしはあなたがたが、崇拝する者と絶縁します。” </p><br><p>彼の心の中に感じられたそれは、それらよりもはるかに美しく、それらよりはるかに眩しく、日々が過ぎれば色あせるものでもなく、雨が降ろうが、太陽が出ようが、変わるものではなかった。それは永遠に変わることのない、絶対的な存在だった。</p><br><p> 朝でもなく、夜でもなく。天でもなく地でもなく。どこにもないようで、全てであるように思われた。 </p><br><p>彼は、その存在に目覚めた。そしてその存在に身を心を、委ねた。 </p><br><p>天でもなく、地でもなく、”天と地を創られた方に私のかをを向ける”と人々に伝えた。</p><br><p> ”わたしは天と地を創られた方にわたしの顔を向けて、純正に信仰します。わたしは多神教徒の仲間ではない。」”</p><br><p>イブラーヒームの神は、永遠だ。イブラーヒームの神は、思うだけで、一緒にいられる。</p><br><p>場所などいらない、どこにいても、どこを向いても、そこにいる。時間など関係ない、昔も今もその先も、変わらずにいる。</p><br><p>口を開いて祈りの言葉を言わずとも、あなたの言いたいこと全てを知っている。</p><br><p>あなたよりあなたに近い存在なのである。あなたであり私であり、全てなのである。</p><br><p>しかし、言葉で表すことはできないし、目で見ることもできない。</p><br><p>なので、メッセンジャーたちにみんな口をそろえていったのである　”その神を見せろ”と。天使がいるなら天使はどこだ”と。うそつきだ！と。魔法使いだ！と。</p><br><p>神様が世界を創ったのはもともと、自分を知ってもらうためだったのだ。自分で自分を知るためだったのだ。</p><br><p>海の広さも、太陽の偉大さも、山の壮大さも、すべて、それを通して、それを創造された方の偉大さや壮大さを知るためだったのである。</p><br><p>それらを拝むためではない。</p><br><p>それらすべてあなたのために創られたのだ。自分のために創られたものに囚われてどうするんだ？</p><br><p>そのような愛がほかにどこにあろう？世界すべて、存在全て、あなたのためにあるんだ。</p><br><p>気づいてくれ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11526836769.html</link>
<pubDate>Thu, 09 May 2013 00:36:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>アダム２</title>
<description>
<![CDATA[ イブリースは、人間に”幸せ”と称して不幸を約束する。<br><br>イブリースは現実をかえる力などもて合わせていない、それは神様しかできないんだ。<br><br>イブリースができるのは、思わせること。つまり、だます事。なので、彼は審判の日に、自分の過ちを彼のせいにする人間に言う、ついてきたのは君たちでしょう、と。<br><br>それが、魔法というものの本当の姿。魔法というのは、存在する。だけど、それに現実をかえる力はなく、現実を見る人の目をくらませるだけのもの。今のメディアに似てるね。<br><br>このペンダントを身に着ければ、ほら美しさ漂う毎日に。。。このメイクアップで貴方は幸せな女に。この車に乗れば、世界が貴方のものに....などなど。魔法の一種だ。<br><br>それで、貴方を自分から奪う。それが、つまりは悪魔との取引だ。<br><br>悪魔に魂を売る話は、アニメや小説では出てきても、誰も信じない。<br><br>毎日、みんながやっていることだ。<br><br>テレビは信じても、自分の心の声は信じないひとの多いこと。<br><br>つまり、魂を売るというのは、意思を売ってしまうのだ。<br><br>動かされるままに、動いて、心に背を向けて、欲に従い、目に見える物に囚われてしまう。偽りの幸せの幻想にとらわれて。いつまでも目を覚ますことなく、夢を見続けてるようなものだ。<br><br><br>アダムは最初天界にいて、神様はアダムの骨から、イブを作った。アダムとイブは天国ですごしていた。<br><br>イブリースはアダムとその子孫を自分が自分を追いやってしまった、”分裂”という地獄に巻き込もうと、アダムとイブにささやいた。神様がこの木にだけは近づいてはいけない、といった木の実を食べると、永遠の命が手に入るのだと。<br><br>アダムは忘れてしまった。永遠などすでに持ち合わせているものだと。なにか手に入れることで、なにかすることで、なにかが変わることなどないのだと。<br><br>その幻想にすっかり飲み込まれてしまった。自分が一人ぼっちだというイブリースが作った幻想に。自分は一人ぼっちで、力を手に入れないといけない。<br><br>イブリースは今も同じ形で人間の目をくらまし、人間は同じ手にひっかかっている。遠い昔なんてもんじゃない。同じことの繰り返しだ。<br><br>ほら、こんなんで大丈夫なの。あれもこれも手に入れなきゃ。強くならなきゃ。大きくならなきゃ。<br><br>全部、幻想だ。貴方にはなにも必要ない。<br><br>逃げ場なんてないの。みんな同じ場所に帰る。みんないずれは死ぬでしょう。それを、そんな当たり前のことを、みんなに忘れさせる。まるで、この短い人生が永遠かのように、思わせる。<br><br>死さえも、逃げ場ではない。死というのは、自分の存在の形が変わるだけで、存在しなくなるわけではない。<br><br>今の貴方の心の状態の延長だと思っていい。<br><br>このままでは、アダムの子孫は真実を見失ったまま、暗闇にさまようことになるので、神様はメッセンジャーを送った。<br><br>メッセンジャーというのは、天界と繋がっている人間だ。人間で、人間の欲を持ち合わせている。天使などではない。<br><br>天使は欲を持たない。自我を持たない。天使は光でできている。<br><br>聖者と呼ばれる人間も天界と繋がりを持った人間。本物を見分けるのは、簡単。<br><br>本物は見返りを待たない。ひたすら与える。そして、自分へ人を招くのではなく、神様へ引っ張っていく。自分はただのリンクなのだということを強調する。<br><br>そしてメッセンジャーのみな、なんらかの奇跡を与えられた。目に見えることしか信じない人のためだ。<br><br>それでも、モーゼを信じた人々は、神を見せろなどと、おろかな事をぬかしたのだけれど。<br><br>なんで、目に見えることだけを信じるんだろう？<br><br>貴方を見せてと私が言ったら、貴方はどうする？<br><br>自分が書いた絵や文や、作った音楽を通して、自分を見せるしかない。それでも、伝わらないこともある。自分でさえ知らない自分というのもある。<br><br>それをみせてといったら？<br><br>みせられないでしょう。目には見えない。絶対。だけど、貴方はそこにいる。誰にも見えないのに。<br><br>誰にも見えないからといって貴方は自分の存在を疑ったことはあるか？<br><br>神様の存在を疑うというのは、それと同じ。それほど、ありえないことなのだ。<br><br>神様の存在は、貴方の存在だから。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11522888773.html</link>
<pubDate>Fri, 03 May 2013 01:01:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>アダム</title>
<description>
<![CDATA[ なぜ、前世の恋愛物が流行るか、考えたことって、ある？<br><br>前世、その遠い、記憶にあるようなないような、もやもやした。<br><br>とおい昔。<br><br>その遠い昔に、誰かを、愛していた。<br><br>そんな恋愛物語が、多いこと。<br><br>それは、本当だから。ただの、空想の物語じゃなくて、本当なの。<br><br>神様がいつか人間が体を授かる前、人間たちに、私は君たちの神でないか？と、問いかけた。<br><br>そうしたら、人間たちは、はい！と答えたわけ。それは、ただの質問ではなっくて、誓いだったの。<br><br>忘れない。貴方を忘れない。と誓ったの。人間は。<br><br>存在を与えてくださった貴方を。<br><br>そして、アダムが生まれた。体と魂。その二つの間に立つ、不思議な生き物。人間。<br><br>天界の物は初めてそれを見た。神様は、アダムに跪くように、天使たちに命じた。<br><br>天使たちは、みんな従った。でも、一人、逆らった物がいた。今は悪魔と呼ばれる、かつては大天使だったイブリース。<br><br>貴方はそいつを土から作り、私を火から作った。なら私が上だろう？と神に訴えた。<br><br>それが、自我というものの根源だった。それまでは、天使たちはそういうものを持たなかった。<br><br>ただ、光の一部として、光の中で泳いでいたの。”私”と”貴方”という分裂がなかった。<br><br>そこに、イブリースが来て。分裂が起きてしまった。それが、不幸の元。自分を全てから切り離して見てしまった。<br><br>なんて孤独な、なんて不幸な道を選んでしまったのか。なんて不毛な、無意味な。でもそれも、必然だった。<br><br>神様はイブリースを天界から追放した。それがイブリースの望みだったからだ。自分から自分を切り離してしまったのだ。自分に単独の存在があるかのようにイブリースは自分の存在を訴えてしまったから。<br><br>でも、イブリースは出て行く前に、永遠の命をもらって行った。そして神様に、アダムの子孫みんな道ずれにしてやる。と言い残していった。<br><br>つまり、忘れさせてやる。ということだ。<br><br>イブリースは、”自分”という幻想に人間みんな連れ込もうという、魂胆だったの。<br><br>そうすれば、みんなその幻想に文字通り夢中になって、忘れてしまうから。かつての誓いを。<br><br>それが、”切なさ”という感情。<br><br>覚えているようで、思い出せない、恋人。かつて愛したひと。<br><br>時が経つにつれて、みんな忘れていった。そしてそれは、伝説として語られるようになった。（つづく）<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11522830122.html</link>
<pubDate>Thu, 02 May 2013 23:02:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>神様</title>
<description>
<![CDATA[ 神様がいるって、知ってた？<br><br>いるの。<br><br>一人。<br><br>一人の神様がいるの。<br><br>ずっとずぅうううっと、自分の存在を、それを確認できる人間という、不思議な人間という、自分が作って、生を与えた生き物に、自分が作った世界という物を通して、伝えているんだけど。<br><br>人間の中にはいろいろ壁があって、なかなか人間は、気がつかないの。その奥の奥の奥に隠れているんだけれど。なかなか気づかれないんだ。<br><br>人が不幸だと思う出来事は、大抵、その人がそれに気がつくためのメッセージだったりする。<br><br>目に見えるものの裏に隠れている物に気づくため。<br><br>人間はショーもなく弱い。その弱さをなかなか認めない。<br><br>しかも、頭でっかちで、理論が好き。<br><br>常に何かに成ろうとする。自分以上の何か。自分以外の何か。<br><br>今、あるものには盲目。<br><br>そのため、今から、自分から逃げ続けて、なかなか、気づかない。<br><br>どうしようもなく悲しい。どうしようもなく空しい。<br><br>そういう感情は、そのために生まれる。でも人は、それを、日常生活の出来事のせいにして、なんとか改善しようとするけど。<br><br>精神科に通ったりして、薬を飲んだりして。<br><br>それは鎮痛剤に過ぎない。<br><br>自分と向き合わないから。外側の事情をどうすれば何とか成ると、ダイエットすれば、仕事がうまくいけば、家族ができれば、お金があれば、と。ずっとずうぅぅっと、自分が自分に囚われていることに気づかず。なかなかあきらめない。<br><br>でもなかに、外側を直すのは馬鹿だと気づく人もいる。今度は内側に目を向ける、進歩。自分を直し始める。この癖が直れば、もっと明るかったら、もっと前向きに生きれば、と、やっぱり自分なりの自分から逃げる仕掛けを考える。<br><br>無理なのに。<br><br>悲しくて当たり前。むなしくって当たり前。苦しくて当たり前。なんでって<br><br>自分の本質から、源からどんどん遠ざかっているから。<br><br>それってなにと？<br><br>それはね。<br><br>それはね。あなたの存在自体なの。あなたの存在というのは、貴方だけの存在じゃなくて、全ての存在と繋がっていて。一人であって沢山で。沢山であって一人。<br><br>一人の神様。<br><br>私は貴方を愛してる。<br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11522342724.html</link>
<pubDate>Thu, 02 May 2013 04:47:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>貴方が愛を求めれば、愛もあなたを求める。</title>
<description>
<![CDATA[ 愛を信じる人は、悲しいほどに少ない。<br><br>なぜ？<br><br>それは、愛を形あるものに閉じ込めるから。<br><br>形あるものは滅びてしまう。物も、人も。<br><br>愛した物、あるいは人が無くなってしまうと、愛がなくなったのだと、勘違いする。<br><br>愛が本物ではなかったのだと、愛を、あるいは自分を疑う。<br><br>ちがうの。愛はする物すべてに無償で降り注ぐ永遠の源だ。<br><br><br>でも、自分からにげてしまうの。<br><br>あのね、あなたの”価値”なんてどうでもいいの。過去になにを犯したかとか、達成したかとか。そんなのどーーでもいいの。<br><br>愛は、求められれば、求めるの。<br><br>貴方が愛を求めれば、愛はあなたを求めるの。<br><br>基準なんてないのよ。愛しか。<br><br>それだけが、存在の存在理由なの。<br><br>貴方が愛を選べば、愛はあなたを選ぶ。<br><br>人を愛するのではなく、人を通して、愛を愛する。という意識ですごせばいいのよ。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11522293922.html</link>
<pubDate>Thu, 02 May 2013 04:26:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>信じたほうの勝ち</title>
<description>
<![CDATA[ 大丈夫。<br><br>悲しまないで。<br><br>たとえ信じて裏切られても、信じたほうの勝ち。<br><br>信じる力を失うほうが、裏切られたときの痛みより、<br><br>損害は大きい。<br><br>だから、痛みに負けないで。<br><br>信じ続けて。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11431450277.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Dec 2012 02:20:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>恋人の名前は訊かないで　－　ファイルーズ</title>
<description>
<![CDATA[ ファイルーズはレバノンのシンボルとも言えるべき歌手で、アラブ世界全体のスーパースターだ。折れそうに細く、それでいて力強い印象がある。彼女はなかなか微笑まないのだ。そのくせ、溶けるように優しい声で歌う。<br><br>とてもロマンチックで切なげな歌が特徴だ。<br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=-sM1-XCIpMA" target="_blank">この歌</a>が今日の朝タクシーで流れていて、なんだかとてもうきうきしてしまった<br><br>ちょっと歌の歌詞を訳してみます。<br><br>＊＊注：アラビア語では、男性代名詞（彼）を女性にもつかいますし、物にも使います。たとえば、月は（彼）で太陽は（彼女）です＾。＾＊＊＊<br><br>私の恋人の名前はを訊かないで下さい。<br>あなた方はその美しい香りに耐えられるかしら？<br>神に誓います。一文字でもばらしたら、道がライラックの花で埋もれるでしょう<br><br>水車の微笑みに彼が見えるでしょう。<br>遊び心のある蝶のなびきに。<br>海に、野原の息に。<br>ウグイスの歌に。<br><br>冬が泣くときの涙に。<br>降り注ぐ雨の与えに。<br><br>どんな本にも書いていない美しさ。<br>どの作家の筆も、それを表しきれない。<br><br>私の恋人の名前はなんだと訊かないで下さい。<br>もういいでしょう。<br>名前は言いません。<br>私の恋人よ.......<br><br>私の恋人の名前は聴かないで下さい。<br>あなた方はその美しい香りに耐えられるかしら？<br>神に誓います。一文字でもばらしたら、<br>道がライラックの花で埋もれるでしょう。<br><br>（歌終わり）----------------------------<br><br>.....ちなみにファイルーズっていうのは<a href="http://www.turquoise-world.com/" target="_blank">ターコイズ</a>という意味です。色も石（トルコ石）も。綺麗ですよねトルコ石の色は.....エジプトで安いです。パールみたいな丸玉ターコイズの４０～５０センチのネックレス、２ヶ月くらい前かな...３５００円くらいで買いましたよ。余談ですけど。<br><br>パワーストーンとかなんとか、そういう"物に頼る”理由で買っちゃいけませんよ？？何度もいいますけど。<br><br>パワーは、石に宿っているのではなくて、その石のパワーを信じている貴方の心に宿っているのです。貴方の信仰が物にパワーを与えるのです。<br><br>石には宿っていません。あなたの心に宿るのです、お忘れなく。<br><br>石なんかに頼っても、助けてはくれません。<br><br>なぜなら石でさえもそのお方にイチコロなのです。<br><br>信じるも、頼るのも、一人だけです。<br><br>みんな知っている、みんな求めている、<br><br>そのお方は、<br><br>水車の微笑みに、降り注ぐ雨の与えにそのお方は見えるでしょう。<br><br>そのお方の名前は訊かないで＾＾一文字でもばらしたら、道がライラックの花で埋もれるでしょう<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11425774255.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Dec 2012 20:20:49 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>恋に恋する</title>
<description>
<![CDATA[ ページの下に、”天国にいく信仰水”などという、怪しいものの広告が出ているが。。。。<br><br>そんな物売られているわけないのである。<br><br>お金というのは、形ある物しか買えないのである。<br><br>”信仰”というのは、まず、形がない物なのだ。<br><br>形も色も場所もない物を、どうやって紙切れで買うかな？<br><br>そんなの売ってる人は、まだ信仰の”し”の字ほども信仰を知らないのである。<br><br>信仰というのは、宇宙のように、始まりも終わりもないものなのである。<br><br>それを知り尽くしているという人がいたら、その人はうそつきなのである。<br><br>本当に知っている人は、知っているなどと、ずうずうしいことは言わないのである。<br><br>けれど、それを"味わう”ことはできるし、それに”なる”こともできるのである。<br><br>それは全てを燃やし尽くすほど強い物であり、それであって、水がさらさらと流れるように繊細なもの。<br><br>それを言葉で表そうとするのは、やめておくが、<br><br>信仰を知りたくば、買うのではなくて、手放すのである。<br><br>自分がしがみついているあらゆる”物”を手放すしかないのである。<br><br>まずは形あるもの、その次は形のない物。<br><br>”これが自分だ”というイメージを固めている物を、壊さないといけないのである。<br><br>それはなぜと？本当の自分を知るのである。<br><br>今の時代、いろ～～んな影響にさらされているあなたは、貴方である確信があるのか？<br><br>貴方が選んでいる言葉、服、表情や感情でさえも、貴方でない可能性が高いのである。<br><br>じゃぁ、"私”っていったいなんだと？それを知るのは貴方の役目なのである。<br><br>”信仰”は貴方が手放した物を買ってくれるのである。<br><br>信仰は、人の心が家なのである。<br><br>貴方が手放した物の代わりに、信仰が貴方の心に住むのである。<br><br>心が”貴方でない物”でいっぱいになっている状態では、信仰は住めないのである。<br><br>信仰がいったん住むと、もう悲しみも、恐れも、全部消えてなくなるのである。たとえ痛みを感じても、恐れや悲しみはないのである。安心感があるのである。<br><br>信仰心を探してる貴方、天国を探してる貴方。<br><br>それは道なのである。ただその道は、人の心の在り方によって見えたり見えなかったりするので、信じていない人も多いが......<br><br>信じて行くしかないのである。<br><br>見えてる人も、明日見えなくなるかもしれない。信仰が心から出て行くかもしれない。<br><br>それでも、信じるのである。祈るのである。<br><br>自分でコントロールするなどという愚かな幻想に騙されてはならないのである。<br><br>自分で何とかしようと思うのは辞めるのである。疲れるだけだ。途方にくれるだけ。<br><br>信仰は、自分でなんとかできるレベルのものではないのだよ。<br><br>恋と同じと思うといい。恋はあちらから”やってくる物”なのだ。<br><br>信仰水やらクリスタルやら、そういうもに頼っても、遠ざかるだけなのである。<br><br>信仰のように、形がない絶対的なものを求めるのに、そんな人間が作った物に頼っても、<br><br>信仰は心に住みに来るわけないのである。<br><br>それは、恋に恋しているようなものと思うといい。<br><br>形あるもに頼るのは、裏切っているような物である。<br><br>本気で求めているのなら、それ以外もとめてはならないという覚悟で、<br><br>信仰を恋人だと思い裏切らないことである。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/badrgamil/entry-11425105202.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Dec 2012 17:27:48 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
