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<title>yamaさんの徒然日記</title>
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<description>山形県の高校で教壇に立つyamaのブログ。年中無休のごとく付き合っているバドミントン部の生徒達や、担任する生徒達とのはちゃめちゃな日々について綴ります。</description>
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<title>入院生活のご報告⑦</title>
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<![CDATA[ さて、チューブや測定機器の配線やらでがんじからめにされたyamaさん。<div>執刀医のS先生からは「手術自体は無事に終わりました。人工弁もきちんと動いているようなので、あと数日間は集中治療室で管理しますから」って報告でした。ちなみに、本人は見せてもらえませんでしたが、ウチの家族はyamaの元々の大動脈弁を見せてもらったそうです。</div><div><br></div><div>喉が渇きました。点滴で水分は注入され続けているので、本当の喉の渇きですよね。そしたら看護師さんから「yamaさん、良かったね。水分の摂取がオッケーになりましたよ」とのお話し。水が飲めるのはうれしかったですね。楽しみにその時を待ちました。</div><div><br></div><div>「んじゃ、yamaさん口開けてー」と看護師さんに言われました。ワクワク感溢れるyama。</div><div><br></div><div><font size="5" color="#0000ff">ピチョッ<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/099.png" alt="タラー" width="24" height="24"></font></div><div><br></div><div>舌の裏くらいの場所に、スポイトみたいな器具で数滴の水がたらされました。</div><div><br></div><div><font size="5" color="#ff0000">「こ、こんだけ⁉️」</font></div><div><br></div><div>徐々に増やしていくとかで、ホントにそれ以降も吸い飲みを使って３０CCずつとか、１日５００CCの制限をしばらく守り続けてました。水分の摂取が多いと心臓の働きが活発になるので、仕方ないのだそうです。代わりに看護師さんがくれる氷の塊が美味しかったこと！初めて味わう感覚でした。食欲も別になかったのですが、ゼリーをスプーンでひと掬い（‼️）から始まり、おかゆの量も増えていきました。看護師さんからは「おかゆや味噌汁は１日の水分摂取量にカウントされませんから、頑張って食べたほうがお得ですよ」なんて言われたぐらいにして。でもやはり食欲はなかなか上向きませんでした。</div><div><br></div><div>結局集中治療室には月曜日の昼まで、都合４日ほどお世話になりました。テレビもなく、本も持ち込めず、あるのは看護師さんが貸してくれたラジオだけ。ただひたすら同じような体勢で寝るしかやることがないので、yamaにしては珍しく眠れないこともありました。夜中の２時に目を覚まして、あとは朝まで眠れないとか。仕方なく睡眠導入剤をいただいたのですが、これがまた３時間経ったらキレイに目が覚めてしまう代物で。ホントに、眠れない、ヒマをもてあますことに苦しんだ４日間でした。うれしかったのは、地味に１日１本くらいずつチューブが外れていくこと。貴重な経験をさせていただきました。もうしなくていいですけどね。</div><div>月曜日に６階東病棟に戻った時はもう自力歩行も許可され、当たり前のことが本当に幸せに感じたものでした。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/badyama1969/entry-12115972371.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jan 2016 19:10:45 +0900</pubDate>
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<title>入院生活のご報告⑥</title>
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<![CDATA[ もはや、このテーマいつになったら終わるのでしょうか。しかも手術からは間もなく１年が経過しようとしているのに！！どんだけマイペースなんだと自分にツッコミを入れながら、第６回目になります。<div><br></div><div>手術室に入ったのが２月２６日（木）の午前９時でした。当たり前のことですが、麻酔されたあとのことは全くわかりません。</div><div><br></div><div>で、何となく呼びかけられた感じがしました。何か言おうとしたのですが、口と言うか喉の奥まで何か入っている感じがして、話せませんでした。たぶん「ダメだな。もう１回寝てもらいましょう」とか何とか言ってる声がしたような感じでしたが、結局またすぐに記憶がなくなりました。</div><div><br></div><div>さて、目が覚めました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" alt="おねがい" width="24" height="24"></div><div>看護師さん？から、「あっ、yamaさん起きたね」かなんか言われましたが、やはりなんか口から喉にかけて違和感がありました。「じゃあ、チューブ抜きましょう」と言われ、喉の奥の方から何かが引っこ抜かれました。痛かったです<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" alt="えーん" width="24" height="24"></div><div>でも、話せるようになりました。最初に聞いたのはもちろん「今何時ですか？」でした。そしたら、yamaの予想をはるかに上回る回答が。「今は、金曜日の午後３時になるところですよ♪」</div><div><br></div><div><br></div><div><font color="#ff0000" size="5">「はあ？もう明日なの？」</font></div><div><font color="#ff0000" size="5"><br></font></div><div>っていう驚きのお話でした。しかも、さきほどまで喉の奥まで酸素吸入のためのチューブが入っていたらしく、声はもんたよしのり（古っ！）でした。</div><div><br></div><div>この時点でyamaは予定通り一般病棟ではなく、集中治療室に寝かされていました。確か３日間くらいはここで生活と聞いていたはずですが、とにかく仰々しい機械類が周りを取り囲んでいました。冷静になって自分の周囲を見渡すと・・・</div><div><br></div><div><font size="5" color="#ff0000">「なんじゃこりゃ～」</font></div><div><br></div><div>昔の『太陽にほえろ』のジーパン殉職のシーンみたいな心境でした。</div><div>身体のあちらこちらから伸びるチューブの数々。下腹部から２本、両腕に１本ずつ、左手の指先から１本、そして首元から１本。たぶん、７本くらいだったと記憶しています。そして心拍数やら酸素濃度やら心電図やら様々なものがモニターで映し出されてました。集中治療室に入るってことは、そういうことなんだと理解しました。</div><div><br></div><div>そして・・</div><div><br></div><div><font color="#ff0000"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">「もしかしたら、これ大手術だったんじゃねーの？？</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">」</span></font></div><div><br></div><div>と、ようやく認識できたyamaなのでした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" alt="ガーン" width="24" height="24"></div>
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<link>https://ameblo.jp/badyama1969/entry-12115957699.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jan 2016 18:29:28 +0900</pubDate>
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<title>入院生活のご報告⑤</title>
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<![CDATA[ 平成２７年２月２３日、山形県立中央病院に入院となりました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/143.gif" alt="ショック！"><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">６階東病棟がしばしの住処となります。外科病棟のため、同じように循環器系の疾患を抱えた患者さんはもちろん、癌やポリープの除去と言った系統の手術を受ける患者さんが多い病棟です。</span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">手術は２月２６日の午前９時開始ということで、それまでは様々な検査を受けたり手術や麻酔に関する説明を聞いたり、特に何ということもなくまったりと過ごしておりました。特に緊張感もなく、早めの春休みという感じでした。</span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">さて迎えた当日。</span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">実家の両親、カミさんの両親、ウチの弟、伯父などが病室に朝から集結しました。yamaとしては正直なところ「何でこんなに集まってる？騒ぎすぎじゃね？？」とか思ってました。当日の病棟からの担当看護師はyamaが最も信頼するＩさん</span><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ">それだけで既に安心してました。</div><div>Ｉさんから「yamaさん、手術室までは車イスで行きますよ」と伝えられ、ここでも「何で普通に歩けるのに・・・」とか思いながら、Ｉさんに押されて手術室へと向かいました。手術室エリアに入りましたが、中はとても広く、何に使用するのか想像もつかない医療機器があちらこちらに。ホワイトボードにも「本日の手術予定」って感じの一覧があり、不謹慎ながら自動車の整備工場みたいだな、という印象でした。短時間でしたが、興味津々で中を見渡しておりました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球"></div><div><br></div><div>ところで、この手術までに決めておかなければならないことがありました。置換する人工弁ですが、金属製の機械弁にするのか、豚や牛を利用した生体弁にするのか。金属製の弁は耐久性にも優れ、基本的には１回交換したら一生モンだと聞きました。ただし、金属製であるがゆえに血栓を作る原因となるケースがあり、それを防ぐためにワーファリンと呼ばれる血液サラサラ薬を生涯服用し続ける必要があります。薬は普段からたくさん服用してるので別に構わないのですが、このワーファリンはビタミンＫと結びつくと効果がなくなるとのことで、例えば納豆やケール、ブロッコリーなどの食べ物を控えなければなりません。医師からは年齢的な観点から機械弁を勧められておりました。なぜなら、生体弁は長持ちしてもせいぜい２０年。yamaの年齢から考えれば、定年退職のあたりで再度の置換手術が必要になります。今回は肋骨も切断しての開胸手術ですが、国内では一部カテーテルを使用して置換を行っている病院もあるそうで。担当医からは「yamaさんが次に置換手術を受ける時は、もしかしたらカテーテルが一般的になってるかもしれないしね」と言われたことで、結局迷った末に生体弁を選択しました。年末に実家で納豆汁を食べた時に「これ、もしかしたらもう一生食わんねのが・・<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif" alt="しょぼん">」と悲しくなってしまったこともあり。</div><div><br></div><div>話を元に戻します。</div><div><br></div><div>車イスが手術台？の脇につけられ、「はいyamaさん、それじゃ自分で立ち上がって台に寝てくださいね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">」とＩさんに指示されました。「だから、車イスでここまで来るイミ・・・」と内心思いながら、台に横たわりました。担当のＳ先生は緑色の装束に身を固め、準備万端です。そこでまたまた最終確認。「yamaさん、ホントに生体弁でいいんだよね？今ならまだ変更できるよ」と。もう「今さら」なので、迷いなしでした。それでもＳ先生は追い討ちをかけるように「もしサイズ的に合わないとか、何か不都合があったら機械弁にするよ。その時の承諾は奥さんからもらいますから。いいですね？」とか<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/145.gif" alt="シラー"></div><div><br></div><div>麻酔科の先生によって、全身麻酔の準備が始まりました。左腕を中心に注射やら点滴やらが挿入されていきます。ふと思いました。</div><div><br></div><div><b><font color="#ff0000">この手術、成功するんだよね？</font></b></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><font color="#ff0000"><b>ここで麻酔されて、あと二度と目覚めることがなかった！なんてないよね？</b></font></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span><div>ここに来て、そう言えば手術中に心臓止める時間があるんだっけな・・とか、もし手術失敗でこのまま逝ってしまったら何か困ることあんだかなあ・・とか、一瞬思い始めました。しかし、そんなのも束の間、いつの間にやら意識はなくなっておりました。</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/badyama1969/entry-12053957536.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2015 09:15:23 +0900</pubDate>
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<title>入院生活のご報告④</title>
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<![CDATA[ ２泊３日の検査入院。最初のハードルはカミさんに何て説明すればいいのか、って言う、本来ならば悩むべきではないところでした。たぶんかなりの負担をかけることになるので、ちょっと言いづらかったのです。検査入院のことを告げたのは、入院の３～４日前<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/036.gif" alt="爆弾">「今週、ちょっと合宿行ってくっから」なんてノリで。「合宿はどこで？」「あっ、今回は県立中央病院・・・で・・」「はああん😩なんですと<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif" alt="叫び"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/037.gif" alt="メラメラ"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/177.gif" alt="！？">」<div><br></div><div>ゴメンナサイ😞でした。</div><div><br></div><div>一応、配慮のつもりでしたが、全く意味がない行為でした<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" alt="汗"></div><div><br></div><div>迎えた検査入院の当日。カテーテル検査は人生２回目でしたので、予備知識はありました。１回目から１０年以上経過したのでだいぶ変わったかなあ・・と思ってましたが、検査そのものはそんなに変わった感じはいたしませんでした。ただ、・・・何より驚いたと言うか、サプライズと言うか、予想外と言うか。カテーテル検査のあとは、脚の付け根の動脈に針を入れることから、検査後に数時間の安静時間があるのです。そのために検査前に尿道に挿管して蓄尿するのですが、yamaはこれが大の苦手。何より恐怖におののいてました。検査当日の朝「yamaさん、尿道に管入れますよ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ">」って、看護師さんが病室にやって来ました。恐怖におののきながら痛さに耐え、何気なく看護師さんのネームプレートを見た瞬間<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" alt="！！"></div><div><br></div><div><font color="#ff0000" size="5"><b>「同僚のカミさんじゃねーかよ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/036.gif" alt="爆弾">」</b></font></div><div><br></div><div>恥ずかしいやら情けないやら<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/175.gif" alt="ダウン"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" alt="汗"></div><div>カテーテル検査と言うメインの出来事はどこかに吹っ飛んだ感じでした。</div><div><br></div><div>検査結果は、当然のごとく良いはずもなく。心臓弁膜症のため、大動脈弁の置換手術を勧告されました。先述した循環器内科の先生からはまたまた様々な脅しを受け、担当も心臓血管外科に移りました。そこで弁置換手術の概要を説明され、機械弁と生体弁が選べること、３週間程度の入院を要すること、手術中はしばらく心臓を止める必要があることなどレクチャーを受けました。ついでに、弁は一つ100万円ほどする代物であること、術後は身体障害者手帳が交付される対象となること、医療費がかなりかかるので「高額医療の限度申請」とかいう手続きが必要なことなど、入院経験の多いyamaにとっても未体験な説明をたくさん受けました。手術は２月の下旬と決まり、あとは節制に努めて良いコンディションで手術を受けられるよう指示がありました。</div><div>蛇足ですが、この検査入院で初めて個室をオーダーしました。保険適用外の別料金になります。なぜか？高知で生徒から言われたイビキのことがこびりついていたからです。他の患者さんに迷惑をかけないよう、自主的に選択いたしました。後々になって実はこの「イビキ」というヤツ、あるキーになってくることは知る由もなく３日間の入院生活を終えました。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 23 Jul 2015 14:12:06 +0900</pubDate>
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<title>入院生活のご報告③</title>
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<![CDATA[ さて、半年放置して恐る恐る出かけた県立中央病院。内科の先生の第一声は「一体半年も何をやってたんだ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/034.gif" alt="むかっ"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/034.gif" alt="むかっ">」でした。<div>やはり結果はかかりつけのお医者さんの予測通りでした。心室肥大がかなり高度で、心室から心房への血液の逆流も激しい。言わば慢性の心不全状態になっており、このまま経過観察でも何とかなるかもしれないが、そう遠くない時期に救急車のお世話になる可能性が大きいかもね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる">って診断でした。その原因として考えられるのが、心臓に血液を送り込む大動脈の弁に異常が見られること。とりあえず「心臓弁膜症」なる病名を頂戴し、１１月にカテーテル検査を行うことになりました。担当の医師からはかなりストレートに「アンタね、あまり楽観的に考えてると死ぬぞ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/152.gif" alt="ドクロ">」と脅され、自分の体のことはもちろん、家族やもろもろのことを考えて、慎重に行動するよう忠告を受けました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/175.gif" alt="ダウン"></div><div>体重を落とすこと、塩分を控えること、過剰に水分を摂取して心臓の動きに負担をかけないこと、などなど。ガッツリと生活習慣について苦言をいただき、最初の検査入院が決定いたしました。</div>
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<pubDate>Thu, 23 Jul 2015 13:53:20 +0900</pubDate>
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<title>入院生活のご報告②</title>
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<![CDATA[ そんなわけでスタートした平成２６年度。何となく不十分な態勢で新年度に突入したもので、なかなか軌道に乗れない感じで１学期を終えました。<div>残念ながらインターハイにも出られなかったため、夏は平成２９年度の南東北インターハイ準備で、視察のため千葉市に滞在しておりました。その後山形に戻り、生徒を連れて恒例の「志賀高原バドミントンカーニバル」参加のため長野県へ。新人チームに切り替わって、すぐにチーム戦形式のオープン大会は助かります。例年より暑くもなく、大過なく夏休みを過ごした感じでした。新人チームもなかなかの滑り出しで、地区高校新人大会は全種目優勝。９月には全日本ジュニア選手権大会出場のため、高知県南国市へ行きました。平成１４年の「よさこい高知国体」以来のカツオのタタキ！試合結果はイマイチでしたが、毎晩カツオ三昧でした。</div><div>ちょっと気になったこと。高知で宿泊したホテルはかなりリーズナブルなビジネスホテルで、正直なところ古めかしい安ホテルでした。だから、だとは思っていたのですが、生徒からちょっとした指摘がありました。「yama先生、夜に先生の部屋の前を通るとイビキが廊下まで聞こえてきますよ。隣の部屋もですが。スマホで録音してみますか？」なんて。壁の薄い安ホテルだから仕方ないと思いましたし、実はこの時期yamaは教員免許更新講習のため、東北福祉大学の通信教育を受けてました。完了申告の時期が迫っていたため、わざわざ四国までパソコンを持ち歩き、毎日レポート課題に向き合っていたのです。そんなので、「若干お疲れかな？」などと都合よく考えてもいました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/201.gif" alt="カゼ"></div><div>で、ついに１０月上旬、大会やらがひと段落したところで、yamaは半年遅れで県立中央病院に２月の検査結果を聞きに行くこととなりました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" alt="汗"></div>
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<link>https://ameblo.jp/badyama1969/entry-12053646797.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Jul 2015 13:20:52 +0900</pubDate>
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<title>入院生活のご報告①</title>
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<![CDATA[ &nbsp; &nbsp;かなり久しぶりのブログ更新です。やはり、のめり込みやすく冷めやすい性格が露骨に反映しているといると言えましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/143.gif" alt="ショック！"><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">&nbsp; &nbsp; さてワタクシ、２月から入退院を繰り返しております。一昨年の１０月頃に２０年来のかかりつけ医の先生（内科の先生ですが、循環器系が専門らしいです。なので、心電図検査などはかなりこまめにやってもらってました）から「心室肥大が激しくなって、なおかつ左心房から左心室への血液の逆流がだいぶ多くなっている。心臓の大動脈弁に異常が見られる可能性がある。大きな病院に紹介状書くから、なるべく早く診てもらってね」という内容のことを伝えられました。何を言われているのかもよくわからず、正直なところポケーッと聞いてました。yamaはこの時、「手術の可能性が大だな。１ヶ月は入院してもらわないと」という先生の言葉に「それは大事（おおごと）ですね！」と割と他人事のように受け応えした記憶があります</span><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/145.gif" alt="シラー"></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">&nbsp; &nbsp; 雪が降り始めた頃に紹介状を持って病院に行き、エコーやら検査をされました。これは大きな病院にありがちなことですが、初診だと一つの検査をするにも１ヶ月待ちとか何回かあったもので、あっと言う間に桜の季節になってしまいました。</span><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">私はこの時５回目のクラス担任を終え、「たぶん次の１年は担任業務もお休みだなあ」などと単純に考えてました。まさか４５歳にもなるオヤジをこき使うほど人材不足じゃないよね、ってことで。そんなので春休みは連続２週間にも及ぶ遠征を企画し、部員を引き連れ埼玉、岩手、滋賀と武者修行の毎日でした。そんな時に教頭から一言「yama先生、４月からまた１年生の担任ね</span><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/031.gif" alt="ドキドキ">」で、だいぶ予定が変わりました。遠征が終わって学校に戻り、慌てて新学年担任の準備に入りました。自分が担任するクラスの名簿が準備できたのも、入学式の２日前でしたから<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif" alt="叫び"></div><div><br></div><div>&nbsp; &nbsp; ところで、この遠征明けにyamaは２つの予定が入っていました。一つは先ほどの検査結果を聞きに行くこと。一つは懸案だった大腸ポリープの内視鏡手術。どちらも日程は決まっていたのですが、内視鏡の方はすでにあの事前に２リットルもプレゼントされる「ムーベン」（←いわゆる下剤です）が手許にあったもので、とりあえずこちらを優先させて、検査結果を聞きに行く方はキャンセルすることにしました。近所の開業医で切り取ったポリープは悪性でも良性でもなく、「そんなわけで来年の今頃、また内視鏡やりましょう」との力強いお言葉。まあ、１年に一度の腸内洗浄だと思えばいいかな、と考えてました。ホントにこの時期日程が詰まっていたので、なかなかまとまった時間が確保できませんでした。心臓の検査の方も引っかかる部分ではあったのですが・・・<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/178.gif" alt="DASH!"></div><div><br></div><div>&nbsp; &nbsp; 内視鏡手術を受けたのがハレの入学式の前日。なにしろそんなタイトな綱渡りだったので、入学式の新入生の呼名も練習が不十分で「間違ったらゴメンな」って感じで。</div><div><br></div><div>&nbsp; &nbsp;こうして、yamaの平成２６年度がスタートしました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br><div><br></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/badyama1969/entry-12029784241.html</link>
<pubDate>Fri, 22 May 2015 18:58:39 +0900</pubDate>
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<title>ダメダメって・・・</title>
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<![CDATA[ 何年かに一度yamaが生徒を連れて練習におじゃましている大学があります。国内でもトップクラスの大学でありますので、あまり簡単にお願いできるところではありません。監督のＳさんがたいへん理解ある方なので、何とか潜り込ませていただいているところです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ">練習では学生の皆さんも状況を見ながら適宜加減して下さっているので、何とか乗り切ることができているようです。<br>ここの練習におじゃまして最もありがたいことは、生徒達が自らバドミントンについて考える姿勢を持つようになってくれることです。大学の近くのホテルに宿舎をとるのですが、夕食時は毎日２時間くらいかけてミーティングが行われます。これは別にyamaが設定しているわけではなく、自然発生的に「先生、あの練習では何を目的としてるのですか」「今日学生の方からこれこれのアドバイスをいただいたのですが、どういうことなのでしょうか」「Ｓ先生から教えていただいた言葉の意味がわからないのですが」などと、出張子ども電話相談室の様相です（笑）そんなところから始まって、わずかな日程の中で生徒達の多くはバドミントンについて考える機会を与えていただき、中にはこれを契機として課題意識を強く持ち、競技成績でも急成長をとげる生徒もいます。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130616/15/badyama1969/fc/2e/j/o0800045012577635898.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130616/15/badyama1969/fc/2e/j/t02200124_0800045012577635898.jpg" alt="$yamaさんの徒然日記" style="clear:both;float:left;" border="0"></a><br>たまに読むことがある、竹俣明さんがお書きになったジュニア指導の本に印象的な部分があります。「バドミントン指導はいくつかのアドバイスをすることができれば誰でも可能だ。『早く動け』『タマの下に早く入れ』『ミスするな』」だそうです。もちろん皮肉を込めた竹俣氏のメッセージですが、バドミントンの指導に携わる方の中には、まさに「そのまんま」の方もいらっしゃいますよね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif" alt="しょぼん">話は元に戻りますが、大学の練習の雰囲気が違うと言うことで、生徒達がお互いに意見を交わし合ったことがありました。厳しい練習の中でも、学生の皆さんはそれを感じさせず生き生きと行動されている。なぜか？インハイやインカレで実績を残している選手がたくさんいらっしゃるのだから、高いレベルの練習環境になるのは当然だ・・・。自覚も意識も高いものがある・・・いや、違う、・・・何なのか、と高校生なりに色々と考えを出し合っていました。そこで彼女たちがたどり着いた結論。練習の中に「否定がない」という点でした。ミスしようが、フィジカルトレーニングからこぼれようが、先輩であろうが後輩であろうが、基本的には仲間を否定するような言葉や、批難するような言葉はほとんど聞かれません。お互いが励まし合い、お互いを尊重しあい、みんなで前向きに声を掛け合いながら練習に取り組んでいく、そんな環境に彼女たちは強い尊敬を抱きました。もちろん、カントクyamaもです。<br>実際はどうなのでしょうか。ウチの練習には多くの方々が指導にいらっしゃいます。「自分も練習するつもりで来てますから」と謙虚にされる若い方もいれば、「そんなんじゃダメだ」「またミスで負けてるじゃないか」「早く動かないからダメなんだよ」「常にタマの下に入る意識がないからダメだ」などと、先述した竹俣氏の皮肉を地でいく方もいらっしゃいます。生徒に試合の自己分析をさせても、「自分のミスが多かったのでダメでした」としか言えない者もいる始末。幻滅です<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/024.gif" alt="雷"><br>ウチの生徒達に、インハイ予選の１週間前から、毎日のように練習前に大縄跳びをさせていました。２０人もの生徒が一気に跳ぶため、なかなか最低限の目標に設定した５０回がクリアーできず、いつまでもシャトルやラケットに触ることが出来ません。大会直前なので３０回までハードルを下げましたが、それでも３０分以上は縄跳びして大汗かいていました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる">何のためにさせていたのか、部員の諸君は深読みしてくれましたかネ。答えは明らかにしていませんが。気持ちよく練習に取り組むためには気持ちよい環境を整えてあげることも必要。厳しさも上達にはもちろん必要ですが、好きでミスしているわけでもない子達に「ダメ」連発してプラスになるものがありますかね。yamaも隣で見ていて暗澹たる気持ちになってしまうためか、こういう感じの方が体育館にいらっしゃった時には突然こちらの口数が少なくなってしまいます。理想的な練習環境を作れるほど、チームが成長できるのはいつの日になりますかねぇ・・・
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<pubDate>Sun, 16 Jun 2013 15:07:36 +0900</pubDate>
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<title>祭りの後の・・・</title>
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<![CDATA[ インハイ予選から１週間が過ぎました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/022.gif" alt="晴れ"><br><br>今週は学校の本来の業務に加え、東北高校選手権関係の連絡調整、出場校の書類とりまとめ業務、インハイに向けた臨時の保護者会役員会、教育実習生を激励する旧担任団の会合、などなど怒濤のように毎日が過ぎていきました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/025.gif" alt="波"><br><br>例年yamaにとってはこの時期が、割と忙しい中で最も穏やかな気分の中で過ごせる毎日となります。とりあえずインハイ予選が終わって、１年間の緊張から解き放たれた状況であることが最も大きな要因です。これから１ヶ月くらいは割とのんびりした気分で過ごせると思います。やるべきことはたくさんありますが（笑）<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130616/06/badyama1969/be/ca/j/o0480038412577236243.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130616/06/badyama1969/be/ca/j/t02200176_0480038412577236243.jpg" alt="$yamaさんの徒然日記" style="clear:both;float:left;" border="0"></a><br>話は飛びます。今年の新庄まつりは言うまでもなく８月２４、２５、２６日の３日間なのですが、今年の８月２４日は土曜日のようです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/186.gif" alt="ラブラブ！">宵祭りの日としては最高の条件ですね。yamaはたぶん部活の合宿やってると思いますが。各町内の若連のみなさんは、７月の声を聞くと本格始動します。ちなみに私が深く関わっていた南本町若連は短期集中型で、８月に入ってからの追い込みが例年激しいのですが。小さい頃は別として、町内の山車製作を手伝うようになって以降、先輩方がよく言っていたのは「俺たちのおまづりは８月２３日までだ。当日は子ども達のためのおまづりだ」ということでした。<br><br>yamaは教員になってから１０年近く生徒会指導に携わりましたが、そんな自分の経験を通して学校祭の実行委員には「裏方」の重要性を口酸っぱく伝えてきました。担当した当初の頃は実行委員が何においても主役で、「裏方」となる生徒がほとんど存在しなかった印象です。ですから、当然実行委員以外の多くの生徒達は主体的に関わろうともせず、抜け出して他の学校祭に行く割合も多かったと思います。自分たちは様々な企画に直接関わりにくい「お客様」扱いなのですから、当然の帰結です。本腰を入れて指導してからは徐々に生徒達にもその思いは伝わったと思います。最初の頃は実行委員会の生徒からも反発があり、なかなか苦心しました。「自分たちが楽しみたい」という気持ちは当然理解できるのですが、本来学校全体の生徒職員が楽しめてナンボだと思いますので。演出する側はあくまでも「裏方」で、みんなに楽しんでいただくのが喜びである、というのが私の持論です<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ"><br><br>話はまた戻ります。<br>新庄まつりは、市民の皆さんの善意の寄付で成り立っています。一部ではこれを「おいはぎ祭り」と揶揄する声も聞こえますが、この仕組みがあってこそ伝統は引き継がれてきたのです。おまづりが始まると、山車の運行に合わせて各町内若連のみなさんは沿道の１軒１軒を訪ねて回ります。何をしにきたのか何てことはわざわざ誰も説明しませんが、法被を着た方が玄関先にやって来ると家々では「ご苦労様です」とご祝儀袋を差し出します。時代によって金額は違ってきてると思いますが、基本的には何百円の世界です。ただ、２０町内の若連が次々に回りますから結構な金額にはなりますが、この善意のおかげで毎年趣向を凝らした山車を製作することができるのです。企業のスポンサードを受けずに維持できていることは、素晴らしいことだと感じます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif" alt="しょぼん"><br>若連のみなさんは、必要最低限の人数を運行スタッフとして残し、ほとんどの人々がこの「ご祝儀集め」とか「花もらい」とか言われている作業に携わります。ねぎらいの声をかけていただくこともあれば、全く知らない方のお宅に上がってごちそうをいただくこともありました。運行コースの沿道だけでなく、若連の皆さんは祭り囃子がほとんど聞こえないような場所まで「遠征」することもあります。朝出発してから夕方山車小屋に戻るまで一度も自分の町内の山車と出会わなかったと言うくらい、ひたすら裏通りを回っている方もいらっしゃいます。でも、このような皆さんもおまづりを支える一員として誇らしく動いているのです。まさに、「当日は子ども達のためのおまづりだ」の精神です<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/187.gif" alt="グッド！"><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130616/06/badyama1969/d9/71/j/o0640036312577236244.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130616/06/badyama1969/d9/71/j/t02200125_0640036312577236244.jpg" alt="$yamaさんの徒然日記" style="clear:both;float:left;" border="0"></a><br>新庄まつりには「山車作りは町方、囃子は村方」という伝統があり、当日山車の後ろで囃子を演奏するみなさんは山車製作の若連とは全く違う地域に住む皆さんです。極端な話、１年でこの３日間しかお会いしない方もいらっしゃいます。でも、「仲間」なのです。南本町若連には市東部の関屋地区から「関屋囃子若連」のみなさんがいらっしゃいます。かつてＣＤなどに録音されて発売されていたということもあるのでしょうが、特に最近の若者がちょっと変わった感じのかけ声をかけたり、異常に早い調子で太鼓を叩くとかそういうこともなく、まさに「正調」という感じの落ち着いた祭り囃子が特徴の若連です。山車の出発時には「寄せ」という関屋若連独特の太鼓と笛だけの囃子があり、１年にたった一度、２４日に山車小屋を出発する時だけ、人を「寄せ」るという意味で演奏するのだと聞きました。あと、何と言っても感動は最後に待っています。２５日夕方に山車が地元町内に戻ってくると、関屋若連の皆さんはその年最後のお囃子を奏でます。この頃には「花もらい」に出かけていた若連のみなさんも戻っており、みんなで関屋若連のみなさんを取り囲んで最後のお囃子に聴き入ります。これが終わると山車は小屋の中に収納され、翌々日には解体されることになります。<br>この最後のお囃子、本当にしみじみと心に染み入るのです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif" alt="しょぼん">「今年も終わったなあ・・・」という気分に否が応にもさせられます。祭りの後はもう秋の風、気づいたら夏も終わっているという寂寥。祭りの後はもの悲しくもあり、しかし充実感にあふれている、そんなことを毎年感じていました。<br><br>インハイ予選が終わり、次は全国に向けた戦いに臨む準備をしなければなりません。今は少しだけみんな休息の時間って感じです。そうはいっても２週間後にはもう東北高校選手権、県代表としてのプライドを賭けた試合が始まります。祭りの後の余韻を楽しみつつ、次に向けた準備をしていくといたしましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/173.gif" alt="アップ">
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<pubDate>Sun, 16 Jun 2013 06:00:16 +0900</pubDate>
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<title>インターハイ予選終わりました</title>
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<![CDATA[ １年で最大の行事、インターハイ予選が終わりました。５月の地区大会ではそれなりの結果は収めたものの、このインターハイ予選ばかりは何が起こるかわかりません<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/143.gif" alt="ショック！"><br>今年度から試合の方式が変更となり、学校対抗戦は従来通りのトーナメント方式。個人戦はベスト４が出そろったところで、総当たりのリーグ戦を行って順位を決定することになりました。厳しい戦いになるのは目に見えているのですが、「組み合わせに左右されず真に実力を有した選手を県の代表として決める」という意味が込められています<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/037.gif" alt="メラメラ">この方式だと一発勝負の面白みはなくなりますが、トータル的に実力のある選手が勝ち上がることが予想されます。２年前に一度この方式で大会を行いましたが、過酷なリーグ戦になることは前回の大会を見ても明らかでした。半年前には変更することを決定していたため、選手達がこの方式に対応できるだけの練習ができていたのかどうかも試されます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ"><br><br>さて、初日の学校対抗戦は準決勝まで一気に行われます。今回ウチの学校は第１シードだった関係で１試合少なくなり、故障者を何人か抱える状況でありがたい組み合わせでした。３回戦までは順当に勝ち進みましたが、準決勝では試合内容があまり良くなく、勝ったものの翌日に不安を残す感じでした。そして迎えた２日目、朝イチで決勝に入りました。迎える相手は準決勝で昨年の優勝校を破った山形Ｊ高校。激しい戦いを制して決勝にコマを進めてきました。決勝では３年ぶりの対戦です。しかし同地区の学校ですし、お互いに手の内がわかっている同士の対戦ですから、結局は勝ちたい気持ちの強い方にインハイ切符がやってくるのだと思っていました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ"><br>結果、３ー１でウチが勝利を収めました。１年生の時からチームの中心となって支えてきた３年生がきっちりと勝ってくれました。学校としては学校対抗４年ぶり９回目の優勝。カントクyamaとしては８回目のインハイとなります。正確に言うと、個人戦だけ出場の年がここ２年続いていましたので、区切りの１０回目インハイとなります。本当に、良い生徒達に恵まれました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130610/16/badyama1969/7a/b8/j/o0800045012570996867.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130610/16/badyama1969/7a/b8/j/t02200124_0800045012570996867.jpg" alt="$yamaさんの徒然日記" style="clear:both;float:right;" border="0"></a><br>これからは学校の代表としてでなく、山形県代表としての戦いになります。正直言って全国的には弱小県ですが、何とか「参加することに意義がある」にとどまらない強化をしていきたいと思います。ウチの部は２２名の部員で構成されています。コートに立つ選手だけではなく、全員が一つとなってインハイに臨みたいところです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/043.gif" alt="パンチ！"><br>ところでこの３日間、多くの保護者の皆さんが応援に駆けつけてくれました。去年からみんなそろいのＴシャツを着ての応援です。保護者の皆さんも一体となってガンバロウという気持ちがひしひしと伝わります。これまで遠征やら合宿やら多大な経済的負担をお願いしてきました。結果を出せたことで、ちょっとだけ許してもらえますかね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif" alt="しょぼん"><br>特に最終日となった６月９日は保護者会の「宴会部長」Ｙさんの誕生日です。娘は勝利を父親にプレゼントしようと燃えていましたが、残念ながらシングルスでは順位決定リーグ戦に呑み込まれました。しかしダブルスでは見事全勝で通過し、第１代表でインハイ出場を決めました。最高の親孝行だと思います。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130610/16/badyama1969/dc/4d/j/o0800045012570996865.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130610/16/badyama1969/dc/4d/j/t02200124_0800045012570996865.jpg" alt="$yamaさんの徒然日記" style="clear:both;float:right;" border="0"></a><br>今回ダブルスで優勝した二人は、武者修行のつもりで３月の「全国有力校強化合宿」に自分たちだけで参加させました。滋賀県大津市での二人きりの５日間、まわりはほとんどが西日本の学校の選手達ばかりで心細かったことは容易に想像できます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/143.gif" alt="ショック！">あまりの「アウェイ状態」で泣きが入っている様子も聞いていましたが、たくましく頑張ってくれたようです。最終日に遙々滋賀県までクルマを飛ばして<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" alt="車">迎えに行ったyamaが見た二人は確実に成長していました。一つの「賭け」だったかもしれませんが、しっかり期待に応えてくれました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130610/16/badyama1969/2c/ea/j/o0800045012570996866.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130610/16/badyama1969/2c/ea/j/t02200124_0800045012570996866.jpg" alt="$yamaさんの徒然日記" style="clear:both;float:right;" border="0"></a><br>まずはこれからインハイまでの２ヶ月、気持ちを切らすことなく頑張らせたいと思います。この大会で悔しい思いをしながらも何かを学んでくれたであろう２年生、試合には出ていなくてもチームとして勝つことの喜びを味わった１年生。これからの成長を見守っていきたいと思います。
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<pubDate>Mon, 10 Jun 2013 16:09:21 +0900</pubDate>
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