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<title>その昔、パチンコ屋で働いてゐた</title>
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<description>約20年ほど昔、パチンコ屋で働いてた頃の思い出などをつらつらと</description>
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<title>パチンコ屋のバイトに誘われる</title>
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<![CDATA[ 会社も辞めて、付き合っていた女にも愛想を尽かされて<br>それでも他人事の様に「なんとかしなきゃな…」程度の考えしか無く<br>ダラダラと自堕落な日々を過ごしていた頃。<br><br>不意に中学時代の友人と街で出くわしたのだが<br>話を聞くと商店街の中にある小さなパチンコ屋で働いているそう。<br>バイト募集中なので、もし私さえよければ紹介してくれるとの事。<br><br>正直、遊ぶ為にパチンコ屋に入る分には全く抵抗は無かったものの<br>いざそこで働くとなると…どうにも不安な気分がしてたまらない。<br><br>当時のパチ屋の店員といえば、いかにも裏社会の住人という風貌漂う<br>30代～50代位の人ばかりで若者は殆ど居なかったからである。<br><br>どこかでヨゴレ仕事という偏見もあったのかも知れない。<br><br>とにかく2～3日考えさせて欲しいとその場は別れたが<br>やはり背に腹は変えられないので翌日には店に紹介して貰った。<br><br>世間ではセーラームーンが社会現象を巻き起こしていた。
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10793432165.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Feb 2011 19:09:46 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ屋に勤めるまで(会社員時代)</title>
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<![CDATA[ 地元の高校を卒業後、親戚のコネで入社した某建設会社。<br>上司に連れられ朝から集金に回るフリしてパチンコ屋のモーニングを狙う毎日。<br><br>この頃よく打ってたのは、スーパーアレパチ。<br>行き着けのホールでは朝イチの出目が全台「３」にされていた。<br>上司に500円玉を数枚渡されて、とにかく「７」を目指す。<br>要するに代打ち要員な訳だが。<br>当たれば連チャン抜けまで続行、ダメならカニ歩き。そんな毎日。<br><br>プライベートで打っていたといえば…<br>とにかく長時間のんびり打ちたい時は羽根モノのブンブン丸を。<br>少しでも資金に余裕がある時はパチスロのコンチネンタルⅢとアラジンⅡ。<br><br>コンチネンタルⅢはあまりに好きすぎて、つい数年前のみなし機撤去の頃<br>ギリギリまで設置していたレトロ専門店に足を運んで打ち続け、<br>それが打てなくなってからは実機を購入して、今でもたまに楽しんでいる。<br><br>社会人1年生の頃は変わった挙動を見せるパチスロが数多く見られた。<br>特に前述のアラジンⅡにおいてはボーナス主体で数ゲームスパンでの<br>強烈な連チャンが味わえるという事で、相当打ち込んだ。<br><br>当時付き合っていた女の定期預金を崩させて金を借りて打った事もあるし<br>たまたまお座り1本で連チャンした時に、直前までハマり続けていたという<br>前任者の地元ヤクザに絡まれて喧嘩になった事もある。<br><br>この頃にパチスロの初の4号機、チェリーバーが登場。<br>少し打ってみたけどコンチⅢのが全然面白かったのでそれっきりだったが。<br><br>会社自体は最初の1年で辞めた。<br>付き合ってた女には愛想付かされ逃げられた。<br><br>急いで仕事を見つけないと生活が出来なくなるという不安は感じていた。
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10792884452.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Feb 2011 04:38:44 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ屋に勤めるまで(高校時代その3)</title>
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<![CDATA[ 一応進学校ではあったものの、たまたま補欠合格しただけで万年成績ビリの私は<br>元から大学への進学など全く考えていなかったので学校でも浮いた存在だった。<br><br>特に3年生に上がった頃にはそれは顕著になっていて<br>別に不良ごっこがやりたかった訳ではなかったが<br>同級生の連中には「何しに学校に来てるのやら」という目で見られたものである。<br><br>この頃になるとパチスロのモーニングが取れてもその後が続かない事も知り<br>モーニングが狙える時は狙って即ヤメ、一旦換金して羽根モノを打つ事が増えた。<br>(換金所が開くまでの1時間がとにかく苦痛だったのを記憶している)<br><br>羽根モノはビッグシューターとスタジアムをよく打っていた。<br>特にスタジアムは役モノの特性上、Ｖゾーン直前で外れるガッカリ感が無く<br>それだけで不思議と安心感があって好きだった。<br><br>打つ時はなるべく打ち止め札が刺さった台に座る様にしていた。<br>地元では予定終了後、1～2時間空けてから開放されるのが普通だった。<br><br>夏の終わり頃にフィーバーパワフルⅢが登場。<br>保留玉連チャン機時代の本格的な幕開けである。<br>また、アレジンやエキサイトもこの頃に登場、爆発的に流行ったものの<br>これらはあまり打った記憶が無い。というか勝てた記憶が無い。<br><br>パチンコは詰まる所、出玉が無ければ面白くない。<br>早い段階で一度でも面白い思いが出来なければ、もうその機種には近づかない。<br>私はそんな男であった。<br><br>そうこうしながら、危ぶまれていた高校卒業を何とか果たしたのである。
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10792879424.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Feb 2011 04:11:21 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ屋に勤めるまで(高校時代その2)</title>
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<![CDATA[ 初めて自分の金で打って初めて手にした7万円は3日程度で全て失った。<br>あれだけ簡単に当たってたものが、次の日から全く当たらない。<br>実にお決まりのパターンである。<br><br>私は家庭の事情から高校時代は下宿の一室を借りて自活していた。<br>親からの仕送りは一切無かったので、学費と下宿代と生活費を得る為に<br>学校が終わって夕方から縫製工場、早朝から登校時間までは某パン屋で<br>それぞれアルバイトをする毎日。<br><br>普段から全く金が無いという訳でも無かったので<br>時折学校をサボってはモーニング狙いで朝からパチンコ屋に行っていた。<br><br>最初に打った店のパチスロはニューペガサスしか無かったので<br>パチスロというのはそんなものだと思い込んでいた部分もあった訳だが<br>何の気無しに他の店を覗いたら、見た事も無い台が沢山あって驚いた。<br><br>不思議な事に、店ごとに設置してある機種が他店とあまり被っておらず<br>バニーガールを打つならＢ店、アラジン(初代)を打つならＣ店…と<br>その日の気分で打つ店をコロコロ変える必要があった。<br><br>今に思えば初代アラジンを2～3千円打つ為に行くのも馬鹿けた話だが<br>当時は大当たり確率も知らないばかりか気にも留めてなかったので<br>全くもって能天気だった訳である。
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10792871314.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Feb 2011 03:25:10 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ屋に勤めるまで(高校時代その1)</title>
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<![CDATA[ 初めて自分の金でパチンコ屋で遊んだのは高校2年の夏だった。<br>中学時代の先輩に連れられてパチスロというものに初めて触れた。<br><br>1.5号機のニューペガサス。<br>その店のパチスロコーナーは全てニューペガサスだった。<br><br>モーニングが仕込まれていて、最初に座った台でいきなりBIGが揃った。<br>目押しは全く出来なかった…というより狙える事すら判らないまま1回転目でBIG。<br>当然遊び方も全然判らない。意味が判らないまま毎回ドバドバ出続けるコイン。<br>幸い、隣で打っていたご婦人が親切に教えてくれたので事なきを得たが。<br><br>開店早々にBIG1回分のコインを手に入れたものの<br>11時まで交換所が開かないので(開店10時)店内をうろうろして時間を潰した。<br><br>その後はどうしようもなくツイいていた。<br>座る台、座る台でことごとくBIGを引き続け夕方には7万円近くを手にしていた。<br>高校生にしては、大金である。<br><br>パチスロってこんなに簡単なんだ…と思ったのと同時に<br>今後長々と続くドロ沼人生へ踏み込んだ瞬間でもあった。<br><br>帰りに某大手ショッピングセンターにて50本限定で販売されていた<br>メガドライブ版テトリス(言うまでもなく海賊版)を購入した。<br>操作性が悪く面白くないのですぐ投げ出したのを覚えている。
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10792622972.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Feb 2011 22:33:18 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ屋に勤めるまで(幼少時代)</title>
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<![CDATA[ パチンコそのものは親が好きだった事もあり幼い頃から触れる機会は多かった。<br>幼少の時分(昭和50年代初頭～半ば)はパチンコ屋で育った様なものである。<br><br>何故か私はアレパチが好きだった。<br>アレパチというか、正確にはアレンジボール機だが。<br>理由は大人になった今でも判らない。<br>恐らく、コインの払い出し音が気に入っていたのかも知れない。<br><br>当然、機種の名前なんか覚えている筈も無い。<br>親に渡された数枚のコインを手に、とにかくデタラメに玉を弾き<br>たまにラインが揃えば清算ボタンをギュッと押す。<br>ベコベコベコッと払い出されるコインを見ては喜び、また打つ。<br><br>小学生にも満たない子供が遊んでいても微笑ましい風景で片付く。<br>そんな時代の話である。<br><br>ホールでは軍艦マーチと円広志の「夢想花」が代わる代わる流れていた。
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10789381331.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Feb 2011 21:57:47 +0900</pubDate>
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<title>はじめました</title>
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<![CDATA[ なんとなく思い立ったので<br>昔パチンコ屋で働いていた頃の思い出を書いてみる事に<br><br>面白いかどうかは判らないけど<br>トラブル続きだった当時を振り返っていこうと思います
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<link>https://ameblo.jp/bakupachi/entry-10787084431.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 21:36:22 +0900</pubDate>
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