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<title>きみのぶんまで。　〜お空に行った妹〜</title>
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<description>２０１６年２月に一卵性の双子の女の子を３５週５日で出産。そのうちの1人は産まれてくる直前にお腹の中で天使となり、死産でした。これまでの記録と日々のつぶやきなど思いのままに綴ります。</description>
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<title>双子が怖い。</title>
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<![CDATA[ <p>双子のひとりを死産してから、とにかく双子の赤ちゃんを見る事がこの世で一番辛い事になってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>我が子の火葬の次の日、病院の最寄り駅の構内で、ダブルのベビーカーに新生児の双子を乗せた夫婦とすれ違いました。</p><p>多分、同じ病院で産んだのでしょう。</p><p>母親がなんだか誇らしげに見えました。</p><p>&nbsp;</p><p>まさに私がなりたかった姿でした。</p><p>何の疑いもなく、なる予定だった姿でした。</p><p>&nbsp;</p><p>それが目に入った瞬間、動悸がして、胸をえぐられるようなショックを覚えました。</p><p>&nbsp;</p><p>術後１ヶ月検診のとき、病院の会計で順番を待っていると、なにやら向こうの方からそっくりな３歳くらいの女の子がふたり、頭から足先までお揃いの洋服を着てこちらへ近づいてきました。すぐ後ろには微笑みながら２人を見守る母親。</p><p>目に入った途端、やはり動悸がして、胸をナイフで引き裂かれるような、そんな気分になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>「私もああなるはずだったのに」</p><p>「どうして私が？」</p><p>なんでなんでなんでなんで？？？？</p><p>&nbsp;</p><p>と、頭の中がパニックになり、気づいたら涙を流していました。</p><p>その子達とお母さんは、私の前をじゃれ合いながら通り過ぎ、斜め後ろの椅子に座りました。</p><p>やはりそのふたりは顔がそっくりでした。</p><p>「○○ちゃん、はい、いい子ね。○○ちゃん、ちゃんと座ろうね〜」</p><p>母親が２人に話しかけるのが嫌でも耳に入ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>何かの拷問を受けているかのようでした。</p><p>神様、なにも、こんな目にまで合わせなくてもいいじゃないですか。</p><p>わたし、何かそこまで悪い事したのでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>その双子ちゃんも、そのお母さんももちろん何も悪い事をしていないのに、なんだかいじめられてるような気がして、そんなひねくれた心になってる自分がまた惨めに思えて、泣きながらその場を離れました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな症状も、半年経った今となれば少しは緩和されていますが、やはり辛いものは辛いです。</p><p>今日も、買い物中にエレベーターを待っていると、ダブルのベビーカーを押した夫婦が後からやってきて嫌でも目に入ってきました。目に入るのではなく、無意識に自分から追いかけてしまってるのかもしれません。そのベビーカーに寝てる赤ちゃんは、うちの子たちと同じくらいでした。</p><p>それをぼーっと見つめる私の押すベビーカーには1人しか居ない。虚しい。とても惨めな気持ちになり、せっかく産まれてきてくれた長女に申し訳なくも感じ、なんだかネガティブのスパイラルにはまります。</p><p>&nbsp;</p><p>いい加減、月日も経っているのだし、そんな風に思う事を意識的にやめていかなければいけないな、と思っています。程度の差こそあれ、この先もずっと同じように感じてしまう気がします。それならば、私が頑張って悪い方向に考えないように努力するしかない。そんな覚悟も最近できてきました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12197442485.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Sep 2016 21:03:27 +0900</pubDate>
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<title>ふたりが産まれた日のこと　〜５〜</title>
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<![CDATA[ <p>お腹を強い力でゴシゴシと擦られているような激しい痛みで意識が戻りました。でも、目も開けられなければ息も吸えない。とても苦しくて一瞬、このまま死ぬんじゃないかと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>気合いを入れて呼吸をしようと頑張ったら、息が吸えました。目もうっすうら開けると、「もう終わりですからね〜、ゆっくり深呼吸しましょう」と、医師に言われました。深呼吸しようとしても身体がガクガク震えてうまくいきませんでした。そして意識が朦朧としていて、これから先の事はあまり鮮明に覚えていません。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、双子を妊娠したとわかった時から、ある一卵性の双子ママのグログを楽しみに読んでいました。２人を妊娠した時から出産、子育てまでずっと続いているもので、そのブログの内容から出産のイメージを頭にずっと描いてきました。彼女の産んだ病院は、帝王切開でも立ち会いが可能とのことで、旦那さんが手術中の様子も写真に撮っており、とてもイメージがしやすくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>麻酔は下半身のみで、意識がある中、</p><p>「はーい、お姉ちゃん出ますよ〜」</p><p>「はい、次妹ちゃんね〜」</p><p>「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」</p><p>&nbsp;</p><p>と、身体を洗われた２人が私の両隣に寝かされて私は涙を流す。</p><p>「無事に産まれてきてくれてありがとう」</p><p>と左右に居る我が子の顔を見ながら。。。</p><p>&nbsp;</p><p>想像していたものとは全く違うお産になってしまった。</p><p>手術中は好きなCDをかけてもいいと言われて、どの曲にしようかな？と考えていたあの幸せな日々が懐かしい。</p><p>カチャカチャと、器具がたてる音が鳴り響く無機質な手術室で目を覚ますと、もうそこには２人とも居なくなっていた。</p><p>知らないうちに私の初めてのお産は終わってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくぼーっとしていると、全ての処置が済んだらしく、病室まで運ばれました。</p><p>エレベーターの中で「お姉ちゃん、無事でしたからね！２人ともそっくりでしたよ。あ、一卵性だものね、当たり前か！」と、同乗していた看護師の人たちがなごやかに話しかけてくれました。なぜだか、このときのこの会話がとても嬉しかったのを覚えています。</p><p>亡くなった左貴子（胎児ネーム）の事も、一瞬だけど元気に産まれた風に思えたから。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>手術後の私は、麻酔がまだ残っているのか、痛み止めの点滴がつながれているからか、ずーっと朦朧としてて、なんだか気持ちよさまで感じるくらいだった。ハイになってる感じ。</p><p>　</p><p>病室には母と主人が居ました。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくベットに横になっていると、そこの看護師長さんがなぜか挨拶に来てくれました。「大変だったけど、お姉ちゃんが助かって本当によかった」そんなような事を言ってくれた気がします。そして、</p><p>「妹さんとお会いになりますか？」</p><p>と言われました。</p><p>一瞬、何の事を言っているのかわからなかったのですが、すぐに亡くなった左貴子に対面できるのだ、と思いました。私は迷わず「はい、お願いします」と言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>左貴子は白い肌着を着せられて、タオルのおくるみで巻かれ、薄い黄色の帽子をかぶっていました。</p><p>顔を見た瞬間、とても嬉しかったのを覚えています。亡くなっているのに温かい気持ちになりました。</p><p>私の子供にしてはとても目鼻立ちが整っていて、思わず「綺麗な顔してる」と言ってしまいました。</p><p>左貴子は目を閉じ、口を少し開けてただただ眠っているだけのように見えました。顔を触るとまだ少し温かく、亡くなっている事を忘れる程でした。</p><p>しかし、首元を見るとへその緒がきつく締まった後なのか、肌が少しえぐられたように傷になっており、とても心が痛みました。</p><p>気づくと私は声を上げて泣いていて、「ごめんねーー！」と叫んでいました。</p><p>&nbsp;</p><p>手術後で身体を起こせないので、私が腕枕をするように左貴子と並び、写真を撮りました。</p><p>今でこそ、私は色々な天使ママさんのお話や、死産の経験談を聞く中で、亡くなった子供と写真を撮れるとか、お風呂に入れて上げられるとか、そういった情報を知ってますが、その時は何の予備知識もなかったけれど、自然に「亡くなった子と一緒に写真を撮る」という決断をしていました。</p><p>その時に撮った写真は本当に今でも宝物です。</p><p>&nbsp;</p><p>「また会いたくなったらいつでも声をかけて下さいね、連れてきますからね」と言ってくれたので、夜、寝る前ももう一度連れてきてもらって今度は主人と３人で写真を撮りました。</p><p>&nbsp;</p><p>その日はNICUにいる右子（胎児ネーム）には会えないまま、病室で主人に付き添ってもらい、眠りました。</p><p>&nbsp;</p><p>その夜は、痛み止めの点滴のせいか、術後の熱のせいか、ずーっとぼーっとしていて、ふわふわ浮いているようで、悲しいとか悔しいとか、そんな感情はほとんどなく眠りについた気がします。</p><p>心のどこかで、1人子供を亡くした事を受け入れていなかったのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12197299801.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Sep 2016 12:18:35 +0900</pubDate>
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<title>ふたりが産まれた日のこと　〜４〜</title>
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<![CDATA[ <p>ずいぶん日にちが空いてしまいました。。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログ、一体どのくらいの方が読んでくれているのだろう？と思いますが、「いいね」を下さっている方もいらっしゃるので（ありがとうございます）、のろのろでも頑張って書いていこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>〈前回のつづき〉</p><p>&nbsp;</p><p>救急車が搬送先の病院に到着しました。</p><p>救急車のドアが開くと、受け入れ先の職員の方が立っていて、「あ〜、荷物、結構ありますね、、どうしましょう、台車がないんですよねー。。。」なんて言いながら、みんなでのろのろと荷物を手分けして持って降りて、、、というように、とにかくのんびりとした雰囲気で病院内に入って行きました。</p><p>&nbsp;</p><p>私はストレッチャーに乗せられたまま、執刀医がいる処置室まで連れて行かれました。そこに着くまでの間、</p><p>「ひかりの部屋」と名前の着いた部屋の前を通りました。</p><p>私は「何をする部屋なんだろ？」と呑気に考えていたのを思い出します。</p><p>後々、私はそこにお世話になる事になるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>とにかく私はずっと点滴をしたまま横になっていたので、周りの状況がよくわからずに、されるがまま、言われるがままでした。</p><p>&nbsp;</p><p>「待ってましたよ〜〜！</p><p>えーと？３○歳で、自然妊娠のMD（双子妊娠の種類）ね〜。よし、エコー診てみよっか？」</p><p>執刀医はとても元気でテキパキとした若い女性の医師でした。</p><p>ニコニコしながらお腹にジェルを塗り、エコー画面を見つめます。</p><p>画面は私からは見えないところにあったので、私はその医師の顔を見ていました。</p><p>&nbsp;</p><p>「え〜と。。。1人がここに居て、、と。で〜？この辺に羊膜があるはず、、、、、」</p><p>と、それまでニコニコ顔で画面を見ていた医師が突然、</p><p>「えっっ！？えっっ！？ちょっと！」</p><p>と、顔色を変えてとても怖い表情になりました。</p><p>私はこのとき、一瞬、「もしかして、三つ子だったとか？！」って、そっちの方を考えてました。昔、テレビでそんな話を聞いた事があったのです。</p><p>それくらい、まさかお腹の中で赤ちゃんが亡くなっているなんて全く思っていなかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>「え？先生、なんですか？」と、私は少しニヤけて聞きました。</p><p>その女性医師は厳しい表情を１つも変えずに</p><p>「心拍確認できてないって言ったよね！？」と、同乗してきた医師に聞きました。そして私の顔を見て、</p><p>&nbsp;</p><p>「落ち着いて聞いてね。</p><p>1人のお子さん、亡くなっています。もう1人を何としてでも助けたい。１秒でも早く出すよ！！」　</p><p>と早口で言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、直前までヘラヘラ笑っていた事がアホみたいに思えて、なんだか悲しくて、悲しすぎて今懸命に頑張っているもう1人の子（右子）にまで気が回らなくて、ただただ力なく横になり続けるだけで精一杯でした。</p><p>&nbsp;</p><p>それからの周りのスタッフ、医師の動きはものすごく早く、我が子の死がわかってから実に１０分も経たないうちに緊急帝王切開の準備が整いました。</p><p>あっという間に着替えさせられ、尿の管もグリグリと押し込まれ、何本か点滴やら注射やらを腕に刺され、お腹にパシャっと冷たい何かがかけられ、消毒をされているようでした。実際、呆然としていた私ははっきり言ってこの時の事ははっきり覚えていません。天井からつり下げられている、綺麗に磨かれたライトに、自分の大きなお腹が映っていたのはよく覚えています。</p><p>&nbsp;</p><p>事前に連絡をして病院の待ち合いに来ていた主人が呼ばれ、スタッフがバタバタと準備を進める中、「あのね、ご主人、お子さん一人亡くなってますから今から緊急で切ります！」と早口でまくしたてられ、いつもは大人しい主人が「えっ！？」と大きな声を出し、でも、周りのスタッフや先生も答えている暇はない雰囲気なので、1人取り残されているような、なんとも悲しそうな顔で立ち尽くしていたのを覚えています。</p><p>一瞬だけ目が合ったときに私は「ごめんね、、、」と言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>そのすぐ後、全身麻酔がかけられ、あっという間に私は意識を失いました。</p><p>意識を失う直前、医師やスタッフが色々と声をかけてくれました。</p><p>「目が覚めたらもう終わってますからね」</p><p>「私がここにいますからね、○○さん、頑張ってくださいね！」と、手を握ってくれました。初めて会うその人の手を私は握り返しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12196055517.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Sep 2016 14:17:24 +0900</pubDate>
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<title>ふたりが産まれた日のこと　〜３〜</title>
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<![CDATA[ <p>剃毛を終えて自分の部屋に戻ると、「搬送の車が来るまでまたモニターとりますね」と看護師が入ってきて、２人の心音を探し始めました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p>ところが、、、</p><p>&nbsp;</p><p>右側にある心音はすぐに見つかりましたが、もう1人、つまり左貴子の心音がなかなか見つからない様子でした。</p><p>「あれ〜？どこに行っちゃったのかな〜？」と、看護師も何度も何度も色々なところにジェルを塗って探しています。</p><p>&nbsp;</p><p>いくら探しても見つからない心音。</p><p>当時の私は幸せ者でした。</p><p>今の私、つまり、死産についての知識がある程度ある自分だったら、少し探して心音が見つからないなんて聞いたらきっとその場で発狂していた事でしょう。</p><p>お腹の中で左貴子はすごく動き回ってるのかしら。</p><p>そんな風に思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>問題は、ずーっと呑気に心音を探し続けている看護師です。</p><p>&nbsp;</p><p>先ほどまで、心拍がぐっと下がってしまう状況だからモニターをとっていたのに、</p><p>そんな、少し心配な状況の胎児の心音が見つからないというのに、</p><p>特に慌てる様子もなく、「あれ〜？」「あれ〜？」と、実に２０分くらいやっていたと思います。</p><p>心音を探している間も、他の看護師が部屋に入ってきて、</p><p>「○○さ〜ん（私）。手術早まっちゃいましたね〜！昨日私が手術の説明したからかしら〜？笑」と言いました。</p><p>すると、心音を探している看護師が、</p><p>「いや、○○さん（看護師）が今日突然前髪切ってきたからですよ〜笑」</p><p>〜　一同　笑い　〜</p><p>みたいに、談笑している始末でした。</p><p>&nbsp;</p><p>後から思えば、もうすでにその時、左貴子はお腹の中で亡くなっていたのです。。</p><p>モニターを取り外して別室に移動し、毛を剃って、また戻ったほんの１５分くらいの間に左貴子は逝ってしまったのです。</p><p>電気シェーバーを当てた時に看護師が驚くくらい動いたあの胎動が最後だったのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>左貴子の心音が探せぬまま、搬送の救急車が到着し、私はストレッチャーに乗せられて救急車に移動しました。</p><p>救急車もサイレンを鳴らさずに普通の運転で搬送先まで向かいました。</p><p>&nbsp;</p><p>車中では、若手の医師が先ほどの看護師から引き継いで左貴子の心音をドップラーを使って探していました。</p><p>移動は３０分くらいかかったかと思いますが、その間、ずーーーっと「んー、居ないですねえ、、」等と言いながら、しまいには雑談も交えながらその医師は聞こえるはずのない心音を探していました。</p><p>２０分ほど経っても心音が見つからないとき、さすがに私も嫌な予感がしたのを覚えています。</p><p>でも、まさか亡くなっているとはこれっぽっちも思っていませんでした。</p><p>嫌な予感を覚えつつも、３０分近く仰向けになり続けていたので、お腹の苦しさが限界になっていて、もうまともに考える事もできなくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>どうして。</p><p>&nbsp;</p><p>日本一頭の良い大学病院の先生なのに、</p><p>色々経験があるだろうに、</p><p>最悪の結果を想定してもっと慌ててくれなかったんだろう？</p><p>&nbsp;</p><p>どうして。</p><p>&nbsp;</p><p>病院のスタッフの1人として「死産」を想像する人がいなかったんだろう？</p><p>&nbsp;</p><p>あの日からずっとこの疑問が私を苦しめています。</p><p>&nbsp;</p><p>救急車の中の医師があそこで慌てたところで、左貴子の命は助からなかったけれど、既になくなっている赤ちゃんが居るお腹の前で、どうでもいい自分の話などをされていたのかと思うと、左貴子が不憫でなりませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>思い出しながら書いているので</p><p>わかりづらい文章になっているかもしれません。すみません<img draggable="false" alt="汗" height="16" width="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif"></p><p>&nbsp;</p><p>続きは次で書きたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12188748524.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Aug 2016 14:55:24 +0900</pubDate>
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<title>ふたりが産まれた日のこと　〜２〜</title>
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<![CDATA[ <p>２月２５日の午前９時。</p><p>いつものように担当の看護師が2人組でNSTをとりに来ました。</p><p>&nbsp;</p><p>入院してから毎日、朝の６時にドップラーで赤ちゃんの心音を確認し、９時にNST</p><p>をする事になっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>その頃は既に臨月目前だったので、仰向けになる事もとても辛く、４０分くらいじっとしていなければいけないその時間は、呼吸も苦しく、段々辛いものになっていました。でも、毎日２人の元気な心音を聞きながら、時にはもぞもぞと動く音もモニターが拾ったりして、愛おしい時間でもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>毎日看護師さんがお腹の上で２人の心音を探します。その頃は右と左に２人が並んでいる状態でした。右の子が右子、左の子が左貴子（さきこ）と、胎児ネームを適当につけてそう呼んでました（笑）。右子が下に居るという事で、右子が姉、左貴子が妹でした。</p><p>左貴子は暴れん坊で、モニターが取り付けられてもそこを動いてしまい、また探し直さなければいけないという事がよくありました。</p><p>&nbsp;</p><p>その日は初めて見る、ベテラン風の看護師さんと若い看護師の方２人でした。</p><p>ベテラン風の看護師が私のお腹の２人の心音を探します。</p><p>「どれどれ〜〜？？どこかな〜？今日は〜」</p><p>２人、特に左貴子は毎日よく動くので、心音を探すのにみなさん苦労していました。</p><p>「おっ、いたいた〜」</p><p>右に１つ、左に１つ、いつものようにモニターが取り付けられました。</p><p>&nbsp;</p><p>いつもであれば「それではこのまま３０分ほど様子診ますね〜」と言って看護師は出て行くのですが、その日はきちんと心音をキャッチしているのに、なぜか２人とも離れようとしません。</p><p>恥ずかしながら私は、毎日やっているNSTの見方をあまりよくわかっていませんでした。</p><p>２人の心拍数がだいたい１３０〜１６０台あたりで、たまにお腹の中で動いてエラーになってしまう。そんな事くらいしか気にしていませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>何か気になる事があったのでしょう。ベテラン風の看護師がなにやらずーっとモニターを見続けています。</p><p>すると、左貴子の方の心拍数の表示が６０台になり、赤く点滅を始めました。</p><p>ベテラン風の看護師は特別慌てる様子はなかったものの、すぐに業務用の携帯でどこかに連絡し、「○○さん、下がってます」と報告をしました。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも私はほとんど慌てなかったのです。なぜなら、あのときの私はお腹の中の２人はもう臨月まで順調に育っているし、今まで何のトラブルもなくきているし、そもそも、死産なんていうワードは私の頭の中になかったからです。</p><p>&nbsp;</p><p>でもさすがに、我が子がお腹の中で心拍が下がっている。少しは慌てました。ひょっとして苦しいんじゃないだろうか？少し不安になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>「ちょっとエコーで様子を見てみましょう」と看護師に言われ、別室でエコーで様子を見る事になりました。　</p><p>初めて見る若い女医が私のお腹のエコー画面をじーっと見ていました。</p><p>&nbsp;</p><p>「ん〜。けんらく。」</p><p>&nbsp;</p><p>と、側に居た看護師に伝えました。</p><p>言われた看護師は「あ、けんらくですか、そうですか。」そんな感じで言ったと思います。</p><p>とにかく私には、別に大した事はない。そんな風に見えました。</p><p>&nbsp;</p><p>女医が「あのね、1人の赤ちゃん、首にへその緒が巻き付いちゃってるみたいなんです。</p><p>あと９０分くらいモニターとって様子を見ますね。」と言い、内診をしてまだ子宮口が開いていないのを確認してから</p><p>「私、オペが入ってるので行かなきゃならないんで失礼しますね」</p><p>と言ってそそくさと部屋を出て行ってしまいました。</p><p>何かをやっている忙しい時に電話で呼ばれたから急いで駆けつけ、とりあえず様子見て、そしてまたその現場に急いで戻っていったような、そんな感じに見えました。</p><p>&nbsp;</p><p>我が子が無事に産まれていれば、そんな態度もすぐに忘れていた事でしょう。</p><p>でも、、、。結果として1人死産となってしまった後は、その医師の対応、判断は果たして正しかったのか。。。。いまだに悶々と毎日のように考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>とりあえず張り止めの点滴をしてモニターをとりつつ様子を見る事になりました。モニターを見ていると、私のお腹が張るときに左貴子の心拍が落ちている事がわかりました。</p><p>様子を見ている間、入れ替わり立ち替わり、医師が入ってきて「もしかしたら、手術は今日あすになるかもしれませんね。元気なうちに出してあげましょう！」等と言ったりしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ１つ、その大学病院には問題があり、NICUのベット数が足りず、正期産以前の分娩は他院搬送になるとの事でした。</p><p>入院したての時にそのような説明を受けましたが、まさか自分がこんな状態になると思って居なかったので軽く聞いていました。</p><p>モニターで様子を見つつ、受け入れ先の病院を探しているようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>NSTの長い記録紙を見たベテラン看護師は「ん〜。やっぱりこっちの子がちょっと元気ないんですよ〜。ほら、胎動がこっちの子は元気なのに少ししか動いてないでしょう？」</p><p>&nbsp;</p><p>すると別の看護師が入ってきて「搬送先、○○病院に決まりましたので、準備でき次第移動しますから用意をお願いしますね」と言われました。のそのそと、持ち物などをバッグにつめたりしていると、今度は別の看護師が「先に毛を剃ってしまいますのでもう一度こちらのお部屋によろしいですか？」と言われたので部屋を移動し、下着を脱いでベッドに横になりました。</p><p>看護師が電気シェーバーを私の陰部に軽く当てたとき、看護師が「おおっ！２人とも今ビクッと動きましたよ（笑）びっくりしたんですかね？」などと言っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>あの日のやりとりや経過の記憶は、いまいち前後がはっきりしなくなって曖昧になってきてしまっていますが、その時、主人や母親とやりとりしていたLINEを見ると、実に異変がわかってから他院搬送まで６時間くらいかかっている事がわかります。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな状況でも、病院の人たちが誰1人として慌てていなかったので、わたしも少し不安になりながらも最悪な結末は全く頭になかったのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>次に続きます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12188453975.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Aug 2016 15:58:40 +0900</pubDate>
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<title>ふたりが産まれた日のこと　〜１〜</title>
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<![CDATA[ <p>ふたりが産まれた日、私は管理入院をしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>それまでの経過はすこぶる順調だったのですが、とにかく身体が重すぎて日常生活がやや困難になっていた事、自宅から病院が遠かった事等を考えて、先生が入院をすすめてくれました。</p><p>また、双子ですし、何か急変した場合も入院していれば安心だと思っていたのでとても心強く思ったものでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>私の娘たちは、一絨毛膜二羊膜といって、羊膜は1人に１つずつあるけれど、胎盤は２人で共有するという、少しリスクのある双子でした。</p><p>「双胎間輸血症候群」という、２人の栄養のバランスが崩れてしまう症状が一番危惧されていましたが、それが起きやすい時期も何もなく過ぎ去り、ほっと胸をなでおろしたのを覚えています。</p><p>&nbsp;</p><p>私は初産であった為、出産ははじめから帝王切開と決まっていました。経膣分娩も希望があるなら言って下さいという事を言われましたが、お腹の赤ちゃんを危険にさらす事は極力避けたかったのです。手術は３７週から３８週の間に行うということになっていました。出産予定日は３月２６日だったので、だいたい出産は３月の１週めか２週めあたりかな？と思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>検診の度に「順調に大きくなっていますよ」と言われ、後から考えれば出産の２日前の最後の検診では、担当の先生に「僕は長年色んな双子妊婦さん診てますけど、ここまで張り止めの点滴なしでこれるケースは全体の１５％くらいなんですよ。すごいですね！」と褒められたりしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、本当にあんな事が自分の身に起きるなんてほんの少しも思っていなかったのです。当たり前のように、お腹の中の元気な２人に会えると思っていました。</p><p>心配していたのは、私が術後の痛みに耐えられるかどうか。それだけでした。</p><p>&nbsp;</p><p>今となっては、呑気な妊婦だった私は幸せ者だったのかもしれません。</p><p>　</p><p>そんな私に、着々とその運命の時は近づいていました。</p><p>&nbsp;</p><p>入院してから１７日目、３７週まであと少しの３５週と５日の２月２５日の事でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12186273024.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Aug 2016 17:33:23 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ <p>２０１６年２月２５日　</p><p>&nbsp;</p><p>１６時３６分　　長女（１９４４グラム）</p><p>１６時３７分　　次女（２２４４グラム）</p><p>&nbsp;</p><p>一卵性の双子の女の子を３５週と５日で出産しました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、次女は産まれる直前にお腹の中で天使になってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>原因は不明と言われましたが、おそらくへその緒が首に巻きつき、強く締まってしまった事が原因だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>あの怒濤の出産の日から５ヶ月。</p><p>&nbsp;</p><p>無事に生まれた長女の世話をしながら幸せを感じつつも、亡くなった次女の事も１日として忘れた事はありません。ほとんど毎日のように、１日のどこかで泣いています。母になった喜びと、我が子を失った悲しみ。二つの思いに挟まれながらこれまでの５ヶ月間、いろいろな事を想ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、やはり月日が経つにつれて感情は変わっていきます。それは、悲しみが薄れていくとは少し違うような気がします。</p><p>周りはどんどん娘の事を忘れていってしまう。双子なので、無事に産まれた娘に意識がいってしまうのは当然のことですが、名前を出してくれる人もごくごくわずかになってしまいました。ほぼ、居ないかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>母親の私はせめて、亡くなった娘が確かにお腹の中で生き、そして頑張ってこの世に産まれてこようとしてくれていた証を残したい。そう思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>また、死産した直後、「双子　片方　死産」などと同じ境遇の方を探すのに必死でした。この複雑な境遇をどのようにして乗り越えていけばいいのかわからなかったのです。</p><p>もし、私と同じような方がいらっしゃったら、また、双子でなくとも我が子を亡くすというこの世で一番悲しい出来事に遭遇してしまった方に寄り添う事ができたら、、と思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/barobaro0501/entry-12186239922.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Aug 2016 15:30:35 +0900</pubDate>
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