<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ベラルーシ留学のあれこれ</title>
<link>https://ameblo.jp/beatle475/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/beatle475/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>留学以外のことも書きます。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>初めの一歩</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>こんばんは。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は小さい頃の記憶の話を綴っていこうかなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>私はボーッと何も考えないことが得意ではなくて、常に妄想や過去の思い出、今思っていることが脳内に再現されまくっていて、しょっちゅう一人で思い出し笑いをしてしまい、普通に側から見れば少し頭のおかしい人になっていることがよくあるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>昔から自分は記憶力が良いと思っていました。しかし、最近になってようやく気が付いたのですが、自分は記憶力が良いのではなく、おしゃべりが大好きすぎてアウトプットしまくっているだけなのです。でもこれって実はきちんと相関関係があって、人に何かを説明すると記憶の定着度は高まります。中学生ぐらいの頃、あまりにもたくさんのことを覚えていたので自分は天才だと思い込んでいました（ちょろい）。しかし当時は父が私の話の聞き役になってくれていたので、私は多くのことを覚えていることができたのだなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>本題に入りますが、小さい頃の記憶って変な記憶ばかり残っていませんか？少なくとも私には変な思い出がたくさんあります。</p><p>&nbsp;</p><p>一番古い（であろう）記憶は、弟が生まれた時ぐらいの話です。和室（寝室）で生まれたての弟と二人きりで、右も左も分からん２歳だか３歳の私は小さな弟を抱っこしてみたくなったのです。座った状態で弟を抱っこ。するとそこに母がやってきて、鬼の形相で叫びながら近づいてきました。</p><p><span style="font-weight:bold;">「なにしてんねん！！！！！」</span></p><p>多分母はこんなことを言っていたと思いますが、とにかくめちゃくちゃ怒られたのが私の記憶の始まりです。当時はなんで怒られたか分かっていなかったし、なんなら抱っこをすることは良いことだと思っていたので、ガキンチョの私からすると青天の霹靂でした。鬼が近づいてきたのですから、記憶がこの時に始まったのも無理はないでしょう。首が座っていない赤ちゃんを抱っこする時は、このことをいつも思い出してしまうのです。</p><p>&nbsp;</p><p>話は変わって次は早朝におきた事故の話。</p><p>今は夜型人間なのですが、小さい頃は朝6時とかそれぐらいに起きて、時々父と散歩をしていました。自転車に乗れるようになった幼稚園ぐらいの時のお話しなのですが、練習もかねて早朝に近所を自転車に乗ってお散歩。最初はいい感じに乗っていたのですが、田畑が多い場所を自転車で漕いでいるとバランスを崩してしまって、頭から田んぼにダイブしました。ダイブして斜め45°くらいに傾いている最中、父親の背中が見える瞬間の映像が今でも脳内に残っています。</p><p>&nbsp;</p><p>次は幻覚のお話。</p><p>私は小学2年生の時から中学3年生まで一度も学校を休まなかったうえに、インフルエンザも１日で治したぐらいの超健康人間（パパママ感謝）なのですが、小学4年生の頃にノロウイルスに感染してしまって体調を崩したことがありました（思い返せばその頃生牡蠣ばっか食べてたなぁ💭）。その時に確かタミフルを処方されたのですが、それが本当もうバチバチのドラッグだったのです。というのもタミフルには副作用として幻覚症状があります。幻覚を見たことのある方だったらわかるかもしれませんが、本当に見えていると脳が錯覚しているので、後になってあれは幻覚だったのだなと気が付きます。その時に見た幻覚は何個かあるのですが、そのうちの一つは母が何度も襲ってくるという幻覚でした（幻覚とは言い切れない部分も多少はある）。そして他には納豆も私を襲ってきました（なんで）。そんなタミフル（もはやLSD）の効果もあって無事に熱も下がり下痢も治ったのですが、症状が回復してから、時々不思議な感覚に襲われるのです。それは巷で有名な「不思議の国のアリス症候群」です。この症状の知名度がどれくらいのものなのか私にはわかりませんが、要するに周りの物体の距離感だったり大きさがつかめなくなってしまうというものです。自分の手がめちゃくちゃ遠くにあるように見えたり、天井がめちゃくちゃ近く感じたり。なんの前触れもなく突如としてその症状は襲ってきます。今ではほとんどなくなりましたが、高校生くらいまでは頻繁に起きていました。割とすぐに元の感覚に戻るのであまり気にしてはいませんでしたが、ただ脳みそがタミフルによってイカれてしまったのはいうまでもありません。</p><p>&nbsp;</p><p>今日はこれくらいにして、今から少しだけロシア語をして寝ようかなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/beatle475/entry-12694446674.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Aug 2021 01:06:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>親のクレエピ「入塾事変」</title>
<description>
<![CDATA[ <p>やっほーこんにちは。</p><p>&nbsp;</p><p>完全思いつきでこの場を借りて、親のクレエピ（クレイジーエピソード）を紹介していこうかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今でこそ仲良し母娘（？）ですが、２２年間の人生、思い返せば我が家は昔から生意気娘（私）とクレイジーマザーとの戦場でした。その中でも特に自分が思い出に残っている母娘戦争に関するエピソードをここに綴っていこうかなという風に思います。暇潰しでもなんでも、長いですが最後まで読んでもらえると嬉しいです。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">入塾事変</span>（２０１１年４月某日）</p><p>&nbsp;</p><p>　これは私が当時中学1年生だった頃に起きた事件で、この事件からすでに10年の月日が流れているにも関わらず、いまだに我が家ではこのことがちょくちょく話題にあがったりするほど、母のクレイジーさが表立った事件なので書いてみようかなと思いました。</p><p>　そもそも私の家はあまり勉強に力を入れるタイプの家庭ではありませんでした。小学生の時にしていた習い事は空手とバレーボール（1年だけ児童劇団も）。勉強の方はというと学校の授業と宿題だけをしているという感じで、特にそれ以外のことはしていませんでした。</p><p>　しかしそんな自分に転機が訪れます。それは小学校6年生の秋ごろ。あと数ヶ月で６年間お世話になった小学校を卒業し、中学生になるんだなぁ〜と思っていた矢先、ある郵便物が家に届きます。それは「進研ゼミを始めませんか？」というあの、毎月1回くらい家に届く、アレです（語彙力）</p><p>　</p><p>　話逸れますが、進研ゼミって勉強頑張ってポイント貯めたらグッズと交換できるみたいなシステムがあるじゃないですか。その景品の中には小学生大人気高級ブランドの某「青天使」や「音楽記号のやや弱くするやつ」のキャラを模したものがあって、ちょろい私は景品ほしさに親に「進研ゼミやらせろデモ」を起こすのですが、そのデモは「無理」の一言であっけなく鎮圧されてしまうのでした。</p><p>　</p><p>　まぁそんな感じで当時小学生だった私は進研ゼミで勉強させてもらうことができずもどかしい日々を送っていました（偽）。一方ベネッセの方はというと、毎月私の家の住所に嫌味かのごとく入会案内を私宛に届けてくれるわけです。届けてくれるので一応封を切って中身を確認するようにはしていました。そこでいつもの通り中身を確認すると「４月から中学生になる君へ」（曖昧模糊）という見出しがパッと目に入り、「そうか〜うちも中学生か〜」とやや哀愁漂う気持ちにさせられ、一通り目を通しました。するとそこには、今までとは違った「脅迫」ともとれる内容の数々が綴られていたのです。ざっくり言うと「中学の勉強は今までより数段難しい！早くから手を打っておこう！じゃないと成績どんどん下がるよ！」といったことが書かれていました。</p><p>　我が家の第一子だった私は手本にすべき姉や兄という存在がいなかったため、非常に焦り始めます。「このままだと勉強についていけなくてアホになってしまうのではないか」という今までにない漠然とした不安を抱えて、それぐらいの時期から毎日最低１〜２時間、親に言われたわけでもないのに自ら進んで勉強するようになりました。（書いてて思ったけどシンプルに偉いな小学生の自分）</p><p>　</p><p>そして来る中学1年生の４月。</p><p>　私はついに両親（*当時はまだ父親在籍）に「勉強頑張りたいから塾に行かせてくれ」と懇願します。親からの返事はNo。私には二人の弟がいるので、お前だけに金は払えないという至極真っ当な理由でした。しかし思春期で反抗期で自己中心的というオプションを兼ね備えていた私は「塾に行く」という一種のステイタスを獲得するために、一歩も引かずに奮闘する決意を固めていました。そうしてなんとか説得し、ようやくOKを貰うことができたのです！！！</p><p>　しかしここで「めでたし、めでたし」とはなりませんでした。次なる議論は「科目数」です。私は行きたい塾も自分で決めていたのですが、その塾には「３科目」と「５科目」の二つのコースがありました。私は漠然とした不安しかなかったので「５科目」コースの希望でした。しかしもちろん５科目だと３科目よりも料金が高くなってしまうので、親としては私に３科目で受けさせたいと思っていたのです。しかしそんなお願いなど聞き入れる姿勢の全くない私は「絶対５科目！」をスローガンに親を説得し続けます。もうこの時は完全に「金を払ってでも勉強したい娘vs絶対に金を払いたくない親」とのポコたて対決でした。そして<span style="font-size:1em;">ついに我が家の本当の意味での地雷である母親の怒りが頂点に達してしまうのです。</span></p><p><span style="font-size:1.96em;">「いい加減にせぇ！！！塾なんか行かすかぁぁぁ！！！！（パリーン）」</span></p><p><span style="font-size:1em;">　当時大好きだったケアベアの可愛らしマグカップを勢いよくゴミ箱にぶち投げて叫び狂うクレイジーマザー。私は心の中で「えぇ〜〜そんな怒る〜〜〜？？？」と普通にめちゃくちゃ驚きました。</span></p><p><span style="font-size:1em;">　</span></p><p><span style="font-size:1em;">　でも結局は優しい(?)両親。「１日でも学校かクラブを休んだら塾を辞めさせる。もちろん塾も絶対休むな」という条件で塾に通わせてくれることになったのです。そして結果的に学校は３年間１日も休まずに、部活も大嫌いでブサイクな先輩たち（本当にたかが中学生やのに一部の先輩らめちゃくちゃ調子こいてたから今でも嫌い）にこき使われるために泣きながらでも部活に行っていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　ちなみに母親が完全にmadだった翌日、学校に雑巾を持っていかなければならなかったのですが、いつも母が作ってくれるため喧嘩してしまったことを理由に作ってもらえず、次の日軽く先生に叱られてしまいました。しかし生粋の負けず嫌いな私は「お前に何がわかんねん」と普通に心の中で無実の先生に逆ギレをし、しっかりと眼を飛ばすほどの生意気っぷりを発揮していました（先生ほんまにごめんね😂）</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">　塾に通うために奮闘した娘と、塾に行かせたくなさすぎて娘のマグカップを投げ捨てた母娘のクレエピ、最後まで読んでいただいてありがとうございました。</span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/beatle475/entry-12694173276.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Aug 2021 15:19:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>22.08.20</title>
<description>
アメンバー限定公開記事です。
</description>
<link>https://ameblo.jp/beatle475/amemberentry-12619652250.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Aug 2020 02:34:43 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
