<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>生きること　～四国お遍路で感じたこと～</title>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/besspooh/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>四国お遍路にいった記録を記します。お遍路仲間との出来事、そして四国の人々のやさしさに触れた今、日常生活に物足りなさを少々感じています。何年先か分かりませんが、また、「お四国」に帰ることができますように。。。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>２０年</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">昨年の秋、再びお遍路に行った。</font></p><p><font size="3">新たな出会いとともに、道中を無事歩き切ることができた。</font></p><p><font size="3">途中、経験したことのないようなマメができ、小指に血豆もできてしまった。</font></p><p><font size="3">家に帰ってきてからも、なかなかこの血豆が取れないなあと</font><font size="3">思っていたが、特に痛みがあるわけでもなく、爪の成長とともに自然となくなるのであろうと考えていた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そして、お遍路から約四か月近くたった今日、震災からちょうど２０年になる神戸の記事を朝刊で見ながらふと、血豆がなくなっていることに気付いた。忙しさを理由に足先を見ることも忘れていたし、なんとなくお遍路のことやブログを書くことを後回しにしていたが、なんだか急に思い出し、今こうして書き留めている自分がなんだか恥ずかしくも感じる。。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">時間がたつと人は物事を忘れてしまう。数か月前のお遍路の出来事も思い出しながら、メモを書いているが、これはもう記憶との戦いである。忘れないように文章や映像に残したり、記憶に残すことができればいいのであるが、私のメモリーのスペックはあまり大きくないようだ。ひとつ覚えると何かひとつは忘れてしまっている。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ただ、前回の最終地点の立江駅前に降り立った時のあの感じは、お遍路の記憶をすべて思い出させてくれるような気がした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">阪神・淡路大震災からちょうど２０年。</font></p><p><font size="3">忘れないように、風化させないように。</font></p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11978474125.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Jan 2015 23:00:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>１月１７日</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">メールというツールができてから、何となくコミュニケーションの取り方がおかしくなっているような気がする。さらにＬＩＮＥなんていうものもいまや珍しくなくなって、活字どころかスタンプ（絵）で気持ちをやり取りすることが普通に行われている。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">実際、私もそのツールに頼っている（若干振り回されている）ひとりであるが、だんだんと携帯をいじる回数も若者と比べ減っている今日この頃である。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">今日は、あの阪神大震災から１９年目の忘れられない日である。私は、四国お遍路で阪神大震災を経験した明石さんという人と出会った。私が勝手に同志だと思い、何となく、普段はメールできないので、震災のあった日にメールをしたいと思い、昨年メールをした。今年も近況報告も含めて他愛もないことをメールで伝えようと、朝から、仕事の合間にちょこちょこと入力、保存を繰り返し、やっと送信！</font><font size="3">しかし、すぐにリターンメールが届いた。どうやら、メールアドレスが変わって届かなかったようである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">お遍路の道中でアドレスを交換し、数回のやり取りはしたものの、このアドレスはもはや何の役にも立たないただのアルファベットの集合体となってしまった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ただ、この送り損ねたメールはそのままとっておこうと思う。</font></p><p><font size="3">いつの日か何かの偶然が重なって、見てもらえる日が来るのかもしれないので・・・・。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11752265011.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Jan 2014 23:03:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>あれから１年</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">彼岸も過ぎ、夏の暑さもやっと終わりを迎えようとしている。</font></p><br><p><font size="3">去年の今頃、私は四国お遍路に行った。</font></p><p><font size="3">ただ黙々と歩くだけと考えていた道中も、同志がいて、また、四国の方々の優しさもあり、自分で言うのもおこがましいが、約１００キロという過酷な道のりを歩き切ることができた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">四国で感じた違和感は今でも解決していない。</font></p><p><font size="3">あの感覚は、なんであろうか。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">白装束に身をまとい、札所（寺）を巡る。</font></p><p><font size="3">田舎道でもビル街でも関係ない。</font></p><p><font size="3">私は宗教家でも信仰心を持ち合わせているわけでもないが、白衣と菅笠で歩き、札所で経を上げる。恥ずかしさはない。</font></p><br><p><font size="3">それから、時間。</font></p><p><font size="3">大昔に（正確には自分が未来に）タイムスリップしたような感じになる。</font></p><p><font size="3">今（現在）は確実に１秒１秒刻んでいるのに、自分だけゆっくりとした時間が流れている。そこには、二つの時間が共存し、同じ空間を共有しているのだ。</font></p><br><p><font size="3">交通機関が発達した現代で、冷静に考えれば不効率な歩きで札所を巡ることに何の意味があるのかと考える一方で、アスファルトの上を最新のトレッキングシューズを履き、マメが出ないように予防しようとしていることなど、一言で言ってしまえば「矛盾」ということなのだろうけれど、その一言で片づけるにはあまりにも安易であろう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私は、自分で言うのも変だが、まともに人生を歩んできたつもりである。何をもって「まとも」というかの基準はあいまいであるが。。。。そんな自分が四国で感じたことは、</font><font size="3">日常が非現実的で、普通が異常で、、、なのに成り立っている。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">誰もこのことには触れないが、普通に考えればおかしな現実である。</font></p><p><font size="3">正直、夢と現実の狭間の世界かもしれない。</font></p><font size="3"><p><font size="3">でも、だからこそ、また行きたくなる感覚も分かるし、四国の魅力（</font><font size="3">呼ばれる感じ）もなんとなくではあるがわかるような気がする。</font></p></font><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この不思議な感覚になるお遍路、ひいては四国とは一体何なのか。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">１年たった今日この頃、去年と今を何となく比べてみる。</font></p><p><font size="3">お遍路中は、足が痛くて、歩くのが嫌だったけれど、今思えば、あんなに楽なことはなかったと思えるくらい、現実社会の荒波は容赦なく自分を襲う。</font></p><p><font size="3">しがらみや人付き合いなど余計や感情が入り組み、本質的なものが二の次、三の次になっていることもしばしばある。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">四国に行く理由は人それぞれであろうが、自分にとってはリフレッシュの意味合いが強いかもしれない。余計なことに神経を使う現実から逃れたいのであろう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">自然や歴史を感じ、初めてなのに同じ志を持つ者と話しえらく共感したり、地元の方からお接待などのありがたい気持ちをもらうとやけに嬉しくなったりするのは、余計なことを考えない、すなわち無心に近い状態であるからかもしれない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">人体や脳のメカニズムはよく知らないが、人間というのはそのあたりはうまくできているのであろう。集中したり緩慢になったり、無心になったり邪心だらけになったり、緩急をつけれるのだろう。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11621596861.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Sep 2013 20:59:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>俺はしない</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">２３歳の時であった。私は職場の旅行で伊勢神宮に行った。橋を渡り、ガイドに説明された手水場はその橋の下を流れていた川であった。河原まで行き、緩やかなせせらぎに参拝者は手を洗い、身を清め、本堂へと進んでいく。伊勢神宮ならではと言ってしまえばそれまでだが、神聖なる場所へ進むに相応しいその習わしは、私たちを十分に魅了した。</font></p><br><p><font size="3">四国霊場でも、山門で一礼し、まず向かうのは手水場（ちょうずば）である。手水場では柄杓に水をくみ、左手、右手の順で手を清め、また左手に水を溜め、口に少し含み、すすいで出す。</font></p><br><p><font size="3">柄杓には、名前が書かれている場合が多いが、それとともに必ず日付と「奉納」という文字が書かれている。これはおそらく、結願したあとにお礼参りにきた方が置いていったものである。中には前日に来たであろう日付が記され、きらきらと輝く柄杓もあった。</font></p><br><p><font size="3">そして、この手水場はすべてが恰好いいところばかりではない。水がちょろちょろ出ていればまだいいほうである。汚れたホースから出ているところ、ため池にホコリが浮いているところもある。私はそれを見て、躊躇する。札所での作法では、これをしないことには次に進めないが、作法通りにできないこともある。私を横目に後から来た団体客がジャバジャバとデリカシーもなくたまっている水を柄杓でくみ、手を洗う。</font></p><br><p><font size="3">それを見て私が思うのは、ルールどおりにすることが大事なのではなく、その時々の状況に応じて、臨機応変に対応することが大事なのではないかと思う。そう、この札所での行動は作業ではなく作法なのである。機械的にすればよいのではない。清めるはずの手（身体）が汚れてしまっては、本末転倒であろう。</font></p><br><p><font size="3">だから、俺はしない。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11518296730.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Apr 2013 21:51:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>煩悩</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">３０Lのリュックに荷物を詰め込む。</font></p><p><font size="3">リュックの中に入れているのは煩悩といっても過言ではない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">水は常時３本程度持っていたかったが、リュックに入らない、さんや袋に入らない。すなわち、持つ資格がない。水がなければ不安になり、あれば持て余してしまう。このジレンマは最後まで付きまとうことになる。</font></p><font size="3"><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">荷物がなかったらどんなに楽だろう。山道も永遠と続くアスファルトの道も難なく歩けたのだろうか。</font></p><p><font size="3">私たちは無くても良いものをたくさん抱えているのだろう。</font></p></font><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">結局、現代はモノや情報がとにかくあふれているのだ。</font></p><p><font size="3">便利なものが店先に並び、必要なモノは家にいたまま、ボタン一つで買うこともできる。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">震災時に電気、水道、ガスとすべてのライフラインがストップし、普段の生活がいかに恵まれていたかを痛感させられた。食べ物は限られ、水もろくに飲めない。</font></p><p><font size="3">携帯も通じず、今ほしい情報は数日遅れて入ってくる。大切な人の安否も分からずに、ただひたすら自分自身が生きることに精一杯であった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">街に明かりが戻る前、避難所で見た星空はとてもきれいで、でも悲しくて・・・。</font></p><p><font size="3">あれから２年が経過し、あのきれいな星空を見ることもなくなった。</font></p><p><font size="3">星空を見れないことは、むしろ幸せな日々を過ごしている証かもしれない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">日常生活は煩悩だらけで、すべてが便利で、効率よく事が進めばいいような社会である。車しかり、携帯しかり、コンビニしかり。時間との勝負だ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">だから、四国お遍路に行った時くらい、可能な限り煩悩を捨て、</font><font size="3">人の優しさや手つかずの自然を感じ、効率が悪いなあと思えるくらいのことをしてもいいのだ。</font></p><p><font size="3">勝敗など気にせず・・・。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11505690443.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Apr 2013 22:54:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>旅は終わらない</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">心地よい風が吹いてくる。</font></p><br><p><font size="3">立江駅は無人駅だ。切符売り場もない。私たち三人はホームに立ち、徳島行きの列車に乗り込んだ。</font></p><br><p><font size="3">列車は３０分ほどで徳島駅に到着。藤枝さんは徳島駅周辺のビジネスホテルに泊まり、また明日、立江寺の先の札所に向かって歩き出す。私と明石さんはお世話になった藤枝さんと駅の改札前で固く握手をし、別れを惜しんだ。私と明石さんは神戸三宮行きの高速バスに乗るため、時間まで駅周辺を散策した。私は駅の地下にある土産店で何かないか物色、明石さんはソフトクリームを食べたいと喫茶店の方に向かっていった。</font></p><br><p><font size="3">土産を購入し、私は一人、駅待合用のベンチに座る。約１週間前に徳島駅に降り立ったときは、緊張と不安で周りが見えていなかったが、今はゆとりがある。杖と菅笠を抱える自分に恥ずかしさなどない。</font></p><br><p><font size="3">１０分ほどして、明石さんが合流し、高速バス乗り場へと移動した。バスは大鳴門橋を渡り、淡路島を進む。明石さんとお遍路の思い出話に花が咲く。</font></p><br><p><font size="3">明石海峡大橋を渡りきるところで、明石さんとはお別れである。わずか二日前に初めて会い、いわば同じ釜の飯を食べる同士との別れである。またいつか会える、そんなことを思いながら、私たちは別れた。</font></p><br><p><font size="3">四国（徳島）の自然や文化を感じ、お遍路の同士と出会い、数多くの体験をした。間違いなくこの１週間は特別な時間であった。</font></p><br><p><font size="3">今回のこの旅は終わってしまったが、お遍路はまだ途中である。またいつか、再開する日が来る。</font></p><br><p><font size="3">私の旅はまだ終わらない。</font></p><br><p><font size="3">【五日目のお遍路結果】</font></p><p><font size="3">（回った札所）</font></p><p><font size="3">　　　１８番恩山寺、１９番立江寺</font></p><p><font size="3">（コースタイム）</font></p><p><font size="3">　　　東横イン７：４０出発→</font></p><p><font size="3">　　　　　＝　徒歩３時間５分（１０．２キロ）</font></p><p><font size="3">　　　１８番恩山寺１０：４５～１１：１０→</font></p><p><font size="3">　　　　　＝　徒歩１時間３０分（４．０キロ）　</font></p><p><font size="3">　　　１９番立江寺１２：４０～１３：５０→</font></p><p><font size="3">　　　　　＝　徒歩５分（０．１キロ）　</font></p><p><font size="3">　　　レストランゑみ（昼休憩）１３：５５～１４：４０</font><font size="3">→</font></p><p><font size="3">　　　　　＝　徒歩１０分</font><font size="3">（０．５キロ）</font></p><p><font size="3">　　　立江駅１４：５０発→徳島駅着１５：２１</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">（歩いた距離）　１４．８キロ（へんろみち保存会黄色本参考）</font></p><p><font size="3">（歩行数）　　　２７，２３１歩（スマホアプリ参考）</font></p><p><font size="3">（消費カロリ）　９３１ｋｃａｌ（〃）</font></p><p><font size="3">（脂肪燃焼量）　１２９グラム（〃）</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11484838070.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Mar 2013 20:52:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お杖を忘れるということ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">レストラン「ゑみ」で遅めの昼食を済ませた私たち３人は立江駅へ出発した。</font></p><br><p><font size="3">列車の本数が限られているため、時間調整には細心の注意を払う。最年長の藤枝さんが先頭で、後ろ二人が私と明石さん。なんだか水戸黄門のワンシーンのようであった。</font></p><br><p><font size="3">店を出る際に、明石さんは金剛杖を忘れた。というか、杖を明石さんから見えないようにさりげなく荷物で隠し、「さあ、行きましょう」と促した。本人はまったく気づいていない。 </font></p><p><font size="3">車がほとんど通らない立江の小さな商店街を３人横並びで話しながら進んでいく。藤枝さんは自前の折り畳み式の杖を持ち、私は自分と明石さんのお杖を２本地面に突きながら進む。本人はまだ気づかない。</font></p><br><p><font size="3">立江寺前の店にいた番犬（小さな犬）と戯れ、店の奥さんと談笑する。彼女は未だ気づかない。列車の時間が迫り、さあ、駅まで参りましょうと藤枝さんが声をかける。歩き出そうとした瞬間、彼女は赤面しながら「あ～、ごめんなさい」というような感じでお杖を私から受け取った。</font></p><br><p><font size="3">金剛杖（お杖）は弘法大師の化身とされ、この杖を持つことによって弘法大師とともにお遍路道を旅するという意味があるという。しかし、お遍路を始めて数日間はこの杖忘れに悩まされる。私もそうであった。明石さんを責めることはできない。</font></p><br><p><font size="3">杖忘れに気づいた彼女。きっと彼女の心に、お大師様には分からないであろうアスファルトを突くお杖の「カコッ」という小さな音が聞こえたのであろう。</font></p><br><p><font size="3">次回、「旅の終わり」</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11477015108.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Feb 2013 22:18:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>受け継がれる</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">少し休み、私は二人より先に今回のお遍路の最終目的地の第１９番立江寺を目指す。牛小屋の脇を越え、とてもきれいな竹林を通り、彼岸花が咲いている遍路道を進んで行く。私は、今回の旅の総まとめをしようとしていた。なぜ、お遍路をすることになったのか、そして四国とは、弘法大師とは・・・・・。私はこの場所で何を見つけることができたのであろう。</font></p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130218/21/besspooh/dc/d9/j/o0448033612425430886.jpg"><img border="0" alt="生きること　～四国お遍路で感じたこと～-遍路道（彼岸花）" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130218/21/besspooh/dc/d9/j/t02200165_0448033612425430886.jpg"></a> <font size="3">彼岸花が咲く遍路道</font> <br><br><p><font size="3">立江寺へは１２時４０分に到着した。もともと関所があったこの地は、邪心を持つ者をこの次の札所へ行かせなかったとのいわれがある。日程の都合上、この先に進むことはできなかったが、お前はまだ、煩悩であるとか邪心であるとかが体中に染みついていて、この先に行かすことはできないという天からの声のようにも感じた。次回はいつになるかわからないが、再開するときはおのずとこの立江寺から始めることになる。次に来る時までにその煩悩であるとか邪心とかいうものを振り払えているような者になっていたいものだ。</font></p><br><p><font size="3">立江寺の納経所はパソコンなんかが置いてあり、どこかの会社の事務所のようであった。対応もそれなりで、事務的というか営利目的というかなんちゅうかなぁ。</font></p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130218/21/besspooh/05/bd/j/o0448033612425430887.jpg"><img border="0" alt="生きること　～四国お遍路で感じたこと～-立江寺" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130218/21/besspooh/05/bd/j/t02200165_0448033612425430887.jpg"></a> <font size="3">立江寺</font> <br><br><p><font size="3">納経が終わり、ベンチで休憩していると浦安さんが到着した。今日は朝６時ごろに井戸寺脇のまつもと屋から徳島市街を通らず地蔵院を通る山越えをしてきたという。次いで藤枝さんと明石さんが到着した。再三になるが、この歩き遍路はとにかく歩ける距離が決まっているので、今日会った同士は２回３回と寺や宿で再開する。これは何とも言えない感覚である。お互いに連絡先を知っているわけでもなく、いわば一期一会であるはずなのに・・。３周目の浦安さんはその辺の感覚が分かっているのであろう。立江寺で別れる際も、「ま、（大体行程が）一緒なんで、また会うでしょう」とケロリとしていた。案の定、藤枝さん、明石さんと一緒にお昼ご飯を食べに立江寺近くのレストラン「ゑみ」に入ると、浦安さんが休憩中であった。</font></p><br><p><font size="3">旅先で見ず知らずの人と話すことはあっても、数日後にまた再開することなど万に一あるかないかの出来事がここではごく自然に行われていた。おそらくずーっと昔から。四国遍路はこんな感じで時代を渡り、人から人へ受け継がれてきたのであろう。</font></p><br><p><font size="3">次回、「御杖を忘れるということ」</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11473517393.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Feb 2013 21:39:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>人生のお先達</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">第１８番札所の恩山寺は途中から車道を離れ、昔ながらの遍路道を進んでゆく。分かれ道にある修繕不可能と思われる山門はある意味ぶっちゃけ壮大の一言であろう（よそ見をしていると見逃してしまう可能性あり）。そこから、手入れのされていない遍路道を進むと大師像の後ろ姿が見えてくる。１０時３０分頃の到着であった。朝早かったのか参拝客はほとんどおらず、私は易々と本堂、大師堂と納経を済ませることができた。</font></p><br><p><font size="3">境内で休憩して間もなく、２日目の旅館吉野で同宿であった藤枝さんが明石さんと共にやってきた。お互いに「あ～」というような感じで会釈をした。旅館吉野では朝食時にお会いできず、先に焼山寺に向かったため、その後、お互い分らずじまいであったが、また再開するというのも何かの縁であろう。藤枝さんは、１１月のお孫さんの七五三までお遍路を続けるという。ご高齢にもかかわらず、バイタリティ溢れるその姿は、私や明石さんのような若造も見習うべき人生のお先達だ。自分も将来、こんな生き方ができれば最高であろう。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11469907185.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Feb 2013 20:52:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>弘法大師御杖の水</title>
<description>
<![CDATA[ <p><font size="3">ビルを抜け、少し進むとバイパス沿いの道に出る。通勤ラッシュで車の往来が激しさを増している。その脇の歩道を悠然と歩き続けるお遍路は世間と不釣合いである意味かっこいいような気もする。また、社会に反発しているような感じもした。ふと、前方から自転車で来た男性が、自転車を押しながら私の脇を通り過ぎた。この体験は徳島市内に入ってから２回目の出来事であった。間違いなくお大師様へのリスペクトなのであろう。</font></p><br><p><font size="3">バイパスを歩くこと約２時間半で、小松島警察署の裏手にある「弘法大師御杖の水」と言われる場所に到着した。田んぼの真ん中にあるポンプ小屋？の手前にその場所はある。ステンレス製の蓋がされており、あけてみると塩ビ管から、とめどなく流れる水があった。かつて、弘法大師がこのあたりを杖で叩いたら水が湧き出したとのこと。</font></p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130201/18/besspooh/59/26/j/o0448033612400915912.jpg"><img border="0" alt="生きること　～四国お遍路で感じたこと～-弘法大師お杖の水" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130201/18/besspooh/59/26/j/t02200165_0448033612400915912.jpg"></a> <br><br><p><font size="3">あわよくばペットボトルに水を補給しようとしたが、ぶっちゃけ飲めそうにない。なぜならば、周りがあまりにも都会化してしまったから。昔は自然が溢れ、湧き水も躊躇なく飲むことができたのであろうが、今は違う。ほんの百メートル脇には排気ガスが充満するバイパスが走り、近代的な建物が立ち並ぶ。</font></p><br><p><font size="3">弘法大師をリスペクトする者。</font></p><p><font size="3">都会化して飲めないであろう湧き水。</font></p><p><font size="3">お遍路の大きな（小さな？）転換期を目の当たりにしている気がした。</font></p><br><p><font size="3">私はそっと、その場所を後にした。</font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/besspooh/entry-11461457305.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Feb 2013 21:35:25 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
