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<title>カリフォルニアにて留学・恋愛・同棲生活</title>
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<description>２０歳の等身大の自分を記録に残したくてはじめました。ブログの中では、主にカリフォルニアでの生活と彼氏との同棲生活について書いています。</description>
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<title>脱出理由２</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">中学３年間私はバドミントン部の副部長を務めた。</font></p><p><font size="3">部活で毎日忙しかった事もあって、<font color="#00ff00"><strong>日本イヤイヤ病</strong></font>は治まっていたが、それでも、筆箱、定規、シャープペンシル、通学鞄につけるキーホルダーは</font><font size="3">ソニープラザで買った欧米製にこだわっていた。</font></p><p><font size="3">そうやって海外製のものを身に着けることによって、他の人たちと私は違うんだ。ということをアピールして、他の子にも、そうゆうふうにわかって欲しかった。今は、"なんてバカだったんだろう"と思うけれど、日本に同化したくなかったのだ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">英語の授業がどんな授業よりも好きだった。</font></p><p><font size="3">毎回の授業である、教科書の音読は1人ずつ名前順であたるので、他の子より発音のよかった私は(当たり前のことなのですが…）まだかまだかとウキウキしながら待っていたものだった。</font></p><p><font size="3">私の番が来て、音読を始めるとクラスの生徒が”おおお～。さすが～。”といわれることに優越感を感じていた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">高校に進学するとき、私の頭の中には”オーストラリアの高校に行く”事しかなく、中3の8月までろくに志望校も探さず、周りが受験モードなのに1人余裕ぶっこいていた。</font></p><p><font size="3">しかし<font color="#00ff00"><strong>ママ</strong></font>の教育方針により、留学はなくなった。</font></p><p><font size="3">私が留学志望ということをかなり前から知っていたうちの<font color="#00ff00"><strong>両親</strong></font>（特に<font color="#00ff00"><strong>ママ</strong></font>）だが、一度も否定的な意見を聞いたことがなかったので、とても裏切られた気分になった<img height="16" alt="叫び" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif" width="16">。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それ以来、私の<font color="#00ff00"><strong>日本イヤイヤ病</strong></font>は悪化するのであった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">推薦で何とか入れた私立高校でも、お弁箱から筆記用具、化粧品、学校で食べるお菓子、などはすべてソニープラザで調達していたが、<font color="#00ff00"><strong>日本イヤイヤ病</strong></font>の悪化に伴い、MP3に入っている音楽もすべて英語かスペイン語、電車の中で読む本も英語の小説、見るTVはMTVだけ。極めつけは、<font color="#00ff00"><strong>脳内英語環境</strong></font>を作り上げることだった。これは、頭の中で1人で英語の文を作ることだ。例えば、電車に乗ってて、”うぇ。あのオヤジキモッ！”とおもったら、それを英語で文にして言いなおす(もちろん口には出さずに心に秘めておく）。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんな女子高生だったので友達も数えるほどしかできず、浮いていたように思う。</font></p><p><font size="3">特に英語の授業では1人優越感に浸っていたのでさらに浮いていたであろう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私の高校3年間はひたすら進んでいく<font color="#00ff00"><strong>自分の欧米化</strong></font>に、ついて行く事のできなくなった私の<font color="#00ff00"><strong>小学生レベルの英語</strong></font>とのジレンマの思い出しかない…。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">これだけ変わっていた私だったので、<strong><font color="#00ff00">両親</font></strong>も、"ちゃんと目標があって（獣医ということ）大学留学に行くのなら、いいよ”といってくれたので満を持してアメリカに出発するのであった。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/beth3349/entry-10068790556.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jan 2008 10:58:31 +0900</pubDate>
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<title>脱出理由１</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">人生初の海外旅行は３歳の時でハワイだった(かすかに覚えているレベル)。</font></p><p><font size="3">海外大好き<strong><font color="#00ff00">ママ</font></strong>のおかげで、家族旅行といえば海外であった。</font></p><p><font size="3">ハワイ、タイ、ニューカレドニア、オーストラリア、メキシコ、イタリア、スペインと中学生になってから毎年夏休みは家族旅行に出かけていた。</font></p><p><font size="3">そのせいか、私は海外に出ることに抵抗は全くなく、むしろ留学なんて地方にある大学の延長としか考えていなかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">上に挙げた国の中で、ひとつだけ旅行としてではなくべ勉強に行った国がある。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font color="#00ff00" size="3"><strong>オーストラリア</strong></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">自然豊かなこの国で私は幼稚園の年長さん位の年（５歳から６歳くらいかな?)に１年と、小学校６年生のときに２ヶ月間過ごした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">最初の１年は海外大好き<strong><font color="#00ff00">ママ</font></strong>がワーキングホリデーを使って日本語教師として小学校で働くことになったので、私とまだ当時３歳だった<strong><font color="#00ff00">弟</font></strong>を連れてオーストラリアに行くことにしたのだ(<strong><font color="#00ff00">パパ</font></strong>は日本でお留守番<img height="16" alt="べーっだ！" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/188.gif" width="16">）。</font></p><p><font size="3">今留学している身からすれば、子供連れてよく行ったなと尊敬する。車も自由もないホームステイ生活だったから。</font></p><p><font size="3">私はそこで<strong><font color="#00ff00">ママ</font></strong>が日本語を教えている小学校に通い、<strong><font color="#00ff00">弟</font></strong>は幼稚園に通った。</font></p><p><font size="3">ホームステイ先の家から隣の家まで車<img height="16" alt="車" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/125.gif" width="16">で３０分以上時間かかる位田舎だったけど、今思い返すと、この時の経験が私の人格形成の基礎になっているんだ。と断言できる。</font></p><p><font size="3">２回目のオーストラリアは１２歳の時で、１人で飛行機を乗り継いでメルボルンまでホームステイに行ったときだ。</font></p><p><font size="3"><strong><font color="#00ff00">ママ</font></strong>がワーキングホリデーのときにお世話になった小学校の先生のおうちに２ヶ月間ステイしながら<strong><font color="#00ff00">ホストパパ</font></strong>が校長先生を務める小学校に通った。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">２回目のオーストラリア帰国後、私は日本の教育にすごく疑問を持った。</font></p><p><font size="3">１クラス４０人の巨大学級に押し込められることが苦痛で苦痛でたまらなかった。</font></p><p><font size="3">いい高校に入って、予備校に行って、大学に入ることに先生と親が執着していることが悲しかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">だから、私は日本から抜け出したかった。</font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/beth3349/entry-10068779960.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jan 2008 08:48:54 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして。</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">私がカリフォルニアに来たのは高校卒業して１ヶ月後の２００６年４月。</font></p><p><font size="3">なぜ留学したかというと、獣医になるために最先端の技術を学びたかったから。</font></p><br><p><font size="3">っていうのは表向きな理由で、本当は日本が窮屈でたまらなかったから、飛び出したかっただけである。</font></p><p><font size="3">日本から出られるのであれば、どの国でもよかった。</font></p><br><p><font size="3">私がこのように考えるようになった理由は追々明かしていきます<img height="16" alt="目" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/242.gif" width="16"></font></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/beth3349/entry-10068645526.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Jan 2008 19:12:18 +0900</pubDate>
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