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<title>beyondintegrityのブログ</title>
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<title>【シリーズ化したい】なぜ人は生きるのか</title>
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<![CDATA[ なぜ、人は、生きるんだろうか。<br><br><br><br>この世に生まれたから？<br><br>死ぬのがイヤだから？<br><br>人のために役に立ちたいから？<br><br>後世に名を残したいから？<br><br>恋をしたいから？<br><br>子孫を繁栄させたいから？<br><br>人生の楽しみを謳歌したいから？<br><br><br><br>------------------------<br><br>仮に、の話だけど、2億年後、人類は生きているんだろうか。<br>地球は、人間が暮らせる環境であり続けるんだろうか。<br>あるいは、核戦争によって、自らを滅ぼす日が来るんだろうか。<br><br><br><br>未来永劫、何かが変わらぬまま存続することはない。<br>すべてのものは、はかなく変化し、消えていく運命にあるというのは、少し想像力を働かせれば自明のことのように感じる。<br><br>なのに、人間は、一生懸命生きようとする。<br>理性的に考えて、未来にはすべて雲散霧消する、という絶望しかないのに、だ。<br><br><br>------------------------<br><br>考えがここに至ると、この質問が出てくることになる。<br><br><br>「なんのために、人は生きるんだろうか？」<br><br><br>本当のところを言うと、その答えは、実は一つしかない。<br><br><br>「人は皆、自分が送りたい時間を送るために、生きる」のだ。<br><br><br>これは老若男女、地位や豊かさ、生まれた国、人種、生きる時代に関係なく、普遍の事実だ。<br>どれほどの成功者であれ、赤ん坊であれ、犯罪者であれ、宗教家であれ、同じだ。<br>怒り狂っていようが、悲嘆に暮れていようが、恐怖のどん底で苦しんでいようが、同じだ。<br><br><br><br>赤ん坊であれば、お母さんが触ってくれれば、嬉しいと感じるだろう。もしそれが少ないと感じた場合に、寂しさと不安を覚え、泣くかもしれない。<br><br>恐怖のどん底にいる人であれば、その恐れの対象から逃れようとするだろう。恐れのあまり逃る勇気が足りない場合には、その恐れに適応し、恐れと友達になってまで生きようとするだろう。<br><br>犯罪者であれば、周囲を敵とみなし、それを欺き攻撃することによって、人生をよくしようとするだろう。<br><br>成功に向かっている人であれば、周囲の仲間の人生を引き上げ、さらに素晴らしい仲間を増やし、充実感を得るだろう。将来も希望に満ち溢れているに違いない。<br><br>人生が退屈だと思っている人は、一時的な快楽に埋没することで、退屈さから逃れるかもしれない。<br><br><br>------------------------<br><br>いろんな人生がある。いろんな背景があり、価値観がある。<br><br>でも普遍的なのは、その人がその人の送りたい時間を、意識的にか無意識的にかに関わらず、送ろうとしているということだ。<br>人生というのは、そのようなものだ。<br>2億年後に地球がどうなっているか、ではなく、<br><br>「今をどうやって生きるか」<br><br>ということに人間はフォーカスをしているのだ。<br>その生き方が心地いいかどうかは別として。<br><br><br><br>------------------------<br><br>さて、今度は自分自身に視点を向けてみよう。<br><br>自分は、どんな人生を送りたいんだろうか。<br>自分の心の声に、耳を傾けてみる。<br><br><br><br><br>自分は、幸せに生きたいと思う。<br>自分の人生が幸せであってほしいと願う。<br><br>もしもその願いが叶うなら、<br><br><br>自分の家族・恋人が幸せであってほしいと願う。<br><br>もしもその願いが叶うなら、<br><br><br>自分の友人・同僚・仲間達が幸せであってほしいと願う。<br><br>もしもその願いが叶うなら、<br><br><br>人類が平和で幸せに暮らせる地球であってほしいと願う。<br><br><br>2億年先のことなんて、マッタク考える必要もなく、<br><br>人が普通に思うことっていうのは、こういうことだよね。<br>ごく当たり前の感覚だと思っている、この「幸せ」ということ。<br>これは人生の目的として、とても自然なものだ。<br><br><br><br>「幸せ」という言葉の定義は難しいけれど、<br>もし、自分や周囲の幸せを願う気持ちを、<br>素直に自分の「幸せ」だと思える人たちばかりだとしたら、<br><br>なんて素敵なんだろう、と思う。<br><br><br>------------------------<br><br>この地球上において、人類はまだまだ、何世代も生き延びていくだろう。<br><br>もしそうなら、いつしか訪れる「幸せ」で包まれた地球を夢見る。<br>そのためにまず自分が「幸せ」になり、<br><br>それを周りにも分かち合って、さらに地球全体の「幸せ」を増幅させてゆく。<br><br>そのまだ影も形もない数百年後の人々の「幸せ」ために、<br>自分の人生を使うことができたら。<br><br>これは究極の幸せと言えるのではないだろうか。<br><br><br><br>そしてこの究極の幸せへの欲求こそが、人が生きる命の源なんだと思う。<br><br><br>------------------------<br><br>ところが、今僕らが生きている時代を考えると、<br>その幸せの追求という実践は簡単ではないように思える。<br>障害となるものがたくさんある。<br><br><br>中でも経済的なプレッシャーが大きい。多くの人が、お金の恐怖におびえている。<br><br>幸せを妨げようとする情報もはびこっている。物欲や虚栄心、競争心をあおり、混乱させようとする。他人は信頼できないと教え込む。<br><br>私利私欲で生きようとする人たちがいる。本当の幸せを知らない人たち。彼らも経済的プレッシャーの中に生きている。<br><br>教育が不足している。本当に知るべきこと、本当に考えるべきことを、普通の生活を送っているだけでは知ることができない。<br><br><br>これらの障害をクリアしなければ、究極の幸せを生きることはできない。<br>その壁を感じ、すぐにでも絶望を見出し、人はまた幸せの追求をやめるのだ。<br><br><br>また最初の質問に逆戻りするか、<br>あるいは、何かをあきらめてしまう。<br>人のために役に立つことができないと思い、力を失う。<br><br><br>-----------------------<br><br>本来の人間の力は無限大だということをを信じ貫いて行動し続けている人を見たことがあるだろうか。<br><br>誰しもが、そういう人になれるチャンスがある。<br>そこにある幸せを追い求める旅を、したい。<br><br>そのために実際に何をすればいいのか？<br>そのことを探求する思索の旅を、しばらく続けていきたいと思います。<br><br>本を綴るつもりで、書き連ねます。
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11606821629.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Sep 2013 20:05:04 +0900</pubDate>
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<title>委任、投資についてのルール</title>
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<![CDATA[ タスクと委任、投資と回収に関する、シンプルなルール。<br><br><br>・発生したタスク・プロジェクトは、速やかに完了させる。<br>・自分の時給を設定する。それを上回ること以外は委任を検討するか、やらない。<br>・現状のボトルネックになっているものに関しては、最優先で行う。手段を問わない。<br>・波及効果の高いもの、戦略的な視点や行動を常に探し続ける。<br>・実行のプロセスは必ず定義する。<br>・実行が完了したら、プロセスに関して改善を行う。<br>・プロセス改善のための仕組み化がプロジェクトになるのであれば、そこにもこのルールを適用する。<br>・波及効果の高い委任先を選択する。<br>・委任先に応じて、委任すべきかどうかを判断する。（投資対効果が委任先によって変化するため）<br>・委任先の選択肢を広げる。それによって、タスク・プロジェクトとその状況に最適な委任が可能になる。<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11529231462.html</link>
<pubDate>Sun, 12 May 2013 20:20:25 +0900</pubDate>
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<title>可能性を広げるための計画プロセス</title>
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<![CDATA[ 可能性が広がっていくのが見えてくるにつれて、見えてきたことがあります。<br><br>それは、計画の重要さ。<br><br><br>なぜ計画が重要か？それは、「最善を尽くす」ために、です。<br>（「別に最善でなくてもいい」っていう場合は、「最善でないこと」が「最善」となります。禅問答的ですが、「人生の最善を尽くす」というのは万人の共通です。）<br><br>計画に関しては、個人でも、組織でも、全く同じことが言えます。<br><br><br>----------------------------<br>【計画に関する重要な３つのポイント】<br>1. まず初期計画を立てる。「複利の力」での再投資を考慮し、波及効果の高いものを優先する。<br>2. 計画を実行する。<br>3. 計画を改善する。手元の情報の変化（＝「視野の変化」「可能性の変化」）に対応する。<br>----------------------------<br><br><br>では上から順番に、いきます。<br><br>==============================================<br>1. まず初期計画を立てる。<br>「複利の力」での再投資を考慮し、波及効果の高いものを優先する。<br>==============================================<br><br>経営資源は限られています。<br>経営資源とは、人です。<br><br>-------------<br>＜経営資源について＞<br>よく「人・モノ・金」なんて言いますが、<br>どれも「人」をサポートするものでしかありません。<br><br>モノは人の能力をサポートする環境として機能。<br>見方によっては、「設備・インフラ」「ライフライン」「ツール・道具」などと呼ばれるかもしれません。<br><br>お金は、この社会で人に協力してもらうために使うもの。<br>お金の本来的な意味は、ここに限定されます。<br>（何らかのサービスは、すべて人が作ったものですよね。機械やITも含めて、です）<br>-------------<br><br>さて、その経営資源である「人」が行動することによって、結果がもたらされます。<br><br>人の行動とその結果を、最大限に将来に結びつけるにはどうしたらいいでしょうか。<br><br><br>人が持っている資源は、「能力」と「時間」です。<br><br>-------------<br>＜人が持っている資源＞<br>(1)人は、「能力」を持っています。能力とは、「スキル＋マインド」×「環境」。<br><br>「スキル」「マインド」「環境」に対する投資によって、<br>その人の能力を引き上げることができる。<br>であれば、経営資源の投下先として、この３つも選択肢になるわけです。<br><br><br>(2)人には、限られた時間しかありません。<br>これはすべての人に共通して言えることです。<br>-------------<br><br><br>行動の結果は、「時間」×「能力」で決まります。<br>ここで、経営資源の使い方が2択になります。<br><br>(1)能力を引き上げるために時間を使う。<br>(2)現在の能力で、時間を使って、成果を出す。<br><br>-------------<br>＜経営資源の使い方２択＞<br>(1)能力を引き上げるために時間を使う。<br><br>「投資」という言葉で表現されることもあるでしょう。<br>スキルを上げたり、マインドを変えたり、<br>あるいは環境に投資して、能力を上げたり、しますよね。<br><br>(2)現在の能力で、時間を使って、成果を出す。<br><br>「成果を出す」ことをしているときは、そのときの能力を使って何か行動をしているわけです。<br>この成果っていうのには、「幸福感」「ジムで鍛えられた身体」「家族の平和」「孫ができた」「楽しかったBBQ」「テニス大会で準優勝」「すげーサービス出したぜ」「会社で表彰された！」でも何でも入ってきますね。<br>-------------<br><br><br>この2つのバランスを最適化することができれば、いわゆる「複利の効果」によって、成果が最適化されます。<br><br>つまり経営判断とは、<br><br>(1)何に投資するか（「スキル」「マインド」「環境」のどれを変化させるか）<br>(2)何をいつ回収するか（行動の結果、何を得るか、得たいか）<br><br>という２つに絞られることになります。<br><br>計画というのは、この２つのことを計画することです。<br><br><br>(2)は、よく言われている「目標を見つけましょう！」っていうのと同じですね。<br>これがなければ、自分が今何をしなければいいのか、絶対に明確になりません。（ただ悶々とします）<br><br><br><br>まずはこの「投資」と「回収」について、初期計画として明確にすることです。<br><br>「投資」については波及効果の高いもの（再投資の影響、同時回収の可能性）を選ぶこと。<br>「回収」については、欲望とのバランスを大事にすること。ちょっとの自制と、ごほうびも適度に。個人も組織も同じです。<br><br>数値化は次のステップへの鍵です。感覚値もそれなりに使えます。<br>緻密にやれば、すべてを数値化することも可能でしょう。<br><br>すべてを同じ指標に換算する必要性はありません。（全部お金に換算しちゃうとかね。。。）<br>あくまで「どのくらいよく(悪く)なっているか」がわかれば、次のステップに進めます。<br><br><br><br>==============================================<br>2. 計画を実行する。<br>==============================================<br><br>計画が実行可能な形になっていれば、それをただやるだけです。<br>実行すれば、結果が出ます。<br><br>良いのも悪いのも出ます。それを受け入れましょう。<br><br>その結果を得たら、次のステップです。<br><br><br>==============================================<br>3. 計画を改善する。<br>手元の情報の変化（＝「視野の変化」「可能性の変化」）に対応する。<br>==============================================<br><br>計画を立て、実行すると、必ず変化が訪れます。<br>（変化がないと感じられるとしたら、観察力を上げましょう。季節は移り変わり、人は心も顔も変化していきます）<br><br>その変化を新しい情報として受け入れます。<br>計画を改善するための情報として、それを使います。<br><br><br>さて計画とは、この２つを計画することでした。<br><br>(1)何に投資するか（「スキル」「マインド」「環境」のどれを変化させるか）<br>(2)何をいつ回収するか（行動の結果、何を得るか、得たいか）<br><br>計画を実行していけば、<br>「スキル」「マインド」「環境」そして「得たもの」が、<br>変化として現れているはずです。<br><br>それによって、次の「投資」と「回収」について、以前とは違う考え方を持つことがありえます。<br>それを、また計画に加えます。<br><br><br>以前の計画にとらわれずに、（メンドクサイと思っても）<br>再構築する勇気を持って、今の「最善」を計画に乗せましょう。<br><br>具体的な変化は、追加されたプロジェクト・タスクと、優先度の変更です。<br>もちろん削除されるプロジェクト・タスクも出てくるでしょう。<br><br><br><br>一番難しいのが、この「計画の改善」だと思います。<br>計画が習慣化されていない場合、行動のほうがラクだからです。<br>（経営者人口の割合が少ない理由です。シンプルな話です）<br><br>ただでさえ計画が大変なのに、それを定期的に見直して、しかも改善するなんて。<br>なかなかタフなわけですね。<br><br><br>でも、真の意味で「最善を尽くす」ためには、必要なこと。<br>いろいろ考えて、そこまでたどり着きました。<br><br><br><br><br>-----------------------------------------------------<br><br><br>計画について考え、ここまでそれをまとめることができるようになったのには、一つの鍵があります。<br><br>それは、<br><br>「不安」「恐怖」「混乱」からの解放。<br><br>それは、<br><br>「可能性の追求」<br><br>という形になって、僕の心に現れました。<br><br><br>「もっと自分を幸せにしたい」<br>という想いからのスタートでしたが、<br><br>「なるべく多くの人が幸せになるために、自分には何ができるのか？」<br><br>という、可能性無限大の問いをベースに、自分の行動を決めるのが当然だと思うようになりました。<br><br><br><br>これまでの数々の出会いに、感謝して。
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11528163121.html</link>
<pubDate>Sat, 11 May 2013 04:53:59 +0900</pubDate>
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<title>身体に不自由があるとわかること</title>
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<![CDATA[ 突発性難聴になりました。<br><br>右耳が、聴こえない！！！<br><br><br>いろんなことが頭をよぎります。<br>一つ一つこなせば大丈夫なので、なんてことはないのですが、<br><br>一つだけ自分でも印象的だったこと。<br><br>---------------------------------<br><br>それは、次世代への意識。<br>つまり、こうです。<br><br><br>自分は努力の結果成長し、ようやく人生に希望を持てるようになった。<br>そこには無限に広がるフロンティアが見えていて、何の迷いもない。<br>ただ行動あるのみ。<br><br>ところが、身体的な障害（壁）を持つことになったとしたら、<br>その行動には、必然的に制限がかかる。言い換えると、スピードが落ちる。<br><br>イチロー選手のことを前回書きましたが、<br><br>イチロー選手の卒業文集のようなものを書けるようになったのは、つい最近のこと。<br>http://bit.ly/Ys8Gzl<br><br><br>この文章の中にあるパワーと確信に至るために、本当に時間と努力、費用を要しました。<br>いろんな人にご迷惑もかけました。<br><br><br>彼がこの文章を書いたのは12歳。<br>そのときからしても僕のビハインドは20年以上。<br><br>そのギャップは埋められるものと信じて行動していくのですが、<br>そこには20年間に蓄積された記憶、身体へのダメージ（まぁ、細胞は老います）が<br>あるわけで、、、<br><br>当然ハードルは高い。<br><br><br>そのハードルが、厳然として目の前に「難聴」という形で現れたんだ。。。<br><br><br>そのビハインドを生んだのは、僕が生を受けてからこれまでの紆余曲折の時間。<br>その時間は、ある意味、次世代のために僕が経験した時間だったのだと。<br><br><br>その紆余曲折の中でも、精神的な強さが、追いついていなかった。<br>そのための勉強と経験が、不足していた、ということが明らかになったのだ、と思いました。<br><br><br>特に悲観的になるわけでもなく、その事実を受け入れ、<br>難聴についてもいつか治ると信じて行動をし続けるのみ、ではあるのですが、<br><br>ある程度のあきらめも出てくる、と。<br><br>そんな考えが、よぎりました。<br><br><br><br>いくらでも陽転思考、ポジティブへの転換ができる出来事なのですが、<br>人間心理として、こういうものを感じることになったのは、とても発見が大きい。<br>気付きが深いです。<br><br><br>以前、車にはねられたことがありました。ちょうど10年前くらい。<br>幸い無傷で後遺症もまったくなかったのですが、死ぬかと思いました。<br><br>そのときには考えなかったような、自分の人生、その意味、<br>そのあとに残すものについて、<br><br><br>この数日の短い時間の中で、僕の心はいろんなところに行き着いたようです。<br><br>-----------------------------------<br><br>幸い、全く聴こえないレベルだったのが、<br>服用薬で若干回復ののち、ステロイド注入によって、だいぶ聴こえるようになりました。<br>このままいけば、100％にはならないにしても、会話には支障ないくらいにはなりそうです。<br><br><br>この経験は、僕にとって本当に貴重な財産になるはず。<br>交通事故のときもそうだったのですが、大事に至らず普通にいられるのが、本当にありがたいことです。<br><br>自分のキャパシティを冷静に見る視点を、今回の出来事から獲得したいと思います。<br><br>やっぱね、がんばりすぎなんでしょね。よくがんばってる。えらいえらい。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11526172052.html</link>
<pubDate>Tue, 07 May 2013 23:44:31 +0900</pubDate>
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<title>数多くのリアリティを自分のものにする</title>
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<![CDATA[ 映画をたくさん観ることに決めました。<br><br><br>理由は３つ。<br><br>(1)共通の話題作り<br>(2)観察力を鍛える<br>(3)自分以外の人のリアリティを体験する<br><br><br>この３つは、僕の中で強化すべきものです。<br>ちょうどこの３つを強化したかったのです。<br><br>友人といろいろ話す中で、映画が最適であることがわかり、<br>早速始めてみています。<br><br><br>-----------------------------------------------<br><br>この３つは、コミュニケーションにおいて非常に重要な要素を含んでいます。<br>コミュニケーションの第一歩は、相手の現実性を理解すること。<br><br><br>そのためには、<br><br><br>会話の量は多い方がいいし、<br><br>言葉のやりとりだけでなく、顔の表情、声のトーン、エネルギー、呼吸、、、<br>相手をよく知ることが大事です。<br><br>それに、数多くのリアリティ体験があれば、<br>人を理解する手助けになるはずです。<br><br><br><br>こう考えて、映画を見始めていますが、<br><br>徐々に効果が現れてきています。<br><br><br>いろんな現実性、リアリティが、この世には存在するということ。<br>「世界観」という言葉で表現されるような、知覚と認識と価値観の集合体、<br>あるいはその中にあるグラデーション、<br><br>言葉になったりならなかったりする気持ちや考え、<br>それをもたらす背景の、無限の多様性。<br><br><br>そういったものを感じながら、映画を観るのはとても勉強になります。<br><br>ただのエキサイトメント、エンターテイメントではなくて、<br><br><br>強い目的を持って映画を観るスタイルは、<br><br><br>僕の友人からインスパイアされた始めてみているものです。<br><br><br><br><br>最近のこうした取り組みは、自分に自身と能力を確実にもたらしています。<br>その中で成果も出てきていて、視野も広がってきました。<br><br>その中で、一つ、強く感じていることがあります。<br><br><br>「やらなかったことを後悔して人生を終えたくない。」<br><br><br>今までも、感じてきたことではあります。<br>でも、これまでは今を生きることに精一杯（というかいっぱいいっぱいw）過ぎて、<br>将来のことを考える余裕はありませんでした。<br><br>とにかく今を最大限に生ききるにはどうしたらよいか？<br>それを求めて、試行錯誤の連続でした。<br><br>もちろんそのチャレンジは一生続くことではありますが、<br>でも、最大限生きている時間が、作れるようになってきて、<br>ようやく次に目を向けることができるようになってきました。<br><br><br>-----------------------------------------------<br><br><br>ここに、イチロー選手の映像があります。<br>http://www.youtube.com/watch?v=MFmCT7zGY3A<br><br>僕はこの偉大な先輩の持ち続けている価値観に、少しでも近づきたいと思い始めました。<br>以前はあまりにも遠く、別次元の人だと思っていた。<br><br>実際に別次元の人なのかもしれません。<br>だけど、今の僕には、その次元に進めるような、そんな気がしています。<br>そのために自分がどのように考え、行動したらよいのか、<br><br>見えてきている気がするのです。<br><br><br><br>これを感じることができた今、<br>そこに到達しなかったら、もしできなかったとしても、<br>その努力を怠ってしまったとしたら、きっと後悔してしまう。<br><br>もし後悔しない人生を歩めているとしたら、それはきっと、<br>自分も周囲も、もっと幸せにすることができている人生のはずです。<br><br><br>そこにフォーカスをして、さらに努力を続けていきたい。<br><br><br><br>GWでも仕事を続けていますが、クライアントからの連絡がない分、<br>自分の時間を確保でき、思考を進めることができました。<br>とても有意義なGWとなりました。<br><br>-----------------------------------------------<br><br>明日は世界的に活躍されているコンサルタントの方の経営セミナーに参加します。<br>一口に「経営」といっても、その定義はあいまい。<br><br>明日は、「経営」というものの要素の中の、<br><br>・リーダーシップ<br>・計算の格<br>・マインド<br><br>の３つに集中して、学んできたいと思います。<br><br><br>これも、数多くのリアリティを自分の人生に引き入れることの一つ。<br><br>世界で活躍できるようなコンサルタントは、どのような人なのか？<br>どのような話し方をするのか？<br>その人の友人は、どのような人なのか？<br><br>また、共に出席する経営者の方々は、どのような考えをその人に持つのか？<br><br><br>-----------------------------------------------<br><br>人には、３つの属性があります。<br><br>BE（人格）<br>DO（行動）<br>HAVE（所有物）<br><br>HAVEはDOの結果。<br>DOはBEの結果です。<br><br><br>BEは、その人のリアリティをもとに形作られていきます。<br><br>では、どのようなリアリティを、自分は持ちたいのか？<br>人の可能性が無限であるならば、何を身につけ、何を捨てるのかを、<br>自分が決断するのみです。<br><br>少しでも自分の理想のリアリティを手に入れるために。<br>一つ一つの行動を重ねていきます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11524779444.html</link>
<pubDate>Sun, 05 May 2013 23:08:03 +0900</pubDate>
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<title>引っ越ししてみてわかったこと</title>
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<![CDATA[ 先週、引っ越しをしました。<br><br><br><br>引っ越し前の家（というか部屋）は、<br>本当に最低限の広さしかなく、足の踏み場は1畳分だけ。<br><br>しかも築40年、外観も室内も薄汚くて、地震も心配。<br>水の出が悪くて、シャワーの勢いもこれまた最低限。<br>下水管が詰まることもしばしば。。。<br><br>目の前を東名高速と国道246号線が走っているので、<br>そとを走る車の「シャーーーー」っていう音が絶えず、<br>何となく部屋が揺れていて。<br><br>近くには消防署と病院が多いため、四六時中サイレンの音がするし、<br>「救急車、右に曲がります」というアナウンスに深夜目覚めることも多くて。<br><br><br>本当に劣悪なところでした（笑<br><br><br><br>あるときから、住むことが堪え難くなってきていて、<br>タイミングよくいい物件が見つかったので、ひょいと引っ越しをしたんですが。<br><br><br><br><br>これがまたとてもいい物件で。。。<br><br>一般的には場所は悪いので割安なものの、僕の生活圏のちょうどど真ん中にあって。<br>しかも新築。抜群にキレイで、設備も申し分なくて。<br><br><br>とっても快適な生活が始まって、一週間が経ちました。<br><br><br>------<br>今思えば、前の部屋の環境の悪さは、とても精神に影響していたなぁと。<br><br>「自分を大事にしていない」というのが無意識に刷り込まれていくのか、<br>セルフイメージは下がっていったように思いました。<br>（実際、人様にお見せするのはとても恥ずかしい感じの部屋でしたし）<br><br>結果、生産性は下がるし、やる気も削がれて当然。<br>そんな環境で、よくがんばったものだと思います。<br><br><br>でもそんな自分に、ご褒美は一切なしでした。<br>十分がんばったのに、もっと働けもっと働けと、自分自身に言われていました。<br><br>そんなとき、そんな状況、そんな環境に身を置き続けることに、耐えられなくなりました。<br><br><br>「こんな場所は、自分の住むべき場所じゃない！」<br><br><br>軽い怒りとともに、物件を検索し始めていました（笑<br><br><br><br><br>引っ越し後、<br><br>「こういう部屋にこそ、自分は住むべきだ」<br><br>と、納得した感覚がありました。<br><br>「自分は自分の環境を整える権利があるし、それだけの力があるんだ」<br><br>と、自分の努力と能力を認めてあげることができました。<br><br>日々いろんなことがある中で、その承認力は今後助けになってくれることでしょう。<br><br><br><br>ただ、次の瞬間には、<br><br>「自分が住むべきなのはもっともっとすばらしい住居なはずだ・・・」<br><br>と、次の引っ越しが頭をよぎりました。。。<br><br>いい部屋に引っ越したといっても、まだまだ全然普通ですから（汗<br><br><br>この欲求を、行動のエネルギーにうまくつなげたいと思います。<br><br><br>------<br><br>引っ越し先の場所も、僕が以前から「暮らしてみたい」と思っていたエリア。<br>ハイセンスなお店が並ぶ通りの端っこです。<br><br>散歩しているだけで、感性に訴えかけてくる、ウィンドウの中の品々。<br>ショップの店構え、インテリア、<br>通り過ぎる人、止まっている車、<br>レストランの食事、お酒、<br><br>こういうものに囲まれていれば、そのセンスは必ず自分の身についてくるもの。<br>それを味わうための余裕を持てるような生活にしたいと思います。<br><br><br>今年は感性を磨く年にしようと思っていたのですが、<br>その手始めの引っ越し、となったのでした。
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11515340557.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Apr 2013 01:44:38 +0900</pubDate>
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<title>睡眠不足でした。</title>
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<![CDATA[ いやー、まただいぶ間が空いてしまいました。<br><br><br>仕事に追われて、作業に没頭しすぎてて、<br>独立して営業開始して、仕事の依頼に追われるのは本当にありがたい状況ですが、<br>この2ヶ月くらいは、睡眠時間を相当削ってたんですが、、<br><br><br>今日は15時間睡眠＋2時間の昼寝をしました。<br><br>しっかり寝て起きてからの自分の顔 (´･ω･`)の、すっきりしてること。<br><br><br>ちょっとがんばり過ぎてましたね。<br>（がんばらないとヤバい状況ではあるんですが）<br><br>パワーがあって、頭の回転もよくて、柔軟で、明るくて、<br><br><br>やっぱりこうでなくちゃいかんな～と。<br><br><br><br>ということで、睡眠大事にします。<br><br>もう寝ないと。。<br><br><br><br>そんな僕の睡眠を妨げることになった２つの記事を紹介します。<br>刺激的すぎる。。。もっと何でもやってやろうって気になりました。<br><br><a href="http://matome.naver.jp/odai/2136627682216779501" target="_blank">天才灘高生 @tehutehuapple さんのプレゼンがすごかった</a><br><br><a href="http://blog.btrax.com/jp/2012/10/25/github-philosophy/" target="_blank">CEOが自ら語った「イノベーションを起こすためのGithubの哲学」</a>
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11514722168.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Apr 2013 02:13:37 +0900</pubDate>
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<title>場のエネルギーをレバレッジに</title>
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<![CDATA[ 最近、気に入っているカフェがあります。<br>そこで仕事をすると、集中力が切れません。<br><br><br>その場所には、いいエネルギーが流れている感じがします。<br><br>インテリア、照明、客や店員の声や表情、BGM、、、<br><br>いつもオーダーするラテも、ほどよい苦さと甘さ。<br><br><br>気分がよく、とても仕事がはかどります。<br><br><br><br><br>場所のパワーについては、いろんな人が、いろんな形で、教えてくれますね。<br><br>古来から、神の宿る場所と言われている、聖地の数々。<br>いわゆる、パワースポット。<br>ある人はグラウンディングをしてみたり、<br>あるいは、風水、断捨離。<br>NLPでは場所のアンカー。<br><br><br><br>このパワーをレバレッジにするために、<br>引っ越しをすることにしました。<br><br>先日言った小旅行で、場所の重要さに改めて気付き、<br>衝動的に、物件を探したところ、数日前に公開された新築マンションを発見！<br><br>多くの人にとっては場所の悪いところですが、<br>僕にとっては最高の場所だったので、即契約をしました♪<br><br><br>場所の力を借りて、ブーストをかけていきます。
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11500907581.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Mar 2013 01:11:48 +0900</pubDate>
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<title>最後の通過儀礼</title>
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<![CDATA[ この3日ほど、とても調子が悪いです。<br><br>これまで課題だとはうすうす感じていたこと（そして目を背け放置してきたこと）が、<br>問題として顕在化したため、強いストレスを感じています。<br><br><br>こういうときは、大抵の場合、複数の問題が重なって発生するもの。<br><br>重なりが、事態の混乱を強調します。<br>つまり、自分に対する観察力を大幅に引き下げます。<br><br>単発であれば、簡単に処理しているはず。<br>自分の処理能力、キャパシティを超えたことが、たくさん起こったのでした。<br><br><br>この観察力の低下が、、、激しく自分のコントロール能力を下げるんですね。<br>こういうときこそ、何が起こっているのか、正確に観察することが必要なのに、<br><br>それを妨げるのは、過去の記憶。<br><br><br>記憶に細かく刻まれた多くの出来事から、影響を受けている。<br>それは明らか。<br><br>しかもそれを自ら呼び醒まして、直面していこうとしたところなので、<br>不調になるのも、予測可能だったと言えなくもないのですが、、、<br><br>気付かないうちに、ダメージを受けていたようです。<br><br><br><br><br>その過去からの影響をなくすことができれば、また大きく前進できることは明らか。<br>今認識している範囲では、最大にして最後の、記憶の処理。<br><br>この通過儀礼を無事終えることで、また人生の新しい幕が開けるはずです。<br>その希望を信じながら、もう少しだけ、修行が続きます。
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11500231571.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Mar 2013 02:12:16 +0900</pubDate>
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<title>懐石料理のなかの小宇宙</title>
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<![CDATA[ 昨年アメリカから帰国したとき、一番何よりも欲しかったのは、<br><br>日本の美味しい食事でした。<br><br><br>翌日に時間を作って、紀尾井町にある料亭に行きました。<br><br><br>料亭と行っても、ランチタイムに普通に入れるお店です。<br>高級店はディナータイムにお客を誘導するために、<br>お手頃な価格でランチを提供してくれるところも結構あります。<br><br>そのお店は、ランチから本格的な懐石料理を楽しめるところです。<br><br><br><br>そのランチの美味しかったこと。<br><br>アメリカでの食事に不満を持っていたことが、<br>その感動を大きく増幅させてくれたのですが、<br><br><br>感動だけでなく、新しい気付きを得ることができました。<br><br><br><br>アメリカという国は、何もかもがとても大ざっぱです。<br>「大は小を兼ねる」というのが、通念としてかなり浸透しているようでしたし、<br>「新しいものは古いものよりいい」という考え方も、日本に比べてとても強いように感じました。<br>国として歴史が浅く、またそのイノベーティブな発想によって世界の強者になったという成功が、<br>その思考を定着させたのだと思います。<br><br><br>それに対するものとして、日本料理、日本文化というのは、<br><br>「微に入り細を穿つ」<br><br>というところの極地にあるのではないかと思ったのです。<br><br><br>懐石で戴いた一つ一つの料理は、芸術作品のように洗練されていて、<br>素材一つ、調味料一つとっても非の打ち所がないように感じました。<br><br>塩一粒、出汁一滴の違いによって味覚が微妙に左右されるような、<br>それどころか、原子一個分だけ出汁が煮干しより鰹に傾くかどうか、<br>というレベルで、洗練されているのではないかと。<br><br>イメージとしては、グーグルアースで一点を急拡大していくような感じで、<br>料理の中へ電子顕微鏡で原子レベルの細かさまで一気にズームアップする感じで、<br><br>そのお皿一つ一つが、無限大に広がる「小宇宙」なのだと。<br><br>一口食べるごとに、そのお皿の中に広がる宇宙を味わっている感じ。<br>とても贅沢で、夢いっぱいです（笑<br><br><br>この感覚は、完全に僕の錯覚でしかないのですが（笑<br><br><br>日本はこういう感覚で一つ一つに「宇宙」を存在させることで、<br>文化を洗練させていったんだなぁと思ったのです。<br><br><br><br><br>かたや、アメリカは、いわゆる「宇宙」開発を物量作戦で展開するようなお国柄です。<br>NASAのような何も生産しない組織に対してお金を投じることができるような性格の国です。<br>（それだけ豊かとも言えますが、近代以降での軍事経済戦争の勝者であることが要因ですね）<br><br><br>でも、どちらも宇宙開発をしてきたんだなと。<br><br>アメリカでは「望遠鏡の中の宇宙」を。<br>日本では「顕微鏡の中の宇宙」を。<br><br><br><br>人間には、思考を一気に宇宙の果てまで飛ばす力があるような気がしています。<br>宇宙の果て、時間の果て、過去も未来も、お皿の中の出汁１滴も、遥か遠くの星屑までも。<br><br>その能力を最大限に引き延ばしたい！という人間の本来の衝動が、<br>そういう文化を創り出した、という観点で、国を超えて共通するものを感じました。<br><br><br><br>僕はずっと「人間の可能性は無限大」という信念を持ち続けているのですが、<br>その考え方は、両国の文化の成り立ちに想いを馳せても、真実のように思えたのでした。
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<link>https://ameblo.jp/beyondintegrity/entry-11498887874.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Mar 2013 03:03:35 +0900</pubDate>
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