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<title>画像ブログ『駐在員のインド漫録』</title>
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<description>2002年5月よりグジャラート州バローダに駐在し、インドの魅力を日本へ発信してきましたが、2016年12月31日にインド任務を終え、同時にサラリーマン生活に終止符を打ちました。今後もインド訪問の予定があることから、当ブログは続きます。宜しくお願い致します。</description>
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<title>第５９４７篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８９）</title>
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ライプツイヒ「聖ニコライ教会」も「バッハゆかりの地」の一つです。この教会の音楽監督でもあったバッハは新作の楽曲の多くを「聖トーマス教会」とこの教会で初演。パイプオルガンのコンサートも定期的に開催されているとのことでした。「ライプツイヒ」はバッハの音楽が溢れた街です。「ライプツイヒ歌劇場」と「ゲヴァントハウス」が大戦前の歴史建造物のまま遺っていれば、私は「ライプツイヒ」に長く住みたいとさえ思います。因みに、「ライプツィヒ・バッハ音楽祭」が1904年から断続的に開催されており、2026年は6月11日
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<dc:date>2026-07-06T00:05:00+09:00</dc:date>
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<title>第５９４６篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８８）</title>
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「メンデルスゾーンの家」から北北西へ10分ほど歩いたところに「聖ニコライ教会」があったので立ち寄りました。この教会は1165年建造というライプツィヒ最古の教会。外観はゴシック様式で内部はネオクラシック様式。この教会も「バッハゆかりの地」です。バッハは「聖トーマス教会」とこの「聖ニコライ教会」の音楽監督を務めています。バッハの作品をこの教会で初演したという記録もあるようです。（続） 「聖ニコライ教会」   
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<dc:date>2026-07-05T00:05:00+09:00</dc:date>
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<title>第５９４５篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８７）</title>
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ユダヤ教からキリスト教への改宗者をスペイン語で「コンベルソ」と言います。メンデルスゾーンは1816年、ユダヤ教からキリスト教（ルター派）に改宗します。子供や孫をユダヤ人に対する人種的迫害から守りたいという祖父の意向があったといいます。バッハはルター派教会の音楽監督、作曲家、オルガニストとして仕えました。バッハの音楽を取り上げるということは、キリスト教徒であるということをアピールすることにも繋がったと思います。（続）メンデルスゾーンの胸像  「メンデルスゾーン」作曲の部屋
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<dc:date>2026-07-04T00:05:00+09:00</dc:date>
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<title>第５９４４篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８６）</title>
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「バロック音楽狂」の私として特筆しておきたいことは、メンデルスゾーンが当時、陳腐だとして忘れ去られていたバッハの音楽を再評価し復活上演を行ったことです。1829年3月にベルリンでJ.S.バッハの『マタイ受難曲』を演奏。その後。楽長に就任した「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」にてバッハの作品を積極的に取り上げて演奏しています。何故？ある解説によれば「メンデルスゾーンは幼い頃からバッハの音楽に深く触れる教育を受けており、偉大なバッハの作品に惹かれ、それを単なる過去の遺産としてではなく、自身の
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<title>第５９４３篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８５）</title>
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「メンデルスゾーンの家」の中にある階段は彼が昇降したオリジナルのステップだと表示されています。それを上って2階に行くと室内楽ホールにピアノと椅子が並べてありました。作曲していた部屋もそのまま遺されています。1835年26歳で「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」のカペルマイスター（楽長）として指揮台にも立ちました。行動半径500ｍ範囲で音楽活動が行われていたことになります。（続） 「メンデルスゾーンの家」の中にある階段  
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<title>第５９４２篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８４）</title>
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短命に終わった巨匠にモーツアルト (1756年生-1791年没)35歳、シューベルト（1797年生-1828年没）31歳、ショパン（1810年生-1849年没）39歳、そしてメンデルスゾーンの38歳。共通するのは天才の必然的な過度の仕事と不摂生、心身疲弊するストレス、医学が発達していない時代の感染症等なのでしょうか。メンデルスゾーンは過度の仕事と姉ファニーの死の衝撃により心身ともに疲弊。姉の死の報に接した後、神経障害を起こし立て続けに発作に見舞われます。最期の言葉は「疲れたよ、ひどく疲れた」だっ
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<title>第５９４１篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８３）</title>
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「メンデルスゾーン」の本名は長く、ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ（1809年生‐1847年没）。ドイツ・ロマン派の作曲家、指揮者、ピアニスト、オルガニスト。祖父は哲学者、父は銀行家で裕福なユダヤ系上流階級の家庭に生まれます。能力と熱心な親の教育もあって、優れた音楽の才能を開花。38歳にして脳卒中で旅立ちます。短命にして大小合わせて750曲以上作曲。家系として突然死が多く、ピアニスト・作曲家・指揮者だった姉のファニー・メンデルスゾーン（1805年生‐1847年
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<title>第５９４０篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８２）</title>
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「ゲヴァントハウス」を東に3分ほど歩くとお目当ての「メンデルスゾーンの家」がありました。博物館や記念館は月曜日休館が多いのですが、下調べで月曜日も開いていることを確認済。「家（ハウス）」と言っても4階建ての歴史建造物。メンデルスゾーンは賃貸でこの建物に住み音楽活動と生活の場にしました。（続） 「メンデルスゾーンの家」    
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<title>第５９３９篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８１）</title>
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歴史建造物のコンサートホール「ゲヴァントハウス」は第二次世界大戦で「ライプツィヒ歌劇場」同様に破壊。とても残念な話です。現在のモダンな建物は、東ドイツ時代の1981年に建てられています。「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」は「ライプツィヒ歌劇場管弦楽団」と兼務なので、私は名門オーケストラの演奏を2夜、聴いたことになります。（続）第二次大戦前の「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス」 
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<title>第５９３８篇：２０２６年１月「ドイツ音楽紀行」（８０）</title>
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「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」の設立は1743年。当時はまだJ.S.バッハ(1750年没)が生きていた時代で、王侯貴族に所属しない市民階級による自主経営のオーケストラとして世界最古です。「ゲヴァントハウス」という名は「織物見本市会場として使われていたゲヴァントハウスという名の建物」を演奏会場として使った時期があり、その名を楽団名にしたとのこと。メンデルスゾーンは1835年から1843年の8年間、そのオーケストラのカペルマイスター（楽長）に就任。フルトヴェングラー、ブルーノ・ワルター、
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