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<title>その声をたどる道</title>
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<description>小さな声に耳をすます</description>
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<title>9歳までのこども　9歳以降のこども</title>
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<![CDATA[ <p>先日、子どもが敏感さを克服することについて書きました。</p><p>そのブログの中で</p><p>「子どもたちが小さければ小さいほど、私たちができることは沢山あるんです。</p><p>　子どもが9歳までの間は特に。」</p><p>そう書きながら、自分の中で</p><p>「では、9歳以降はできることが少なくなるの？」</p><p>という疑問が湧いてきたので</p><p>今日はそのことについて、もう少し掘り下げて書いてみたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>結論から言うと</p><p>9歳以降でも、できることは沢山あります。</p><p>でも、子どもへの関わり方は9歳前と9歳以降とでは変わってきます。</p><p>そして、もっと大きくなって、思春期の頃になるとまた</p><p>その関わりに変化が起きます。</p><p>私たちは子どもの周りにいる大人として</p><p>子どもが小さな頃</p><p>あるいはもっと大きくなって</p><p>場合によっては大人になってからも</p><p>子どもたちに必要なものを与え続ける存在であることには変わりはありません。</p><p>けれど、子どもの成長によって、私たちのかかわり方には変化が生まれ</p><p>年齢を重ねるごとに、個性が現れてきますので、それはどんどんと個別化していくのです。</p><p>&nbsp;</p><p>まず9歳までの子どもたちのことを見てみましょう。</p><p>9歳くらいまでの子どもたちは</p><p>まだ世界と一つに結び付いていて</p><p>特にお母さんととても密接に結びついています。</p><p>そして、体を通して体験されることは</p><p>直接心(魂)に作用するのです。</p><p>つまり、体の心地よさは</p><p>心の安らぎにつながります。</p><p>体が優しく温められるなら</p><p>心も優しく温められるのです。</p><p>髪や爪をきちんと手入れされるなら</p><p>心もきちんと手入れされることになるのです。</p><p>体を香りのよいオイルで優しく撫でられ保護されるのなら</p><p>心も包まれ保護されるのです。</p><p>私たちが子どもたちに優しく語りかけ、いつも落ち着いて接することができるなら</p><p>子どもたちの心は優しく慰められ、秩序を与えられ、世界を信頼することができるのです。</p><p>そうやって私たちは子どもの体を通して</p><p>直接心に働きかけていくことができます。</p><p>そういった意味で、私たちは体を通してダイレクトに子どもの心に作用することができ</p><p>そしてその効果はとてもパワフルであると言えます。</p><p>&nbsp;</p><p>けれど、8歳を過ぎるころから</p><p>だんだんと子どもたちは</p><p>全部一つだった世界から離れ始めます</p><p>9歳10歳頃になると</p><p>全てが一つで</p><p>いつも信頼できて</p><p>安心だった、包まれていた世界から</p><p>しだいに遠のき始めます。</p><p>子どもたちはだんだんと</p><p>外側の世界と自分の内側の世界を区別し始めるのです。</p><p>その頃子どもたちは</p><p>もしかするともうかつてのように</p><p>お母さんに甘えてはくれなくなるかもしれません。</p><p>以前はお母さん大好きと誰にはばかることなく言ってくれていたのに</p><p>人目を気にして言ってくれなくなるかもしれません。</p><p>お母さんの知らない出来事が増えたり</p><p>嘘も上手につけるようになるかもしれません。</p><p>突然「本当にお母さんの子どもなの？」と尋ねられるかもしれません。</p><p>あんなに大好きだったのに、突然学校に行きたくないと言うかもしれません。</p><p>そうやって子どもの心が</p><p>次第に世界から切り離されていき</p><p>同時に、自分の内側に</p><p>「私」という内面が生まれ始めるのが</p><p>この9歳の時期なんです。</p><p>それは子どもたちにとって、ある種の「ゆらぎ」のような</p><p>心もとない時期なのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>その9歳の時期に</p><p>お母さんはこれまでのように</p><p>優しく触れたり、優しく語ったり、優しく抱きしめたりすることが</p><p>簡単にできなくなるかもしれません。</p><p>もしくは</p><p>これまでのようにできたとしても</p><p>子どもたちはそのことをそのまま受け入れるのではなく</p><p>自分自身の内面で何かを確認していくような作業を行っているかもしれません。</p><p>私たちは以前のように</p><p>直接子どもたちの心に触れることができなくなっていくのです。</p><p>それは違った形で子どもたちの心と出会うプロセスといえます。</p><p>&nbsp;</p><p>9歳前の子どもたちは</p><p>直接体に働きかけることが結果的に、内面に働きかけを行うことに繋がっていましたが</p><p>9歳以降の子どもたちには</p><p>その子の個性の在り方を感じ取って働きかけを行う必要が出てくるのです。</p><p>けれどその個性の在り方はこの時期まだ朧気ではっきりとしないものです。</p><p>子ども自身もまだ揺らぎの中にいて</p><p>外側で起こったことを受け取れたり受け取れなかったりすることでしょう。</p><p>その揺らぎを、周りにいる大人も共に体験しながら</p><p>接点を見つけていくプロセスが始まるともいえます。</p><p>&nbsp;</p><p>一般的な子どもたちが</p><p>9歳までと9歳以降、どんなふうに世界と関わりを持っているのかを書いてみました。</p><p>敏感な子どもを持つお母さんは</p><p>まず、子どもに触れるということすら容易ではないと思います。</p><p>9歳以前も9歳以降も、どちらの時期であったとしても簡単ではない場合もあるでしょう。</p><p>けれどその過敏さはまた別の方法で克服していくことができます。</p><p>そのことについては、また別の機会に書いてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>明日は今日の内容をもう少し先へ伸ばして書いてみたいと思います。</p><p>大人の障がいを持つ方が</p><p>過敏さを克服していった感動的な体験について書いてみます。</p><p>9歳前の子どもでも</p><p>9歳後の子どもでもなく</p><p>大人の障がいを持つ方が</p><p>自分の感じやすさを克服していってくれた体験です。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちの可能性は</p><p>どんな時も輝き出る瞬間を待っているものです。</p><p>必要な時に必要なものを受け取ることができれば</p><p>どんな人も「自分の道」を歩み始めることができると信じています。</p><p>&nbsp;</p><p>過敏さをもつ娘の子育てにおいて</p><p>その方との出会いで経験したことは</p><p>ずっと私の宝物になっています。</p><p>&nbsp;</p><p>毎日娘の子育てをしながら</p><p><span style="display: inline !important; float: none; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,&quot;メイリオ&quot;,Meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">私と同じように過敏なお子さんを持つ方たちに向けて</span></p><p><span style="display: inline !important; float: none; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(68, 68, 68); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,&quot;メイリオ&quot;,Meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; orphans: 2; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">こうやって記事を書いている</span></p><p>私の道を</p><p>その方がずっと照らし続けてくれています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12548570280.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Nov 2019 23:41:37 +0900</pubDate>
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<title>子どもが過敏さを克服すること</title>
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<![CDATA[ <p>今日は、娘と私が</p><p>娘の過敏さを克服してきたことについて書いてみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その前に、娘がどうして過敏さを持つようになったのか簡単に経緯を書いてみますね。</p><p>&nbsp;</p><p>娘は重度のアトピー性皮膚炎と食物アレルギーを持って生まれました。</p><p>後に色んなことを学ぶ中で、アトピー性皮膚炎を持つ子ども自体が</p><p>非常に過敏な魂を持って生まれているということを知るのですが</p><p>当時の私にはそのことについて全く無知でした。</p><p>&nbsp;</p><p>生後2か月からどんどんひどくなったアトピーは全身へと広がって</p><p>額の髪の毛も薄くなって、見ているのもかわいそうなくらいでした。</p><p>皮膚と同じように、腸内も同様に炎症があったようで</p><p>母乳を飲んでいたころの便はいつも液体でした。</p><p>あの頃の私は、ステロイドを嫌厭して、娘がどんなに痒そうにしていても</p><p>辛そうにしていても、ステロイドでない対処療法を散々試して疲弊していました。</p><p>今から思えば、ほんの一時期の使用ですむから、ステロイドを使用することを恐れないでと</p><p>昔の自分にそう声をかけてあげたいくらいです。</p><p>そうすれば、乳児だった娘の内面の安心感をどれだけ満たしてあげることができただろうと思うのです。</p><p>この時期に子どもに安心を与えてあげること</p><p>それが最重要課題なのだということを、当時の私は知りませんでした。</p><p>そして、8か月の頃には皮膚からと腸からの栄養の漏洩により、体重も減少し、命まで危ぶまれ</p><p>救急車で県立こども病院に搬送されることが起きました。</p><p>言葉で訴えることもできなかった小さな娘は、あの時どんな苦しみの中にいたのだろうと思います。</p><p>それは娘の内的な成長をとても大きく傷つけるものであったと振り返ることができます。</p><p>&nbsp;</p><p>一時期のステロイド治療と</p><p>アレルギー対応のミルクや、</p><p>病院の適切な指導と代替医療の両輪の治療が功を奏して</p><p>1歳のころにはアトピーはすっかりとよくなり</p><p>ステロイドの使用もやめることができました。</p><p>1年をかけて、私たち親子は「ふつう」の生活を送ることができるようになったのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな時、娘が1歳3か月になったころ、町の保育サークルへと出かけました。</p><p>子どもはすぐに他の子どもと遊んだりするものだと思っていた私でしたが</p><p>娘は大勢の子どもたちがいる部屋に一歩も入ることができませんでした。</p><p>入っても、お母さんから離れることができません。</p><p>娘の中の「安心感」が他の子どもよりも随分と少ないのだということを初めて認識した瞬間でした。</p><p>その時、私の中に拭い去れない「不安感」の様なもののがこみあげてきました。</p><p>その様子をみて、「障がい」をも疑った瞬間でした。</p><p>けれど今振り返ってみれば、娘の体質と魂の傾向、それに加えて乳幼児期の体験が、娘の心に落とした影があって</p><p>それはある種の克服すべき「障がい」や「過敏さ」といった形で現れていたのだと理解できます。</p><p>けれど、当時の私にはどうやって娘の安心感を取り戻してあげればいいのか</p><p>わかりませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>それから娘の「過敏さ」との長い付き合いが始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今、娘は8歳になりました。</p><p>そして、幼児期からずっとあった過敏さをほぼ克服しつつあります。</p><p>ずっとあった喘息も克服しつつあります。</p><p>もちろん、体質による影響は残りますが</p><p>後天的に私たち大人が子どもに与えてあげられることは沢山あるんです。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログを読んでいらっしゃるお母さんで</p><p>もし子どもの過敏さについて悩んでいらっしゃる方がいらしたら</p><p>こんな風に申し上げたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その子が小さければ小さいほど(特に9歳くらいまでは)</p><p>その過敏さを克服するためのチャンスがたくさんあります。</p><p>そして、その助けを受けて子どもは必ず変化していきます。</p><p>私たちは子どもに「過敏さ」の向こう側にある「安心」を与えてあげることができるんです。</p><p>それはとても感動的なことです。</p><p>&nbsp;</p><p>今、このブログを読んでいるお母さんの子どもが</p><p>体を触れられる事を極端に嫌がるお子さんだったり</p><p>洋服の素材のこだわりが強かったり</p><p>癇癪を起して泣き止まなかったり</p><p>大きな音や特定の音が怖かったり</p><p>誰かが怒られているのを聞くと自分が怒られているような気持ちになったり</p><p>そんな繊細で敏感なお子さんだったとしたら</p><p>そしてお母さんがそのことに不安をもっているとしたら</p><p>そんなお母さんの話を聞かせてください。</p><p>そして一緒にどうやってお子さんと過ごしていけばいいか</p><p>たどっていきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>シュタイナー教育の観点からできることがありますし</p><p>シュタイナーが提唱したアンソロポゾフィー医療の観点からできることもあります。</p><p>医療の場合は私は直接アドバイスをすることはしません。</p><p>アンソロポゾフィー医療を行っている医院をご紹介させていただきます。</p><p>けれど私自身の実体験をお話することは沢山できますので</p><p>そのことを参考にしていただくことができると思います。</p><p>そしてそれらは必ずお子さんに作用していくことでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>来年からそんなお母さんに向けて</p><p>カウンセリングやご紹介を始めさせていただきます。</p><p>子育てで悩んでいるお母さんや</p><p>私と同じようにアレルギーの子どもを持つお母さんのお話を聞かせてください。</p><p>もしピンと来た方は、現在モニター募集の準備をすすめていますので</p><p>今後お知らせするモニター募集のご案内を見て頂ければと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>モニター募集期間　　2020/2/4～20202/28予定</p><p>&nbsp;</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,&amp;quot;メイリオ&amp;quot;,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">どうか優しい小さな子どもたちが</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,&amp;quot;メイリオ&amp;quot;,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">当たり前にある「安心」の中で生きていくことができますように。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,&amp;quot;メイリオ&amp;quot;,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">そしてお母さんもそんな「安心」の中で子育てができますように。</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,&amp;quot;メイリオ&amp;quot;,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">私のささやかな経験が</p><p style="background-color: inherit; color: rgb(68, 68, 68); font-family: &amp;quot;ヒラギノ角ゴ pro w3&amp;quot;,&amp;quot;hiragino kaku gothic pro&amp;quot;,&amp;quot;ｍｓ ｐゴシック&amp;quot;,&amp;quot;ms pgothic&amp;quot;,sans-serif,&amp;quot;メイリオ&amp;quot;,meiryo; font-size: 16px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; letter-spacing: normal; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; margin-right: 0px; margin-top: 0px; orphans: 2; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; padding-top: 0px; text-align: left; text-decoration: none; text-indent: 0px; text-transform: none; -webkit-text-stroke-width: 0px; white-space: normal; word-spacing: 0px;">どなたかの助けになることを願って。</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12547828818.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Nov 2019 00:21:52 +0900</pubDate>
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<title>共同体において大事にしたい声</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私たちは</p><p>なにがしらかの繋がりの中でどんな人もくらしていると思います。</p><p>それをおおざっぱに「共同体」と呼んでみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>家族</p><p>子どもの学校の父兄</p><p>仕事の同僚</p><p>自分が所属する趣味やサークルの友達</p><p>&nbsp;</p><p>何かの目的のために人が複数集まる場を</p><p>共同体と呼んでみます。</p><p>&nbsp;</p><p>共同体において</p><p>私が一番大事にしたい声は</p><p>「一番傷ついている声」</p><p>です。</p><p>&nbsp;</p><p>人が複数集まって何かを行うとき</p><p>大なり小なり、共同体で起こる問題が出てきます。</p><p>それと向き合うときに</p><p>私たちの内側で</p><p>癒されていない何かも動きます。</p><p>そして最も大きく揺れる傷を持つ人は</p><p>その問題の中で苦しい思いをすることがあります。</p><p>時に怒ったり、誰かを責めたり、自分を責めて行き場をなくしてしまったりするかもしれません。</p><p>一見そのような人は</p><p>共同体においてとても非合理で</p><p>皆のいら立ちのもとになるかも知れませんが</p><p>私がこれまで経験したことを見てみると</p><p>そのような人が、今いる共同体を前進させてくれる存在になる</p><p>ということがよくあります。</p><p>&nbsp;</p><p>つまり</p><p>共同体において乗り越えるべき課題を</p><p>その人が痛みを持って代弁してくれているということがよくあるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>障がいを持つ人たちが集まる共同体ではどうでしょうか。</p><p>とても重い重度の障がいを持つ方がいらっしゃるとします。</p><p>その方が、とてもいごごこちよく</p><p>一日を皆と過ごすために</p><p>とてもたくさんの条件を満たさなければいけないとします。</p><p>視覚的な刺激を少なくする</p><p>一人になれるスペースを確保する</p><p>音の刺激を遮断する</p><p>その方が落ち着くことのできる触覚刺激を満たすものを用意する(砂袋やクッションやタオルケット、時にはお人形のようなもの)</p><p>その方にあったふさわしい仕事も観察をしながら用意する必要もあるでしょう</p><p>その方がさまざまな条件を満たした上で居心地よく感じられるなら</p><p>その方は孤立することなく共同体の中に存在することができます。</p><p>その時、別のことが達成されます。</p><p>その方のために整えた上記のような環境が</p><p>その方以外の方にとっても居心地のよいものになるということが</p><p>起こるのです。</p><p>もっとも重い障害を持つ方をとおして</p><p>私たちはとても多くのものを与えられるということが起こります。</p><p>&nbsp;</p><p>もっとも重い障害を持つ方のために用意する仕事は</p><p>私たちの観察する目をやしないます</p><p>そしてそれがほんとうにその方にとってふさわしいものであったとき</p><p>その方は安らかな落ち着きを取り戻していきます。</p><p>そして障害性までもがなくなってしまったかのような振る舞いになっていきます。</p><p>私たちはその方からかけがえのない何かを受け取ります。</p><p>&nbsp;</p><p>もっとも重い障がいを持つ方のために整えられた環境は</p><p>視覚刺激</p><p>音の刺激</p><p>触覚の刺激</p><p>全てにおいて</p><p>他の障がいを持つ方にとっても過度な刺激とならずに</p><p>心安らいでいくということもまた起こります。</p><p>つまり共同体全体が癒されていくのです。</p><p>&nbsp;</p><p>私は今子育てに専念しているので</p><p>娘のクラスで色んなことをみんなで話し合います</p><p>もっとも小さきものの声は子どもたちです</p><p>そしてそれを受けて大人も揺れ動きます</p><p>人の心は右から左へと大きく揺れるのです</p><p>私たちは知らないうちに揺れることへの恐れを抱くようになってしまったけれど</p><p>そこに大事なものが隠されているのだと思えるのです</p><p>&nbsp;</p><p>揺れている人の声は</p><p>とても大切なことを気づかせてくれるもの</p><p>そして共同体にとって前に進むために必要な気づきなのだと</p><p>思えてくるんです。</p><p>だから、その声に耳を澄ますということを</p><p>私はやっていきたいなって思っています。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12462324561.html</link>
<pubDate>Sun, 19 May 2019 09:21:40 +0900</pubDate>
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<title>子どもたちに、シュタイナー教育ができること①</title>
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<![CDATA[ <p>昨日は、私がシュタイナー教育に惹かれた理由を書いてみました。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、シュタイナー教育（あるいは治療教育）が</p><p>子どもたちあるいは障害をもつ人たちに実際にできることを書いてみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その前に、今の子どもたち</p><p>あるいは障がいを持つ人たちの内側で何が起こっているのかを書いてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>まずはじめに捉えたい概念として</p><p>私たち人間には</p><p>私たちの目に見える「体」と</p><p>私たちの目に見えない「心」があるということを</p><p>本当におおざっぱですが表現したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その目に見える「体」という器に</p><p>目に見ることができない「心」が入って安らっている</p><p>それが「人間」であるとします。</p><p>私たちが幸福に人間でいられるのは</p><p>この「体」の中に「心」がすっぽりと納まって安らえるからなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>この「体」に「心」がすっぽりと納まっていないと</p><p>私たち人間は不安になります。</p><p>自分の体が居心地の良い住まいとして感じられなくなり</p><p>自分自身がどこにいるのかさえも分からなくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>障がいを持つ人を見ていると</p><p>この「体」に「心」が納まっていないことがよく見てとれます。</p><p>彼らは常に</p><p>ある一つの考えに捕らわれすぎたり</p><p>周囲のあらゆることが気になったり</p><p>突然襲ってくる不安感に打ちひしがれたり</p><p>全く動かなかったり</p><p>記憶することができなかったり</p><p>言葉を話せなかったり</p><p>あるいはしゃべり続けたりしています</p><p>&nbsp;</p><p>それはこの人たちの「心」に問題があるわけではなく</p><p>この人たちの「心」を受け取る「器」が壊れてしまっているため</p><p>様々な感情が「器」からあふれかえっているのです</p><p>彼らの中には豊かな内面性の「心」が存在しているけれども</p><p>それを受け止めるための「器」が壊れてしまっているため</p><p>その豊かな内面性を表現できないでいるのです</p><p>&nbsp;</p><p>では障害を持たない子どもの場合はどうでしょうか</p><p>子どもたちもまた</p><p>生まれてすぐにこの「体」に「心」がすっぽりと納まっているわけではありません。</p><p>ずいぶんと長い時間をかけてこの「体」に「心」が入っていきます。</p><p>シュタイナー教育では21歳がその完了であると考えています。</p><p>もしもこの21年間に取りこぼしがあるとしたなら</p><p>子どもたちは大人になってからその取りこぼしを</p><p>自己教育の中で補っていかなければなりません</p><p>そうすることがないよう</p><p>子どもたちが健全に育つことができるように</p><p>周りにいる大人たちを含めた環境すべてに注意を払い</p><p>こどもの健全な成長を阻害しないように努めるのです</p><p>&nbsp;</p><p>けれども現代の子どもたちは</p><p>この健全な成長を阻害する沢山の環境因子にさらされて成長をしています。</p><p>特に幼児期におけるこれらの影響はとても大きいものになります。</p><p>早期教育</p><p>メディアによる強すぎる刺激</p><p>運動会やお遊戯会などのように過度に思考を使用する練習のようなもの</p><p>無機質なおもちゃ</p><p>ゲーム</p><p>いじめ</p><p>親からの強い要求</p><p>周囲の大人が忙しすぎること</p><p>早期に始めるたくさんの習い事</p><p>挙げだすときりがないものばかりです</p><p>&nbsp;</p><p>そんな環境の中で本来守られているはずの</p><p>幼児期の子どもたちの覆いが</p><p>現代の子どものたちにおいては容易に傷つけられていて</p><p>もはや覆われていない子どもたちが行き場をなくしているようにさえ思えます</p><p>&nbsp;</p><p>覆いがとても早い時期に失われた子どもたちは</p><p>一体どうなるのでしょうか</p><p>子どもたちは自分の「体」を居心地のいい住みかと感じることができず</p><p>いつも心もとない、不安な状態で成長していくことになります</p><p>&nbsp;</p><p>それは自分の「体」に「心」が安らえない状態です</p><p>周囲の強すぎる刺激や</p><p>周囲からの過度な要求（親からの要求）などにより</p><p>常に子どもの心は体から出たり入ったりしなければならず</p><p>先ほどの障害を持つ人たちの例のように</p><p>器から水が出たり入ったりして、こぼれてしまっているような状態です</p><p>それは子どもに常に居心地の悪さを与えてしまうのです</p><p>そんな子どもたちは</p><p>落ち着いて座っていることができません</p><p>安心して授業を聞くことができません</p><p>すぐにお母さんのもとから離れていって迷子になって帰ってきてしまいます</p><p>あるいは誰かを叩いてしまったり</p><p>言葉で傷つけてしまったり</p><p>自分自身を傷つけてしまったりしてしまいます</p><p>おしゃべりが止まらなかったり</p><p>周囲に合わせすぎたり</p><p>不安があるため行動することができなかったり</p><p>癇癪をおこしたり</p><p>色んな形で子どもたちはシグナルを出してくるでしょう</p><p>&nbsp;</p><p>では、そんな子どもたちに私たちは何ができるでしょうか</p><p>&nbsp;</p><p>次回そのことについて</p><p>二つの側面から書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>長くなりましたので</p><p>今日はこの辺で</p><p>&nbsp;</p><p>いつも読んでくださり</p><p>ありがとうございます</p><p>&nbsp;</p>
]]>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12459737092.html</link>
<pubDate>Wed, 08 May 2019 00:45:53 +0900</pubDate>
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<title>私がシュタイナーの思想に惹かれるようになった理由</title>
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<![CDATA[ <p>私がなぜそんなにまでしてアンソロポゾフィー(シュタイナーの思想)に惹かれるのか</p><p>その理由をよく聞かれることがあります。</p><p>それは一言では言えなくて</p><p>自分でもまだ語れない何かがあるのかなぁって思っていたんだけれど</p><p>最近おぼろげながらに分かってきたことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>子育てをしてよく分かってきたという方がいいのかな。</p><p>&nbsp;</p><p>アンソロポゾフィーに出会って</p><p>導かれるように歩いてきた道は</p><p>自分の魂の傷を癒すための道でした。</p><p>そして道はまだ続いています。</p><p>&nbsp;</p><p>子育てをしていると</p><p>自分が育ってきた環境を</p><p>今度は自分が造り上げてしまうことってよくありますよね。</p><p>&nbsp;</p><p>分かりやすい例でいうと</p><p>親から言われて心の底から傷ついて</p><p>絶対に自分の子どもには言わないでおこうって決めていた言葉であればあるほど</p><p>何度も子どもに言ってしまうとか</p><p>そういうことって、どんな人も経験していることだと思うんです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、子ども時代に</p><p>そんな悲しい思いをしないで</p><p>幸せでやさしさに満ちた時間の中で育つことができたなら</p><p>子どもは大人になって</p><p>自分の魂の傷をいやすことに</p><p>自分の貴重な人生の時間を費やすことはなくなるのかもしれないと思うんです。</p><p>&nbsp;</p><p>シュタイナー教育はまさに</p><p>そのことを目指しているものなんだと</p><p>とてもおおざっぱな言い方になるかもしれませんが</p><p>そう言えると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>シュタイナー教育の目的は</p><p>子どもを自由な人間にすることだと言います。</p><p>&nbsp;</p><p>自由な人間とは</p><p>「私」というかけがえのない個が歩むこの生において</p><p>「私」という人間が自由に発揮されることをさします。</p><p>&nbsp;</p><p>もし「私」がいつまでも</p><p>子ども時代の傷の手入れをし続けなければならないとしたら</p><p>「私」はいつまでも発揮されず</p><p>もしかするとそのまま人生を終えてしまうかもしれないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>シュタイナー幼稚園や</p><p>シュタイナー学校などに</p><p>一歩入ってみると</p><p>そこは本当に安らぎに満ちた環境が整っています。</p><p>そして</p><p>子どもたちと出会う大人は</p><p>常に自己教育の中で</p><p>自分の思考と感情と意思を省みます。</p><p>それは子どもたちの健全な発達を阻害しないためです。</p><p>そこには常に喜びに満ち</p><p>安らぎに満ちた空間があり</p><p>美しい歌があり</p><p>花が飾られ</p><p>すてきな素話や</p><p>色とりどりで描く絵や</p><p>愛すべき先生がいてくれる</p><p>「しあわせな空間」なのです</p><p>そこで子どもたちの魂は守られ育つのです。</p><p>&nbsp;</p><p>私もたくさんの傷を負ってきて</p><p>子どもにもその傷を沢山負わせてきたのかもしれません。</p><p>そのことをこどもは承知して生まれてきてくれたのでしょう。</p><p>けれど、私は自分を教育することで</p><p>子どもに負わせるはずだった傷を少なくしていくことは可能なのです。</p><p>そしてその傷をなくすことも可能なのです。</p><p>もちろんそれは、うまくいくことばかりではない</p><p>骨の折れる道かもしれませんが。</p><p>&nbsp;</p><p>私たち大人が</p><p>かつて子どもだったころ</p><p>教育で与えられなかったものを自分に与えることで</p><p>私たちは同じ失敗を繰り返さないことができます。</p><p>&nbsp;</p><p>子ども時代は</p><p>あたたかさが必要です。</p><p>そしてやさしさが必要です。</p><p>時間と空間が必要です。</p><p>いつもそばにいてくれる誰かが必要です。</p><p>&nbsp;</p><p>初めて私がシュタイナー幼稚園に足を踏み入れた時</p><p>そこには</p><p>魂を守ってくれる空間がありました。</p><p>そしてこのような人と環境が魂を守ってくれるということを</p><p>私の魂の傷が教えてくれたのだと思います。</p><p>それは、初めて心が安らぐような場所でした。</p><p>そして、現代、様々な要因で魂の覆いを失ってしまっている子供たちにこそ必要なのが</p><p>このような環境であり、シュタイナー教育なのだと思えてなりません。</p><p>&nbsp;</p><p>それから私は</p><p>遠回りをしながらも</p><p>アンソロポゾフィーのこの道を</p><p>小さい歩幅ながら歩き続けているのだと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>これからの子どもたちへ</p><p>私たち大人は約束することができます。</p><p>「もう二度と繰り返さない」</p><p>&nbsp;</p><p>それは、5歳だった娘が私に言ってくれたことばでした。</p><p>「お母さんは決めてきたんだよ。</p><p>　もう繰り返さないって。</p><p>　私を傷つけたら、ずーっと繰り返すことになるんだよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>すべてのおかあさんに</p><p>やさしさとあたたかさが贈られますように。</p><p>自分の中にうずくまっている</p><p>ちいさな自分が解き放たれますように。</p><p>&nbsp;</p><p>わたしも娘と共に</p><p>自分の魂を癒しながら</p><p>歩いていきます。</p><p>小さなこの道を。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてそれが</p><p>私と娘の人生をよくしていくことになると思うから。</p><p>そしてそれが</p><p>子育てを終えるとき</p><p>沢山の子どもたちや障がいをもつ人たちのためになることだと思うから。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12459464165.html</link>
<pubDate>Mon, 06 May 2019 21:54:56 +0900</pubDate>
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<title>障がいと才能</title>
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<![CDATA[ <p>障がいを持つ人と仕事をしていると</p><p>障がいいかんにかかわらず</p><p>その人が生来持って生まれた「強み」というものを目の当たりにすることがあるんだなぁ</p><p>&nbsp;</p><p>それは教わったものではなくて</p><p>その人が</p><p>生まれる前から携えてきたものなんだって思うんだけど</p><p>&nbsp;</p><p>知的に障害を持っていても</p><p>管理職のような視点で</p><p>すべての状況を俯瞰することができる人がいたり</p><p>ほんものの美しさというものを理解できる人がいたり</p><p>すべての人を分け隔てなく愛せる人がいたり</p><p>天才的なユーモアのセンスを持つ人がいたり</p><p>仕事にプライドを持って勤勉に働く人がいたり</p><p>自分を一番素敵に見せるすべを持つ人がいたり</p><p>人の痛みに寄り添える人がいたり</p><p>それは障がいとは全く別のものなのだっていつも思ってた</p><p>それを人は「才能」や「強み」と呼ぶだろうけど</p><p>そういったものって</p><p>どんな人のなかにもあって</p><p>ものすごく輝き出てるなぁって思う</p><p>&nbsp;</p><p>時々自信を無くしたり</p><p>傷ついていたりして</p><p>くすんで輝けないときもあるけど</p><p>それでもその「才能」はただ隠れているだけで</p><p>いつでも雲の間から輝き出てくることができるものなんだろうなぁって思う</p><p>私たちの仕事って</p><p>その雲間を広げること</p><p>あるいは雲間がおのずと広がることをただ優しく見守る</p><p>くらいのことなのかもしれない</p><p>&nbsp;</p><p>それって</p><p>自分に対しても言えることなんだなぁって思う</p><p>そして自分の子育てに対してもおんなじだなぁって</p><p>自分の「才能」にもちゃんと目を向けてみようっと♬</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12457524305.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Apr 2019 22:23:42 +0900</pubDate>
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<title>豊かさについて</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは</p><p>いつも読んでいただき、ありがとうございます</p><p>&nbsp;</p><p>今日は「豊かさ」について</p><p>ちょっとだけ書いてみようと思います</p><p>&nbsp;</p><p>私にとっての</p><p>「豊かさ」の経験は</p><p>子供時代に沢山あったような気がして</p><p>&nbsp;</p><p>私は大阪府の郊外の枚方市という場所で生まれて</p><p>２５年くらいその土地で暮らしていました</p><p>&nbsp;</p><p>大阪の郊外といっても</p><p>私の小さいころは住宅の開発が進んで</p><p>田んぼだった場所や</p><p>広場だった場所に</p><p>次々家やマンションや駐車場やスーパーができて</p><p>私が１０歳くらいまでの間に</p><p>周りの景色はずいぶんと変わっていきました</p><p>その変化が</p><p>子ども心ながらにとても悲しくて</p><p>土はどうやって息をするんだろうって</p><p>変わりゆく通学路の景色をみながら</p><p>いつもそんなことばかり考えていました</p><p>&nbsp;</p><p>一つ幸運だったことは</p><p>私の家は</p><p>そういった開発の中でも</p><p>時間が止まったように</p><p>緑と花と木々と動物たちがいっぱいで</p><p>時間の変化に左右されない</p><p>楽園のような場所だったということ</p><p>&nbsp;</p><p>私の祖父母が</p><p>一生懸命働いて建てたマイホーム</p><p>現在９６歳の祖母の時代に</p><p>夫婦共働きで住宅ローンを組んで</p><p>ささやかな家と２４０坪の土地を手にして</p><p>ローンの返済後は</p><p>祖母は大好きな園芸にいそしんでいました</p><p>私の家には</p><p>大きなソメイヨシノや山桜や金木犀、梅、花桃、椿、夾竹桃などたくさんの木々</p><p>柿、栗、桃、枇杷、無花果、キウイなどの果樹</p><p>庭には季節折々色んな花が絶えることなく咲いていて</p><p>ささやかな家庭菜園があって</p><p>鶏小屋があって</p><p>２０羽くらいの鶏がいて</p><p>うさぎや犬がいて</p><p>近所の子供たちが毎日たくさん集まってきて</p><p>幼稚園の先生をしていた母は</p><p>そんな子供たちを集めて</p><p>その季節季節にいろんなことを経験させてくれました</p><p>&nbsp;</p><p>あの場所に私の体験のすべてがあったんだって</p><p>大人になって思うんです</p><p>今の私を作ってくれているものすべてがあったんだって</p><p>&nbsp;</p><p>私たちの内面を作っているものって</p><p>そういうものなのだって思うんです</p><p>今の自分につながるもの</p><p>それは誰かに何かを買ってもらったり</p><p>何かに従ったり</p><p>褒められるからやっていたり</p><p>そいうことは</p><p>ちっとも私たちを支える力にはなってくれなくて</p><p>私たちが大人になって思い出すものって</p><p>もっと本質的な何かだと思うんです</p><p>おじいちゃんにおんぶしてもらった</p><p>おっきくてあったかい背中とか</p><p>もっと五感全部で感じていた何か</p><p>&nbsp;</p><p>自分が体験したことが</p><p>どれだけあるか</p><p>自分が感じたものが</p><p>どれだけあるか</p><p>それが</p><p>子供時代にはたくさんあってほしい</p><p>&nbsp;</p><p>それが</p><p>内面の豊かさにつながっていく</p><p>そして</p><p>それが</p><p>大人になった時に</p><p>私たちが世界に向けて何かをするときの</p><p>信頼につながっていくと思うから</p><p>&nbsp;</p><p>子供時代の</p><p>そういった経験が</p><p>私たちの人生を</p><p>豊かにしていく礎となっていく</p><p>そんな風に思うんです</p><p>&nbsp;</p><p>今の時代の子供たちにこそ</p><p>そういった</p><p>本当に豊かな経験をしてほしいなって思います</p><p>&nbsp;</p><p>木を伐ったり</p><p>木に登ったり</p><p>魚を釣ったり</p><p>蛙を捕まえたり</p><p>虫かごの中の虫を何度も覗いたり</p><p>鶏の好きな草を知っていたり</p><p>夜に出てくるイタチが鶏を狙っていたり</p><p>秋になると金木犀の花が甘く香ったり</p><p>冬になって花が全部枯れても椿が寒空の中で鮮やかに咲いていたり</p><p>春になって華やかに咲き誇る桜があっという間に散ってゆく寂しさを思ったり</p><p>夏の暑い日差しから守ってくれる大きな木の木陰があったり</p><p>友達とけんかをしたり</p><p>仲直りをしたり</p><p>憧れているおねえちゃんと手を繋ぎたかったり</p><p>&nbsp;</p><p>子供時代の経験の中で</p><p>子どもはどんなものにでもなれたはず</p><p>誰よりも高く木に登れたし</p><p>誰よりも早く走れたし</p><p>風になれたし</p><p>雲にもなれた</p><p>お日様にだってなれたはず</p><p>時にはお母さんに</p><p>時には大工さんに</p><p>時にはお花屋さんに</p><p>時にはお菓子屋さんに</p><p>なれないものなんかなかったから</p><p>&nbsp;</p><p>大人になっても</p><p>それはきっと変わらないんだ</p><p>&nbsp;</p><p>子供時代に</p><p>どんなものにでもなれた子は</p><p>大人になっても</p><p>どんなものにでもなれるはず</p><p>&nbsp;</p><p>いろんなものの中から</p><p>自分の中の一番大事なものに出会えたら</p><p>それが私たちの命の源になってくれる</p><p>そこから</p><p>私たちは何度でも力を汲み取って来れる</p><p>何があっても枯れない源泉みたいなもの</p><p>それが豊かさなんだって</p><p>そんな風に思います</p><p>&nbsp;</p><p>私にとっては</p><p>豊かな自然があること</p><p>土があること</p><p>動物がいること</p><p>そして友達がいること</p><p>そしてその友の中に障害をもつ子供もいて</p><p>あたたかな雰囲気があって</p><p>みんな一緒に暮らしてた</p><p>それが今の自分の一番大事な原点の原風景だったなぁって</p><p>そこに何度も立ち返るんだなぁって</p><p>&nbsp;</p><p>どんな人にでも</p><p>一番大事な原風景があるはず</p><p>それを</p><p>今度は私も聞いてみたいです</p><p>&nbsp;</p><p>もっともっと書きたいことがありますが</p><p>今日はこの辺で</p><p>&nbsp;</p><p>お読みいただき</p><p>ありがとうございます</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12429065281.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Dec 2018 22:19:04 +0900</pubDate>
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<title>職人気質の友達</title>
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<![CDATA[ <p>２０代、仕事が終わったあと</p><p>リフレクソロジーの学校に通ったことがあった</p><p>その時に知り合った友達がいて</p><p>今でもずっと繋がっている</p><p>&nbsp;</p><p>お互いに結婚して</p><p>子どもができて</p><p>友達は横浜で暮らしていて</p><p>私は長野で生活をしていて</p><p>でもずーっとつながっている友達</p><p>&nbsp;</p><p>つい先日</p><p>近くまで来ているので会おうということになって</p><p>家族との時間の合間に少しだけ会いに来てくれた</p><p>&nbsp;</p><p>当時は二人とも独身で</p><p>子どももいなくて</p><p>奥さんとか</p><p>お母さんとか</p><p>何にもないところで仲良くなって</p><p>利害がないってそういうことかなって思うくらい</p><p>久しぶりに会ったら</p><p>そうだ、自分って本当はこんなだったんだって</p><p>久しぶりに思い出したような気分だった</p><p>&nbsp;</p><p>彼女はもともとIT関係の仕事をしていた</p><p>生粋の職人気質のタイプで</p><p>緻密な理系の感性が</p><p>おおざっぱで夢ばかり描こうとする私のピースを埋めてくれる様な存在だった</p><p>私にはどうやら緻密な職人気質の人が</p><p>必要みたい</p><p>足元を固めてくれるようなそんな安心感がある</p><p>そういわれてみれば</p><p>自分にとって心地いい人は皆</p><p>なにがしらかの職人タイプの人かもしれない</p><p>私は変わらないもの</p><p>普遍的なものに憧れる</p><p>そこに最終的に最短で到着するのは</p><p>この職人気質の人のような気がする</p><p>私みたいに回り道せずに</p><p>地道に進んでいく力を持っているから</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12422228136.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Nov 2018 21:30:20 +0900</pubDate>
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<title>SLEEPER　～両親の店～</title>
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<![CDATA[ <p>私の両親は、私が５歳～１２歳まで</p><p>飲食店の自営業を営んでいました</p><p>&nbsp;</p><p>SLEEPER（英語で枕木）という名前のお店は</p><p>私が人生で一度も見たことがないような</p><p>面白いお店でした</p><p>&nbsp;</p><p>朝はモーニングメニュー</p><p>昼はランチメニュー</p><p>夜はバーメニュー</p><p>夜はチャージ料金もなく</p><p>乾きもののおつまみも食べ放題</p><p>ボトル持ち込みOKという</p><p>お客様にやさしすぎるお店でした(笑)</p><p>そんなお店があるのなら</p><p>私も通いたかった。。。。。と２０代はよく思いました</p><p>&nbsp;</p><p>私が５歳～１２歳というと</p><p>世の中はバブル全盛期</p><p>&nbsp;</p><p>両親が営むお店も毎日フル回転で</p><p>お客様にやさしすぎるコンセプトと</p><p>両親の不思議なキャラクターを愛する常連のお客さんたちが</p><p>足しげく通ってきていたのを覚えています</p><p>あれだけ満員で</p><p>何回転もして</p><p>ずいぶんと利益もあったのではないかと推測します</p><p>&nbsp;</p><p>母は独身時代、幼稚園の先生をしていて</p><p>箱入り娘で</p><p>父と大恋愛をして結婚しました</p><p>父は飲食業が大好きで</p><p>人との出会いを楽しむ人で</p><p>学生運動をしている団塊の世代が醸し出す</p><p>少し煙草くさい、ヒッピー感のある</p><p>俗っぽく言えば「不良」っぽい人で</p><p>母は、そんな風変わりな父を好きになったとよく話してくれていました</p><p>&nbsp;</p><p>堅苦しい独身時代を過ごしていた母にとって</p><p>父との出会いは衝撃的で</p><p>飲食業を始めた父を支えるため手伝ったお店が</p><p>いつしか自分の居場所や生きがいになっていたようで</p><p>とてもいきいきと楽しそうに働いている（というより、生きている）母の姿を</p><p>今でも覚えています</p><p>&nbsp;</p><p>母はいつも色んな人の話を聞いていました</p><p>色んな人の相談に乗っていました</p><p>お店に来ているほんの少しの時間によりそって</p><p>こんな風に人を助ける仕事もあるんだなぁって</p><p>小さい私はよく思ったものでした</p><p>&nbsp;</p><p>水商売は</p><p>カウンセラーみたいなもんや</p><p>そうよく言っていました</p><p>&nbsp;</p><p>父と母のお店は</p><p>いつしか常連のお客さんの層が厚くなり</p><p>お店で開催されるイベントは</p><p>野球チーム、ログハウス作り、スキー旅行、運動会、キャンプ</p><p>クリスマス会、SLEEPERオープン記念パーティー(毎年)、両親の結婚記念日などなどなどなど</p><p>お客さん主導でたくさん企画され</p><p>お客さん同士で結婚する人たちもどんどん出てきて</p><p>年に１回は結婚式は当たり前でした</p><p>それ以外でも</p><p>頻繁にBBQなんかを実家でやっていて</p><p>近所の人たちは</p><p>すごいたくさんの人が毎週のように集まってくるので</p><p>新興宗教をやっている家と噂されるほどでした(笑)　　やってませんから。。。(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>父と母は３０代で５組の夫婦の仲人を取り持ち</p><p>私の中では神がかった存在です(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>好きなことしかやらない</p><p>好きな人としか繋がらない</p><p>自分が楽しく幸せなら</p><p>周りも幸せになる</p><p>そういうスタイルを地で行くような両親でした</p><p>&nbsp;</p><p>そしてそんな二人に集まってきていた人たちも</p><p>未だにつながっていて</p><p>今でも色んな人たちに</p><p>電話一本掛けると当時の懐かしい話を思い出しながら</p><p>長々と尽きない話をして</p><p>幸せに浸りながら夜な夜な晩酌をしている父の姿があります</p><p>常連のお客さんたちは</p><p>人生で一番幸せだったあの頃を</p><p>みんな幸せそうに語ってくれます</p><p>私と弟もそんなたくさんの大人たちの中で育ち</p><p>全然一般的でない価値観の中で(笑)</p><p>時代や周囲の価値観に左右されない</p><p>強烈な哲学を両親から受け取ったんだと</p><p>この年になってありがたく思っています</p><p>&nbsp;</p><p>きっと両親が天国に旅立つ時には</p><p>当時集っていた人たちがたくさんたくさん駆けつけてくれるでしょう</p><p>そういった人とのつながりを作ってきた両親が</p><p>この年になると本当にすごい人だなって思うようになりました</p><p>&nbsp;</p><p>人を大事にしいやぁ</p><p>友達を大事にしいやぁ</p><p>&nbsp;</p><p>それが小さいころから</p><p>わたしと弟がいつも言って聞かされた</p><p>両親の言葉です</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12421326619.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Nov 2018 21:36:01 +0900</pubDate>
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<title>うお座の時代（意識魂の時代）に生きる私たち</title>
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<![CDATA[ <p>１９１４年からうお座の時代に入った現代</p><p>シュタイナーの用語を用いれば、「意識魂」の時代に今私たちは生きている</p><p>&nbsp;</p><p>「意識魂とは個人の自由な決断を意思する魂である。</p><p>自分がなにごとかをおこなおうとするとき、</p><p>世間的な思惑や外的な決まりを第一に考慮するのではなく、</p><p>自分が正しいと信じることを自分の責任でおこなおうとする態度のことである。</p><p>外から規制されるのではなく、自分個人の自由な判断によって行動し、</p><p>その行為の責任は自分が負うというありかたが、意識魂の時代に生きる人間には</p><p>求められている。」　　シュタイナーの宇宙進化論　西川隆範著</p><p>&nbsp;</p><p>今日は歴史の授業で</p><p>この文章を読みながらかみしめる</p><p>わたしたちは</p><p>自分個人の中で</p><p>何を正しいと判断し</p><p>何を行為しようとしているのか</p><p>いつも試されている</p><p>&nbsp;</p><p>思考における愛</p><p>行動における自由</p><p>それをシュタイナーは常に私たちに呼び掛けている</p><p>&nbsp;</p><p>私たちの考えは愛のあるものでしょうか</p><p>そしてそれに伴って</p><p>私たちは行為するという自由を与えられている</p><p>自由に伴う責任とともに</p>
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<link>https://ameblo.jp/birdsingingworld/entry-12420676703.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Nov 2018 22:41:27 +0900</pubDate>
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