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<title>これも全て同じ一日。</title>
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<description>日々心の底からわき起こる由無し事、ほかっておいたら一瞬で忘れ去ってしまいそうな感興の赴いた事をつらつらと記録。</description>
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<title>子連れの作法。</title>
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<![CDATA[ 小林豊氏のファンを、もう二年以上続けている。<div>誰？ と思われた方は「ボイメン」で検索してください。</div><div><br></div><div>普段通り「ゆーちゃむ」と表記させていただくけれど、ゆーちゃむはアイドルなので直接会いに行けるイベントがちょいちょい実施される。</div><div>年に数回はゆーちゃむに会ってお話ししながら握手ができて、なんなら写真が撮れてしまうという神々しいまでにありがたいイベントに参加する（もちろんその分お金は落とす。私の働いたお金がゆーちゃむの血肉となるなら本望だ）。</div><div><br></div><div>ところで私は一人で参加する。</div><div>ひと昔前の私なら、SNSでお友達を見つけて仲良くなって共に参加したりもしただろうけれど、今はそこまでの時間と体力を割けない。他の人と時間を決めて待ち合わせしたりするのがもうしんどい。かと言ってリアルのお友達にゆーちゃむ好きを広めてお誘いしよう、とも思わない。そりゃあ好きなってくれたら嬉しいけれど、無理強いはしない。そんな気合はない。</div><div>その点一人だと行くか行かないか、何時に行って何時に帰るか、などの決断が自分本位でできるので気遣いがいらない。一言でいうと、楽。</div><div><br></div><div>長い前置きはこの辺りまで。本題はもうすぐ。</div><div>要は、その神イベントに子連れで参加している人をよく見かける、というお話。</div><div><br></div><div>ゆーちゃむに会うために集まったお姉さん（年齢層は様々だけどお姉さんにしておく）達の中に、ちらほらと含まれる子供たちの姿。２歳くらいの本当に幼そうな子から、小学生くらいまで様々。</div><div><br></div><div>申し訳ないけれど私からすると子連れは考えられない。</div><div>イベントには色々あるけれど、大体数時間かかる。長い時は丸一日がかりでゆーちゃむに費やすことになる。並び、物販でお金を払い、また並び直し、ゆーちゃむに会う。これには最低でも３〜４時間はかかる。だが仕方ない、ゆーちゃむには数時間かけてでも会いたいだけの魅力と価値がある（彼の魅力については語ると長くなるので割愛する）。</div><div><br></div><div>それだけ並ぶ間、幼い子供は何をしているんだろう？</div><div>酷い時は立ちっぱなしで待つのだ。暑い夏の屋外や、寒い冬だってある。周りになんにもない、ただただひたすら人が並ぶだけの場所が楽しいとはとても思えない。</div><div><br></div><div>百歩譲って、その子供自身がゆーちゃむのファンなら？ まだ考えられる。愛故に、というのは何歳からでもあり得ることだ。それだけ彼は素晴らしい（魅力を語るのは割愛する）。仮面ライダーもやっていたし。ちなみに私の娘と息子は未だに「ゆーちゃむは仮面ライダーをやる傍でこっそりアイドルをやっている人」だと信じている。いつになったら「俳優」という職業に気づくのだろう。説明が難しい。だから未だにゆーちゃむ、と言っても通じず仮面ライダーの役名（戒斗くん）と言わないとしっくりきてくれない。困る。</div><div><br></div><div>話が逸れた。</div><div><br></div><div>しかし明らかに親に付き合わされている子供だっているはずだ。</div><div>私が子供だとしたら絶対に嫌だ。</div><div>一度だけゆーちゃむと写真を撮る機会に娘を参加させたけれど、その際も私が並んでおいて順番が近づいたら旦那さまに連れて来てもらった。そうでもしないと私の娘と息子は耐えられないだろう。ただただおかーさんと並ぶなんて行為は。遊園地で並ぶのだってグダグダだというのに。</div><div><br></div><div>私が子供の時。</div><div>母の仕事は水商売だった。今はもうしていないが。地元の人なら必ず知っている夜の街で自分の店を持っていた母は、どうしても行動が夜型であった。</div><div>昼間寝て、夕方から起きる。そんな母を、私は祖父母に育てられながら見ていた。</div><div>時々、すごく遅い時間に母と出かけることがあった。母の知人らしき人達と夜しか開いていないお店に行き、オレンジジュースなぞ飲ませてもらった記憶がある。</div><div>大人たちの話は意味が分からず、退屈だった。</div><div>オレンジジュースはすぐになくなる。大事に少しずつ飲んでも、大人たちの話が終わるまではもたない。だけど、待っていないと家に帰れない。</div><div>だから一人で留守番ができるようになったのは嬉しかった。家にいる方がずっと楽しい。大人たちの楽しみは、大人たちにしか分からない。そう感じた。</div><div><br></div><div>そんな経験の影響だろうか。</div><div>私は自分の趣味には子供たちを付き合わせないことに決めている。</div><div>付き合わせるのは、来ても楽しいかな？と思える内容だけにしている。</div><div>ついてきても絶対つまらないだろう内容の時は、家族にお願いして子供たちを見てもらう。見てもらえない時は、行かない。</div><div>１０年前の私なら、もっとたくさんの時間とお金をゆーちゃむに費やすことができただろう。だけど、時々でもイベントに参加できるのは理解ある家族のおかげだ。そんなものに行くな！というお考えの旦那さんも世の中にはいるだろうし、預かってくれる家族のいない人もいるだろう。家族の協力には感謝しかない。</div><div>だから、家族に迷惑をかけてまでは、行かない。</div><div><br></div><div>賛否両論あろうけれど、私なりの子連れの作法である。</div>
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<link>https://ameblo.jp/bitterbitterchocolate/entry-12240519225.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 07:30:22 +0900</pubDate>
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<title>対極のミニマリスト。</title>
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<![CDATA[ ミニマリストが気になる。<div><br></div><div>なりたい、のではない。</div><div>憧れ、くらいはあるかもしれない。</div><div>可能ならば一日くらい試してみたい。</div><div>が、「気になるから早速やってみたい」という気持ちにはならない。決してならない。</div><div><br></div><div>ミニマリストの部屋、という写真がちょくちょく雑誌に載っている。</div><div>大体床はフローリングで、優しい色合いの床が広く目に映る。</div><div>部屋の真ん中に小さなテーブルがあって、その上に対のマグカップなんか置いてある。</div><div>で、それを挟んで和かに向かい合う夫婦。みたいな風景。</div><div>「快適な暮らしをつきつめていったら、こうなりました」的な謳い文句と共に微笑むふたり。</div><div>必要最低限の物だけに囲まれる暮らし。確かに穏やかだ。穏やかさしか感じない。</div><div><br></div><div>じゃあ、やれるか？</div><div><br></div><div>いやあ、無理だな。</div><div>子供がいるから無理なのではない。</div><div>仕事が忙しいからできないのでもない。</div><div>そもそも私は「お買い物」という行為自体が大好きだからだ。</div><div><br></div><div>お買い物。</div><div>高まる。この言葉だけでとんでもなく高まる。</div><div>お買い物、という言葉には日用品や食料品や娘から頼まれたもの（赤鉛筆だの、セロハンテープの中身だの、クレパスの緑だの）は含まれない。これらは買い出しである。</div><div>お買い物は、ただただ自分が高まるものだけを買い求める行為だ。</div><div>そこに目的はあったりなかったりする。どちらでも構わない。</div><div><br></div><div>たとえば化粧品コーナーを隅から隅までじっくり眺める。華やかなアイカラー、口紅、とっても潤いそうなクリームなんかも手に取ってみる。</div><div>香水を片っ端からためす。瓶がとってもかわいい、だけの理由でためす。どうせ家に飾るならかわいい瓶の方がより高まるに決まっている。香りが良いと、さらに高まる。</div><div>服もゆっくりじっくり見る。気になる服はどんどん着てみる。普段着てみないような色も選んでみる。</div><div>既出の通り本屋もたまらなく好きだ。自分の興味のベクトルと反対方向の棚にまで足を向ける。</div><div>文房具を眺めるのも楽しい。ここに何かを記したい、と思えるような素敵な表紙のノートに出会ったりする。時代の進化を感じるような斬新な文房具に出会うこともある。一目見ただけじゃそれとは分からない携帯鋏とか、とてつもなく替芯の種類が多いカラーペンとか。どこに貼ればいいのか分からないけれど何だかかわいいステッカーなんかもいっぱい売っている。</div><div>やたらと便利そうなキッチングッズも目を引く。手先が決して器用ではない私でも簡単にできそうなアイディアグッズがどんどん出てくる。</div><div>そして食べものは外せない。買い出すための食料品ではない。お腹と共に心まで満たすような食べもののことを言う。鮮やかなデコレーションのケーキ、見ただけでなめらかなことが分かるショコラ。卵の新鮮さが伝わるようなプリンに、ザラメの食感がガリガリするドーナツ。</div><div>甘いもののみならず、ワインも一緒に買いたくなるようなチーズに生ハムも見る。素材の味を大切にしてます、なんて触れ込みのポテトチップスも捨てがたい。</div><div><br></div><div>世の中にあふれるものモノを、ただひたすらに見つめて手にとって試して感じて、お金の許すまま時間の許すまま自分の許すままに買い求める行為。</div><div>まさにミニマリストの対極にいる。</div><div>とは言うものの、私も凄まじく裕福な身ではないので、さんざ見るだけ見て何も買わないという日も存在する。</div><div>それでも心は満たされる。いま世の中にはこんなものがあるんだ、ということを知る。</div><div><br></div><div>物が少なければ掃除もしやすいだろう。余分に買いすぎることもなくなるだろう。似たような服を買うことも、調味料に溢れかえることもなくなるだろう。</div><div>それは憧れる暮らしでもあるけれど、少しさみしい気持ちになるのはどうしてだろう。</div><div>お買い物をすることで、世の中の流れに関わりたいからかもしれない。</div><div><br></div><div>ちなみに、最近手に入れた「素敵な表紙のノート」は、しばらく使い道を考えた結果、娘との連絡帳という用途に落ち着いた。</div><div>日々書いたり書かなかったり、それなりに有効に使われている。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 22 Jan 2017 16:29:53 +0900</pubDate>
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<title>カフェのひとり時間。</title>
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<![CDATA[ カフェが好きだ。<div><br></div><div>と書くと「大抵の女性はそうだろう」と思われるだろう。</div><div>もう少し具体的に書く。</div><div>「カウンター席のある長居できるカフェが好きだ。コンセントがついていれば最高」だ。</div><div><br></div><div>子供が二人いて仕事もしていて、カフェで長居する暇があるのか？とよく聞かれるけど、それがある。と言うよりも作る。それくらい好きなのだ。</div><div><br></div><div>できればお客さんはすこし少なめがいい。</div><div>女子高生からおばあさままで、あらゆる年代の女子会的トークが行われていると必然的に騒がしさが増加する。これは平日午後や週末になるとよく見られる状況。</div><div>だから、行くのは平日の午前中が好ましい。この</div><div>時間帯なら物静かにパソコンや新聞と向き合うビジネスマンが多いので、静けさが保たれている場合が多い（もちろん例外日だってあるけど文句は言えない）。</div><div><br></div><div>カウンター席が好きな理由は、書き物がしやすいから。手帳をつけたり、勉強したりするのに普通の二人がけ席だとスペースが心許ない。かと言って四人がけを占拠するのは心苦しい。なので、カウンター席。幅があるからゆったり書けて腕が疲れにくい。</div><div><br></div><div>スマホもよくいじるのでコンセントがあれば本当にありがたい。なければ自分の持っているバッテリーを使うのだけど、その場で充電できると「安心」する。ここら辺が現代人だなぁと我ながら思う。</div><div><br></div><div>この条件に完璧に当てはまるカフェは私の中で二つあるのだけど、圧倒的にスタバにいる率が高い（もう一つはPARCOにあるカフェ。ここも好きだけれど家から離れているという点においてスタバより負ける）。</div><div>コンセントという条件を外せば、他にも幾つか候補はある。スタバの気分ではない時、出向く。だけど店内の空気やら居心地の良さやら、近所のスタバは本当にしっくりとくる。毎日通えるならそうしたい（さすがにそんなに時間はない）。</div><div><br></div><div>スタバに着いたら、まずカウンター席が空いているか確認する。大抵どこかの席は空いているけれど、私が好きなのはローテーブルの一番奥。ここが空いていると心底嬉しくなる。</div><div><br></div><div>スタバに通う割に、完全なる紅茶派の私はコーヒーは頼まない。時々試飲させてもらえるけれど、実は頑張って飲んでいる。</div><div>そういえば過去に営業職だった時が困った。取引先に行くと大抵がコーヒーを飲まされる。出してもらって拒否もできないので、取引先の人が席を外した隙などに一気飲みして誤魔化していた（残す勇気はない）。ただ、そうすると「おっ、コーヒーもうないね！お代わりすぐ入れるからね〜」などとまさかの二杯目が出てきてしまうこともあった。これは途方に暮れる。世の中にはコーヒー嫌いもいるのだよ。普通のお茶でいいのに。なんなら水道水でもよかった。「お気遣いなく」という言葉を本心で使う人もいるのだ。それを知ってほしい。</div><div><br></div><div>話が逸れた。</div><div><br></div><div>そんな私なので紅茶を頼む。</div><div>アイスティーか、ティーラテが好きだ。</div><div>稀にフラペチーノを飲む。新作や期間限定のものがあれば頼む。</div><div>時々、贅沢してケーキなぞも頼む。空腹の時やイライラしている時に、それを鎮めるために食べる。</div><div><br></div><div>そしてカウンターに着席した後は、時間の許す限り満喫する。</div><div>読書、手帳書き、新聞チェック、スマホいじり、勉強、などを繰り返す。ひとつのことに集中するのが苦手なので、これらの所作を15分毎くらいに行ったり来たりする。ちょっと本読んだら手帳を書く、手が疲れたら新聞読む、飽きたらスマホでポケモンを探す。読み物が終わったら勉強する。</div><div>延々とその繰り返し。これが、ものすごく好きな時間。</div><div><br></div><div>そんなことなら家でもやれるのでは？ と思われる方もいるだろう。だけど、家でこれはできない。</div><div>家にいると寝てしまう。隙があればすぐに横になってしまう。ソファと一体化したらもうおしまい。数時間はそこから離れられず、あっという間に一日終わる。基本的にだらしないのだ。自分をすぐに甘やかしてしまう。</div><div>それが分かっているから、空いている時間はなるべく外で過ごすようにしている。</div><div><br></div><div>赤の他人の目がある、そこそこ静かな場所。私にはそれが必要らしい。</div><div><br></div><div>ちなみに、ここ数年で様々な試験を受けてきた。それらに受かったのは、近所のスタバのお陰と言っても過言ではない。いつもありがとうございます。これからも長居しますが許してください。お金と胃袋にゆとりがある時は、ベーグルなんかも頼ませていただきます。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 21 Jan 2017 08:00:06 +0900</pubDate>
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<title>不在票はつづく。</title>
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<![CDATA[ 先日の新聞に、大きくこんな見出しがあった。<div><br></div><div>「物流の人手不足深刻」</div><div><br></div><div>ネット通販が普及して、宅配屋さんの負担がどんどん増えているという記事。その負担のうち１割強が、再配達にかかる手間だとか。</div><div>これは私も耳が痛い。その記事に書かれている「指定時刻に受け取れない」「共働きで家が不在がち」な家庭がまさに我が家だから。</div><div><br></div><div>旦那さまは通販などは使わない。</div><div>なので我が家への届け物は95%私宛て。</div><div>昼間は大抵誰もいない。なので一発で受け取れることは滅多にない。</div><div>そのため、仕事から帰ると不在票が入っている。</div><div><br></div><div>問題はここからなのだ。</div><div>確実にいる日にち、いる時間というのは本当に限られている。</div><div>よしここだ！と思って再配達を頼んだものの、急な用事ができて出かけてしまったりする。そんな時、脳から「再配達」という文字はさっぱり消失してしまって跡形もない。</div><div>帰宅してまたもやポストには不在票。それを見て愕然とすることも少なくないのだ。軽く死にたくなる、恥ずかしさと申し訳なさで。</div><div><br></div><div>宅配業者さんにはすまない気持ちでいっぱいなのだけど、また再配達の指定の時間が困難極まりないことが多々ある。</div><div>「午前中」の指定にして、11:58に届いたことだって過去にはある。一応午前中でしょ？ 2分前だったっしょ？ 文句ないっすよね？？ みたいに（もちろんそんなことは一言も言われていないけれど）。そうなると、今日は11時までならいるんだけど…という日に午前中指定は厳しい。リスクが高い。何時に来るのか、届くまでドキドキハラハラするのは心臓に悪い。</div><div>かと言って夜なら確実とも限らない。なぜなら「17:00〜19:00」の指定では、夕飯の買い物とかぶる。「19:00〜21:00」だと入浴と重なる。ほんの少しインターホンから離れたばっかりに受け取れないなんてことも、ありえなくはないじゃないか。そう思うとおちおち子供たちとお風呂にもゆっくりつかれない。裸のまま出て行くわけにもいかないし。</div><div><br></div><div>こんな私みたいな人間が、この国にはごまんといるんだろうなきっと。そりゃあ物流業界は危機的に忙しいに違いない。</div><div><br></div><div>ところで、いったい何をそんなに運んでもらっているのか。</div><div>一番多いのはお水。それも外国製の硬水。1500ml×12本入り。これはお店で買うと重たいのと、通販の方が格段に安いのでここ何年か買い続けている。</div><div>しかし難点がある。外国製のダンボールは梱包が雑で耐久性が低い。重たい水を支えきれずに、届く頃には底が破れて中身が転がり落ちそうになっている。</div><div>最初のうちは不慣れで苦労したけれど、宅配屋さんも学習してくださった。最初からガムテープで補強した上に、お水に関しては不在票を入れる前に「今日はいますか？」と在宅確認の電話を携帯にくれることも増えてきた。やわなダンボールを何回も再配達するのは本当に嫌だったんだろうな。毎回ごめんなさい、でも助かっております。</div><div><br></div><div>そういえば郵便もよく受け取り損ねる。</div><div>コンサートのチケットだの、銀行などから来る大事な書類なんかは書留郵便だからポストに入れてくれない。</div><div>しかも郵便だと再配達してくれる期間がきっちり決まっていて、その期限が過ぎると郵便物が差出人に返されてしまう。</div><div>これは本当に困る。再配達をいつにすればいいか迷い、悩み、ずるずるしている間に期間が過ぎて郵便物が受け取れなかったことも多々ある。</div><div>不在票が入れられてすぐに再配達を決めて頼めばいいのに、なんでかずるずるしてしまう。</div><div><br></div><div>宅配ボックスを増やしたり、政府が色々と援助するみたいだけど。そんなことよりも前に、私みたいな人間がいなくなるように努力したほうが早いと思う。</div><div><br></div><div>ああ、そういえばもうすぐお水がなくなる。また頼まないと。</div><div>買うのは指先ひとつで簡単だけど、ここまで運んできてくれる色んな人の力を忘れたらいけないな。でもまたきっと、我が家のポストには不在票が入るはず。うーん、自動宅配物受け取りロボとかできないかな…。</div>
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<pubDate>Fri, 20 Jan 2017 07:00:53 +0900</pubDate>
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<title>つまずきをなくすドリル。</title>
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<![CDATA[ <div>私には子供が二人いる。</div><div>上の娘は現在小学校二年生。</div><div>ものすごーく勉強ができるわけではないけれど、毎日楽しそうに学校へ通っている。</div><div><br></div><div>娘が産まれた時は「ああもうほんとうに産まれてきてくれてありがとう、ただただ健康に元気に育ってくれたらそれだけで他には何もいらないわ！！」みたいな尊く清いマリア的な気持ちで満たされていた。心なしか輝いてた気がする。</div><div>はずなのに、成長してくるとやっぱり親の欲目なのかなんなのか、色んな悩みが沸いて出てくる。</div><div><br></div><div>まあつまり勉強のことです。</div><div>一年生の時は特に問題らしき問題はなかったのだが、二年生になった途端に担任から色々言われるようになった。</div><div>そのうちの一つが、夏休み明けの漢字テスト。</div><div>一言でいうと、散々な結果だったらしい。</div><div>夏休み中はちゃんと自宅で勉強されてましたか？などと聞かれてしまった。</div><div>が、これは私も反省しないといけない。なにせ子供が夏休みだろうが親は仕事なので、ほとんどトワイライトスクールか実家に預ける毎日。宿題以外はノータッチ。一学期の復習も本人任せだった。そりゃあやらないよね、復習なんか。</div><div>でも工作の宿題で彼女がつくった動物はなかなかすごかったよ？ その名もアリ。クラスの女子が皆うさぎとか猫とか可愛げな生き物を作ってきた中、彼女作のアリはとってもリアルで一際黒々と目立っていた。</div><div><br></div><div>話が逸れた。</div><div><br></div><div>で、リベンジで冬休みはきちんと復習につきあった。その結果、冬休み明けの漢字テストは親の目から見ても素晴らしい出来で本人も嬉しそう。担任も嬉しそうであった。</div><div><br></div><div>やれやれ一件落着、などと思っていたら娘が近寄ってきた。</div><div>「図形がわからないからおしえてほしい」</div><div>彼女は計算はめっぽう得意だが、三角とか四角とかが出てきて近頃の算数に戸惑っているらしい。</div><div>おお、自分からやりたい勉強を言ってくるとはなんたる成長なの！と単純に喜んだ私は教えることを固く約束。</div><div><br></div><div>それにしても、どうやって教えよう。</div><div>教科書見ながら教えたらいいのかしら。</div><div>それともドリル的なものがいいのかしら。</div><div>悩みながらまたもや本屋に出向いた私の目にこんな本が飛び込んできた。</div><div><br></div><div>『平面図形のつまずきをなくす』</div><div><br></div><div>おお、おお、まさにこれがいいんじゃないの！？</div><div>的確すぎるタイトルに出会って小躍りしたい気分。一年生から三年生までで習う、図形の基礎をしっかり着実に学ぶ本らしい。完璧すぎる。運命かもしれない。これできっと娘も図形大好きになるだろう！と勇んでレジに持って行った。</div><div><br></div><div>出だしのページは親向けのアドバイスがあって、「お子様の勉強に笑顔で付き添ってあげてください」と太文字で書かれていた。</div><div>で、一年生に習う項目から順番に並ぶ。</div><div>どうせやるなら最初のページからやらせて、達成感を味わいながらやった方が身につくだろうと考えた私は早速娘とリビングで向き合った。</div><div><br></div><div>彼女も最初のページから取り組むことを笑顔で快諾。</div><div>１問目は、左側に書かれている図形と同じ形を隣に書いてみましょう、というもの。</div><div>目もりの点が均等に並ぶ中に、大きな四角や小さな四角が並ぶ。で、左側には目もりだけ並ぶスペースがある。</div><div>つまりは目もりの数をかぞえて同じ大きさの四角を書くだけ。スタートにはちょうどいい。</div><div>早速やらせてみた。</div><div>まあすぐに書けるだろうと思い、娘が書いている間、ちょっと目を離して自分の勉強をしていた。</div><div><br></div><div>すると。</div><div><br></div><div>「………あれ………？」</div><div><br></div><div>微かに声がした。</div><div>ん？と思って娘を見てみる。</div><div><br></div><div>固まっている。</div><div>鉛筆を握りしめたままで固まっている。</div><div>おいおいどうした、と思って手元の図形を見てみると。</div><div>左側の例とは全然違う大きさの四角がそこに。</div><div><br></div><div>……………何故に？</div><div><br></div><div>「目もり、かぞえて書いた？」</div><div>「かぞえた…つもり…」</div><div>「いやいや、でも大きさどう？ 合ってる？」</div><div>「……あってない」</div><div>「だよねー、もう一回消して書いてみようよ。ゆっくりでいいから」</div><div><br></div><div>まあまあ、ちょっと間違えたんだろうと思ってもう一度やらせてみた。</div><div><br></div><div>が。</div><div><br></div><div>二回目も彼女は線の長さを間違えた。</div><div>途中で気づいて、また固まる。</div><div>もはやどうしていいのか分からずに呆然とすらしている娘。</div><div><br></div><div>なんてことだ。つまずきをなくす本なのに、１問目で既につまずかされている。</div><div><br></div><div>正直私は思った。</div><div>どうやって教えればいいのかわからない。</div><div>どうする？ もうやめとく？って聞いてみる？？ 現に娘はもう泣きそうな目でこちらを見ている。ほんとは言いたい、なんでこんなこともわからんのって言いたい。こんなにわからんなら何で一年生の時に聞かなかったんや！！ って言いたいけど言ったらもうおしまいだし、彼女は二度とママに勉強のこと聞こうなんて思ってくれないだろう。どうしようどうしよう、そうだ、本の前書きにも笑顔で寄り添えって書いてあったじゃないの。そうよ笑顔よスマイルスマイル。褒めて伸ばせって仕事の本にもよく書いてあるじゃないの。がんばれ自分！！！</div><div><br></div><div>………一瞬でどうにか感情を立て直して、その後数十分かけて笑顔で指導して一ページ目を終わらせることに成功した頃には疲労困憊だった。</div><div><br></div><div>どうにも娘は図形を把握するセンスに欠けているらしい。</div><div>でもこれは責められない。何故なら私も苦手極まりないから。小学生の時に工作で作った蓋つきの箱は、きっちり大きさを測ったはずなのに蓋がいびつで閉まらなかった苦々しい記憶がある。</div><div><br></div><div>なんてことだろう。１日目にして既に親もつまずきまくっている。</div><div><br></div><div>けど、ここで終わってしまったらつまずきをなくす本でつまずいた親子のまま終わってしまう。どうにか心を奮い立たせて、少しずつつまずきをなくしていこう。</div><div>娘の書いたいびつな四角形を見ながら、固く誓った夜だった。</div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 19 Jan 2017 07:00:48 +0900</pubDate>
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<title>照明と図書館の話。</title>
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<![CDATA[ お店を間違えたかと思った。<div><br></div><div>私の記憶では、その書店はほんのり薄暗くてやたらと広い、という場所だった。</div><div>どうやらしばらく行かない内にフロア改装したらしい。本だけが並んでいたそのフロアの中央には文房具売り場が増やされ、その分本が減っていた。</div><div><br></div><div>それだけでも残念だったのに、一番気になったのはそこではなく。</div><div>明るさ。</div><div>照明がやたらと明るい。真っ白くて、いっそ眩しいと言えるほどに目に刺さる。</div><div><br></div><div>前のほんのり薄暗いあかるさが好きだった。</div><div>もちろん眩しいくらいに明るい照明の方が人様の目には優しいだろうし、目当ての本もさぞかし見つけやすいと思う。</div><div>だけど、あまりにどの本も煌々と照らされすぎていて、なんというか。</div><div>そう、わくわく感に欠ける。</div><div><br></div><div>どこにどんな本があるのか、広い売り場を隅から隅まで探検するような気持ちが好きだ。</div><div>思わぬところで自分のアンテナに反応する本と出会う。それは表紙のデザインだったり、タイトルだったり、帯の文句だったり、見た目の色だったり、様々な要素が混ざって飛び込んでくる。</div><div><br></div><div>時には子供たちに本を買う。それはもう、いきなり買う。一緒に行ってせがまれて買うのとは違う感覚で選ぶ。選ぶというよりは、アンテナに引っかかったらもう買わずにいられない。これを娘（または息子）に渡したい！と思ったら、だいたい次の瞬間にはレジにいる。</div><div>ただし必ず喜ばれるとは限らない。そりゃあね、せがんでくる本は大抵マンガとか迷路絵本とかだもんね。</div><div><br></div><div>思い返せば私はやたらと本が好きな子供だった。</div><div>小学生の頃、友達と遊ぶより図書館にこもることを選んだ。母親におにぎりを持たせてもらって、開館から閉館までずっといることもざらだった。</div><div>お気に入りの本は何回でも読んだし、自分だけがいつも読みたくて本棚の後ろにこっそり隠していた本もあった（司書さんごめんなさい）。</div><div><br></div><div>そういえばその頃、大人が読む難しそうな本は児童図書よりも奥のコーナーに佇んでいた。</div><div>そこは子供たちがいる場所よりも静かで、ひっそりとしている。誰も騒いだりしないで黙々と本を選んでいる。</div><div>うっすらと灯る照明の下で、文字だらけの本をこそっと開いてみた幼い記憶が蘇ってくる。</div><div><br></div><div>薄暗い書店の方が好きな気持ちは、あの頃の図書館の記憶からかも知れない。</div><div><br></div><div>今は図書館に行く回数はぐんと減った。</div><div>それでも、時々足を運ぶ。</div><div>ひとりでも行くし、子供たちとも行く。</div><div>旦那さまは行かない。見知らぬ人様が触れた本はあまり好きではないそうだ。勿体無いなぁ、あんな本もこんな本も無料で読ませてくれるのに。</div><div><br></div><div>ところでその日、私はやたらと明るくなった本屋で子供たちに絵本を２冊とドリルを買って帰宅した。</div><div>ほんとうは自分の読む本を買いに行ったのだけど。あまりに明るかったせいか、やたらと平積みされていた絵本が目立って気になって気になってしまった。これが改装の効果？ 明るい照明の方が、売上も良いのかしら。</div>
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<pubDate>Wed, 18 Jan 2017 07:00:58 +0900</pubDate>
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<title>これも全て同じ一日。の、始まり。</title>
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<![CDATA[ <div>とにかく書かないといけない、と思った。</div><div>書こうかなあ、とか、書きたいなあ、ではなく。書かねばならぬ、という気持ち。</div><div><br></div><div>だいたい振り返ってみれば私は小学生の頃から既に何かを書いていた。</div><div>絵の才能が皆無な私にとって、赦された表現方法はとにかく文章しかなかった。今でも子供から「ママーなんか絵描いてー」とねだられると体が震える。それくらい絵は嫌だ。その点、文章はいい。少しくらい字が汚くったってなんとか解読はしてもらえる。</div><div><br></div><div>過去には日記も何冊も書いたし、妄想から繰り広げられる小説も山のように書いた（途中から展開がおかしくなって着地できない結末になるものが殆どだった）。</div><div>最初はノートと鉛筆だったけれど、中学生になってワープロを手に入れてからは（他界した祖父が与えてくれた）、とにかく文字を打ち込みまくって印刷しまくっていた。</div><div><br></div><div>いつしかパソコンが普及してからはめっきりパソコンで文章を書いていた。</div><div>しかし。ここ最近、それが途絶えていた。</div><div><br></div><div>理由の一つは、我が家のパソコンが最早米寿を迎えたご老人の如く起動が遅いことにある。</div><div>遅い。とにかく遅い。</div><div>立ち上がるのが遅いのはまだわかるけれど、「あ」と文字を打ち込んで画面に出てくるまでに数秒、下手をすると数十秒かかる。これで日記なぞつけてみても埒があかない。</div><div><br></div><div>以前はパソコンからmixiに入って日々の記録をつけるのが楽しみだった。</div><div>パソコンがいまいちな速度になってからはスマホを活用してみたりもしたけれど、お気に入りだったmixi用のアプリが削除されてしまったことをきっかけに足が遠のいた。</div><div><br></div><div>だいたい、パソコンがいまいちになった時に思い切ってiPadを手に入れたというのに、いつの間にかすっかり旦那さまにとられてしまった。</div><div>そのiPadは今や公然と彼の日常に組み込まれている。</div><div>そんなにゲームやらYouTubeやら2ちゃんまとめなんかやりたいなら、スマホにしたらいいのに。そこは頑なにガラケーを使っている。どんなにスマホをお勧めしてiPadから離れさせようとしてみても、手放さない。話せりゃええやん、電話なんやし。昔のCMめいたことすら言ってくる。</div><div>こうも拒絶されると、彼がスマホにすると決意した時は、どこかの女に言い寄られた時なんじゃないかとすら思えてくる。ねぇまだガラケーなの、一緒にLINEやりましょうよ。たくさん送ってよ、ねぇねぇ。うーん、しょうがないなぁ。ならスマホにするかぁ。みたいな。</div><div><br></div><div>話が逸れた。</div><div><br></div><div>それから数年。</div><div>今の私はfacebookとTwitter、最近Instagramも初めてみた。</div><div>友達との交流もできるし、日々の記録もなんとなくつけられる。</div><div>それで満足していた。つもりだったのだけど。</div><div><br></div><div>本当に唐突に、猛然と意志がわいた。</div><div>書かねば、という最初の文章に戻る。</div><div>facebookでこんなに長い文章をあげるとお友達の皆様に迷惑だし、Instagramも同様。Twitterでは字数が足りない。</div><div><br></div><div>どこかに、日々心の中にわき起こる由無し事を、書き留めなければ一瞬で忘れ去ってしまう感興を書き出す（吐き出す、にもとれる）必要があるという強い強い願望が溢れてきた。やはり子供の頃から続いていた文章への欲望は強い。</div><div><br></div><div>最初はブログにしようと思ったけれど、もう何年も触れていなかったからなんとなく気恥ずかしい。</div><div>かといってmixiには戻りにくい。</div><div>そしてtumblerというSNSにも行ってみた。けれど、やっぱりなんだかしっくりこなかった。</div><div>結局、アメブロに来た。ここもしっくりこなかったら何処かへ行くかもしれないけれど。</div><div><br></div><div>ところで、なんでそんなに文章が書きたいんだと問われると、よく分からない。</div><div>誰の目にもつかないところでひっそり書いてもいいのだろうけど（実際手帳に書き留めている日記は私以外見ない）、私はブログを選んだ。</div><div>これが自己顕示欲なんですかね。</div><div>だけど、たとえ誰一人読まないものになったとしても、未来の私はいつかこれを見返す。</div><div>そして「ああ、この頃はこんなこと考えていたのね」って思う。必ず。</div><div>多分その瞬間のために、私はこれをつらつらと書いていくんだと思う。</div><div><br></div><div>テーマのない日記のようなもの。ものすごく暇で何もすることがない時にでも、覗いてやってください。</div>
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<link>https://ameblo.jp/bitterbitterchocolate/entry-12239085873.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jan 2017 22:20:17 +0900</pubDate>
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