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<title>浅野芳廣のブログ</title>
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<title>時間が欲しい</title>
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<![CDATA[ 相変わらず、１４時間拘束の仕事だ。<div>生活の為の時間、ストレス解消の為のことで一杯だ。</div><div>ジリジリすれば、ストレスは溜まる。</div><div>毎日を何でも無い顔してやり過ごす。</div><div>次は、ちゃんと書きます。</div><div>今回は、グチでした。</div>
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<pubDate>Sat, 07 Oct 2017 19:04:25 +0900</pubDate>
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<title>続聖書</title>
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<![CDATA[ 今回も、聖書から。<div>ジェリコの戦いで、ワッと叫べば城壁が落ちる、という描写があります。この辺りの科学的な説明が、「砂の惑星」に出て来る、口に超音波発生器を付けた、姿だと思います。</div><div>それにしても、聖書に親しまない我々にしてみると、欧米では随分聖書に縛られている部分があると感じられます。</div><div>曰く、聖杯、聖杯を守る円卓の騎士など。映画などではよく実在するものとして描かれている。</div><div>聖書は、この伝説的な事と、科学で解明できる不思議な事とで、出来ている。</div><div>この 実在性の部分は、訳はわからないけど、見たままを書いたのではないかと思います。</div><div>ずっと昔、地球を訪れた、先端科学を持った人々。</div><div>この辺りになると、デニケンの宇宙人来訪説が浮かび上がってきますね。</div>
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<pubDate>Tue, 03 Oct 2017 06:45:06 +0900</pubDate>
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<title>聖書</title>
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<![CDATA[ 今回は、聖書からのアプローチ。<div>キリスト教の方から見ると、今回の記事は、けしからんのかも知れません。一つの見方だと思って下さい。</div><div>聖書には、様々な不思議が書かれています。しかし、それらは、大半、科学が普及した現代では、科学的に説明出来るのです。</div><div>例えば、木が根元から燃えている、という記述。要するに細長くて下から火を吐くもの。今日では、ロケットに他なりません。或いは、姿が見えないのに、大音声で告げる。拡声装置であれば簡単なことです。或いは、石に十戒を刻む。レーザーなら可能です。</div><div>中でも、エゼキエルに描写される神の姿は、貴重だ。その描写は、どう見ても垂直離着陸機に違いない。</div>
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<pubDate>Mon, 18 Sep 2017 00:24:58 +0900</pubDate>
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<title>なぜ芸術か</title>
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<![CDATA[ 科学をもってしても、芸術をもってしても、真理を探究できるなら、なぜ芸術なのか。<div>芸術の方が、なんとなくではあるけど、真理の全貌を感ずることができるからです。</div><div>科学では、今見えていることは、はっきりしていても、ほんの一部でしかありません。</div><div>また、芸術の中でも、音楽は形を持たないが故、なんとなくの形を捉えられるのです。</div><div>音楽の中でも、エンターテイメントと芸術の分かれ目は、まさにその音の彼方にある何かの、見え方であると言えます。</div><div>そして、どうして、その様な何かが、なぜ見えるのか？</div><div>それを、私は、種の記憶と呼んでいるのですが、私たち人類という種が生まれた時の、何か体験が、潜在意識の中に残っているのだと思います。<br><div><br></div></div>
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<pubDate>Wed, 16 Aug 2017 08:41:20 +0900</pubDate>
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<title>人間とは何か</title>
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<![CDATA[ なかなか更新できない。<div>書くことは、山のようにあるのに。</div><div>いずれにしろ、何回も書いているように、何かを論理的に、順序立てて証明しようというのではない。</div><div>思いついたことを書いていかます。</div><div>真理というのは、人が潜在意識、あるいは深層心理を通して、人類の来た道をなんとなく感じることだと思う。</div><div>それを、芸術を通してか、思想を通して哲学的にか、神の言葉として宗教的になのか、と様々な立場で発言して行くのでしょう。</div><div>私は、主として芸術を通して、感じるのですが、それについては、この次書くことにします。</div>
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<pubDate>Wed, 12 Jul 2017 12:02:39 +0900</pubDate>
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<title>進化論に疑い</title>
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<![CDATA[ 私の、人間とは何か？は、進化論への疑いから、始まっています。<div>人間が、進化の系統樹の頂点に、位置するものであるならば、まず何より生物として優れているべきです。</div><div>それが、通常分娩でも、未熟児としか思えない状態です。一人で餌を採って自立し、次の世代を残すまで、十年以上を要する異常さ。</div><div>ただの生き物として見た時、最上とは到底思えません。</div><div>加えて、何を食べていいのかも、サックスから出産に至るプロセスまで、自然に知っているわけではありません。</div><div>さらに言えば、必要なアミノ酸やビタミンを自分で賄える訳ではありません。全く、生物の基本を満たしていません。</div><div><br></div><div>それと、進化論的に考えれば、今も進化は行われているはずです。人間ばかりではなく、他の動物も。犬や猫は何万年も人間と暮らしているのだから、もうちょっとコミュニケーションが取れても良いのではと思ってしまいます。^_^</div><div>そうして日々進化しているのに、相変わらず何億年も前のシーラカンスなどがいるのでしょう。</div><div>不思議だらけです。</div><div>私は、熱心な勉強家ではないので、専門家の方は全部答えを持っているのかもしれないけど、こうしたことは、常識で判断する素人の方が、当たりてあることも多いと思いますし、もっと言って良ければ、素人だからこそ分かることもある、という暴論を書いておきましょう。</div>
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<pubDate>Sun, 18 Jun 2017 09:28:13 +0900</pubDate>
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<title>更新遅くて申し訳ない</title>
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<![CDATA[ 当初から言い訳ばかりですが、今回も少し。^_^<div>当方、夜間の警備をしていまして、それが14時間拘束という長時間ですので、通勤時間の3時間を加えると、17時間潰れてしまい、帰ってから何時間か寝るとなると、残された時間は僅かとなってしまうのです。</div><div>だったら止めろよという話ですが、これは私がどうしても書かなければならないことなのです。</div><div>書きたいではありません、私の生まれて来た意味は、そこにこそあると、頻りに思えるのです。</div><div>なんとか頑張ります。お付き合い下さい。</div>
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<pubDate>Thu, 15 Jun 2017 08:01:49 +0900</pubDate>
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<title>人間とは何か</title>
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<![CDATA[ 人間とは何か？<div>様々なアプローチがあると思います。</div><div>科学的、宗教的、哲学的など。</div><div>古来より偉人が挑んできたジャンルです。</div><div>いまさら、私ごときが解き明かせる筈はありません。</div><div>これから書いていくことも、あゝも考えられるし、こうも考えられる、と行ったり来たり、二転三転することでしょう。</div><div>よろしくお付き合い下さいますよう、お願いします。</div><div><br></div><div>それでも、基本路線がどの辺にあるのか、明らかにしておくことは必要と思います。</div><div>それは、進化論に疑問を持ったことが、人間とは何かと考え始めたきっかけだった、ということです。</div><div>少なくとも、自然に進化して、現在の人類になった訳ではないと考えています。</div><div><br></div><div>それから、他者の意見の引用について、お断りしなければならないことがあります。私は、かつて破産した折、蔵書の全てを処分しています。ですので、引用であることは、明らかに出来ても、誰の何という著作か明らかに出来ないことが多々あります。著者の方には、先にお断り、お詫びをさせていただきます。</div><div><br></div><div>さて、人間の、この進化というには、あまりにも不自然な進化。</div><div>他の動物と比べた場合、独立までの時間が長過ぎます。</div><div>どうしてか、と言えば、人間は、通常分娩でも、他の動物と比べたら、極端に未熟児の状態で産まれて来るということです。</div><div>どうして、こんなことになっているのか、それは脳を極端に大きくしたからです。</div><div>人類学では、未だ二足歩行への移行と、脳の巨大化と、どちらが先か結論が出ていないと聞きますが、私は、誰かが脳を大きくするために、二足歩行へ移行させたのだと考えています。</div><div>「早すぎた二足歩行」という本がありました。その本によれば、人間は立てるようになったから、立ったのではないというのです。</div><div>骨格や横隔膜の位置など、四つ足の時のままで、誰かがエイヤっと引き起こしたとしか思えない、というのです。だから、腰痛とか胃下垂とかは、避け難い症状なのだと。</div><div>先ほど触れた出産の時の状況を、このことに重ねると、未熟児であるだけでなく、頭蓋骨の成形を後回しにしてまで、出産を急がせているということです。</div><div>ここには、何者かにより、脳を巨大化するためには、あらゆる手段を取るという意思が示されています。</div><div>どうしてなのか、誰なのか。</div><div>その辺りが、私の基本路線です。</div>
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<pubDate>Sat, 27 May 2017 15:35:45 +0900</pubDate>
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<title>人間について</title>
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<![CDATA[ プロフィールでも、書いたように、人間とは何かについて、書いていきたいと思います。<br>もとより、正解のあることでは、ありません。様々に考えていく、その過程を一緒に歩いて頂ければ、と思います。
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<pubDate>Wed, 10 May 2017 19:05:33 +0900</pubDate>
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