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<title>BLOG de けんか</title>
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<description>些細なことで起こるけんか。でも何度けんかしても、同じ数だけ仲直りすればずっとしあわせでいられるはず。それを信じて今日も、明日も、けんか</description>
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<title>邦画　GOEMON</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal"><span lang="JA" style="font-size:10.0pt;font-family:&quot;Meiryo UI&quot;,&quot;sans-serif&quot;;mso-ascii-font-family:Calibri;mso-hansi-font-family:Calibri;mso-bidi-font-family:&quot;Times New Roman&quot;;mso-bidi-theme-font:minor-bidi">先週たまたま夫がいない夜があり、娘たちを早く寝かせて息子と二人で映画を見ることになりました。最後に二人で見た映画が「天空の城ラピュタ」だったから、ジブリ関連にするかな～って思っていたら、11歳の息子はアニメよりも実写のアクションがみたいということで（大きくなったなぁ～）探していたら、邦画の「GOEMON」という英語字幕の映画を見つけました。<br><br>てっきりルパンの石川五右衛門の話かな～なんて軽い気持ちで、忍者っぽいアクションありの映画という予備知識しかなかったけれど、11歳の息子でも楽しめるのかどうかYOUTUBEでとりあえず予告を見て、残酷すぎるシーンがないか確認してからみ始めました。<br><br>まったく期待してなかったんですけど、見終わった感想から言うと、「しまったなぁ、これ映画館で見たかった作品だわ～」だったかな。<br><br>エンターテイメントってこうあるべきだと思えた映画でしたね。鑑賞中はハラハラドキドキして、緊張感の連続で、スピード感あり、終わった後にちょっと疲れちゃった（いい意味で）くらいのパワーにあふれた映画っていうんでしょうか、エネルギーがたくさん噴出された作品。ずっと前に「ハートブルー（原題 Point Break)」っていう映画を見た後以来の、脱力感というか、映画館で見ていたらきっと最後まで立ち上がりたくないと思わせるような、ずっと余韻にひたっていたいような素敵な映画でした。壮大なストーリの中にも登場人物の関係が繊細に描かれているのはお見事です。<br><span lang="JA" style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;"><br>戦国時代の実在する武士が登場し、時代背景のポイントは押さえつつ、脚色してあるフィクション。名前は聞いたことある程度の霧隠才蔵</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">とか、猿飛佐助、あと、服部半蔵がどう安土桃山時代の武将とかかわっていったのかがいかにも本物らしくて、話が面白くなるポイントだったと思います。実際はこんな話だったんじゃないの～なんて思えるくらい（笑）</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">歴史に忠実じゃなくても、こういうファンタジーであるからゆえ、伝えたいメッセージが伝わりやすいのかもしれないですね。</span><br></span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;"><br></span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 20px;">音楽もすごくよかった。映画には音楽がいかに大切かってわかったような壮大な音楽でした。</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 20px;">あと、色がすばらかったですね。</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 13px; line-height: 20px;">昔の話なのに衣装やお城も現代風というか西洋ぽく、時代劇なんてみたこともない息子にもすんなり対応できていました。</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">映像もとても綺麗だったけれど、序盤のゴエモンとサイゾウの対決は、本人たちが人間離れした技であちこち飛びまくりで、画面が早くてついていけず、あれ？あれ？って戸惑った部分もありましたけど、息子はかっこいいーって行ってました。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">でも、戦国時代だからなんでしょうけど、たくさん人が死んでしまいます。切なくていたいくらい、簡単に人が死んでしまいます。でもあの時代、やっぱり強くないと勝てない、弱肉強食の時代で、動物の社会みたいな残酷さもありましたね。<br><br>俳優さんたちも素晴らしかった。何よりも素敵だったのが大沢たかおさん。江口さんも素晴らしかったけど、あのサイゾウの闇の部分とか心の中で葛藤するシーンとか、サイゾウの顔を見ているだけで、せつなくてせつなくて。最期のシーンはもちろんですが、穏やかなシーンの大沢さんの演技のほうが印象的で、心に残りました。<br><br>あ、映画の評論をするつもりじゃなかったんですよ（笑）だからここからが本題<br><br>息子が映画を興奮して見終わった後に、「僕って日本の歴史を全然しらないよね～」って一言。日本で育っていたら誰もが普通に知っている義経、信長、秀吉、家康、坂本龍馬、新撰組とか、井伊直弼とか、もちろん誰一人と知らないんですよ。だから簡単に、すごい簡単に織田信長から家康までの話をしたんですけど、どうしても裏切りの部分や天下をとる大切さが理解出来ないみたいなんですよね。そういわれて思ったのが、</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">アメリカの歴史は浅いけれど、権力争いや天下を取るための内部抗争みたいな歴史はたしかないはず。奴隷解放をめぐっての南北戦争や、</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">インディアンとの抗争とかはあっても、同じ民族同士で、誰が政権を取るための抗争はあったのかな？同じチーム信長に所属していた秀吉が、</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">天下を取るためにボスを裏切ってのし上がろうとしてるのか息子には少し理解しがたかったみたい。<br><br></span></p><p class="MsoNormal"><span lang="JA" style="font-size:10.0pt;font-family:&quot;Meiryo UI&quot;,&quot;sans-serif&quot;;mso-ascii-font-family:Calibri;mso-hansi-font-family:Calibri;mso-bidi-font-family:&quot;Times New Roman&quot;;mso-bidi-theme-font:minor-bidi">日本で育ち歴史を勉強していれば、昔から日本は内部抗争ばかりあった国っていう印象で</span><span lang="JA" style="font-size: 10pt;">、</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">数百年、千年にわたってだれが天下をとるかの戦ばかりくりかえしていたことを改めて認識しました。もちろんフランスとかヨーロッパでは日本と同じように政権をめぐっていろんな戦いが繰り広げられていたわけで、それに嫌気をさして、戦いはいやだと思ってアメリカという新天地に移民してきた人たちが作った国なんでしょうか？だからそういう戦争が少ないのかな？アメリカは戦争はたくさんしていても、国を守るため、なりテロとの戦いであって、内部でっていうのはないのはあまりないですよね。国民が団結して他の国の敵と戦うって言うのはあるけれど。あれ、たしかチームワークが得意なのは日本人であってアメリカ人じゃなかったはずですよね。ということは戦国時代の傷が日本人をチームワークの重要性を教えたんでしょうか？謎です。</span></p><p class="MsoNormal"><span lang="JA" style="font-size: 10pt; font-family: 'Meiryo UI', sans-serif;"><br>息子が、時々冗談で、「また日本の総理大臣は変わったの？」なんてわたしに言ってきますが、<br>アメリカは過去</span><span style="font-size: 10pt;">225</span><span lang="JA" style="font-size: 10pt; font-family: 'Meiryo UI', sans-serif;">年間に大統領が</span><span style="font-size: 10pt;">44</span><span lang="JA" style="font-size: 10pt; font-family: 'Meiryo UI', sans-serif;">人しか存在しないのに、</span><span lang="JA" style="font-size: 10pt; font-family: 'Meiryo UI', sans-serif;">日本は総理大臣が過去</span><span style="font-size: 10pt;">130</span><span lang="JA" style="font-size: 10pt; font-family: 'Meiryo UI', sans-serif;">年間に</span><span style="font-size: 10pt;">96</span><span lang="JA" style="font-size: 10pt; font-family: 'Meiryo UI', sans-serif;">人も存在するのは、任期をまっとうせず辞任や総選挙で、短期間で成果を挙げないと下ろされてしまうけど、政権を握る、天下を取るということがいまだに重要で、戦というかたちじゃなくて</span><span style="font-family: 'Meiryo UI', sans-serif; font-size: 10pt; line-height: 1.5;">選挙という形になっただけなのか？と疑問に思いました。<br><br>今度はどんな歴史物の映画を息子と見ようかな～</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-11761439458.html</link>
<pubDate>Fri, 31 Jan 2014 00:28:51 +0900</pubDate>
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<title>The Missing Piece Meets the Big O</title>
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<![CDATA[ 先週、子供たちが寝た後にYouTubeでこんなものを見つけました。<br><br>ちょっとこれ、かなりお勧めなんです！<br><br>実際は子供用の絵本なんだそうです。<br>でも子供だけじゃなく、というか正直、子供にというより、大人とって、心に響く素晴らしい内容です。<br>わたしがごちゃごちゃ言っても仕方がないのでリンク張っておきます。<br><br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/MCmZ2jrQooE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br>
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<pubDate>Thu, 27 Oct 2011 22:27:54 +0900</pubDate>
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<title>チャリティの醍醐味</title>
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<![CDATA[ アメリカ東海岸沿いの州を襲ったハリケーン・アイリーンから1ヶ月たちました。<br><br>わたしの家の前のストリートが水で覆われ、半数の家が浸水被害を受けました。我が家も地下室に30センチ強の浸水があり、セントラルヒーティング、湯沸かし器、洗濯機、乾燥機、ソファセット、テレビが浸水しました。地下室の水をバケツリレーで出す作業も、泥をかき出す作業も、地下室の大掃除も、「東北地方の被害に比べたらこんなの全然大丈夫！」と言い聞かせながら夫とともに汗だくになりながら働き、電気が復旧しないなか、子供たちと、キャンドルライトで冷凍庫のアイスクリームを食べつくすアイスクリームパーティもしました。<br><br>しかし、湯沸かし器などの電気製品を点検してもらうために電力会社にお願いしたのですが、<br><br>「お宅の洗濯機も乾燥機もモーターが下に設置されてるタイプだからもう直せないし、セントラルヒーティング、湯沸かし器なんかは一度水につかったら取り替えないといけないっていうルールがあるから、全部廃棄処分ですね。」と言われ、すべての電気製品、設置費、パイプ修理の見積もりが、15000ドル（120万円程度）になり、「こんなの全然大丈夫じゃない！」と思いなおしました。住宅保険に連絡して査定に来てもらうと、「こういう状況の時は上限2500ドルしか出せません」と言われ、全然足りないじゃない！てことでアメリカ政府に頼る計画を立てました。<br><br>アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁（Federal Emergency Management Agency of the United States、略称：FEMA）は、大災害に対応するアメリカ合衆国政府の政府機関で、洪水、ハリケーン、地震および原子力災害を含む、その他の災害に際して、連邦機関、州政府、その他の地元機関の業務を調整することを請け負っており、家屋や工場の再建や企業活動・行政活動の復旧にあたって、資金面からの支援を行います。<br><br>今回のハリケーンは久しぶりの本土上陸で、たくさんの州にわたって被害がでたため、政府も緊急でFEMAに資金提供をしました。うちも早速オンラインでFEMAに申請書をだしたのですが、なんとその2日後、被害の査定に行きたいのですが・・・・とFEMAに雇われた専門の調査員が家にやってきました。30分くらい写真をとったり、被害状況をメモしたあと、「じゃあ数日後にFEMAから連絡入りますので」と。<br><br>なんとその3日後には、義援金が5000ドル、銀行に振り込まれてきました。もー、びっくりですよ。FEMAにリクエストを出してからたった1週間のうちに、お金が振り込まれたんです。ま～、総額カバーには全然足りないけれども、あまりの速さに、アメリカ政府をかなり見直しました。<br><br>そういう現状を見て疑問に思うのが、東日本大震災の義援金ですよね。<br><br>わたしもNYの日本領事館を通じて寄付をしましたが、メディアの情報によると、あれから半年もたっているのに、赤十字に世界から集められた寄付金は、まだまだ効果的に使われているとは言えないようです。災害の規模が全然違うため、たしかに比較することがおかしいのかもしれませんが、日本を助けたい！と寄付をした純粋な気持ちがどんどん踏みにじられているような気がして、とても残念に思います。赤十字や他の組織がこんなんだと、「どうせ寄付したって何に使われるのかわかったもんじゃない！」と思う人が増え、まだまだ必要なのにかかわらず、寄付をしなくなる人が増えてしまうのも避けられないですね。<br><br>そんなとき！<br><br>こんなニュースが飛び込んできました。<br><br>『氷室京介：東日本大震災復興支援チャリティライブ収益金及び寄付のご報告：<br>収益金寄付総額：<font color="#FF0000">6億6922万940円</font><br>震災の甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の三県に、2億23073万646円ずつ均等に配分し、信頼できる代理人を通して、福島、宮城、岩手の各県庁舎を訪れ、皆様から頂いた想いを各県知事に託してきました。』<br><br><br>福島では、「義援金」および「東日本大震災ふくしまこども寄付金」に使用<br>（福島県　佐藤雄平知事より）<br>まずは、被災なさって非常につらい状況でいる皆さん、そして、次の福島を担う未来の子供たち、そういう育成に使わせてもらったらありがたいなと思います。<br><br> 宮城県では「寄付金」として、県が行う災害復興対策事業（産業復興、地域医療復興など）に充当<br> （宮城県　村井嘉浩知事より）<br>義援金は、被災者の皆様にそのままお渡しするお金とさせていただきたいと思います。寄付金は具体的には、津波で流されてしまった、個人の民間の病院、診療所、福祉施設こういったようなものを再建することに対して国の補助率が非常に低いものですから、それの上乗せという形で補助金等を乗せて支援するということに使わせて頂こうと思っています。<br><br>そして岩手県では「いわての学び希望基金」（津波・震災孤児等の支援）として活用<br> （岩手県　達増拓也知事より）<br>今回の大震災で、子どもたちの親御さんが亡くなってしまい、子どもたちが残されたケースがかなりありまして、岩手県では「いわての学び希望基金」という、親御さんを失った子どもたちに奨学金を出していくための基金を作ってありますので、そこに活用させて頂きたいと思います。<br><br>そして彼本人からのコメントも発表<br><br><font color="#0000FF"><font color="#FF1493">『あの日のライブは、便宜上、氷室京介チャリティライブと銘打ったイベントではありましたが、実際は参加してくれた一人一人の “ 気 " を集結させた、"We Are Down But Never Give UP" という一つの集合体だったように思います。その中で自分は単に歌う担当に過ぎなかった、という認識でいます。<br><br>震災から約半年が過ぎ、被災地とそれ以外の地域の方々との間にも、徐々に意識のズレが生じてくる頃かと思います。これからもマスメディアの皆さん方を中心に、コメントを出せる立場にいる僕らも一丸となって、両者の距離を縮める役割を担っていけたらと思っています』</font></font><br><br><br>そうなんです、わたしが6月に日本に帰国してまで（笑）<br>参加した復興支援チャリティライブの結果報告が届いたんです。<br><br>なんだか本当に胸が熱くなり、心が震えました。<br><br>この人って本当に強い、ブレていない信念を持った、器の大きな人なんだなと。そしてチャリティをかなり経験されている人なのではないかと思いました。<br><br>自分の購入したチケット代金、たった7800円ですが、それが誰に渡って、どのように使ってくれるのかを明確にしてくれるということは、こんなにもわたしの心を満たしてくれるものだったのか、自分の小さな思いが誰かのためになってるかもしれないという現実が、こんなにも安らいだ平和な気持ちを生んでくれるのかということ。本当に「寄付してよかった、ニューヨークから参加出来てよかった」って100%純粋な気持ちでなんの迷いもなく感じられたことが、何事にも変えがたい幸せな気持ちを生んでくれました。<br><br>あー、これがチャリティの醍醐味なのね～。<br>そして、寄付金の行方が発表されることにより、自分がどんなふうに力になれたのかがはっきりし、『こういうふうにちゃんと使われているのなら、また寄付をしてもいいな』と、今後も息の長い寄付を続けていこうという活力になりました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-11033495271.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Sep 2011 00:08:00 +0900</pubDate>
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<title>グローバルな日本</title>
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<![CDATA[ 尊敬するブログの<a href="http://ameblo.jp/rumicommon/entry-11014281244.html" target="_blank">ある記事</a>からいろいろ考えました。<br><br>アメリカの大学を卒業し、1年間のインターンを終え日本に帰国した27歳の頃、日本企業や外資系企業の採用試験を受けたり面接を受けたりすることがたくさんありました。当時のわたしは、日本でも短大を卒業し、一部上場企業にも就職していた、アメリカの大学に編入し卒業できた、アメリカの企業でも1年間働いた経験あり、ってことで、今から考えると恥ずかしいくらい、どこから来たのか意味不明の、ゆるぎない自信を持ち、数々の面接をこなしたんですが、他の多数の留学経験者の例に漏れず<br><br>「留学経験で生かしたグローバルな視野を持って・・・」<br><br>なんてことを、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいことを、若気のいたり？で語っていた覚えがあります。<br><br><br>当時は企業のグローバル化とか、そういうのがはやっていたので、外国で暮らす＝他の文化を体験する＝グローバル　なんて思い込んでいましたが、学生の分際で体験したグローバルなんてものは、授業の進め方の違いや、生活習慣の違い、友達づきあいの違い、とか、8歳の息子でも知ってるようなレベルでした。<br><br><br>それから十数年たち、今でも本当の意味のグローバル化を語れるほどの知識は増えていませんが、日本人は宗教に対してのグローバル化は天下一品だと思います。実際、宗教に対しての深い知識がなく、いいとこだけをつまんで、漠然とした雰囲気でしかしらない他宗教、どちらかといえば理解して受け入れているというよりも、<br>何にも知らないくせに受け入れているという印象ですけど、わたしはそれが素晴らしいと思います。鈍感になっていい分野だと思います。<br><br><br>日本の宗教はむつかしいです。<br>日本全国にいろんな神様を祭る神社が数え切れないくらいあって、仏教と神道が混在していて、神話の中にも、働き者の神様がいるかと思えば、怠け者の神様もいたりします。神様によって役割が違い、学問の神様、商売繁盛の神様、子孫繁栄の神様などなど、わたしは合理的でいいと思いますが、クリスチャンの夫からしたら「冗談でしょ？」の世界です。<br><br>実際、日本の宗教って何だろうと疑問に思って調べてみたことありますが、本を読むたびにわからなくなり、夫を含めたアメリカ人に「日本人の宗教」についてうまく説明することが出来ません。<br><br><br>でもひとつだけ確実に言えるのは、日本は多神教で本当によかったということです。<br>おかげで他の宗教に対して否定的な気持ちはあまりないですよね。だからこそ、クリスマスも普通に楽しめるし、イエスキリストに対しても、他の宗教に対しても、嫌悪を示す理由がない。怠け者の神様だっているんだもん、いろんな神様がいておかしくないわ、なんてお気楽な考え方を出来るのも素晴らしいことだと思います。これこそ、グローバル化ですよ！この柔軟さ、ちょっとしたいいかげんさ、誇りを持っていいと思います。<br><br><br>世界のどこを探しても他をみない、多人種、多宗教が混在するこのニューヨークでさえ、宗教に関しては頭の固い人が多いのには本当に驚きです。何度も言ってるように（笑）夫はキリスト教ですが、イスラム教、ユダヤ教と同じく、排他的で唯一神教のため、イエスキリストを救世主と認めた人だけが天国に行けると思っています。いくら素晴らしい人でも、キリスト教を信じないと天国に行けない、逆に言えばどんな悪い人でも、自分を反省し、罪を認め、神様に許しを請えば天国に行けると考えています。<br><br>彼らの考え方によるとわたしは天国には行けないそうです（笑）<br><br><br>夫の立場上、時々教会に行きますが、人種差別はよくない、性差別もよくない、職業差別だってよくない、学歴差別だって、国籍差別だって・・・あらゆる差別はよくないと教えられているのに、なぜか宗教による差別はOKなんですよね。牧師さんが「仏教を信じていては天国に行けません。イスラム教を信じていては天国に行けません」なんていってしまうんです。そしてその言葉に賛同する多くの人たち。世界宗教人口1位のイエスキリストが差別してるんですもん、そりゃ世の中から差別がなくなるはずがありません。<br><br><br>過去にもいくつかの宗教戦争があります。<br>ヨーロッパの十字軍や同じキリスト教内の宗派争い、911の理由となったといわれる、イスラエルとパレスチナの関係、またユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地であるエルサレムを巡っての争いなどなど。<br><br>確かに自分の信じるもののために戦うことは必要なことなのかもしれません、が、特別な宗教を持たないわたしにとっては、人を救うための、安らぎを与えるための宗教だったのはずのものが、いつのまにか権力争いの原因になってきている現実を見ていると、それなら宗教さえなくなれば世界は平和になるのではないかと、どうしても思えて仕方がないんですよね。<br><br>ただ、彼らの名誉のために言っておくと（笑）信じるものを心に持った人たちはブレることなく強く、かつ安らいでいます。また、恵まれない人へ分け与えることの出来る精神、助け合う精神は素晴らしいものがあります。<br>チャリティがとてもさかんで、子供の頃からチャリティに参加する機会を与えられ、生活の一部にしていく方法も素晴らしいと思います。<br><br><br>夫が時々冗談で「君はいつになったらクリスチャンになるんだ？」って聞きます。<br><br>「キリスト教がどんな人種も国籍も宗教も差別しなくなったら、キリスト教徒でないわたしの両親、兄弟、親類すべてが天国にいけるようになったらね。」<br><br>なんて答えていますが、わたしが生きている限りありえないことですね（笑）<br><br><br>そうやって考えてみると、世界中、ひとつだけ平等なのは、お金持ちも貧乏人も、男も女も、アラブ人もアメリカ人も、異性愛者でも同性愛者でも、キリスト教徒も仏教徒も、「100%誰もが死ぬ」ってことだけなんじゃないかと思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-11031600193.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Sep 2011 00:33:47 +0900</pubDate>
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<title>幸せの度合い</title>
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<![CDATA[ <p>今、わたしのまわりにいる、とっても対照的な2人の女性について考えさせられています。</p><br><br><p>ひとりはわたしの大切な94歳の祖母<br>そしてもうひとりは夫の大切な母親67歳</p><br><br><p>先日の帰国の一番の目的は祖母のお見舞いでした<br>「もうそんなに長くはないらしい」という父の言葉を受けて<br>お葬式で帰国するくらいなら、元気なうちに会って話がしたいという理由で</p><p>急遽帰国を決めました。滞在中はほぼ毎日、1時間から3時間程度、病院に行き、</p><p>昔話や、子供たちの話、戦争中の話をたくさんしました。</p><br><br><p>ふっと話が途切れるたびに<br>「もういつ死んでもいいのに、お迎えが来ない。<br>おじいさんも迎えに来てくれないし、早く死にたい」と言っていました。</p><br><br><p>祖父が地方議員をしていたため、後援会の人たちからもちやほやされ、<br>とても社交的で友達も多く、海外旅行にも何度も行き、いつもおしゃれをしていた祖母<br>6年前に祖父が他界したあと、友達も次々に亡くなって、寂しくて仕方がないんですね。<br>病院には毎日5人の子供のうち誰かが訪れますが、正直病院食もおいしくないし<br>退院できる見込みもないし、生きている楽しみがない祖母です。</p><p><br></p><br><p>そして義母<br></p><br><p>2年前に奇跡的に卵巣がんを克服したのにもかかわらず<br>今度は肝臓に転移が見つかって3ヶ月、いわゆる末期がんです<br>余命は数ヶ月かも・・・<br>といわれていますが抗がん剤治療をはじめて3ヶ月たち、日に日に弱ってきています。</p><br><br><p>正直、抗がん剤治療の辛さを考えると、そんな辛いことをせず<br>残された時間を安らかに楽しくすごせたほうがいいのでは？と<br>私も夫も思っていましたが、彼女にその気はなく、<br>だめならだめで死ぬことは怖くないけど、諦めるわけにはいかないと強気の彼女</p><br><br><p>告知のときも、ずっと彼女の主治医を勤めていたドクターが<br>とても辛そうに、半分涙を浮かべながら告知をしたのですが<br>そんなドクターに「わたしの命はあなたの手にかかっているんだから<br>そんなめそめそしている暇はないはずよ。あなたはとても才能のある医者で、<br>わたしは何も心配してないわ、それに死ぬのはわたしであなたじゃないわよ」と<br>冗談をいいながらドクターを励ます義母でした。</p><br><br><p>どうやったらここまで強い精神力を保てるのでしょうか？<br></p><br><p>心配する子供たちや親戚に対して、自虐的な冗談を言い逆にみんなを励ます義母<br>ドクターも「義母は医学的に説明不可能な状態ですよ。がんは確実に存在しているのに、<br>血液検査の結果は末期患者とは思えないくらい、良好な数値。<br>彼女の強い精神力のおかげとしか考えられない」ということらしいです</p><br><br><p>この義母、決して幸せな人生を送ってきたわけではありません。<br>7人の子供を抱え、自分の夫は浮気ばかり、お酒のんでばかりで家に寄り付かず<br>ひとりで7人を育ててきたような人です。金銭的にも決して楽な生活だったわけでありません。</p><br><br><p>自分の息子とその奥さんが離婚するなどの騒動のときは<br>決して息子の見方をすることなく、いつも義娘に対してでも中立な立場をとり<br>両方を支えてきた人です。おしゃれなんてする暇もなく、友達よりも<br>家族のつながりを大切にし、相変わらずどうしようもない彼女の夫の世話をしてきた人生</p><br><br><p>7人も子供がいると、ひとりやふたりは未だに自立できない子供がいるものですが（笑）<br>彼女も他の例に漏れず、定職につかずフラフラしている子供のことを<br>いつもいつも心配して自分の状況の方が数倍辛いのに、手を差し伸べています。<br>だから子供がいつまでたっても自立できないのよ！という私の意見は差し置いて（笑）</p><br><br><p>いろいろな修羅場をくぐってきているため、精神的に強いのでしょうか？<br>それとも信仰心の強さなのでしょうか？<br>本当に「神様は乗り越えられない試練はあたえない」とでも信じているんでしょうか？</p><br><br><p>人の幸せ度数なんて人それぞれで比べられるものではないことはわかっています。<br>ただ、現実にもうすぐ他界してしまうだろう二人の、<br>まったく異なる人生のスタイルや、バックグラウンド、そして死に対抗する姿勢の違いを見て<br>わたしだったらどうするのかな？<br>どっちの人生のが幸せなのかな？なんて考えてしまう今日この頃です</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-10958911464.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 22:45:15 +0900</pubDate>
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<title>センチメンタルな夜 - We are down but never give up -</title>
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<![CDATA[ 今月はじめ、ひとりで日本へ帰国してきました<br><br><br>結婚して11年、一人で日本へ帰国したのは初めの年1度のみ、<br>あとは夫と一緒だったり、子供たちと一緒だったり、家族総出だったりで<br>毎回毎回慌しい日本滞在でしたが、今回は9日間のみでしたが、<br>ゆっくりと時間が流れて、癒された滞在となりました。<br>3人の子供（8歳、2歳半、1歳）との留守番を、快く引き受けてくれた夫に大感謝です<br><br><br><br>今回の帰国はメインが二つ<br>94歳の祖母がもうあまり長くないらしいため、最後に会いたかったこと<br>これはまた後日報告するとして・・・・・<br><br><br><br>そして二つ目のメイン<br>氷室京介の東日本大震災復興支援チャリティライブに参加すること<br><br><strong><font color="#0000FF">『KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME<br>“We Are Down But Never Give Up!!”』。<strong></strong></font><br></strong><br><br>そもそも彼を始めて意識したのは1986年、わたしが高校1年生のとき<br>近所のロック＆パンク大好きな栞ちゃんに無理やり誘われて参加した<br>ライブイベント”Rock Wave 86” のトリを飾ったのがBOOWYでした<br><br><br>男のくせに髪の毛長くて、化粧していて、ぴったりした皮パンツはいているような<br>彼らを見て「きもちわるーい」なんて思いましたが、BOOWYの歌はとてもかっこよくて<br>その後、このバンドの歌を何度も何年も聴きつづけることになりました。<br><br><br><br><br>そのバンドが解散して23年、<br>解散後も氷室京介のライブには時々帰国時期が合えば参加していたのですが<br>今回、全曲BOOWYを歌うチャリティライブを東京ドームで行うことを発表したのが4月<br>収益金100%を被災地に寄付するという一大イベント<br><br><br><br><br>外国に長く住んでいると、<br>日本のいい部分悪い部分すべて含めて日本のことが益々好きになります<br>日本の中にいると当たり前に感じていたことも、<br>外に出てみて初めてその「良さ」がわかるっていうんでしょうか<br><br><br><br>震災後、アメリカにいるのがもどかしくて、何かしたい、何か役に立ちたいって思い、<br>子供たちの学校で寄付集めをお願いしたり、<br>いろんな団体が主催する復興イベントに参加したりしました<br><br><br>それでもまだ何か出来ることはないかと模索していたときの、<br>この復興支援ライブの発表<br>きっとロスに長く在住している氷室さんも同じような気持ちなんだと・・・<br><br><br><br><br>ただこの発表後、BOOWYファンから、かなりの反対意見もありました<br>BOOWYは氷室ひとりのものじゃないから、BOOWYをやるならBOOWYのメンバーと！ <br>チャリティは立派だけど、やるなら氷室京介の歌でやればいい！などなど<br><br><br><br><br>残念だけど、どんないいことをしても、それを批判する人は必ずいるもの<br>100%賛成してもらえることは不可能に近いと思います<br>もちろん反対意見にきちんと耳を傾けるのは大切なことだと思います。<br>でも、まわりの批判や反対意見を気にしていたら何も出来ません<br>彼は反対意見や批判が出ることを承知し、そのすべてを受けとめる覚悟をして、<br>自分の正しいと思うことを実現させた、心の芯から強い人、<br>自分に誠実な人なんだなと思いました。<br><br><br><br><br>このライブのレポートは他の氷室＆BOOWYファンに任せるとして（笑）<br><br><br><br>わたしが感じたのは・・・・・・<br><br><br><br>今回のGIGでは、BOOWY時代の氷室に再会できたというより、<br>10代だったときの自分に再会できた素晴らしい時間となったような気がします<br><br>社会に対する不満もありながら、それでも自分の可能性を、<br>未来を信じて疑わなかった、そしてどんな些細なことにも<br>夢中になれたあの頃に、戻れたのではないでしょうか<br><br><br>昔は大切にしていたのに、時間が経つにつれて忘れてしまっていた<br>宝物を見つけてしまった、そんな気持ち<br><br><br><br>大人になって、社会に出て、子供を持って、<br>知らないうちに精神面でも落ち着いてしまっていたけれど、<br>10代のときに何度も聴いた曲が流れると、興奮し、一緒に歌って、<br>柄にもなく、曲に合わせてジャンプしたりしちゃって、<br>まだまだ自分の中に、こんなにも気持ちが高揚するパワーがあったのかと、<br>大人気なく、はしゃいで大声で一緒に歌えちゃう自分がまだまだいたことに、とても驚きました<br><br><br>おそらく2日間のGIGに参加した11万人の多くは、<br>30代後半から40代後半になる、今後の日本を背負っていく大人達です<br><br>そんな大人達がみんな20数年前の自分に戻り、<br>あの頃の自分を思い出し、あの頃に持っていたパワーを思い出し、<br>希望を思い出し、とても大きな元気をもらえた、<br>よし、まだまだ自分たちは大丈夫、必ず日本を復興させてみせるぞ！<br>っていう力をもらった時間となったことと思います<br><br><br><br>現在進行形の氷室京介としてのライブでは、<br>昔の元気だった自分たちを思い出せるライブにはならない、<br>だからこそ、敢えて全曲BOOWYの曲でのライブだったのかと・・・・<br><br><br><br>ライブの途中、津波を思い出させるようなファンのウェーブがありましたが<br>ヒムロックも言ったように、このパワーが波となって日本全体に広がっていくといいですね<br><br><br>チャリティは風化させないよう長く続けられることが理想<br>でも、外食の回数を減らして、とか、買いたい物を我慢して<br>寄付することはとても素晴らしいけれど、<br>そういう何かを犠牲にしての寄付は長く続けることは難しいと思います<br><br><br>それならば今回のような、楽しんでチャリティをする機会があれば、<br>一回でも多く寄付する機会が増えますよね<br><br><br>主催者側も楽しんで、寄付する側も楽しめて、<br>それが被災者のためになるのであれば、<br>こんな素晴らしいことはないと思います<br><br>わたしもこの先も長い支援を、<br>心は近い、遠きアメリカからしていきたいと思いました<br><br>そんな素敵な夜でした<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-10931622447.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Jun 2011 23:16:00 +0900</pubDate>
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<title>バケーションの憂鬱</title>
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<![CDATA[ <p>そろそろ今年のバケーションを考える時期となりました。<br>昨年は次女の出産などなどあり、日本に帰ることが出来なかったので<br>今年は・・・と思っていろいろ調べ始めましたが<br>５人家族で日本へ・・・・となると飛行機代だけで5000ドルになるんですよね。<br>もちろんそれだけでは済まず、滞在費とか合わせると・・・・</p><br><br><p>考えるの放棄です</p><br><br><p>結婚して10年、昨年以外は毎年日本に子供たちといっておりますが、<br>日本にいくことになると、他の場所にバケーションとして行くことが出来なくなります。<br>行くことが出来たとしても3泊4日のJersey Shoreとか、ペンシルバニアとか・・・<br>親戚のいるシカゴやノースキャロライナ。</p><br><p><br></p><p>フロリダやカリブ、ハワイなどは夢となります。</p><br><br><p>共働きのくせにお金に余裕がない！</p><p><br></p><br><p>下の二人のデイケア代で毎月3000ドル超えるので、本当に働いても<br>働いても貧乏なわたしたちです。</p><br><p><br></p><p>まして家族が5人となったことで車も買い換えないといけません。現在車は2台所有していますが、1台を普通のSUVからミニバンに変えないと、息子の乗り場所がなくなってしまいます。今でこそ、何とか後部座席に3人縮こまって乗っていますが、次女が1歳になる夏には、チャイルドシートが赤ちゃん用から幼児用になるため、息子は荷台に乗るほか選択肢がなくなってしまいます。</p><br><br><p>ミニバンかぁ。。。。。</p><br><p>本当は嫌なんですけれど、いろいろ試乗した結果、７～8人乗りの大きいサイズのSUVよりも、やはりミニバンのほうが広くて子供たちの乗り降りが楽なんですよね。というわけで夏までに車を購入という大きなイベントもありで、Budgetを考えると、ますます日本への帰省は出来れば避けたいと思うこのごろです。</p><br><br><p>でも、やはり家族にも友達にも会いたいし、</p><p>息子の体験入学もさせたい。<br>入院している93歳の祖母にも会いたい。<br>弟の家に生まれた双子にも会いたい。</p><br><p><br></p><p>でも後々車の購入や帰省時のクレジットカードの返済とかで、金銭的に苦しくなるよりは、今年も帰省を我慢して、家族全員でフロリダやカリブに行ったほうがいいのかも・・・・・といろいろ考えているのですが、</p><br><p>夫が昨夜<br></p><br><p>「日本に行くの僕だけ我慢してもいいよ。一昨年も行ってるし。」といいました。<br>もちろん飛行機代一人分浮くし、夫がこないことで日本でのイベントも減ります。<br>友達とも何回も遊びに行けるし、両親もそんなに気を使うこともなく<br>ゆっくり孫や娘と過ごせます。</p><br><br><br><p>ただ、わたし一人で10ヶ月の次女と、怪獣2歳半の長女、8歳の息子を連れて<br>15時間近い飛行機の中や、移動が出来るのかどうか？？？</p><p><br></p><p>悩みは尽きません。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-10813356986.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Feb 2011 01:14:08 +0900</pubDate>
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<title>我慢するということ</title>
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<![CDATA[ <p>結婚って、もともとまったくの他人が共同生活を始めるわけですから</p><p>いろんな問題が派生するのは当然で、それを少しずつ乗り越えてこそ</p><p>絆が強くなっていくんですよね？</p><br><p>妥協して妥協してもらって、長い年月かけてお互いを理解してくのですよね？</p><br><p>年を重ねることで、すこしずつ分かり合えて、許しあってかけがえのない存在になっていくんですよね？</p><br><p>子供を共に育てることで、自分たちも成長していくんですよね？</p><br><br><br><p>なんて疑問ばかりですが・・・・・・・</p><br><br><p>我が家の場合、人種も国籍も宗教も育った環境も違う夫婦ですので</p><p>乗り越えていかなければいけない壁は少しばかり多かったような気もします。</p><br><p>それでもなんとなく、だましだましだったのか、うまくいっていたんです。</p><p>確か、「うっとーしいなぁ」「面倒くさいなぁ」ってことは多々ありましたが</p><p>それでも普通に夫婦をしていました。</p><p><br></p><p><br>8歳の息子のほかに、2008年に待望の長女が生まれ、</p><p>昨年の夏には次女も生まれて子供たちが3人になったとき、</p><p>家の中がすごく忙しくなって、普通は距離が縮まるはずだったのですが、</p><p>徐々に長くなってきているような気がしています。</p><br><br><p>たとえば毎日の食事</p><br><br><p>日本で生まれ育ち、日本食をこよなく愛するわたしと、</p><p>ニュージャージーで生まれ育ち、母がノースキャロライナの南部出身のため、</p><p>こってりした南部の料理で育った夫。</p><p>「今日、何が食べたい？」って質問の答えはまったく違うものになります。</p><p>それでも夫が自分の食べたいものを作ればわたしも食べるし、</p><p>わたしが自分の食べたいものを作れば夫も食べる、</p><p>そんなことを10年実行してきました。</p><br><p>外食に行くときも、今回はわたしの行きたい場所、</p><p>次回は夫の・・・・と譲り合い、妥協して、共存（笑）してきたのです。</p><br><br><p>ところが、現在、魔の2歳児の怪獣のような長女と7ヶ月の次女がいるため、</p><p>外食はほとんどせず、テイクアウトをするようになってから少し変わってきました。</p><p>夫がピザが食べたいといえば、私はピザなんて別にどうでもいいので、</p><p>じゃあわたしはチャイニーズとかタイレストランから、のように</p><p>別々の場所からテイクアウトして別々のものを食べることが多くなりました。</p><br><p>それからというもの、</p><br><p>わたしが白米を炊けば、夫は「僕はメキシカンライスがいいな」と自分で作り、</p><p>スペアリブがあれば、夫はバーベキューソースで、</p><p>わたしはおしょうゆとみりんとお砂糖で調理する、</p><p>ポテトサラダを作ると、夫はアメリカのマヨネーズで、わたしは日本のマヨネーズで！</p><br><p>というように自分のスタイルを貫くことが多くなったんです。</p><p>別にアメリカのマヨネーズでだっていいですよ、BBQソースだっておいしいですよ、</p><p>でもせっかくだから自分の好きなスタイルで食べたほうがおいしいので</p><p>手間はかかっても別々のスタイルを選択するようになりました。</p><br><br><p>結婚をうまくいかせる秘訣は料理だっていいますよね。<br>奥さんがおいしい料理をつくっていれば夫は必ず家に帰ってくるとかこないとか</p><br><p>たとえば会社や学校で嫌なことがあって、落ち込んで家に帰ってきた日に<br>お母さんの作ったあったか～～い味噌汁1杯</p><p>（うちの夫の場合はフライドチキンか？）が出てきたら、ほっとするし、</p><p>気持ちも落ち着くし、笑顔に変わっていくものなんだと思います。</p><br><p>明日も頑張ろうって思えるのだと思います。</p><br><p>家族で一緒に食べる料理は、幸せになる方法の一番簡単で重要なものなんですね。</p><p>そこでギャップが出てきてしまうということは・・・・・・・・</p><br><br><p>そうなると次にくるのは映画やテレビ<br></p><p>見たい映画やテレビの趣味も違うのですが、今まではなんとか一緒に見てきたのです。</p><p>でも最近は別々。子供が寝た後は夫が地下室にこもってスポーツ中継を見て、</p><p>わたしは自分のベッドルームでドラマを見るなど。</p><br><p>二人で過ごす時間が極端に減ってきているのです。</p><br><p><br>きっとお互いに疲れているんですね。お互いの存在に疲れているのではなく、</p><p>仕事と子育てと自分のやりたいことがありすぎて、疲れているんだと思います。</p><p>そして疲れているからちょっとの我慢、</p><br><p>たとえばアメリカのポテトサラダを食べることや、どうでもいいようなドラマを</p><p>一緒に見てあげることが、出来なくなってきているのだと思います。</p><br><br><p>私たち夫婦にはなんと生んで上げられなかった子供たちが8人もいます</p><p>我が家に生まれてきてくれた3人は、何よりも素晴らしい大切なギフトです。</p><p>そんな宝物の子供たちが、将来自分も両親が与えてくれたような</p><p>素晴らしい家庭を作って生きたいと思ってくれるような、家族をつくらなければなりません。</p><br><br><p>そのためにはやはり多少の我慢も必要なのかなと思いました。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-10804949513.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Feb 2011 04:48:19 +0900</pubDate>
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<title>10周年なのに・・・・</title>
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<![CDATA[ 昨年の暮れにSmartPhoneを購入してからというもの<br>NYCまでの通勤時間にお気に入りのブログを訪問することが増え<br>また久々に更新してみたくなりました。<br><br>昔から日記などつけたこともなく、育児のメモを残したこともなく<br>ブログも更新したいときにだけするという、熱しやすく＆冷めやすい（B型）です。<br><br>前回の更新後すぐ、夫の義弟は生命維持装置の停止という<br>「幕引き」を家族の誰にも、辛い決断をさせることなく、安らかに亡くなりました。<br><br>その2週間後、義弟の生まれ変わりか？と思わせるような予定外の妊娠が発覚し、<br>去年の6月に4週間の入院のあと、帝王切開で少々未熟児の次女が生まれました。<br><br>1ヶ月程度早く生まれてきた次女は、心臓の壁がまだ閉じていないため、小児心臓外科に通ったり、脳の外側に水がたまっているため、小児脳外科に通ったりしていましたが、幸いすべて軽度なので様子をみるだけで大丈夫です。まわりの心配をよそに本人はとても元気に成長しており、生意気な8歳の息子や、魔の2歳児の長女と比べて、文句を言わないだけかわいいです（笑）<br><br><br><br>つい先日結婚10周年を迎えました。<br><br>3人の子供たちがそれぞれ自分勝手な要求を同時にしているときには<br>「いったい何考えていたんだろうね～？子供が3人だなんて冗談じゃないね」と夫と笑い合い<br>ぐっすり寝ている3人を見ているときには、充実感を覚えるという毎日です。<br><br><br>相変わらず、3人の母親になったというのに、わたしはまだフルタイムで働いています。<br>スケジュール的には大変きついのですが、仕事をしているときは「唯一の自分の時間」になっています。忙しいのが性に合っているため、それほど苦痛でもありません<br><br>システムエンジニアなので、仕事の内容はシステム設計、プログラミングも忙しいときには引き受けますが、正しく指示を出せば100%確実に従ってくれるシステムがかわいくてたまりません（笑）何度同じ事を言っても聞かない子供たちの相手をする中和剤になっているようです。<br><br>ただですね<br><br><br><br>夫婦間が微妙にずれてきているような気がします。いや、正直に言うと、ずれていたのはわかっていたんですが、何とかなると思っていたんですよね。ずれていても問題はないと。でも最近は今後も改善することはないんだろうなと、こればかりは仕方がないんだと開き直った部分と、でもこの先まだ長いんだからなんとかしなくちゃという部分と・・・・<br><br><br><br>ひとりになりたい・・・・って時々思います。<br><br>もちろん本気で考えているわけでもなく、<br>「ったく面倒くさいから逃げ出したい！」というただの現実逃避です。子育てに関して意見が一致しないため、子供が増えれば増えるほど面倒くさくなってくる結婚生活。長い年月をかけて何度もけんかしながら切磋琢磨して、共に人間として、親として成長するはずだったんですけどね・・・・。 お互いに自分が正しいと信じ、相手の意見を素直に受け入れる懐の深さ、そして心に余裕がないのです。子育てと仕事でいっぱいいっぱいで相手の気持ちを思いやれない自分たちがいます<br><br><br><br>自分のためにも、そして子供たちのためにも、明るく謙虚に笑顔を増やしていかないといけませんね。<br>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-10796975500.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Feb 2011 01:09:55 +0900</pubDate>
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<title>最後の夢</title>
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<![CDATA[ <p>夫の弟（41歳）が今危篤状態です</p><br><br><p>3年ほど前から持病から腎臓が機能しなくなり、</p><p>週3回の人工透析を必要としていました。<br>そのため仕事も辞めざる終えなくなり、</p><p>住んでいたアパートを引き払って義母の家に引っ越してきてから1年半</p><br><p>先週の土曜日に心臓発作になり病院に運ばれてから10日間、</p><p>人工呼吸器をつけたまま意識がありません。ドクターのテストにより、</p><p>脳も半分しか機能していないことがわかりました。</p><p>「心臓が菌に感染していてかなり弱っています。肺にも水がたまっていて、</p><p>酸素が脳にも届いているかどうかわかりません。奇跡的に立ち直っても</p><p>またいつ心臓発作を起してもおかしくはありません。</p><p>そのとき、また蘇生することを希望しますか？」とドクターに質問されました。</p><br><br><p>夫の兄弟は長男がシカゴに、次男がニューヨーク州に住んでいるため、</p><p>必然的に３男の夫が病気の弟から「延命治療など必要ないから、</p><p>そのときは死なせて欲しい。もう疲れたよ」という伝言を受けていました。</p><p>正式にPower of attorney (万が一のとき、その人に代わって決断を</p><p>下すことの出来る人)の手続きをとる話をしていたときに弟が倒れてしまったのです。</p><br><br><p>夫はもちろん弟の意思を尊重させてあげたいのですが、家族の反対に行き場を無くしてしまっています。</p><br><br><p>大反対をしているのはもちろん彼の母親<br>人工呼吸器を外すなんてもってのほか、植物人間になったとしても生きていて欲しい</p><br><br><p>母親ならではの意見ですね。<br>義母は自分も半年前に癌が見つかって、半年間に渡って続けていた</p><p>抗がん剤治療が終わったばかりで体力もないのに、</p><p>毎日息子の病院に通っています。まわりからどれだけ反対されても、</p><p>息子のそばにいたいと夜遅くまでマスクをしたまま彼のそばにいます。</p><br><br><p>肺に水が溜まっているため、人工呼吸器をつけていても息をするのが辛そうな彼<br>今回、やまを越えたとしても、末期状態の弟の苦悩を誰もがしっているため、</p><p>早く楽にさせてあげたいと思う反面、なかなかあきらめのつかない兄弟たち。</p><p>夫の説得に納得はするけれども決断できない兄弟たち。</p><br><br><p>その夫さえも悩んでいます<br></p><p>弟の人生の終わりを本当に自分が決めてしまっていいのか？<br>もしかしてそのときは弟は気弱になっていただけで、</p><p>実際はもっと生きたいと思っているのではないか、家族に遠慮してそういっただけなのかも</p><br><br><p>もしわたしが同じ状況に陥ったら、きっと延命してほしくないと思います。<br>夫も同じ気持ちでした。おそらく弟も同じ気持ちなんだと思います。<br>ただ、正式に文書でPower of attorney と決められているわけではないので、</p><p>家族の同意なしに夫が決断してしまうと、今後夫がまわりから責められることは確実です。<br></p><br><p>だからいくら弟の意思だとしても、家族内で相談するべきで、</p><p>夫の判断だけで行動を起さないようにとアドバイスをしました。</p><p>弟にはかわいそうだけど、自然にお迎えがくるまで、誰かが決断をくだす</p><p>必要がないよう、もしくは母親が決断してくれるまで、</p><p>この状態をつづけてもらうしかないのかもしれません。</p><br><br><p>やはり母親なんです。父親がなんと言おうと母親です。<br>おなかを痛めて産んだかわいい子供の命を絶つなんて絶対出来ないでしょう。</p><p>たとえその方が苦しまず楽になるとわかっていたとしても、</p><p>いつまでも自分のそばにおいておきたいのが母親なんだと思います。</p><p>その母親が強く「わたしが産んだんだから、わたしが幕引きをする」と</p><p>決断しないかぎり、この状態はつづくことでしょう。</p><br><br><p>わたしは「見込みがないのであれば、延命治療をしても仕方がない。</p><p>家族の負担も増えるし、本人も辛いだろうから、</p><p>本人の意思を尊重してあげればいい」と思います。</p><p>夫や自分の両親がそういう立場になったら、迷わず幕引きをしてあげると思います。</p><p>辛いけれど願いをかなえてあげたいと思うでしょう。</p><br><br><p>ただ、もしそれがわたしの息子や娘だったら？？？</p><br><br><p>やはり義母と同じ気持ちになると思います。</p><p>頭では安らかに逝かせてあげたほうがいいと100%理解していたとしても、</p><p>決断できないと思います。自分より先に子供たちが逝ってしまうなんてことがあったら、</p><p>悲しくて胸が張り裂けて、生きていけなくなると思います。</p><p>毎日毎日泣いて暮らすことになると思います。どんなに自分に負担がかかっても、</p><p>自分が苦労することになっても、子供が生きていてくれることを神様に感謝すると思います。</p><p>でもそれは自分の身勝手なのでしょう。こういうときこそ、母親が強くなって、</p><p>子供のための決断を出さないといけないのでしょうか？</p><p>人生まだまだ知らないことだらけです。</p><br><p>人が「疲れたよ、死なせて欲しい」とつぶやくには相当の精神力が必要だと思います。<br>そう言わせてしまうまでに、いったいその人がどれだけ辛い思いをしているのかは</p><p>想像さえ出来ません。極限の状態で辛くて希望もなくて脆くて、</p><p>死にたいと思っているのでしょうか？それとも冷静に死を受け入れることが</p><p>出来た結果なのでしょうか？</p><br><br><p>夫は毎日弟の携帯に電話しています。弟が出ないのは承知で、</p><p>弟の声で録音された、弟の元気な留守番電話の声を聞くために、</p><p>何度も電話をしています。</p><br><br><p>今わたしの願いは、意識不明の弟が、いい夢を見ているといいな、</p><p>じっくりじっくり自分の人生を振り返って、家族のこと、楽しかったこと、</p><p>辛かったこと、恥ずかしかったこと、反省すべきこと、自慢できること、</p><p>今まで思い出すことのなかった些細なこと、それらをゆっくりゆっくり振り返りながら、</p><p>夢の中で「ま、悪くない人生だったな」って思っていたらいいな、ということ</p><br><p>せめて最後の夢はいい夢であってほしいと願います</p>
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<link>https://ameblo.jp/blog-de-kenka/entry-10386425004.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Nov 2009 04:04:32 +0900</pubDate>
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