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<title>BLOGGIN' IN THE FREE WORLD</title>
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<title>新ブログ</title>
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すっかりご無沙汰しております。今年の初めから、新しいブログLife Goes On... を運営しております。生き物ブログ、DAYLIGHT RAMBLER と併せてご覧頂ければ嬉しく思います。それでは、また近いうちに。tak
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<dc:date>2009-06-29T23:52:59+09:00</dc:date>
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<title>あとちょっとだけ。</title>
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三十を過ぎてひとつだけわかったことがある。それは、人間、大体において元々、大した差なんてないと言うことだ。けれども差は生まれる。違いも生まれる。それはなんだろうと考えた時に、「あとちょっと」の積み重ねなんだな、と最近思う。私には、いろんなジャンルの人と接する上で、延々とずっと言われ続けてきた一言がある。異口同音だが、公約数的にまとめると、「いいけど、淡白だよね」というものである。それこそ、空手の先生から剣道の先生から各種の上司から出版社の編集者から歴代の彼女から、私はふとした局面でそういったセリ
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<dc:date>2008-04-08T22:44:42+09:00</dc:date>
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<title>勉強</title>
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私は勉強が嫌いだった。小さい頃から暇さえあれば本ばっかり読んでいたので国語と社会はかなりよくできた。生き物も好きだったので理科もわりとよくできた。これらの科目は何もやらなくてもある程度できるので、従って勉強しなかった。私が勉強したのは算数だけであった。算数は極端に苦手であった。勉強しないとわからないがやったってわからないのでできない。無意味とわかっていてもやらねばならぬのが学校教育というものである。それでも中学までは何とかなったが高校に入ると完全にチンプンカンプンになり、0点をとりまくりついには
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<title>停電被害</title>
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またしても私用のノートPCが入院中である。それと言うのも、23日の強風のせいだ。あれで私の家は夕方から夜中まで断続的にえんえんと停電を続け、その時にどういう事情でかPCの電磁ユニットが壊れ、充電を受け付けずなぜかLANケーブルも認識しなくなってしまったのである。ショップに持っていったが、「これですと私どもの力では全く不可能でして」という何とも力強いお言葉をいただき、メーカーの工場に発送されてしまった。停電は困る。井戸のポンプが動かないから水が出ない。つまりトイレにも行けない。風呂にも入れない。炊
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<dc:date>2008-02-29T15:13:19+09:00</dc:date>
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<title>「田舎時間」船出です</title>
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そういうわけで、生き物ブログを独立させました。http://ameblo.jp/inakajikan今後とも、このブログともども宜しくお願いします。
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<dc:date>2008-02-27T20:04:16+09:00</dc:date>
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<title>戦国武芸者決闘列伝・２　剣豪将軍義輝の死③</title>
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足利義輝は、幼少の頃から武芸を学んでいた。それは別段に珍しいことではない。彼はまた、上泉信綱と塚原卜伝という、当代を代表する二人の剣豪に教えを受けている。それは凄いことではあるが、例え実際の政治権力はなくとも、曲がりなりにも将軍であるという地位からすれば、必ずしも特筆に価することではないかもしれない。だが、これだけは言える。彼の剣術は、いわゆる殿様剣術では断じてなかった。また、稽古場の中の技術的上達だけで完結するという類のものでもなかった。そして、どうやら彼は求道者タイプではなかったように思われ
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<dc:date>2008-02-22T20:52:52+09:00</dc:date>
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<title>ショットガン</title>
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これが何かわかる人はどれくらいいるだろうか。実はこれ、12番径の散弾銃の薬莢なのである。私は小さい頃から、銃声を聞いて育った。私が通っていた小学校は、冬になって猟期に入ると、「登下校する際は国道を通り、なるべく裏道を通らないように」「通る場合には目立つ色の服を着て、大声で話しながら歩くように」と指導されるような学校であった。後年、北海道出身の友人から、やはり小学校時代に全く同じフレーズで指導されたという思い出を聞いたことがある。だが、彼の場合が熊よけのためであるのに対し、私たちの場合はハンターよ
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<dc:date>2008-02-19T21:55:34+09:00</dc:date>
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<title>千葉の人。</title>
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私は田舎モンである。田舎で生まれて田舎で育ったのだから仕方ないが、人間の属性として都会の人じゃないのは明白なところである。学生の頃は都内に住んでいたりして、その時はあたかも自分が東京の人間になりきったかのような錯覚にとらわれていたが、再び千葉で暮らし始めて時間が経つと、東京的な行動や思考のリズムをもはや完全に失ってしまった。だいたい千葉の人と東京の人では歩き方からして違う。以前、後輩を横に乗っけて車を運転している時に指摘されたのだが、東京から千葉に向かって走り、江戸川を越えた途端に私の喋り方が横
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<dc:date>2008-02-15T21:24:24+09:00</dc:date>
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<title>戦国武芸者決闘列伝・２　剣豪将軍義輝の死②</title>
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足利義輝が征夷大将軍となって二年後の1548年、父であり先代将軍である義晴は、抗争を続けていた細川晴元と和を結び、京都へ帰還した。この際、晴元も義輝の将軍就任を認め、ひとまず小康状態が訪れた。形はどうあれ、将軍と管領は再び何らかの関係を築くことができるかに見えた。しかしそれはほんの一瞬の夢でしかなかった。晴元の家臣・三好長慶がクーデターを起こしたのだ。1549年、晴元の軍勢は摂津国の江口で長慶と戦った。そして壊滅的な敗北を喫し、今度は晴元が義晴・義輝親子とともに近江へ逃亡するというシニカルな事態
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<dc:date>2008-02-12T15:49:14+09:00</dc:date>
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<title>戦国武芸者決闘列伝・２　剣豪将軍義輝の死①</title>
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室町幕府の衰退は、事実上、三代将軍義満の死とともに既に始まっていたと言っても過言ではないだろう。義満は本気で皇位簒奪を企てたほどの権力と栄華を誇ったが、その望みが遂げられる寸前に病魔に倒れた。跡を継いだ四代将軍義持は有力な守護大名との権力調整に苦慮しつつ安定を保っていたが、嫡男義量に将軍の座を世ずると、義量は体調を崩し、わずか二年後に十九歳で死んだ。何一つ先のことが定まらない中での死であり、その後継者は何とくじ引きで選ばれる有様で、京都男山の石清水八幡宮で行われたくじ引きの結果、それが真実のくじ
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<dc:date>2008-02-08T19:41:05+09:00</dc:date>
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