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<title>bobo1481のブログ</title>
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<title>寸鉄２０２５　２</title>
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<![CDATA[ <p>寸鉄２０２５　２</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">　１８　ホモ・エコノミクス　―「利己的人間」の思想史　重田国江　ちくま　２・１４</b></p><p>&nbsp;</p><p>　○ハリントン：17世紀王政復古後に逮捕　ロトクラシ―（くじ引き民主主義の提唱者）p52　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p><p>　○ゾンバルト・「恋愛と贅沢と民主主義」1912、講談社学術文庫（一部：富と徳）p75</p><p>　　　○「経済」の広大な外部　・マルクス　「労働力」に注目（二部：ホモエコミクスの経済学）</p><p>　　　・ポランニー　「社会」対「経済」の対抗運動としての近代史p197　　</p><p>　　　○◎とっくに忘れられた系譜や出自を調べることにより、科学そのものをちがった視点から眺められる⇒<u>ニーチェ、フーコーの系譜學</u>p203</p><p>　　　○私の学部生であった80年代、早大政治経済学部政治学科の多くの講義では、</p><p>　　　「政治学の科学化」や「行動主義革命」など60年代に（大学の費用で）アメリカ　</p><p>　　　へ留学した教授陣による熱意も新鮮味もない政治学の授業が行われていた。P204</p><p>　　　〇90年代以降の日本　数式とデータで武装した米仕込みの「実証」的理論がメ</p><p>インストリームとなったのに対して思想や歴史教育は何かの遺物であるような扱い</p><p>を受けてきた。P223</p><p>〇緑の革命への挑戦⇒パンジャブ州で「タネの学校」を開くp239</p><p>　ヴァンダナ・シヴァの活動―重田「シン・アナキズム」（三部：ホモ・エコノミクスの席捲）　自己利益とは異なり、それを抑制したり方向づけたりする別の動機や</p><p>価値観を人はつねに持っているし、働かせながら生きている。P291（←おわりに）　　　　　</p><p>あとがき　：周回遅れの新自由主義以外の政策の選択肢を明確に示せない日本の政治</p><p>〇とりわけヴェーバーの禁欲資本主義が、資本主義の「原罪」を忘却させた力は</p><p>大きいp295</p><p>　・マリノフスキー「西大西洋の遠洋航海者」　講談社学術文庫2010</p><p>　（・ポランニー「個人的知識」ハーバマス社1985）</p><p>・宇沢弘文「自動車の社会的費用」岩波新書</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">　１９　「小説の諸相」フォースター　岩波文庫　　２・１６</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　　〇小説とは「ある程度の長さをもった散文の物語」（アヴァル・</p><p>エコヴァリー）→我々にはこの定義で十分p17</p><p>〇「ああ、時間は人間に対してなんという憎悪を抱いているのだろう」</p><p>メルヴィル「ピエール」の章p29</p><p>〇人間の一生における主要な事実は五つです、誕生、食事、睡眠、愛、</p><p>死の五つ。P81</p><p>〇食事は忘れられた世界と現在をつなぐ鎖です。（略）また食事はー多</p><p>くの点でよく似ている睡眠と同様―われわれの活力を回復させるだけで</p><p>なく、美的な面も備えています。P83</p><p>〇「歴史とは人間の一生の約三分の二を扱っているだけ」（だという</p><p>ことです）。小説も同じ態度をとるのでしょうか？p84</p><p>○◎「人間の幸不幸はすべて<u>行為</u>に現れる」（アリストテレス『詩学』6章←→われわれ「人間の幸不幸は、<u>秘められた心の生活のなか</u>にあります。」p139</p><p>○ストーリーなら「それから？」と聞きます。プロットなら「なぜ？」</p><p>と聞きます⇒根本的なちがいp144</p><p>○◎<u>好奇心は人間の能力のなかで一番下等なものの一つです</u>。好奇心</p><p>（ストーリー）←→プロットを理解するには、知性と記憶力が必要な</p><p>のです。P145</p><p>○◎美は本来驚きの表情を浮かべているものです（略）美に一番似つかわ</p><p>しい表情は驚きの表情なのです。P147</p><p>○幻想の要素をもつ最大の小説、すなわちR・スターン『トリストラム・</p><p>シャンティ―』p192</p><p>○G・ディキンソン幻想的小説『魔笛』1920　p196</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２０　「エビデンスの社会学」松村一志　青土社　　２・１８</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　　　　証言の消滅と真理の現在</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○フーコーの作品には無数の引用句が見られる。それは何よりもまず、「言われた</p><p>　　こと」や「書かれたこと」に異様なまでの関心を注いでおり、過去の人物の発言の抜き書きの様相を呈する箇所も珍しくない。P135</p><p>　　○科学史家ｐ・ディア：17世紀ヨーロッパでは経験の概念が大きく変化した。→</p><p>　　17世紀までの「経験」は個人の経験を指す言葉ではなく、アリストテレスの著作の</p><p>　　ような古典的文献に記載された「経験」のことであった。つまり、それは「自然はいつもこう振る舞う」という万人に共通の認識を指していた。P203</p><p>　　○◎一方<u>フランスでは、「経験」の普遍化が目指された</u>。P204</p><p>　　○ヒューム「蓋然性」probability　p257</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２１　「マーティン・ルーサー・キング」黒崎真　岩波新書　　２・２１</b></p><p><b style="font-weight:bold;">&nbsp;　　　　　―非暴力の闘士</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○マルティン・ルーサー・キングは運動において非暴力であることと護身用の</p><p>　　銃をもつこととの間に、何ら矛盾も感じていなかったpⅱ（←はじめに）</p><p>　　○拳銃を所持し武装した護衛をつけるキングを見てラスティンは当惑するⅱ</p><p>　　○三世代における牧師の家系　バプテスト教会p4</p><p>　　○’49年11月、A・J・マストの課外授業　絶対平和主義と非暴力p15　　p19</p><p>　　○◎「理性ではなく、自ら追う苦痛こそが、反対者を改心させる」ガンディー　</p><p>　　○南部KKKら：全員白人からなる陪審員p56</p><p>　　○ウィリアムズ　黒人の武装自衛→非暴力は「敵が文明化されていれば」通用</p><p>　　するがかえって無益p67　サディスト（=南部白人）には効かない</p><p>　　○‘６０年　2/1 グリーンズボロ　2/13 ナッシュビル　保釈よりも留置所に留まる</p><p>　　ことを選ぶp70　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p84</p><p>　　○シットインとフリーダムライドは、キングにとって非暴力の戦術面を学ぶ契機　</p><p>　　　　すなわち公民権運動に連邦政府を介入させるには良心に訴えて改心を促す「説得」に加え、強制力ある「対決」が必要　　オールバニーの敗北p90→予備知識も計画もなくかかわってしまった</p><p>○ワシントン大行進の成功←→バーミンガム運動の拠点の教会爆破　黒人少女４人</p><p>の犠牲p118</p><p>○ノーベル賞→　非暴力こそが社会変革の答えであることを「全面的に承認</p><p>する」意味p127</p><p>　○マルコムX　黒人の自衛は「人権の一部」p140</p><p>　○マルコムX　公民権運動の戦術に自衛を公式に加えようとする限り</p><p>　キングは共闘を許さなかっただろうp143</p><p>　〇「ブラックパワー」というスローガンが登場＝６８年夏</p><p>　　　　SNCCから発せられるp158</p><p>　〇６６年春、カーマイケルがルイスを⁇委員長になるとSNCCの政治姿勢</p><p>　　「公民権」から「ブラックパワー」へ</p><p>　〇キング：反戦表明→「私は心底アメリカがまちがっていると感じており、預</p><p>言者の道を進むつもりだ」p173</p><p>〇キング；67年8月SCLC大会→「抗議行動に非暴力の性質を失うことなく</p><p>攻撃性を付与する」必要→その唯一の方法⇒都市を破壊せずにその機能を麻痺</p><p>させること＝市民的不服従p183</p><p>&nbsp;　　　○AFL-CIOの指導部　ベトナム戦争を全面支持　p187</p><p>例外的反応：ロバート・ケネディ：６８年６/5暗殺に支援の手　→北爆の停止と和平交渉の開始を主張⇒「貧者の行進」p215</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　　</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２２　　　「戦後精神の光芒」飯田泰三、みすず　　２・２２</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　　　　　　　　　丸山眞男と藤田省三を読むために　　</b>　</p><p>　　　</p><p>&nbsp;</p><p>はしがき</p><p>　　　　〇第三部の藤田論は2006年の今日初めてまとめたものpⅣ　</p><p>　　　　〇救いは、持続的なカタストローフのなかにある小さな裂け目にかかっている。（「セントラルパーク」ベンヤミン）→（「方法としての忘却」～ベンヤミンの引用が多い）p6</p><p>　　　　〇敗戦後、大三島へ二年間、帰る→47年松山高校入学　②二年生で雑誌「潮流」の「軍国支配者の精神形態」p253</p><p>　　　　〇ポポロ事件への関与を契機に入党1952年p254</p><p>　　　　〇Fがガリ版：警察手帳がガリ版刷りになると飛ぶように売れる→「黒い手帳は語る」遠山茂ほか、新興出版社1964p286</p><p>&nbsp;　　　　〇「政治学事典」平凡社1954、丸山にかわり執筆（著作集１）p284</p><p>　　　　〇「書評」みすず56年10月著作集8　　<u>1946年:百姓をしていたころ「超国家主義の論理と心理」①仰天!p286　</u>　（←藤田省三の時代と思想）</p><p>　　　　〇丸山の藤田評　・54年２月：Fが丸山を見舞「うーんよく出来ている。しかしそこが、君のアブナイところだ」　　・後日の別の評：ジンメルの「カントとゲーテを引きつつ「君のはアイシザイティッヒ（一面的）だ」p287</p><p>　　　　〇「原初的条件」未來社1975</p><p>　　　　〇藤田省三「戦後精神史序説」第四回　「イデオロギーをめぐる現在の思想的状況（上）―その整理の方法について」「思想」1958/1月　「わりあいに気に入っている」『原初的』に集録の時の「著者寸評」p289</p><p>　　　　〇「大正デモクラシーの一側面―近代日本思想史における普遍者の形成とその崩壊」講座「現代倫理Ⅱ」筑摩1959→著作４　p290</p><p>　　　　〇「市民の義務」「歴史評論」九月号～6・9執筆p285</p><p>　　　　〇「ゼロからの出発」谷川・吉本・鶴俊との座談会→後半部分における藤田の発言だけを抜き出したもの～8・15執筆p296</p><p>　　　　〇「５・１９」後に現れた新しい状況と、「８・１５」以後において「国家以前」的な自然状態が現出して原初的な個人の自由と自然権の意識が隆起した状況を重ね合わせるという著者の基本発想～『思想の科学』系6-8月の声明もFが執筆→5・19前夜：「人民主権の精神的な条件」詳細に展開　緊急出版的に刊行</p><p>〇「今日の思想と芸術」（６1年夏号）→このころからFと新日本文学会との付き</p><p>合いが始まる→武井昭夫の勧誘p299　　　　　　　　　　　　　　p300</p><p>　　　〇「パージに抗しえない私生活主義」「イデオロギー以前の普遍人間的規範」という小見出し　現代における「理性」の回復「世界」62年11月号→◎<u>この時期のFの到達点</u></p><p>　　　〇62年末から64年6月までは何も書いたものを発表していない。→当時勤め先の法政大学が62年後半から激化した紛争（学生間暴力と処分）に動員され忙殺∔「プロレタリア民主主義の原型」執筆⇒<u>この時期</u>のF→ある精神的な転機が兆していた～私生活主義」による「公共性の喪失」～「理性」の回復　p302</p><p>　　　〇<u>65</u><u>年ごろから</u>始まる精神の転形期→67—68年の二年間のイギリス留学をはさんで<u>決定的な転回点</u>へp303</p><p>　　　〇65年　◎みすず「維新の精神」連載され始める3月～7月号→67年3月単行本「維新の精神」p304</p><p>　　　〇「<u>コモンセンス</u>の力」「<u>現代の理論」</u><u>65</u><u>年</u>4月号</p><p>　　　　　K大　全学スト→安藤から経緯を聞くp305　</p><p>&nbsp;　　　〇◎Ｆ70年4月～中村総長の実質的な補佐役～法大闘争ｐ314</p><p>　　　〇◎71年3月：丸山はＦの助言もあって法学部教授を退職　<u>p315</u></p><p>　　　　68年秋～69年春までの大学紛争　イギリスにあって丸山について情報を聞く→69年5月に帰国　「紛争」に立ち向かう</p><p>　　　〇Fの行動様式　まず辞める決心を先にしてから紛争解決のための活動に専心</p><p>　　　〇マンハイムのエピソード「みすず」71年6月号　「基本的な好奇心」マンハイム<i style="font-style:italic;">→「他に対する<b>開かれた好奇心</b>」p315</i></p><p>　　　〇◎この年から翌年にかけて、ほとんど何も書いていない⇒そのかわり　71年</p><p>「基本的な好奇心」による猛烈な勉強～みすず<u>「亡命の現代史」などの企画</u>p317</p><p>〇◎「レーヴィット無題　書きたくない讃歌」<u>「未来」73年8月号</u>→末尾の一文</p><p>「しかし私は<u>「20世紀文明」についての「冷たい絶望」</u>についてはレーヴィット</p><p>と軌を一にしている」→影書房『戦後精神の経験』に収める　末尾p321</p><p>〇◎レーヴィットの<u>絶望</u>←→F「<u>普遍的理性</u>の立場」著作集８p322</p><p>　　　　　　　　　<i>書きたくない　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</i></p><p>〇75年10月まで『月刊百科』の「世語臆断」というページに6回：ペンネーム　</p><p>　　最初は「嗚呼!『思想』」p326</p><p>〇「戦後精神史序説」5回「世界」98年5月号</p><p>　◎<u>戦後を4つの時期</u>　1期：50年代まで「戦後の中の戦後」　二期：高度成長期</p><p>　　3期：絶望の時代　石油ショック後会社主義でも絶望　4期へ　絶望を卒業した</p><p>から絶望を説明する　絶望をこえた時代</p><p>　日本　絶望をこえた時期はいつごろから→著作でいえば『精神史的考察』から→</p><p>あれが一番ぼくのいまの考えに近いp328　</p><p>〇つまりFは<u>70年代後半から「第四期」</u>？→丸山が沈黙の時期に入っていく→入れ</p><p>かわるようにF独自の『精神史的考察』の世界　<u>結び</u>　（→藤田省三における「戦</p><p>後精神の経験」Ⅰ950-1975）p329</p><p>〇「国家の没落」が「不条理な」明るさを含む　様々な運動→1975年という年</p><p>は「よく働いた」byF　◎『精神史的考察』1975年から81年にかけて書かれた</p><p>〇74年：花田の死去→藤田の飛躍の一つのきっかけ→<u>「経験の喪失」</u>（という絶</p><p>望的事態に到達）p331</p><p>〇◎『<u>精神史的考察』平凡社版あとがき</u>→単純な年代別順の「崩壊史」として→</p><p>各時代の「精神史」からの断片→「断片」を「構成単位」とする「モンタージュ」の方法～<u>ベンヤミンの方法</u>p332</p><p>〇『考察』の構成を成り立たしめているもの→<u>藤田の「経験」の哲学</u>→全ての経験</p><p>の中で最も強烈で典型的な経験＝「経験の中の経験」⇒最初の経験と最後の経験と</p><p>再生の経験：<u>誕生と死と復活は三大経験</u>であると同時にあらゆる経験の三大核p333</p><p>〇◎<u>「隠れん坊の精神史」終わりの部分：ブレヒトの詩とベンヤミンの註釈⇒</u></p><p><u>敗北の経験を通じての再生の可能性</u>p335</p><p>〇<u>「今日の経験―阻む力の中にあって」著作集６</u>→『考察』が成った直後に書かれ</p><p>る→「経験の消滅」という「最後の経験」を生きつつある今日ほど「敗北」や</p><p>「失敗」の重視が重要になったことは過去のいかなる時代にもなかった<u>：人類の前</u></p><p><u>史の終わりが訪れるかもしれないような根本的危機</u>p337</p><p>〇<b><i>意外にも</i></b>大きな地平を持った<b><i>新たな経験の領域</i></b><i>が広がっている</i>→<b><i>精神の野党</i></b>→そ</p><p>うして動かしえない小さな存在は（略）かえって多数派を動かす要因となりうる　<u>結び</u>　（←<u>藤田省三の『精神史的考察』</u>）p338</p><p>〇「松に聞けー現代文明へのレクイエム⇒「1982年」p343—：社会文化研究会</p><p>　⇒「高度成長」が日本社会と文化に与えた変容を、原初的条件に遡って考え直す</p><p>〇60年代半ば　水俣病の社会運動：Fは「それな！」？を感じて石牟礼さんなどに</p><p>も思い入れ　『戦後精神の経験Ⅰ』54年から75年までの藤田の作品P345</p><p>〇<u>「高度成長反対」を書く69年5月</u>P346</p><p>　　　〇◎たぶん70年：ＶＧの会→思想的にイギリス経験をくぐった成果の一端を話す（手書きの原稿だけ）～エルトン：『歴史とは何かに対する』猛烈な批判p348　　　　　</p><p>〇◎イギリス経験の一つ→<u>社会人類学：</u>パランディエ「政治人類学」テキスト</p><p>〇74、75年　猛烈な勉強ぶり：ベンヤミンのテキスト　テキストを読まないと判ら</p><p>ないところがあるから、見たいP350</p><p>〇62年～64，65年：Ｆある種の沈滞期（宮村）　『維新の精神』刊行Fらしさ復</p><p>活P350</p><p>〇本堂力　71年法大　最後のゼミのメンバーP352</p><p>〇自然哲学について一冊書きたかった（徐）→60年代の後半から（飯田）p355</p><p>　（←「藤田省三との出会い⑴」</p><p>　　〇大正デモクラシー精神の一側面－普遍者の形成とその崩壊</p><p>「近代日本には倫理学が存在しない」書き出しの一文「講座　現代倫理11　転換期</p><p>の倫理思想（日本）」筑摩　に入っていたp35</p><p>○・ジャイアントステップーFが一時期激賞していたジョン・コルトレーンp359</p><p>　　〇道化：「リヤ王」にくっついて荒野を流浪　好んで論じる　</p><p>（←藤田省三との出会い⑵）</p><p>　　〇「精神史」という言葉を好む　「身体論」　「団体」「主体性」：「体」はキライ→　</p><p>　　「挫折」もp361</p><p>　　〇今治卒業　役員養成の東大法学部はいやだが丸山ゼミに入るためp363</p><p>　　　（⇒藤田省三を悼む）</p><p>　　あとがき</p><p>　　〇森羅万象－絵画　丸山　　　如是閑さんと父と私　p371</p><p>　　　森羅万象－音楽　中村元</p><p>　　〇1975年における藤田の「第四期」への移行p383</p><p>　　〇徐京植「長くきびしい道のり」影書房</p><p>　　　　80年代末以来　法大政治学科非常勤講師p384</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　２３，「手段からの解放　シリーズ哲学講話」國分功一郎、新潮選書　　２・２５</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇楽しむことは大切である（略）楽しむことには、人間の生に喜びを与えるだけでなく、おかしくなってしまったこの世界をかえていく力がある（→はじめに　楽しむことについての哲学的探究）p3</p><p>　Ⅰ章　享受の快―カント、嗜好品、依存症</p><p>　　〇2011年「暇と退屈の倫理学」書物の主張　→消費と浪費とを概念のうえで区別することp13</p><p>　　〇ボードリヤール「物の体系―記号の消費」1968　p14</p><p>　　　どんな社会も豊かさを求めたし、贅沢が許された時にはそれを享受してきたp14</p><p>　　〇以下　カント哲学に即しつつ　哲学的な議論　　p22</p><p>　　　　　ここで哲学的：「哲学的概念」の整理を行う　という程度の意味</p><p>　　〇嗜好品についての哲学的考察がほとんどないp23</p><p>　　〇カント以外に嗜好品を真正面から取り上げた哲学者はほとんど見当たらないp24</p><p>　　〇茶とコーヒーとアルコール飲料とタバコのうち、</p><p>　　　アルコール飲料以外はすべて近代になってから「西洋」にもたらされたp24</p><p>　　〇アウグスティヌス　　→アルコール飲料＝悪魔</p><p>　　　嗜好品Geneβmittel独語→日本語は明治期の造語p25</p><p>　　〇カント　◎感性には二種類ある</p><p>　　　対象が目の前に存在している時の直観の能力である<u>感官</u>と</p><p>　　　　対象が存在していない時の直観の能力である<u>構想力</u>p31</p><p>　　〇触覚、視覚、聴覚　「主観的である以上に客観的」→認識に貢献する</p><p>　　　味覚、嗅覚　「客観的である以上に主観的」→嗜好Geneβに資するp32</p><p>　　〇◎無条件に善いとみなしうるものをただ善いという理由だけから実現しようとする⇒<b><u>定言命法（『実践』）</u></b><b><u>p38</u></b></p><p>　　〇教わったわけてもないのにそう感じている→「理性の<u>事実</u>Faktum」（『実践』）</p><p>　　　　　どうしてなのかはよくわからないけれどもたしかにそうであることp44</p><p>　　　◎定言命法：「君の意志の格率（=行動方針）がつねに<u>同時に普遍的立法の原理</u>として通用することができるように行為しなさい」　カントp44</p><p>　　〇快適なものはまったく普遍性を要求しないp52</p><p>　　〇論理的判断：一般性をもつが個別的でない</p><p>　　　感官的判断：個別的でしかありえない</p><p>　　　◎趣味的判断：<u>個別的だが普遍的なものをを要求する</u>という奇妙な性格p53</p><p>　　〇悟性＝概念を扱う能力→悟性はいつ<u>も現象を観察してそこに規則を探し出し</u>、概念をあてはめようとすることに「没頭」している（カント）p54</p><p>　　〇「概念なしの図式化」カントが一度だけ口にした→構想力が概念をもたず図式機能を営む?p58</p><p>　　○カントが2つの善いものを区別している</p><p>　　　「それ自体として善いもの」：それだけで満足を与える　「何かのために善いもの」：手段としてのみ満足を与えるp73</p><p>　　〇文化産業による危機⇒<i>万人が、同一の快適なものについて同一の非普遍的で個別的な判断を下している状態</i>が訪れているのではないかp107</p><p>　2章　手段化する現代社会</p><p>　　〇「講話」→講義でもないもっと気楽な会</p><p>　　　昨年の「目的への抵抗　シリーズ哲学講話」新潮選書2023　</p><p>　　　　「目的」という概念をアーレントやベンヤミンの議論を参照しながら批判的に検討p121</p><p>　　〇・「畠中尚志全文集」講談社学術文庫2022p122 　　　　　　　　　　　　　</p><p>　　〇<u>内戦には戦争よりも恐ろしい側面</u>→価値体系や秩序がひっくり返されてしまう＝焼け野原の状態理解　ゼロから人間や社会や政治や国家や学問などを考え始める⇒17世紀の哲学p125</p><p>　　〇17世紀　インフラの時代　<u>「自然状態」というゼロ地点（ホッブズ）</u>p127</p><p>　 　　18世紀　アーキテクチャの時代</p><p>　　〇ボードリヤールの消費社会論p129</p><p>　　〇２０世紀≠消費</p><p>　　　消費の特徴はそれが決して止まらない→なぜか：「消費は物ではなく、観念や情報や記号を対象としている」ボードリヤール　　例：グルメブームp130</p><p>　　〇ボードリヤールが主張した60～70年代よりは理解しやすい</p><p>　　〇ボードリヤール：「消費社会は疲労や鬱といった問題を引き起こすだろう」</p><p>　　　　・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋1995</p><p>　○<u>我々は楽しみを消費社会によって奪われている</u>。だから楽しみを取り戻そうp133</p><p>　○享受の快が消し去られた時、社会はいったいどうなってしまうでしょうかp141</p><p>　　　○『判断力批判』　正面から挑むのではなくて「享受」というレベルの低いもの、メインテーマとは言いがたいものに注目しながら読んでいきたいp142</p><p>　　　○「批判」独Kritik→ギリシア語<i>クリネイン</i>動詞根幹「選ぶ」「分ける」p145</p><p>　　　〇人間は善とは何かを教わらずとも事実としてそれが何かを知っている＝「理性の事実」　→事実性に基づいて善を巡る倫理学を構築したカントのやり方は実に興味深いp151→◎我々は善とは何かを知っているのではないかと考えて、そこから倫理学を構築p152</p><p>　　　○定言命法←→『仮言』⇒「何々ならば」という条件が入るp153-4</p><p>　　　○カントの倫理学では定言命法が実現できるような人間へと我々が成長することを我々に求めている　カント哲学の一つのポイント　その議論が、「どうしてなのかはよくわからない」に依拠p155</p><p>　　　〇⑴このバラは美しい　趣味的判断　⑵バラというものは一般に美しい　論理的判断　⑶このバラは好ましい　感官判断p159</p><p>○「これは私にとって好ましい」という判断を、<i>誰もが同じ対象に対して示している</i>、そのような事態が訪れているのではないか。するとカントの分析から消費社会に対する対抗策すら導き出すことができるでしょうp164</p><p>○◎イデアに頼ることなくこの謎に果敢に取り組んだところに『判断力』のすごみの一つありますp167</p><p>○カントの分析：「判断力」でなく「構想力」と訳されてきた→構想力：言葉の力強さ→カントがこの言葉にこめたニュアンスをよく伝えているp168</p><p>　　　○「悟性」=アンダースタンディングp168</p><p>　　　○（不快な経験をきっかけとして）人間が自分自身を再発見するという一人芝居のような過程のなかで感じられるのが崇高な感情→再発見の瞬間に快があるp178</p><p>　　○講話『目的への抵抗』　最も参考になった：アーレントの全体主義への考察p193</p><p>　　　　◎現代の社会が享受の快を剥奪する方向に進んでいるのではないかp202</p><p>　　　○全体主義社会の理想とする人間の定義（ヒムラ―）→「それ自体のためにある事柄を行うことの絶対にない人間」（アーレントの引用）p202</p><p>　　　○今後はもっと資本主義についての考察を深めていきたい　<u>結び</u>　p203</p><p>　　おわりに―経験と習慣</p><p>　　　○現代人が崇高を感じることは稀になっているのではないか⇒本書で提起p204</p><p>　　　○◎生が目的のための手段と完全に等しくなる状態⇒経験というものそれ自体が消滅した状態　ベンヤミン「経験の相場が下落してしまった」ww1の帰還兵念頭</p><p>○何もかもを手段とみなす生とは、もはや主体が存在せず、経験する能力そのものを奪われた生ではなかろうかp207</p><p>　→ならば主体が再来するための手がかりはどこに　→ヒントの一つは習慣habitにある</p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;そもそも主体とは数え切れないほどの大小様々な習慣の集積ではないだろうか</p><p>　　　　　習慣なき生は主体なき生であり、主体なき生は経験の能力を失っている</p><p>　　　　　→経験と習慣についての哲学には諸概念を磨き上げていかねばならない。　<u>結び</u>　p207</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２４，「平等についていま話したいこと」　サンデル/ピケティ、早川書房　　２・２６</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　１　○P長期的に見れば常に平等に向かう動きがあった</p><p>　　　　P　この動きがはじまったのはもっぱら18世紀末　　p7</p><p>　２　○S　平等の三つの側面　　政治的、経済的、社会関係</p><p>　　　　　社会関係　　尊厳、身分、尊重　　一番の難題　p16</p><p>　３　○S経済的不平等があるなかで、お金がさらに重要になり、教育や保健医療や政治的発言権といった基本的な財の利用機会から人々を締め出してしまうp28</p><p>　　　○P　問題は、なにもかもが80年代や90年代のレベルで凍結されていることp39</p><p>　４　○S 　善き生の本質についての意見は一致しない→判断をはっきり下さずにすむ←中立的な装置に頼りたい→市場に任せれば、意見の分かれる共通善の問題について議論したり判断したりせずにすむという見当ちがいの望みを抱く＝市場の魅力</p><p>の根源p56　</p><p>　７　○P　尊厳の感覚を社会に広く取り戻したいのであれば、給与の格差、所得の格差を大幅に圧縮する必要がある　～70年代：右派の思想家→ハイエク、フリードマン　→何がやりたいか→累進課税の完全撤廃　p99-100、　</p><p>〇S　人が人と出会ってともにすごす市民インフラの構築が必要p105　</p><p>　　　○S　さまざまな階級が何気なくまざり合うことで共通性を感じられる習慣、態度、傾向が生まれますp105-6</p><p>　　　○P　◎<u>累進課税を重視することなしに</u>共通性を擁護することはできますかp107</p><p>　　　○S　◎待つのではなく同時にやらなくてはならないp108　7巻<u>結び</u></p><p>　　８　○P　OECDが金持ち国クラブ　　　　　　　　　　　　　　　知らん顔↑</p><p>　　　　　　　だれもがウクライナの話、信頼と国家正義と南北再分配の問題にp121</p><p>&nbsp;　　　　　　23年　国連租税条約　西ヨーロッパとアメリカを除くすべての国賛成</p><p>　　　　○P　階級闘争に近いものに移行　→中国やヨーロッパだろうが、億万長者　</p><p>　　　　　や巨大多国籍企業に払わせるようにすべき</p><p>　　　　　　→◎<u>最富裕層の億万長者や多国籍企業に　グローバル税</u>p127</p><p>　　９　○P　きわめて裕福な地域で民主党が票を失ってほしいと思っているp148　　　○S　ルソーの論文→不平等の起源を私有財産の出現においている</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『起源論』二部p151</p><p>　　　　○S　公の尊厳を受けることが価値をもつ　→この敬意と承認を求める競争こそが”不平等への最初の一歩だったとルソーは言っているが、ルソーに正しかったと思われますp153</p><p>　　　　○P　ルソーははっきり示している</p><p>　　　　　最初に土地を囲い込んだことや、私有財産にしたこと　大した問題ではない</p><p>　　　<u>私有財産を際限なしに蓄積する</u>ことが問題　Ｐの<u>結び</u>　p184</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２５　「フロイト著作集４」人文書院　　２・２６</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　機知―その無意識との関連　のみ読了</b></p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　P269</p><p>　　○だじゃれ（語呂合わせ）　言葉による機知の最低種p269　・ベルグソン「笑い」</p><p>　　○われわれが到達しようとしている<u>上機嫌</u><i>オイフェイ</i>―　p421</p><p>　　　　⇒こっけいなものと知らず、機知もできず、ユーモアを用いることなくなくして生活に幸福を感じえた<u>子供時代の気分</u>　<u>結び</u>　　～・「日常生活の精神病理学　他」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２６　「小説の技法」M・クンデラ　岩波文庫　　３・１</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　　　　　　　</b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　P13　　　　　　</p><p>　１　◎○私にとって近代の創設者はデカルトだけではなく、またセルバンテスでもある　</p><p>○小説は時間を測定p14　　→プルーストとともに過去の把えがたい瞬間を　ジョイスとともに現在の把えがたい瞬間をp14</p><p>　　　○「認識の情熱」　（フッサールがヨーロッパ的精神性の本質とみなす情熱）p14</p><p>　Ⅱ　○優しさとは何なのかp47-8</p><p>　　　（さらに）「優しさとは大人の年齢が私たちに吹きこむ恐怖のことだ」『生は彼方に』</p><p>　　　○ムージル　→ベンヤミンは彼の知性を称賛しても芸術は評価しませんでしたp52</p><p>　　　○ハイデガー　　実存　　◎世界―内―存在　　in-der-Welt-sein</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　かたつむりとその殻のように結びついている</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　世界が変わるにつれ、実存もまた変わるp55</p><p>　　　　○「生は彼方に」　プラハーパリの5月p61</p><p>　　　　○（自然は地球から徐々に退却していく）p63</p><p>　　　　○（歴史は人間の手を逃れていく）　　</p><p>　　　　　◎地球は支配者がいないまま虚空の中を進んでいく→存在の耐えられない軽さ</p><p>　　　　○将来、地球から自然が消え去る時誰がそんなことに気づくでしょうか、</p><p>　　　　　　O・バス、ルネ・シャールの後継者はいるでしょうか?p64　　　　　</p><p>　　　Ⅴ　○現代史には大きな社会的規模で<i>カフカ的なもの</i>を生み出す様々な趨勢があるp149</p><p>　　　Ⅵ　◎○アフォリズム：aphorisme→「定義」を意味するギリシア語aphorisimusに由来、アフォリズムとは<u>すなわち定義の詩的な形式</u>p169</p><p>　　○活字caracteres　書物はだんだん小さな活字で印刷されるようになっている。</p><p>　　　　私は文学の終焉をこう想像する。誰も気づかないうちに、文字が徐々に縮小され、やがて完全に見えなくなってしまう</p><p>○・コンラッド「西欧の眼の下に」p183</p><p>○『冗談』68年と69年の間、西欧の全ての言語に翻訳されるp184　　p187</p><p>○◎連祷 Litanie　反復とは作曲の原則であり、連祷とは音楽になった言葉のことだ</p><p>　○老年 Vieillesse　人間が大衆の意見を、大衆そして未来の意見を集約できるのは</p><p>　年とった時でしかない。老人は近づいた死と一緒に一人でいるのだが、死には眼　</p><p>　も耳もないので機嫌をうかがう必要はない。P215</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２７　「ソシュールのアナグラム」スタロバンスキー、水声社　　３・３</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○望むと望まないにかかわらず、アナグラムは詩作の基礎となる。P91</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">２８　　日記より　　３・９</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　　3月９日（日）</p><p>　　晴れ。朝にかけては雪の寒い日だった。昨日は「永田　浩三教授最終講義　一部『記憶の継承・映像と言葉の可能性』」に出席。武蔵大大講堂。パーティーにも出る。</p><p>　　　パーティでは久しぶりに東本さん、矢作、小林伸吉とゆっくり話せた。</p><p>　　　永田先生の個人史は、明治をこえて大阪の商家の歴史にも遡り、谷崎『細雪』のストーリーにも連なる、のが印象的だった。江田家の歴史とは船がかかわる点が似ているが、関西から東京への移行が決定的に異なる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　<b style="font-weight:bold;">２９　「災害とデマ」堀潤、インターナショナル新書　　３・１１</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　警視庁編「大正大震災火災誌」が記録する流言</p><p>　　　1日</p><p>　　　　13時頃　<u>富士山</u>に大爆発、今なお噴火中（下線：注目語句）</p><p>　　　　15時頃<u>　社会主義者と朝鮮人</u>の<u>放火</u>多し</p><p>　　　2日</p><p>　　　　10時頃　昨夜の火災は<u>「不逞鮮人」</u>の放火または<u>爆弾</u>の投擲</p><p>　　　　14時頃　朝鮮人約3000名<u>多摩川</u>を渉って来襲、住民と闘争中。（略）軍隊は六郷河畔に機関銃を備え（下略）</p><p>　　　　17時頃　朝鮮人110余名寺島署管内<u>四ツ木橋</u>付近に集まり、凶器で暴行あるい　　</p><p>　　　　　　　　は放火</p><p>　　　　18時頃　<u>井戸水</u>を飲み、菓子を食べるは<u>危険</u></p><p>　　　　　　　　<u>上野精養軒前</u>の井戸水の変色は毒薬のため</p><p>　　　　　　　　<u>広小路松坂屋</u>に爆弾2個　<u>朝鮮人</u>を逮捕</p><p>　　　　　　　　所持の2枚の紙幣は<u>社会主義者</u>より得た</p><p>　　　　19時頃　朝鮮人数百名、<u>亀戸署</u>管内にちん入し暴行中</p><p>　　　3日</p><p>　　　　04時頃　朝鮮人約二百名、<u>本郷向島方面より、上野公園に来襲する</u>ので、谷中方面に避難せよ</p><p>　　　　　　後に検証、流言・デマと認められたものp93-9</p><p>　　　　○「一番危険なのは、「偽ニュース」そのものではなく、自ら「疑う」「考える」ことをやめてしまい、分かりやすい話や感情的になりやすいテーマに簡単に飛びついてしまうこと」：楊井人文談p204</p><p>　　　　○ゲッペルス宣伝相　キーワード＝「大衆の<u>国民</u>化」</p><p>　　　　　　国家への帰属意識を持った人々p219</p><p>　　　　○「映画を宣伝戦の機関銃とするならば写真は、短刀よく人の心に直入する銃剣」（内閣情報部「写真週報」2号、1938）p227</p><p>　　　　○トランプ～「ポストトゥルース」→客観的事実よりも、強い意見、強い言葉、強烈な扇動によって人々の投票行動が左右される事象p260　　　　　　p264</p><p>　　　　○◎蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが、次々と連鎖を生み出し、想像以上の速さで世界を動かしていく→まさにバタフライエフェクト</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">３０　「長くきびしく道のり　徐兄弟獄中の生」徐京植、影書房　　３・１２</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○社会安全法　1975年制定。その文書一つを見ても日本の治安維持法を直接に継承</p><p>　　したものp69</p><p>　　○・山辺健太郎「社会主義運動半生記」岩波新書</p><p>　　○・魯迅　『野草』　「凧」?ｐ152</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">　３１　「生は彼方に」クンデラ、早川書房　　３・１３</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○最も美しい瞬間とは、一つの夢がまだ続いているのに、別の夢が生まれ始め、その中で目覚める瞬間であった。P87</p><p>○「生はかなたに」と、学生たちはソルボンヌの壁に書いていた。（略）　　p181-2</p><p>　　　それ（68年5月）に比べれば、パリコミューンのバリケードを夢見ながら、シャ</p><p>ルルヴィルから決してそこに行くことができなかったランボーの運命は何と痛まし　　</p><p>徒はいいものだったろう。しかし1968年には、幾千ものランボーたちが、バリケードを持ち、その背景に立って，この世界の古い主人たちとのあらゆる妥協を拒否していた。</p><p>　　○◎詩とは、あらゆる断言が真実となる領域のことである。P216</p><p>　訳者あとがき　西永良成　</p><p>○「生は彼方に」　　→「まことの生はここにはない」『地獄の季節』の一句</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">３２　「ミャンマー証言詩集　19８8-2021　コウコウテッほか　　３・１５　</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○「いくら新芽を摘んでも春は止まらない」</p><p>　　　Picking off new shoots will not stop the spring．マ・ティ―ダ―　p27</p><p>　　○枯れることは咲くこと　To wilt is to bloom　チョーヌエー　p173</p><p>&nbsp;</p><p>　　　花にとって　枯れることは咲くこと</p><p>　　　一つ摘み取られれば　一つ芽を出し</p><p>　　　二つ斬られれば　二つ咲く</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">３３　　日記より　　３・１９</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　3月19日（水）</p><p>　　雪。窓の外を見たら、雪が降っていた。夜半に雨の音がしなくなり、明け方一度</p><p>雷鳴が轟いたあと、そのまま雨音がしなくなったのであるいはと思ったが、案の定</p><p>　　　だった。東京都の中学校は雪の卒業式ということになる。ラギのインスタによれば、前川沿いの桜は数輪開花しているというが。</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>　　　</p><p>　　</p><p><b style="font-weight:bold;">　３４　「現代思想　特集・藤田省三」2004年2月号、青土社　　３・２３</b>　</p><p>&nbsp;</p><p>　　△「実感」の意味　　藤田省三</p><p>　　　〇「感性的認識」そのものの<i>あり方</i>を自分で計画することが大切ｐ41</p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 〇感覚構造のどの地点にメスを刺せば、全体がたやすく変えられるようになるだろうか？という問題の意識pp41</p><p>　　　〇方法の意味を探った好著・市井三郎「ホワイトヘッドの哲学」p42</p><p>　　△幕末・維新思想史演習　福沢諭吉研究　『文明論之概略』講義　　藤田省三</p><p>　　　〇「理性」範疇が世界史上初めて現れたのはギリシャ⇒福沢：日本のなかにおけるそういう理性範疇の発見にあったp46　　　　　　　　　　　　　　　　　p51　　　</p><p>　　　九章　日本文明の特徴 →日本社会のどの部分を切り取っても必ず権力の偏重がある　　</p><p>　　　△「痩我慢の説」を読む　藤田省三</p><p>　　　〇小国が大国・強国に充分対抗できている状態こそが痩我慢の精神p57</p><p>　　△黙示録の響き　谷川雁+Ｆ　「思想の科学」63年1月号</p><p>　　　〇普遍性というのは二つ　①立体的な個別との関係における普遍　⓶横に広がりさえすればそれが普遍であるp67</p><p>　　△藤田氏の声の方位について　独立精神とはなにか　本堂明</p><p>　　　〇「<u>新石器時代以来の人類史的大変化</u>に晒されるに至ったところに今日の根本的な危機性がある」（F「精神の非常時」）p91</p><p>　　　〇過去の事物はベンヤミンがいうように「死んで」おり、逆にそれが組み込まれていた体系性を離れて「骨片」と化し、「断片」として埋もれている。P92</p><p>　　　〇・ジャンケレヴィッチ「仕事と日々」みすずp97</p><p>　　△普遍主義とマルクス主義　牧村　洋</p><p>　　　〇積極的な革命の前提条件とは、このような自然権的感覚の定着した社会において成立するのではないか。P119</p><p>　　△「あらゆる批判は控えてください」東琢磨　　　　　　　　　　　　　　　　p154</p><p>　　　〇『精神史的考察』⇒方法的な飛石は、一個の芸術なのであり、現実から取り出された断片の並べ方次第で断片の生まれ変わりと新たな全体像の誕生がもたらされるのは人間社会に固有の歴史的考察にほかならない」F：「都市の周縁」市村への書評</p><p>　　　〇・「ある喪失の経験」1982年発表</p><p>　　△藤田省三における歴史の発見　 花森重行</p><p>　　　〇藤田が共著者として名を連ねる日本近代史の通史：『日本近代史』上下、合同出版、</p><p>　　　1955p160</p><p>　　　〇五十年代後半の丸山とFとは二人三脚の歩みを進んでいた。</p><p>　　　　◎「ぼくは丸山先生については『日本の思想』からだめになったという説なんだ」21　21：戦後精神史序説:4回　知識人について『世界』98年4月号　p162</p><p>　　　〇（政府主導の「明治維新百年」に）対抗しようとする小尾元編集長の指示に促されて一気に書いた」24　みすず著作集版へのまえがき　p162</p><p>　　　〇50年代後半以来の谷川雁との言葉のぶつけ合いこそが、藤田に「状況」の中で歴史を読み解くという作業を可能にしたのではないだろうか。P167</p><p>　　△藤田省三についての断章　　鱈場　真史</p><p>　　　〇藤田氏に一貫していたものは、天皇制をはじめとする「全体主義的なるもの」或いは全体主義的諸傾向と絶えず格闘し続けてきた、というほうがより正確p175</p><p>　　　〇「記憶<i>メモリー</i>と深さは同一である、というよりも<u>想起</u><i><u>リメンバランス</u></i>がなければ人間にとって深さは存在しないのである」（アーレント「権威とは何か」p127『過去と未来の間』みすず）p177</p><p>　　　〇「その意味で「経験」の構造を考察するには、「時間」の要素を抜きにしてはならない」（F「新品文化」註2）p177</p><p>　　△「藤田省三の世界」の成立　　和田　悠</p><p>　　　〇Fの作品群の中で、学問的方法とスタイルの転回をなす著作は『考察』　p186</p><p>　　　〇「高度成長の時代」にあって、大学教授という「制度」から自発的に降りて、自らの実存を賭けて知的活動を持続し、批判精神の輝きを失うことがなかった「存在」</p><p>　　　〇後期F→著作でいえば、『考察』、『全体主義の時代経験』、『「写真と社会」小史』でありベンヤミンの影響を受けながら「経験」という概念が藤田のなかでクローズアップされていく時期p187</p><p>　　　〇◎<u>「論文」を「断片」と化してある順序に従って配列</u>し、『考察』を編むことは、ベンヤミンの方法を受けてなされた<u>「モンタージュ」</u>の実践であった。P187</p><p>　　　〇本の過剰な多産←→延々と持続しながら大団円に終わる伝統的形態「ストーリー」に代わって、一体どのような「一貫した形姿」が新たな形態での「筋」の「形式」として現われ出るのかを試すp187　　　　　　　　　　　　　　　　　p188</p><p>　　　〇◎『考察』には「前期F」的な側面と「後期F」的な側面を見い出すことができる</p><p>　　　２〇◎『考察』後半部には<u>「経験」とその喪失という主題</u>が鮮明になるp189</p><p>　　　〇80年代→「絶望をこえて絶望を<i>説明するようになった</i>」：Fの自己規定　⑵</p><p>⑴&nbsp;&nbsp;&nbsp; 「世界」1998年5月号</p><p>　○説明してこなかった<u>「前期</u><u>F</u><u>」（</u><u>50</u><u>年代半ばから</u><u>60</u><u>年代半ばまで）</u>について</p><p>　藤田の同時代認識とそれと関わらせて学問スタイルを確認しておきたいp189</p><p>　　　〇◎小文<u>「喜劇的状況の問題性」</u>1959年：安楽への全体主義を思わせる←→<u>知識人としての投企p190</u></p><p>　　　〇日本国憲法を実体化して、合法性のレベルで法を意識するのではなく、自然法の精神を基礎にして「制度」を相対化して理解するような政治的態度を日本社会に根付かせていこうとする<u>戦略</u>p190</p><p>　　　〇◎66年の<u>「</u><u>10</u><u>・</u><u>21</u><u>スト支援国民集会」</u>でのFの演説をまとめた小論<u>「普遍的道理にしたがう精神」</u><u>p191</u></p><p>　　　〇◎運動の勝利＝よし敗北しても、運動の目的とする<u>価値が社会の中に染み渡りいわば「受肉</u>」していったならばそれこそが運動の勝利p191</p><p>　　　〇Fの思想史の方法　こうした矮小性、問題性を国家的価値を超える「普遍的価値」を設定し、そこから天皇制国家の支配原理、価値の擬似的性格をあぶり出すp192</p><p>　　　〇後期Fにあっては言及されなくなる内村鑑三とその自我構造が普遍者形成の一つの型として設定された＝「大正デモクラシー精神の一側面」p192　　　　p193</p><p>　　　〇71年3月　法大を辞める　みすず社員→みすずセミナーほか→社会の原初的、</p><p><u>すなわち古典的形姿から高度経済成長の日本社会を照射</u>しようとする試み＝古代や未開を「同時性」において読むこと：・市村弘正「読むという生き方」平凡社2003　</p><p>　　　〇◎「壁に突き当たったら後ろを向いてみるとよい場合がある。過去の歴史的経験が眼前に広がっているのでつぶさにそれらを検討することができるはずだ（略）いくら「八方ふさがり」でも最小限、下の方に掘ることはできる、深さへの到達だ」74年未來社『現代史断章』の序文p194</p><p>　　　〇74年から75年にかけてFはベンヤミンを集中的に読む→その勉強ぶりは猛烈→宮村治雄の回想p193-4</p><p>　　　〇手紙⇒「相手との関係がその中には記録される。相手との関係だけではなく相手に伝えようとする「世界との関係」もまた、その中に記録される」⑪p196</p><p>　　　〇Fの<i>思想史における方法論的転回</i></p><p>　　　　「維新の精神」：方法論的無自覚と普遍性の欠如</p><p>　　　　「解説」：岩波の「日本思想史体系」の一巻として編集した『吉田松陰論』に所収された藤田省三の「解説」にあたるものp195-6</p><p>　　　〇松陰の場合にも、戦没者の場合にも崩壊の過程で生じる普遍的意味に照準が合わされてそれをＦがくみ取ろうとしている　p198</p><p>　　　　〇「全体主義という文明の終末形式が全面支配を達成した」場所にあって「人間の最後の健全さを保つ」ためにはすなわち「経験」を取り戻すp199</p><p>　　　△天皇制・総力戦・農本主義　道場親信　初期藤田省三と松下圭一をつなぐもの</p><p>　　　　〇「0からの出発　鶴俊・鴈・吉本」→「自然状態」における日本の戦後経験を「日本の戦後の原人性」と表現しているp219</p><p>　　　　〇象徴天皇制に反対の者が、元首天皇制に対して最も強力に抵抗しうる（「規範を溶かすものと創るもの」1962）p220</p><p>　　　　〇「自由」を自ら作りだす主体の場として安保後の議論を踏まえつつ、「闇市」における自然状態とそこにおける「民間公共」の可能性を提出→中野区江古田にあった交換所p220</p><p>　　　△不良精神のコミットメント　川本　隆史</p><p>　　　　〇この国は道徳主義の国であるにもかかわらず、むしろ道徳主義の国だからかえって倫理学が存在していない（著作集４）p237</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">３５　「死刑囚最後の日」ユーゴー、光文社文庫　　３・２３</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　○12人の陪審員　フランス！　p12</p><p>　　○隠語　　寡婦を娶る：絞首刑になる　　丸太：ギロチンで斬られる</p><p>　　　　　　ソルボンヌ：犯罪を思いつき、そそのかす　　嘘つき女：テロ</p><p>　　　　　　部屋:死刑執行人　　円錐：死　p22</p><p>　　○墓の扉は内側から開くことはない　末尾p38</p><p>　解説　小倉孝誠</p><p>　　○ユーゴー　死刑廃止論者の代表の一人p235</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">３６　◎「社会的共通資本」宇沢弘文、岩波新書、2000　　３・２５</b></p><p>&nbsp;</p><p>　序章　豊かな社会とは</p><p>　　　○◎社会的共通資本　<u>いいかえれば、</u><u>分権的市場経済制度</u><u>が円滑に機能し、実質的</u>　　<u>所得分配が安定的となるような制度的条件</u>～N・ヴェブレンの制度主義の考え方～デューイのリベラリズムの思想p4</p><p>○アメリカ資本主義の内部的矛盾の深刻化→92年4月に起こったアメリカ史上最大規模のロス大暴動が象徴的p12</p><p>　Ⅰ章　社会的共通資本の考え方</p><p>　　　○新古典派理論　　純粋な意味における市民経済制度という虚構を構築し、その枠組の中で理性的、倫理的演繹を試みたp29</p><p>　2章　農業と農村</p><p>　　　○農の営みは人類の歴史とともに古い、というよりは、人類を特徴づけるものとして農の意味づけが存在するp47</p><p>　　　○農業基本法の基本的な考えかたそのものに大きな問題→農業を工業と同じような性格をもつものと考え、市場効率性にもとづいて農業部門に対する資産配分のパフォーマンスをを評価しようとする考え方ｐ52</p><p>　　　○農業基本法の背後に存在する経済思想はじつはIMF制度とならんで、第二次世界大戦後の国際経済関係を規定する重要な制度の一つであるGATT体制の考え方と軌を一にす るp56-7</p><p>　　　〇国際的な観点からの市場原理が適用されるとすれば、日本経済は工業部門に特化して農業の比率は極端に低く農村は事実上消滅するという結果になりかねないp62</p><p>　　　〇どの社会をとってみても、その人口の一定のある一定の割合が農村で生活しているということが、社会的安定性を維持するために不可欠p67</p><p>　　　〇農業が若者にとって魅力的でなくなってしまった最も大きな原因は、農業に従事することによって得られる職業的充実感が少なくなり、知的な意味でも社会的な意味でも、存在感がきわめてうすいものになってしまったp68</p><p>　　　〇新規学卒就農者　61年：9万人近く　　91年：1800人</p><p>　　　　　全国地方自治体数より少なく、一自治体あたり就農者は1人以下p72</p><p>　　　○農業基本法は、一戸一戸の農家を一つの経営単位と考えて、工業部門における一事業所ないしは企業と同じ位置づけを与えているp75</p><p>　　　〇◎経営単位としてとられるべきものは、一戸一戸の農家ではなく、一つ一つの<u>コモンズとしての農村</u>でなければならないp77</p><p>　　　〇◎70年代から80年代にかけて、レーガン、サッチャー、中曽根の政治思想に象徴されるように、多くの資本主義諸国が現に直面している世紀末的現象を生み出すのに決定的な役割p81</p><p>　　　〇コモンズについては、その集団にないしコミュニティに属している人々は、コモンズの利用に関して、歴史的に決められたルールに従って行動することを要請されている　　例：日本の森林入会地の場合　p83</p><p>　　　〇コモンズの希少資源は必ず過剰に利用され枯渇してしまうという前提条件</p><p>　　　　Sanrizuka Commons　の構想→持続可能な農業へSastainable Agriculture　p88</p><p>　　　〇三里塚農社の定款　社員、土地（共有地と私有地）　理事会、社員総会p89</p><p>&nbsp;　　3章　都市を考える　　社会的共通資本としての都市</p><p>　　　〇ある限定された地域に、数多くの人々が居住し、そこで働き生計を立てるために必要な所得を得る場　∔多くの人々がお互いに密接な関係をもつことによって、文化の創造、維持をはかってゆく場p95</p><p>　　　〇都市では本源的な意味における土地の生産性に依存することなく生産活動を行うことができるという点で、農村と本質的に異なるp95</p><p>　　　〇もともと、社会的共通資本の考え方は、自動車の社会的費用の概念を明確に理解するために考え出されたものｐ105</p><p>　　　〇とくに深刻な健康被害をもたらすのは、二酸化窒素であって、その影響は広範な領域にわたっている。</p><p>　　　　<u>78</u><u>年環境庁</u>は、<i><u>二酸化窒素に関わる環境基準を大幅に緩和</u></i>する措置を強行、</p><p>　　　　　全国の測定地　旧基準をみたす　5％以下→95%が新基準をみたすp112</p><p>　　　〇ル・コルビジョエの「輝ける都市」の人間的貧困と文化的俗悪とを的確に指摘→J・ジェイコブズの思想p118</p><p>　　4章　学校教育を考える</p><p>　　　〇デューイ　名著・「民主主義と教育」→学校教育制度の３つの機能→社会的統合、平等、人格的発達p132</p><p>　　　〇ヴェブレン　人間固有の本能的特性をあらわす</p><p>　　　　Idle Quriosity　「自由な知識欲」</p><p>　　　　Inctinct of Workmanship　「職人気質」p149</p><p>　　　〇とくにサッチャー政権となって、大学関係の予算を大幅に削減するという暴挙に出てから大きく変質p161</p><p>　　5章　社会的共通資本としての医療</p><p>　　　〇◎<u>医療を経済に合わせるのでなく、経済を医療に合わせる</u>のが社会的共通資本としての医療を考える時の基本的視点であるp170</p><p>　　　〇日本の医療制度の矛盾を一言で言ってしまえば、それは、医療的最適性と経営的最適性の乖離p175</p><p>　　6章　社会的共通資本としての金融制度</p><p>　　　〇アメリカの実質的国民所得もまた、1929年から34年にかけての四年間に半分に落ち込み、ほぼ一万件に上る金融機関が倒産p185　　　　　　　　　　　p188-9　　</p><p>　　　〇ニューディール政策の背後には、ヴェブレンを中心とする制度学派経済学の考え方があった→銀行制度や社会的インフラストラクチャーなどの社会的共通資本</p><p>　　7章　地球環境</p><p>　　　〇自然環境について最も特徴的な性質は、その再生産のプロセスが、生物学的ないしはエコロジカルな要因によって規定されているp205</p><p>　　　〇アメリカインディアンの酋長シャトルが言ったといわれる言葉</p><p>　　　　「白人にとっては、大地は兄弟ではなく、敵である。（略）白人は貪欲に、大地を食いつくし、あとには、荒涼たる砂漠しか残らない。」p209</p><p>　　　〇キリスト教の教義が、自然に対する人間の優位にかんする論理的根拠を提供し、人間の意志による自然環境の破壊、搾取に対してサンクションを与えた　p213</p><p>　〇ルネッサンスは人間の復興であったが、それは自然の凋落を意味している。P213</p><p>　〇環境と経済の間　→この三十年ほどの間に本質的な変化が起こりつつあるp215</p><p>　　　〇◎社会的共通資本の理論から<u>ただちに導き出される</u>のは、<u>炭素税、二酸化炭素税、もっと広くとれば環境税の考え方</u>である。　<u>全巻結び</u>p227</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/bobo1481/entry-12964473936.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2026 22:19:07 +0900</pubDate>
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