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<title>平成のイザベラバード</title>
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<title>和歌山県御坊の白みそ</title>
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<![CDATA[ <p>狭庭の山椒の葉は、ぐんぐん成長している。ワサビの葉ががんによいと聞いたことがあるが、免疫を高めるのにこの生命力あふれる山椒の葉もたぶん免疫力を上げてくれていると思う。おまけにこの時期どんな料理にも使えるので重宝この上ない我が家の大事なハーブ。（もう一つはローズマリー）</p><p>&nbsp;</p><p>木の芽和えで私が使っている「白みそ」は、日本に初めて味噌の製造法を教えた鎌倉時代のお坊様由来の和歌山県は御坊の「堀河屋野村」という１８代も続いている老舗の白みそだ。</p><p>&nbsp;</p><p>このお味噌は冬しか製造していない。なくなったからといってこれから何か月も待たなくてはならないのだ。　オーガニックシンプル料理で有名なアメリカのアリス・ウオータースに刺激を受けた方のお料理教室、まさに日本のオーガニック料理の母から分けて頂いたものだ。今年は初めて丸餅と白みそのお雑煮を作ったり、自粛のお陰で凝ったお料理「鰆の西京漬け」や木の芽和えなどを作っていたら、おまけに普段のお味噌汁にも白みそを入れると美味しくなるので、半年もたたないうちに５００グラムのお味噌がもうひとなめで終わりそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>お醤油は千葉県が有名だが、しょうゆの発祥もこの地域で、そのお坊さまが味噌作りを教えているときに偶然出てきた</p><p>液体が醤油の始まりだそうだ。　御坊の堀河屋野村では「三ツ星醤油」という高いけれどなかなか美味なお醤油も作っている。中国から渡ってきたというか、修行にでたお坊様が日本に持ち帰られて広まったものは、お茶もそうだった。</p><p>１０００年の歴史。食材の歴史や野菜の種の起源を気にかけていると料理もなかなかクリエイティブな趣味になる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 06 May 2020 23:17:05 +0900</pubDate>
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<title>ヴェネチアの黒いゴンドラとペスト（黒死病）のこと</title>
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<![CDATA[ <p>イタリアのヴェネチアは水の都。大きな運河を中心に水上バスが交通機関の要となっている。</p><p>ゴンドラは観光客にとっては欠かせない素敵なひと時をすごさせてくれる非日常の乗り物だ。</p><p>もう３０年以上も前の話。　ニュヨークからローマ経由でベネチアの友人を訪ねた。乗り換えのローマの空港では</p><p>偶然マザーテレサにお会いした。マザーは冬なのに薄いカーディガンに、素足にサンダル履きでいらした。</p><p>警察官がひとり護衛についていた。　写真を一緒に撮ったものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>ベネチアは二回目の訪問だったが、ゴンドラに乗ったのは初めてだった。友人宅のすぐそばまで迎えに来てくれて考えてみたら個人ハイヤーを頼んだようなものだった。浅草から浜離宮まで隅田川から東京の景色を眺めるようなものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ベネチアには１００年ごとに疫病が流行ったそうだ。１００年前にペストが大流行した時、街の人々は、聖母マリア様にペストを抑えてくれたらゴンドラを全部黒く塗りますと祈った。その時からヴェネチアのゴンドラは黒一色のものになったという。</p><p>&nbsp;</p><p>先日NHKでベネチアのカーニバルが今年２０２０年は新型コロナのせいで突如中止になったことを放映していた。ちょうどカーニバルに多くの人が集まっている最中にだ。カーニバルのお面（マスク）で面白い形のものがある。それは真っ白く塗られたマスクで鼻のところが出っ張っている仮面だ。患者からペスト菌がうつらないように、医者はその鼻の部分に様々な薬草を詰めた仮面をかぶっていたのだそうだ。変わった形だなと前から思っていたのですぐに納得。</p><p>そんな説明を聞いていて、今、マスクをするとき私がアルコールをマスクと口の間の布に吹きかけているのと同じだなと思ったものだ。　今月は聖五月といってマリア様の月だ。神様にお祈りをしなくてはならない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/bobolink-11/entry-12594158696.html</link>
<pubDate>Sat, 02 May 2020 22:52:48 +0900</pubDate>
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<title>タケノコの木の芽和え</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><span style="font-size: 1.4em;">　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200421/16/bobolink-11/0c/95/j/o0640048014746943989.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200421/16/bobolink-11/0c/95/j/o0640048014746943989.jpg" width="220"></a></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 1.4em;">&nbsp;4月中頃の狭庭で一番の勢いのある植物は山椒の木。鳥の糞から芽が出て10センチほどの華奢な木になった。と思っていたら、あれよあれよと一年ごとに大きくなり、いまでは2メートルの高木に。春の息吹とともに真っ先に芽吹き、葉の群生する真ん中あたりには希少な花山椒もいっぱいつけている。しばらくするとジャムの空き瓶二つ分くらいの山椒の実をつけてくれる。こんなに生産性の高い木ってあるのかしらと思う。生命力の強い木から生気を貰ったような気にもなる。この春は特にそう思う。</span></p><p><span style="font-size: 1.4em;">　今日もタケノコの木の芽和えにトライ。葉をみじん切りして白みそとみりんで和えてみた。自家製っぽい味だった。次はテレビでしていた山椒の葉を混ぜ込んだご飯を生ハムで巻くお弁当にしてみよう。</span></p><p><span style="font-size: 1.4em;">　昔、京都祇園で板前割烹として知られた「浜作」のご主人森川氏が目の前のカウンターで山椒をすり鉢ですりタケノコの和え物を作って下さったことを思い出す。さすがに洗練された味だった。八坂神社の枝垂れ桜の夜桜がよかった。25年以上も前の事だから、割烹のご主人の叔父様にあたる森川先生が亡くなられてもう四半世紀は経っているということだ。森川教授は「タケノコは京都のが一番ですよ」と話しておられた。　&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp;</span><span style="font-size: 22.4px;">「様々なこと思い出す桜かな」　芭蕉</span></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 18 Apr 2020 19:26:15 +0900</pubDate>
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<title>平成のイザベラバード</title>
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<![CDATA[ <p>　北海道の空からの玄関口、千歳から車で小一時間、苫小牧から太平洋に沿って西に向かった町、白老町の「ポロトコタン」を始めて訪れたのは15年も前の事だ。水面がキラキラ輝く美しい静かな湖と素朴なお土産屋さんに続いている博物館らしきものがあるだけだった。高校生の時に読んだ武田泰淳の小説「森と湖の祭り」はこの湖だろうと思ったものだ。そこにはその昔、アイヌの人々が伊達藩との交易をした品や鮭を天井からつるした人々の暮らしぶりが再現されていた。もう一度行ってみたい湖だ。　2020年5月末には新たに国立のアイヌ民族博物館として同じ場所に開設されるという。</p><p>&nbsp;</p><p>　その土産物店（博物館）で偶然見つけた一冊の本が「イザベラ^バード日本奥地紀行」だった。イザベラ・バード（１８３１ー１９０４）はビクトリア時代でも珍しい女性の旅行家で、北海道の白老町よりもっと北に行った沙流川ほとりでアイヌの人々と生活を共にした記録を妹あての手紙で残していた。世界中を結構旅している上に、寺社仏閣より人間観察が好きな私のお手本になる人だっと直感的に思ったのが16年前の事。その後「日本奥地紀行」はいつ読み返しても刺激を貰う本になった。同じ著者の「ハワイ紀行」もハワイに行くたびに必ずカバンにしのばせている。</p><p>&nbsp;</p><p>　おととい（2020年4月20日）の日経朝刊に北海道を測量し北海道と名付けた松浦武四郎が描いたアイヌの伝説の小人（コロボックル）が大きなフキの葉の下に隠れている絵が「アイヌ絵の世界十選」として掲載されていた。コロボックルが本当にいたのではと思わせる北海道と「日本奥地紀行」との出会いが「平成のイザベラ・バード」のブログの始まりだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 20 Mar 2020 17:21:48 +0900</pubDate>
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<title>test</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190930/20/bobolink-11/26/30/j/o0640048014603328025.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190930/20/bobolink-11/26/30/j/o0640048014603328025.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Mon, 30 Sep 2019 20:55:13 +0900</pubDate>
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<title>2019年5月3日</title>
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<![CDATA[ <font size="4">世の中の動きと違って何も大きなことは起こっていない私の周り。</font><div><font size="4">いつも通りの小諸での全国俳句大会、小諸は穏やかな信州の街だ。</font></div><div><font size="4">高浜虚子が戦時中疎開をしていたので俳人との繋がりが深い。</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><font size="4">いつも通りの軽井沢の連休。</font><span style="font-size:13.5pt;">今年はタラの芽がまだ小さくて、4月の蕗の薹の天ぷらだけで庭の収穫野草は来年までお預け。駅の売店で地獄谷温泉のお猿が描かれた七味を購入。　NYへもっていかなくては。</span></div><div><span style="font-size:13.5pt;"><br></span></div><div><font size="4">昨年二月、雪のお猿の温泉にファンロンパイ夫人をお連れしたときは日本人観光客はだーれもいなくてほとんど外国の人たちだけだった。長い時間カメラを構えていた人たち。そのお猿さんが七味の小さな缶に描かれている。</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><span style="font-size:13.5pt;">東京で衣替えをするために今年は軽井沢を早めに引き上げた。これを書き終えたのは５月の3日。</span></div>
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<pubDate>Fri, 03 May 2019 06:48:47 +0900</pubDate>
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<title>James May氏の取材 　Amazon　Prime ドキュメンタリーフイルム</title>
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<![CDATA[ <font size="4">今日は花冷えの日だった。</font><div><font size="4">そんな午後の数時間、中野区の鷺宮にある古民家で</font><div><font size="4">イギリスから日本全国津々浦々、イギリス人の好みそうな日本の文化を取材に来ているイギリス人ジャーナリスト、ジェイムズ・メイさんとそのクルーの取材を受けた。</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><font size="4">北海道の稚内から5週間前に始まって、札幌ナンバーの大きなランドクルーザー３台に撮影機材を搭載して、苫小牧からはフエリーに乗って、車で移動しているとの事。これからまだ5週間日本に滞在し富士山に行ったり九州や沖縄まで行くとか。</font></div><div><br></div><div><font size="4">BBCの"TOP GEAR" というイギリス人ならだれでも知っているという番組の司会者らしい。　俳句に興味を持っていて、自分の俳句を採点して欲しいとか、俳句とは何ぞやだったらしいが、彼の質問にはほとんど木内理事が応えて下さったが、人前でこちらが言いたいことをスピーチするのと違い、質問に答えるのはとっても難しい。人の話を聴くのが私は特に苦手。</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><font size="4">季語が入ってないからあまり褒めることもできないし、シェイクスピアに比べて短くてよいというのが彼の発見。　だからこそ皆に人気があるのよねと言ったつもりだけど、わかってくれたかなあ。</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><font size="4">呉竹の筆ペンで短冊に彼の俳句を書いてもらったところ、筆ペンをいたく気に入ってくれたので差し上げた。　　</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><font size="4">生まれて初めてあんなに大勢のクルーのカメラの前で取材を受けた。</font></div><div><font size="4">一期一会の良い経験だった。　古民家は寒かった。</font></div><div><font size="4"><br></font></div><div><font size="4">その後すぐに帝国ホテルに行き、古い知り合いの参議院議員の励ます会に出席。　</font><span style="font-size:13.5pt;">未だ一期生だから7月の選挙が大変らしい。アマゾンプライムのの出演料は励ます会にちょうど消えた。そんなものかも。</span></div></div>
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<pubDate>Tue, 09 Apr 2019 22:01:26 +0900</pubDate>
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<title>L.H.ブライス　俳句と能のつながり</title>
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<![CDATA[ <font size="5">お能って何？　銀座松屋の後にできた銀座シックスの地下3階に観世能楽堂があることを初めて知りました。</font><div><font size="5"><br></font></div><div><font size="5">また、俳句を世界に広めたイギリス人で、今の天皇陛下（あとひと月の平成の御代）の家庭教師をして、GHQのヘンダーソンと一緒にマッカーサーと昭和天皇の会見をセットしたL.H.ブライス、俳句をする人なら知らない人はいないその人の事がお能の創作能で上演されるとのお誘いを頂きお能と俳句の繋がりを学びたいと行ってきました。</font><div><font size="5"><br></font></div><div><font size="5">創作能はそのブライスとアメリカ人で二年間の自給自足の生活「ウォールデン森の生活」</font><span style="font-size:18pt;">の著者ヘンリー・ソローの霊とを絡めたお話で、何やらよくわからず、案の定、眠りに陥いること数回。日本人には何とも心地よい静かな音楽、おばあちゃまもしていたお謡いが心地よかったことは間違いなく、それでもなんでお能が武士のたしなみであったのかそれもよく分からず、俳句を世界に広めた功績のあるブライスを再認識できたことはよかったと思う。　</span></div><div><span style="font-size:18pt;"><br></span></div><div><span style="font-size:18pt;">高浜虚子も能を舞っていた写真が残っている。昭和のハイソサエティの嗜みだったのだろうか、、。一万円もするチケットもさることながら、歌舞伎に比べると敷居が高い文芸であるのだろう。</span></div><div><div><font size="5"><br></font></div><div><font size="5">様式美と象徴性は俳句とつながり、天と地との繋がりも面白い。まだまだ分からない文芸の奥は深い。それにしても俳句の大衆性は素晴らしい。</font></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/bobolink-11/entry-12475551223.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Mar 2019 21:57:29 +0900</pubDate>
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<title>メコンデルタ</title>
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<![CDATA[ <font size="5">添付写真について：</font><div><font size="5"><br></font></div><div><font size="5">ホーチミン郊外ミトーというところのメコン川をボートで10分の中洲の島にある果物園に案内された。川の水は茶色く濁り、メコンデルタの支流なのだと感じる。その農園では、南国独特の龍眼というフルーツの花からミツバチが集めたロイヤルゼリーをひと瓶1200円で買わされた。</font></div><div><font size="5">（写真の丸くて茶色い小さな果物）</font></div><div><font size="5"><br></font></div><div><font size="5">どの位ロイヤルゼリーが含まれているかまゆつばだが大好きな南国のフルーツをあれこれ試食させられたので何となくひと瓶位騙されてもよいかなと思った。</font></div><div><font size="5">昔、そう30年近く前、北京に駐在していたドイツ人外交官のイルミにあちこち連れて行ってもらった時、彼女は西洋人の博愛からか「お金を落としなさい」とよく言った。万里の長城でペットボトルの水が一ドル相当だったが彼らにとってはとても良いお金になるから高いと思ってはいけないと、寄付をしているようなものだった。</font></div><div><br></div><div><font size="5">そんなことを思い出した旅だった。</font></div>
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<pubDate>Sun, 10 Mar 2019 15:20:47 +0900</pubDate>
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<title>べトナム（ダナン　サイゴン）</title>
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<![CDATA[ <font size="5">ベトナムと言えば私の世代はベトナム戦争。その戦争は</font><font size="5">1985年まで続いていたのだからつい最近の出来事だ、</font><div><font size="5"><br></font></div><div><font size="5">日本の新聞は戦争報道にあふれていた。ベトナムの地名や歴史上の人々を私たちは知らないうちに頭に入れていた。</font><span style="font-size:18pt;">ところが、べトナムの若いガイドたちも俳句の交流で訪れた大学生たちもベトナム戦争時の固有名詞や戦争の具体的な遺跡など全く知らないようだった。</span></div><div><span style="font-size:18pt;">私たちが太平洋戦争をあまり知らないのと同じなのだと思う。おまけに日本の経済はベトナム戦争のお陰でよくなったということもあり得るだろう。</span><div><span style="font-size:18pt;"><br></span></div><div><span style="font-size:18pt;">ホーチミンというよりサイゴンといった方が分かりやすい街は、タイのバンコックとよく似ていた。カンボジアのシェムリアップとも。香港やキューバのハバナとも（！？）南米の国々とも。</span><span style="font-size:18pt;">道路は凸凹でほこりっぽく、市場はごちゃごちゃ。日本の戦後の復興時と変わらないのではと思う。日本の復興が速すぎたのかもしれない。</span></div><div><span style="font-size:18pt;"><br></span></div><div><span style="font-size:18pt;">ダナンもホーチミンも近代的なホテルは広くて清潔で素晴らしかった。世界一周しているような朝ごはんのバライエティさも味付けも素晴らしかった。　だが窓の外を見ると今にも壊れそうな建物に洗濯物がたくさん干され、大勢の人が済んでいるらしい。近藤紘一の『サイゴンから来た妻と娘』を思い出した。街はオートバイであふれたくましく生きている人々の生活は想像に難くない。</span></div><div><span style="font-size:18pt;"><br></span></div><div><span style="font-size:18pt;">昨年の同じころに行ったバンコクの街もそうだったが、東南アジアの国々はまさにこれからの国々なのだと思う。日本に留学したいという俳句好きな学生が大勢いた。</span></div></div><div><span style="font-size:18pt;"><br></span></div><div><span style="font-size:18pt;">今、日本の経済は世界の中で後れを取っていて停滞してると伝説のディーラーで参議院議員の藤巻健史さんは言っている。中国のスピードには負けているかもしれない。どうにもならない日本なのだろうか、それとももう復興しなくてもよいからなのだろうか。たくましさに欠けている日本を少し憂いてみる。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/bobolink-11/entry-12475551216.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Mar 2019 14:32:08 +0900</pubDate>
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