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<title>Kanesadaのブログ</title>
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<title>JT : Obstacles to green energy expantion</title>
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<![CDATA[ Obstacles to green energy expansion<br><br>FEB 10, 2014<br><br><br>The government has started a review of the feed-in-tariff (FIT) system under which the nation’s major power companies in principle have to buy electricity generated by solar, wind, geothermal and medium- to small-scale hydro power and biomass at fixed prices.<br><br>According to the trade and industry ministry, from July 1, 2012, when the system was started, to the end of this past October, 5.852 million kW of electricity from green energy sources were introduced — equivalent to electricity produced by five large nuclear power plants. The figure compares with 20.6 million kW of electricity from renewable energy sources prior to the start of the FIT system.<br><br>Although the FIT system has achieved some accomplishment, the weight of renewable energy sources in total electricity production is small compared with foreign countries. According to the Japan Renewable Energy Foundation, in one year since the start of the FIT system, the weight of electricity produced by green energy sources except hydro power increased from 1.4 percent to 2.4 percent. The review of the FIT system should not be perfunctory. Instead, the government should make serious efforts to remove obstacles to the expansion of renewable energy sources. Such efforts should include the separation of power transmission and distribution from power generation to help increase the entry of operators of renewable energy sources into the power market.<br><br>Although the FIT system has helped solar power generation expand to some extent, the expansion of wind power generation in Japan is stagnant at a time when it is expanding rapidly in other countries. According to the Wind Power Association, only 23 wind power generation facilities were installed in 2013 with a capacity reaching 470,000 kW — only one-fifth the total capacity of 2.52 million kW from wind power facilities introduced in 2010.<br><br>There are several reasons for the stagnation of wind power generation: the abolition of subsidies when the FIT system was started; the fact that wind power generation facilities became a target of the Environment Impact Assessment Law in October 2012; and most importantly, the reluctance of major power companies in Hokkaido and Tohoku, which have an abundance of wind, to provide access to power grids for operators of wind power generation facilities.<br><br>Major power companies often reject grid access with the excuse that connecting wind power generation facilities, which often suffer fluctuations in power generation, can make the total power generation unstable, or they ask operators of wind power facilities to connect with a remote transmission network or reduce their electricity output.<br><br>As long as major power companies remain intent on restarting their nuclear power plants and expanding low-cost coal-burning power generation, and at the same time continue to monopolize both power generation and power transmission and distribution, they will not have strong incentives to provide grid access to operators of renewable energy sources.<br><br>The government should allow entities besides major power companies to engage in the business of power transmission and distribution, and build a system in which priority will be given to connecting renewable energy sources to transmission grids. But until such reform takes place, the government should adopt a policy that will prevent major power companies from arbitrarily rejecting access to power grids to operators of renewable energy facilities. It also should extend various supports to financial companies, including loan guarantees, so that they will increase loans to operators of green energy sources. More importantly, the government should set a specific long-term goal for the expansion of renewable energy and take necessary measures to achieve it.
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11770015715.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Feb 2014 19:14:16 +0900</pubDate>
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<title>逗子事件概要：ストーカー被害者情報の漏洩</title>
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<![CDATA[ 逗子ストーカー殺人事件<br><br>2012年11月6日に神奈川県逗子市で発生した殺人事件。<br><br>2012年11月6日、神奈川県逗子市のアパート1階居間で当時33歳のフリーデザイナーの女性が刃物で刺殺され、犯人の東京都在住の元交際相手の当時40歳の男性が同じアパートの2階の出窓にひもをかけ、首吊り自殺した[1]。<br><br>経緯<br><br>2人は2004年頃から交際したが2年ほどで別れ、被害女性は2008年夏に結婚し逗子市に転居したが、元交際相手の加害男性には新しい姓や住所は隠していた。2010年4月頃に被害女性の結婚を知った加害男性から嫌がらせメールが届くようになった。メールは次第にエスカレートし、2011年4月には「刺し殺す」などと被害女性を脅すメールが1日に80通から100通送りつけられたため、女性はその旨を警察に相談し、同年6月に脅迫罪容疑で加害男性が逮捕される。同年9月に懲役1年・執行猶予3年の有罪判決が確定。同年7月にはストーカー規制法に基づく警告が出され、同年9月には被害女性の家に防犯カメラが設置された。<br><br>2012年3月下旬から4月上旬にかけて、被害女性は計1089通に上る嫌がらせメールが加害男性から送りつけられたため、警察に相談するも、メールには「結婚を約束したのに別の男と結婚した。契約不履行で慰謝料を払え」などと書かれていたが、警察は違法行為に該当しないとして立件を見送っていた。4月上旬以降はメールが届かなくなり、被害女性から警察に「静観したい」との申し出を<br>受けたが、自宅周辺で頻繁にパトロールを実施[2]。<br><br>また加害男性は2011年6月の逮捕前及び同年9月の有罪判決後からYahoo!知恵袋で複数のアカウント[3]を使って400件にもわたって質問をし、被害女性の居住地域や殺害に関する情報を収集しようとしていたとみられている[4]。事件直前の2012月11月に探偵事務所に被害女性の居場所を調べてほしいと依頼して、探偵事務所から所在確認の連絡を受けたことが判明している[5]。<br><br>嫌がらせが収まっていたこともあり被害女性は借りていた防犯カメラを返却したが[6]、その直後の2012年11月6日に殺人事件が起こった。事件直前に付近のコンビニの防犯カメラに、段ボール箱を持ちながら買い物をする加害男性が映っていたことや被害女性の玄関先に持ってきた段ボール箱を放置していたことから、加害男性は被害女性や近隣住民に怪しまれないよう運送業者を装って犯行に及んだ可能性がある[7]。加害男性は無施錠だった1階窓から侵入して犯行に及んだとみられている。同年12月28日に被疑者死亡として不起訴処分となった。<br><br>2014年1月24日、加害男性が依頼した探偵事務所からさらに調査依頼を受けた調査会社の実質経営者が被害女性の住所を聞き出すために事件前日の2012年11月5日に被害女性の夫を装って逗子市役所に電話をかけて「家内の税金の支払いの請求が来ているが、住所が間違っていないか」などと質問し、応対した市役所職員に不要なコンピューター操作をさせた偽計業務妨害罪容疑で逮捕された[8][9]。<br><br>問題点<br><br>以下の点が問題とされた。<br>被害者の個人情報の漏洩<br>被害女性は結婚して名字が変わっており、加害男性から逃れるために住所を引っ越していたが、2011年6月に神奈川県警が脅迫罪の逮捕状を執行する際に、記載された被害女性の結婚後の名字や転居先の市名などを読み上げていた[10]。<br><br>加害男性は逮捕前の2010年12月までの段階で被害女性が逗子市在住であることを把握していた可能性が高いことが判明しているが[11]、逮捕状執行の際に被害女性の結婚後の名字や正確な居住住所を知ったことで殺人事件につながった可能性がある。<br><br>ただし、この事件の教訓を受けて、後のストーカー事件において被害女性の名前を伏せて顔写真を添付した逮捕状を執行することで被害者の実名を伏せた事例があった。その一方で刑事訴訟法第256条で「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定されており[12]、「被害者名も含めて審理の対象を特定するのは刑事訴訟法の基本原則であり、刑事訴追するにあたって被害者の実名を被疑者に完全に伏せることは被疑者の防御権の行使が制限される」という司法関係者・学者の意見もあり、起訴の段階では起訴状に被害者の実名を記載しないことで被害者の実名を被疑者に知らせないことについて被疑者の防御権という問題が浮上している[12]。<br><br>この問題が注目された後に別の類似事件において、起訴状で被害者について実名を伏せるために「携帯のメールアドレスが○○＠○○〇〇だった女性[13]」「旧姓表記の被害女性[14]」「○○（量販店の店舗名）に勤務する××という名字の男性[15]」で対応したケースもあったが、カタカナ表記という形で完全秘匿には至らない形で実名表記になったケースがあったり、強制わいせつ事件の被害児童の氏名を匿名にした起訴状に対して東京地裁が検察に対して修正を命じて「母親の実名と続柄」という形で母親が実名表記になったケースがあったり[16][17][18]、法廷で被害者を匿名にした起訴状を朗読した後で被害者の顔写真を被告に示すケースが有ったり[19]など試行錯誤が続いている。<br><br>ストーカー規制法の不備<br><br>2012年3月から4月のメールは「婚約破棄により慰謝料要求」とする文言の連続メールが送られたが、ストーカー規制法では連続電話や連続FAXを「つきまとい行為」として禁止しているが、連続メールについては規定されていなかったことが盲点とされた[20]。他のストーカー規制法の該当事項（「監視していると告げる行為」「面会・交際・その他義務のないことを行うことの要求[21]」「乱暴な言動」「名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」「性的羞恥心を害する事項を告げること等」）にも該当せず、メールの内容から脅迫罪等の他の罪状は対象とならなかったため、警察に立件できないと判断された。<br><br>事件当時は大阪府や秋田県など14府県では迷惑防止条例でメールの連続送信をつきまとい行為として禁止していたが、加害男性が居住する東京都や被害女性が居住する神奈川県を含めた33都道県は条例に禁止規定がなかった[22]。<br><br>2013年6月にメールの連続送信をつきまとい行為として禁止することを規定したストーカー規制法改正案が成立し、同規定については同年7月から施行された。<br><br>保護観察中の「特別順守事項」の不把握<br><br>加害男性は2012年4月の繰り返しメールを送信していた時期は懲役刑の執行猶予による保護観察中であり、保護観察中の「特別順守事項」として被害女性とはメールを含め一切の接触が禁じられていたが、神奈川県警は把握していなかった[23]。<br><br>ストーカー被害団体は「法律に触れないので何もできなかったという警察の対応には問題」として法律を超えて加害者に対して強力な対応すべきとする意見が出たが、その一方で弁護士から「ストーカーと称して、正当な権利行使を妨げたり、犯罪となるべきところをストーカーを装ったとして、逃げ隠れする弊害もありますから、そのような乱用を防止することも必要」としてストーカーを防止する国家権力の悪用を懸念する意見も出ている
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11769900612.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Feb 2014 16:00:49 +0900</pubDate>
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<title>寅さんの口上</title>
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<![CDATA[ <br> <br>わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。皆様ともども冥利ジャンズ高鳴る大東京に仮の住まいまかりあります。不思議な縁持ちまして、たった一人の妹のために、粉骨砕身、バイ(商売)に励もうと思っております。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のお兄貴(あにぃ)さんお姐(あねぇ)さんにご厄介かけがちな若僧でござんす。以後見苦しき面体、お見知りおかれまして、恐惶(きょうこう)万端ひきたって、宜しくお頼み申します。<br><br>カドは一流デパート、赤木屋黒木屋白木屋さんで、紅白粉(おしろい)つけたおねえちゃんから、くださいちょうだいでいただきますと、五百が六百くだらない品物ですが、今日はそれだけくださいとはいいません。なぜかと言いますと、神田は六法堂という書店がわずか三十万円の税金で、泣きの涙で投げ出した品物です。四百、三百、二百、どうだ百両だぁ。どうだぁ。これでも買わない？畜生！よし、もうこうなったら浅野匠の上じゃないけど、腹切ったつもりだ。どうだい、よし、こうまけて、こうまけて、まかった、お前らこれ持ってけ、だめ？帰れババァ。よし、こうなったらもうおら死んだつもりだよ、火つけちゃうぞ。おじさん持ってけ！<br><br>あれぇ、この野郎、てめえ、さくらに惚れてやがんな。この野郎、女だとか愛だとかハチの頭だとかアリのキンタマだとかごたく並べやがってぇ。おい、てめえ、要するに、さくらのこと女房にもらいてえんだろう。<br><br>四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭いときた。どうだ、おい、よーし、まけちゃおう。まかったつむじが３つ、七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の柱に萱の屋根、手鍋下げてもわしゃいとやせぬ。信州信濃の新そばよりも、あたしゃあなたのそばがよい。あなた百までわしゃ九十九まで、ともにシラミのたかるまで、ときやがった。どうだ畜生！さあこれで買い手がなかったら、あたしゃ稼業３年の患いと思って諦めます。<br><br>天に軌道があるごとく、人それぞれに運命というものを持っております。とかく羊の女はカドに立たすなというが、もしそんなことを言っているんだとしたら、あなた方、娘さん、一生お嫁に行けない。な、そうだろう。うふふじゃない。こうやってポカンと口を開いてわたしの話を聞いているということは、だ。今日一日デートをする恋人がいないということだね。まあ、わたしの話を聞きなさい。しかし、人間、一寸先の運命は誰れにも予測ができない。わたしの話が終わる。あなたが帰ろうとする。パッと出会った眉目秀麗なる男(おのこ)が生涯の伴侶になるかもしれないよ。人は見かけによらぬもの。どっから見ても女に絶対もてそうもない男だ。仕事が終わる。家路につく。ガラッと格子を開けたら、あれっと思うような美人が待っていて、お帰りなさい、なんてことがあるかもしれない。へへ、いや、あるんだな。<br> <br>御通行中の皆様。新年あけましておめでとうございます。お客様、どうぞ、今年もよいお年でございますように。さて、ここに陳列されましたる幸せを呼ぶ鶴亀でございます。鶴は千年、亀は万年。あなた百まで、わしゃ九十九まで。共にシラミのたかるまで。三千世界の松の木が枯れても、お前さんと添わなきゃ娑婆に出た甲斐がない。七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の柱に萱の屋根、手鍋下げてもわしゃいとやせぬ。信州信濃の新そばよりも、あたしゃあなたのそばがよい。あなた百までわしゃ九十九まで、ともに白髪の生えるまで、というのが本当。もし、もしこれで買い手がなかったなら、本日、貧乏人の行列と思って諦めます。右に行ってみるたび、左に行ってみるたび・・・・・<br> <br>なぁ、おばあちゃんよぉ。こんな立派な鎌倉彫りがねぇ。わずかこんなお値段でお願いできるわけがないでしょう。これは大きな声じゃ言えないけどもねぇ。神田はポックリ堂という大きな履き物問屋がわずか何百万円かの税金で投げ出した品物だよ。デパートでお願いしましたら六百円が五百円する品物。今日はそれだけ下さいとは言わない。ね。腹切ったつもり。畜生！四百、三百、あーっこれで買い手がなかったら、右に行って田子の浦、左に行って三島。右と左の泣き別れだ。よし、特別、二百両。おばあちゃん、持ってけ。<br> <br>
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11768568090.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Feb 2014 19:35:24 +0900</pubDate>
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<title>社説　2月6日　新幹線談合</title>
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<![CDATA[ 新幹線談合―腐敗根絶へ制度強化を<br>2014年2月6日（木）<br><br><br>　地元の人びとが期待を寄せる新幹線の整備事業が、腐敗行為の舞台になっていた。<br><br>　来春の開業をめざす北陸新幹線の工事の入札で談合が発覚した。発注した独立行政法人も協力した疑いが持たれている。<br><br>　事業には国や自治体も出資しており、負担のツケは納税者やＪＲ利用者にも回ってくる。<br><br>　許しがたい行為であり、公正取引委員会と東京地検には早急に全容を解明してもらいたい。<br><br>　問題になっているのは、線路の雪を溶かす設備の工事だ。業者の会合後、予定価格に肉薄する価格で落札が相次いだ。<br><br>　談合には都市部の大企業が関与しており、放っておけば各地で同様に競争がゆがめられるおそれが高い。<br><br>　ひときわ深刻なのは、いわゆる「官製談合」の疑いもあることだ。発注側の「鉄道・運輸機構」の担当者は、業者に入札の情報を伝えていた。<br><br>　入札の不調で工事が遅れ、来春の開業に間に合わないと問題になる。その重圧があった、と機構の幹部は語っている。<br><br>　だが、工期を優先して談合に目をつぶったとすれば言語道断だ。公取委と地検は官側の責任にも厳格に切り込むべきだ。<br><br>　せめてもの救いは、一部の関係者の自発的な申告が解明の手がかりになっていることだ。<br><br>　違反行為を自ら申し出た企業は課徴金や刑事告発を免れる。この減免制度は２００６年の独占禁止法改正で導入され、その４年後に拡充された。<br><br>　導入が欧米より遅れた背景には司法取引的手法への懸念があった。仲間の告げ口が、日本の企業風土で期待できるかどうかも疑問視されていたが、着実に成果は出ているといえる。<br><br>　現実的に、こうした制度なしには、闇にはびこる談合やカルテルをつかむのは難しい。<br><br>　違法行為を申告せず課徴金を減免されなかった企業が、株主から訴訟を起こされるケースも出ている。コンプライアンス（法令順守）に対する株主や社会の目は厳しさを増している。<br><br>　企業が率先して違法行為がないか目を光らせる。それが企業自身のリスク回避に役立つ。そんな仕組みをめざしたい。<br><br>　談合を主導した企業への課徴金の割り増しや、懲役刑を引き上げる法改正が４年前にあった。だが、それでもまだ、欧米と比べれば制裁は緩い。一度摘発されても、違法行為を繰り返す企業もある。<br><br>　談合は、隠せないし、割にも合わない。そう実感させる制度へ向けて、ルールの強化を続けていくべきだ。
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11766207152.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Feb 2014 16:37:52 +0900</pubDate>
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<title>社説　2月3日　国立追悼施設</title>
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<![CDATA[ 国立追悼施設―首相が決断さえすれば<br>2014年2月3日<br><br><br>　日本と近隣諸国との間で、不信の連鎖が止まらない。<br><br>　国際会議で、日本と中国の閣僚らが安倍首相の歴史認識をめぐって批判しあう。こんな姿を見せられた世界は、はらはらしている。<br><br>　安倍首相は「対話のドアは常にオープンだ」と繰り返すが、もはやそれだけではすむまい。トゲを１本ずつ抜いていく具体的な行動を起こすときだ。<br><br>　その第一歩として、首相に提案したい。<br><br>　靖国参拝はやめ、戦争で亡くなった軍人も民間人も等しく悼むための無宗教の施設を新設すると宣言してはどうか。<br><br>　首相は、新たな施設には「亡くなった方のご家族はお参りしないだろう」と否定的だ。<br><br>　だが、遺族も一様ではない。<br><br>　「靖国で会おう」との言葉を信じ込み非業の死を遂げたと悔やむ遺族。Ａ級戦犯の前では手を合わせられない遺族。ほかの宗教を信じる遺族。<br><br>　その存在を知りながら、「英霊に尊崇の念を表すのは当然」と一色に塗りつぶす首相の姿勢は乱暴すぎないか。<br><br>　新たな施設に参拝するよう、遺族に強いるわけではない。いろいろな思いをもつ遺族や、外国の要人らに訪れてもらうための場だ。<br><br>　そもそも、政治家はなぜ靖国に参拝するのか。首相に近い議員がブログに記している。<br><br>　「靖国参拝の習慣はなかったが、政治家になって、遺族会にお世話になり、傷痍（しょうい）軍人会や軍人恩給連盟と交流するようになり、国民の代表として英霊にお参りする大切さを理解した」<br><br>　動機はそれぞれだろうが、政治的要請という側面が大きいのではないか。それで近隣諸国との紛争の危険を高めているとしたら、代償は大きすぎる。<br><br>　首相は新施設には「様々な意見があり、慎重に見極めたい」と語る。ならば「わだかまりなく追悼できる施設を」という声も真剣に検討してほしい。<br><br>　首相の参拝を支持する人たち、とりわけ若い世代にも耳を傾けてもらいたい。<br><br>　戦争の犠牲者を悼む気持ちは貴い。だが、靖国神社は単なる慰霊の場とはいえない。軍国主義と結びついた過去を引きずる宗教施設だ。<br><br>　首相ら政治指導者が参拝すれば、傷つく人が日本にもたくさんいる。米国のアーリントン国立墓地とは、決定的に違う。<br><br>　「歴史を学ばぬ者は、歴史から報復される」。報復によっていちばん被害を受けるのは、未来ある若者たちだ。そのことを忘れないでほしい。
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11764045516.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Feb 2014 17:06:01 +0900</pubDate>
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<title>社説　1月5日　大都市の危機</title>
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<![CDATA[ （社説）大都市の危機　見かけの成長を超えて<br>2014年1月5日05時00分<br><br><br>　不摂生がたたって肥満で身動きが取れず、病気の急速な進行を止められない中高年。大阪大の北村亘教授は、大阪のいまをこう例える。<br><br>　バブル期の巨大投資失敗のツケで、府市あわせて８兆円の借金がある。歳出を極力抑え、職員の人件費も大胆にカットしたが、それでも財政危機から抜け出すめどがない。<br><br>　要因のひとつは、高齢化の急速な進行だ。<br><br>　■次々に白から黒へ<br><br>　大阪市では２００５年から３５年にかけて、６５歳以上が１・４倍に増える。高度成長期に大量流入した団塊の世代が一斉に高齢化するからだ。すでに全国トップの生活保護受給世帯はさらに増えるだろう。介護保険施設の大量建設も急務である。<br><br>　成長期に整備した道路や水道などのインフラも、次々と老朽化による更新時期を迎える。お金がいくらあっても足りない。<br><br>　大都市は長らく、成長の中核だった。地方から人を集め、活発な経済活動で富を生む。その果実をインフラに投資して街の魅力を高め、さらに人や企業を集める。「だから、誰も都市についてまじめに考えてこなかった」と北村教授は指摘する。<br><br>　だが成長が止まったいま、すべてがオセロゲームのように白から黒へと暗転し始めている。<br><br>　「都市が自律改革を始めない限り、国も地方もいずれ破綻（はたん）する」――。橋下徹・大阪市長が率いる大阪維新の会は、市・府の司令塔を一つにして大阪を再生する「大阪都構想」を掲げた。だが勢いは衰え、「もう都構想は終わりや」と、既成政党はしてやったりの表情だ。<br><br>　だが現実は、これで「終わり」ではすまない。<br><br>　■街中の限界集落<br><br>　大阪の後を追うように、まもなく猛スピードで高齢化が進むのが首都圏だ。<br><br>　危険な兆候は表れている。都心では高齢者が５割を超える都営住宅が出現。自治会も高齢化し、孤独死防止も難しくなってきた。高齢世帯が多い郊外のマンションも人口減少で買い手がつかず、空き室が増えている。<br><br>　これまで高齢化といえば地方の問題だった。だが地域社会が残っている田舎と違い、個人がバラバラに孤立した都会では、高齢者を支える手間やコストは桁違いだ。このままでは財源不足から行政サービスは追いつかず、都会の限界集落があちこちでスラム化する近未来が待っている。大都市が「成長のエンジン」どころか「日本のお荷物」と化す日は絵空事ではない。<br><br>　この「今、そこにある危機」は、どれだけの人に認識されているだろう。<br><br>　「日本はもう一度、力強く成長できる」。東京五輪の開催決定の後、安倍首相はそう宣言した。関連のインフラ整備に予算がつくとみて、鉄道や道路整備の要望が相次ぐ。<br><br>　だが、日本が若く、モノがどんどん売れた時代と同じ投資によって、急速な高齢化で必要になる膨大な資金を稼ぎ出せるわけではない。短期的な、見かけの成長でなく、真の豊かさを問い直す挑戦が欠かせない。<br><br>　■「お任せ」の先へ<br><br>　豊かさにひかれて都市に集った人は今、どうなっているだろう。高齢者は老後が不安で、お金があっても使おうとしない。たくさんの若者が非正規の職しか得られず、不安定な日々を過ごす。正社員も長時間労働に苦しむ。そんな現実に、未来を開くヒントはないのだろうか。<br><br>　慶応大の上山信一教授は、道路などビジネス・インフラへの投資から、人々の安心を生むライフ・インフラへの転換を提案する。例えば人口減で余った公有地を無料で貸し、安価な高齢者施設を充実させる。高齢者はお金を安心して使えるし、若者や主婦の雇用の場にもなる。<br><br>　ワーク・ライフ・バランスにも注目したい。長時間労働を見直す企業を支援し、公的な施設に頼らなくても介護や育児ができる社会へ転換すれば、行政の支出を抑えられるだろう。<br><br>　住民も変わらねばならない。もう財源不足の行政に「お任せ」では立ちゆかない。<br><br>　廃工場や空きアパートが目立つ大阪市の北加賀屋地区では、高齢者と若者が空き地で農作業を楽しみながらつながりを深めている。多様な人材がいる大都市では、面白いテーマを設定すれば人が集まる。支え合いながら、「自分たちの地域は自分たちでつくる」意識を共有していく。こんな取り組みを、点から面へと広げることが大切だ。<br><br>　今後、アジアの大都市が次々に超高齢化に直面する。トップランナーとして、新しい思考で問題の解決モデルをみつける。そんな夢にかけてみたい。
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11761239106.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jan 2014 20:45:50 +0900</pubDate>
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<title>社説　1月1日　民主主義</title>
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<![CDATA[ （社説）政治と市民　にぎやかな民主主義に<br>2014年1月1日05時00分<br><br><br>　一面の枯れ葉を踏みながら歩く。その音さえカサカサとあたりに響くようだ。静かな東京・小平市の雑木林。<br><br>　近所の人が散歩などで親しむこの小さな空間が昨年、何度もニュースになった。そこに都道を通す計画への異議申し立て運動が高まりを見せたためだ。<br><br>　それまで選挙では主要な争点にならず、住民の多くも意識していなかった古い計画だ。その実施が決まったと、あるとき知らされる。計画だけでなく、それを決めて進めるプロセスそのものへも疑問がふくらんだ。住民投票で問うたのも建設の賛否ではなく、決定に住民参加を認めるかどうかだった。だから、地元以外の人々の関心も呼んだのだろう。<br><br>　運動に参加した哲学者の國分功一郎さんは、ものごとを実質的に決めているのは「行政機関」ではないかという。選挙で議員や首長を選べば民主主義は機能していると思いがちだ。けれど、日々の統治を担う行政府に、市民が異議を申し立てるのが容易ではないとしたら――。<br><br>　■強い行政、弱い立法<br><br>　民主主義社会で市民が疑問を感じる政策を政府が進める。昨年暮れ、成立した特定秘密保護法をめぐっても同じような構図があった。<br><br>　しかも、この法律は行政府による情報の独占を可能にする。何が秘密かを決めるのも管理するのも、結局は行政府の人である。肝心の国会は監視できる強い立場を与えられていない。<br><br>　国会で多数派が賛成したから成立したのだが、皮肉なことに、この法律は行政府の権限を強め、立法府を相対的に弱める。行政府が民意の引力圏から一段と抜け出すことになった。<br><br>　行政府が強くなり、立法府が弱くなる。これは必ずしも新しい問題ではない。しかし近年、海外でもあらためて議論されるようになっている。背景の一つはグローバル化だ。<br><br>　カネや情報が急速に大量に国境などお構いなしに行き交う時代、行政府は刻々と変化する市場などがもたらす問題の解決をつねに急がされる。民意はときに足かせと映る。<br><br>　■「補強パーツ」必要<br><br>　だからこそ、行政府は膨大な情報を独占し、統治の主導権を握ろうとする。その結果、多くの国民が「選挙でそんなことを頼んだ覚えはない」という政策が進む。<br><br>　消費増税に踏み込んだ民主党政権、脱原発政策に後ろ向きな現政権にそう感じた人もいるだろう。欧州では債務問題に直面した国々の政府が、人々の反発を押し切って、負担増の政策を進めた。<br><br>　だが、議論が割れる政策を採るならなおさら、政治は市民と対話しなければならない。<br><br>　もとより行政府を監視するのは立法府の仕事だが、政治家は閣僚になったり自分の政党が与党となったりすると、行政府の論理に大きく傾く。ミイラ捕りはしばしばミイラになる。<br><br>　民主主義を「強化するパーツが必要」と國分さんはいう。議会は不可欠だが、それに加えて行政を重層的に監視して「それはおかしいと伝える回路が欠かせない」。そのために住民投票や審議会などの諮問機関の改革、パブリックコメントの充実などを提案する。<br><br>　地味で頼りなさそうな方法に見えるかもしれない。けれども、議会と選挙以外で市民が政治に働きかける手段は海外でも見直されつつあるようだ。<br><br>　■有権者から主権者に<br><br>　たとえば、フランスの民主主義研究の大家ピエール・ロザンヴァロン氏は「カウンター・デモクラシー」という言葉で、議会制民主主義のいわば外側にある仕組みへの注目を促す。デモ、新旧のメディア、市民による各種の評議会などを指す。やはり議会は否定しない。それを補完するのだという。<br><br>　豪シドニー大学のジョン・キーン教授も、行政を監視する市民のネットワークや組織を重視する。最近邦訳が出た「デモクラシーの生と死」という著書で、それを「モニタリング民主主義」と呼んでいる。年末の訪日時の講演でも、地球温暖化や少数民族、核軍縮などグローバルな課題で市民レベルの運動が果たした役割を強調した。<br><br>　いずれも投票日だけの「有権者」ではなく、日常的に「主権者」としてふるまうことを再評価する考え方ともいえる。<br><br>　そんな活動はもうあちこちに広がっている。新聞やテレビが十分に伝えていないだけだと批判をいただきそうだ。確かに、メディアの視線は選挙や政党に偏りがちだ。私たち論説委員も視野を広げる必要を痛感する。<br><br>　場合によってはこれから２年半、国政選挙はない。それを「選挙での多数派」に黙ってついていく期間にはできない。異議申し立てを「雑音」扱いさせるわけにもいかない。<br><br>　静かな雑木林からの呼びかけに、もっとにぎやかな民主主義で応える新年にしたい。
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11761234904.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jan 2014 20:39:33 +0900</pubDate>
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<title>社説　1月13日　成人の日</title>
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<![CDATA[ （社説）成人の日に　逆境をチャンスに変える<br>2014年1月13日05時00分<br><br><br>　外では雪が舞っている。<br><br>　昨年１２月１４日、福島県郡山市。駅前ビルの一室で、「ふくしま復興塾」の第１期生による最終発表会が開かれていた。<br><br>　主役は、２０代、３０代を中心とする県内外の若者たちだ。グループにわかれ、５月の開講から約半年かけて練り上げた事業計画を発表する。<br><br>　■原発事故で一変<br><br>　福島産の食材を使った「つながる弁当」、大学生主体の被災地ツアー、病院も協力するランチづくりで高齢者の社会参加を促すプラン、野外で思い切り遊べない子ども向けのダンスプログラム……。<br><br>　計画段階のものもあれば、すでに着手した企画もある。<br><br>　地域活性化や起業のための若者塾は全国各地にある。<br><br>　どちらかといえば保守的な福島は、そうした機運に乏しい場所だったかもしれない。だが、原発事故で状況は一変した。<br><br>　地域社会も、これまでの生活や価値観も、みんな崩れてしまった。去る人、残る人、家族がバラバラになる人。若者たちは、厳しい現実に直面した。<br><br>　ただ、それは一方で、「何かをしたい、しなければ」という意欲や覚悟も生んだ。<br><br>　同様の危機感は大人たちにもあった。「福島の未来をになう人材を育てよう」。県出身の経営者たちが発起人になって復興塾がつくられた。<br><br>　公募と面接で約２０人が塾生となった。全体の活動は月２回。前半は講義や視察を中心に、後半は福島の課題を解決する事業を自分たちで考える。税理士ら経営のプロが脇から見守る。<br><br>　事業計画なんて立てたことがない人も多い。目的や熱意も少しずつ違う。事務局も２０代ばかり。果たして夏ごろには壁に突き当たった。議論は紛糾し、感情がぶつかりあった。<br><br>　空中分解しなかったのは、福島の現実がそれを許さなかったからだ。<br><br>　■支援から発信へ<br><br>　食や農業、教育、雇用、高齢者と、彼らが着目した課題は、日本が抱えている問題そのものでもある。<br><br>　発起人の一人、加藤博敏（５５）はネット上の連絡網にこんな一文を載せた。<br><br>　「復興塾は、塾生が自分の夢に真剣に向き合い、実現する過程で本人が変わり、周りが変わり、福島が変わり、日本が変わることを目指して構想しました。逆境を嘆くより、チャンスに変える。それは誰のチャンスでもなく、皆さん一人一人のチャンスです」<br><br>　谷津拓郎（２７）は、会津若松市の仮設住宅で暮らす大熊町の女性に仕事を提供しようと、伝統工芸の会津木綿を使ったストールづくりを始めていた。<br><br>　発表会で起案したのは「お福わけ社会の創造」だ。会津木綿を現代風の商品に仕立てつつ、生活のあり方も考えてもらうことで、被災者と消費者、さらにその知人へと輪を広げていく。<br><br>　「お福わけ」は、「おすそわけ」と福島の「福」をかけた。「新しい生活」の根底にあるのは、誰かの不幸せの上に成り立つ浪費社会からの脱皮だ。<br><br>　谷津は言う。「ひとつの原発が１万人の雇用につながるのなら、１００人雇える企業を１００社つくる。そうすれば原発は要らなくなる」<br><br>　会社の名前は「ＩＩＥ（イー）」。大震災の「３１１」を逆手にとった。<br><br>　審査員の評価がいちばん高かったのは、松本丈（３１）の事業プランだ。<br><br>　松本は、いわき駅前のさびれた一画に被災した飲食店などを誘致した「夜明け市場」の運営を軌道に乗せていた。次をどうするか。ヒントを求めて塾に飛び込んだ。<br><br>　プレゼンでは、市場と起業支援のＮＰＯ、地元の生産者とを結びつける構想を提案した。いわきの農家と提携した野菜スムージー「Ｈｙａｃｃｏｉ（ひゃっこい）」の開発も紹介した。被災者支援から、食文化の発信拠点づくりへの発展を目指す。<br><br>　１００人以上の聴衆に思いを伝えた発表会は、塾生の新たなスタートの日になった。<br><br>　■若者を生かす社会を<br><br>　最近の若者は内向きだ。そんな批判がある。大学進学でも、地元志向が強い。<br><br>　だがそれは、ひたすら人やモノを消費し使い捨てにしがちな大都市や大企業が、もはや「目指すべき場所」ではなくなりつつあることも理由ではないか。<br><br>　むしろ、身近な生活や地域の資源のなかから、拡大主義とは異なる価値を創ることにこそ、次の社会へのカギがある。<br><br>　人口減少と高齢化が深刻になるなかで、自らの場所で道を切り開こうとする若者は、どの分野でも貴重な存在だ。どんどん声を上げよう。<br><br>　そんな若者を育て、活躍できる場を用意できるか。社会の側も、また問われる。<br><br>　ふくしま復興塾では、まもなく第２期生の募集が始まる。
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11761233074.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jan 2014 20:36:56 +0900</pubDate>
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<title>社説　1月30日　グローバル化と教育</title>
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<![CDATA[ グローバル化と教育―共生の道開ける人材を<br>2014年1月30日（木）付<br><br><br><br>　グローバル化を見すえた教育に、大切なものは何だろう。<br><br>　安倍政権と文部科学省にとっては、英語の勉強と並んで「日本人としてのアイデンティティーを育む」ことが柱であるらしい。今年に入って、次々と改革を打ち出している。<br><br>　まず、教科書の検定基準などを改定した。政府の統一見解のある事柄はそれに基づく記述を入れることや、「愛国心」養成をもりこんだ改正教育基本法の目標に沿うことを求めた。<br><br>　中学高校では、「尖閣諸島は固有の領土であり、解決すべき領有権問題は存在しないことについて理解を深めさせる」と、領土問題についての教科書の書き方や指導の指針を改めた。<br><br>　さらに、高校での日本史の必修化も検討している。<br><br>　それが本当に、多種多様な国際舞台で活躍する人材を育てることにつながるのだろうか。<br><br>　海外との交流が増える時代に大切なのは、「己を知る」ことだけではなく、相手を知ることだろう。他者とのかかわりの中で自分をみる「相対化」の力こそが求められる。<br><br>■逆風への対抗策か<br><br>　文科省の「教育振興基本計画」は、グローバル化の進展を「我が国の国際的な存在感の低下」につながる危機ととらえ、「一人一人が誇りと自信を取り戻す」ことを掲げている。<br><br>　領有権問題や歴史認識をめぐり、中韓は国際社会へのアピールを強める。安倍首相の靖国神社参拝に米政府が「失望」を表明し、日中関係をめぐる発言は欧米メディアに脅威と受け取られた。あたかも、そんな向かい風に立ち向かう盾として「国民の物語」を求めるかのようだ。<br><br>　「中国や韓国の学生たちと日本の学生たちが議論しても、議論にもならない。日本の学生たちは知らないから」。下村文科相はそう語っている。<br><br>　だが、近隣との口論に勝つ人材づくりがグローバル化教育の目標ではあるまい。価値観の違う多様な人々と協働できる素養を育てるには、どうしたらいいのかが問われている。<br><br>■世界の中の日本学ぶ<br><br>　求められるのは、日本と海外の双方向から現在と過去の世界と日本を見つめさせ、考えさせる教育ではないだろうか。<br><br>　たとえば、尖閣の領有権をめぐる我が国政府の見解は事実として知っておくべきだろう。しかし、「領有権問題は存在しない」と公理のように教えるよりも、そもそも領土とは何か、なぜそれが国の摩擦をもたらすのか、考えさせる方が役立つ。<br><br>　相手が自国の主張ばかり教えているから我々もと、政府の意地の張り合いを持ち込むようでは教育の視界を狭める。必要なのは、幅広い近現代史の文脈を踏まえたうえで、今の論点を俯瞰（ふかん）する思考ではないか。<br><br>　日本史必修化論の背景にあるのは、高校で日本史を学ばずに卒業する生徒が３～４割ほどいるとみられることだ。しかし、では世界史の学習が十分かといえば、心もとない。<br><br>　そもそも、１９８９年に高校の指導要領を改訂した際に世界史を必修にしたのは、小中学校の歴史教育が日本史中心で、高校で学ばないと世界史をほとんど知らないまま大人になってしまうからだ。<br><br>　必修である今でさえ、世界史が敬遠される傾向はある。大学入試センター試験で、世界史を選ぶ受験生は日本史の半分ほどしかいない。<br><br>　カリキュラムがきつい中で日本史を必修にしようとすれば、世界史を必修から外すことになりかねない。グローバル化対応のはずが世界史感覚のない人を増やしたのでは本末転倒だ。<br><br>　それよりも、世界史と日本史を融合させ、近現代史を中心に世界の中の日本を学ばせることを検討すべきではないか。<br><br>　いまも世界史、日本史には通史を学ぶＢ科目のほか、近現代史を中心に学ぶＡ科目がある。日本学術会議は、この世界史Ａと日本史Ａを統合した「歴史基礎」を新設し、必修とする案を一案として提唱している。<br><br>　世界史と日本史を関連づけて教えることは、いまの指導要領でも強調されており、決して奇抜な提案ではない。<br><br>■互いを高める知恵を<br><br>　教育誌「教職研修」１月号に載った劇作家・平田オリザさんのインタビューは示唆に富む。<br><br>　日本が国を開くにあたって大切なのは、「わかりあえないということを出発点とする」ことだ、と指摘する。「わかりあえない者同士が、どうにかして共有できる部分を見つけ、そこを少しずつでも広げていくのがコミュニケーションなんです」<br><br>　文化や民族、宗教、歴史と、人間には相違点があって当たり前だ。一方通行の自己主張では共感は得られないし、私たちは子どもたちを勝つために学ばせるのではない。<br><br>　異なる国であれ民族であれ、共通点を見つけ、互いを高め合う共生の道を切り開く知恵を備えた人材こそを育みたい。
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11761225932.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jan 2014 20:25:26 +0900</pubDate>
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<title>Bluetoothキーボードってすんげー便利かもぉおおおおお</title>
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<![CDATA[ えーっと、この記事はBluetoothキーボードの試験入力なので気にしないでくださーい。<br><br>今日はロー同期の仲間と初めて択一ゼミをやってみた。<br>各自の間違ったプロセスを晒しあって、正答に必要な、絶対に切らなければならない選択肢はどれか？を洗うという作業。<br>なかなか有意義だったのですw
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<link>https://ameblo.jp/bonaparto35/entry-11747481741.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jan 2014 02:56:46 +0900</pubDate>
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