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<title>白痴。</title>
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<description>自身へ向けて残す遺書。</description>
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<title>コリント書、第十三章。</title>
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<![CDATA[ 見えない弾がいつもどこにいても飛んでいる。<div>それに当たって死ぬなんて、誰も信じていない。</div><div>でもその見えない弾は無数にこの街に放たれ、どこにでも飛んでいる。</div><div>それが見える人には殺人も事故死も唐突ではない。</div><div>愛は妬まず高ぶらず誇らない。</div>
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<link>https://ameblo.jp/bonny696/entry-12644282303.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Dec 2020 00:37:58 +0900</pubDate>
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<title>それはとても晴れた日で。</title>
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<![CDATA[ <div>自分で自分を傷つける様子を、おそらく空中のどこかを漂っているかもしれないもう一人の私はひたすら傍観することしかできなかった。</div><div>心は生きているのか死んでいるのか、どちらなのかわからないほど空虚だった。</div><div>私の乾いた声を聴いて母は泣いた。</div><div>傷跡は膿んで、治ってはまた新たな傷を作りを何度も繰り返してきた。</div><div>そして夜が来ると嗚咽を漏らしそうになる。</div><div>だが決して涙は出ない、からっぽだから。</div><div>泣いてしまうとお腹が空いて、自分が生きているということをまざまざと感じさせらているようでそれが嫌で仕方がなかった。</div><div>傷ついた患部は本当に痛覚を持っているのか、はたまた痛みという身体の信号は脳へきちんと送られているのか…という意味では痛みは感じていたが、心の安否まではわからなかった。</div><div>基本的には麻酔をされずに縫合される。</div><div>父は「痛かっただろ。」と聞いてきたが私は答えなかった。</div><div>鎮痛剤も摂取し続けると身体に耐性ができ、効能が無くなると知り私はすべての錠剤を口に放り込み、飲み干すとシートを握りつぶしてゴミ箱に投げ捨てた。</div><div><br></div><div>中学三年生の秋の日、とある田舎のとある中学校で、教室の授業が終わり放課後を経て一人帰路につこうとしたところ「彼女」はわたしに声をかけてくれた。</div><div>「いっしょにかえりませんか？」と。</div><div>異なる中学校から転校してきた余所者の私は、他の生徒には見えない心のバリアを破られたことに最初は戸惑い、眉根を寄せようと思ったが「いっしょに」という言葉がまるで異国のもののように聴こえ、心地良い感じがしたので私はそれとなく了承した。</div><div>お互い受動的なのか、初めて一緒に帰ったその日は黙って並んで歩き、会話が弾むということはなかった。</div><div>だがその日を境に共に歩く距離が増えるたびにお互いの趣味や嗜好、抱えている秘密などを少しずつ共有していった。</div><div>話していて特に会話が弾むのは専ら音楽についてだった。</div><div>気づけばいつも隣にいた。</div><div>二人並んでは歌を歌った。</div><div>彼女はピアノが弾ける。</div><div>コンクールで賞を取ったこともあったそうだった。ドビュッシーをよく好んで弾いていた。</div><div>そのピアノの技術はもちろんだが、なによりも彼女は常に私の歌う主旋律に見事に調和するように異なる音程で歌い、美しい響きを作り出すことがとても上手かった。</div><div>いつしか二人で曲を作ろうと計画をしたがそれは頓挫した。私が高校進学を機に、海を渡った先の町へとやがて引っ越してしまうからだった。</div><div>「みんな消えてしまえばいいのにね。」と私が呟くと彼女は「そうだね。」とか細い声で答えた。</div><div>そして彼女が「これ聴いてみて。」と一枚のCDを渡してきた。すっかり意気消沈していた私の心境を知っているはずの彼女が突然、それも少し強引に薦めてきたことが意外だった。</div><div>普段はとても控えめな女の子だったから。</div><div>「わかった、聴いてみる。」と私は言ってそれからは二人とも別れの挨拶以外は何も口にすることはなかった。</div><div>別れた後、自転車を漕いで自宅に着き自室へのドアを開けた途端、私は制服も脱がずにベッドに倒れ込んだ。何も考えたくなかった。</div><div>しかし彼女から渡された一枚のCDの事がとても気になっていた。</div><div>一度体を横たえると再び起き上がることは億劫なものだが私はおそらくその日最後の気を振り絞り、机の上のCDプレイヤーに彼女が貸してくれたCDをセットした。</div><div>流れてきたその音を聴くと、すぐに彼女がよく弾いていたピアノの曲だと理解した。</div><div>イントロを経て女性の歌声が始まると同時に歌詞カードに水滴が零れ落ちた。</div><div>それは私の涙だった。</div><div><br></div><div>やがて春が来て、私は新しく慣れない環境にまた鬱屈とした嫌悪感を覚えそうだったが、彼女との思い出を噛み締めるようにして踏ん張った。</div><div>しかしそれも束の間、ある日突然終わりを告げるのだった。</div><div>それから月日が経った。</div><div>傷跡は体に、彼女との思い出は心に。</div><div>それはどちらも一生涯残るだろうと私は思ったのだった。</div><div><br></div><div>「帰り道のにおいだけ優しかった</div><div>生きていける</div><div>そんな気がしていた」<br><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/bonny696/entry-12644093242.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Dec 2020 03:02:07 +0900</pubDate>
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<title>三十三回忌</title>
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<![CDATA[ <div>先日、2020年12月11日を以って三十三歳になりました。</div><div>両親にはそれはそれは可愛がってもらって今日があります。感謝しきれません。</div><div>大きな病気も怪我もなく今日まで生きてこれました。</div><div>…しかし「生きてこれた」という表現にどうやら私は違和感を感じてしまうのです。</div><div><br></div><div>十年程前、心の不調のせいで拒食症や自傷癖を発症したり刹那的な行動をとってしまう都度、虚無感に襲われていたので、とある心療内科クリニックのドアを叩きました。</div><div>問診など答え、いざ診察で過去の生い立ちや当時の心境を担当医に正直に話したところ、</div><div>「どうして普通に生きられないのですか？」と溜め息混じりに質問をされたことがあります。</div><div>あまりに唐突だったので質問の言葉の意味を理解できず、その場では「どうしてでしょう、自身でわからないからここに来ているんだと思います。」と笑って答えてその場をしのぎましたが、あまりの出来事に私はクリニックからの帰り道のバスの中でその医師の言葉をずっと反芻しては涙を堪え、唇を強く噛み締めました。</div><div><br></div><div>「普通に生きる」とは一体…？</div><div><br></div><div>人は生まれるとすぐに大きな声で鳴いて母親から授乳をしてもらい自らの足で歩けるようになり、そして義務教育や諸々の過程を経て、皆様々自立をして生きているという方が大多数なのでしょうが、私にとってそれらの過程はたいへん難しい関門を突破するような…もしくは大袈裟な表現になるかもしれませんがミレニアム懸賞問題を解いてみせるようなものだと思えて仕方がないのです。</div><div>私は、人生を数式に例えるなら簡単な問題であればカンニングをしました。考えるのがめんどくさければ出目に任せようと賽を振りました。答えなんて見つからない、どうでもいいと思えばサボタージュをしました。</div><div>真っ向から真剣に問題に取り組むといったチャレンジ精神が酷く欠乏しているのです。</div><div>私のような不適合者ではなく「普通」に生きている人間はきちんと目の前の問題に向き合い、間違っていても自分なりの答えを提出しているはずです。しかし私は試験官の目を欺き、人生においてのミレニアム懸賞問題をのらりくらりとパスしてきたつもりだったのでしょう。</div><div>そのたまり貯まった三十三年間のツケが今こうやって自身の身に振り飾ってきているのだと思います。</div><div><br></div><div>「普通」に生きるということ、それは大半の人は能動的に行うことなのでしょうが、私のような自らアクションを起こしたがらない人間というものは恐らく「普通」に生きられないのでしょうか？それが自然界の掟なのでしょうか？淘汰されるしかないのでしょうか？</div><div>私の疑問は途絶えることを知りません。</div><div>しかしそれらの答えを探す術を持ち合わせていないのです。そんな迷い子へ差し伸べられてきた手を私は何度も振り払ってきました。</div><div>他者に私のアイデンティティの不可侵領域に足を踏み入られたくなかったのです。</div><div>自分の弱さを打ち明ける勇気はないくせに、プライドだけは一人前なのです。</div><div>誕生日を迎えるたび、人生においてのミレニアム懸賞問題を不正してパスしようとするたび、</div><div>私は毎年これから幾年も後悔と罪悪感に苛まれるのでしょうか。はたまた神のみぞ知る、と言ったことなのでしょうか。答えを探す旅の準備はどうやらまだまだ億劫で出来ていないようです。</div><div>歩く体は五体満足で授かってはいるのですが…。</div><div>厭世的な思考をたち、自分を高めたいと願いますが思うように体が動きません。</div>
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<link>https://ameblo.jp/bonny696/entry-12644091884.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Dec 2020 02:21:09 +0900</pubDate>
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