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<title>名前だけ知ってて読んだことのない本を読んで感想を書くブログ</title>
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<description>作家や作品の題名は知っているけど、一度も読んだことのない本ってありますよね？その中から、面白そうなものを選んで読み、感想を書いていくブログです。その他、今までに読んだ本についても書いていきます。</description>
<language>ja</language>
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<title>三島由紀夫『金閣寺』を読んでいる。</title>
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<![CDATA[ <p>ちょっと気を抜くと、更新が大幅に遅れてしまう。今読んでいるのは『金閣寺』。金閣寺に魅せられて、ついには放火してしまうのだが、火をつけることを決意というか、思い立ったときの言葉「金閣寺を焼かねばならぬ」がいい。</p><br><p>金閣寺の美しさにやられてしまい、女と二人でいるときにまで金閣寺が頭に現れる。もう、ちょっとイッちゃってるとしか思えない。そんなに好きなのに、なぜ焼こうとするのか？ジョン・レノンを好きすぎて暗殺するようなものなのだろうか。</p><br><p>主人公の友人が突然死んだり、何の苦労もせずに次々と女をものにしていくところが『ノルウェイの森』に似ている感じがした。これが好きだから、ついそこへ引き寄せて考えてしまうだけかもしれないが。</p><br><p>いよいよ主人公が、放火の前の儀式として郭へ行き、裏をかえしたところまで読んだ。</p><br><p>金閣寺が燃える部分は、明日のお楽しみ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/book-swimmer/entry-10443645309.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jan 2010 23:46:09 +0900</pubDate>
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<title>宮台真司・福山哲郎『民主主義が一度もなかった国・日本』を読んだ。</title>
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<![CDATA[ <p>『民主主義が一度もなかった国・日本』宮台真司・福山哲郎　幻冬舎</p><br><p>二人の対談だが、やはり宮台真司は学者なので話していることも細かいし、セリフが長い。この二人は付き合いも長いそうだ。こういう対談ものって、テープ起こしして原稿にするんだろうけどけっこう手間だろうな、とも思ったが、最近はiPhoneなんかでも宣伝されてる音声認識のgoogleじゃないけど、話した言葉がそのまま画面上に文章として出てくるかなり完成度の高いソフトもあるようだし、そういうのを活用しているのだろうか？</p><br><p>民主主義をバスの運転手と乗客に例えたところはわかりやすかった。政治家がバスの運転手で乗客が我々。運転を任せていたら、いつの間にかガードレールを突き破って、崖から落ちる寸前まで止まった。そして、我々は運転手を交代させた。だが、運転手も素人なら我々も素人。いちいちどう運転するかを支持しなければならないが、運転手のミスや乗客たちの頓珍漢な指示でバスは迷走・・・。</p><br><p>政治家を馬鹿というのは簡単だが、それを選んだのは有権者だし、まずは有権者の民度を上げなければ、と宮台真司が前に何かで書いていたのを読んだが、まさにそうだ。自分たちで選んでおいて、馬鹿はない。もちろん、期待はずれや見当違い、ということはあるが。ほとんどの有権者（自分もその一人であろうが）は「気分」や「雰囲気」で誰に投票するかを選んでいるのではないか？ポスターの顔写真とかの。</p><br><p>後半、「外交問題としての環境問題」が面白かった。ちょうど今自分は電気自動車＋太陽光発電＋風力発電が地域を救う、と思い始めているところだったので。琴線に触れるような部分がたくさんあった。まぁ、当たり前だがこういうように関心のあるテーマが出てくると、新聞等を読んでいても、俄然面白くなってくる。No topic is interesting if you are not interested.</p><br><p>電気自動車普及社会に移行するには、多大な設備投資が必要となる。だが、このふたりは結構楽観ししているようだ。山本七平のいう「空気」などを引き合いに出して、一見日本の社会も変わらなそうに見えて、今までの慣れ親しんだものから新しいものへと一気に豹変するのでないか、と。</p><br><p>新たしいゲームが始まった、というキャッチフレーズでやればいいというがまったく賛成。「ＣＯ2削減ゲーム！」とでもいって、どんどんやればいいのに。このゲームに参加しないと置いてけぼりをくらう、という流れになってしまえばこっちのものだ（どっちだよ？）と思う。</p><br><p>地球物理学者　松井孝典「ＣＯ2が温暖化の主犯か否かは不確かだが、地球圏における人間圏の大きさを最小化することが、地球圏の維持に良いのは確かだ」p206</p><br>
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<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 20:40:17 +0900</pubDate>
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<title>四方田犬彦『歳月の鉛』（工作舎）を読んだ。</title>
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<![CDATA[ <p>これは、以前出版された自伝作『ハイスクール１９６８』（新潮社）の続編にあたる。前作をとても面白く読んだのにも関わらず、その続編が出ていることには全く気づかずにいた。さっそく購入して読んだところだ。</p><br><p>前作の『ハイスクール』は彼の高校から大学入学までの話なのだが、そこに出てくるのは、およそ自分の身の回りにはいない（そして、自分自身もまったくそんな人間ではない）ような、早熟で（多少、自意識過剰ぎみともいえるが）、勉強もでき、読書家で、仲間も多い高校生であった。自分には足元にもおよばないほどの読書量、見た映画の本数も半端ではない。そして、その克明な記憶・記録にも驚かされる。また、高校からして進学校なので、当時の同級生たちもその後、多くが各界で活躍する有名人となっている。当時の進学校に通う高校生たちがどんな"生態”だったのか、ということへの関心も手伝ってとても興味深く読んだ。</p><br><p>もともと四方田犬彦の本は、好きだったのでほかにもいくつか読んでいたが、この『ハイスクール』は特に面白かった。今回読んだ『歳月の鉛』はその続きで、著者が大学に入学してから大学院を出るまでの話だ。</p><br><p>読み終えて、どうして自分はこの２冊の本を面白いと感じたのか考えてみた。もちろん、当時の著者の考えや世相などがわかって面白い、というのもあるのだが、一番大きいのはこれだ。色々な本や人名、映画などの固有名詞が出てくるから。そういった固有名詞を知るだけでも、面白いのだ。その大半を、知識不足の自分は知らないのだが、そういう世界が広がっているということを垣間見られるだけでもとても面白い。そして、自分もこの先読んでみたいと思うのだ。まぁ、言ってしまうと単純に「自分のあたまがよくなったような気がするから」だ。</p><br><p>大学院を出たあと、日本語講師として韓国の大学へ赴任するのだが、もしさらにこの次回作が書かれるとしたら、この部分から始まるのだろう。それもまた、読んでみたい。</p><br><p>今回、内ゲバについて書かれている部分があるが、どう考えてみても、大学構内や"キャンパスライフ”謳歌中に殺人やリンチといったことが入り込んでくるような状況を、自分の学生時代を振り返ってみても想像できない。</p><br><p>初めて四方田犬彦の本を読んだのは『大好きな韓国』（ポプラ社）か『ソウルの風景』（岩波新書）だったと思う。NHK教育で「大好きな韓国」というのをやっていて、四方田を知ったような気がする。自分も韓国に滞在していたことはあるが、日本と韓国を行き来する女性の中に化粧を"日本風”"韓国風”と変えている人がいるのには驚いた。自分も女性だったら、ちょっと試してみたいと思った。</p><br><p>読んだ本がみんな面白かったわけではない。『人間を守る読書』（文春新書）は、彼が色々な媒体に書いた文章を集めたものだということを知らずに読み始めたこともあるが、読書が「人間を守る」ものなのだ、ということには特に言及がなかった。ただ、ひとついい言葉を覚えた。中国の古い言葉だという。</p><br><p><br></p><p>「三日本を読まないと、下に棘（とげ）が生える」</p><br><p><br></p><p>この感覚は理解できる。この表現も、うまい。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/book-swimmer/entry-10432176000.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Jan 2010 21:42:03 +0900</pubDate>
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<title>伊藤整『生物祭・馬喰の巣・火の鳥』を読んでみた。</title>
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<![CDATA[ <p>いままで書いてきたものもそうだが、こういった文学系の本は基本的に図書館で借りて読んでいる。</p><br><p>もう古い本だが、ほるぷ出版の日本の文学シリーズが結構よい。おもしろそうで、これから読むつもりの本がたくさん入っている。特定の作家の全集を片っ端から読んでいければいいとも思ったのだが、時間もないし上下二段組みとなると、ちょっと気が滅入ってくる。なので、こういう作家ごとに有名作品が入っているものがとても便利なのだ。読みやすいし。</p><br><p>伊藤整は、今回始めて読んだ。読み飛ばしたせいか、ほとんどまったく頭に入ってこなかった。これでは、感想を書くブログとしては失格なのだが。。。</p><br><p>『火の鳥』は、イギリス人男性と日本人女性のハーフの女優の話。けっこう長かったが、自分には何も訴えかけてくるものがなかった。終わり方もよくわからず。読んでいて退屈になってしまうとき、「これ、本当に最後まで読み進める必要があるのか？」と思ってしまう。それでも一応最後まで目を通しただけ、という読み方になってしまった。</p><br><p>一年前に岩波の漱石全集を一冊ずつ読んでいったのだが、これは面白かった。それまで、ほとんど読んだことがなかったので、ああこういう話だったのか、というのがひとつひとつわかったし、さすが文豪と呼ばれるだけのことはあるな、と特に文学に造詣が深いわけでもない自分でも納得したものだ。また読み直したいものもたくさんある。一瞬だが、全集を買ってしまおうか、とも思ったくらいだ。それも、漢詩に入ったあたりでストップしてしまい、日記などにはまだまったく手をつけていないのだが。</p><br><p>題名だけ知っている、というわけではない本も読んでいるので、その感想もこれから書いていこうと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/book-swimmer/entry-10431202106.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jan 2010 18:42:08 +0900</pubDate>
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<title>大岡昇平『俘虜記・野火』を読んでみた。</title>
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<![CDATA[ <p>これは、一月ほど前に読んだ。</p><p>作者の実体験に基づいた作品だという。</p><br><p>南方の島で、米軍と現地住民から隠れながら敗走を続ける。途中で仲間の死体を見たり、それを食したという話を耳にしたり。本人も食べたのか？</p><br><p>ジャングルの中から、ぞろぞろと軍人が出てきて亡者の群れのように行軍をする場面など、ちょっと今まで知らない情景を思い浮かべることが出来た。そんな状態でも軍隊なので上下関係はあったようだが、すこし滑稽な気がした。食べるものにも事欠き、軍服も軍靴もぼろぼろ、力尽きた友軍がそのあたりに倒れているような時に、上下だの言っているからだ。いや、そんな時だからこそ統制が取れているのがいいのだろうか？</p><br><p>仲間同士でも疑心暗鬼が生まれ、武器を取り合ったりしている。そんな極限状態を自分は経験することはないだろう。それだけに、読んでいて"新鮮”だった。</p><br><p>これを書いているのが、帰国して入院している精神病院でだということが最後にわかるところは以外だった。自分を診察する医師を冷静に見つめているところも鋭いように感じた。精神に異常をきたしているふりをしているわけだ。</p><br><p>戦争に対する最後の一文「狂人日記」もよかった。</p><br><p>「偶然の系列、つまり永遠に耐えるほど我々の精神は強くない。出生の偶然と死の偶然の間にはさまれた我々の生活の間に、我々は意思と自称するものによって生起した少数の事件を数え、その結果我々の裡に生じた一貫したものを、性格とかわが生涯とか呼んで自ら慰めている。ほかに考えようがないからだ。」</p><br><p>大岡昇平の他の作品も読んでみようと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/book-swimmer/entry-10429219604.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Jan 2010 23:23:02 +0900</pubDate>
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<title>安部公房『他人の顔』を読んでみた。</title>
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<![CDATA[ <p>顔に傷を負い、それを隠すために包帯で顔をぐるぐる巻きにしている男が主人公。</p><br><p>他人の顔を手に入れるために、食堂で出会った男に顔の型をとらせてもらい、それで作ったお面をかぶって別人のふりを始める。アパートを出たところで行き会った知恵遅れ気味の管理人の娘は、お面をつけているにもかかわらず、本物の主人公に対するように話しかける。</p><br><p>男は、ついには自分の妻にお面をつけた別人として接触し、そのまま二人でホテルへと向かう。</p><br><p>お面をつけた男が次第に人格を持ち始める。いったい「顔」とは何なのか、という自問が続く。</p><br><p>男の妻は、実は男がお面をつけて別人を装っていることを最初から見抜いていた。それをだまされた振りをして別人であるお面の男について行ったのだったということが、明かされる。妻は、その書置きを残して消えてしまう。</p><br><p>面白かったが、こんなに長くする必要があったのか？と読んでいてちょっと感じた。人は、鏡に映った顔をもって自我を認識するというが、では生まれながらの盲人は何をもって認識するのだろうか、という文章があったのだが、今ページをめくってみても見つからない。今度からは読みながら、付箋でも貼っておこうか。</p><br><p>阿部公房の作品は、学生時代に読破しようと全集に取り掛かったのだが、数冊読んだところで止まってしまった。『Ｓカルマ氏』などは、高校の現代文の教科書に載っていたと思う。その頃、色々と阿部公房に関する豆知識を得たので、阿部公房トリビアを書いてみる。</p><br><p>まだ東大医学部に在学中に受けたインタビューで「卒業しても、医者になるつもりはない」と答えたという。</p><br><p>作家としてスタートは切ったがとても貧しく、屋根にも隙間が開いていて、冬の朝起きると布団の上に雪が積もっていた、と妻が回顧している。</p><br><p>娘の名前は「ねり」。産婦人科医をしている。昔、朝日新聞に記事が出ていて、『２０１０年宇宙の旅』を父親と見に行って、最初のファンファーレが鳴るところで、何とつまらない映画だろうかと思った、と書いてあった。私は面白い映画だと思っていたので、まぁ人によって感じ方が違うんだなとそれを読んで感じた。</p><br><p>全集を読んでいた頃は、触れ始めたばかりのネットで調べると、阿部公房ファンのページに行き当たった。その方は阿部公房にファンレターを出すと返事が来て（確か写真が載っていた）一度お会いしましょうということになる。銀座の店を指定され、行ってみるとそこは高級クラブで、深いスリットの入ったチャイナ服を着た綺麗な女性がおり、すこし遅れて本人がやって来たそうだ。</p><br><p>今度は『砂の女』を読んでみよう。</p><br>
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<pubDate>Mon, 04 Jan 2010 22:06:41 +0900</pubDate>
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<title>スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』を読んでみた。</title>
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<![CDATA[ <p>この本も、名前は聞いたことがありましたが未読でした。今回読んだのは村上春樹訳のものです。何年か前に訳出されて話題になりましたね。</p><br><p>まず、数十ページ読んでもギャツビーが登場しません。この小説はギャツビーという人の幼少からの生い立ちを描いたものだと思っていたので、そこでまず認識を改めなければなりませんでした。『オリバーツイスト』（これも未読ですが）か何かと勘違いしていたようです。</p><br><p>細かいことをいうと、"ギャッツビー”じゃなくて、"ギャツビー”なんだっけ？というところも気になるところではありましたが。</p><br><p>１９２０年代のニューヨークでのいわゆるセレブな若者たちの日常が描かれています。豪邸に住み、連日のようにパーティーを繰り返す。作者の妻もパーティー好きだったようですが、現代のセレブたちの中にもここに描かれているような生活を送っている人たちはたくさんいるのでしょう。まさに、優雅な日常がここでは続いています。</p><br><p>あることから巨万の富を得たギャツビーは、語り手である主人公の隣の邸宅を購入し引っ越してきます。そこでは華やかなパーティーが開かれ、多くの上流階級の人が呼ばれます。そこに主人公も招待され、ギャツビーと知り合うのです。ギャツビーは、若いころに知り合った女性を忘れられず、すでに結婚しているその女性を奪おうとしているのでした。</p><br><p>上流階級に生まれ育ったのではなく、しかも、なにやら陰のある商売を行っている人々ともつながりがあるらしいことがわかってきます。後半で起こる自動車事故により死者が出てしまい、その犯人だと思われたギャツビーは殺害されてしまいます。パーティーには多くの人が招待されていましたが、弔問や葬式にはほとんど誰も姿を現しません。とてもさびしい場面です。</p><br><p>ギャツビーの家は荒れ果て、隣に住んでいた主人公も引っ越すため家を出ることになります。夢のあと、という感じです。</p><br><p>村上春樹があとがきで、「人から『グレート・ギャツビー』読んだけどいったいあの小説のどこがすごいのか」と聞かれるが、そういうときは、「『グレート・ギャツビー』がすごくなかったらどの小説がすごいというのか」と詰め寄りたくなる、と書いています。</p><br><p>私も、もう何回か読み返さないとこの小説のすごさというのがわからなそうです。</p><br><p>読んでいて感じたのは、文章の言い回しなどの表現が村上春樹っぽいな、ということでした。いや、まてよ。訳者だからあたりまえか。でも、もともと英語の原文が村上春樹っぽい表現だから、それを日本語に置き換えただけだから似てしまったのか、いやいや・・・</p><p>まぁ、この辺の分析は他にお任せするとして、私は全部ではないにしろかなり彼の作品は読んでいますが、まさに"ああいう”感じの文章です。そういえば、『ノルウェイの森』の主人公も『ギャツビー』を繰り返し読んでいたような気がします。</p><br><p>主人公が３０歳になったときの文章がちょっと気に入ったので引用しておきます。</p><br><p>「三十歳―それが約束するのはこれからの孤独な十年間だ。交際する独身の友人のリストは短いものになっていくだろう。情熱を詰めた書類鞄は次第に薄くなり、髪だって乏しくなっていくだろう。」p219</p><br><p>自分も３０と少しなので、色々と思い当たることがあります。</p><br><p>話の筋とは関係なく、芝生の描写が多いことが気になりました。前述したように、主人公とギャツビーの家は隣り合っています。ギャツビー邸の庭の芝生は綺麗に刈り込まれていますが、主人公邸の庭の芝生はちょっと伸びて、その境界線がくっきり現れている、とか。部屋の中に窓の外からゴルフのスイングと一緒に芝生が飛び込んできたような、とかいうところです。</p><br><p>その綺麗に刈り込まれた芝生も、最後には隣の家の芝生共々、荒れ果ててしまうのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/book-swimmer/entry-10425196307.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Jan 2010 14:37:21 +0900</pubDate>
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<title>『海底二万里』ジュール・ベルヌを読んでみた。</title>
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<![CDATA[ <p>少し前から、ブログのタイトル通りのことを意識して本を読んできました。といっても速読できないので、なかなか進みません。結果として、更新も毎日というわけにいきませんが、よろしくお願いします。</p><br><p>今回読んだのは、『海底二万里』です。</p><br><p>ブログのタイトルどおり、名前だけ知ってて読んだことはありませんでした。ただ、「ノーチラス号」とか「ネモ館長」といった名前は知っていました。昔、ＮＨＫのアニメで『不思議の海のナディア』というのをやっていて、なんとなく観ていましたが、そのイメージが強く残っています。</p><br><p>世界中の海を荒らしまわる謎の物体が何なのか、軍艦に乗った主人公たちはこの物体を追って出航し、ノーチラス号と交戦の後沈没、海に漂っているところを救われます。設定年代は1866年、日本ではまさに明治維新の真っ只中です。ノーチラス号の探検は何と日本海沿岸からスタートします。その後、太平洋を回りインド洋を通って紅海にあるという秘密の海底トンネルをくぐって、地中海へ抜けます。それから、一気に南極へ向かいます。</p><br><p>南極では、海中で氷に閉じ込められ、酸素が減り続ける中なんとか脱出を成功させます。ここは一番スリリングなところです。読んでいて、こちらの息が苦しくなってきました。</p><br><p>動力は電力で、ほぼ無補給で航行が可能。さまざまな最先端機器が搭載されています。ただ、酸素を作ることは出来ないので、一日一回浮上し、館内の空気を入れ替えています。今の原子力潜水艦だったら、そんなことはしなくてもいいはずです。</p><br><p>漁をするための銃はありますが、魚雷などの武器はないようです。船内には図書館や芸術品、貝などの貴重な標本がずらりと並んでおり、そのコレクションのすばらしさが書かれています。そんなに積んでいたら、重くなるだけでは？と思います。</p><br><p>また、広間の鉄の壁を開けると大きなガラスがはめてあり、深海の様子を眺めることができるようになっています。そこを横切る魚や貝の種類の説明が細かくされています。深海のパノラマが広がっています。</p><br><p>特殊な潜水服を着て海底を歩く場面では、ドラえもんの映画『海底鬼岩城』を思い出しました。映画『スフィア』にも海底の神秘的な場面がありました。</p><br><p>もともと自分は、"深海”というものに関心があって、「何でこんな形に？」という奇妙な形の深海魚に興味がありました。光の届かない、暗黒の環境で、超高圧力の中を悠々と泳いでいられるのはどういうことなのか？また、地球の生命は海から来たといいますが、その由来の有力候補のひとつとして挙げられているのが、<span class="searchmatch">海底熱水</span>噴出孔です。そこで行われた化学反応によって、生命が誕生したというのです。そして、そういう化学反応が地球以外の他の惑星等でも行われているとしたら・・・興味は尽きません。</p><p>昔、立花隆が人類に残された三つの道の分野があると書いていました。一つ目が宇宙、二つ目が脳、そして三つ目が深海だ、ということです。</p><br><p>南極探検の後、ノーチラス号は再び北上しドーバー海峡を抜けノルウェー近海に差しかかった時、大きな渦巻きに飲み込まれます。このとき主人公らは脱出し漁師に助けられますがノーチラス号の行方はわからず、物語は終わります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/book-swimmer/entry-10423629932.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Dec 2009 16:26:07 +0900</pubDate>
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