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<title>ボタンの北国介護ブログ</title>
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<description>北国で両親の介護中。親を看取っていくことと道半ばの自分の人生の展開をどうバランスさせるか模索中。</description>
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<title>介護で一番疲れるのが医者のご機嫌取り</title>
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<![CDATA[ 車いすの父の通院に付き添って、2週間に1回の輸血で日赤に、月1回循環器の個人病院に行く。<br><br>とにかく、介護をしていて一番のストレスが医者のご機嫌取りだ。<br><br>毎回せいぜい3分ぐらいしか診療時間を取ってもらえないので、その短い時間に聞きたいことや不安なことを話したいのだけれど、どっちが客かわからないことが多い。<br><br>医者が不愛想な態度だと、今日は機嫌が悪いのかな、疲れているのかな、とこちらが気にしてハラハラする。<br><br>特に田舎は民度が低いので医者が特権階級として甘やかされていると思う。<br><br>さすがに昔のような暴言ははかないけれど、どれだけ患者が医者に遠慮しているかわかっているのかと思う。<br><br>日赤は医者不足なのか行くたびに医者が変る。たまたま40代の医長に当たるといいのだけれど、医師免許を取得して5年目の新米医師に当たると、全然ダメだ。そもそも何かを決める能力が無いのか権限を与えられていないのかわからないけれど（多分両方）、何を言っても上長の許可をもらわないと何も決められなくて、次回の通院まで回答を持ち越されるので、こちらは手間がかかって大変だ。<br><br>検査結果の数字の読み方も、素人の私が見ても間違っている。あげく、不必要な成分を輸血しておいて、「やっぱりいらなかったですね」とやってしまってから言うってどういうこと！<br><br>この人も会社の同僚として遭遇していたなら、「さっぱりしてる人だわ」でいいのかも知れないけれど、医者と患者という関係性だと、寄り添い方も知らない口のきき方でとても嫌だ。<br><br>そういう現状を誰にも言えないのもストレス。<br><br>日赤を紹介した個人病院の医師（50歳前）にサクッと現状を一言言ったら<br><br>「家族が煩いと思われるとその噂が広がってかかる病院なくなりますよ」<br><br>これって、脅迫じゃない？患者はとにかく黙ってろということでしょ。<br><br>自分で何を言ってるかこいつわかってるのか？<br><br>東京なら訴訟沙汰だと思う。<br><br>しょせん医者は医者同士でかばい合うことを患者の治療より優先しているのを痛切に感じる。要するに保身第一なのだ。<br><br>田舎は医者の数が少ないので、嫌でも医者を選べないのが一番嫌な事だ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12124794507.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Feb 2016 23:51:12 +0900</pubDate>
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<title>それでも生き続けるべきなのか</title>
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<![CDATA[ 母の頭の衰えが顕著になってきている。<br><br>朝から晩まで自分の妹達の悪口と恨み言を言い続けるので、聞いている私も具合が悪い。妹達への恨みの原因は幼少時のできごとであったり、つい最近のことであったり、もう人生全般を通していつ恨みがあったか探している感じだ。<br><br>そんな嫌なことを毎日思い出して反芻することでどんな良いことがあるのか。全く無い。言えば言うほど思いつめて、自分で自分のネガティブな感情を高ぶらせていく母。<br><br>何が何だか自分でもわからなくなって、それでも何かしら悪口を探して唱えている母。<br><br>娘としてこの母が唯一どんなときも私を受け入れてくれる存在だとわかっているけれど、母がいなくなったら私は本物の孤独の谷底に落ちていくのもわかっているけれど、母を失うことを想像しただけで恐ろしいけれど、それでも、こんなになってまで生きている意味があるのかな、という考えがよぎることがある。<br><br>自分が今の母のようになってしまったら、もう生きていたくない。毎日嫌な思いでだけを反芻する人生の意味って何？<br><br>もともと私は相手が肉親であっても、心の距離が当事者になったり第三者になったりするタチなのだ。だから、娘という当事者としては母にいつまでも生きていて欲しい。どんなに衰えてもこの世にいてくれるだけで私の心が帰る場所でいてくれるはずだから。でも、第三者の距離感になって母を見ると、「もう死んだ方が幸せなんじゃないのかしら」と思ってしまうときがある。<br><br>あんなに聡明だった母。こんなにぐずぐず愚痴と恨み言と悪口だけを言う人になってしまった。思いやりの心は頭が衰えると希薄になるみたい。こんな人ではなかったのに。<br><br>頭が衰えても、恍惚の人になっているなら本人は不幸を感じないからいいと思う。<br><br>でも、今日が何日か、何曜日か、今日は2時にヘルパーさんが来るよ、と何度言ってもわからなくなっているのに、昔妹達から受けた迷惑（母が自分で迷惑だと思っている）だけは忘れず暗く反芻し続けるような衰え方は不幸過ぎる気がする。<br><br>それでも人は生き続けるべきなのかな。<br><br>「はい。生き続けるべきです」と答える人に理由を聞いてみたい。<br><br>ただの思い込みで死んじゃいけないと思っている人の話はバカバカしいからパス！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12066220299.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Aug 2015 00:29:19 +0900</pubDate>
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<title>生きる意味について考える</title>
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<![CDATA[ 母の20年前の教え子のM君が、子供を連れて遊びに来てくれた。母が教えたときは小学1年生だったM君が今は30歳に手が届き、妻を娶り3人の子供にも恵まれている。今は小学校の先生をしているそうだ。<br><br>小学校時代の先生と大人になってもお付き合いがあるのは珍しいと思う。M君は高校に合格したとき、大学に入学したとき、大学を卒業して教員採用試験に合格したとき、といった人生の節目にいつも母に会いに来てくれる律義者なのだ。<br><br>M君の連れてきた子供は3人兄弟の最初の子で、2歳の息子だ。今が可愛い盛り。この子があと4年たつと、M君が私の母と出会った年齢になるのかと思うと、ちょっと不思議な気持ちになった。歳月の輪？<br><br>20代後半で大学の同級生と結婚して、間もなく子供にも恵まれる人生。M君には姉と妹もいて、どちらにも最近子供が生まれている。<br><br><strong><font color="#FF1493">こういう人を見ると、これが健全ということなのだな、と思う。</font></strong><br><br>都会では未婚率、晩婚率が増加していて、20代で出産するホワイトカラーは減る一方。更には未婚のままで中高年になる人も多い。<br><br><strong><font color="#0000FF">田舎に住んでいると、「生きる理由」って何だろうと考えてしまう。</font></strong><br><br>少なくとも、田舎では「生きる理由」は「種の保存」「繁殖」だと思う。子供を産んで育てる。これが田舎で暮らす人の生きる理由ではないかという気がする。<br><br>本来、人間も生物だからそれが本能なのだ。本能に従って生きるのは健全だと思う。<br><br>本当は都会に住んでいても、人間であることに変りない以上は「繁殖」が生きる意味なのかも知れない。でも、都会には色々な刺激で「生殖本能」が満たされない状態を誤魔化して生きていくことができるのだ。<br><br>独身の私もそうして生きてきたと思う。子供がいなくても充実した人生にしようと努力した。子供がいないからこそできることがあると自分に言いきかせながら。<br><br>芸術や都会のセンスを楽しみながら生きる人生にしようとしていた。そうでないと、家庭のない自分は寂しくて何のために生きているかわからなくなって辛いから。<br><br>東京にいてこそ容易に行ける展覧会やコンサート、歌舞伎などに行くようにしていた。メディアもしっかりチェックして、流行をキャッチしようとしていた。それはそれで緊張感と刺激があって良かった。<br><br>でも、そんな私が両親の介護のために田舎に住んでしまうと、生きる意味が良くわからなくなる。文化的刺激は一切無し。行く先はスーパーか病院しかない。30歳以下の人がそうそう視界に入らない生活だ。<br><br>とりあえず今の私の大事は父を看取ることだ。その後は母を連れて東京に戻ると思う。その方が仕事をするにも人と出会うにも機会に恵まれると思うから。<br><br>そして、また自分の生きる意味を「繁殖」以外のところに見つける努力ができるから。<br><br>子供を育てるのは大変だと思うけれど、たくさんの愛情に満ちた思い出が残ると思う。そして子供が巣立っていったとき、きっと達成感があると思う。それが虚脱感につながることもあるようだけれど。<br><br>子供を育て上げた人は、それだけで「自分は子供を育てたのだ」「自分の血は脈々と続くのだ」と一生自分自身に言い続けることができると思う。それがこの世で生きた意味になれると思う。<br><br>そこまで本能と結びついた意味が得られる人生は羨ましい。<br><br>田舎に住んでいて、未婚のまま一生を終える人や子供に恵まれない夫婦は、どこに生きがいを見つけているのだろう。そんなことは考えないようにしているのかしら。それとも、感受性があまり発達していな人が多いのかな。良く分からない。食べて寝るだけの生活でむなしくならないのかな。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12056391343.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jul 2015 23:08:55 +0900</pubDate>
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<title>タクシードライバーに親切にされて</title>
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<![CDATA[ 今日はハロワに職業相談に行ってきた。こんな田舎でも仕事があるかどうか聞きに行くのだ。<br><br>自宅から遠いところにあるので、タクシーで行った。普通失業中の人はタクシーなんか乗らないかな。<br><br>タクシードライバーは60代後半と見られる男性。<br><br>「ハロワに行ってください。」と行先を言ったところから始まり、私が老親の介護のために田舎で就職を探そうとしていることを話した。すると<br><br>「今年の3月にうちの母が90歳で亡くなったんですけどね。」とタクシードライバーが語り始めた。<br><br>「13年間寝たきりでした。」<br><br>「それは長いですね。ご本人もご家族も大変でしたね。」<br><br>「そうです。でも自分の親だから面倒をみなければならない。」このフレーズを何度も繰り返していた。<br><br>結局病院が運営している老人介護施設に入れて、毎月13万円支払っていたそうだ。お母さんの年金だけでは足りないので、差額は息子である彼が負担し続けていた。<br><br>「老人ホームは2、3軒探しておいてください、と言われてね。他も見に行ったのだけれど、玄関を入ったとたんにトイレの臭いがしていたりして、こんなところに母を入れる訳にはいかないと思った」<br><br>とても親孝行な人のようだった。<br><br>お母さんは家族も満足できる施設に入れたこと、その施設は介護もしっかりしてくれること、など語ってくれた。<br><br>「娘さんがつきっきりで、と言っても、それだと人1人介護に全面的に割かないと無理になるから、それは大変すぎると思う。うちの母が入った施設、聞いてみたら」と言ってくれた。<br><br>最後にハロワで下車するときは、90円（ワンメーター分）負けてくれた。<br><br>こういう小さな親切に触れると、「世の中ってそんなに悪いもんじゃない。」と思える。心が慰められたり励まされたりする。<br><br>お母さんに優しいだけでなく、人間としての根本が優しい人なんだね。<br><br>運転手さん、優しい心をありがとうございました。<br>神様、この人の車に乗る巡り合わせをありがとうございました。
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12053328501.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jul 2015 16:11:20 +0900</pubDate>
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<title>気が重くなってパスした仕事</title>
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<![CDATA[ 先月末に小さな翻訳会社のコーディネーターの仕事に応募した。在宅でできるからだ。<br><br>そうしたら、翻訳実務歴など詳しく聞いてきたので、何でコーディネーターにそんな実績が求められるのか不思議だったが、そこでめんどくさくなり2週間放置しておいた。一応、家庭の事情で、と言い訳はしたうえでのこと。<br><br>それでもあちらから「そろそろどうですか」と追いかけてきた。「あなたの経歴を見る限り、向いていると思うから」と言われたら、誰でもそう悪い気はしないと思う。<br><br>そこまで言うならと思い、やっと応募書類を作成して提出した。一番大変だったのが、翻訳実績を具体的に提出しろというところ。ほぼ毎日記事の翻訳をしているので、それを全部書き出すのに深夜2時までかかった。1年しか実績が無いので、そうでもするしかないと思ったから時間がかかるけれどやったのだ。<br><br>ところがそれに対する返事は「翻訳チェック」ができるかこの経歴では不安ということ。<br><br>翻訳依頼者と翻訳家の間をつなぐコーディネーターの仕事より翻訳チェッカーの仕事をしてもらいたいみたいだ。それなら最初から「翻訳チェッカー募集」と書いてもらいたい。それに付随して見積書や請求書の作成もして欲しい、という但し書きがあるなら適切な募集のし方だと思う。そして、そう書いてあれば私は応募しなかった。チェッカーなんてわざわざしたくないんだもの。<br><br>どんどん気が滅入ってきたので、仕事はしなければならないと思いながらも、気が滅入ること自体この仕事とは縁が無いはずだとして、先ほどメールで丁重に辞退した。<br><br>やっぱり「気が滅入る」ことは、神様が「してはいけない」と言っている印だと思う。<br><br>人生、自由度が高くなったら、嫌なことをあえてしない方がいい。そうでなかったら自由と引き換えに不安定というリスクを負っている意味が無くなるから。<br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12051696092.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jul 2015 01:41:10 +0900</pubDate>
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<title>察しの良さは頭の良さであり思いやり深さ</title>
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<![CDATA[ 実生活上で察しが極端に悪い人を最近はアスペルガー症候群というくくりで大ざっぱにまとめているようだ。<br><br>Aさんの息子もBさんの孫もCさんの娘も「この子はアスペルガーだから仕方がないの」という声を周囲でよく聞くが、本当にそんなに高い確率でアスペルガー症候群の人間がいるのだろうか。<br><br>私の妹は幼少時より社会生活にうまく馴染めないはみ出した行動を取る人間だった。学校の成績はまるでダメ。美術的才能は平均以上だが、それもうまく生かしていけないまま、今は専業主婦。幸福ならそれでいいのだが、子供はどの学校に行ってもいじめにあい、母子共にコミュニティーからハブられている人生だ。<br><br>キリスト教に入信して救いを求めたが、どうみてもあの心の荒み方は救われていない証拠。<br><br>母とは口を開けば喧嘩になっている。<br><br>妹は「私は昔からないがしろにされてきた」と母を非難しているが、最近久々に妹と接して、彼女の不幸の病巣が見た気がする。久々に接したというのは、私とも折り合いが悪い妹だから、なるべく私も関わらないように生きてきたためだ。<br><br><strong><font color="#0000FF">要するに、妹は極端に「察しが悪い」人間なのだ</font>。</strong><br><br>人の話を聞いても相手の真意が全く汲めないので、相手を傷つけることを口にしてしまう。自分の感情のままに思ったことを口に出すので、それでまた相手を傷つける。傷つけていることに気づかないので繰り返してしまう。<br><br>自分はどぎついことを言われて耐えられるほど心が強くないのに、相手がこれでもかというぐらい「どぎつく」言うまでわからないので、結局はどぎつく言われて自分も傷つくことになる。<br><br>思えば、学校の勉強も「ここでは何がポイントか」「この問題は何をどのように答えることを期待して設問されているか」を察することで成立する部分が多い。これができないから勉強ができなかったのだ。<br><br>「察しの悪さ」と「自己中」この2大悪が妹の不幸の原因だとよくわかった。<br><br>こういう人は案外世の中にいるのだと思う。どうしたら救われるのだろう。<br><br>せめて「自己中」をやめようと意識したら、少しは光が見えると思うけれど、そもそも自分が自己中だと認識していないのだから難しい。<br><br>妹はせっかくキリスト教は信じようとしているのだから（ほとんど盲信）、牧師にもう少し指導力があればいいのにと思う。人に心を本当には開かない人間が唯一信じようとしているものなのだから、宗教指導者ももっと頑張ってもらいたいものだ。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12049888080.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jul 2015 10:54:16 +0900</pubDate>
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<title>父の電動髭剃器、母の羽毛布団</title>
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<![CDATA[ 父がデイケアで使っている電動髭剃器の切れ味が悪いので新しいのが欲しいと言う。<br><br>母に昨晩布団をかけてあげたら、重いから羽毛布団にしたいと言い出した。今は綿の蒲団で、羽毛布団は軽すぎて掛けた甲斐が無いと言ってたのに。やはり体力が衰えたのだと思う。悲しい現実だ。<br><br>そういうわけで、今日は父がデイケアに出かけた後で、母と買い物に出かけた。<br><br>近所の小さな電気屋で電動髭剃器を見せてもらったら、今父が使っている日立のタイプが高齢者には一番人気だと言う。値段が2千円台というお手軽なせいと自分で使えなくなって第三者がそれで髭を剃ってあげるときも危なげない作りになっているからだと思う。そなら替刃を買って様子を見ようということになった。替刃は1200円だった。<br><br>明日は母が高校・大学時代の友人の法事に行くので、美容院に。私は母が髪をやってもらっている間に美容院の隣の洋菓子屋でソフトクリームを食べた。120円で結構おいしかった。この店は私の高校のすぐ近くで、昭和55年創業だと店主と世間話をして聞いた。<br><br>髪をシャンプーブローしてもらった母と一緒にバスで繁華街へ。バス代は170円。<br><br>まずデパートで羽毛布団を見た。セールで3万7千円ぐらいになっているのを先日見ていたので、それにした。合わせて布団カバーも購入。<br><br>お昼になったので、ワンブロック歩いて別のデパートの食堂でランチ。母は前回ここで食べた天丼をまた注文。私は天ざるにした。今日は夏らしい暑い日だから冷たいものにしたくなった。<br><br>このデパートの地下にある中村屋のかき餅が父の大好物なので、ランチの後は地下へ。かき餅と夕食用の牛肉を買う。牛肉はすき焼き用で高品質。今日が賞味期限なので3割引きになっていた。お買い得。<br><br>母は疲れたようで、タクシーで帰宅。羽毛布団は私が抱えて車に乗った。<br><br>帰宅後は2人とも疲れて昼寝。<br><br>畳に寝転んでいると、真っ青な夏空が見えていい感じ。<br><br>平和な夏の午後だ。こんな青空を見ながら昼寝できるのは贅沢だ。例え小さな安アパートであっても。<br><br>母は早速買ったばかりの羽毛布団をかけて昼寝をした。安らかな寝顔だった。<br><br>母は子供達が東京に出てしまったので、子供や孫に囲まれる生活ができずにきてしまった。だから、今、それを取り戻すかのように私は母に寄り添って時間を過ごしている。一緒に歩いたり、買い物に行ったり、外食したり。そんなささやかなことに母は癒されているのがわかる。これは実の子供にしかできないことだろう。だから、今は母と寄り添うことを優先して暮らしたい。<br><br>「お姉ちゃんにはお姉ちゃんの人生があるから、それでいいのか」と弟が来たとき言った。確かにそうだけれど、今は親に寄り添うことを最優先していくべきステージなんだと思う。それも私の人生の一部となり、振り返った時、後悔の無い人生になると信じたい。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12049288091.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jul 2015 20:09:00 +0900</pubDate>
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<title>人の心を救う本を書きたい</title>
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<![CDATA[ 今週は東京から弟が、名古屋から妹夫婦が来て、18年ぶりに両親の前に私を含めて3人の子供が揃った。<br><br>18年間個別には会っていても決して3人揃うことが無かったということで、いかに兄弟仲が悪いかが伺える。<br><br>父の病状が思わしくなく、もって年内だろうということを弟と妹にも認識させたので、やっと重い腰を上げてやってきたのだ。<br><br>弟と妹が来ている間は、父は元気そうにしてはいたが、トイレや寝室に行くとき膝が崩れて倒れそうになり、子供達3人がかりで父を支える状況が何度か発生した。<br><br>母も子供達に会うのは嬉しい反面、気持ちが疲れるところもあるようで、2日目は眩暈がすると言って寝込んでいた。<br><br>弟と妹も両親の老いの現実を見る機会になったのは、良かったと思う。<br><br>それにしても、妹のあくまでもマイペースで身勝手なことには驚いた。せっかく遠路はるばる来たと思ったら、再来年成人式を迎える娘のために昔の自分の振袖を取りきたというのが本来の目的らしく、姉や兄と両親の今後を話し合う必要性も感じていないようだった。<br><br>初日の夜、私が提案して、両親を自宅に残して3人＋妹の夫と外で一杯飲みながら話をした。母に聞かせたくない話だからだ。<br><br>父は循環器疾患に加えて血液疾患も最近発症して、じわじわと進行しているので、もって年内だと思うから、母と私とでなるべく父と一緒の時間を家庭で過ごしたいと思っていること。<br><br>兄弟姉妹でもそれぞれ人生で優先すべきものが違うので、私は両親の介護を優先するけれど、弟と妹はそれぞれの家庭や仕事を優先しても、それはそれでいいと思っていること。<br><br>父が歩けなくなったら施設に入れることになるかもしれないけれど、そのときは両親の蓄えと年金で賄えると思うので、経済的な負担は子供にはかからないはずだけれど、その代り子供にお金は残せないかもしれないこと。<br><br>そんな話を色々した。<br><br>「両親は自分たちのお金で何とか最後までやれるはずだけれど、子供にお金は残せないかもしれない。」と言ったら、弟も妹も妹の夫も無言。<br><br>普通「お金を残してもらおうなんて思っていない」と言うべきでしょ。<br><br>もう一度「なるべく両親には手厚いところに行って欲しいから子供にお金は残せないかもしれない」と繰り返してみたけれど、相変わらず3人とも無言。<br><br>がっかりさせてくれるね。親が残せても大した額じゃないことはわかっているはずなのに、それすら諦めきれないわけ？<br><br>母のいないところで話している意味も妹は全く理解しておらず、翌日母のいる前で同じ話を蒸し返したので、頭にきた。<br><br>45歳にしてここまでKYで思いやりの無い人間なんだね。それでもまだ自分が心安く暮らしているならともかく、色々な怒りや不満でいつも不機嫌な女なのだ。人の話はなるべく理解しないようにしようとしながら聞くから、絶対に理解できない。抗うことが目的で抗っている人生。<br><br>33歳でプロテスタントの洗礼を受け、以来排他的にキリスト教のみを盲信している。しかし実は教義も理解できておらず、心の平安もまるで得られていない。<br><br>確かに妹は頭が悪く察しも悪い人間だけれど、そもそも宗教に頼ってくる人間は自分で考えられない人の方が多いのだから、そういう人間でも導けなくてどうする！<br><br>これはいかにキリスト教の牧師の指導力が足りないかということだ。<br><br>私は宗教的アプローチでなく、ビジネスの世界の合理的アプローチにより前向きな考え方を勉強できた。これは一生の財産だと思っている。それを妹のような「自分の思考回路の毒で自家中毒になっている人」に教えて救ってあげたい気持ちになった。だって、あまりにも不幸に見えるもの。ぎすぎすして、意地悪で、自分も不満いっぱいで。<br><br>以前見てもらった占い師に<br><br>「あなたの天職は人を教え導くこと。それから文章を書くことです。いつかきっと人を導くような文章を書くことになります。また、そうしなければなりません。」<br><br>と言われたことがあった。人を導くなど、差し出がまし事は嫌だとそのときから思っていた。説教臭い文章を読みたい人はいないはずだ。<br><br>でも、今、初めて「考え方を教える文章を書きたい。書くべきだ」と感じている。一種の使命感。<br><br>妹を見て、というのが何となく皮肉だけれど、これも肉親への愛情から出ていることは否めない。その愛の輪を広げて、世の中のネガティブ・スパイラルに陥っている人達に考え方のコツを教えて幸福を見つけてもらいたい。<br><br>でも、無名の一個人の言うことは聞いてくれないだろうから、本を読んでもらうには看板が必要だと思う。妹がそうであるように蒙昧な人間ほど権威に頼るから、どんな権威を看板にしたらそういう本を書かせてもらえるのか、そしてその本を読んでもらえるのか、考えたい。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12048547757.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jul 2015 20:21:19 +0900</pubDate>
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<title>父のトイレの世話で腰痛の危機</title>
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<![CDATA[ 父は調子が良いと歩行器につかまってさっさとトイレに行ける。<br><br>でも、不調だと脚に力が入らないと言って全然動けなくなる。<br><br>血液疾患で貧血が酷いので少し動いただけで呼吸が苦しくなるから大変だ。<br><br>昼間私がいるときは、なるべく歩行器でトイレに行ってもらうようにしている。その方が歩行練習にもなるし、片付けが楽だからだ。<br><br>夜、私が眠っていて気付かないときは、父の寝室に置いてあるポータブルトイレで用を足してもらうことにしている。介添えがいないまま独りでトイレまで歩く途中で転倒したら大ごとだからだ。<br><br>6月21日に退院してきて以来、それでうまくいっていた。<br><br>でも、寝室のトイレを使うとき、父は段々油断してきているようだ。おしっこをトイレの外にこぼしてしまうことが連続するようになってしまったから。<br><br>一応ポータブルトイレの下には防水マットを敷いているけれど、どうしても完全におしっこが染みないようにはできなくて、下の畳が濡れてしまう。<br><br>今日なんか、ほとんどトイレの外にしてしまって、片付けが大変だった。畳にカビが生えたら大変。<br><br>やっとおしっこの始末をして、静かになったと思ったら、今度は大きい方を催してきたと言う。<br><br>また、布団から起こして歩行器でトイレまで歩いてもらった。<br><br>尿意や便意を我慢していると急に歩けなくなるようだ。もう複数の筋肉を同時に使うことができないのだろう。それで、歩くのが遅くなると我慢できなくなりトイレに到達する直前で漏らしてしまう。<br><br>今日は大きい方を漏らされそうで恐ろしかったけれど、ぎりぎりトイレにしてもらえた。<br><br>父の体を支えると私も腰にくるので、何となく腰の調子が悪い。<br><br>万が一、腰痛で私が動けなくなったら一家総倒れを招いてしまう。<br><br>ヨガでも習いにいって腰を鍛えようかしら。<br><br>それにしても、父が全然歩けなくなったらトイレの問題で在宅介護は不可能になりそうだ。<br><br>おむつに用を足すと蒸れたり肌が荒れたりするリスクが高くなるし、寝てばかりだと床ずれになる。それを防止するには一日中父のそばで寝返りを打たせたり、おむつを替えたりし続けなければならない生活になるだろう。<br><br>それは流石に困る。今でさえ仕事が全然進まないし、母の衰えも目立ってきたので母にも手間をかけてあげなければならないからだ。<br><br>私が倒れたら元も子もない。悩みが深い。<br>
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12047079086.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Jul 2015 00:22:41 +0900</pubDate>
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<title>母と買い物に</title>
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<![CDATA[ 今日は父がデイケアに出かけた後、母と一緒に外出した。<br><br>まず、母を美容院に。シャンプーしてもらってさっぱりした後は、バスで繁華街に出かけた。<br><br>来週弟と妹夫婦が両親を訪ねてくるということもあり、まずいつものケーキ屋でケーキを注文した。父母、私、弟、妹夫婦と合計6名なので、いつもより一回り大きいケーキにした。月曜日の昼頃のピックアップで予約した。<br><br>次に、デパートで父母のパジャマを買った。父はグレーと薄いグリーンのチェック柄。母は薄いグリーンの地に白い花模様。あとは、綿毛布がセールで安くなっていたのでそれも1枚購入。全部で1万円弱。<br><br>昼時になったので、デパートの食堂でランチをすることにした。<br><br>母は天丼。小ぶりなので食べられそう。<br><br>私は天ぷらそばを注文した。こちらはかなり大きな丼。<br><br>料理が来るのを待っていると、突然ジリジリジリジリとけたたましい非常ベルの音が鳴り渡った。<br><br>店内は騒然。もしかして火事？<br><br>でも非常ベルが鳴り続けるだけで、館内放送もかからず、一体どうなっているんだろう。<br><br>そうこうしているうちに、天丼と天ぷらそばが運ばれてきた。店員さんは<br><br>「申し訳ございません。ただいま状況を確認中です。」<br><br>多分非常ベルの誤作動だと思うけれど、万が一避難することになったときのことを考えて<br><br>「ママ、まずエビを食べてよ。」と母に言った。<br><br>逃げるにしても、エビを食べずに逃げたら心残りじゃない？<br><br>私も天ぷらそばのエビ天から食べ始めた。<br><br>結局、非常ベルの誤作動だということで、最後まで食事を済ませてお店を後に。<br><br>１階で母の夏の帽子を買った。こちらもセールになっている。母が同じ型の帽子のグレーにするか紺にするか迷い続けるので、<br><br>「いっそ両方かったら？」と言った。両方買っても大した値段にはならないもの。<br><br>でも、結局紺の方を選んだ。<br><br>地下ですき焼き用の牛肉を買って、荷物も多いことだし、タクシーで帰宅。午後２時だった。<br><br>母は娘とこんなふうに買い物に出かけるのが嬉しいらしくて、美容院を出るとき<br><br>「これから娘と町に行くんです。」と美容師さんに笑って話していた。<br><br>きっと、大人になった子供達とこんなふうに一緒に過ごしたかったんだろうね。<br><br>ママ、ごめんね。私達、みんな都会に出てしまって、ママを寂しくしていたね。<br><br>これから、私がママと一緒に思い出をたくさん作るから。<br><br>本当は在宅の仕事や勉強に明け暮れないと、自分のこの先の人生がどうなるのか不安でたまらない。収入的にも自立していかないといけないわけだし。<br><br>でも、今は父母との時間を持つことを最優先にすべきときだと思う。<br><br>父が４時ごろデイケアから帰宅して、３人でお茶を飲んだ。<br><br>「やっぱり３人一緒にこんなふうにお茶を飲むといいわね」と母。<br><br>そうだね。いつまでこうして一緒に団らんできるかわからない状態にあるけれど、できるだけ長く、一緒に時間を過ごせたらいいね。<br><br>ママ、私がいるから寂しがらないで。何も心配いらないから。
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<link>https://ameblo.jp/botan-peony/entry-12046664767.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Jul 2015 23:01:30 +0900</pubDate>
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