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<title>九州の緑の星のﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<description>陸上、自転車の練習や、仕事のこと、日常生活のこといろいろ書きます</description>
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<title>当たり前と思ってることを疑ってみる その二</title>
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　一日にまとめて眠る方法を単相性睡眠、略して単眠と呼ばれる。文明国の成人は単眠が多いらしい。一日に７時間眠る人なら夜に７時間まとめて眠り、昼寝や仮眠はしない場合は単眠になる。現代社会では一般的な睡眠形態だが単眠が一般的になったのは産業革命以降であり、それより前は数回に分けて睡眠をとる複眠が多かったらしい。人類の歴史からいえば単眠は非効率であり食事を数回にわけて摂るのと同様、眠くなったら昼寝など積極的にして数回に分けて睡眠を摂るほうが労働効率が上がり眠気が原因の事故を減らすことができるという意見も
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<dc:date>2016-12-19T21:21:14+09:00</dc:date>
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<title>当たり前と思ってることを疑ってみる　その一</title>
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普通だと思ってることを疑ってみると題して普段当たり前だとされていることが、実は不合理なことであることが往々にしてある。例えば白米を主食にすること。野菜農家で働いていた時は自分はさつまいもを主食にしていた。さつまいもを主要作物としている農家だったことや自分がさつまいもを好きなことも理由であるが、さつまいもは白米に比べて血糖値を上げにくく、ビタミンやミネラルも多い。また同じ面積なら米に比べたくさん収穫できるし栽培も容易であるため米よりもさつまいもを主食にするほうが合理的だと感じている。米のほうが貯蔵
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<dc:date>2016-11-29T22:01:58+09:00</dc:date>
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<title>すべての若者が結婚できる社会にという記事に強い違和感</title>
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　先日ニュースを見ていると「すべての若者が結婚できる社会に」というキャッチフレーズがあり、結婚する人を増やし少子化を解消しましょうというよく見かける意見であった。　自分は２つの点で強い違和感を感じ、一つ目は結婚しても子供を望まない夫婦もいるわけで、結婚したら必ず子供を作らなければならない、子供がいない夫婦の存在意義も否定されてしまうような気がしてならない。子供がほしくても不妊などで子供ができない夫婦もいるので結婚する人が増えたからと言って必ずしも子供が増えるわけではないと感じた。　もう一つは結婚
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<dc:date>2016-09-25T20:04:16+09:00</dc:date>
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<title>体感時給について</title>
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　体感温度という概念がある。温度だけではなく、湿度や風速なども考慮して文字通り体感的な温度を表すものである。賃金としての時給も体感的なものがあると感じる。時給１０００円と時給８００円では前者のほうが割のいい仕事だと感じるだろう。事実条件が全く同じなら前者の時給１０００円のほうが割のいい仕事だろう。けれども時給１０００円の仕事がとても自分に合ってなくて時間が経つのが遅いと感じた場合はどうだろうか。1時間が2時間に感じるほどになれば、2時間で１０００円、つまり時給500円となる。もちろん物理的な時間
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<dc:date>2015-12-19T21:50:55+09:00</dc:date>
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<title>年齢にこだわる報道</title>
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産経新聞のニュースでこんなのがありました。大阪府知事選の投票所で投票管理者を殴るなどしたとして、大阪府警は２３日、公職選挙法違反（投票管理者への暴行等）容疑で大阪府茨木市の会社員の男（４７）を逮捕した。「今回のことはやり過ぎました」と容疑を認めているという。 　逮捕容疑は２２日午後７時４５分ごろ、市内の投票所で机をひっくり返した上、投票管理者の７０代男性の左側頭部を右手で１回平手打ちにし、「机の角を脳天に突き刺すぞ」などと脅迫したとしている。この事件がどうかというより、会社員の男（４７）とか投票
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<dc:date>2015-11-24T09:03:46+09:00</dc:date>
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<title>「義」と「利」は相反するものか</title>
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　　いきなり難しい題名ですが、最近「義」と「利」に関していろいろ考えさせられることがあります。「義」は道義や倫理で、企業で言えば企業倫理などであろう。「利」は利益、企業で言えば利益を追求することである。民間企業であれば利益を追求する必要があるが、その一方企業倫理も大切である。義と利は一見相対する概念であるように思うが、究極的には義を重んじれば自然と利もついてくるのではと思う。目先の利益や経費削減にとらわれて行動すれば中長期的にみれば不利益なこともある。例えば人件費を節約するために期間労働のパート
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<dc:date>2015-10-29T20:03:16+09:00</dc:date>
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<title>陸上競技の話題で盛り上がる</title>
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今日は退勤後バスの中で同じ派遣会社の方と陸上競技の話で盛り上がった。彼は中学高校と陸上をしていて主将を務めたり後輩の指導にあたったりと指導力が高く、大して練習していない割には強かったようだ。実際に記録を自分と比較しても負けている種目が多い。陸上競技、特に短距離や跳躍の練習はカンやコツを掴み要領よく自分が思った通りに体をコントロールすることが大切で、彼はそれができたので速く走れるようだ。自分は練習でもこなすだけでコツをつかむことが苦手であったので長く練習していた割に競技成績は好ましくなく100mは
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<dc:date>2015-01-22T19:16:02+09:00</dc:date>
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<title>体力や運動能力のピークを人生の後半に持ってくる</title>
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このブログを作成し始めたころは陸上競技をしていて、練習に励んでいた。トレーニングをする目的は試合で良い成績を出すためであった。肩を痛めて今は競技を辞めたが今でも運動は継続している。理由は体力維持のためだが、中年期に入っても体力が衰えないようにする意味もある。平均寿命が延びたので、体力や運動能力のピークも遅くなるのではと最近考えている。人生50年といわれた明治時代には体力のピークは20代前半ぐらいでしたが、現在は平均寿命が大幅に伸びたのでそれに伴い体力や運動能力のピークも後半にずれ40代、50代あ
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<dc:date>2015-01-03T19:15:19+09:00</dc:date>
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<title>仕事や経歴について思うこと</title>
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若くして成功した人や会社勤めでもそれなりの地位の人と会うと自分の経歴や仕事が情けなくなることがある。だけど経歴や職業でそもそも人と比べて勝った負けたと比較できるものなのだろうか。　陸上競技のような競技スポーツなら時間や長さによって勝負が決まり、勝つことが重要だ。100m11秒の選手と12秒の選手なら前者のほうが当然勝ちだ。物理的な数値で勝敗を決めることができる。　仕事でも年収や納税額は比較することができるが、仕事の充実度ややりたい仕事ができているかなど総合的に考慮すれば年収や納税額だけで仕事や経
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<dc:date>2014-05-10T22:00:39+09:00</dc:date>
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<title>別のブログ紹介</title>
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海外での記録はこちらのブログにあります。「富海のブログ」http://ameblo.jp/naoto4455/しばらく国外に行っています。
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<dc:date>2013-12-17T21:56:39+09:00</dc:date>
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