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<title>フリースタイル！サッカー人生！～サッカー選手のなり方～</title>
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<description>サッカー部の無い中学から無名高校進学のサッカー選手がＪＦＬに入団するまでの人生とそのノウハウを記していきます。</description>
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<title>留学</title>
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<![CDATA[ <font size="3">高校を卒業した僕の道は決まっていた、以前からの夢だった留学をするという道だった。僕は親に頼み込んだ、最初は何を馬鹿なことを言っているんだと馬鹿にされたが、僕の気持ちが本気だという思いが伝わり、親もとうとう留学を認めてくれた。ここで一つ言っておきたいのだが、じゃあ留学するようなお金のない人はその時点でダメやん！ということになりそうだがそれは違う、僕は留学した事によってたくさんの物を手に入れた、しかし日本に帰ってきて感じたのは、特に特別な経歴をもっている人じゃなくても、上手いやつはいくらでもいるんだなということだった。ひとつのゴールにたどり着く道は一つではない、僕の選んだ留学というのも数多ある選択肢のうちのひとつだったという事を覚えておいてもらいたい。何はともあれ僕は悲願だったブラジルの地でサッカーを学ぶ事になるのだった</font>。
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<link>https://ameblo.jp/butamaunten/entry-10069040990.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Jan 2008 13:53:41 +0900</pubDate>
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<title>躍進</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">新しいコーチが就任した事でチームは徐々に変化し勝てるようになってきた。今では色々な本やビデオをはじめサッカーについての様々な参考資料がある、そのうえインターネットなどの普及で誰もが最先端の情報や練習メニューなども知る事ができ指導者の方々も昔と比べると格段に指導しやすくなっていると思う。しかし十年近く前の僕たちにそのようなものを知る術はなかなか無かった、もちろん本やビデオはあったがその練習に本当に意味があるのかなどはなかなかわからないものだが、そのコーチが自らの体験や勉強をもとに取り入れてくれた練習は僕たちにとってとても新鮮だったし信頼できるものだった。その練習が項をそうしたのか僕たちは始めて県大会に出場し結果３位になったチームに敗れはしたものの県ベスト３２位という結果を残すことになる。傍目に見るとたいした事のない結果だし優勝できなかった事は悔しかったがそれまでの僕たちからすると凄く貴重な結果だった。そして公式戦でのその結果を残して僕は高校でのサッカー生活にひとまずピリオドを打つことになった。</font></p>
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<pubDate>Tue, 15 Jan 2008 21:28:53 +0900</pubDate>
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<title>恩師との出会い。</title>
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<![CDATA[ <font size="3">二年生の終わり頃だっただろうか、ある日練習場に見知らぬ顔の人が来ていた、見かけない顔で誰だろうと思っていると、後ほど皆の前で挨拶と説明があった、彼の親かおじさんが僕達の学校の理事長の知り合いで年齢は僕達とも結構近く、サッカーでボリビアのチームとチリのプロチームのコロコロに留学をしていた事がある人だという、その人が何の用だろうと思っていると、うちのチームのコーチになるかもしれないということだった。僕は嬉しかった、片田舎のこんな学校にそんな人が来るなんてそれまでは思ってもみなかったから、そして少しの期間をおいてその人がわがチームのコーチとして正式に入る事になったのだった。</font> <font size="3">その人は後に、数年のコーチ業を勤めた後、改めて大学を受験し、見事青学に入学し、選手としても再び活躍するのだが、その在学中のある日、心不全のため眠りについたたまま若くして帰らぬ人となってしまうのだが・・・その人との出会いは僕の人生に少なからず影響を与えてくれるのだった。余談だが、その人は某テレビ局の元売れっ子アナウンサーの高校時代の幼なじみで、しかも彼氏だったらしい（事実かどうかはしらないが、お葬式に彼女は来ていたようだった）、行動や発想に勢いがあってスケールのでかい人だったが、その話を知り合いから聞いて、改めてスケールのでかさにビックリした記憶がある。少し話しがそれたが、その人が来た事で練習メニューも画期的に変わり、僕達は徐々に結果を出していけるようになったのだった。</font> <font color="#ff0000" size="3">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 16:33:23 +0900</pubDate>
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<title>全国レベル</title>
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<![CDATA[ <font size="3">静岡遠征に選ばれた僕だったが、やはりギリギリメンバー入りしたという感じだった、スタメンには地元の強豪校の選手が選ばれていた、僕は当初遠征メンバーに選ばれるだけでも嬉しいと思っていたが、いざ来てみると見ているだけでは満足できなかった、一応試合は一校の訪問につき数試合あり、相手がベストメンバーだったかどうかはしらないが僕も数試合出場でき、そして得点もする事が出来た。目当ての清商でも試合はしたものの小野選手は遠征帰りだったか何かの理由で、出てこず僕はその姿をみることもできなかった。しかしその遠征で得点を決めれた僕は静岡の有名校相手にも自分の力は通用すると自分に更なる自信を持つのだった。</font> <font color="#ff0000" size="3">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 01:06:26 +0900</pubDate>
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<title>静岡遠征</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">せっかくのチャンスを棒にふった僕は相変わらず弱小校で頑張っていた、僕たちの年代も上手いやつらは結構いたが、一学年下の後輩には更に有望な人材が集まり、大会ではまだこれといった結果は出ていなかったが僕たちの学校は徐々に強くなってきていた、そんなある日トレセンで何周年記念だったか何かという理由で静岡遠征の話が出てきた、遠征先では数チームの高校と試合をする予定だったのだが、相手には当時小野伸二が在籍していた清商との試合も含まれており、小野伸二選手の事はテレビや雑誌などで知っていたので、何としてでも遠征メンバーに選ばれたいと思っていた。しかし僕はご存知の通りドリブルばかりしていた事もあり、トレセン内でもそう評価されていなっかたと思う、遠征に費用がかかるためメンバー全員がいけるわけではなかた、僕は何としても遠征メンバーに選ばれたいと思いメンバー発表前最後の練習会で猛アピールした、今回は何としてもメンバーに選ばれたかったため指導者や周りの選手の喜びそうなパスでつなぐ堅実なプレーをしようかと思ったが、今までそんなことをしてこなかった僕にそのようなプレーが急にできるはずもなかったので僕は考えを改め、自分の特徴であるドリブルで結果を出す事にした、そしてその日のチーム内の紅白戦でドリブル突破からゴールを決める事ができアピールに成功するのだっ</font><font size="3">た、その判断が正しいかどうかはわからなかったが、とりあえず余計な事は考えず、迷いを持たず今日は何が何でも点をとるというように目的を明確にし、ガムシャラにプレーしたのが項をそうしたのだと思う。後日珍しく、練習試合で８－０くらいの点差で勝てた試合があったのだがその帰り、顧問の先生から更に嬉しい知らせが、僕が静岡遠征のメンバーに選ばれたというのだ、死ぬほど嬉しかった。<font color="#ff0000">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/butamaunten/entry-10064898793.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 00:36:24 +0900</pubDate>
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<title>中退</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">自分の力でチームを全国大会につれていき、そこで活躍してプロになると豪語していた僕だったが現実は漫画のようには行かなかった。このままここでサッカーやってても絶対プロになんかなれへんなー、そう思った僕は当時大人気だった三浦和良選手の生き様を参考にして、学校を辞めて海外へ留学しようと思った、そう考えた僕だったがお金が無い、こんな事親に言っても認めてもらえるわけがないと思案していた、そんなある日サッカー雑誌を見ているとウルグアイのプロチームが日本でテストをやる、しかも会場は思いの他近い、しかも合格すれば留学費用のお金が免除されると書いてある、これしかない運命や！と思いぼくはそのテストに申し込んだ、当時そのようなテストは珍しかったのか結構な人気で凄い数のテスト生が来ていた、周りはほとんどが自分より年上の人ばかりだったと思うが、こちらも人生がかかってる、死に物狂いで頑張った、自分でいうのもなんだがその中でぼくは結構活躍した、そして結果は合格、しかし、たしか合格の種類がＡ，Ｂ，Ｃとあった中でＢ合格だった、はきっりとした理由は覚えていないが、確か年齢的な問題でＢ合格までが限界だったと思う、しかし一応合格は合格、思い切って親に学校辞めて留学したい</font><font size="3">んやけど・・・といってみた・・・。しかし答えは「あかん、あほかいな」</font></p><p><font size="3">だった、まあ今考えれば当然の事ながら、ショックだった、せっかくのチャンスを逃してしまったと子供心に思った。<font color="#ff0000">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/butamaunten/entry-10064894834.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 00:10:04 +0900</pubDate>
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<title>負けず嫌い</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">地域トレセンのメンバーに選ばれたといったが、僕はその中でもやはりドリブルばかりしていた、そしてそんなプレーをする事で他校のトレセンメンバーの生徒からも白い目で見られていたと思う。一つ上のトレセンメンバーのなかには現在日本代表でも活躍している播戸竜二選</font><font size="3">手がいた、当時僕たちの地元ではその播戸選手率いる琴丘高校が強かった、僕が二年生の時一度練習試合をしたのだが１０点以上の差をつけられてボロ負けした記憶がある、僕から見てだが、その試合に出ていた味方の先輩達は途中であきらてしまっていたと思う（それだけ点を取られたらあきらめるのもしかたないことかもしれないが・・・）でも僕は悔しくて悔しくて、あきらめ気味の先輩達を無視し、キックオフ開始と共に何度もドリブルで突っ込んでいき、あえなく撃沈された記憶がある。当時の琴丘高校は後に県大会決勝で滝川第二と接戦を繰り広げ惜しくも全国大会出場を逃すのだが、そんな名勝負を繰り広げるような強豪チームだった、だけど僕はそんな事は関係なくただ、相手が誰であっても負けた事が悔しくて悔しくて仕方なかった。</font></p><br>
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<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 20:43:43 +0900</pubDate>
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<title>弱小校</title>
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<![CDATA[ <font size="3">弱小高だったとはいえ一年でメンバー候補になれ、地域トレセンのメンバーにもはいれた僕は、さらに自分の力を過信し夢に向かってばく進していた、といってもさすがに弱小校だけあってチーム練習自体もたいした事はしていなっかたが、チームで練習するという経験のほとんどなかった僕にはそんなものですら新鮮だった、そして僕自身はというと相変わらずドリブルばかりしていた。そして試合ではさっぱり勝ててなかった。ここで当時を振り返って思う事は、何か一つの事にこだわって専念して練習するのなら、トラップとキックをもっと練習すればよかったという事だ。何故かというと皆さんご存知の通り、現代サッカーでは戦術などの変化から個人が自由にボールをもてるスペースが少なくなり自由にドリブルする事が難しくなった事、そして何よりキックとトラップの技術を上げる方がドリブルの練習をするより結果が出せる選手になる近道だと思うからだ。突き詰めて言えばサッカーの目的とは点を取る事であり、もし完璧な技術というものがあって、どこからでも正確に狙った所に蹴れる技術があればそれだけで点がとれる、じゃあドリブルで全員抜いたらいいじゃないかという意見もあるかもしれない、確かにそうである、これについては僕も、もともとドリブラーだったのでそんな才能のある選手が出てきたら楽しいだろうなと思うので、そんな方には是非頑張ってもらいたいが、僕は昔自分がそういう選手になろうと思ってなれなかったのでお勧めはしない、ドリブルについて僕は死ぬほど努力したが、それと同じだけキックとトラップの練習をしていれば今頃何者かになっていたかもしれないなと時々思うのである。　　　　<font color="#ff0000">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font><p><font size="3"><br></font></p></font>
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<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 16:51:38 +0900</pubDate>
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<title>勘違い</title>
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<![CDATA[ <font size="3">地元の私立高校に入学した僕は、夢を見ていた、強豪校にはいけなかったけど自分が上手くなりこの高校を強くする、そして全国大会に出て活躍してプロになる。当時はやっていた「シュー○」の久保○治伝説を読み、久保と自分を重ね合わることでその思いは増していった。僕の出身高校は頭は良くないがスポーツは結構盛んで、野球ではジャイアンツの選手、相撲取り、水泳ではオリンピック選手がでるような面も持っていた。ちなみにお笑い芸人のネ○チューンの一人の出身校でもあります。しかしサッカー部は例外で人数だけは多かったものの、全然強くなかった。だけど僕は純粋にチームでサッカーが出来る事に喜びを感じていた。一年生の部員も当初は数十人もおりそれが僕たちの学校の強みでもあった、数が多ければ有能な選手も何人かおり、その中には中学の地区選抜に選ばれてるようなやつも数人いた、ブームも手伝ってか当時の僕たちの学年はなかなか優秀な選手が豊富だった。その中で僕は持ち前のリフティングのテクとオーバーヘッドしたりする身軽さが認められ一年生の中で数人のメンバー入りを果たす事になる。そしてそのリフティングテクのおかげで地域トレセンのテストにも受かり、そこからますます自分はやっぱり才能があると勘違いしていくようになったのだった。後にこの勘違いこそが僕を無名校からＪＦＬのサッカー選手にならしてくれたものだと思うのだが。<font color="#ff0000">勘違いでも何でもまず自分の力を信じる事が重要だとおもう。</font></font> <font color="#0000ff" size="3">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Tue, 08 Jan 2008 17:52:02 +0900</pubDate>
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<title>岐路</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">そんなこんなで時は過ぎ高校進学の時期が差し迫ってきていた、クラブチームで徐々に実践経験を積んでいたものの、一年足らずのチーム所属経歴、その間に目立った活躍をするでもなく僕には高校に推薦で入るという選択肢は無かった、成績も全く勉強をしなかったせいで悪く、公立高校に進学する道もなかった、しかし僕は当時行きたい高校があり、そこに入る事で夢に一歩近ずけると思っていた、そこは神戸にあるサッカーの強豪校、k.k高校だったのだがその高校に入学する事だけを考えて受験勉強をしていた、しかし願書を母親が出しに行ってくれたその日の晩に絶望的なニュースを聞かされる、うちの家からk.k高校までは自転車と電車をのりついで約二時間近くかかる距離だった、当初僕は寮に入るつもりでいたのだが、スポーツ有名校であるｋ.ｋ高校は特体生しか寮に入れないという事だった、中学でまともにサッカーをしていなかった僕が唯一できる事は、もしk.ｋ高校に入れたならその中で誰よりもたくさん練習して、喰らい付いてでもレギュラーになると心に決めることだけだったのだが、その夢はチャレンジする事も無く敗れてしまう、今思えばやる気さえあれば二時間かけてでもその学校に行けてたなと思うのだが当時の僕にはそのような考え方はできなかった。あまりにも何も考えなしで下調べなどもしなかった自分の人生最大のミスだった。当時を振り返って思う事は、<font color="#ff0000">最終的に選べる選択肢は一つだが、それがダメだった時のために別の道も選べるように複数の可能性を持つために嫌な事から逃げず、あらゆる能力を鍛え複数あるその選択肢の中から選べるようにしていかないといけないといけないと思った。そして抜け目のない準備をする事の重要性を感じた。</font><font color="#000000">海外の名門チームのユースやジュニアユースは文武両道のところが多く、またそれを彼ら自身もうけいれている、その理由はプロでやっていくという事の難しさ、厳しさを、誰よりも身近で実感しているからに他ならないと思う。しかし当時の僕は本来の夢以外の道を作る事は逃げる事だと思っていた、本当は自分の好きな事意外はやらないという時点ですでに物事から逃げる癖がついていたのに・・・そして願書提出期限ギリギリで予定していた高校を変えなければいけなかった僕は選択の余地もないまま自分の頭で行ける地元の私立の高校に入学する事になったのだった。<font color="#00ff00">※ブログの下部に僕が実際見て気に入った本やＤＶＤ、また気になる物をチェックして展示しております、よろしければご覧になってください。 　　　　　　　　　　　　　　</font></font></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Tue, 08 Jan 2008 16:44:24 +0900</pubDate>
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