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<title>ぶっちゃけ　ニッポン大改造</title>
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<description>こんな考え方はどうですか？っという政治ネタとゴルフの話題を書き綴っていきます。</description>
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<title>再開</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size: 1em;"><span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 125);">何と、何と、何と・・・７年もほったらかしにしていたブログが見つかった。</span></span></span></p><p>パソコンの☆マーク（お気に入り）のブログのフォルダを覗いてみたら、７年も前に最終稿を上げたままになっていたブログを発見した。</p><p style="text-align: left;">しかも記事がたったの４つ程しか書いていなくて、何故やめてしまったのかも忘れてしまっている。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">しかし改めて読み返してみると、これがなかなかいい事を言っているやないか。</p><p style="text-align: left;">この当時何か思うところがあって書き始めたんやろうなという感じに見受けられるが、７年も経つのに今読み返してみても時代にマッチした内容で、このまま続けてもええんちゃうんという感じなんで又書いてみようかなと思っています。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">何かこのブログというアイテムの感じ自分には合ってるんやないかと思える気がする。フェイスブックやツイッターなどもアカウントは作ったがどうも性に合わずほとんど稼動せず仕舞いだった。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">追々何か書きたい事があったら綴ってみたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/buttyake-nippon/entry-12442594736.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Feb 2019 02:02:31 +0900</pubDate>
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<title>教育改革</title>
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<![CDATA[ <p>次代を担う子供・若者の教育は国の発展には重要だ。</p><br><p>日本の教育改革で優先すべきは大学改革と小学校の改革と思う。</p><p>まず大学だが本当に大学に行くべき人はどれだけいるのだろうかということ。</p><p>大学に入ってさらに高度な勉強をしたい人は大学に行けばいいが、大学に入るのがゴールで４年間大した勉強をしないならいかなくていいんじゃない。　卒業を難しくして目的なしに入ってくる人はふるい落とすくらいの制度にしてほしいものだ。それなら大学を卒業した価値がある。</p><br><p>就職難の昨今は特に、大学に通っているのか就職活動に行っているのかわからない位らしく、3年になったら就職活動をしないといけない言われているではないか。就職活動については政府がもっとコントロールしないといけないよね、求人・求職のデータベース化をしてせいぜい5社くらいに絞りこませるくらいにしないと結局のところ縁故・学閥・親のステータスなんかで選別されてしまう。（この件は別の機会に・・・）</p><br><p>大学に入るべき人って２０％くらいじゃない、今や知識だけならネットで何でもわかるし４年も大学で燻っているのなら早く社会に出て、それでもってやはり大学で学びたいと思えば修学できる世の中になる方がいいと思う。</p><br><br><p>小学校の改革ですべきは少人数制クラスにつきると思う。まあ20人位までが限界じゃないだろうか。昔の小学生と今の小学生では質が違うのは歴然で一人一人に目配せできるのはそれくらいだろう。少子化の昨今で社会性の乏しい子供は大人以上に扱いが難しくなっているだろうから少人数制クラスか担任二人制、又は４年生以上は中学のように教科別の授業にするとかがいいんじゃないでしょうか？</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/buttyake-nippon/entry-11159048564.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Feb 2012 16:17:51 +0900</pubDate>
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<title>社会保障と税の一体改革・・・３</title>
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<![CDATA[ <p>やっぱりなあって状態になってますね。１０％じゃ足りないとか１７％はいるとか、試算は出さないとか何の話やねんってことで、もっとそもそも論をやってほしいもんです。</p><br><p>社会保障って何のために必要で税金を使ってすることの意味を考えてほしい。政治家もマスコミも・・・・</p><p>弱者救済とかいう人もいるけど、そういうことじゃない社会を活性するためにあると思う。</p><br><p>活性というのはお金の活性であり生活の活性、経済の活性である。</p><br><p>年金・保険の掛金をなくしてしまうことで企業の社会保険負担が軽減されることで雇用を拡大できる。正社員やら非正社員の垣根がぐっと下がるし、企業が人材の育成にウエイトをかけられる。ついでに言うと企業や公務員の退職金制度も廃止すればいい。（この問題はまた別の機会に述べるとして・・・）</p><br><p>兎に角お金を停滞させずに常に還流させていることで経済の活性は図れるというもので、国の隆盛は国民全体で感受することが必要だ。</p><br><p>今、社会保障費として支出している額はおよそ１００兆円くらいと言われているがGDPが500兆円ほどで一般会計と特別会計で200兆円あるのなら社会保障費を全て税金でまかなうことも無理な話しではないのじゃないだろうか。</p><br><p>もちろん無駄な支出は減らさなけりゃいけない。たとえば医療費だが、年寄りのサロンがわりになっている医者通いなどは、そんなに毎日行く必要あるの？　”あなたの医者通いでどれだけのお金が開業医に支払われているか考えたことある？”って言いたくなる。</p><br><p>年寄りの医者通いだけじゃなく、たとえば私はアレルギー性鼻炎で年中ジルテックという薬を処方してもらっているが処方箋手続き料だけで570円払う。医者には1900円入る。紙切れ一枚をプリントアウトして1900円、おいしい商売だ。診察なしで出してくれるのはまだ良心的な方で、診察しないと出せないという医者も多いようで、一分診療だけして合計3000円近く掠め取る医者も多い。開業医がどれだけ高度な知識やスキルがあって業を行なっているのかいささか疑問である。</p><br><p>薬局で買えば一ヶ月分で3000円程いるので半分で済むし今もらっている薬が合っているようなので、医者に行くのは面倒だけど処方してもらっている。保険料払ってるんだから・・・・っと気にもなるというものだ。</p><br><p>無駄使いの一端を述べたが、あらゆるところでこんな事は行われている。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/buttyake-nippon/entry-11152307153.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 18:09:09 +0900</pubDate>
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<title>社会保障と税の一体改革・・・２</title>
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<![CDATA[ <p>もう今日は七日か、今日の晩ご飯に七草粥はでるんだろうか・・・なんて考えながら正月が特別な日でなくなってしまったなとも思う。</p><br><p>さて、前回は<strong>社会保障を全て消費税で賄えばという</strong>提言を述べた訳だが、元来的に日本は経済的には資本主義の形態をとってきた訳だが実のところは<strong>自由社会主義</strong>ともいうべき形態で本質は社会主義の要素が色濃く、農耕民族の日本人には合っていたように思える。</p><br><p>中央集権の元で民族として優秀な素養の日本国民は類を見ない経済成長を成し遂げたわけだが本来非常に優秀な官僚が<strong>前例主義の省内利得の組織防衛</strong>にばかり目を向けるようになり公僕としてのアイデンティティーの低下によって<strong>制度疲労を放置したまま</strong>になってしまった。</p><br><p>横道に逸れそうなので何がいいたいかと言うと日本人に合っていただろう<strong>自由社会主義の体制</strong>のバランスが完全に失ってしまってきていることは事実であり、どこに向かおうとしているのがさっぱり見えない将来の国の在り方を示すグランドデザインを描けない政治家によって統治されている？？？統治できていない状態が長く続いてしまっている悲劇がある。</p><br><br><p><strong>自由社会主義</strong>とは富める者はその才覚によって自由に経済活動を営み、その代わりそれによって得た<strong>富を社会に還元すること</strong>によって全体の生活レベルの向上に寄与していくということだと思われる。</p><br><br><p>例えば年間<strong>1000万円の消費</strong>をする人が２０％の消費税を払ってるとすると<strong>200万円の還元</strong>をしたことになる。一方で<strong>２００万円しか消費</strong>しない人は<strong>40万円だけ還元</strong>することになる。小学生でも計算できる簡単な計算になるが、<strong>生きている以上はまったく消費しない人はいない</strong>。寝たきりだろうが今日生まれた赤ん坊だろうが本人が払うかどうかは別にして消費することになる。死んだ時にはとても大きな消費をすることになる。</p><br><p>さて現状、1000万円の消費をする人が社会保障に対しての還元として、年金・健康保険・介護の掛金などを年間200万円払っているだろうか？多くても三分の一程度だろうか。</p><p>200万円の消費する人はどうだろうか？年間40万円を超えるかもしれない。ただし収入の形態によって大きく変わる場合もある。</p><br><p>もちろん税には<strong>直接税</strong>の所得税もあるわけなので、そちらは累進課税によって応分の負担をすることになる。こちらは国と地方の<strong>運営費の負担</strong>であってやりくりの必要があるが、<strong>社会保障</strong>に関しては公の都合によってのやりくりが<strong>直接個人に関係</strong>してくると生活そのものが成り立たなくなってしまう懸念がある。</p><br><p>直接税は色々な理由によって大きく変動することがあるかもしれないが、国内の消費が前年の何１０％の変わることは考えにくい。</p><br><p><strong>年金・健康・介護保険の掛け金を廃止する意味</strong>は収入が0円ということが現実にありえるからだ。現在は生活保護という制度があるがその<strong>生活保護費の半分は医療費</strong>が占める現状を考えると国民年金だけで生活している人との<strong>不公平感</strong>はどうなるんだろうか？お金がないならないなりの生活をしなければならないが、少ない収入から支払う<strong>年金・健康・介護保険料の負担はとても大きいものだ</strong>。スーパーで遅い時間に行けば半額で買える食べ物もあるし100円ショップで日用品も買える結構な世の中になったものだ。賢く生きれば生活に必要な消費を随分抑えて暮らせるのに<strong>旧泰然の召し上げ制度</strong>のお陰で生きていくのがままならない現実がある。</p><br><p>・・・・・つづきは後日</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/buttyake-nippon/entry-11129295046.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Jan 2012 15:44:04 +0900</pubDate>
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<title>社会保障と税の一体改革・・・１</title>
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<![CDATA[ <p>このブログの本来の目的である政治ネタを始めます。</p><br><br><p>今、旬のテーマとしては<strong>社会保障と税の一体改革</strong>がありますが、どこが改革やねんって話ですよね。</p><br><br><p>しかも一体改革というにはあまりにお粗末で、要するにお金が足りなくなってくるから支給年齢を先延ばしするとか、専業主婦の人には払いすぎてたみたいやからちょと下げさせてもらいますとか、そりゃルール違反やしチマチマした事にばっかり気を配って改革というには程遠い単なる帳尻合わせに終始しているだけやんかということです。</p><br><p>震災復興にもお金がいるしってことにカコつけて消費税の増税は今だとばかりに国民のコンセンサスが不十分なまま突っ切ろうという姿勢があかん。</p><br><br><p>社会保障を大別すると、<strong>年金・医療・介護</strong>になると思うが・・・、もうひとつ付け加えれば<strong>生活保護</strong>も分類されるかもしれないけどこれはとりあえず横に置いといて年金・医療・介護を安定的に維持運営していかなければ日本国民は安心して日々暮らせないわけですよね。</p><br><br><p>年金の支出が毎年一兆数千億円膨らんでいくし、医療も介護も３割近く国が負担している現状をみれば改革にまったなしは誰もが必要を感じています。</p><br><br><br><br><p>さて、どんな<strong>改革</strong>を行えばいいのでしょうか？</p><br><br><p>結論から言えば<strong>社会保障を全て消費税で行う</strong>のがいいと思います。</p><br><br><p>あれ、消費税の増税には反対なのでは？・・・と感じる人がいるかと思いますが、決して反対している訳ではありません。むしろ消費税に社会保障を集約してややこしい制度をすっきり国民ひとりひとりに公平に一律にしてしまえばいいということです。</p><br><br><p>それには健康保険料や年金の徴収などもやめてしまって、全て消費税でやってしまえばいいんじゃないでしょうか。</p><br><br><p>　ナンボいるんやろか？</p><br><br><p>何で全て消費税でやればいいのかというと、相互扶助という考えからすると国民全員で支えあうには消費税しかないだろうなと思います。特に年金は現役世代で支えるって考え方が時代にそぐわない、そもそも現役世代って何？ってことですよね。　高度成長時代ならまだしも少子化・高齢化・就職率の低下の昨今みんなで負担し合わないともたないのが現実です。足りなくなったらその都度どうしようって右往左往するようなことにならないようにしないといけない。　誰だって掛け金が高くなるのは嬉しい筈がないんで、その都度に政局のネタにならんようにってことです。</p><br><p>金持ちはたくさんお金使って、お金のない人は使いたくても使えないんだから公平でしょってこと。金持ちでも使わない人もいるけど、どうせ相続税で取り上げられるんやから最後は帳尻あうんやない？</p><br><p><strong>制度を変えるとなると誰が得して誰が損するって話しかできない昨今のマスコミ（特にワイドショー）は今すぐ猛省していただくとして・・・・</strong></p><br><p>年金は<strong>今までの掛け金は返金</strong>すればいいんじゃない。　一定の利率を掛けていっぺんには大変だろうから１０年くらい分割で返せばどうでしょうか？一旦今までの制度を全て解消しないと理想的な制度設計なんてできるわけなない。</p><br><p>これだけ国と地方の借金（１０００兆円）が膨らんでてもノホホンとしていられるのは借金の相手が国内に留まっているからであって日本国民の貯蓄性向の高さにあるんだが、国民個人が国債を直接購入しているのは極僅かで機関投資家（法人）が大半を引き受けているわけやけど、その原資は元々国民の蓄えの筈。国債の償還比率が増すばかりで借金を借金で返す自転車操業状態では本当に必要な政策をできるはずもない。　国債の金利と個人の定期預金金利を較べるとバブル崩壊後の個人資産の実質目減りを許してきた国民性の上にあぐらをかいてきた政治の無能さ、悪意すら感じる政官財の談合に終止符を打つためにはシンプルな制度で国民が国民を支える仕組みに抜本的に切り替える必要があると思うのです。</p><br><p>なんてったって奇跡の戦後復興・経済大国を成し遂げた日本国民の底力を信じ再びの繁栄のために一丸となる時が来たのではないでしょうか。</p><br><p>お金は天下の回りもので回していかないとダメなんです。今までせっせと蓄えてきた貯金を間接的に国債という形で国に委ねてきた体質から経済活性の財源として市場に解き放つタイミングじゃないでしょうか？　長年続いているデフレも解消されるんじゃないでしょうか？</p><br><br><p>さて、社会保障の制度設計の具体策については次回にということで・・・・　</p><br><br>
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<pubDate>Sat, 17 Dec 2011 13:54:01 +0900</pubDate>
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<title>初記事</title>
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<![CDATA[ <p><strong>初記事ということで何からいったもんやら考えた結果、ゴルフネタにすることにした。</strong></p><br><p>先日のコンペで久々に７０台（３８・４０）をマークした。</p><br><p>毎年恒例で参加している忘年コンペで今回は７組のエントリー。年配者や女性も多いのでいつも好成績（ダブルぺリア）で終わるおいしいコンペです。優勝はできなかったけど（２位）、ベスグロ取れたし今後のゴルフライフの分岐点になる予感がある。</p><br><p>・・・・というのは、<strong>今回のラウンドから常にパープレイで</strong>回ることを意識することにした。</p><br><p>オフィシャルハンデは持ってないけどアベレージは８５前後だと思うが、このレベルの者がいきなりパープレイを目指すと言ってもゴルフはそんなに甘いもんじゃないというのが一般的な考え方だと思う。</p><br><p>・・・・しかし、<strong>あくまでパープレイを目標</strong>にラウンドする。</p><br><p>これ実は最近評判のレッスンプロの佐久間　馨氏の教えで、ゴルフコースは誰でもパープレイで回れるようにできていると断言している。　いいショットを打つことといいスコアで回ることは一緒じゃなく、１打１打に目的をもってプレーすればそれほどいいショットでなくてもパープレイで回れると言う。</p><br><p>また一般的にアマチュアゴルファーはいいショットを打つことに満足感を求める人が多く、ゴルフはいいショットを競うものではなくいいスコアで回れるかを競うゲームであるのでいいショット＝いいスコアにはならない。いいスコアで回るためにショットが占める割合は２０％くらいだと言う。　ただしパープレイで回るためにはティーショットが２打目でパーオンできる場所に運べる必要がある。ボギーはいいがダボはダメなので危険なシチュエーションでは保険をかけOBを打たないようにする。</p><br><p><strong>ゴルフが上手くなりたかったら練習をするなとも</strong>言う。平均９０で回る人が一生懸命練習しても９０で安定して回れるようのなるだけだとのことである。・・・・まずはいいショットを打てる考え方を身に着ける必要があるということ。</p><br><br><p>納得・納得・納得の名言の数々なんだが・・・・とにかくパープレイで回ると本気で思わないと無理で本気で宣言するとこるから足りないところが見えてくるということです。</p><br><p>・・・・詳しくは佐久間　馨またはSメソッドなどで検索して下さい。後日このネタで又書きます。</p><br><br><p>パープレイで回るという意識改革をしたとたんいきなり７０台が出たもんでマジ本気になってしまったということです。</p><p>実はもったいないというか防げたミスが４つもあったんで７４も行けたかなと・・・・それがゴルフやけどね。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/buttyake-nippon/entry-11108569590.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Dec 2011 15:53:15 +0900</pubDate>
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