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<title>琥珀色標本箱</title>
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<title>水茎の跡</title>
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<![CDATA[ とんと耳にしなくなりましたが<br>水茎の跡も麗しい、という表現が<br>とても好きです。<br>声に出して読み上げると<br>音の流れ方も綺麗で、<br>その言葉が表す対象と意味、音とが<br>ここまで一致していることは<br>珍しいのではないかと思います。<br><br>さらさらと筆で書いた文字か<br>万年筆の文字に対して用いられるのが<br>しっくりくる気がするのは<br>「水茎」という表現に<br>墨やインクのたっぷりとした<br>水分を感じる瑞々しさを<br>感じるせいかもしれません。<br><br>美しい筆跡を目にすること、<br>思うように上手に書けないとしても<br>上質な紙に書き心地の良いペンを<br>滑らせるという行為は<br>独特の心地よさを提供する、<br>感性や触覚を磨くのに<br>大いに役立つ経験ではないでしょうか。 <br><br><br>作家、演出家の久世光彦が<br>『向田邦子との二十年』というエッセイに<br>万年筆の、それもようやく<br>手に馴染んできた頃合いのものを<br>何本も向田さんに奪われた、という<br>エピソードを書いています。<br><br>使い込むことで良さが増す<br>万年筆という道具と、その良さを味わう<br>久世さんと向田さんの触覚の敏感さ、<br>そして奪い奪われるという<br>茶目っ気の感じられる絶妙な距離感とが<br>深い情緒と洒脱な空気を生み出していて<br>私にとってはそのエッセイの中でも<br>特に印象強い逸話でした。<br><br><br>書かなくなった、ということは<br>知らず知らずその心地よさを<br>得る機会、感覚を磨く機会が<br>減っているということ。<br>そう考えたら惜しいような気がして<br>仕事中の走り書きのメモでも<br>ほんの少し気持ちを込めて<br>丁寧に書いてみると案外小気味よく、<br>侮れないものだと感心しました。<br><br>あまり目にしなくなったからこそ、<br>見知った同僚や知り合いが<br>何気なく差し出した手書きの文字が<br>美しかった時の衝撃は<br>昔よりも遥かに強まっていると<br>言えるかもしれません。
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<pubDate>Sat, 28 Oct 2017 20:25:53 +0900</pubDate>
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<title>美しい、年上のご婦人</title>
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<![CDATA[ 台風のこともあり<br>期日前投票に行きました。<br><br>そこで受付として腰掛けていた女性、<br>年の頃60前後と思しき方でしたが<br>まず椅子に座りこちらを待つお姿からして<br>すっと品のある美しさを湛えていらしたので、<br>受付のほんの数十秒間のことでしたが<br>彼女の所作にそっと注目していました。<br><br>思った通り、自らの片手の手首に<br>さり気なく反対の手を添えて票を渡す仕草、<br>こちらにかける声の調子と間合いなど<br>立ち居振る舞いも洗練された<br>とても心地よいものでした。<br><br>この年齢にして、上品な雰囲気を<br>纏っているということは<br>体力筋力の衰えにも屈せずに<br>身なりを整え、姿勢を緩めることなく<br>保ちたい美学がある、という<br>密やかながら確固とした信念を<br>お持ちである証です。<br>そのようなご婦人に出会えた時は<br>失礼にならない程度に<br>観察させていただくことにしています。<br><br>電車や道端でも時折、<br>声量は控えめながら<br>綺麗な言葉遣いと心地よい間合いの会話が<br>耳に入りはっとさせられることがありますが、<br>そんな時振り返って目に入るのは<br>大概はにこにこと腰掛ける老婦人達です。<br>そこには自分の同年代にはほとんどない、<br>ゆるやかな時間の流れを感じます。<br><br>それはその女性たちの中に蓄積された、<br>忍耐強く待たざるを得なかった、言い換えれば<br>気長に待つことを許された<br>情報化社会に入る前の時間の層の<br>成せる技かもしれません。<br><br>素敵な受付のご婦人の存在は<br>雨天で薄暗く殺風景な公民館に<br>華を添えていました。<br>それは幾つになっても心がけ次第で<br>華になりうるという貴重なお手本でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/bwv1066/entry-12321600419.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Oct 2017 20:37:25 +0900</pubDate>
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<title>形のない標本</title>
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<![CDATA[ 最近触れる機会がなくて<br>懐かしさと寂しさを感じるもの、<br>あまりに見かけなくなったので<br>記憶から消えつつあるもの、或いは<br>自分では体験していないはずなのに<br>妙に共感を覚える何十年も前を生きた人たちの言葉、<br>そんなものを標本のように蒐集して<br>記事にしてみようと思います。<br><br>ずっと大切にしまっておいた<br>廃番になったお気に入りの<br>香水壜の香りのように、<br>形がなく、うっかりすると<br>消えつつあることにさえ<br>気がつかずに過ごしてしまう<br>習慣や情景、観念をかき集めて並べてみたら<br>思いも寄らない何かが<br>見つかるかもしれません。<br>
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<link>https://ameblo.jp/bwv1066/entry-12321334419.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Oct 2017 22:02:00 +0900</pubDate>
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