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<title>お母さん、末期ガンで亡くなりました</title>
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<title>病名を聞いて</title>
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<![CDATA[ 母は一昨年末に自宅の都営住宅の階段で転び、右手首を複雑骨折、右鎖骨を骨折しました。<br>金属をはめ込む全身麻酔の手術を受けました。<br>しかし、その病院の印象がいろんな意味で母には良くなかったのです。<br>患者さんの言い分が必ず正しいとは言えません。少なくとも70まで准看護師として現役で働いていた母からするとストレスが多い病院でした。<br>例えばベッドの位置。入院経験のある方からすると、いえ、ベッドを使われる方ならすぐにわかることだと思います。サイドテーブルは片側にあります。病室の場合、頭がどちらに向いているか、４名、６名部屋でお世話になる場合、入り口から見て右か左か。それによってサイドテーブルに向かって寝ている姿勢から起き上がるとき、左右のどちらを下にして身体を預けながら横向きになり、そしてゆっくり起き上がるか、決まってきます。母は右手首や鎖骨の骨折があるので左向きになり左の手や腕で身体を起こさなければなりません。ですが母のベッドは逆でした。<br>母は直接、可能ならばベッドを変えて欲しいとお願いしました。看護師さんの中には「ごめんなさい！これでは起きる度にかなりの痛みを我慢することになりますね」と直ぐわかって下さった方もいたようですが、毎日の入退院があるなかで結局母の希望はスルーされた形になりました。<br>一週間の入退のあと退院、そしてリハビリのための通院。しかし、母の手はなかなかよくならず、半年経っても痛みが引くことはなかったのです。<br>それを訴えると「もう１度手術しよう」と、言われ、もうコリゴリ！と、その病院と先生が本当に嫌いになったようです。<br>あの怪我から、だんだんと母は外出が怖くなり人が多いところには行きたがらなくなりました。<br>それでも家の事は自分で全てやっていたし、買い物はしょっちゅう。昨年は妹と福島のスタディーツアーに、今年の春にはやはり妹と福島まで桜を 見に出掛けました。<br>以前勤めていたクリニックにも検査や薬をもらいに定期的に通っていましたし、昨年までは大学病院の健康診断も受けていたのです。<br>思い起こせば、今年のお正月は、毎年恒例の初詣、市内の日枝神社に私達と出かけませんでした。疲れるから、もう少し落ち着いてから一人で行く、と。<br>あの頃から具合が悪かったのかな。<br>もっとちゃんと心配してあげれば良かった。<br>今さら遅いけど。<br><br>母が本当に元気がなくなったのは初夏でした。<br>メールのやりとりに疲れやすくて食欲がなくて困ってる、というのが増えてきました。確かにその前から食べる量はかなり減って来ていました。<br>7月に入り、休みの日に実家に帰ると母はベッドで寝ていることがありました。<br>今までは寝そべってはいますが起きてきて居間でテレビを見ていたのに。<br>そして夕飯も私が作ったものに文句を言いながら残す事が増えてきました。<br>あまりに食べないので妹と心配したものです。<br>そして母が「口の中が苦い」 というのを度々聞くことがありました。<br>大好きなとろろ芋ならご飯食べやすくていいかも、と思って作ろうとしたら即、「食べたくない！口の中苦くてとろろなんて食べられない」と言われて驚きました。<br>妹がとろろ芋を嫌いなんです。なので母も普段の家の食事にとろろ芋を添えることはなく。<div>だから私と２人で食事するときには、喜んでとろろ芋を食べていたのに。<br>それと、清潔好きな母からは考えられないことでしたが、７月から８月にかけて会った時に口臭があったのでとても気になりました。<br>その８月、今度の休みは実家に帰らずに自分の時間としてゆっくりしようと、連絡を入れたところ、妹から母の具合が悪いと知らされました。あまりにしんどかったのか、母は近所の病院へ行ったようです。点滴をしてもらい、念のため血液検査をしようとなり、調べたところ、腫瘍マーカーがあまりに高いと。「消化器系に腫瘍があることは間違いなく、あまりよいものではないからと言われた」と、妹から連絡が来たのです。<br>大きな病院での検査をするようにと紹介状を書いてもらったから、と。<br>実家の清瀬市はとにかく病院の多い街で、その病院も比較的家の近所でした。<br>そしてその検査の日が私の休みの日に当たっていたので、急遽清瀬に帰りました。<br>落ち着け、と自分に言い聞かせながらも、それを聞いてからは、動揺は大きくて、だからといって完全に悪いと決まった訳ではないし、そんなはずはないと思いながら帰りました。<br>母の病院へは妹が付き添っているから私は家に直接帰ってご飯でも作って待っていようと自宅待機。<br>思いの外、いえ、はるかに時間がかかって、朝から出掛けた母と妹が帰って来たのはもう１８時過ぎでした。<br>母は病気や病院の検査については一言も話さず青い顔をして、疲れたとすぐにベッドへ。<br>妹から説明を受けました<br>直腸がんで肝臓にすでに転移があると診断されたこと<br>もっと細かな事を調べるのにもう一つ別の病院で検査を受けるように手配をしてもらったこと<br>それにより、より詳しい事がわかるけど、見立てに間違いはないこと<br>その結果は今日行った病院に届くので治療法を計画するために入院の日も決まっていました。<br>今日、病院でドクターからその話を聞いた母はすでに「手術も何もしたくありません」と言っており、入院、と聞いただけで相当嫌な顔をしていたそうです。<br>自分の中には<br>救いが全くない、と言われたわけじゃない<br>諦めるしかない、と言われたのではない<br>時間はまだまたあるはず<br>と、いった思いがぐるぐるしていました</div><div><br></div><div>その日は妹と２人で何を食べたか全く覚えていません。</div>
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<link>https://ameblo.jp/cape430/entry-12552150774.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Dec 2019 11:28:37 +0900</pubDate>
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<title>今年81歳 元気でした</title>
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<![CDATA[ 私の家族は母と妹、３人家族です。<br>母は今年の1月に81歳になりました。<br>両親は離婚しています。<br>父は母への暴力が激しい人でした。<br>私が発熱すれば母のせいだと殴る蹴る。<br>鼻血を流して泣いている母。<br>あまりの暴力に逃げれば<br>トイレの外から五寸釘でドアを打たれる。<br>ベランダに逃げれば真冬に関わらず中から鍵をかける。<br>夕飯の内容が気に入らなければお味噌汁のお椀を投げる。お椀、真っ二つに割れでしたから。<br>あまりに激しい暴力に、「お父さん、もうやめて」。そう言葉を発すれば母は「やめなさい。次はあなたがやられます！」<br>その言葉に父はカッとして、母の頬を張りました。そんな状況に母は我慢していたんです。<br>私達姉妹を守るために。<br>思い返しても<br>お母さんはよく我慢したなあ、と思います。
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<link>https://ameblo.jp/cape430/entry-12547524616.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Nov 2019 00:21:26 +0900</pubDate>
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<title>納骨終わりました</title>
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<![CDATA[ 母の納骨が終わりました。<br>ここまで支離滅裂な文章できました。<br>次回からは順序だててお話させていただきます。<br>寒い新潟でのこれからの冬。おばあちゃんと<br>、母にとってはお母さんとの再会。<br>寒い時にお墓に入れてごめんね。でも、雪が降るともう来春になってしまうから。<br>おばあちゃんと会えた？お姉さんとも会えたかな。<br>お母さん<br>私はやっぱりお母さんに会いたいです。<br>最期にそばにいれなくてごめんね。<br>今も、何時になっても悔やまれて。<br>お母さんの霊が心安らかになりますように。<br>
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<link>https://ameblo.jp/cape430/entry-12546952404.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Nov 2019 00:31:58 +0900</pubDate>
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<title>月命日</title>
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<![CDATA[ 11月12日、お母さんの月命日になりました。1ヶ月たったんだ。<br>先月のあの台風の日、お母さんは息をひきとった。<br>死に目に会えなかった。<br>夜、爪を切ったら親の死に目に会えないと聞いてからそれこそ何十年も爪は職場に着いて切っていました。飲食店勤めだから不自然ではなかった、ということでもある。<br>前日の金曜日、オーナーの「明日は臨時休業にする」、その言葉を正直なところ待っていた。<br>お母さんのところへ帰ろう。今日、どうせ早く終わるだろうからそのまま清瀬の実家へ帰ろう。<br>でも、電車が停まる。明日は休みだけど明後日、朝から出勤出来ない、それがわかっているのに帰るのは確信犯だな。<br>そうでなくても定休日の水曜日以外にもう１日休みをいただきたい、その希望ははなから認められるものではなかったから。強引に休みを頂いた。<br>その引け目もあり、結局実家へは帰らなかった。<br>そうしたら次の日の朝、お母さんは息をひきとった。お風呂に水をためておいた方がいいな、なんてしているうちに、お母さんは亡くなってしまった。<br>妹から連もらって、落ち着いて聞いてね、と。もう急いで家を出たけど、心から後悔した。<br>帰れば良かった。<br>そばにいたかった。手を握って声をかけたかった。<br>お母さん<br>お母さん<br>お母さんは世界一頑張った<br>今も世界一頑張っているよ<br>ありがとう、と。<br>ありがとう、それだけでいいから言葉をかけ続けたかった<br>あんなに辛そうに眉間にシワを寄せていたお母さん<br>そのシワもなく<br>本当に穏やかな顔をしていました<br>優しいお母さんがそこにいた<br>まだ生きてるんじゃないのかな<br>本当に死んじゃっているの？<br>苦しそうだったことなんて何もなかったかのような<br>お母さんの顔を見ていると<br>終わったんだ<br>楽になったんだ<br>とわかった<br><br>ごめんね<br>伝えてたいこと伝えられなかった
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<link>https://ameblo.jp/cape430/entry-12544776766.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Nov 2019 23:05:42 +0900</pubDate>
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<title>お母さんを末期ガンで亡くしました</title>
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<![CDATA[ 2019年10月12日、大切で大好きなお母さんが亡くなってしまいました。日本中に台風19号が大きな被害をもたらしたあの日でした。<br>お母さん、81歳でした。<br>年齢を思えば何があってもおかしくない。<br>お母さんは、年齢を考慮してもとても元気で、前向き。活動的なひとでした。<br>亡くなってしまったことは仕方ないです。<br>でも、お母さんに伝えたくて伝えきれなかった事があります。<br>ただただ、ありがとう。それしかないのですが、在宅医療での緩和ケアの中、はじめてだから仕方ないけど、お母さんのためにもっとしてあげたかった事が出来なかった。そんな思いを誰かに伝えることで、同じ環境を経験する人たちに、少しでも役に立つ事があるかもしれない。そんな思いでいます。<br>私自身がどなたかの経験を知りたかったから。<br>ただ自分の悲しみを誰かに理解していただきたい、だけなのかもしれません。<br>葬儀は終わりました。たくさんの方々に助けていただきました。<br>感謝の気持ちをお伝えしたい方々がたくさんいらっしゃいます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/cape430/entry-12541719867.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Nov 2019 00:46:00 +0900</pubDate>
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