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<title>moongoloidのブログ</title>
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<title>旅日和002</title>
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<![CDATA[ 午前、四国の佐賀県までは岡山から車で曇り空で霧の中を瀬戸大橋を渡った。<br>与島PAから辛うじて見える島々とそれにかかる橋の鉄筋の対比が良かった。<br>信仰の島の気配を感じながら気になる寺や神社の間を迷いながら庭園美術館に着く頃には晴れわたった。<br>庭園美術館の裏にある石工房に様々な種類の石が形になるのを待ってるような感じだった。<br>石という強固な物質に色々思いと意志を込めることで、石の周りの空間大きくなって見えてくる。<br>撮影しようする思いさえなくなる。<br>その夜は近所の山の旅館に泊まった。<br>翌日、彫り師のダイセイさんに色々な話をしながら、うどんをおごってもらう。<br>何カ所のお寺を巡りながら、佐賀県からみる本州をみたりしながら、<br>瀬戸大橋で岡山に戻る。<br>なぜかスピード感がある現実の時間軸に引き戻すタイムマシンな橋に感じた。<br>石と鉄が伝えてくれる世界が移動の中で、心地よいイメージが頭に襲ってくる。<br><br>岡山でお世話になったヒデ君はcotanというナチュラル食品をメインにお店をやってる。<br>http://themarket.co.jp/cotan/index.html<br>ここまでストイックな品揃えは全国でも珍しくすばらしい。<br>看板から値札にチラシまで全部に手書きで熱い彼の意志が伝わってくる。<br>そんな彼の住処は築100年近いそのままの木造で居心地は最高でした。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10551021403.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Jun 2010 16:42:23 +0900</pubDate>
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<title>旅日和001</title>
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<![CDATA[ 2ヶ月ぶりの更新ですっかり季節も変わり、今日は夏日和でした。<br>なんだか書くことなかった訳でなく、ダラダラでしてた訳でもなく、<br>考えてることを思ってることを文字に変換するのが面倒くさかったのです。<br><br>先週、岡山・四国に行ってきました。<br>なぜか岡山の友人が多く、何年も前から呼ばれてたのですが、今年に入り色々な偶然が重なり、<br>2ヶ月前に行く決心をして仕事の都合と重ねて時期を調整しながら、GW明けの旅行計画を立て、<br>ついに辿り着きました。<br>旅はその場所の時間のながれに身にまかせるタイプなので、<br>旅行計画はイサム・ノグチ庭園美術館と友人との再会の2つだけでしたが、<br>5年ぶりの再会に、発見に、出会いにほんと楽しいつかの間の濃密な6日間の旅でした。<br><br>前半は3年ごしのイサム・ノグチ庭園美術館に行く以外は、時間の流れに委ねながら<br>一人でゆったり佐賀県のお寺巡りをしながら、行き当たりばったりしてました。<br>今思い返してみると、普段身についてる時間軸が崩れていき心地よかったのは、<br>目的のイサム・ノグチ庭園美術館があまりに素晴らしかったからだと、あとから気づきました。<br>何冊か画集をみたり、NYの美術館でもみたりしていたののですが、次元が違っていました。<br>場所は四国の香川県の牟礼という周りは山と空と海に囲まれた自然の中に溶け込んでいました。<br>1969年から20年余りアトリエと住居を構えて製作していた場所を庭園美術館したので、<br>酒蔵を移築したというアトリエの黒っぽい土壁など伝統の重みが残ったままの中に、<br>時間から解放されたスケール大きな石の彫刻の造形が、自然に飲み込まれず離反せず対峙している。<br>石の奥に潜む造形美が静かに悠然とひっそりとただずむ。<br>圧巻だったのは、住居の裏の庭が完璧な完成度のまま残ってることでした。<br><br>そこは宇宙を包み込む庭園でした。<br><br>それしか言葉にできない場所でした。<br>ここに来れて良かった。<br>そこから、音楽も、視覚も、聴覚も、匂いも、触感も広げてくれる場所でした。<br>その場所から人間の可能性の奥の奥の方に連れてってくれました。<br>体験する場所でした。<br><br><br>つづく
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10541302334.html</link>
<pubDate>Sat, 22 May 2010 00:11:07 +0900</pubDate>
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<title>Sam Peckinpah</title>
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<![CDATA[ ご存知の痛り、60年代は映画の名作が多いのは、50年代フランスはヌーヴェルヴァーグ運動から、アメリカのニュー・アメリカン・シネマに繋がりに、リアリティーの映像の追求が成熟した結晶として完成度の高い映画が表れたので、今でも観賞として強度があって面白く発見があるので、よく観ているので、個人的にお気にいりを感想したいと思います。<br><br>まず一発目はバイオレンス映画の巨匠とも言われてる大好きなSam Peckinpah サム・ペキンパー監督です。<br>観た映画は<br>『ワイルドバンチ』3回<br>『砂漠の流れ者』2回<br>『わらの犬』2回<br>『コンボイ』 1回<br>『戦争のはらわた』1回<br>『ゲッタウェイ』1回<br><br>暴力映画には裏付けが難しいし、見終わった後に嫌悪感が付きまとう。<br>サム・ペキンパー監督の男の美学と哲学が凝縮された作品なので10年周期で観てると<br>色々な発見がある。<br>『わらの犬』は暴力描写が激しい分に内なる暴力性について、まだ府におちない部分がある。<br>『ワイルドバンチ』はテーマから、編集に、演出にすべて好みで見習う事ばかりです。<br>暴力描写の裏に描かれてる生き様の葛藤が美しい。<br>『コンボイ』と『ゲッタウェイ』はエンターテイメントとして監督の力量が発揮されて、<br>ここから掘り下げていくキッカケになった作品で面白い。<br>『砂漠の流れ者』は彼の映画にしては唯一、描写がゆるくやさしいけど、心理描写に深く奥行きが<br>あって観た後の余韻が好き。<br>『戦争のはらわた』は編集効果と人間心理が視点が印象に残ってる。<br>まだ観るべき部分がいっぱいあるので、何年後にまた観る楽しみがある。<br><br>映画は絵画とちがって時間軸によって観れるので、その時の時代や体調によって左右される傾向があまり無いので、余韻が深さによって残る映像と共感で語れるから好きです。あの時、理解できない部分が<br>あるから、次回の楽しみがあるのが映画だと思う。
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10492864595.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Mar 2010 20:30:57 +0900</pubDate>
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<title>研究博物館</title>
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<![CDATA[ 久々に更新します。<br>昨日、東京大学総合研究博物館に行ってきました。<br>http://www.um.u-tokyo.ac.jp/<br>ここ5~6年美術館より博物館の方に足を運ぶ頻度が多いのですが、<br>それは美術館より刺激があるんです。<br>というより美術館で行われる企画展は行く前に、<br>キューレターの思惑が強すぎるのか、<br>視点を強要されてるような展示会が面白くないのか、<br>どちらも当たってます。<br>実は自分の視る変化が一番大きいのかも知れない。<br><br>若い時は強く、濃い作品を一番に求めていたけど、<br>そこにはボイスがいたり、キーファーがいたり、フランシス・ベーコンがいたり、<br>エゴン・シーレに、クリムトに、シュールリアリズムに、ポップアートに、<br>それらを観るために世界の美術館にギャラリー行って色々な刺激をもらった。<br>そして必ずその国の様々な博物館にも立ち寄るのが好きだった。<br><br>5~6年前からばったり行かなくなり、求めなくなった。<br>なぜなのか、まだ掴みきれてないけど、単に年をとったと言えばその通りですが…<br><br>色々なものに接していく中で作品のリアリティの密度を少しづつ感じ取れるようになり、<br>もっと奥行きのある作品を観るという行為のなかで自己発見があったりする。<br>それは個人的なコアな部分にフォーカスしようという意思かもしれない。<br><br>なんてかっこつけすぎ、シリアスに考えすぎた。<br><br>季節の変わり目というオチで…（笑）<br><br>でも、東京大学総合研究博物館は研究の名の元なので、<br>展示方法もゆるい空間でぶらっと立ち寄ってしまうオススメの場所です。
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10485123546.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 18:45:27 +0900</pubDate>
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<title>Japanese Space Sculputure</title>
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<![CDATA[ 新年らしく縁起よく最初の展覧会は土偶展に行ってまいりました。<br><br>まさに縄文時代にタイムトリップです。<br><br>土偶は「祈りの造形」とも称されていますが、信仰心を越えて<br><br>もっと圧倒的にパワフルです。<br><br>ので、Japanese Space Sculputureと命名しました。<br><br>現在のエコやらスピリチャルやらと全てを包括して、<br><br>かるく次元や理屈を越えたプリミティブな思いが凝縮さえれたエナジーとなって表れている。<br><br>考えるのではなく、感じるの力のベクトルの強さが強烈でした。<br><br>今と違って、あの時代は常に宇宙の意識とまっすぐに繋がっていたと思う。<br><br>ずっと観てると怖くもあり、笑いもあり、泣きもある。<br><br>優しい気持ちになる土偶展は今年最初の展覧会に相応しい出だしになりそうです。
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10429552868.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jan 2010 14:01:10 +0900</pubDate>
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<title>反省</title>
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<![CDATA[ 22日朝日新聞の天声人語で今日の天声人語は宇宙に旅立った野口さんに因んで、<br><br>宇宙に対して、ガガーリンの「地球は青かった」の前に実は言葉があったいう話。<br><br>『宇宙は暗黒だったが、地球は青かった』<br><br>「地球は青かった」だけより、深く想像力を掻き立てられる。<br><br>デザイナーとして伝える仕事をしている故に、表現方法が違うが常に考えさせられる。<br><br>自分は決して、言葉のみを聴くだけで鵜呑みする事はなく、職業柄、思いを汲み取ろうとする。<br><br>どうしても主観的にとらざるえない部分の中で、どのように心に惹き付ける作品にするか<br><br>絶えず葛藤する。<br><br><br>謙虚になって、つめます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10421286679.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Dec 2009 13:25:55 +0900</pubDate>
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<title>Dance</title>
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<![CDATA[ 踊るってストレスを解放してくれる。<br><br>皆が思い思いに踊ってる姿を見てても幸せに気分になる。<br><br>ダンスミュージックは自由な気分にさせてくる。<br><br>グルーヴがあれば、どんなオブスキュアな音でも許せる。<br><br>ハウスミュージックの刹那主義、<br><br>テクノミュージックのストイックな態度、<br><br>リズムを刻んで、スウィングして、全身で浴びる音のシャワーに委ねる。<br><br>踊ってると、しがらみから解放してくれる。<br><br>でも、音の波形は強引でもある。<br><br>帰る場所がないと、音だけ繋がっていくのは幻でもある。<br><br>どんなに弾けても、最後は理性が大切なことも学んだ。<br><br>自分にとって音楽は、思考や感情ではなく、もっと根底的なところを揺さぶり動かす、深い快感である。<br><br>その体験は深く身体に刻み込まれ、生きるということへの喜びとなり、明日を生きる希望の期待。
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10415792340.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2009 22:53:48 +0900</pubDate>
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<title>タッチ</title>
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<![CDATA[ “風の旅人”主催の公開トーク『ー表現の行先ー』に行ってきた。<br>ゲストの細江英公さんと森永純さんが写真家として、言葉を越えた空気に触れることができて、<br>とても、素晴らしい機会でした。<br>クリエーターとしては、、対象にどれだけ思いをこめて制作に向き合って取りくんでるのか、<br>発する言葉が粒子になって、体のあちこちに浸透してきました。<br>言葉の意味を越えてビシビシ生きてるエネルギーに包まれました。<br>この強さと厳しさを経験してきた者だけが優しくなれる思いに励まされた。<br>緊張感が充満した場の中に、雪さんのかまいたちの舞踊でなぜか涙がでてきた。<br>ありがとうございました。<br><br>理屈じゃないことに触れるという事
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<pubDate>Fri, 18 Dec 2009 10:58:43 +0900</pubDate>
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<title>デザイン:03</title>
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<![CDATA[ 良いデザインとは何だろうと考えると、これだとは答えられない。<br><br>最大公約数な着地点の場合もあれば、ひとつの閃きであったり、クライアントの言いなりであったり、<br><br>模索しながら、変化をキャッチしながら、巡ってきたり、掘り下げてみたり、ウダウダやってる。<br><br>良いデザインかどうかは周りが決めることであり、自分が消えた時に答えが見えたりする場合がある。<br><br>凡人は言葉を吟味した上で視覚表現に変換できないと生き残れない。<br><br>モヤモヤした気持ちはいつも付きまとう。<br><br>それがデザインの複雑さであり、絡み合った糸を解くには忍耐も勢いも必要であり、そこに遊びを<br><br>見つけられれば、視界が広がるかもしれない思いで取り組む。<br><br>アウトプットまでに、どこまでマゾになって戯れられるか…！<br><br>自分を動かしてる得体のしれない何かがうごめくのだけはキャッチしたい。
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10407216065.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2009 17:39:37 +0900</pubDate>
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<title>デザイン:02</title>
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<![CDATA[ きれいなモノ、かわいいモノ、かっこいいモノ、たくさんな色々なモノが溢れてる。<br>消費することでアドレナリンが噴出し、欲望の渦の中に飲まれる快楽。<br>それを作り出すのもデザイン。選択を迷わせるのはデザイン。<br>デザインは良い事ばかりではない。<br><br>欲しいイメージを繰り返すと、自分だけの形や色が見えてる。<br><br>買わなくても、それで満足する事が多々ある。<br><br>モノではない気持ちをデザインしようとする。<br><br>多分、一番大切なのは言葉を越えた見えない形が伝わるか、そしてどこまで届くか！<br><br>それの繰り返しな日々。
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<link>https://ameblo.jp/caribbranstuddesign/entry-10387844401.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 00:25:12 +0900</pubDate>
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