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<title>前立腺がんになっても楽しく暮らす徒然日記</title>
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<description>前立腺がんから6回入院しても楽しく暮らす男の日記です</description>
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<title>最期の日</title>
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<![CDATA[ 娘です。父が亡くなってから2週間と少したちましたが、亡くなったことが本当のことにようには思えず、また入院してしまって会えないでいるだけのような気がしてなりません。<br><br>父が亡くなった日のことを書きます。自分がずっと忘れないでいるためにも。<br><br>亡くなるまで1週間前の様子が書かれたパンフレットを渡されて、どういう経過をたどるものなのか読んでいました。ただ、8割は書かれている通りになるけれど、残りはその通りにはならない、10人いれば10通りの亡くなり方があり、マニュアル通りとはならないことの説明をうけてました。本当に実際にその通りでした。<br><br>父の場合、夜から苦しんでいて、朝方のたぶん5時半頃に息を引き取ったのですが、ずっと苦しんでいたそうです。でも、血圧は下がらず110程度あり、体温の低下もなく、下顎呼吸や肩で息をするという前兆はなかったんです。なので、もう危ない状態なのはわかっていましたが、すーっと旅立ってしまうとは思わなかったです。そして、昏睡状態にもならなかったです。<br><br>旅立つ時、私はその場にいましたけど、その瞬間はさっぱりわかりませんでした。そして、母に大変だといって5時頃に起こされて、母は父の顔色がおかしいということで気付いたようですが、私にはさっぱりわかりませんでした。母がついてなくて、もし、私がついていたのなら、みんなを呼ぶことができなかったと思います。さすが、何十年も連れ添った妻だなと思いました。<br><br>大きく息を吸って、そのあと、はっはっと息をして、そして静かになったらしいです。この様子は後で弟の妻から教えてもらいました。私は横にいたけれど、なんにもわからなかったです。気付いたらとても静かで、でも、体はずっと温かくて、本当に温かいので、ドクターが亡くなったことを伝えてくれたけれど、ただ静かに寝ているだけのようでした。<br>ドラマのような、言いたいことを話してそしてぱたんとなるような最期って、あれはドラマだからなんだとよくわかりました。<br><br><br>
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<pubDate>Sun, 26 Jun 2016 15:05:08 +0900</pubDate>
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<title>6月10日　緩和ケア終了、旅立ちました。</title>
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<![CDATA[ 娘です。<br>願いむなしく、6月10日の朝方に父は旅立ちました。<br>癌を道連れに飛んでいってしまいました。<br><br>父と私達家族のために、祈って頂きまして、大変感謝しています。<br>このブログは父の生きる支えでした。読んで頂いた皆さま、本当にありがとうございます。感謝、感謝です。<br><br>弟が到着するのは間に合いませんでしたが、なんとか、弟がきてから通夜を迎えることはできそうです。明日の夜が通夜です。弟が到着してからです。到着を待ってから通夜をできることは本当によかたです。<br><br>まだ本当のことと思えません、寝ているだけのように思えてなりません。<br>落ち着いたら、また投稿しようと思います。<br>
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<pubDate>Sat, 11 Jun 2016 22:02:01 +0900</pubDate>
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<title>6月9日　緩和ケア15日目</title>
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<![CDATA[ 娘です。木曜日のことです。<br><br>今日も父はほぼ静かに過ごしています。寝がえりをうったり、時々、うーといいますが、ほとんど静かに寝息をたてて寝ています。今日も残念ですが、会話はできませんでした。<br>朝、私がいろいろと話しかけてみたら、かすかに頷きました！すごく嬉しくなって母を呼んだけど、母が駆け付けた時、父の意識はあっち側にいってしまっていて、こちら側には帰ってきませんでした。<br><br>呼吸が変わったことを、朝きてくれる訪問介護の看護師さんに話したら、やはり、お別れが近づいてきていることの前兆だそうで、会わせてあげたい人がいたら会わせてあげたほうがいいと言われました。ただ、その時期がいつなのかは神様のみがご存知で、いつとは言えないそうです。だけど、父は強靭な精神の持ち主なので、もう少し頑張ってくれると思います。<br><br>弟が大事な仕事で出張でして、木曜から日曜までいないのです。そのことを父は知ってます。まだ会話ができたころ、「今日は何曜日だ？今日は何曜日だ？」と尋ねてきました。それから、唐突にいきなり「後何日だ？」と聞いてきたこともあり、息子の到着を待っているんです。父は仕事にまじめな人でした。仕事をすることの大変さをわかっているので、弟が仕事をがんばってから駆け付けてこれるように、その日まで持ちこたえようと頑張ってくれているのだと思います。<br>どうか、このブログを読んでくれている皆さん、父がどうにか日曜まで持ちこたえることができるように祈ってあげてください。人の思いというのは、時として奇跡をおこすものだと思います。<br><br>昨日、これからのことを考えて、看護師さんが着替えの時におむつを掃かせてくれました。父はすんなりと履いてくれました。そして、今日はトイレに行くことはなく、おむつでしていました。もうトイレに行くことはあきらめたようです。意識がちゃんとある間はトイレに行けました！すごい根性です。支えはしましたが、本人が立ち上がってくれないと、とてもじゃないけど、トイレさせることなんてできません。父がトイレでできていたのは、すべて父の力です。直前までトイレでしたいって口癖のようにいっていた父でした。我が父ながら尊敬します。<br><br>朝の血圧は108で、いつもは130弱だったので、ずいぶんと下がったものだなと心配になりました。ですが、夕方のドクターの診察では118で、体温も今朝は冷たくて心配だったのですが、昼以降は普通に暖かかったです。まだいけそうです！<br>布団を払いのける力は減ってきましたが、まだ、やっぱり嫌なようで払いのけます。<br><br>夜、弟の一家と、私の夫と息子がやってきました。そして、父の側にたって、口々にみなが自分の名前を言いました。そうしたら、眠っていた父の体がブルっと震えて、目がぱっと開いたのです！まだ父は意識を失ってはいないようです。大好きな孫達の声を聞いて、大喜びだったのでしょう。子供が大好きな父です。なによりも嬉しかったに違いありません。<br><br>今日は、午前中に親戚のおばさんが来てくれました。いつもいつも気にかけてくれるおばさんです。血縁関係は遠いのですが、つながりは強くて、何かと気にかけてくれます。こういう時に、優しさにふれると胸がぎゅっとします。また明日も来てくれるそうです。<br><br>こうやってブログを書いている間も、父は静かに寝ています。うーんうーんと唸って苦しそうな時も心配でしたが、静かなら静かでまた心配です。<br>呼吸は、ふーっと吸って、そのあと、うーーーーーーーーっと長く息を吐きます。これまでと違ってきています。癌は肺にも転移していて、その転移の数がかなりたくさんで、個々は小さいのだけど、数が多いので、それらがそれぞれで大きくなってしまっていると思われ、それで苦しくなっているそうです。<br><br>父は71歳です。まだ死ぬには早いと思います。もっともっと元気で長生きしてほしい。でも、何歳なら十分なのか？と思うと、程よい年齢なんてないですよね。<br>親の死というのは、親からの最後の教えだと、なにかの本で読みました。生きること、死ぬこと、命について、さまざまなことを学ぶことができる。親は自らの命でもって子供に教えるのだと。その言葉の意味をかみしめています。実際、本当にいっぱい考えました。今も考えています。<br>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12169098306.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jun 2016 23:27:52 +0900</pubDate>
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<title>6月8日　緩和ケア14日目</title>
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<![CDATA[ 娘です。水曜日、今日のことです。<br><br>父が入院して退院して、緩和ケアになって、まだ１か月たっていないのに、何か月もたったような心境です。いろいろなことがありすぎて、脳が飽和状態です。<br>入院中、何度もお見舞いにいきましたが、そのたびによくなっていって、夫と息子と一緒にお見舞いに行ったときは、１階の待合室に歩行器を使ってでしたけど、自力で動けるくらいまで回復してました。食事も半分くらいは食べることができていたので、抗がん剤のせいで弱っていたんだと思いました。抗がん剤をやめて自宅に戻れば、少しの間はのんびりゆったりした生活ができて、ちょっとしたところなら外出もできるのでは？と、皆が思っていたのです。<br><br>今日、緩和ケアのドクターも「入院先で緩和ケア移行のカンファレンスの時はもっともっと元気で、まさかこんなに急激に進むとは思ってもいませんでした」と言ってました。<br>癌というのは最後の１か月になったら、進行がとても速いとは知っていましたが、本当にとてつもない速さで進んでいるので、少し前の姿とは大違いで、心が追いつきません。<br><br>今日は目のあたりに黄疸が出ているのに気付きました。今日も会話はできません。意思疎通はできているようですが、問いかけに対してうなづいてくれることはありませんでした。<br>ただ、父の弟二人が帰るときに声をかけると「おう」とも「あう」とも聞こえる声を発してました。これは間違いなく意思疎通できている証拠だったのだと思います。<br><br>今日もトイレに行けました。もう無理なんじゃないかと思うのですが、なんとしてもトイレに行きたいようです。今日はポータブルトイレをもってきてくれたので、ベッドの横に設置して、そこで済ませました。今日は２回行けました。昨日より量は多いように思います。<br>本当は3回目をチャレンジして、ずいぶんと頑張ったのですが、どうしても立ちあがることができず、「ちょっと無理だ」と言って倒れこんでしまいました。自力でトイレにいくことは、父の尊厳のようです。そんなに頑張らなくてもいいのにと思うのは、本人じゃないからなのでしょう。<br><br>気になることは、夜になってから、いままでと違う呼吸がでてきたことです。なんと表現すればいいのでしょうか？管の中を空気が通っているような、耳鼻咽喉科で吸入するときの音が一番近いような気がします。また、口をぽかんとあけて寝ているのですが、舌が落ち込んでるように思えてなりません。明日、看護師さんやドクターに聞いてみようと思います。<br><br>今日から、24時間の皮下注射をつけることになりました。中身はモルヒネと吐き気止めです。苦しそうな時は家族がボタン押下で薬が追加できます。これまでは、苦痛を取り除くのに、アンペックという座薬をさしていましたが、もう不要になるそうで家族の負担が減ります。<br>でも、日々、新しい薬が追加されます。次はまだあるのか？もうこれが最後なのか？聞きたいけど、怖くて聞けませんでした。<br><br>この皮下注射のおかげなのか、病状が進んでいるせいなのか、父はこれまでより穏やかです。時々うーん、うーんと呻いていますけど、昨日よりはずっと苦しくないように見えます。顔をしかめることも余りありません。<br><br>相変わらず、病衣やタオルケットを嫌がります。少し寒いのでは？と思うのですが、猛烈に嫌みたいではぎとってしまいます。調べてみたら、これも、せん妄の一種みたいです。しっかりとした優しい父が消えてしまい寂しいです。<br>でも、時々、しっかりした顔をして、私の顔をじーっと見ます。何も言わないのですが、辛くて言えないだけなのだと思います。私が「ずっとついてるよ、お父さん大好きだからね」とか、いつもなら照れて言わないことをいうと、じーっと涙をためてみるんです。なにか言ってほしいけど、言わなくてもわかることですよね。<br><br>それにしても、直前まで食べることができて、ちゃんと話すこともできる人もいるようですけど、全然違うものなんですね。個人差といえば、それまでですが、残念です。<br><br>今晩は母に変わって、私が父の傍らで寝ます。病院より自宅で過ごしたいのは皆同じ思いだと思うのですが、看病する家族が数人いないと無理だなと思います。母はこれまでよく一人で頑張ったものだなと思います。今晩はとても父が穏やかなので、私はこうしてブログを書くことができます。<br>この穏やか時がもう少し続いて、できれば、ぱっと目が覚めて、普通にいつものように私の名前を呼んでほしいです。全身の癌細胞がぱっと消滅してくれないかな。無理な話だけど、父にはずっと元気で生きていてほしい。<br>明日は一言でも、会話できますように！<br>
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<pubDate>Wed, 08 Jun 2016 23:18:19 +0900</pubDate>
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<title>6月7日　緩和ケア13日目</title>
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<![CDATA[ 娘です。火曜日のことです。<br><br>火曜は仕事にいっていたので、日中のことはわかりません。<br>だけど、母や看護師さんに聞いた話だと、すごく辛く身もだえていて、これまでで一番辛そうだったそうです。<br>そのため、1時間くらいで終わる小さいな点滴が追加されました。この点滴は吐き気止めと少しうとうとする効果があるそうです。もう、どんな薬でもいいです。父が少しでも楽になってくれるなら、本当にそれでいいです。<br><br>この火曜日もトイレには2回行けたのですが、夕方のトイレでは起き上がることができず、1時間ほど格闘していたそうです。母一人では無理なので、近くに住む父の弟にHELPを頼んだそうです。近くにいてくれて手伝ってくれてありがたい限りです。<br><br>私は引き継ぎを行うため、この日は22時まで仕事をして、それから一度、自分の家に戻って、それから実家にきました。到着したのは23時半頃です。そのころ、父はすーすーと心地よさそうな寝息をたてて寝ていました。こんな安らかな姿を見るのは久しぶりです。<br><br>そのあと、母と1時間ほど話をしていたら、父がまたうめき始めました。母とは交代で看病しようと話をして、この晩は母に任せて寝ることにしました。<br>座薬をそのあとさしたら、また、寝てくれたようです。どんなに辛いことなのか想像もつきません。<br><br>そして、上の病衣やタオルケットをとってしまいます。なにかかかっていることが嫌みたいです。酸素もとってしまいます。好きにさせるしかありません。体の中でなにがおきているのでしょうか。<br><br>そういえば、月曜に不思議なことがありました。<br>私と息子が帰るとき、息子が「また来るねー」といったら、「はいよー」って答えたんです。私や母が話しかけても、たまにうなづくことはあっても、話すことはまるでないというのに、孫愛が半端ないです。<br>息子には覚えていてほしいです。こんなに愛してくれていたことを。<br><br>火曜も血圧は変わりなしです。<br><br>火曜はわざわざ、大阪から父の弟が様子を心配してきてくれてました。玄関に大きな見慣れない靴があって泥棒かと思って、おずおずと入りました。おじさんでよかったです。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12168556718.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jun 2016 12:07:24 +0900</pubDate>
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<title>6月6日　緩和ケア12日目</title>
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<![CDATA[ 娘です。月曜日のことです。<br><br>両親が心配で、月曜は会社をお休みすることにしてました。看護師さんが毎日、朝にきてくれるので、看護師さんから様子を聞きたかったのです。<br><br>土曜朝に父の容態がすごく悪くて、ドクターに往診を頼んだのですが、月曜はこちらから頼んでなかったのですが、後でドクターが往診にきてくれるとのことでした。<br>それで、母と一緒に話をきくことができました。<br><br>せん妄が始まったこと、トイレの回数が減っていること、会話ができないこと、これまでと様子が違っていて、昨日できていたことが今日できないという状態なので、これからは日単位で考えてほしいといわれて、これからの状況が書かれた説明書をもらいました。<br>余命というものはピタリとはいえないけど、あと数日かもしれない、休めるなら休んだほうがいいといわれて、一度会社にいって引き継ぎをお願いして、水曜から休もうと決意しました。<br>母は私のことや仕事のことを心配して、休む必要はない、大丈夫だというのですが、そんなわけないのはわかります。お互いに言い合っていると、看護師さんがとりなしてくれました。ありがたいです。<br><br>私は準備をするため、昼すぎに自分の家に帰ったのですが、この月曜の晩は父は何度もうめいて、父も母も眠ることができなくて、相当、大変だったそうです。<br><br>この月曜も血圧は変わりなく、トイレも2回ですが、行けています。<br>日曜の夜から吐きそうになるのですが、吐いてはいません。でも、それは、詰まっている可能性が高いそうで、下からも上からも出せない状態のようで、吐かないからいいわけではないようです。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12168551902.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jun 2016 11:49:47 +0900</pubDate>
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<title>6月5日　緩和ケア11日目</title>
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<![CDATA[ 娘です。日曜のことです。<br><br>土曜はこれまでとの変わりように衝撃を受けたのですが、日曜はもっと変わってしまいました。先日の往診の際は週単位でと言われていたのに、なんだか、素人目にもまるで違うので、これはよくないんだなと思いました。<br><br>寝てばかりいて目をあけません。時々目をあけるのですが、天井というか、どこをいったいみているのだろう？という感じです。焦点があってなくて、どこをさまよっているのでしょうか？<br><br>私や母が話しかけると、少しうなづいてくれるので、意思疎通ができているんだなということはわかります。<br><br>暴れたり、暴言をはいたりして、手を付けられないということはまったくないのですが、意味不明な言動もでてきました。せん妄というものなのでしょうね。ついに始まったのですね。<br><br>お父さんが寝ていて、これからのことを思うとまた悲しくて泣いていたら、お父さんの手がのびてきて頭をなでてくれました。力を振り絞ってくれたのかと思うと号泣してしまい、そこに母がきて、心配させてしまいました。<br><br>夜はこれまでとは様子が違っていて、たえず動きます。身の置き所がないような感じです。ベッドから急におきあがったり、とおもったら寝たり、そして横向きになったりと、苦しいというのが本当にわかります。<br><br>家族にできることは、手をさすること、話しかけること、それくらいしかないです。なんにもできないのがつらいです。<br><br>血圧はかわりなしで、トイレもがんばって二人がかりで連れていってます。<br>トイレには行きたいといってトレーニングがんばってきた父なので、その気持ちが伝わってきます。<br><br>私は親の下の世話なんてできないと思ってました。父で男ですし、でも、いざその場面になると、なんともなかったです。娘愛、強し！です。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12168547497.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jun 2016 11:30:34 +0900</pubDate>
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<title>6月4日　緩和ケア10日目</title>
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<![CDATA[ 娘です。父が書けなくなったらブログ更新してねと頼まれていたので書きます。父は骨に転移して生活に支障がでてから、ブログを書くことが生きがいでした。<br>日本にいる見ず知らずの人が見てくれてること、いいね！を押してくれること、アクセス数が励みでした。父の闘病記が同じ思いをしてる人にとって少しでも役にたつならとてもうれしいといってました。<br><br>土曜日のことを書きます。<br>息子と一緒に週末を実家で過ごすためにきました。１週間ぶりです。<br><br>１週間前は普通に話ができていたのに、すごく苦しそうで、会話はほとんど成立しません。私が到着したとき、先に息子が父にかけより「おばあちゃんは？」ときくと、「庭にいるんじゃないか？」と答えたそうなのですが、私とはこの土曜から会話は成立してないのです。なぜか、孫パワーなのか、息子とだけ会話できるようです。<br><br>私と会った時、父はトイレにいました。トイレで「話したいことがある」といいだして、一方的に子供時代のエピソードを話しました。私は、トイレの床に座って、うんうんと聞きました。<br>そのあと、ベッドに戻り、今度は高校時代のこと、大学時代のこと、母との出会いについて話してくれました。<br>私は結婚当時のこと、私や弟の誕生したときの思い、子育てのことを聞きたくて、教えてといったのですが話してくれず、眠ってしまいます。<br>この土曜がちゃんと話ができた最後になるんだと思います。<br><br>土曜は何度も何度も何度も褐色のすごい異臭がするものを吐きました。ドクターによると、腸液らしいです。みていてると苦しそうで、苦しいのは当たり前で、みているのことがつらいです。自宅での緩和ケアは両親の望みで、そうなってよかったと思うのですが、目の当たりにすると辛くて何度も泣いてしまいます。私が泣いてはダメだと思うのですけど、泣いてしまうんです。<br><br>トイレにはちゃんと歩いていけてます。すごいです。<br>血圧もこれまでと変わりありません。<br>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12168543802.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jun 2016 11:11:23 +0900</pubDate>
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<title>６月3日　緩和ケア9日目</title>
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<![CDATA[ ６月３日　緩和ケア９日目<br><br>今日、友人と親類が午前と午後に来てくれた。<br><br>友人が持ってきてくれた花が部屋を明るくしてくれた。<br><br><font size="2">花が部屋だけでなく心までも明るくしてくれた。<br><br>もう少し頑張れるかな？<br><br><br>点滴だけで生きてきたが、それだけでは栄養不足になるので<br><br>点滴の栄養価を増やされる。<br><br>近藤　誠　著「医者に殺されない47の心得」では、何もするなと<br><br>書いてあるが、実際癌の末期になると何もしないわけにはいかなくなる。<br><br>口から食べられないなら点滴で、トイレには最後の最後まで歩いて行きたいから<br><br>それには体力を、<br><br>元気な時はあーもっともだ、あーもっともだと思って読んだ本だったが<br><br>今は？マークで読み返している。<br><br>命根性が汚いのだろうか？<br><br><br>日ハムが巨人に負けている。応援していてブログ書くのが<br><br>遅くなった。<font size="2"></font>　</font>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12167037358.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jun 2016 20:07:12 +0900</pubDate>
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<title>６月２日　緩和ケア8日目</title>
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<![CDATA[ <font size="2"></font><br><font size="2">退院して丁度一週間になる。<br><br>医師２名、看護師２名来訪。<br><br>病状の説明をしてくれた。<br><br>1、酸素の値が低い　咳き込む　むせる<br>　　　<br>　　肺の転移（外側表面に小さいのがそれなりの数がある）<br>　　　　　　　　肺が伸縮しにくくなっている。<br>　　　　　　　　胸膜に転移したらしい<br>　<br>　　対策　　酸素吸入2.0に引き上げる<br>　　　　　　ｵﾌﾟｿ（モルヒネ）を使う（口から飲められない時座薬使用）<br><br>2、　吐き気について<br>　　　<br>　　　　　　おなかにも少し疑わしいところがある（腹膜への転移？）<br>　　　　　　小腸に腸液が少し溜まっているところがある＝腸の流れが悪い<br>　　　　　　今後益々悪くなる可能性あり<br>　　　　　　　　　　　（すっかり悪くなるとげーげー吐く、通じも悪くなる）<br>　<br><br>　　対策　　口からの摂取を最小限に<br><br><br><br>　ということで、ｵﾌﾟｿ以外は点滴溶液の中に、薬は飲まなくてもよくなりました。<br><br>今日、本来の治療であったランマークはデノタス内服が吐き気のため<br><br>中止となりました。<br><br>肝臓にも骨にも転移、癌というものはアメーバーですね。<br><br>　　　　　　<br><br>　昨日、日ハム勝ちました。増井打たれるんじゃないかとハラハラして<br><br>体に悪かったです。でも結果オーライ！ぐっすり眠られました。　　</font><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160602/17/castero1944/43/93/j/o0720048013662349470.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160602/17/castero1944/43/93/j/t02200147_0720048013662349470.jpg" alt="" width="220" height="146" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/castero1944/entry-12166648932.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Jun 2016 16:03:41 +0900</pubDate>
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