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<title>認知症のお父ちゃんと　パーキンソン症候群のおかあちゃん　そして　末っ子の　未来日記</title>
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<description>1997年父が認知症と診断、2012年母がパーキンソン症候群と診断されました。1997年老老介護がスタートし、東日本大震災直後、母が父の介護ができない状態になりました。そして、末っ子が　両親の主介護者となりました。</description>
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<title>介護離職　ゼロ</title>
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<![CDATA[ <br>生きるということの中に<br><br>　色々なライフイベントがある<br>　<br>　その中で、仕事をする時期もあると思う<br><br>　要するに　その都度　「１０」をどのように「配分」するかではないのかな<br><br>　そして、それをできること。環境整備も必要だし<br>　その環境を「感謝」する気持ちも必要<br><br>　コミュニケーションやマナー<br><br>　他者との距離感や他者に共感できずとも<br>　他者の状況を理解しようという　働きかけや行動が<br>　その次の社会を生きやすくするのではないかと<br><br>　思うんですよね<br><br>http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151129/k10010323231000.html
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<link>https://ameblo.jp/chanabon/entry-12100822018.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Nov 2015 14:57:40 +0900</pubDate>
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<title>介護離職</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/chanabon/amemberentry-12099558724.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Nov 2015 20:56:48 +0900</pubDate>
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<title>介護中に起きる想定の範囲にあること</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Tue, 24 Nov 2015 17:31:18 +0900</pubDate>
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<title>少しの変化にきづく</title>
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<![CDATA[ 母が　脱水と貧血で入院した<br><br>内視鏡検査結果では<br>胃に　複数の潰瘍痕であり<br>赤くびらんであるようだ<br><br>下血しているかどうか<br>本人が　排便がないので<br>確認できず<br>これで　血液検査で大丈夫なら<br>胃潰瘍で　治療がスタートするのだろう<br><br><br>ふと・・母の介護日誌を確認してみると<br><br>なんと！<br><br>類天疱瘡の合併症に<br><br>　胃潰瘍とか<br>　高血圧とか<br>　貧血って　自分で記録している・・・<br><br>そう！　注意するべき事柄であった<br><br>ご飯をたべないで　朝薬を飲もうとする母に<br>ご飯をたべてからと　何度か注意していたが<br><br>朝ごはんの前に　必ず水をのんでから<br>ご飯を口にするようになったな・・とか<br><br>体重が　食事しているはずだが<br>なかなか増加していない<br>それどころか　減少していると<br>きづいていたのだが・・・<br><br>その変化に気づきながらの<br>うまく　コミュニケーションがとれなくなってきている<br><br>そう・・・反応も　すごい　ゆっくりで<br>こちらのペースでは　イライラで・・<br><br>動きが悪いのは・・気持ちのせいで<br>本人は　病人のふりをしていると・・・<br><br>真剣に　本人の立場になってなど<br>状況を確認することもなく<br>できなくなったことを<br>最期はせめて・・攻撃していた・・<br><br>きっと　ステロイドを服用して　1週間から2週間で　<br>胃潰瘍になっていたのだかもしれないと<br><br>今さだですが<br>　自分の意思決定から<br>思い込みから来たことが<br>自分の思いが強すぎたことが<br><br>母の重荷になっていたこと<br><br>母は　娘に迷惑をかけないようにと<br>全力で　なんとかしようとしていたのだが<br>ふらつきながらも<br>意識がもうろうとしている中でも<br>なんとか　娘に<br>娘に対し　全力で気持ちにこたえる努力をしてくれていたのだと<br><br>入院し　看護師さんなどの力をかりて<br>今、再び　自分の家で生活できるように<br>頑張っているようだ<br><br>ただ。。先生からは　3か月前に戻る体力があるか・・どうか？<br><br>そうだろう・・<br>色々なことがあったのだ・・・<br><br>高齢者で　実の子供に面倒を見てもらっている親というものは<br>実は　できるだけ　我慢をする<br>我慢の限界まで　子供に迷惑をかけないようにと<br>するからこそ<br>だいぶ　悪化してから　子どもはその状態を目の当たりにすることもあるのだろう・・<br><br>老親はできることは　自分で努力しての結果は<br>子どもから　受け入れることが　容易ではないのかもしれない<br><br>まして、、これが　子どもが一人で　全部となると<br>どう処理していいか　混乱する・・<br>誰かに　客観的に　判断できる人が<br>傍にいてくれたらと　そう思うが<br><br>小さな事柄　受け入れたくない状況で<br>思い込みで　それから　その現状を<br>直視できずに　・・<br><br>色々なことが　心の中で葛藤する<br><br>その　葛藤と　どう向き合うか・・<br><br>これから　どうするべきか<br><br>母と向き合う時<br>必要な情報や知識と<br>そして　今　目の前にいる<br>母と　真摯に向き合う必要があるのだと<br><br>色々なメガネをかけて曇るのではなく<br>思い込みで　判断しないように<br><br>そして　周囲の人の力を借りて<br>母の介護に　向き合う　そういう時期なのかと<br>思うのです
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<link>https://ameblo.jp/chanabon/entry-11662612230.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Nov 2013 14:02:48 +0900</pubDate>
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<title>完璧主義からの脱出</title>
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<![CDATA[ 私は　常識人？である<br><br>私は周囲の人の感情を読み<br>その空気を　悪くする行為が嫌だと思っている<br><br>自分のいいたいことを<br>飲みこんできた幼少期・・・<br><br>　なんて　ことはない　周囲の反応が怖いのだ・・<br><br>　中途半端な自分であることが　ばれることが怖いのだ<br><br>　何も一人ではできないのに　一人で何でもできると<br>　知識があれば　その知識が解決策を導いてくれると<br>　子どものころから　本を読んでいた<br><br>　でも　その本を読んでいたといえるか？<br>　何も記憶に残っていない<br><br>　そう・・知識社会なのだから　智慧ではなく　学術的な<br>　理想的な　知識が・・・<br><br>　結果　目の前の「介護を必要としている人の気持ち」など<br>　お構いなしで　おしつけの介護を　ずーっと　していたのだ<br><br>　だって　認知症の父に　高齢者の母に<br>　自分の命を守るための意思決定など　できるわけない<br>　できないのだから　私が決めて何が悪いと・・・<br><br>　ほんと　エゴだらけである<br><br>　少し改善したな・・・て　思うのは<br><br>　その思いを　母や姉などに　伝える前に<br>　まずは　「書き出す」　感情を書き出すことをしてきた<br>　そのまま　感情のまま　話をしても　<br>　まったく　伝わらないのだ<br>　そう　それは　自分自身もまとまっていないのだから<br><br>　もちろん　書き出したことなど　忘れて　その時の感情で話すこともあるが<br>　しかし　一度感情を紙に書き出している事で<br>　強烈具合が　少しだけ　トーンダウンしているように感じる<br><br><br>　カウンセリングとか　話すことで　感情を「放す」「離す」ということができて<br>　自己の整理に役立つというけれど　<br>　なかなか　すぐに　カウンセリングって　行けない・・<br><br>　そんな時は　客観的に「事実」であるか<br>　自分の「感情」であるかを　書き出すのである<br><br>　感情は　普遍ではなく　その都度変化するものであり<br>　「事実」「事象」は　その後は過去なので　どうすることもできないのだ・・・<br><br>　そうなんだよね<br><br>　介護する人も　介護される人も<br>　ストレスなんだよね<br>近頃　介護　ストレス　などで　ネットの検索をすることが<br>　多くなってきて<br><br>　「<a href="http://www.gambaranaikaigo.com/link.htm" target="" title="">がんばらない介護生活</a>」なるサイトにたどり着いた<br><br>　これまでは、なんだろう　知っていたけど<br>　だから？　集団で何してんの？　ぐらいで<br>　介護は　その人それぞれで　マニュアルがなんだ・・と<br>　斜めに見ていたのだが<br><br>　既に　多くの方が「介護」という　時間を過ごし<br>　そして　できることなら　これから「介護」する人が<br>　少しでも「幸せ」であるように<br>　アドバイスなのである<br><br>　介護って　急にくるものだったりするから<br>　慌ててしまう事も多い<br><br>　でも、2025年介護は　我々日常生活で<br>　多くのヒト(男性女性）が　仕事を継続しながら<br>　親の介護に直面すると言われている<br><br>　自分のオリジナルの前に　是非　確認して家族と話し合っていることが<br>　良いのではないかと思う<br><br>　差し迫った状況だと　ゆっくり精査することもできないけど<br>　また、その後　忘れてしまっていたとしても<br>　記憶の片隅に　ある情報をたどって<br>　各自の必要な情報を得ることができるだろうし<br>　また　短時間で膨大な情報から　各自が必要な情報を得る事に<br>　つながって欲しいと思う<br><br>　急な介護は　急いで　介護フランを決める必要があるから<br>　また　介護プランは　その時どの状況で変更できるし<br>　変更するべきだと思うから<br><br>　まずは、必要な情報　「思い込み」で　ドタバタした結果<br>　後悔する結果にならないため<br><br><br>それから　思い込みは「完全」とか「完璧」という　理想であり<br>当事者は　自分だけではない　<br>周囲の意見や　情報を共有することが　とても大事になり<br>そうすることで　一人で抱え込み　また　完璧を目指し<br>ストレスで　介護する人がダウンしなためにも<br><br>　さて、私は　ひとまず　深呼吸することにする<br>　
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<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 18:41:10 +0900</pubDate>
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<title>美容室に行かない</title>
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<![CDATA[ 5月に　美容室で髪を切り　そして白髪を染めた<br><br>髪は　もしかしたら、喪服をきることもあるので<br>短く、セットが必要ではない長さにと<br>その時は　美容室に行った<br><br>そして　8月美容室に行こう<br>9月　まずいな～　美容室へ行かなきゃって<br><br>気持ちが　美容室へ行くことを促すのだが<br><br>結局、美容室へ行っていない髪は<br>まとめるにはとても中途半端な長さになっており<br>髪の艶もなく　貧相であった・・・<br><br>なぜか　美容室に行けなかった<br><br>時間はあったし<br>どこでも良かったはずなのだが<br>その　3時間程度の時間を<br>確保することができなかったのである<br><br>自分だけの時間　3時間<br>この3時間が　どれだけ　自分にゆとりをもたらす効果があるか<br>知っていたはずだが・・<br>美容室に行かない髪は<br>今も伸ばし放題である<br><br>そして、ふと・・・先日から続いている<br>　集中力の欠如<br>　イライラ感<br>　焦燥感<br>　そして不安<br>　やる気が起きず<br>　体がだるいので<br>　いつまでも寝ていたい<br>　食事はなんでもいい<br>　なんでもいいから　食べる<br>　食べていないと　不安？<br>　何かしていたいという思いが強い<br>　でも　仕事や母の介護をしたいのではない・・<br>　<br>　眠りつく時間まで　時間がかからないのだから<br>まだ、うつではないと　自己診断しているが<br>　眠りが浅い・・朝起きても　すっきりしない<br><br>　それは、夜中　何度も眠りから覚める<br>　体には湿疹だ・・・<br><br>　これは　やっぱり　おかしいなと<br><br>　ネットで簡単ストレスチェックなるものを<br>　実行してみた<br><br>「　ぐったり状態」という　診断(苦笑）<br><br><br>　そうか・・・ぐったりか・・・<br><br>　さて、このストレスで　ぐったりしている　状態を　どうしたら<br>　改善できるのか！<br><br>　まずは　深呼吸なのかな？<br><br>　それから　軽いストレッチ<br><br>　休息と休憩　外出したくなくなるけど<br>　とりあえず　1日1回は　外へ行こう<br><br>　一人でいる時間が長くなるが　そう　誰かとすれ違うこと<br>　短いけど　会話すること<br>　心がけよう<br><br>　そうだ！<br>　美容室だ！<br><br>　化粧品もほとんど　使い切り　化粧することも放棄中<br><br>　他の人の変化で、女性が身だしなみを注意しなくなっている場合<br>　（以前はしていた人であるが）<br>　かなり、何か迷走している場合が多いって<br><br>　知っているのに　私がその該当者になっていた<br><br>　そうだ！美容室へ行こう<br><br>　髪をきれいにしてもらおう<br>　化粧品買ってこよう<br><br>　化粧しよう<br><br>　なんか　おいしいもの食べたいな<br><br>　なんだろう　どこか遠くへ出かけたい<br>　でも　今ある現実からの逃避か　それとも<br>　明日への活力の為か<br><br>　まずは、身近な環境で　毎日少しだけ<br>　これまでの　自分の生活を取り戻そう<br>　それから　母親との生活を　見直そう<br><br>　彼女も　同様なのかもしれない<br><br>　彼女もストレスがたまり　自分ではどうしようもないぐらい<br>　体が動かないのだろう<br><br>　食べたいものも、行きたいところも<br>　これから　やってみたいと思えることも<br>　無いということに　腹を立て苛立ちを持っていたが<br><br>　自分もそうなのだ<br><br>　そうだ・・一緒に　少しづつ　立ち直ろう<br><br>　ゆっくり　美味しいもの　食べたいと思うものを<br>　お腹いっぱい　笑顔で食べよう<br><br>　①美容室へ行く<br>　②外出しよう<br>　③友人や家族と食事に出かけよう<br>　それができたら<br>　次は<br>　④自分だけの小さな目標を作ろう<br>　⑤母と一緒に小さな目標を作ろう<br>　<br>　きっと　笑顔でいる時間が増えるだろう<br><br>　<br>　<br><br>　
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<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 18:12:42 +0900</pubDate>
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<title>パーキンソンなのか？</title>
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<![CDATA[ 父が亡くなり　二七日　１４日が過ぎた<br><br>母は　父の葬儀に参列するため　ショートやディサービスを断り<br>自宅で父の葬儀までの時間を　私たちと一緒に過ごした<br><br>父が亡くなる前まで<br>家の中を歩くことができた<br>トイレもいけた<br>夜にも　トイレにいくため　起き上がりができた<br>朝ごはんは自分で食べるために　台所まで起きてきて<br>電子レンジで　チンもできた<br><br>薬も自分で管理できた<br><br>・・・初七日が過ぎ<br>母がショートへ行った<br>３泊４日で　土曜日に戻り<br>月曜日は　父のために焼香に来る親戚と一緒に昼食をとった<br><br>そのあと<br>母の介護認定に認定員がやってきた<br>ケアマネが来た<br><br>そして・・・その一連のあと<br><br>悪夢が始まった・・・・<br><br>母がまったく　動かない<br>ご飯だと　声をかけても　動き出すことがない<br>目を開けない<br>声に反応しない<br><br>・・・・・・そう・・・２週間前　その姿を<br>父の姿を思い出すことはなかったのだが・・・<br><br><br>エスカレートした<br>彼女に対する　言動が激しくなった<br><br>声をかけても　何を言っても答えが無い母に<br>憤りを感じた<br><br>声をかけることをやめて放棄していた<br><br>・・・・・・<br><br>部屋には排尿した臭いが充満していた<br><br>・・・<br><br>母は　死んでしまいたい・・・と<br><br>死んでしまいたいと・・・小さな声で　<br><br>死んでしまいたいという　母に<br>本当に　そうしてあげたくなった<br>母と一緒に　死んでしまいたくなった<br><br>死と向き合うこと<br><br>母に<br>「死にたいと思う場所まで連れて行く、その後自分は警察に行く」<br>「私は　パーキンソン症の母を動けない母を　そのまま放置してきたと<br>　警察に行くのだ　娘は　犯罪を犯すだろう」<br>「あなたは、死を望むけれど　一人では無理である<br>そのため　私が手をかすことで　自殺ほう助である<br>　あなたは　娘が　犯罪者になること・・望むか」と<br>母に質問していた<br><br>驚くほど　淡々と<br>驚くほど　静かに<br><br>そして　自分の頬に　涙が流れてた<br><br>・・・<br><br>翌日、母は　寝たまま排便していた<br><br>朝の第一声は　「ごめんなさい」だった<br><br>パーキンソン症と　類天疱瘡　そして　配偶者である父の死<br>自分のことだけを　話す母に　苛立ちが最大限になっていた<br>私は　父のことも　私のことも　気にかけない<br>母のことが　とても　不愉快だった<br>自分のことだけで　いっぱいいっぱいだと<br>彼女を責めた　結果だ・・・・・<br><br><br>そして、体重を計った時点で　驚いた<br>体重が<br>減少している　３３キロである<br>彼女は　彼女なりの父との別れを　悲しみそして<br>娘である　私に　これ以上　迷惑をかけないように<br>生きようとしていたのかもしれない<br><br>不思議な気分だった<br><br>できるだけ　介護によるバーンアウトを経験したくないと思い<br>母との介護は　距離をもとうとしていたが<br>バーンアウトというよりは　放棄だったかもしれない<br><br>仕事ができない　すべての予定が白紙になったことを<br>母のせいにしていた・・<br>そして　母の存在を無視していたのかもしれない<br><br>会社に所属していたら　介護休暇を３か月申請して<br>休んでいるかもしれない<br>そうなんだ　フリーランスで仕事をしているので<br>自分が動かない事には　収入が減少するだけ<br>生活に不安があり　自分のキャリアの中断に戸惑う<br><br>それは　母のせいではなく<br>私の　キャリアへの不安だと<br><br>両親への時間を優先するため　仕事をセイブしているうちに<br>どんどん　自分の仕事がなくなっていくのではないかという不安に<br><br>イライラして　そして　どうしても　仕事に集中できないことを<br>周囲の人へ<br>特に　私よりも　弱者へ　と　苛立ちをぶつけていたのだろう<br><br>カウンセリングを受けたいと<br>そう思っても　自分が母にしてしまったことを<br>誰かに伝えることができず<br>・・セルフカウンセリングの限界を感じ<br><br>ふと・・・手にしたものが<br><br><span><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=25227030" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">四十九日のレシピ【DVD】/TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51dGfTVzhVL._SL160_.jpg" border="0"></a></dt><dd style="margin: 0pt;">￥7,980</dd><dd style="margin: 0pt;">Amazon.co.jp<br><br>以前　テレビで放送してたドラマだった<br>今　もう一度見てみたいと思える<br>ドラマだったな・・・<br><br>母の症状は　私の思いも強く影響を与えているのだと<br>そして　母の症状が　私にも　悪影響を与えた<br>負のスパイラルなのだと<br>そう思えた　一度　切れたものが<br>まだ　最後まで　切れていないのかもしれない<br><br>そして　母をコントロールしようと思っていた自分の限界を知り<br>時間がかかるかもしれないが<br>自分の気持ちを　少しだけ　変えようと　思えた</dd></dl></span>
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<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 15:49:38 +0900</pubDate>
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<title>最期に立ち会う　</title>
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<![CDATA[ 認知症発症から10年<br>認知症と診断されて8年<br>在宅介護　母親の老々介護期間　6年<br>震災＆母のパーキンソン症の重度化により　入院期間通算2年3か月<br><br>肺炎により　2013年9月父が永眠しました<br><br>肺炎になって　先生から　父の誕生日まで持つかどうかといわれ<br>まだ、父が会いたいと思っている人に会っていないので<br>会わせたいと　伝え　<br><br>で・・・意識がある時点で　家族に会う事ができた父の最期は<br><br>台風一過の　秋晴れの夜<br>十五夜＆満月には　少し早いけれど<br>雲がない　きれいな夜空のもと<br>この空間での　役割を終えたように<br>とても　穏やかな表情でした<br><br>ほんの　数時間前まで<br>6時間前には　病院内での誕生日と敬老をお祝いする会が開催され、<br>サックスの生演奏が聞こえる中<br>少し早いお誕生日を　スタッフの方々にお祝いしてもらい<br>お誕生日の写真も撮ってもらったり<br>・・・・・<br>声に反応したり　音に反応していたのですが<br>姉と甥の3人で最期に立ち会い・・<br>自宅まで　1時間半かけて　夜中のドライブをして<br>ドライブ中のラジオから聞こえてくる音楽は<br>　ジェットストリーム・・・<br><br>帰宅・・　<br>父が亡くなり　そして　偶然ですが　父の葬儀告別式が父の76歳のお誕生日<br><br>不思議な時間がたち　父が亡くなってから1か月が過ぎ<br><br>9月に入り　父の容態が悪化してから<br>自分自身が何をしていたのか　記憶に残っていない・・<br><br>とりあえず　父にできることを　そう思って　父優先にしてきた<br><br>母のことは後回しにしていたツケでしょうか<br><br>気づけば　母の体重が　33キロ　記憶では35キロまで確認していたのですが<br>40キロを過ぎた今年春から　どんどん　体重が減少しているのです・・・<br><br>父のため　最後に父のためと　・・<br>しかし　今は　父が　望んでいるであろう<br>介護してれた　母のこれからを　しっかり　介護すること<br><br>それが　父が安心してくれることなのではないかと<br><br>三七日が過ぎ、これまでの疲れがピークになった日<br>母に対し　酷いことをした<br>数日とても　気持ちが落ち込んだのだが<br>ふっと　意識を変えることで　自分が楽になることを学んだ<br><br>命に対し　そして　今をどう生きるか<br><br>まだまだ　不十分であるけれど<br><br>ゆっくりであるけれど<br><br>今を大切に生きると　決めた<br><br><br>
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<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 11:43:42 +0900</pubDate>
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<title>声が届くという事</title>
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<![CDATA[ 父の病院でのこと<br><br>　あまり、会ったことがない看護師さんから<br><br>　注意された<br><br>　父は、一所懸命生きる事をしている<br>　だから　父の前で　命が終わるという　内容のことを　話してほしくないと<br><br>　看護婦さんに注意された<br><br>きっかけは、父が３９度以上の熱を昨日からだし<br>再び、カテーテルが入り　機材がベットの周りについていた<br><br>父の状況は、この１週間でだいぶ変化している<br><br>父の容態を確認しなければと思い<br>明日、担当医に会う約束をした<br><br>その会話の延長で、どんな様子か聞いたのだ<br><br>父の誕生日が今月くる　７６歳である<br>今月は敬老のお祝いもある<br><br>だから、その敬老の祝いや誕生日をお祝いしようと<br>父に話しかけていた<br>まだ、その祝いに　呼びたい人に連絡がとれていないので<br>もう少し時間をくれと　<br>会いたい人に　会う事が出来ていない父に<br>なんとか　来てもらえるように　連絡するから<br>待っていてほしいと<br><br>既に８年間の闘病をしていて<br>父は病気と闘ってきた<br>もう少し頑張れって　もう言ってはいけないように感じることある<br>もう少し頑張って　っていうのは　自分のエゴのように感じるからだ<br><br>誰の為でもなく　お父さんの命　お父さんの最後は<br>私たちが　自分たちの都合で　引き延ばすことがいいのか・・<br><br>でも　頑張ってきた父だから<br>父にしてあげたいとおもうこと<br><br>みんなに　会わせてあげたい<br><br>だから・・・<br><br>注意された<br><br>注意されている時　父の手を握っていたら<br>父の手に　力が入った<br><br>黙って聞きなさいというのか・・・<br>我慢しなさいというのか・・・<br><br>そうそう　私はもう少し　頑張るから<br>焦るなってことか<br><br>時間がないから　早く　会わせたいと思わせる人を<br>呼んで来いというのか・・・<br><br>その後　父の意識が朦朧となっていった・・・<br><br>お父さん　人が喜ぶことが大好きなお父さん<br>争う事が嫌いなお父さん<br><br>看護師さんに　小さな目標を毎回二人で作って<br>のりこえているのだと　伝えた<br><br>あまりに　先の話だけでは　頑張れないと思うので・・・<br>小さな頑張りをお互いの励みにしているのだと・・・<br><br>あまり　先の話は　既に　前回している<br>結婚式には　涙もろい父が泣いても大丈夫なように<br>バスタオル持って　結婚式に出席することを<br>約束している<br><br>看護師さんたちが　父に対し<br>とても　強い思いで　看護してくれていることを<br>嬉しく思う
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<pubDate>Sun, 08 Sep 2013 22:35:51 +0900</pubDate>
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<title>家族の歴史</title>
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<![CDATA[ 自宅の片づけをしている<br><br>父が帰って来たら　キレイなほうがいいだろう・・・<br><br>父をきれいな部屋で空間で迎えてあげたいと<br><br>あちこちを掃除していると<br>昔の写真が・・カメラが　<br><br>父はカメラが好きで　写真がある<br>カメラを取る側の父の姿が映っている写真は少ない<br>撮影者だから・・<br><br>写真を見ていると　父の姿がその手前にある<br><br>写真には　様々な人が写っている<br><br>その写真は　父の生きた証で　父が残した家族<br><br>あまり　話をする父ではないが<br>いつも　その座の中心にいた父<br><br>自分の知らない父　自分の記憶にある元気な父<br><br>どうしても　病気になった父の姿が残っているが<br>写真には　若く元気な父の勢いを感じることができる<br><br>父がいて　母がいて　そして　今家族がいる<br><br>バラバラになっている　家族だが<br>でも・・・<br><br>ついつい　今は「嫌」な思いが先行することが多かったが<br>写真をみて　家の片づけをしていたら・・・<br><br>いいことも　いやなことも<br>なんで・・・こうしていなかったのか<br>こうしていたら・・・と　思う事も含め<br><br>この家の　この家の家族の歴史だ<br><br>時間や時代が少し違っていたら<br>結婚する相手が違っていたら<br>こんなつらい思いをしなくてもよかったのに・・・と<br>そう思うことあるが<br><br>でも。。。今はつらいことだけが優先されているが<br><br>写真には　暖かい時間や　家族が幸せだったと思える時代が<br>あったことを　教えてくれる<br><br>お互いを思いやってることができている<br><br>いいことも　悪いことも　それは　生きた証で<br>これからも　つながるという　大切な事柄なのだろう
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<pubDate>Sun, 08 Sep 2013 09:05:25 +0900</pubDate>
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