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<title>アメリカでピアノを習う</title>
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<description>17歳でピアノをやめた私が、20年以上のブランクを経てアメリカという土地でレッスンを再開した経緯、そして目からうろこのレッスンの内容をつづります。</description>
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<title>抑制されている？思いきれないピアニスト</title>
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<![CDATA[ <p>昨日、マンハッタンにある小さな音楽学校で開催された大人のための室内楽ワークショップに参加して、ドボルジャークのDumkeyの1楽章と２楽章を別々のグループで弾かせていただきました。</p><p>この２楽章をコーチングしてくださった先生が若い女性のバイオリニスト（たぶん日本人）だったのですが、これがどうして面白いことがたくさんありました。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、Dumkeyの定義、構成から始まって、全体のコンセプトを全員で確認しあい、とりあえず一回流してから、細かく分けて練習していく。Dumkeyはピアノ、バイオリン、チェロのトリオのための音楽ですが、弦楽奏者の先生からピアノにも細かく指摘が入り、これがどうしてなかなか新鮮！</p><p>&nbsp;</p><p>中間部のffに更にfuriosoの指示が与えられた部分、ピアノパートにもfuriosoとあるのですが、どこまで激しく弾いてもよいのか決めかねていました。M氏は、「furiosoってあるけどね。。。」と懐疑的だったし。ところがバイオリニストの彼女は</p><p>「ピアノにはfuriosoはついていないの？</p><p>「はい。ついていますが・・・やっちゃっても良いんでしょうか？」</p><p>と私。すると</p><p>「もちろんやるでしょ！思いきっりやってちょうだい！」</p><p>&nbsp;</p><p>なんだか嬉しくなってしまいました。ピアノを弾いていて「思いっきりやっても良い」という瞬間はあまりないような気がします。思いっきりと言ってももちろんコントロールはされているわけなのですが、どうもいつもどこかで無意識にやりすぎないようにブレーキをかけているような気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>やりすぎないようにブレキーをかける、というのは、ピアノだからなのか、日本人だからなのか？ピアノと比べて、弦楽器奏者の人は比較的自由な気がします。それは歌う楽器だからなのかと思いますが、感情を表現することに垣根がなく、とても自由に見えます。ピアノは伴奏的な意味合いも多い楽器だから、どうしても下支え的な感情を押し殺してリズムを淡々と刻む的な要素が多いかも。（それが払しょくされるのがロマン派意向なのですが。）そして、私が子供の時に「思いっきり表現しなさい！」と言われたことはおそらく一人の先生を除いてはなかった気がします。とにかく「譜面通りにきちんと弾きなさい。余計なことをするのはそれが出来てから！」と言われました。そして余計なことをする時間なんて永遠に来ないわけです。そういう教育の下で育つと、今回の私のように「やっちゃっても良いんでしょうか？」という反応に行き着くのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカで音楽のレッスンを受けるようになってから、</p><p>「思いっきりやっちゃって！」</p><p>と言ってくれたのは、彼女が２人目。</p><p>1人目は私が２５年のブランクを経て初めてレッスンをとったN氏こと西川悟平氏。彼も良く、</p><p>「どんどんやってくれる？そこでやらないと他にやるところないよ！」</p><p>と笑い交じりに言ってくれました。</p><p>面白いのが、この2人ともが日本人であること。日本人も海を越えると、こうやって変われるのかもしれません。気持ちよく抑制された音楽は良いけれど、つまらなく抑制された音楽はつまらないです。そして私の音楽もつまらないなあと気が付いてしまいました。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 12 Feb 2018 23:44:29 +0900</pubDate>
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<title>i Phone 5 Series</title>
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<![CDATA[ <p>今から半年ほど前にi Phoneを5シリーズにアップグレードしました。その前のi Phoneは3年以上使っていましたが、ビデオをたくさん撮るようになったら容量が足りなくなり、容量の多い5シリーズのものに変えました。</p><br><p>このi Phoneに附属で付いてきたのが、専用のイヤフォン。現在、私の乗っている車のカーオーディオは、スマートフォンからBlue toothを使って飛ばすタイプのものなので、今のi Phoneには音楽がいっぱい入っています。主に自分の好きなクラシックのCDをコピーしたものですが、このi Phoneにコピーされたクラシックをある日何気なくi Phoneについてきたイヤフォンで聴いてみたら、かなり良い音であることに気が付きました。それ以来、このイヤフォンが手放せなくなってしまいました。家事をしているときも庭仕事をしているときも、いつもポケットにはイヤフォンがつながれたi Phoneが入っています。</p><br><p>特にピアノのソロの録音ですが、普通に家のステレオで鳴らしても聴こえない細かい音まで聴こえるのです。演奏者の息遣いも、本当に細かい音の響きも立ち上がりから消えるところまで、良く聴こえるのです。もちろんCDの録音状況、新しいレコーディングなのか、古いレコーディングなのか、修正したものなのか、状況によって変わりますが、それでもとにかく良く聴こえるのです。</p><br><p>これは本当に大きな発見でした。Appleやりますね、、、</p>
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<pubDate>Sun, 01 Jun 2014 13:15:36 +0900</pubDate>
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<title>プレトニョフ</title>
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<![CDATA[ ロシアのピアニスト、プレトニョフが27日と29日に東京コンサートを行ったそうで、コンサートの様子が聞こえてきました。 <br><br>私も聴きたかったかった！！！ <br>とにかく素晴らしかったようです。 <br>「3階席の一番の後ろの席まで余裕で届くピアニッシモ。自由自在に操られた音色。」「最大でメゾフォルテぐらいまでしかボリュームを出していないのに、深く広く表現されたプレトニョフの世界。珠玉のピアニッシモ。」 <br>ああああ、聴いてみたかった。3階席の一番後ろまで届く珠玉のピアニッシモ。 <br><br>そして、プログラムもすごいです。シューベルトのピアノソナタを2曲、バッハのイギリス組曲1曲、そしてスクリャービンの前奏曲、OP11。それぞれの曲をどんな音で演奏したのでしょうか。特にスクリャービンを聴いてみたかった。 <br><br>プレトニョフと言えば、去年の12月にスタインウエイホールで弾いたチャイコフスキーのくるみ割り人形の編曲者です。私が大苦しみしたあのアンダンテマエストーソを編曲したのがプレトニョフ。今更ながら、本当に本当に苦しみました。ドラマティックでありながら、信じられないぐらい繊細、一つ一つの音色がコントロールできなければ、表現できない音楽でした。このピアノアレンジを聴いた時に、そこにはあたかもオーケストラが演奏しているように聴こえなければダメな音楽でした。私の持ち合わせている音色では、とても表現のできない深い世界でした。そして、私に改めて「音色」というものの大切さを教えてくれた曲でした。 <br><br>あんな音楽を作ってしまう人が弾くピアノ。きっと音の数だけ、違う音色があるのだろうと思います。あああ、つくづく残念。もしもコンサートがあと1か月ぐらい遅ければ、私も見られたのに。。。
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<pubDate>Sat, 31 May 2014 13:53:42 +0900</pubDate>
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<title>一音の中のクレッシェンド</title>
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<![CDATA[ <p>ダニエルバレンボエムのマスタークラスの映像を見ていて、とても心に残る一言がありました。</p><br><p>「You must believe that you can make the crescendo in one note.」</p><p>直訳すると、</p><p>「一つの音の中でクレッシェンドが出来るって信じないといけない。」</p><br><p>一つの音の中でクレシェンドを作るというのは、ピアノと言う楽器の特性を考えた時に物理的には不可能なことです。ハンマーでたたかれた弦が奏でる音は、小さくなることはあっても大きくなることはありません。ただ、バレンボエムが言わんとしていることは、一つの音の中にクレッシェンドを作ろうと強く念ずることで、次の音へつながった時にその間にクレッシェンドを感じることができる、ということだと思うのです。</p><br><p>何て深い言葉でしょうか。心にがつーんと響いた言葉でした。</p>
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<pubDate>Mon, 19 May 2014 11:42:28 +0900</pubDate>
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<title>鳴り始めた！</title>
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<![CDATA[ <p>新しいバディーの登場以来、3週間ほどたってもまだ苦労の日々が続いています。とにかく思うように鳴ってくれず、イライラが募ります。イライラが募れば、さらに鳴らなくなる。。。何と言う悪循環。</p><br><p>ピアノが鳴らない理由は色々とあります。動かした直後であること。弦が張り替えられたばかりであること。中も少々いじってあること。季節の変わり目であること・・・それにしても鳴らないのです。そして、鳴らないピアにも少しずつ慣れてきた今日この頃。</p><br><p>そして、昨日のぐらいから突然音が出始めました。まだ全開とはいかないまでも、あきらかに音が変わってきました。私の思い通りと言うわけにはいきませんが、高音部の音が前に出始めて、少々気分が良くなってきました。やれやれです。</p>
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<pubDate>Sat, 17 May 2014 11:23:22 +0900</pubDate>
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<title>新しいバディー登場！</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140421/12/channat/a3/fa/j/o0640048012915496821.jpg"><img border="0" alt="sw01" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140421/12/channat/a3/fa/j/t02200165_0640048012915496821.jpg" width="220" height="165"></a></p><br><p>昨日、私のバディーがお嫁に行くのと同時に、新しいバディーが我が家にやってきました。</p><p>1926年製のNew York　Steinway　L、中身は1年半ほど前にほとんどリストアされている状態です。</p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140421/12/channat/a3/fa/j/o0640048012915496821.jpg"></a></p><p>かつてNew York Steinwayで働いていらしたこともあり、その後調律師として活躍された方から是非にと譲っていただきました。「今は一括でお支払できる余裕がないので、またの機会にお願いします。」とおことわりした私に、「人生は短いのだから、それだけ練習するなら良い楽器で練習しなさい、これだけのピアノとの出会いはあまりないですよ。」と言って、特別な支払い条件で譲ってくださいました。本当にありがたいことです。</p><br><p>NYに来てから、私には音楽がもたらしてくれた素敵な出会いがたくさんあります。この1926年生まれのおじいさんを譲ってくださった方との出会いもその一つです。日本でたくさん練習していた時には、自分がいつかSteinwayを所有することがあるなんて、考えてみたこともありませんでした。</p><br><p>Steinway、非常に難しい楽器だと私は思います。他のブランドの楽器なら鳴らせる弾き方でも、Steinwayだと鳴らない、という現象が起こります。私が日本で習ってきたがちがちの弾き方では、Steinwayの持つ音を引き出すことはできません。のどが詰まったような嫌な音になります。私自身、G先生に習いはじめてからそのことを知ったのですが、今の私の技術ではこのおじいさんのポテンシャルを引き出すことはできないと思います。そういう難しいバディーが来てしまいました。ただ、このピアノの本当の響きを出せる日が早く来るように、練習に励みたいと思います。現状では、かなり「豚に真珠」状態です。ううう、頑張らねば。。。</p><br><p>しかし、美しいピアノです。マホガニーのケースの木目も、譜面台一つにしても、古き良き時代のクラフトマンシップにあふれたピアノです。実はこのピアノが作られた世界大恐慌前の1926年と言うのは、Steinwayにとって当たり年で、良いピアノがたくさん生産されたそうです。88歳のピアノで練習をするというのは、何とも不思議な気持ちにさせられます。大切に弾かせていただこうと思います。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140421/12/channat/dc/46/j/o0640048012915496820.jpg"><img border="0" alt="sw02" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140421/12/channat/dc/46/j/t02200165_0640048012915496820.jpg" width="220" height="165"></a><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/channat/entry-11828962896.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Apr 2014 12:16:21 +0900</pubDate>
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<title>ルバート</title>
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<![CDATA[ <p>G先生のレッスンを受けるようになって、一番の壁と言えるのが、ルバート。</p><br><p>ルバートとは、意図してテンポを揺らすことですが、上手く揺らせば曲の魅力を更に高めることができるものの、揺らし方と揺らす場所を間違えると、作品を壊してしまうという両刃の剣です。</p><br><p>私が日本でピアノを学んでいた時には、ルバートと言うものを特に習わなかった気がしました。むしろ、いつも言われたのが「インテンポ」。作品に指示されたテンポ通りに弾きなさい、ということでした。そのような雰囲気から「テンポを揺らすのは悪」的なイメージを刷り込まれていた私は、「如何にインテンポで弾くかが大切なことで、ルバートなんて演歌みたいな下世話なものだ！」と思っていました。</p><br><p>ところが、G先生の演奏を聴いてこの考えは全く間違っていたことに気が付きました。概して、上手い人の演奏はルバートがかかっていも、テンポを揺らされていることに気が付かないものなので、G先生の時もどこでルバートがかかっているのかが最初の頃はわかりませんでした。ただ、頭の中で拍を取りながら聴いていくと、実はものすごくテンポが揺らされていることがわかりました。</p><br><p>Chopinのノクターン13番。完璧なまでのインテンポで弾いて見せた私にG先生の一言</p><p>「この曲でルバートかけないで、何でかけるんですか？」</p><p>おっしゃるとおりなんです。私が弾くときれいには弾けているのに、心がきゅんとならない、良い子の演奏会のようになってしまうのは、ルバートがかけられないことも大きな理由の一つだと思います。</p><br><p>ルバートというのは、伸縮させるものだとG先生はおっしゃいます。つまり、どこかでテンポをゆっくりにしたら、その分をどこかで速くして取り戻さなくてはいけない、ルバートをかけても全体の演奏時間は同じにするということです。ルバート＝演歌、と言う発想は、フレーズの終わりに限ってテンポをゆっくりにするだけのような演奏に言えるのです。真のルバートとはそういうものではなく、伸びるゴムの様に、どこかで伸ばしたら、その分だけどこかを縮めてやる、そういうものだそうです。</p><br><p>と、理論的にはわかっているのですが、とにかくルバートが難しくて悩みます。何も考えずに、心の中から湧き出てくる感覚でルバートが自然にかけられるようになる日は来るのでしょうか？</p>
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<pubDate>Fri, 11 Apr 2014 06:55:11 +0900</pubDate>
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<title>New York Steinway</title>
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<![CDATA[ <p>「一流のピアノと言えばSteinway」というほどピアノの王様的な存在であるSteinwayですが、アメリカのNew Yorkで作られるNew York SteinwayとドイツのHunmbruｇで作られるhumburg Steinwayがあります。日本では販売域の関係からHumburg Steinwayが主流です。私もこれまで日本で弾いたことのあるSteinwayはほとんどHumburg Steinwayでした。</p><br><p>2005年にアメリカ、ニューヨーク郊外に引っ越してきて感じたのが、あちらこちらに普通にSteinwayが置かれているということです。アメリカ人のお宅にお邪魔すると、リビングルームに置かれているグランドはSteinway。お向かいのおばさんの家にあるおんぼろだと思っていたアップライトも実はSteinwayだったり、そのうちのほとんどは実際はあまり弾いてもらっていないSteinwayだと思うのですが、さすがはNew York Steinwayの御膝元だなあと思います。弾いてみると、New York Steinwayの方がHumburgよりも華やかな音がするように思います。国民性の違いでしょうか。</p><br><p>2年前にレッスンを始めた時に、レッスン室にあるグランドがSteinwayで驚きました。わくわくしながら弾いてみて、びっくり。ものすごく難しいピアノでした。弾く人の技量、心の状態、音楽の窓、そう言ったものを全て如実に映し出す恐ろしい鏡です。少しでも指に力が入っていると、音が広がらない。家のピアノで練習しているときには、もっときれいに聞こえるのに、Steinwayで弾くと音の響きが消えてしまう。</p><br><p>そんなNew York Steinway、G先生が弾くと、夢のような音を出すのです。先生に弾かれて喜んでいるような、私に弾かれた時には嫌がっていたくせに・・・それでも、本当に時折、自分でも驚くような美しい響きが出ることがあり、その快感が忘れられなくなってしまうのです。</p><br><p>非常に罪作りなピアノです。</p>
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<pubDate>Mon, 07 Apr 2014 00:24:58 +0900</pubDate>
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<title>音色を変える</title>
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<![CDATA[ <p>レッスンで特に言われるのが、「音色」のこと。</p><p>そこは、音色を変えて！内声と外声の音色を変えて！と事細かに指示が入ります。ところが、どうやって音色を変えればよいのかがわからない私。昔のレッスンでは、そういうことは言われなかったような気がするのです。もっと具体的な指示だったというか、「そこは明るい音で！」とかそういう感じ。</p><br><p>音色を変えるにあたっては、自分中に出したい音のイメージがしっかりしていないとダメなのだと言うことに気がついても、どういう音をイメージすればよいのかわからないのです。漠然と、きらきらとした感じ、とか優しい感じ、とかそんなものでは全然だめなのです。</p><br><p>「常に、自分の中に出したい音がある」これは絶対に必要なことです。漠然と弾いて良いわけがないのです。常に音のイメージがあるからこそ思うように弾けるのです。例えば、大好きなホロビッツのように千変万化の音色を操るピアニストの頭の中には、それ以上の音色の引き出しがあるということです。頭の中は音の洪水なんだろうなあと思います。</p><br><p>自分の思い通りの音色をだす。</p><p>これがこれからの私の最も重要な課題であると思います。いばらの道です。。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/channat/entry-11807463276.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Apr 2014 06:53:42 +0900</pubDate>
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<title>心の琴線に触れる</title>
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<![CDATA[ <p>なぜかいつも、G先生のピアノには心がかき乱されてしまいます。</p><br><p>ラフマニノフの鐘を聴けば、心をわしづかみされてぐらんぐらんになるまで振り回されたようになり、悲愴の2楽章では心の中に月の光が降りてくるように感じてしまう。そういう人の心の琴線に触れる演奏というのは、どうやって作るのか？ずっと考えてきました。</p><br><p>音だけの問題ではなく、技術だけの問題ではなく、ハートだけの問題ではなく、きっと色々な要素がまじりあってのことだと推測しますが、その秘密はやっぱりまだわかりません。</p><br><p>聴衆の心を揺らす、それは演奏者の音の一つ一つが聴衆の心の中に入り込んでいるからです。大きなホールならば、ホールの隅々にまで行き渡る音。音波というか、振動のようなそういうものを送り込むのです。</p><br><p>今、メンデルスゾーンのデュエットという曲を弾いていますが、中間部、先生の演奏を聴くと、胸がきゅんと苦しくなるのに、自分が弾いても全然苦しくならない。これって何なのでしょうか。いつか、誰かの心をきゅんとさせてみたいものです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/channat/entry-11810480733.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Apr 2014 12:44:21 +0900</pubDate>
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