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<title>chapapahnのブログ</title>
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<title>特別な2025年</title>
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<![CDATA[ <p>　2025年は僕にとって特別な年で、一年前から不安と緊張と覚悟をもって2025年に向き合ってきました。そんな中で、これまでを振り返ってみると、新卒からずっと今の職場に勤めて35年、とても幸せだったと思っています。これまで関わった子どもたち、保護者の皆様、共に働いた先生方には、たくさんのことを教えて頂きました。今、自分がこの職場で働き続けていられるのはこうした皆様との出会いだったと思っています。そして自閉症＋知的障がいをもって生まれた息子とその母親(妻)にもたくさんの感謝でいっぱいです。</p><p>　そんな中で、僕はこの先も、退職してからも、障がいのある子とそのご家族の笑顔や幸せのために、少しでもお手伝いができれば…、というのが僕のライフワークなのだという意識が強くなってきました。もちろん、その家族の中で最重要なのは自分の家族なのですが…。</p><p>　さて、自閉症＋知的障がいのある息子と社会不安症の妻と、最近うつ病を発症した私と、家族の絆はより強くなってきました。あぁ、この家族で幸せだな、と強く思うようになりました。そんな時、何気ない家族の会話の中で「もし生まれ変わったら」という話題がありました。妻はすぐさま「人間はまっぴらごめん。お花がいいわ。」息子は「生まれ変わってもお父さんとお母さんの子どもで知的障がいがいい。」</p><p>少し驚いて「健常じゃなくていいの？」と尋ねたら「健常者は自殺とかいじめとか大変そうだからね。」との答え。親にとって最大の褒め言葉だと思い、とても嬉しかったです。こんな家族をいつまでも大事にしていきたい。そしてこの幸せと笑顔を伝えていきたい。そして障がいのある子とそのご家族の幸せと笑顔のために微力ながらつくしていきたい。そんなことを考えながら2025年を迎えました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12883087514.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jan 2025 20:33:10 +0900</pubDate>
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<title>失敗談(妻の気持ち…)</title>
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<![CDATA[ <p>　息子が多分３歳くらいの頃、大失敗をしました。専業主婦の妻は息子とずーっと一緒に過ごします。うまくいかないこと、苛々すること、沢山あったと思います。この頃はまだ障がいが確定していなかった頃だと思います。</p><p>　仕事を終えて帰宅した私に、「やっと帰って来た。はい、これあげる」と、息子を差し出します。不機嫌そうな息子と不機嫌そうな妻。とりあえず息子を抱き上げてあやすと、少しずつご機嫌になります。何があったのかと妻に尋ねると、大変だったこと、うまくいかなかったことが次々と出てきます。私は冷静に話を聞きながら解決策を模索します。これ、まさに保護者面談の時の教師の姿勢です。問題点、課題を分析し、答えます。「じゃあ、こういう場合はこうしてみたら…。」妻はぶち切れました。「じゃあ、あなたがやって。」心の中で(あっ、いや、僕は仕事があるから…。)</p><p>私は考えました。妻が困っていることに対して解決策を提案したのになんでこうなるんだ？？？。</p><p>　翌日、職場で先輩の(主婦の)先生にこの話をしたら叱られました。「当たり前だ」と…。妻は障害児教育の専門家である私の意見(解決策)を聞きたかった訳ではなかったんです。正解は「遅くなってごめんね。大変だったね。ありがとう。」という妻の苦労に対する労いと感謝の言葉でした。</p><p>　これは、とってもとっても勉強になりました。保護者の方に対しても、生徒に対しても不愉快な思いをさせていたかもしれない…。正論･正解を求めているのではなく、気持ちに寄り添って欲しい、ということに気付かされました。もっとも、本当の意味で「寄り添う」ということに気付いたのは何年も後のことなのですが…。</p><p>　妻には本当に感謝です。気持ちに寄り添うこと、今でも日々学んでいます。男性の頭の中は論理的･効率的な思考に傾く傾向が強いようです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12872619767.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Oct 2024 22:34:50 +0900</pubDate>
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<title>出生前診断</title>
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<![CDATA[ <p>　今日、職場の勉強会で「出生前診断」の話題が出ました。そして、数年前、息子との会話を思い出しました。テレビのニュースで出生前診断の規制が緩和されたという報道だったと思います。私や妻が、深刻な面持ちでニュースを見ていたからでしょう。息子は「何のこと？」と聞いてきました。私が「赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいる時に障がいがあるかどうか分かる検査のお話だよ」と答えると、息子は「障がいが分かってどうするの？」と問いかけました。とても重たい問いかけです。言葉に詰まりました。「生むか生まないか決めるんだよ」とはとても言えません。「障がいが早めに分かった方がいろいろ準備できるでしょ」と答えました。</p><p>　妻とも話すのですが、例えば風疹のように妊婦が感染すると障がいのある子が生まれるリスクが高くなるような事例がいくつかあります。「障がいのある子が生まれるリスク」。リスクなのか…。高齢出産、薬害、農薬…、障がいのある子が生まれるリスクが高くなるとのことです。望ましくない出産ということです。この思想が根底にある限り、本当の共生社会は実現しないように思います。</p><p>　しかし、悩んで考えて、「生まない」決断をしたお父さん・お母さんを責める気持ちは全くありません。健常児の子育ても大変だと思いますが、障がいのある子の子育てはやっぱり大変なのです。身内や職場や地域の理解、経済的なゆとり、そういったものが整わないとキツいと思います。障がいのある子が生まれても大丈夫、幸せだ、といった根拠が必要です。前回の「幸せの儀式」の記事ではないですが、障がい児の親として、幸せの発信をしていきたいと思っています。</p><p>　もし、生まれ変わったとしたら、やっぱり今の妻と息子の父親がいいな、と思ってしまいます。自閉症＋知的障がい児のパパは幸せです。共生社会を作り上げる一歩だと思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12845936495.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Mar 2024 22:18:49 +0900</pubDate>
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<title>幸せの儀式</title>
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<![CDATA[ <p>　子どもが寝る前の儀式、障がいの有無にかかわらず「子どもが小さい頃はあった」という方も多いと思います。</p><p>　我が家の自閉＋軽度知的障がいの息子は既に成人し、就労継続B型事業所でお仕事しているのですが、寝る前の儀式は今でも続いています。その名も「幸せの儀式」就寝時間(21:45)直前に息子のベッドで行います。公表するのがかなり恥ずかしい儀式でもあります。父「し」、息子「し」、父「あ」、息子「あ」という感じで「しあわせ」をお互いに言います。次に息子が先に「し」、父「し」…、と再び「しあわせ」をお互い言います。最後に一緒に「しあわせだね」と確認してハグします。</p><p>この儀式、息子が小学生の頃「しあわせ」という言葉が分かった頃からずっと続いています。</p><p>　ところで、たまに儀式を取りやめることもあります。その日、ショックなことがあったり、傷つくことがあったりすると、息子の方から「今日はいいよ…、幸せじゃなかったから…」と言います。「幸せ」の意味を本人なりに理解しているのだと思います。</p><p>　何を「幸せ」と思うのかは人それぞれです。でも、家族でお互いに幸せだな…、と思えることは本当に幸せなんだと思います。</p><p>　少し自慢します。数年前から「生まれ変わったら…」というテーマで家族で話をすることがあります。息子は生まれ変わったらまたお父さんとお母さんの子どもに産まれてきて「知的障がい」がいい、と言います。私が健常じゃなくていいの？と尋ねると、健常者はいじめとか大変そうだから…、と言います。</p><p>　少なくとも息子は今の状況を幸せだと思っている、そのことを確認できるだけで、親としてはものすごく幸せです。</p><p>　生まれ変わらずに天国に行った場合、今と同じように鉄道ウォッチに行ったり、将棋をしたりするとのこと、天国には「じーじ」(私の父)がいるから「じーじ」とも勝負したい、それから徳川家康とも…。幸せな妄想は続きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12845809429.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Mar 2024 22:03:30 +0900</pubDate>
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<title>「自立」とは…</title>
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<![CDATA[ <p>　障がい児教育のキーワードに「自立と社会参加」という言葉が挙げられます。</p><p>　「自立」という言葉の持つイメージは人それぞれだと思いますが、一般的には自分の身の回りのことが自分でできて(食事とか、掃除とか、洗濯とか…)、経済的に自立していて、社会的にも自立している(仕事しているとか…)、というようなイメージだと思います。数年前、県内の特別支援学校の教員研究会で東京大学の熊谷晋一郎先生をお招きしました。熊谷先生自身は脳性麻痺で車椅子生活の方です。熊谷先生は「自立とは依存先を増やすこと」というような主旨のお話をされていました。「自立」と「依存」一見すると真逆のように思えますが、私はとても共感します。</p><p>　「自立」が身辺自立や経済自立や社会的自立を意味するとしたら、少し穿った見方をすると「人様の世話にならないこと」「人様の迷惑にならないこと」という言葉が頭をよぎります。もちろんそんなことは誰も言いません。ただ、自立に向かって少しでも「自分でできるように」という教育に、そういう考えが見え隠れしてしまうのです。</p><p>　いくつかのエピソードをご紹介します。</p><p>　息子が三歳児健診で発達の遅れを指摘され、地域の療育センターを紹介されました。初診の日、特に検査をしたわけではないのですが、本人の様子を観察して重度の自閉症との診断が出ました。幼稚園に通いたいという希望を伝えると「椅子に座ってられませんよ。困りますよ。」とのこと。いや、困るのは本人じゃなくて先生でしょ。療育センターは人様になるべく迷惑をかけない障がい児に育てる機関なんだな…、と思いました。</p><p>　仕事で地域の特別支援教育コーディネーター(要するに生活指導･生活支援担当教員)の会議に出席した時のこと、幹事校の校長先生が定時制高校の管理職だった時のエピソードをお話しました。「定時制高校の本当の目的は生徒を犯罪者にしないこと、そしてできれば納税者に育てることだ」そういうことが管理職の間で共有されていたということです。違和感でいっぱいでした。あまりにも悲しい教育の目的です。ここでも「人様の迷惑にならない」「人様の世話にならない」という思想が根付いているんだな…。</p><p>　「自立」という言葉の意味は奥が深いです。このテーマはこの後何度か書くと思いますが、今日はここまでにします。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12845160801.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Mar 2024 19:47:47 +0900</pubDate>
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<title>「期待する」ということ</title>
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<![CDATA[ <p>　「期待する」…良い言葉です。でも、本当にそうなのかな…、と思います。</p><p>　上司が部下に期待する。監督が選手に期待する。それは良いことだと思います。一つの目的を持った集団の中では必要なことです。部下は、選手は期待に応えようと頑張ります。それは自分で選んだ道だから…。</p><p>　親が子どもに期待する。配偶者に期待する。担任するクラスの児童生徒に期待する。それはちょっと違うような気がします。</p><p>　「期待する」、それは自分の希望、あるいは要望を相手に求めることです。あなたはこうあって欲しい、今のままのあなたではなく、自分の希望に更に近づくための進化を相手に求めることです。そして「期待する」ということは今のあなたでは不十分ですと言っているようなものです。</p><p>　期待された方は、期待に応えようと頑張ります。期待に応えなければ愛して貰えないと…。そこに自己肯定感は生まれないように思います。家族は生活共同体です。企業やスポーツクラブのように一定の成果を目的とする集団とは違います。お互い期待するのではなく、お互い今のままを認め合って協働することが大切だと思います。</p><p>　学校のクラスも同じことです。一年間、一緒に学校生活を送る生活共同体です。担任がクラスの子どもに何かを期待することが子どもに無理強いすることになりはしないだろうか…。そんなことを心配します。</p><p>　期待に応えるために頑張るということは、今の自分ではダメだということ…。だから自己肯定感は育ちにくいです。頑張り続けないといけないということ…。それで果たして幸せなのでしょうか。</p><p>　相手に期待すると、期待に応えて貰えないと失望します。がっかりします。その先に諦めがあります。失望された子どもに、諦められた子どもに、自己肯定感が育つのでしょうか。</p><p>　「期待する」ということの意味を改めて考えさせられています。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230507/22/chapapahn/62/9d/j/o1347148615281252969.jpg"><img alt="" height="463" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230507/22/chapapahn/62/9d/j/o1347148615281252969.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12801981029.html</link>
<pubDate>Sun, 07 May 2023 22:54:53 +0900</pubDate>
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<title>子育てで大切にしてきたこと</title>
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<![CDATA[ <p>　極低出生体重児で生まれた息子は軽度知的障がいと自閉症スペクトラム障がいを併せ持ち、高校生の時にてんかんを発症しました。</p><p>　今は成人して就労継続Ｂ型事業所でお仕事をしています。</p><p>　振り返ってみると、「子どもと楽しい時間を過ごす」ということを大切にしてきました。例えば子どもの好きなことを一緒に好きになるというのもその一つです。鉄道好きの息子は乗車する列車や経路にもこだわりがあり、鉄道ウォッチに１～２時間費やします。それまでの私は鉄道は合理的移動手段の一つでした。「えっ、なんで今来た電車に乗らないの…？」「なんでわざわざ遠回りする経路なの…？」「あと何分ここで電車見てるの…？」そんなことを思う時もありました。でも子どもとお出掛けして、つまらない思いをして帰るより、楽しい思いをして帰る方が良いに決まってます。だったら鉄道好きになろうと思いました。調べてみると奥が深いです。気がつくと、息子と並んでカメラで撮りまくってる自分がいました。</p><p>　一緒に楽しい時間を過ごす。お互いに一緒にいることが楽しくなる。幸せな時間を共有する。この積み重ねが家族と一緒に過ごす時間を幸せにするのだと思います。グループホームはまだまだ先です。親が元気で一緒に過ごせる今をまだまだ満喫したいと思います。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230403/22/chapapahn/ab/ed/j/o2048153615264910363.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230403/22/chapapahn/ab/ed/j/o2048153615264910363.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12796759718.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Apr 2023 22:20:56 +0900</pubDate>
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<title>子どもが生まれた時のこと</title>
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<![CDATA[ <p>当時、高校の同窓会のクラス幹事をやっていた私は、土曜日の夜、幹事会(飲み会？)で深夜に帰宅しました。</p><p>明け方、妻の前期破水で救急車を呼びました。数時間後、救急搬送された病院で子どもの命と妻の命をどちらを優先するかという究極の選択に署名した記憶があります。</p><p>そして数日後、病院から呼び出された私は、帝王切開で赤ちゃんを取り出すとの連絡を受け慌てて病院に向かいました。</p><p>31週で生まれた息子は1034gの極低出生体重児。私は障がい児の新米パパになりました。</p><p>特別支援学校の教員として働き始めて10年目のことでした。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230325/22/chapapahn/1f/54/j/o0640048015260595956.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230325/22/chapapahn/1f/54/j/o0640048015260595956.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/chapapahn/entry-12795398192.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Mar 2023 22:38:57 +0900</pubDate>
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