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<title>茶臼山古墳的　日々是好日</title>
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<description>中国古典を紹介しています。人生のんびりと行きましょうよ。急いでも1時間、ゆっくりでも1時間です。座右の銘：「無為自然に生き 天命に遊ぶ」--茶臼山古墳--One　for　all、All　for　one（一人はみんなの為に、みんなは一人の為に）</description>
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<title>諸事情がありまして、今年は今日で終わりです。</title>
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佳い年をお迎えください    今年最後のブログです。ご愛読、感謝いたします。今年も大変お世話になり、ありがとうございました。来年は皆様にとって実り多き年になりますようにでは皆様、お風邪など召されませんよう、良い年をお迎えください。 
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<dc:date>2018-12-10T10:30:09+09:00</dc:date>
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<title>玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず</title>
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『玉琢(みが)かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず』―玉不琢不成器、人不学不知道―   &lt;礼記&gt;「礼記」は、この言葉を揚げたあとで、「この故に、古の王者は、国を建て民に君たるには教学を先となせり」と続けている。 教学を最優先の課題とした、というのだ。なにを教えたかといえば、多分、こまごました知識の類ではなく、社会人として立っていくための基本的な教養や心構えといったものであったに違いない。「道を知らず」の「道」とは、そういう内容であろう。 今の日本には、こういった面の教育が欠けているように思
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<dc:date>2018-12-10T10:25:43+09:00</dc:date>
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<title>衆曲は直を容れず、衆枉は正を容れず</title>
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『衆曲は直を容れず、衆枉は正を容れず』―衆曲不容直、衆枉不容正― &lt;淮南子&gt;「衆曲」とは、全体が曲がっていること。「衆枉」とは、全体が間違っていること。では組織を例にとろう。組織全体が曲がっていたり間違った方向に進んでいる状況の下では、一人や二人がまっすぐであろうとしたり正しいことを主張したりしても、かえって弾き飛ばされる。 悪が悪としてまかり通ってしまうということだ。そういうなかで生きる道としては、つぎの三つの選択が考えられる。 一　あくまでも　「直」に生き　「正」を主張して、組織の歪を正す。
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<dc:date>2018-12-09T10:33:36+09:00</dc:date>
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<title>利を以って合する者は、窮禍患害に迫られて相棄つ</title>
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『利を以って合(がつ)する者は、窮禍患害(きゅうかかんがい)に迫られて相棄(あいす)つ』―以利合者、迫窮禍患害相棄也―  　&lt;荘子&gt;利害関係で結ばれた者は、苦境や困難に直面すると、たちまち相手を見棄ててしまうのだという。その逆はどうか。『荘子』はこう語っている。 「天を以って属する者は、窮禍患害に迫られて相収(あいおさ)む」 「天を以って属する者」とは、わかりやすく言えば、深い信頼関係で結ばれた者である。そういう場合は、苦境や苦難に陥ると、かえって親身になって助け合うというのだという。 これまた
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<dc:date>2018-12-08T09:56:28+09:00</dc:date>
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<title>明主のその臣を導制する所は二柄のみ</title>
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『明主のその臣を導制する所は二柄のみ』―明主之導制其臣、二柄而已矣― &lt;韓非子&gt;「導制」は、コントロールする、使いこなす。「二柄」は、二つの柄(ハンドル)。したがって、すぐれたトップは二つの柄を握っているだけで部下を使いこなす。という意味になる。では、「二つの柄」とは何か。『韓非子』によればこうである。 「二つの柄とは、刑と徳である。では、刑徳とは、何か？刑とは罰を加えること、徳とは賞を与えることだ。部下というのは罰を恐れ賞を喜ぶのが常である。だから、トップが罰と賞の二つの権限を握っていれば、ふ
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<dc:date>2018-12-07T10:34:38+09:00</dc:date>
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<title>寛とは苛急を為さざるのみ、簡とは繁砕を為さざるのみ</title>
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『寛とは苛急を為さざるのみ、簡とは繁砕(はんさい)を為さざるのみ』―寛者不為苛急耳、簡者不為繁砕耳―  &lt;宋名臣言行録&gt;宋代の欧陽脩(おうようしゅう)という政治家は各地の地方長官を歴任したが、業績とか評判にとらわれないで、もっぱら「寛」と「簡」による行政を心掛けた。それでいて、問題の多い地方に就任しても、半月もしないうちに問題の大半が片付き、一、二ヶ月もすると、役所はなにもやることがなくなって僧房のように静かになったといわれる。 ある者が不思議に思って、 「公の政治は寛簡を旨としながら、それでい
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<dc:date>2018-12-05T09:46:53+09:00</dc:date>
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<title>小吏に接するにもまた礼を以ってす</title>
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『小吏に接するにもまた礼を以ってす』―接小吏亦礼― 　&lt;宋名臣言行録&gt;宋の太祖に仕えた将軍に曹彬(そうひん)という人物がいた。ここぞというときには必ずこの人が総司令官に起用された。天下統一後は軍事面の最高責任者に任命されている。太祖の厚い信頼を得ていたのだ。それはむろん能力が優れていたからであるが、たんにそれだけではない。かれの執務ぶりを見ると、その理由がよくわかるのである。 たとえば、朝廷で執務するときは、最高責任者の位置にありながらいつも謙虚な姿勢をとり、「小吏に接するにもまた礼を以ってし、
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<dc:date>2018-12-03T13:11:20+09:00</dc:date>
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<title>水清ければ大魚なし</title>
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『水清ければ大魚なし』―水清無大魚―  &lt;後漢書&gt;「水清ければ魚すまず」という。むかしから中国では、たとえば　「水至って清ければ則ち魚なし」とか、「水清ければ大魚なし」など同じようなことばが諺のように使われていたらしい。 後漢の時代に、西域の経略に活躍した班超という人物がいる。この人が任を終えて帰国した時、後任者から西域経営の心構えを問われて、こう語ったという。 「なにぶんにも西域は異民族の地、これを帰服させるのは容易なことではない。見たところ、君の性格は厳しすぎる。水清ければ大魚なし、というで
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<dc:date>2018-12-02T09:30:37+09:00</dc:date>
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<title>智は禍を免るるを貴ぶ</title>
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『智は禍を免(まぬが)るるを貴ぶ』―智貴免禍―  &lt;三国志&gt;知謀、知略など、　「智」　という言葉から連想されるのは、すばらしい頭の冴えであり、切れる人物のイメージである。たしかに、それには違いないのだが、しかし、ほんものの　「智」　とは、派手に目立つようなものではないようだ。たとえば、倒産しそうな会社を立て直したというような誰にでもそれとわかる　「智」　は、智は智でも、レベルの低い　「智」　であるらしい。 それを語っているのが表題のことばである。　「智」　の重要な働きは、禍を免れることにあるとい
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<title>鶏肋</title>
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『鶏肋(けいろく)』―鶏肋― &lt;三国志&gt;たいして役に立たないが捨てるには惜しい、そういうものを　「鶏肋」という。いまでも自分の文集などに、「鶏肋集」などと名づけることがある。この言葉の出典は、『三国志』で、　「乱世の奸雄」と称された魏の曹操にまつわるエピソードである。 曹操が劉備の守る漢中に攻め込んだときのことだ。このときは劉備側の守りが固く、めずらしく曹操の軍が苦戦に陥った。すると曹操は、参謀連中を集めてたった一言。“鶏肋だ！ ”と語ったという。 だが、かれらにはそれが何を意味するか理解できな
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