<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>CHERRYのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/cherryhotel/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>☆宇宙の法則を実践してみる☆      　ただいま実験中</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>いつのまにか１年経っていた</title>
<description>
<![CDATA[ ブログを書くのを忘れていた。気づいたら１年以上経っているではないか。<br><br>まあよい。気を取り直してまた書くことにする。<br><br>部屋の物は相変わらず多い。もちろん以前に比べれば減った。この１年の間にもいろいろな物を減らしていった。が、物欲も相変わらずあるので、新しいものも部屋に招き入れてしまう。<br><br>師走が近い。<br><br>私は毎年大晦日に部屋の掃除をしている。結局終わらないまま年を越す。毎年同じことの繰り返しだが、引き続き断捨離をがんばることにする。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11955610434.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Nov 2014 19:09:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>手放したもの＝靴</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">今日は靴の整理をした。こんなに自分は靴を持っていたのか・・・。<br><br>しかもまだあまり履いていない忘れられた靴にカビが生えていたのがショックだった。靴にカビが生えていたこと自体にショックを受けたのではない。そこまで放っておいた自分に腹が立ったのだ。物を大事に出来ていない自分。そして似たようなタイプの黒いブーツが何足も。「いっぱいあるじゃん、何やってんだろ・・」と、情けない気持ちになった。よく履いたお気に入りの夏用のサンダルも、よく見るとボロボロになっていた。仕事用の靴も裂けていた。家族に「そんなの履いて外に出てたの？」と笑われた。<br><br>自室が整理されてきて、ようやく自室以外に置いてある自分の物に目がいくようになった。ほとんど履かないうちにゴミ行きになった靴。自分からお金をゴミにしているようなものである。ごめんなさい、靴たち。ごめんなさい、自分・・・。せっかく働いて貯めたお金で私はこんな馬鹿なことをしていた。<br><br>まだまだ私の断捨離修行は続く。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11654665895.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Oct 2013 14:39:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>脱先延ばしを目指して</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">物が多く散らかった家にいると、「何事も先延ばしするようになる」と、掃除関連の本に書いてある。ずばり私にも当てはまる。やりたいこと、やらなきゃいけないことは山ほどあるのに、何ヶ月たっても、何年経っても手をつけることができないのだ。やろうと思えば思うほど「でも先にあっちもやらなきゃいけないし」という考えが出て来て、結局なーんにも出来ずに一日が終わってしまうのだ。<br><br>一体自分はいつからこうなってしまったんだろうと、過去を振り返ってみる。ここ数年、ものすごく悪いこともないけれど、これといってラッキーなこともない。自分があれもこれもこなしていたのはいつだったか？幸運の女神がそばにいたのはいつだったか？<br><br>私にも運に恵まれた時期があった。先延ばしすることなく、いろんなことをやって、周りから「すごいね」とか言われていたことがあった。さあ、思い出せ。あれはいつだったか、自分がどんな状態だったのか。<br><br>で、あることに気がついた。もう随分昔の話だ。世間知らずの、ただ若いだけのあの輝ける２０代前半。男性にはよくモテたし、色々な分野で活躍している経営者と知り合うことも多かった。くじ運も良くて、旅行や米など、景品もよく手に入った。知人から推薦され、「まあ記念品がもらえるらしいし」と、かるーい気持ちで受けることになったミス×△□のグランプリにまでなってしまった。それで県内外、はたまた海外にまで足を運ぶことになり、貴重な経験をさせてもらった。今思えば、とても華やかな世界にいた。はっきり言って特別美人でもないし、スタイルがいいわけでもない。それなのになぜかイベントコンパニオンやモデル業までしていた。ギャラも良かった。<br><br>あの頃は、何も考えなくてもすべてが順調に回っていた。現在と何が違うのか。当然年をとった。もう立派すぎるおばさんだ。だが、年をとったのだけが原因ではないはずだ。まず言えるのは部屋の状態だ。昔はまだ社会に出てそんなにたっていないから、まとまったお金がない。だから物の量が少なかった。今のように片付けばかりしている毎日ではなかった。頻繁に彼氏が家にやって来たから、それなりに綺麗にしていたのだ。<br><br>だがある程度通帳にお金が貯まってくると、「欲しいものは手に入れて当然」と、趣味関連の物を買いあさった。それで見る見るうちに物が増えていった。自分の手元に置いておきたくて、図書館にある本でもおかまいなしに買い込んだ。しかし買うことと読むことが次第に追いつかなくなっていき、積んどく状態に陥っていく。これが先延ばしの原点であるような気がする。<br><br>一度持っている本をすべて一カ所に集めてみた。ものすごい量だった。部屋中本だらけ。重い！そしてショック！まだ読んでいない本が色あせ、古本屋のような匂いを発しているのだ。「何をやっていたんだ私は・・・」。それで約８０％の本は手間ひまかけて電子化し、iPadで読むことにした。これが私の本格的な断捨離の始まりである。それからは衣類や趣味の飾り物、雑貨、書類にも次第に手をつけ、物を減らしていった。<br><br>まだ完璧ではないが、だいぶ物は減った。２０代の頃に比べればまだまだ物は多い。なるべくその頃に近づけたい。こうして物が減っていくと、やりたかったことにも徐々に手をつけられるようになった。<br><br>部屋の中が物だらけで、毎日ゴロゴロと何もしないで過ごしている人がいたら試してほしい。とにかくまず物を減らせと。おそらくゴミ屋敷同然の中で暮らしている人は、ただの怠け者ではないはずだ。本当はやりたいことがあるはずだ。でも、いつのまにか増えてしまった物のモンスターに足を引っ張られ、身動きができなくなっているのだ。そんなモンスターに負けないでほしい。自分の人生は自分で切り開くしかないのだ。同じ人生なら、綺麗な環境で、快活に生きようじゃないか。死ぬときは「ああ楽しかった！満足！」と言って死ねるように。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11638365713.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Oct 2013 17:55:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>断捨離における気づき</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">部屋の中の物を整理（捨てる）していて気づいたこと。それは、買うのは簡単だが手放すのが心苦しいということ。もちろんお金がなければ物は買えないが、ただでもらった物でさえ、一旦自分の手元にやってくると今度は手放すのが惜しくなってしまう。<br><br>一体これはどういうことだろうと考えてみる。たぶん、損をしたくない、という気持ちがあるのかな。損をしてしまうかもしれないという将来への漠然とした不安から、人は物を溜め込んでしまうのかなあと。<br><br>今回捨てた物はスリップ。ほとんど着ていない、きれいなままのスリップが何枚もあった。なんと１２枚もあった。ひとつひとつ手に取ってみる。「これは黒いワンピースの下に着られそう」「これは丈の長いワンピースにいいかな」「これは汗対策に使えそう」「あっちのはフリルのデザインがかわいい」と、枚数を減らそうにもなかなか減らせず、いったんはすべてチェストにしまい込んだ。だが、やっぱり着ないものは着ない。それで４枚処分した。まだ８枚も残っているが、一気に４枚減らし、引き出しに余裕ができ、下着がきれいに並んだ。処分して思った。「なーんだ、やっぱり着ない。どうして必要のない物を今までずっとしまい込んでいたんだろう。ばかみたいだなあ」と。使わない物にお金を払っていたなんて、なんて無駄なんだ。<br><br>こうやって断捨離していくと、物を買うのに慎重になってくる。「本当に使うかな」「お金を払う価値がある？」「使わなくなったらどうやって処分する？」「代わりになる物はない？」と自問自答する。それでちょっと我慢してみる。そうすると、なくても平気だったりする。そもそもそれがなくても私は毎日生活してきたのだから、なくても大丈夫なはずなのだ。<br><br>「今どきこれを持っていないとかっこわるい」「みんな持ってる」という考えを、特に若い世代は持っているかもしれない。例えば世はスマートフォンの時代。あの子も、その人も持っている。でも待てよ、本当にそれ自分に必要？と、自分の頭で考えてみる必要がある。売りたい側は「持っていないことは恥ずかしい」くらいの勢いで宣伝するが、惑わされてはいけないのだ。私の場合、元々電話嫌いだし、ネットはパソコンとタブレットがある。スマートフォンはあれば便利だが、月々６０００円も７０００円もかけられるか？となると、私にはそれだけの料金を払う価値のない物、と判断する。また、街の中でスマートフォンの画面に釘付けになっているあの格好が私は好きではない。化粧と同じで、できれば陰でササッと使い、人前ではなるべく使っている様を見せたくない。というわけで未だ私はガラケーを使い続けている。メール、通話料込みで月々１３００円以内で収まっている。いっそのこと解約することも考えたが、仕事や趣味仲間との連絡で割と使うこともあるので、しばらくこれを維持していくつもりだ。<br><br>何が必要かは人によって異なる。それは自分で判断するしかない。流行や常識をとっぱらって、自分に向かい合って取捨選択していくのが大事なのだ、と、断捨離をして思う。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11631495721.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Oct 2013 22:18:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>与えたもの＝誕生日プレゼント</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">父親の誕生日。父の好きな果物を買った。果物に目や口をつけて、かわいい顔に見えるように工夫して台所のテーブルに置いた。<br><br>私は幼い頃から父親が好きだと思ったことはなかった。今でも困った父さんなのだが、よく考えてみれば、そんな父でも、ずっと働いてくれ、私をかわいがってくれたのだ（過保護だったが）。色んな物を買い与えてくれたし、どんなに私が毛嫌いしようとも、いつもヘラヘラ笑って陽気に過ごしてくれた。無償の愛なんだろうなと思う。父の誕生日を祝ったことなんてなかったかもしれない。親不孝だな。そんな父に何かしてあげようと思ったのは今回が初めてだ。父のおかげで今の自分があるのだと、謙虚に思えるようになった気がする。これが本日私が与えたものである。<br><br>受け取ったもの。今日もお昼ご飯をごちそうになった。会う人会う人笑顔で話しかけてくれ、本当に気持ちのよい一日だった。<br><br>臨時収入もまた手に入り、私の財産は日に日に増えている。<br><br>家族が元気で、<br><br>平和で、<br><br>健康で、<br><br>本当にありがたい。<br><br></font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11623075035.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Sep 2013 22:39:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>受け取ったもの＝お昼ご飯</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">このところ毎日に近いくらいお昼ご飯をごちそうになっている。ありがたいことだ。小さい頃から食べることが苦手で、今もたくさん食べることはできない。人より食べるのに時間もかかる。でも、毎日３食食べられるのは本当にありがたいことだ。色々な動植物の命をいただいているのだ。また、動植物を育てている人がいて、調理してくれる人がいて、運んでくれる人がいて・・・。私の口に入るまでに、いったいどれかけの命が関わっているんだろう。昔はこういうことを想像したことがなかったけれど、たくさんの人や命が関わっているのを考えると、食べ物（命）を粗末にはできないなあと思う。<br><br>断捨離が進んでから部屋が散らかりにくくなってきた。以前は片付けはしても、全体の物の量はそれほど減っていなかったので、すぐ散らかった。今は物の数が減ったため、散らからないのだ。単純だけど、そういうことだ。それにまた不要品を高値で買ってくれた人があり、臨時収入が手に入った。感謝感謝だ。<br><br>部屋の物が減ったことでわかったことがある。それは、生活に必要ないものは多いが、本当に必要な物を持っていなかった（足りない）ということだ。ばかだなーと思ったが、まずこれに気づくことが大事だ。気づかなかったら、さらにいらない物ばかりが増えていくのだから。それに１円のありがたみがわかるようになった。以前は気にせず欲しいものを買っていた。数百円だし、大丈夫大丈夫、みんなもこれくらい買っている、と自分に言い訳して。今は毎月の貯金を忘れずにして、臨時収入も入って、どんどん通帳の金額が大きくなってきている。でも、自分で意識して貯めてきたので、無駄遣いするのはいけないと思うようになった。買い物に慎重になった。「これ本当に使うかな」「他のもので代用できないかな」と考えると、「買わなくても大丈夫」と思えるのだ。「今は買わないでおこう。どうしても必要なら買えばいい」と。私の意識が変わりつつあるのを感じる。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11622372217.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Sep 2013 22:10:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>受け取ったもの＝笑顔</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">今日は保育園の前を通りかかった。すると園庭で遊んでいたちびっ子たちが、私に向かって笑顔で「ばいばーい」と声をかけてくれた。あったかい気持ちになった。私はよく人から「笑顔がいい」と言われてきた。それが他の人に対してどういう影響を与えるのか、考えたことはなかった。だが、今日のちびっ子たちを見て、もしかして私も誰かをあったかい気持ちにすることができたのかな？と、ちょっとだけ思った。昔『キャンディキャンディ』という漫画があった。ある日主人公のキャンディが泣いていると、キャンディが丘の上の王子様と呼んでいた人から、「おちびちゃん、君は泣いている顔より笑った顔のほうがかわいいよ」と声をかけられた。笑顔って、人にあたたかい気持ちを与えることができるんだなあと思う。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11621621603.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Sep 2013 21:26:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>金運上昇中</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">断捨離を実践してはや３年（もっと前からかも）。ようやく部屋の様子が前と違ってきた。掃除・片付けで人生が変わるとかまで言われているが、果たしてどうだろう。私の場合、臨時収入がどんどん舞い込んでいる。次々とお金が入り込み、今月は手取り月収と同じだけの金額が入った。<br><br>まあこれには仕掛けがある。何もしなかったわけではない。物を捨てる前に、売ってみようか、と売りに出したものが思いのほか高値で売れたのだ。古い楽譜。もうピアノなんて弾けないなと、ゴミ袋につめようとしたその手を止め、まず売ってみることにした。そしたらなんと１冊１万円で売れてしまったのだ。もう絶版になっていて、中古でも手に入らないらしい。その他服や趣味の飾り物等もよく売れた。<br><br>ある片付け本には、片付けをしないと何事も先延ばしするようになるとあった。そう、私はこれに当てはまっていた。いつか片付けよう、いつか売ろうとしながらも、ごちゃごちゃと物だらけの部屋にいても体が動かないのだ。<br><br>どんどん物を捨て、減らしているうちに、いろいろな思考が頭を巡った。「必要ないものをどうしてこんなに買ってしまったのだろう」「気に入って買ったつもりなのに全然使わなくて、久しぶりに見たら劣化してる。使わないうちに使えなくなってしまった・・・」「買わずに貯金していたら」「寄付していたら」「友だちや親のために使っていたら」「片付けに何年も費やしている自分って何なんだろう」「いつのまにこんなに物であふれていたんだろう」<br><br>物が減るたびに気持ちは軽くなり、フットワークも軽くなっていった。今までやろうと思ってやらなかったことに手をつけられるようになったのだ。片付けが開運につながるというのは、それによって自分の意識が変化し、それが行動になって現れる結果なのだ。きっとそうなのだ。<br><br>おそらくこれはやった人にしかわからない。ほんのちょっと片付けただけでは何も変化しない。とにかく私は今気分がいい。<br><br>ところで本日受け取ったもの。お昼ご飯をごちそうになりました。ありがとう、ありがとう、ありがとう。もうひとつ、外勤先にいた子供たちが私のことを「かわいーー」と言って手を振ってくれた。ありがとう！</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11620988590.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Sep 2013 22:57:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>花を贈る</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">本日の「与える」は、「友人に花を贈る」であった。ある習い事の発表会で、去年までは私も出ていたのだが、今年は出るのを辞めた。それで仲間に花を持っていった。だが、買った場所が悪かった。近所のスーパーの花屋に行くと、彼岸用の花ばかりなのだ。これは油断だった。そういえば我が家は寺がずらり並んだ場所に近いんだったよ。ずらり並んだ彼岸用の花に対して、ガラスケースの中の花でさえ今日はなんだかしょぼい雰囲気を醸し出している。そんなわけで少し高かったが、かわいらしいブリザードの花にした。ちなみに花の値段の半分はさっそく戻って来た。友人がチケットをくれたのだ。やはり与えることと受け取ることは何かしらの関係があるようだ。<br><br>※追加です。父親からお土産もらいました。私の好きな芸術家の画集でした。しかもサイン会でサインもらってきてた。ありがとうお父さん。いつも邪魔にしてごめんなさい。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11620138282.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Sep 2013 20:37:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>電車に乗る！</title>
<description>
<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">私の住む町は田舎なので、バスや電車は１時間に１本が普通である。いや、１時間に１本あればまだましな方なのだ。それだと仕事にも遊びにも行けないので、たいがいの人は車を使う。一家に一台の車では用が足りない。一人一台車がなければ働けないのが田舎だ。ハローワークの仕事募集を見てもたいがい「要普通自動車免許」となっているので、だいたい高校３年生の時に自動車学校に行く。大学受験の勉強よりもまずは自動車免許取得が先なのだ。<br><br>そんなわけで、最後に電車に乗ったのはいつだったかもう思い出せないが、今日は友人との食事でお酒を飲むため電車に乗ってみた。そしてテレビでよくあるような、席を譲るという行為をドキドキしながらやってみた。これが本日の「与える」行為だ。だが、電車に乗ること自体ドキドキしていたので「どうぞ座ってください」のひとことが言えず、黙って席を立って別の場所に移動した。<br><br>電車が物珍しい私は、ほとんどの時間は本を読むことに費やしていたが、どんな人が乗っているのかキョロキョロしていた。だらしない格好で寝ている人、ひたすらスマートフォンに目を向けている女性たち、ひたすらおしゃべりしているサラリーマンやおばさんたち、音楽を聴いている青年、地べたに座り込んでいる高校生等。全体的にはだらしがないというか、品がない格好の人が多かったのが残念であった。可愛いワンピースを着た女の子が、猫背でだらしなく脚を開いて座っているのを見ると「うーん、残念！」と内心思った。自分もああならないように気をつけなければならない。</font>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cherryhotel/entry-11619478925.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Sep 2013 22:48:38 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
