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<title>国際</title>
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<title>故ダイアナ元英皇太子妃を追悼するコンサート</title>
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<![CDATA[ <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/2a/02/10025175400.jpg" target="_blank"><img height="156" alt="ダイアナ元英皇太子妃" src="https://stat.ameba.jp/user_images/2a/02/10025175400_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><p>９７年の事故死から今年の８月で１０年になる故ダイアナ元英皇太子妃を追悼するコンサートが１日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで開かれた。</p><br><p>コンサートは故ダイアナ元英皇太子妃の46歳目の誕生日の日に合わせられ、2人の息子のウィリアム王子とヘンリ王子によって企画されたそうだ。</p><br><p>しかしイギリスでは、最近頻繁にテロが起こっている。実際、29日に車爆弾テロ未遂が起こった。</p><br><p>そして、1日に行われる追悼コンサートは規模の大きさからテロの標的となることが懸念され、連続テロ未遂事件の捜査をすすめているロンドン警視庁は、警察官約４５０人の厳戒態勢が敷かれた。</p><br><p>そのような厳戒態勢の中、コンサートが開かれ、元妃と親交が深く、葬儀でも追悼歌を歌ったエルトン・ジョンさんの演奏、元妃が熱烈なファンだったロックバンドのデュラン・デュラン、歌手のロッド・スチュワートさんなど多数のスターが参加した。</p><br><p>また6時間におよぶコンサートには、6万人以上が来場した。</p><br><p>前日、テロが起きながらも、これほど多くの人が集まるということは故ダイアナ元英皇太子妃はイギリスの国民からとても愛されていた存在だったと感じた。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chi-lala/entry-10038739838.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Jul 2007 15:12:41 +0900</pubDate>
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<title>養子についての本</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/6f/62/10024969228.jpg" target="_blank"><img height="180" alt="養子についての本" src="https://stat.ameba.jp/user_images/6f/62/10024969228_s.jpg" width="120" border="0"></a>　　　題名：その子を、ください。　　　著者：<font size="2">鮫島浩二</font></p><p>この本は、養子縁組という現場で<font size="2">鮫島医師が</font>17年間働き、仲介してきた医師が事実を書いた本だ。</p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">特別養子縁組とは、実親が「特別な事情」で育てられない６歳未満の子どもを、養親が引き取り、法的に実子と同じ扱いを受けられる制度のことである。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">この制度のもと、産婦人科医の鮫島氏は、養子縁組の仲介をボランティアとして17年間続けてきた。そこにはさまざまな「光景」があった…。<br><br>　高校生で妊娠、中学生で妊娠、結婚詐欺に遭って妊娠した女性たちがいた。<br><br>　そんな中、生まれてきた「赤ちゃんの幸せを願わずにはいられなかった」と鮫島氏はいう。<br><br>　子どもを産み、泣きながら世話をしつつも、わずか数日で病院をひとりあとにする実の母親。「養子が来る」という知らせに、電話口で泣き崩れる養親。そんな事情など知る由もなく、笑い、泣く赤ちゃん。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">その三者すべての立場を全力で守るために、鮫島医師は養子縁組という現場でひたむきに活動してきた。その17年の記録には、愛情とは何か、絆とは何かということを、身をもって教えてくれる人々のことが、描かれているそうだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">是非読んでみてください♪♪</font></p>
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<pubDate>Mon, 02 Jul 2007 11:40:54 +0900</pubDate>
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<title>アンジェリーナが家族でカンボジアに行った時の写真</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/3d/c2/10024465902.jpg" target="_blank"><img height="258" alt="アンジェリーナの家族" src="https://stat.ameba.jp/user_images/3d/c2/10024465902_s.jpg" width="220" border="0"></a></p><p>みんなある一点の場所を見つめているよ！！<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/chi-lala/entry-10037764268.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jun 2007 11:28:11 +0900</pubDate>
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<title>アンジェリーナ・ジョリーについて</title>
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<![CDATA[ <p><b>女優のアンジェリーナ・ジョリー。</b></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>彼女は私が好きな女優の中の1人である。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>彼女は1975年6月4日にアメリカ合衆国カルフォルニア州ロサンゼルスに生まれた。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>父親は俳優のジョン・ヴォイト、母親は女優のマルシェリーヌ・ベルトラン、兄は映画監督のジェイミーヘヴン・ヴォイトと、演劇一家である。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>彼女は女優業を続けながら、</strong><strong>2001年に国連難民高等弁務官事務所（UNHCR)の親善大使に任命された。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>そして、皆さんも知っているように現在活動の一環として寄付をしたり、養子を引き取ったりしている。</strong><strong><br></strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>2002年3月にカンボジア人の男児、2005年7月にエチオピア人の女児、そして今年の3月にベトナム人の男児を。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>そして2006年には俳優のブラット・ピットとの間に女児をもうけ、</strong><strong>現在は4人の子供の母親である。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>ハリウッドスターが養子を何人も育てるということに対し渡しは驚いた。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>それは養子制度があまり日本に根付いてないからなのかもしれない。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong><br></strong></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/chi-lala/entry-10037283214.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Jun 2007 15:16:30 +0900</pubDate>
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<title>日本人で世界で活躍している人</title>
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<![CDATA[ <p>私はスポーツを観戦することが好きである。</p><br><p>その中でも、特にサッカーを観戦することがである。</p><br><p>今からサッカー元日本代表、中田英寿選手について話そうと思う。</p><br><p>１９９５年に山梨県立韮崎高校からＪリーグのベルマーレ平塚（現湘南ベルマーレ）に入団した。</p><br><p>１９９７年５月の韓国戦で日本代表デビューを飾り、同年のフランスＷ杯アジア最終予選で大活躍し、日本のＷ杯初出場の原動力となった。</p><p>　</p><p>１９９８年６月のフランスＷ杯に出場後、イタリアのペルージャに移籍。ＡＳローマに移籍し、２００１年のイタリアリーグ優勝に貢献。</p><br><p>２００２年日韓Ｗ杯では、司令塔として日本をベスト１６に導いた。</p><p>　</p><p>その後は、イタリア、イングランドのクラブを渡り歩き、出場機会に恵まれないなどの苦労も味わった。日本代表から離れた時期もあったが、昨年、ドイツＷ杯アジア最終予選の途中から復帰し、日本の本大会出場決定に貢献した。</p><p>　</p><p>そして２００６年ドイツで行われたＷ杯でも、主力として３試合にフル出場。</p><p>しかし、グループリーグ突破を果たせず、６月２２日（日本時間２３日）のブラジル戦終了後、約１０分間ピッチに倒れ込み、悔し涙を流した。</p><br><p>多くの人にとっても印象深い映像だったと思う。</p><br><p>彼の引退はとても衝撃的なものだった。</p><br><p>しかし彼の生き方は私にもとても影響力がある。</p><br><p>サッカーを引退してから世界で貧しい国の視察やボールを寄付したりしわたしにはできないことである。</p><br><p>私は彼を見習い貧しい国の人たちのために私ができることを見つけて何かしたいと考えている。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chi-lala/entry-10037057735.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jun 2007 11:45:38 +0900</pubDate>
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