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<title>ジャーナリスト藤原亮司のブログ</title>
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<title>「手に魂を込め、歩いてみれば」、3度目鑑賞</title>
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「手に魂を込め、歩いてみれば」。3度目の鑑賞。観るたびに、ファトマの言葉のひとつひとつが、これまで出会ったガザの人たちの言葉とかさなり、苦しい。彼女がファルシ監督との対話の中で語る、「ガザの外の世界」への憧れ。自身の可能性を試したいという思い。「当たり前の日々」を生きられる人間になりたいという、悲しずぎる切望。それらを、ファトマはファルシ監督と話しながら、その望みは心の底からの本心であるにも関わらず、絶対に実現することはない「夢想」でしかないとも分かっている。自身の先輩の世代、親の世代、祖父の世
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<dc:date>2025-12-11T16:03:11+09:00</dc:date>
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<title>ドキュメンタリー映画「よみがえる声」鑑賞</title>
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ドキュメンタリー映画「よみがえる声」鑑賞。在日朝鮮人2世で90歳になる映画作家・朴壽南（パク・スナム）さんが約40年撮り続けた映像を、娘の朴麻衣さんとともに再編した作品。まあ、凄かった。在日コリアン一世、二世たちが日本の占領時代〜戦後なおさらされた差別や蔑視、また祖国解放によって却って奪われた、あるいは「日本の敗戦」によって棄てられた当然の権利、そしてその後も脈々と続き、今また「復権」しつつある排外主義…。その歴史に、同時代に、公然と立ち向かい、記録をし続けてきた朴壽南さん。その取材は、「丹念に
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<dc:date>2025-12-01T07:37:23+09:00</dc:date>
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<title>イスラエル産業界の浸透</title>
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ざっとこの10日間ほどのニュースやプレスリリースを見ただけでも、イスラエル企業が日本法人設立とか、イスラエル企業のテクノロジーやサービスの話題がずらり。これほど経済界に浸透しているイスラエル産業。まだ、自国でそれなりの技術と産業を持っている日本ですらこれなので、中東やアジア、アフリカの国々がイスラエルの技術を頼り、その結果イスラエルや、それを支持するアメリカに何も言えないのは当然。もしそんなことをしたら、提供されている技術やシステムを全部停止されるとか、修理や部品供給が止まるとか、更新してもらえ
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<dc:date>2025-11-18T13:14:30+09:00</dc:date>
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<title>水平社博物館にて</title>
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明治28年、今の奈良県御所市柏原の被差別部落に生まれた水平社。その団体設立の中心人物であった西光万吉の生家・西光寺は、水平社博物館の真向かいにある。かつて「穢多、非人」「新平民」「部落民」と言われて、言われなく蔑まれ、差別された人たちがいて、それは今もなお、続いている。あからさまな差別や、自由と尊厳の制限と闘ってきた、水平社の歴史を知ることができる。本などでそれなりに知っていたつもりでも、自身がこのことにいかに無知なのかを思い知らされた。死んだ動物の処分や、その骨や皮の加工などは、人間が生きる社
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<dc:date>2025-11-13T22:42:51+09:00</dc:date>
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<title>改めて、映画「ネタニヤフ調書」のヤバさ</title>
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案の定、この映画の背景をちゃんと見通せていないコメントや映画評が、わらわらと出てきている。それも、「知識人」や文化人、ガザ侵攻に反対する立場の人たちから。繰り返し言うが、シオニストはネタニヤフやスモトリッチなど右派・極右であろうが、チャンネル13のような左派であろうが、パレスチナを支配し続けるという意思は揺らぐことなく同じなのだ。確かに、現役の首相やその妻、関係者などを捜査できるイスラエルは、彼ら自身がいつも声高に言うように「民主主義国家」だ。しかしそれはユダヤ人に対してだけであり、パレスチナ人
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<dc:date>2025-11-12T17:42:39+09:00</dc:date>
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<title>映画「ネタニヤフ調書」への、ざっくりした最初の感想</title>
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映画「ネタニヤフ調書」の最悪なとこは、これを取材撮影した人たちも、ネタニヤフ首相に批判的なことを言わせている登場人物も、「ネタニヤフが悪い」「我々は民主主義国家だから、こんな奴が首相でいるのは嫌」と言っているだけで、対パレスチナのことなど、あるいは占領のことなどには反対もしていないところ。これを「イスラエルにも反ネタニヤフな意見もありまっせ、我々まともでしょ」、と言ってるこの映画には胸糞の悪さしかない。左派が認めているから、極右や入植地がある。「気色悪い極右など、『イスラエル』にいないで入植地に
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<dc:date>2025-11-08T19:50:38+09:00</dc:date>
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<title>消えてしまったラファの人たちとの一夜</title>
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「ガザ 欄外の声を求めて」。作者ジョー・サッコがガザを取材していた同じ頃、私もラファにいた。1998年、2002年の2回のときのこと。日々、エジプト境界付近は「緩衝地帯化」という名目での破壊が進んでいたので光景は全く同じではないだろうが、ラファ・キャンプのK地区あたり、画角は少し違うが、きっと同じ場所だ。それに、フィラデルフィ回廊からキャンプを監視するIDFのテルミット陣地。初めてラファに行った頃は、フィラデルフィ回廊ギリギリまで民家やトマト畑が迫っていたのだが、わずか数週間後に訪れたときは幅1
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<dc:date>2025-11-07T12:28:57+09:00</dc:date>
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<title>ドキュメンタリー「よみがえる声」鑑賞</title>
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ドキュメンタリー映画「よみがえる声」鑑賞。在日朝鮮人2世で90歳になる映画作家・朴壽南（パク・スナム）さんが約40年撮り続けた映像を、娘の朴麻衣さんとともに再編した作品。まあ、凄かった。在日コリアン一世、二世たちが日本の占領時代〜戦後なおさらされた差別や蔑視、また祖国解放によって却って奪われた、あるいは「日本の敗戦」によって棄てられた当然の権利、そしてその後も脈々と続き、今また「復権」しつつある排外主義…。その歴史に、同時代に、公然と立ち向かい、記録をし続けてきた朴壽南さん。その取材は、「丹念に
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<dc:date>2025-10-27T16:33:22+09:00</dc:date>
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<title>映画「壁の外側と内側」を鑑賞</title>
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ジャーナリスト・川上泰徳さんが昨年にヨルダン川西岸南部とイスラエルを取材したドキュメンタリー映画「壁の外側と内側」を鑑賞。川上さんと初めてお会いしたのは2002年1月だったと思う。朝日のエルサレム支局を私が訪ね、その夜にご飯をご馳走になりながらお話を聞いた。そのときに川上さんが話されたことのひとつは、その後ずっと、今も自身の仕事への戒めのように思っている。川上さんの淡々とした穏やかな語りとともに進む、ヨルダン川西岸で起きてきた、そして今もまさに起きているイスラエルによるパレスチナ人追放と、土地収
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<title>映画「黒川の女たち」鑑賞</title>
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ドキュメンタリー映画「黒川の女たち」鑑賞。あらすじはリンクを参照してもらえたらですが、満蒙開拓団の中で起きた、性被害者女性たちを描いた作品。しかし、高齢になり、自身たちの身に起きた戦争による実情を、語ろうとされた女性たちの覚悟と、そこに至るまでの人生に胸が詰まる。開拓団を守るために、ソ連兵に性奴隷として差し出されたその悲劇よりも耐え難かったという、開拓団とともに帰国してからの、その守ってやったはずの「仲間」からの誹謗中傷。「あいつはロスケにやられた女だ」と。戦中・戦後という非日常な状況だったから
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<dc:date>2025-08-15T00:46:24+09:00</dc:date>
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