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<title>我が家のリトル・ダ・ヴィンチ</title>
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<description>息子は発達障害、私は絵描き。たぶんちょっと変わってる母子の日常。</description>
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<title>【10歳・現在】洞窟少年たち救出おめ②</title>
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<![CDATA[ あと歯科治療。<div>乳幼児の頃、息子に歯医者さんなんて絶対に無理と確信していた。だって普通の小児科でもギャン泣き大騒ぎのパニックだったもの(親の私が子供の病院恐怖症になったくらい。)　保健所の歯科検診でも本当に大変だった。普段の歯磨きですら抵抗するから毎朝毎晩本当に大仕事だった。</div><div>そう、散髪も、理髪店なんて確実にパニックを起こすからうちで私が切ろうとしたけど多動とパニックでこれまた無理。　結局、泣き疲れて眠った時に散髪した…うつ伏せの息子に本当に大変だった…(あの頃本当に頑張ってたなあ私TωT)</div><div><br></div><div><div>発達障害児の歯科治療。他の子はみんなどうしてるんだろうと当時調べたら『パニックで治療不可能な子供には麻酔で眠らせて治療するのが一般的』と知った。こんな小さな子供に全身麻酔なんて…！！(○_○)と今度は私の方がパニック。　そんな究極の治療方法しかないんだ…とうなだれて落ち込み発達障害児の育児の大変さを噛み締めてから、『だったら歯医者さんに行かなければいい、絶対に虫歯になんかさせるものか！！！』と、とにかく毎日の歯磨きだけは絶対に怠らず必死で虫歯予防に努めた。息子が抵抗しても抵抗しても『全身麻酔よりはまし！！』と、とにかく必死で歯磨きした。泣いて嫌がる我が子に無理強いするのは辛かった…けど私がやらねば誰がやる！！当時の息子への歯磨きは真剣勝負だった。</div><div>そのせいか息子に歯磨きの習慣がきっちり身に付いて(こだわりの強いタイプだから一度癖になった習慣はなかなか抜けないwこだわりは時には利点w)今でも学校の歯科検診で要治療の紙をもらったことは一度もない。</div></div><div><br></div><div>今回、洞窟少年たちのニュースで見かけた『パニック』や『麻酔』というキーワードで、当時の記憶が鮮やかに甦った。</div><div><br></div><div>ちなみに息子は今では小児科も歯科医院も耳鼻科も皮膚科も眼科も理髪店も全然平気、むしろ大好き(笑)　ただし治療方法とか手技とか痛みの有無や度合いを事前にきっちり医師に確認しています自分の口で(小４にして自らインフォームドコンセント！偉い:笑)　パニックを起こしていた頃は言葉も覚束なくてただ泣きわめくしかできなかったけど、お口が達者になった今はそうやって自分なりに恐怖や不安を解消してパニックをおさえる術を身につけたみたい。</div><div>不思議な話、そんな息子を今では『賢いね～』誉める人もいる。当時は『手のかかる騒がしい子供』と、人によっては息子を『厄介、面倒』とまで思っていたはず。息子の中身は何も変わっていないのに評価は真逆。人の見る目で大きく変わる評価、でも息子は息子、中身は何も変わってないの。うまく言えないけど、表出の仕方で人様の見る目は大きく変わる。実に勝手な『他人様の物差し』だけど、発達障害児の育児にはそこを意識するのが大事かなと。がっつりしっかり意識しつつ、でも他人様の評価は『気にしない』。</div><div>親の物差しで、オリジナルでユニークな我が子の個性を見守ることも大事といつも思う。</div><div>　</div><div><br></div><div><br></div><div>とにかく今回、</div><div><br></div><div>本当に懐かしい記憶が甦った。</div><div><br></div><div>なにより少年たちが生還できて本当によかった。</div><div><br></div><div>天災や犯罪や事故…子供の災禍のニュースは後を絶たず胸が痛むことも多いけど、</div><div><br></div><div>我が子や、世界中の全ての子供たちの未来は必ず明るいと信じて、日々頑張る。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12390211137.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Jul 2018 07:40:54 +0900</pubDate>
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<title>【10歳・現在】洞窟少年たち救出おめ①</title>
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<![CDATA[ 久々にブログ更新。仕事に家事に多忙で。<div><br><div>タイの洞窟少年たち救出成功に思ったことがあったのでちょっと書き込み｡<br></div><div><br></div><div>この洞窟遭難のニュースを初めて聞いた時、『うわあ…こんな状況うちの息子なら絶対にパニックになる！( ＞＜；)』と本当に恐ろしく思った。救出方法の案を聞くにつけ『こんなのうちの息子なら恐怖と不安で絶対にパニックなる』『息子なら助からない』と。</div><div><br></div><div>すがに小４になった今、乳幼児の頃のようなパニックは無くなったけど…でも『予期不安が強い』タイプには変わりはなく。</div><div>要は息子､物凄くチキンで怖がりということ( ￣▽￣；)</div><div>いやいや、やっぱり無理だわ、うちの息子ならあんな洞窟生活も潜水での救出も絶対に耐えられない、不可能と思った。</div><div><br></div><div>だからいろんな救出方法の案が出ていた当初から私は『うちの息子なら麻酔で眠らせて運んでほしい( ＞Д＜；)』と思ってた。</div></div><div><br></div><div>そう『麻酔』。</div><div><br></div><div>まさか本当に洞窟少年達を最終的に麻酔を使って眠らせて救出するとは…</div><div>パニックを確実に封じるにはそれしかないもんね。</div><div><br></div><div>うちの息子は多動も酷くて乳幼児の頃は目も手も全く離せないタイプで、よく『吹き矢が欲しい、動物用の、先っぽに麻酔薬がついた吹き矢が欲しい、今すぐ欲しい(T▽T)』って冗談混じりに(いやかなり本気で:笑)いつも夢想してた。</div><div>『息子多動やパニックを発動→吹き矢の麻酔で眠らせる→私息子を抱えて撤収。』<br></div><div>こんな理想的な流れを想像しては、目の前の惨状(息子の多動やパニック)に手をやいてた。</div><div><br></div><div>続く→</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12390194473.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Jul 2018 06:45:25 +0900</pubDate>
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<title>久々の書き込み②</title>
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<![CDATA[ そう、<br><br>衝動的にマンションから飛び降りそうになったことがある。<br><br>当時息子１～２歳。<br><br>我ながら、振り替えると、<br><br>かなり危険な状態に置かれた育児だったと思う。<br><br>心中、暴力、ネグレクト、何が起きてもおかしくない心情だった。<br><br>私はギリギリの所でふんばって、無い知恵を絞って、ネットで同じ母親たちに助けを請い、彼女らから知恵をもらい助けられ、自力で療育先を探し、もがいてもがいて…<br><br>その後、安住の地(現在の療育先)にたどり着くことができた。<br><br>自治体や公的機関は基本的にあてにはならない。(たまには頼りにはなる。けど結局お役所仕事で他人事。)<br><br>頼れるのは、しっかりしなければならないのは自分。<br>我が子を守り導くのは母親の自分しかいない。<br>そんなことを痛感した、息子の幼少時代だった。<br><br><br><br><br>何が言いたいのかというと。<br><br>今も当時の私のように我が子の発達障害を指摘され行く宛もなく途方に暮れている母親は多くいると思う。<br><br>手のかかる小さな子供を抱えてしんどいけど『どうか耐え抜いて』と伝えたい。<br><br>きっと心の安寧が訪れる時が来るから。<br><br>そしてこれも多くいると思うけど、<br>どうかお子さんの発達障害の可能性を否定しないで。<br><br>しんどいけど向き合おう。<br><br>大丈夫、きっとなんとかなるから。<br><br>しんどいけど、<br><br>周りの皆が偏見の目で見ても、<br><br>笑われても、<br>疎まれても、<br>奇妙に思われても、<br><br>母親だけは我が子の味方でいよう。<br><br>いつか我が子より先に旅立って、<br>我が子が一人で辛く寂しい思いをしても、<br><br>きっと母親との暖かい思い出があれば、<br><br>親に愛された記憶があれば、<br><br>きっと少しの心の支えにはなると思うから。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12323578565.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Oct 2017 16:17:11 +0900</pubDate>
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<title>久々に書き込み①</title>
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<![CDATA[ 最後の記事から一年たってた(--;)<br>仕事が楽しくて忙しく過ごしてた(自分にとっては良いことだ^^)<br><br>ある親御さんのブログを読んで思ったこと。その方のブログには小さな我が子の障害がわかって絶望した気持ちが赤裸々に綴られていた。<br><br>息子の発達障害がわかった当時のことを思い出して共感した。(うちの息子は結果的に障害と呼べるほどのレベルではなかったので、一緒にするなと思われるかもしれないけど、指摘を受けた当時は知的障害のレベルもわからなかったので、絶望に近い気持ちはあった。)<br><br>発達障害の『指摘』ってとにかく物凄く曖昧で、戸惑う親御さんが多いと思う。<br><br>問題は『知識と経験のある専門家が圧倒的に少ない』ことと社会において『無知ゆえの偏見』が多いこと。<br><br>私自身、恥ずかしながら当時は発達障害と聞いたら『不登校。不適応。なんでもかんでも病気のせいにする現代病。』という浅くて偏見混じりのイメージしかなかった。<br><br>指摘を受けても認めたがらない親御さんの方が多いように感じる。<br><br>…この辺りの問題には触れたらきりがないからやめておこう。<br><br>そう、<br><br>『発達障害の指摘は曖昧』な場合が多くてそして『とりあえず様子見』と言われる。<br><br>『あんたんちの子なんか障害持ちっぽいよね～。けど別に～することもないし～とりあえず様子見れば～？』<br><br>みたいなことをやんわりと言われて放り出されて安心できる親なんてどこにもいない。<br><br>けどそれが現状。<br><br>我が子の障害がわかって『絶望のどん底に落ちた』という表現をよく見る(それはそれで本当に気の毒でならない。)<br><br>うちが指摘を受けた時は少し違って。<br><br>『崖っぷちから放り出されで宙ぶらりん』な感じ。<br><br>障害のない健常者だけの世界から放り出されて、でもどこにも行く所がない。<br><br>相談する相手もいない、<br>専門家もいない、<br>窓口を叩いたけど『様子見』と言われるばかり。<br><br>世の中には発達障害という言葉に対して暴力児、問題児、犯罪者の権化のようなイメージを抱いてる人間も多い。<br><br>偏見が怖くて簡単に人には言えない。<br>理解者もいない。<br>身内や夫に伝えても『気のせいだ。子供なんてみんなそんなもの。お前は我が子を障害者にしたいのか』と言われる始末。<br><br>そして目の前にはパニックや感覚過敏のはなはだしい異常に手のかかる小さな我が子…。<br><br>八方塞がりで我が子を抱えてマンションの５階から飛び降りそうな
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12323571704.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Oct 2017 15:40:37 +0900</pubDate>
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<title>【生育歴】いこいの家。</title>
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<![CDATA[ そこは保育園や託児所の部屋のような、ソフトな床の、広い広い部屋でした。<br>遊具も豊富で陽当たりもよく、外には芝生の庭もあり、もちろん全てバリアフリー、多動の乳幼児を持つ身としては安心安全に子供を放牧させられる場所でした。<br>３人のスタッフさんが常駐していて(彼ら彼女らは若いけど障害児支援のプロと後で知りました。)<br>親は子供の相手をスタッフさんに任せて他の母親と話したり交流したり、他のスタッフさんに相談したり、時にはボーっとただ休憩したり、とにかく好きに自由に過ごしていいとのことでした。<br>ただ、自由に利用すればいいよ、と。<br><br>自分の都合で好きな日に、予約も何も必要なく、好きな時間に行って、好きな時間に帰っていい。(来るものは拒まず去るものは追わずという感じでした。)<br><br>子供の相手をしてくれるプロがいる。母親は特に何もしなくてもいい。しかも利用は無料。<br>こんな知る人ぞ知るシェルターのような場所があるなんて…福祉って凄いなと初めて実感しました。<br><br>そんな贅沢な場所に招待された選ばれし息子(￣▽￣;)<br>うちの息子はそんな施設の利用を許された、そんなに心配や問題のある子供なのか、そんなに酷いのかと…<br><br>『いこいの家』に通った当初は、とにかくそんな陰鬱とした気持ちしかありませんでした。<br><br><br><br>一年後くらいには涙と笑顔でそこを“卒業”することになりますが(^ω^*)<br>しばらくそこで過ごした日々を振り返って書いていこうと思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12212725999.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2016 11:12:17 +0900</pubDate>
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<title>【生育歴】うちの子、何なんですか？</title>
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<![CDATA[ 以前の記事でその『育児サロン』の場所をネットで調べた時に、息子が発達障害を疑われていることを初めて気づき愕然としたことを書きました。<br>その続きを書きます。<br><br>息子が障害者!?しかもこっち(頭)の!?<br>そんな恐怖のどん底に突然つき落とされたまま、(←後で思い返すと大袈裟だったなと我ながら思います^▽^;)<br>おそらく私は顔面蒼白で、息子を抱えて『いこいの家』の扉を開けました。<br><br>激しく動揺していたので当時の記憶は曖昧ですが、その時のスタッフさんに真っ先にこう尋ねたのだけは覚えています。<br><br>『うちの子…何なんですか？』<br><br>その後スタッフさんとどんなやり取りをしたかも覚えていません。<br>ただスタッフさんは何も言わず何も聞かず迎え入れてくれました。<br>私は『区役所からの紹介で』と口で伝えただけなのに、書面も何もないのに、私の身分証明書とかを確認することもなく(区役所から連絡が行っているわけでもなく)、とにかく何も聞かず何も言わず、生暖かく私たちを迎え入れてくれました。<br><br>当時はそれがとても不気味に感じて…<br>私はどんな場所に来たんだろう、ここで何をしたらいいんだろう、と、とにかく戸惑いの真っ只中にいました。
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12212717477.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2016 10:49:46 +0900</pubDate>
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<title>【生育歴】指摘を受けて。</title>
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<![CDATA[ 『生育歴』どこまで書いたっけ(^^;)１歳半検診で保健所から『何らか』の指摘を受けて、『何らか』の心配がある可能性の高い乳幼児が対象の『育児サロン』を保健所から進められた辺りかしらね。<br><br>その育児サロン(←保健所の人がそう呼んでいた。)はうちの市では『いこいの家』という名称で呼ばれていて、大きな心身障害者施設の一室を使って週二回開かれているものでした。<br>当時息子はまだ診断前で、保健所からは『発達障害』と明言もされておらず、私は『うちの息子は一体なにを問題視されているの？うちの息子一体何なの？』とさっぱりわけがわからず、モヤモヤした不安な気持ちを抱え、戸惑いの真っ只中にいました。<br><br>その育児サロンに行くのは全くの任意で義務とか強制ではありませんでした。<br>『うちの子供には何の問題もない』と盲信できる母親なら、保健所の進めなど無視してその育児サロンには行かないのだと思います。<br><br>他者の意見やアドバイスを素直に聞けるか、聞けないか。<br><br>客観的な意見に耳を傾けることができる母親か、聞き入れられない母親か。<br><br>そこで我が子の特性(発達障害)や問題に気づくことができるか、できないかが、大きく分かれると思います。<br><br>母親の性格や信条で子供の生育環境は大きく変わるものだなと、この頃辺りからつくづく思うようになりました。<br><br>親の選択次第で子供の人生は大きく変わる。<br><br>今振り返るとあの時が私にとって、親としての初めての大きな選択だったような気がします。<br>その育児サロンに行くか行かないか。<br>息子に疑われている『何か』と向き合うか、向き合わないか。<br><br>勇気を出すか、背を向けるか。<br><br>私は根っこの性格が典型的なくそ真面目なＡ型タイプなので…<br><br>保健所の人がわざわざ進めてくれたのだからと、不安な気持ちを抱えつつもその育児サロンにとりあえず行ってみることにしました。<br><br>息子が２歳になるかならないかの頃だったと思います。
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12212712079.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2016 10:04:43 +0900</pubDate>
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<title>【現在・小２】友達がいなくても。</title>
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<![CDATA[ 久しぶりの更新。<br><br>息子(８歳)は特に問題行動もなく平和に学校生活を送っている様子。<br>今なら診断名つかなかったな多分(^^;)<br>でも１歳半で指摘を受け２歳という早い時期に診断名をもらったことで私も発達障害への理解を早い内に深めることができて息子への対処も早々にできたから、それはそれでラッキーだったと思う。<br><br>息子は相変わらず友達がいない様子。でも級友達とはコミュニケーションはとれているみたい。トラブルや喧嘩もないから、まあいいかなと。<br>たまに乱暴なタイプの子のターゲットになるみたいだけど継続的なものではなく大したことはないみたい。(ただ注意深く見守ってはいる。)<br><br>友達なんて無理して作るものでもないし、いつか自然にできたらいいなと思っている。ただ本人は少しの寂しさを感じているみたいで、そこは母としては切ないところ。<br><br>発達障害児は『人＜物』で『他人に興味がない』なんてよく言われるけど全然そんなことなくてコミュニケーションが苦手なだけ、下手なだけ。息子は誰かと積極的にコミュニケーションするのが大好き。<br><br><br><br>焦ることなんかないよ息子、いつかいろんなことを分かち合える友達に出会えるさ。<br>それにひとさまからの受け売りだけど『孤独は人を賢者にする』ともいうよ。<br>母もお一人様好きだからそう思うんだ。<br>『独り』って悪いものじゃないよ。独りの時間ってとても大切。<br>だから気にすることなんかないよ、お前はお前のペースでいいんだから。<br><br><br>と、いつもそんな目線で息子を励ましている。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12212681279.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2016 07:29:48 +0900</pubDate>
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<title>【８歳・現在】理科が好き</title>
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<![CDATA[ 以前から理科とか科学とか物理とか医学？系の分野に興味がある息子。<br><br>小学校に上がったら理科を学べることを楽しみにしていたのに低学年ではまだ理科の授業はないのね^^;<br><br>Eテレの理系の番組やコーナーを視聴しては(←自分で探して見つけて録画して観てる。)目をキラキラさせている。<br><br>我が子ながらお前、<br>すげえな(笑)<br><br>将来一体何になるんだ。<br><br><br>ダ・ヴィンチからアインシュタインにブログのタイトル変えた方がいいかな。<br><br><br>
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<pubDate>Tue, 12 Jul 2016 20:56:12 +0900</pubDate>
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<title>【親知らず】退院。抜糸。</title>
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<![CDATA[ 結局４泊５日の入院となった。<br>その一週間後の今日は抜糸の日で病院に行ってきた。<br><br>腫れはかなりひいてきたけどまだ口が少し開けにくい。<br>あと頬の青アザがまだ残っててこれはまだ痛々しく見える。<br>痛みもほぼなし(もちろん押すとまだ痛いけど)<br><br>とにかく、順調に回復中(^-^)<br><br><br>退院して５日ぶりに会った息子はとてもしっかりしたように見えた。<br><br>私がいなくても全然大丈夫だったみたい。<br><br>なんだお前全然大丈夫じゃん<br>て、拍子抜けした。<br><br>息子の世話を頼んだ周囲の大人達からも『しっかりしている』と評判も上々。<br><br><br>どこが発達障害？<br><br>って感じ。<br><br><br>それが今の息子。<br><br><br><br><br>今まで療育教室を辞める勇気など全くなかったけど、<br><br>退院後、<br><br>療育やめる時かも<br><br>って…<br><br>勇気？みたいな<br>自信？みたいな<br><br>やめても大丈夫、<br><br>息子も私も大丈夫、って…<br><br>そんな気持ちに初めてなった。<br><br>ものすごく自然にそう思えた。<br><br>この入院生活を通しての予想外の副産物。<br><br><br><br><br>さて、どうしようかな…。
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<link>https://ameblo.jp/chibineco513/entry-12177714143.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Jul 2016 00:13:20 +0900</pubDate>
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