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<title>今までの私、これからの私</title>
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<description>結婚後に住んでいた南米チリの思い出を忘れたくなくて書きとめるブログ。</description>
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<title>４歳おめでとう</title>
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<![CDATA[ <p>一番下の息子が４歳の誕生日を迎えた。</p><p>上の子供の時は、夫はチリにいて、同僚たちとアルゼンチンで誕生の知らせを聞いた。</p><p>私は両親と姑の見守る中出産したので、今回は夫が帝王切開なので立ちあいはできませんでしたが、</p><p>４年前は、新幹線で３時間離れた自宅から、里帰り先まで来てくれました。</p><p>三人目だからか、ポンと夫の腕の中に預けられ、病室に二人きりで、私の処置を10分以上</p><p>待たされたそうです。夫へ、生まれたての我が子はどうでしたか？</p><br><p>どうしても三人目が欲しくて、でも夫は二人で充分だという考えの中で、</p><p>とても悩む中、私のお腹に来てくれました。</p><p>チリにいなかったら、もう一人授かることは無理でした。</p><br><p>息子はお腹の中ではチリにいたけれど、実際は生まれる前に帰国してしまいました。</p><p>お兄ちゃんたちの写真や話を聞くたび、自分もチリに行きたい！と言います。</p><br><p>お腹の中で、どんな風にスペイン語を聞いていたんだろうかと思います。</p><br><p>よく赤ちゃんの頃、スペイン語で話しかけると、キャッキャッと笑いました。</p><p>日本語と響きが違うからなのか、自分が聞いたことのなる懐かしい音だったのかな。</p><br><p>上の二人とは、格闘していたけれど、一人育児は何て楽！</p><p>余裕もでき、甘やかせてしまったのか、甘え上手！！</p><p>幼稚園に入って、赤ちゃんではなくなってしまったのがさびしいけれど、</p><p>まだお母さんを頼りにしてくれてうれしいよ。</p><p>生まれてきてくれてありがとう。お腹に来てくれてありがとうとしみじみ思います。</p><br><br>
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<pubDate>Mon, 12 Jul 2010 23:14:54 +0900</pubDate>
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<title>Ｗ杯、やっぱり自分は南米人だ</title>
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<![CDATA[ <p>Ｗ杯、日本は負けて終わってしまいました。</p><p>パラグアイとの対戦だったけれど、自分もほんの少し立ちよったことのある国なので、</p><p>敵、という感覚はありませんでした。</p><br><p>これから自分が応援するのは、アルゼンチンです。</p><p>チリの隣国だったから。マラドーナ監督の生のスペイン語も心地いいです。</p><br><p>８強に南米の国が多くてすごいなあと思います。がんばれー</p>
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<pubDate>Sat, 03 Jul 2010 18:10:48 +0900</pubDate>
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<title>スペイン語の先生になりました</title>
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<![CDATA[ <p>スカイプでスペイン語の先生になりました。</p><p>結局３回でストップしてしまいました。</p><p>手探りで行っていたので、やはり生徒さんには、内容等不十分だったのかもしれません。</p><br><p>でも、スペイン語のレベルを戻すために、とても一生懸命勉強しました。</p><p>やっぱり、スペイン語が好きなのだと思いました。もちろん、無知も多いです。</p><br><p>近所にスペイン人の旦那さんを持つ友人に出会えたことも、とても大きいです。</p><p>スペイン語の一回目の授業では、言い回しなどをチェックしてもらいました。</p><p>お子さんを送りに行く前だったのに、快く相談にのってくれて感謝しました。</p><br><p>もしこれでレッスンが終了だとしても、とてもよい経験になりました。</p><p>ママとしてだけでなく、個人として、がんばることも必要ですね。</p>
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<pubDate>Sat, 03 Jul 2010 18:06:22 +0900</pubDate>
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<title>自分の夢、挑戦</title>
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<![CDATA[ <p>自分がチリに渡ったＷ杯日本開催から２回目のＷ杯、私も思いがけないチャンスが来た。</p><br><p>某サイトにスペイン語が話せることを書いていたのだが、教えてほしいという人が現れた。</p><br><p>自分にとって、誰かに大好きなスペイン語を教えたいというのは、ささやかな夢ではあったものの、</p><p>現実問題ブランクもあり、スペイン語を使う機会も少ないので、諦めていた。</p><br><p>先日その方と電話で話したのだが、とてもやる気のある方で、自分もそれに応えたい。</p>
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<pubDate>Tue, 15 Jun 2010 23:18:15 +0900</pubDate>
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<title>コンセプシオンがニュースステーションに</title>
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<![CDATA[ <p>私の住んでいたコンセプシオンが、ニュースステーションで生中継されていました。</p><p>記者の話によると、崩れているのは、一つのマンションだけで、普通の建物は、大きな損壊はないとのこと。</p><p>略奪などが深刻そうですが、軍も入り、治安は良くなっているのだと信じたいです。</p><br><p>他にも海辺の街ディチャトーが出ていました。</p><p>名前は覚えているのですが、夫は、一緒に食事に行ったと言っても、自分の記憶はなく、こうして忘れていってしまうのだと少し哀しくなりました。</p><br><p>コンセプシオンで過ごした３年間は、どちらかといえば、楽しいことよりも辛いことが多かった。でも、帰国して初めて、自分がいかに恵まれていたのか、とても貴重な体験を一度しかない人生ですることができたことを感謝している。いつもコンセプシオンの街と人が私の近くにいて、成長を見守っていてくれた。だから、その街と人が苦しんでいる姿を見るのが辛いです。でも、自分の思ったよりもひどくないことに安心しています。コンセプシオン在住の日本人が３３人中３２人安否確認出来よかったです。</p><br><p>ずっとチリから帰国して、チリのことを忘れないうちに書かなければ、と思いながら、日が経ってしまいました。</p><p>私がお世話になったチリのこと、復興という願いも込めて、書いていきたいなと思います。</p>
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<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 23:19:34 +0900</pubDate>
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<title>心が痛い。神はどこにいるの？</title>
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<![CDATA[ <p>私の住んでいた街コンセプシオンで大地震が起こった。</p><p>土曜日は久しぶりの飲み会に行く予定で、慌ただしく夕飯の支度をしていた時、ＮＨＫラジオから、チリの地震が聞こえたが、首都サンティアゴが停電で、震源が首都から何キロか聞こえず、夫に「チリで地震だって～」「たぶん北部かなあ」なんて会話をして出かけた。</p><br><p>友人には、「チリ大丈夫？」と言われたけれど、「ねぇ～」なんて呑気だった。</p><br><p>深夜遅くに就寝、朝友達から「もしかして、コンセプシオンって住んでいたところ？」とメールが。（ちなみに友人のメールは、土曜日に向かえが火事になったようで、お互いに驚きの内容でした）あわてて飛び起き、パソコンで調べる。なんてこと．．どうして？絶句だった。</p><br><p>今日もニュースを見る。午後８時現在で、３３人中７人の安否不明だとか。</p><p>企業の他に、現地人と結婚している女性もいるので、連絡が取りにくいのだと思う。</p><br><p>船が座礁している映像のタルカワノ、魚市場があり、よく夫や子供と週末に、殻つきのウニを買い、苦労して外したこと、日本では買えないヒラメを刺身にしてもらい食べたこと、メバルの煮つけ、少し小ぶりの鯵、海岸には、ペリカンやトドがいて、とてものどかな潮の香りがしていた。</p><br><p>コンセプシオンは何も無い所だから、兄や父が来たときには、市民の足のバスに乗り（３００ペソ＝６０円ぐらい？）タルカワノに連れて行った。</p><br><p>テレビで、コンセプシオン市民がスーパーで略奪をしている。</p><p>恐らく、よく買い物に行った、駅前のLiderというスーパーだ。とても大きくて、いつも週末夫と買い物に行っていた所だ。駅前周辺は、当時あまり治安のよくない地域に近かったため、今も略奪対象場所になっているのだと</p><p>思う。</p><br><p>橋の滑落は、ビオビオ川にかかる橋であるが、古い橋で使われていない方が壊れたので、深刻な問題にはならないと思う。</p><br><p>私がチリを去る４年前ごろから、高層マンション建設があちらこちらで始まるようになっていた。</p><p>新聞で築２年のマンションが倒壊と知り驚いている。</p><br><p>コンセプシオンは第２の都市というが、人口のほとんどはサンティアゴに密集しており、</p><p>とても小さな都市である。観光地もないため、外国人にはなじみがない。</p><br><p>友人には、チリってどんなところ、どんな肌の色？想像できない、と色々言われていた。</p><p>今回このような形で、コンセプシオンが世界的に有名になり、夢ではないかと思う。夢であってほしい。治安の悪化がとても心配。最近は、スペイン語を忘れてきており、現地の友人とは、気になりつつも、連絡を取らないでいた。どうか何事もなく、無事であってほしい。早く復興してほしい。</p><br><p>真央ちゃんの銀メダルには、とてもショックだったが、それよりもっと深い悲しみがニュースを見るたび</p><p>毎日消えずに残っている。</p>
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<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 22:18:03 +0900</pubDate>
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<title>チリに到着した日のこと</title>
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<![CDATA[ <p>ずっとＰＣの調子が悪く、書くことができませんでした。</p><br><p>夫が４月に赴任、私は２００４年の６月、Ｗ杯の日本対ロシア戦の日に出発しました。</p><p>チリへは一人。日本→ロス→サンチアゴ→コンセプシオン　と３回飛行機に乗りました。</p><br><p>成田では、ちょうどアメリカに赴任したいた友人夫婦が帰国の日で、その友人を迎え、</p><p>自分は新たに旅立ちました。</p><p>何を話したか覚えていないけれど、久しぶりに会う友人を見て気が緩んだのか、目頭が熱くなった。</p><p>自分の中で、今度はいつ会えるのだろうという寂しさもあったのだと思う。</p><br><p>ロスで、チリの航空会社、ランチレ航空に乗り換える。</p><p>日本人らしき人は、乗客では誰もいない。乗客も南米人というか、なんだか雰囲気が違う。</p><p>なんとか、覚えたスペイン語で手続きをする。</p><br><p>サンチアゴ行きの飛行機に乗り換える。隣はアルゼンチン人のおばさんだった。</p><p>メンドーサに行くので、サンチアゴまで行くという。</p><p>今でなら、わかるが、その時は、アルゼンチンなのに、なぜ？と疑問だった。</p><br><p>面白いなと思ったのは、飛行機が、北から南に進んでいくこと。</p><p>アジアやヨーロッパの場合、飛行機が動く画面は、横または斜め方向に動いていくが、</p><p>モニターの地図は、矢印が真下。不思議な感覚だった。</p><br><p>いつの間にか寝てしまい、機内食のお寿司がなく、洋風メニューに。残念！</p><p>ペルーで一時間止まり、サンチアゴへは、朝の６時頃着く。</p><br><p>チリでの入国。ここで、コンセプシオン行きの国内線に乗り換える。</p><p>だが、土曜日のため、飛行機が１０時。４時間程何もない待合室で過ごす。</p><p>ただただ長かった。でも、アンデス山脈がきれいだった。</p><br><p>コンセプシオンまでは、１時間。座席からは海が見える。</p><p>いよいよ着陸する時、飛行機は旋回し、大きな川を渡り、街を通って着陸。</p><p>今思えば、普段通らない経路。私の住む家も見えていた。</p><br><p>出口に出ると、短髪の夫が待っていた。</p><p>車で自宅へ向かう。</p><p>ラジオから流れる音楽が、ラテンの聞いたことのないメロディーだったのが印象深い。</p><p>天気は曇で小雨。</p><p>これから自分の住むアパートに着くが、時差ボケで疲れていて、眠る。</p><p>起こされ、私の歓迎会があるというので、歩いて行く。</p><p>夫の上司、同僚（日本人）に会う。</p><p>長い一日が終わった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chilecafe/entry-10204660657.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Feb 2009 22:09:35 +0900</pubDate>
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<title>（家）きゅうりを３本収穫しました。</title>
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<![CDATA[ <p>夫が４月に始めた家庭菜園、今日きゅうりを３本収穫しました。私は植物に詳しくなく、夫任せです。</p><p>子供たちは幼稚園に行く前に大きさを確認していたようです。今日記念撮影をしました。きゅうりはお昼冷やし中華の具材になりました。取りたては、とげがちくちくしていました。最近スーパーではちくちくを感じませんでしたが品種の違いなのかな？</p><br><p>家庭菜園には何も貢献してない私ですが、私でも出来て、最近はまっていることがあります。それは雑草取り！これが結構楽しくて、達成感があります。取っていいのと悪いのが判別できないので、取りあえず雑草らしいのを取っています。雨上がりは抜けやすく最高です！ですが、抜きっぱなしで土が盛り上がったままだったので、夫に注意されました。貢献してない？</p><br><p>夕飯にはしそを刻んで使いました。ちょっとして香味野菜を乗せると、料理もおしゃれですね＾＾。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chilecafe/entry-10099798577.html</link>
<pubDate>Sat, 24 May 2008 22:42:11 +0900</pubDate>
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<title>語学学校２</title>
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<![CDATA[ <p>マンツーマンレッスンは、頭をかなり使いました。やり方は、覚える例文やポイントを先生が導入として繰り返し、次に自分がそれを繰り返した後、先生に疑問文で聞いてくるので、答え、今度は自分が先生に質問したり、他の言葉に置き換えたり、ロールプレイングをしたり。</p><br><p>先生は教本を見ながら、余裕でやっているのだが、こちらは四苦八苦。</p><p>印象的なのは、教師は律儀にレッスンしてくれるのだが、私が38度熱があり、どうしても文章が浮かばない時があった。３つ自由作文しなければならなかったのだが、私は２つでもう出ない、勘弁してとジャスチャーしなのだが、ＮＯ。と。頭はボーッとするし、このまま抜け出して帰りたい思いだった。</p><br><p>それと、複数例文の暗記。朝起きる。顔を洗う。朝食を取る。バスを待つ。バスに乗る。バスを降りる。こういった例文をレッスンの中で一気に覚える。このような訓練を行うことで、身に付くのだとつくづく感じる。脳みをが波を打つように、必死にやっていました。</p><br><p>教師も人それぞれで、私がどうしても例文が思い浮かばず考えているとき、暇そうに自分のリュックの紐をいじっている人も。それを見て余計浮かばない！</p>
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<pubDate>Sat, 24 May 2008 22:25:11 +0900</pubDate>
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<title>語学学校通い</title>
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<![CDATA[ <p>会社の規定で、配偶者の私も語学学校に通えることになった。</p><p>それは英語ではなく、スペイン語であったからである。</p><br><p>場所は主人の会社の横のビルの大手語学学校に通うことになった。夫が11:30～13:00、私が13:00～15:10まで行った。</p><p>先生が何人かローテーションのプライベートレッスンで、男性教師が多かった。</p><p>とにかく話さなければならないので、大変だったが、個人的に語学は好きだったので、とても楽しんで通っていました。</p><p>週末もせっかくの新婚の東京ライフなのに、語学学校に通いました。</p><br><p>夫の仕事は朝から深夜まで及び、語学があったため、昼食をとる時間はたったの５分。</p><p>この頃私は昼食のおむすび（中におかずを入れる）、夜食のお弁当を持たせていました。</p><p>夫はかなり大変だったと思います。</p><br><p>それに平行して、チリの歯医者はあまり上手ではないので、もしものために親知らずを抜いたほうがいいとのことで、同じビルにある歯医者で親知らずを３本抜きました。短い期間に抜くので大変でしたが、まだ見ぬ土地での苦労を考えればやらざるを得ませんでした。</p><br><p>この学校に通ったのは、夫の赴任までの約２ヶ月でしたが、私はその２ヶ月後に渡航することになったので、</p><p>赴任後は実家の地方にある支店の学校に通いました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/chilecafe/entry-10099341726.html</link>
<pubDate>Fri, 23 May 2008 12:08:37 +0900</pubDate>
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