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<title>chinomuchiのブログ</title>
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<description>ただの日記</description>
<language>ja</language>
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<title>長者窮児</title>
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<![CDATA[ <p>本日、習っている会派の合氣道の指導員に再任命された。</p><p>感慨無量。</p><p>&nbsp;</p><p>-------------</p><p>長者窮子</p><p>&nbsp;</p><p>白隠禅師の和賛に、「長者の家の子となりて、貧里に迷うに異ならず」</p><p>というのがあるが、そのもとは法華経の長者窮子の例えである。</p><p>&nbsp;</p><p>インドである跡取りのない長者が、生き別れになった息子を探すのだが、</p><p>なかなかわからない。ある日その息子がたまたま郷里に帰ってきて、</p><p>自分の父の家と知らず、長者の家の庭に訪れた。息子は長者を自分の父とは氣がつかず、</p><p>こんなところにいたら大変な目に合うとそこから去る。父は息子の姿を見つけ、</p><p>使いをやるが、息子はなにか奴隷のようにこき使われるのではないかと恐れて、戻ってこない。</p><p>そこで父は自分が父とは名乗らず、また使いを出して、くず拾いだかトイレ掃除だか</p><p>卑しい仕事を与えることとした。息子は卑しい仕事なので安心してその職に就く。</p><p>父はときどき仕事場に顏を出し、だんだんに息子が慣れるように仕向けて行って、</p><p>だんだんに近しくなっていく。そして今わの際に、お前は私の息子である。</p><p>全財産をお前に譲ると言ってなくなる。（当時のインドでは、相続者がいないで亡くなると王が財産をすべて没収してしまったそうである。）</p><p>息子は「ああ、自分は努力したわけではないのに、いつの間にか財産が手に入った。」と慨嘆するのである。</p><p>&nbsp;</p><p>わしは前半生、本当に自暴自棄に生きてきた。</p><p>ただただ、自己の理想像と現実のみじめさのギャップに苦しみ、飯を食い、くそをひり、</p><p>酒をかっくらい、マスをかいて、無為に日々を過ごしてきた。</p><p>わしの習っている武道では、プラスの人生を闊歩せよと教えるが、</p><p>真逆にマイナスが好きなのでマイナスの人生を歩みますという見本であった。</p><p>三十代前半で、うつ病と診断され、酔っぱらって線路に落ちたり、酔っぱらって救急車で運ばれて病院でくそを漏らしたりしていた。</p><p>いつ酔って死んでもおかしくなかった。死ななくてもほっとけばいまごろホームレスになっていたかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>合氣道の先生には、ずいぶん心配をかけた。</p><p>本当に先生はわしが幸せな人生を送るように氣を送ってくださっていたのだと思う。</p><p>先生はガンになられ、手術後復帰されたが、しばらくして稽古中にがんの再発を告白された。</p><p>その時、「もちろん直すつもりだ。だけど万一ということもある。本当に氣のことを知りたかったら、残りの稽古に全部出なさい。」</p><p>とおっしゃった。わしは、全部出た。と言っても３、４回だ。</p><p>平日の午前中の稽古が１回あって、職場に病院に行くから午前半休にしますと嘘を言って出た。</p><p>その３、４回の稽古の次の稽古に出ようと思ったら、先生が亡くなったとの連絡があった。</p><p>&nbsp;</p><p>その後もわしは、マイナスの人生を闊歩していたが、転機が訪れた。</p><p>どうにもならないから、仕事を辞めて、巡礼の旅に出た。</p><p>東京から歩いて四国まで行って（１回くじけて戻ったが）、八十八カ所遍路をして、</p><p>その勢いで、高野山、熊野三山、伊勢神宮を徒歩で巡礼した。</p><p>その後仕事復帰するまでの間に、禊修行や、本部の世界中から人が集まる合宿に参加したりした。</p><p>その後は、盛大な人生とは行かないが、人並みにまともですね。くらいの人生を歩めるようになった。</p><p>きちんと仕事をする。責任は果たす。家族を持つまでなった。その５か月ほどの間に人生の方向がプラスに変化した。</p><p>&nbsp;</p><p>わしは、自分の意志でやったことだと思っていたが、あとから思い返せば、</p><p>先生が彼岸から、「ここまでひどいやつとは思わなかった、ちょっと荒療治が必要だな。」</p><p>とやらせたことに違いないと思う。</p><p>また、山陰にきて素晴らしい先生に指導を受ける機会を得て、指導員としてやっていかせていただける。</p><p>仕事も自分の能力を最大限活かせるだろう職に代わることが決まった。</p><p>「ああ、自分は努力したわけではないのに、いつの間にか幸福が手に入った。」</p><p>これからは使命を果たすべく生きていきます。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12329803132.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Nov 2017 01:24:07 +0900</pubDate>
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<title>転職活動</title>
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<![CDATA[ <p>転職活動をはじめて、９社応募して、６社は書類落ち、１社は面接して不採用。</p><p>残り２社で今日１社面接、明後日１社会社訪問予定である。</p><p>今日の面接は初めて感触がよかった。こちらの会社に対する印象もよかった。</p><p>少し安堵。もしこのまま決まって、フルタイムで就職してしまうと、合氣道半玄人的な生き方は遠のくが、</p><p>やっぱり、自分の能力を発揮して世の中に活かすには、これまで長く経験した仕事とつながっていたほうがいいと思う。</p><p>それでいいのだという感じがしました。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は昼に偶然、県の定住を促している仕事をしている方と会った。</p><p>引っ越しするにあたって、何か相談なりしなきゃと思っていたのだが、</p><p>ちょっと後ろぐらい感じがして、誰にも連絡していないので、氣まずいなと思ったけど、</p><p>まあよかった。</p><p>縁は不思議なようで不思議でない。偶然は偶然のようでもあり必然のようでもある。</p><p>&nbsp;</p><p>------------</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12328137121.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Nov 2017 22:05:53 +0900</pubDate>
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<title>無題</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>名言</p><p>&nbsp;</p><p>「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させなさい。」</p><p>&nbsp;</p><p>釈尊の最期の言葉</p><p>&nbsp;</p><p>この世のなかで変化しないものはない。</p><p>いつまでもこうあってほしいと思ってもそうはいかない。</p><p>永遠に若くありたいと思っても、年をとり、時に病にかかり、いつかは死ぬ。</p><p>&nbsp;</p><p>-----</p><p>近況</p><p>&nbsp;</p><p>変化している</p><p>&nbsp;</p><p>車を買い替える。11月3日に納車予定。11月3日に今乗っている車の車検がきれるので、ギリギリだ。</p><p>&nbsp;</p><p>引っ越しを予定している。妻の家や庭の不満、雪が大変、地元に氣のあう人がほとんどいない、妻の友人が自分の近所の家を紹介してくれて、そこに引っ越したい。</p><p>&nbsp;</p><p>転職活動中である。</p><p>里にひっこすことを会社に行ったら、通勤無理だから、会社辞めなさいとのこと。引っ越し先の大家さんはほぼ受け入れてくれそうなのだけど、さすがに無収入ではだめなので、１５年ぶりくらいに転職活動をしている。まず東京で働いていた時の上司に、リモートで仕事させてもらえんかとダメ元で連絡を取ってみたが、けんもホロロに断られ、それからようやく普通の就職活動をして、まだ10日ほどだけど、思いのほか苦戦中。９社ほどエントリしていまのところ面接してくれたのが１社。でも面接ではミスマッチでだめそうだった。以降採用活動を進めますの連絡がきたのが1社、応募書類を送ったばかりでまだどうかわからんのが1社。他の6社は全部ダメ。書類審査で断られたのが2社。審査中の返事がきて以降1週間なしのつぶてが1社。全く反応しが３社。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそもわしはサラリーマンとしてやっていくのがいいのかどうか。</p><p>お前は氣の修行に専念し、なおかつ、この地域に氣の教えを広めよという天地の心ではないかという感じがしてならないが、妻子も自分も養えないではつまらないし、そもそも引っ越しができぬので、今首がつながってる2社については、どちらかに就職するつもりで活動を進めよう。</p><p>&nbsp;</p><p>合氣道では、私の担当の大人クラスの参加者で、師範に内緒で参加してもらっていた方がいたのだが、隠し続けて後でばれた時にまずいと思い、師範に白状した。大きくは、以後このことのないようにという注意のみだったが１件会費について変更するように申し渡された。、chinomuchiの担当稽古は、普及のために安い会費でやらせていたが、人数が増えてきたので安売りしてはいけない。ということで会費をあげることになった。たしかに先生のおっしゃる通りで、先生がたを安売りするようなもの出し、伝えるほうもこの金額ならこの程度でもいいだろうと、だらしなくなってしまいがちだ。</p><p>一人の方から、その会費では来られませんという連絡があった。時間あたりで考えると妥当と思われる金額の会費なのだが、</p><p>教室としてトータルでみるとかなりの金額になるし、他の先生にも習っているという方もいて、足し合わせるとちょっと払えないということになるだろう。致し方ない。</p><p>師範は「本当に道を求める方なら相応の金額を払ってでもやるし、安いからやってみようなどという人間は離れていく」とおっしゃっていたが、まさにその通りであるとも思うが、自分の稽古はこの金額に見合わないと判断されたということでもあり、なかなか厳しいのである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12324844696.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Nov 2017 01:49:05 +0900</pubDate>
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<title>ライカカード</title>
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<![CDATA[ <p>9/27か28の朝こんな夢を見た</p><p>&nbsp;</p><p>どこか古い鉄筋の建物のロビーに居て、人が10人程度集まってきた。（夢の中の設定では）知っている人がいて、「ライカカード持ってる？」とわしに聞いて来た。「持ってませんよ」と答えた。</p><p>&nbsp;</p><p>落語の高座が用意してあって、観客席には客が集まっているが、落語家の姿が見えない。わしは、しめた！と思って、すっと高座に上がり、</p><p>落語を一席はじめようとしたところで、車の音がして、ばれたらやばいと思って逃げて玄関に出た。するとわしの車の周りに葬儀の受付の準備の折りたたみ机が出してあって、白い布をかけているところだ。わしのくるまにも白い布がかかっている。名前の知られた落語家が亡くなって、弟子や一門が告別式の準備をしているのだった。わしは、帰れなくなる。やばい。と思って、準備している人に車を出してくれるように頼んだら、あっさり出してくれた。</p><p>そこへ、トリニティさん（女性、仮名）が別の女性と二人で通りがかり、「ライカカード持ってる？」と聞いてきたので、わしは「持ってないよ。持ってたらいいことあるの？」と聞き返した。トリニティさんは「よくわかんないけど、わたしのようだったらメリットあるみたいよ」と答えた。</p><p>わしは、パナソニックのデジカメのＬＵＭＩＸのレンズがライカだったので、その関係のカードかなと思っていた。スマホを持たずに、コンパクトデジカメを使っているような人間には有用なカードなのだろうと類推した。</p><p>さきほど落語家の一門が出してくれた机（元は車だったが、夢の中では机にすり替わっている）の上に包みがあって、開けてみると葛餅のような皮で餡をくるんだまん丸いピンポン大の饅頭のようなもの入っていた。それを見てトリニティさんは「わー、チノムチさんいいなー」といった。わしは、そんならあげてもいいなと思ったが、きれいで美味しそうなので惜しくもあり、まごまごしてあげなかった。、後ろのわしの机を見るとめろんぱんのでかいやつみたいなお菓子があった。</p><p>&nbsp;</p><p>-------</p><p>夢はここまで。</p><p>起きた後、わしは、どうにも葬式絡みの夢で、トリニティさんが出てきたのを不吉に思った。</p><p>トリニティさんは、わしの東京時代の友人で、わしが2年前、東京から島根に越してくるより少し前にガンの発症を告白して（発症はもっと前だがどれくらいか忘れた）、その病を克服しようとしていた。最後に会ったときは、ガン自体の進行は止まっていたそうだが、食欲がないらしく、やせ細って、控室で寝ながら演武会に参加しているような状態だった。わたしは分かれるときに、控室にひいた布団で寝ている彼女に、「生きろ」と言ったのを覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>それから年賀状は送っているが、それ以外の連絡は取っていなかった。1年目は薄墨で書かれた返事が来たが、今年は返事が来ていない。2年前は、現代医学の治療を放棄して独自のやり方で克服しようとされていたが、別の友人から、ここ最近は入院して、現代医学による治療に専念していると聞いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>夢をみた翌日、彼女に思い切って連絡を取ってみた。</p><p>携帯の連絡先を見ると、電話番号が入ってなくてメールアドレスだけだったので、メールを打ってみた。かといって、書くことなどないので、年賀状にも書いたであろう簡単な近況報告をしてみた。</p><p>その夜、返事が返ってきた。彼女が生きているということに安心しつつも、その病状報告を読み、あまりに氣の毒で涙を禁じえなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>---------------</p><p>私に特別な能力があるわけではないが、なにか「ライカカード」や饅頭に意味があるような感じがしてならない。</p><p>あのまんじゅうは生命のまんじゅうではなかったか。</p><p>ライカカードを口にした男性は、現実世界では知らない人のような氣もするが、トリニティの彼氏だったようにも思う。</p><p>&nbsp;</p><p>わしは、なにか彼女を応援したいのだが、1日に一通の他愛ないメールを送ることと、よくなるように念を送ることくらいしか思いつかなかった。</p><p>彼女は合氣道で同じ師範の門で稽古した道友である。師範は10年前に亡くなったが、亡くなったあとも冥界からわたしたちを導いている節がある。師匠の死後、弟子は皆、それぞれ道は分かれたし、全員が幸福な人生を送っているというほどではないとしても、それぞれにそれなりの道を歩んでいるような感じがする。ただ一人彼女だけが、不幸を一手に引き受けているようで、不思議でもあり不憫である。</p><p>&nbsp;</p><p>-----------</p><p>もしかしたら師匠は彼女にこういうシナリオを用意していて、</p><p>いま不幸に見えるのではないか、という妄想をしてみた。</p><p>&nbsp;</p><p>彼女は未婚であるが、夢でライカカードを持っていたもう一人の男（現実世界にいるほうの場合）との結婚願望を持っていたと思う。</p><p>彼はどういう理由か不明だが、彼女と結婚しようとしない。</p><p>&nbsp;</p><p>その男が突然婚約を彼女に申し込む。おめかしして写真とって、牧師さんか神主さんの前で婚約を誓うくらいのことしかできまい。</p><p>日どりを決めても退院できないかもしれない。</p><p>それでも希望があれば、免疫力が上がるだろう。</p><p>結婚式まで生き延びても、それでガクッと来ては意味がないので、</p><p>さらに次は新婚旅行だと希望を引き延ばすのだ。</p><p>ライカカードは。「来夏結婚しますカード」だ。</p><p>&nbsp;</p><p>わしは彼に婚約を申し込めと言いに連絡しようかとも思ったが、勇氣がなく、連絡せずにいる。</p><p>いくらシナリオがよくても役者がその通りに演じなければ、意味がない。</p><p>&nbsp;</p><p>－－－－－－</p><p>以下さらにもうぞう</p><p>ただただ人間は天地の法則に従って生きよ。法を拠り所とせよ。</p><p>そこに我が入ってアドリブをすると、天地の作った大円団のシナリオが崩れて、不幸になる。</p><p>天地はまた智慧をしぼって大円団のシナリオに書き直してくれるが、またその通りに演じられない。</p><p>その繰り返しが不幸のもとではないだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>いかさらにとちくるったことを書く</p><p>あのガンというやつは、特に女性の乳癌とか子宮に出るのとかは、</p><p>子どもの霊ではなかろうか？この母から出てくるつもりで、</p><p>先走ってやってくるが、どうもその兆しがないので、霊が</p><p>腐ってガン化するのではないか？だいたい乳癌はセックスレスの</p><p>夫婦の奥さんがかかりやすいとか聞いたことがある。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12315789099.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Oct 2017 23:50:53 +0900</pubDate>
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<title>期限切れドレッシングとかの処分＿平和なときの平和論</title>
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<![CDATA[ <p>9/7(木）</p><p>商品の準備と、賞味期限切れ返品の液体の商品（ドレッシングとか）を</p><p>処分した。ゴミ袋に新聞をいれてじょぼじょぼ流すが、新聞が足りずに</p><p>たっぷんたっぷんになりました。</p><p>会社は今年11月か来年11月にやめようというか辞めざるを得ないと</p><p>思うのだけど、なんか来年の話とかされてどうしようという感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>-------------</p><p>名言</p><p>&nbsp;</p><p>「平和な時の平和論」</p><p>&nbsp;</p><p>山本夏彦さんが、内村鑑三の言葉としてしばしば引用しているが、</p><p>ほぼ夏彦さんの言葉。よく知らんけど内村鑑三の書いているものは夏彦さんの言い分とはニュアンスが違うらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>「平和な時に平和論を唱えるのは勇気がいるようにみえますから皆さん言いますが実はちっともいりません。</p><p>勇気は戦争になってから平和論を唱えるほうにいります。言えば袋だたきにされます、うしろに手が回ります、それでも言いはると牢屋に入れられます。このとき袋だたきにするのは、ほかでもないあの平和なときに平和論を唱えた者どもです。」</p><p>&nbsp;</p><p>アントニオ猪木の訪朝がたたかれているらしいね。</p><p>そのうちわしもたたくほうに回るのかもしれんが、</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12308721230.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Sep 2017 00:57:48 +0900</pubDate>
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<title>米長が運がいい件</title>
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<![CDATA[ <p>9/6（水）</p><p>エゴマ粉末の殺菌をした。</p><p>わしが怠けものなのと子どもがいうことを聞かんで</p><p>かみさんがきれてる。取り付く島なし</p><p>&nbsp;</p><p>-------</p><p>米長邦夫が運がいい件</p><p>&nbsp;</p><p>故米長邦夫永世棋聖はつくづく運がいいと思う。</p><p>運の研究をしただけはあると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>実績から言えば、米長はライバルの中原誠十六世名人にはるかに及ばない。</p><p>しかし、米長は史上最年長名人で、正式な称号は永世棋聖だ。</p><p>単に、棋聖より上位のタイトルの永世称号を持ってないだけなのだが、将棋界を知らん人が見たら最高位と勘違いされる称号だろう。将棋連盟の会長も中原よりずっと長く務めた。引退後ではあるものの、はじめて公にプロ棋士として強くなったコンピュータ将棋とまともに対戦して話題にもなった。初手６ニ玉など、後々の世に、阪田三吉の南禅寺、天竜寺の戦いの初手端歩突きのように、語り継がれる可能性だってある。</p><p>&nbsp;</p><p>史上最年長名人と言っても、５０歳で１期だけ名人になったである。</p><p>２位は大山康晴十五世名人で、４９歳だから僅差である。しかも大山はそれまで１３連覇通算２０期名人にあって失冠した時が４９歳。だから、</p><p>大山の４９歳のほうが、米長の５０歳より断然内容が濃い。</p><p>５０歳で名人になったときも、若手を先生と呼んで教わったりして大変努力していたが（そのような姿勢が運を育てる、勝負の女神に好かれるのだそうだ）、対戦相手の中原が弱くなっていたのも大きいと思う。米長が名人になった前年度の名人戦は、中原が高橋道雄に一勝三敗のカド番に追い込まれながら、大逆転したのだ。逆転したのはさすがだが、本当のところの実力は1勝3敗が確かではないか。そのころの中原は棋士仲間から強さを信用されていなかった。飛車を中段の真ん中へんに繰り出して、左右の桂馬をはねだすような将棋を指していたが、名人の採用している戦法にもかかわらず、誰も真似をしなかった。あれは中原さんにしか指せないといわれていた。</p><p>中原の指し手に、いくら中原先生でも強引すぎだよ、と若手が評しているのも見たことがある。</p><p>しかも米長が名人になった次の期の順位戦ではＡ級に上ってきたばかりの羽生が挑戦者になって、そのまま名人になっている。本当に最後のチャンスをものにしたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>永世棋聖について最高と勘違いされると上に書いたが</p><p>棋聖のタイトルができた時からの因縁でいえば、この”棋聖”の名前にはまさに、”名人の上”の意味が込められている。</p><p>そもそも棋聖戦は、産経の社長だか将棋の担当者だか忘れたが、升田幸三（仇敵朝日新聞の人間だが）に惚れて、升田に”名人の上”の称号である”棋聖”を名乗ってほしくてこのタイトルを創設したのである。結局升田は棋聖を獲得できなかったが。。</p><p>永世棋聖称号の資格は棋聖５期獲得で得られるが、棋聖戦は以前は半年に１回行われていたので、最短２年半で永世称号の資格が得られた。最盛期の勢いで、比較的獲得しやすかったと思われる。<br>&nbsp;</p><p>ガンで６９歳で亡くなったことすら、わしは運が良いと思った。</p><p>短命ではないかと思われるかもしれないが、６９歳は名人に因縁のある年齢なのである。</p><p>不世出の大名人と呼ばれる大山１５世名人は６９歳でなくなっている。</p><p>小野五平１２世名人が就位したのは６９歳（ただし数え）。</p><p>関根金次郎１３世名人が引退したのも６９歳（これも数え）だ。</p><p>６９歳は名人に因縁のある年齢なのである。</p><p>６９歳で死んだということは、つまり米長はたった１期しか獲得していないにもかかわらず、名人として死んだのである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12308411622.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Sep 2017 00:09:54 +0900</pubDate>
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<title>カツカレー_朝日新聞に囲碁将棋名人戦が並んでいるのが嫌</title>
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<![CDATA[ <p>9/5(火）</p><p>えごま油搾りかすをミキサーで粉末にした。</p><p>弁当がなかったので、定植やでカツカレーを食べた。</p><p>昨日痛めた左胸筋がまだ痛い</p><p>&nbsp;</p><p>------------</p><p>名言はネタが尽きてきたのでちがうことを書こう。</p><p>&nbsp;</p><p>新聞の囲碁将棋欄について</p><p>&nbsp;</p><p>かねがね思っていること。</p><p>朝日新聞の囲碁将棋欄に”名人戦”が並んでいるのがとても嫌な感じがする。</p><p>朝日は囲碁将棋の自前のビッグタイトルを作ったことがない。</p><p>将棋名人戦は昭和10年に創設され、最初、毎日新聞が主催した。</p><p>戦後契約金の問題で、朝日に移った。</p><p>名人戦観戦記者として名前の知られた作家の倉島竹次郎さんによると、はじめ名人戦がうつったと聞いて、毎日から読売に移ったのだろうと思ったそうだ。朝日は当時、将棋にそんなに興味があるように見えず、読売は九段戦を主催しているし、戦前、名人戦が始まる以前は、</p><p>読売が囲碁将棋欄に力をいれていて、最も充実していたとのことだった。</p><p>しかし、よくよく考えたら、朝日は阪田三吉、神田辰之助、升田幸三を</p><p>抱えたり嘱託にしたりして、将棋に興味がないわけではなかった。</p><p>自前の棋戦を作っても、”名人”に見劣りがするから作らなかったのだった。と感想を述べられている。</p><p>なるほど、朝日はブランド志向というか権威主義というか、自分が一番でないと氣が済まないのだ。</p><p>昭和の50年代だったか、囲碁名人戦が読売から朝日に変わったときに、契約金でもめて、将棋名人戦の主催は朝日から再度毎日に移った。大山十五世名人（元毎日嘱託で大の毎日好き）サイドの話では、連盟から朝日に、囲碁の名人戦と同等の待遇にしてくれと要求したが、思うようにあげてもらえなかったので契約を打ち切って、あらためて毎日と交渉した。とのこと。朝日サイドというか東公平さんの升田幸三伝によると、連盟の要求を朝日が飲んだら、連盟がいきなりさらに3倍の契約額を要求してきた。交渉してなんとか契約金の折り合いが付きそうになったが、いきなり連盟側から交渉うちきりを言ってきたとのこと。</p><p>時代は平成になって米長将棋連盟会長時代に、また将棋名人戦を朝日主催にしようと計画があった。将棋連盟の経営状態が悪いので、屋台骨の名人戦は経営に不安のある毎日ではなく、朝日にやってもらったほうが、安定的にお金が取れるということだったのだと思う。米長は大山名人（毎日派）が嫌いで升田九段（朝日派）が大好きだったから遺恨試合という面もあると思う。ただし、棋士の間にいままで将棋に力を入れてきた毎日に不義理ではないかという声が多く、結局、将棋名人戦は朝日毎日共催となって現在に至る。</p><p>朝日は囲碁将棋欄両方とも、めでたく”名人戦”となって、さぞかし</p><p>うれしかったろう。その顔を想像するだに、腹が立つ。</p><p>&nbsp;</p><p>朝日と対照的なのが読売だ。ナベツネ氏は嫌いだが、読売新聞の囲碁将棋、それと関係ないけどプロ野球に対する貢献と態度は立派だと思う。プロ野球でいえば、巨人ばかり得するようになっていて、読売はずるいという向きもあるかもしれないが、プロ野球草創期は野球といえば大学野球だ早慶戦だという時代で、職業野球？Ｗｈａｔ？というところから、プロ野球界と巨人を育てて今があるのだから大したものだ。ＴＢＳが横浜主催の巨人戦放送権が欲しいために横浜を買ったが、プロ野球人氣自体に翳りが出てきたタイミングだったので、おおこけしてすぐ手放したのとは大違いだ。横浜を育てて人氣球団にしようという氣概が微塵もないのが情けなかった。</p><p>読売は、戦前は囲碁将棋でも囲碁は呉清源の十番碁を企画したり、将棋は長年東京棋界と絶縁状態にあった阪田三吉をひっぱりだして、木村義男、花田長太郎と対戦を組んだりしたし、棋欄も他紙より大きく、観戦記も他が手の解説のみであるものを、読み物として成立するような立派なものであったらしい。</p><p>戦後も囲碁名人戦を朝日に取られたら、</p><p>名人戦を上回る契約金をだして、”棋聖戦”を創設したし、</p><p>将棋でも、長年主催した、九段、十段を発展させて、こちらも</p><p>名人戦よりもお金を出して、”竜王戦”を創った。</p><p>いくら札束を出しても、歴史を考えれば、”名人”がはるかに格上だよという人もあるが、その格上の”名人”に挑戦してやろうという氣概は素晴らしいと思うし、棋士にとっても囲碁将棋界の発展にとってもプラスに働いているだろう。いまでは　囲碁の”棋聖”、将棋の”竜王”とも最高の格の棋戦として定着している。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12308097171.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Sep 2017 00:24:46 +0900</pubDate>
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<title>年‗師弟は永世</title>
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<![CDATA[ <p>9/1(金）</p><p>鎌による除草と商品準備が半々</p><p>&nbsp;</p><p>9/2(土）</p><p>機械の掃除と事務作業をした。</p><p>かみさんから、</p><p>夜出かけるので、ご飯は外で食べてと</p><p>メールがあったので、</p><p>大阪王将で、王将セットとノンアルコールビールを飲んだ。</p><p>さらに温泉に入った。</p><p>&nbsp;</p><p>9/3(日）</p><p>地区の運動会あり。綱引きで出た。</p><p>腕の内側の付け根が筋肉痛</p><p>&nbsp;</p><p>9/4(月）</p><p>だいたい鎌による除草</p><p>夜子供に乗られて、筋肉痛の箇所がぴきってなって</p><p>激痛走る。寝違えた感じ。</p><p>すじ痛めたか。年だ</p><p>&nbsp;</p><p>―――――――――――</p><p>名言</p><p>「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世、師弟は永世」</p><p>（”師弟は七世”とも言う）</p><p>&nbsp;</p><p>誰の言葉か知らんが、中村天風先生の本を読んでいたら出てきた。</p><p>師匠と弟子の縁はそれだけ深いものがあること言うことらしい。</p><p>私は、師匠には恵まれすぎるほど恵まれているが、</p><p>面倒くさがりでどうしょうもない。</p><p>それにしても親子は今生限りか。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12307773765.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Sep 2017 23:49:40 +0900</pubDate>
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<title>もはや子というより孫的な溺愛＿木鶏</title>
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<![CDATA[ <p>8/29(火）</p><p>作業場の掃除をした</p><p>&nbsp;</p><p>8/30(水）</p><p>子どものラジオ体操最終日。</p><p>下の子（2歳）もお姉ちゃん手作りのラジオ体操カードを持って</p><p>参加していたのだけど、ラジオ体操の歌唄ったり、</p><p>真似っこで体操してるのは超かわいい。</p><p>&nbsp;</p><p>仕事は有機ＪＡＳの審査があって、午前中書類の確認で、</p><p>午後から加工場と圃場を回った。</p><p>機械置き場視察のとき上司が電話でいなくなって、有機協会の人になんも説明できんかった。</p><p>&nbsp;</p><p>8/31（木）</p><p>今日から娘は新学期。スピーチするらしい。<br>唐辛子の粉砕をして、50分だけ畑の草刈りをした。手鎌。</p><p>自治会の先輩が腰が痛いだかで、指圧の真似事をさせていただいた。</p><p>礼にとメロンとマスカットをいただいた。</p><p>&nbsp;</p><p>最近下の子が、「きょうはとうちゃんとねる」と夕方言ってきてかわいいのだが、本当になるときなると「かあちゃん、かあちゃん」となって、</p><p>とうちゃんと寝てくれたためしがない。</p><p>今日は、指圧の真似事をしに出かけるときに、下の子が「いっちょにいくー」といって泣いて分かれた。</p><p>&nbsp;</p><p>――――――――――――</p><p>名言</p><p>「ワレイマダモツケイタリエズ」（我未だ木鶏たりえず）</p><p>双葉山定次</p><p>&nbsp;</p><p>69連勝後、70戦目に安芸ノ海に敗れた時に、</p><p>精神面で師事していた安岡正篤に打った電報の文面。</p><p>木鶏のたとえも安岡に教わったそうな。</p><p>名人が闘鶏を育てていて、まだまだと言い続けて、</p><p>最後、木彫りの鶏のように微動だにしないまでに育てて、</p><p>氣が充実して完成したよ。といった話だと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>安芸ノ海は双葉山に勝って、さぞ褒められるかと思ったら、</p><p>親方から、勝って騒がれるより負けて騒がれる力士になれと</p><p>言われたそうな。</p><p>イチローが年間200本打てなくなったころ、この話をよく思い出してた。</p><p>200本打たなかったことがニュースになるのはイチローくらいなものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12306548126.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Sep 2017 00:03:58 +0900</pubDate>
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<title>歩き方＿思いてまなばざればすなわち</title>
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<![CDATA[ <p>8/23(水)</p><p>特に記憶がない。</p><p>多分唐辛子製品を作ってた。</p><p>乾燥施設の片づけもしたと思う</p><p>&nbsp;</p><p>8/24(木）</p><p>乾燥施設の片づけをした。</p><p>16時に早退して、踊りのチームでお祭りに参加した。</p><p>お面をつけた簡単な踊りだ。</p><p>19時30分くらいから23時過ぎまでかかった。</p><p>へろへろ</p><p>&nbsp;</p><p>8/25(金）</p><p>乾燥施設の片づけなどをしたと思う。</p><p>お祭りの打ち上げがあった。</p><p>特に楽しくなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>8/26(土）</p><p>かみさんが朝から夜まで映画会の手伝いなので、</p><p>子守しつつ子ども会の空き缶回収。その後子ども会のバーベキュー。</p><p>&nbsp;</p><p>8/27(日）</p><p>合氣道の支部の合宿に途中参加のため、</p><p>3時半に起きて、３時50分に出発。</p><p>6時半につく予定が、5時半ころ到着して、もてあます。</p><p>坐禅、立ち居振る舞い、歩き方の稽古などをした。</p><p>内容は書けないが、非常にためになった。</p><p>日常での実行が大事だということ。</p><p>&nbsp;</p><p>8/28(月）</p><p>資材と商品の棚卸をした。</p><p>&nbsp;</p><p>------</p><p>名言</p><p>学びて思わざればすなわくらし、思いて学ばざればすなわちあやうし。</p><p>&nbsp;</p><p>論語らしい。解説はしない。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/chinomuchi/entry-12305625280.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Aug 2017 23:42:03 +0900</pubDate>
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