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<title>ココナッツ日和</title>
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<description>エッセイ「アロハスタイル」春光堂にて販売中</description>
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<title>愛らしさ100%のクロンボコケシ。</title>
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<![CDATA[ 　クロンボコケシを最初に見たのは、中学校の卒業旅行で江ノ島に行ったときだ。<br><br>江ノ島の橋のあたりで商店街を背景にしたモノクロ写真が残っているから、たぶん間違いないと思う。<br><br>修学旅行の自由時間に商店街をブラブラしていたとき、小さな貝殻から顔を出しているクロンボが目に止まった。<br><br>まん丸な黒い顔にまん丸な目。<br><br>唇だけが紅く，頭にバンダナのようなものを巻いていた。<br><br>「う〜ん可愛いクロンボちゃん」。<br><br>よく見ると、耳に大きな輪のようなイヤリングをつけている。<br><br>僕は顔が面長だからか，女性は丸顔が好みである。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/c8/5d/j/o1681120113762048986.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/c8/5d/j/t02200157_1681120113762048986.jpg" alt="" border="0"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/09/ae/j/o1481127313762048985.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/09/ae/j/t02200189_1481127313762048985.jpg" alt="" border="0"></a><br><br> クロンボコケシは，典型的な丸顔。恋人にしたいくらいである。<br><br>僕は周りに友達がいないのを確かめて、クロンボコケシをこっそり二体買った。<br><br>男の子がコケシを買うのは恥ずかしい。<br><br>クロンボコケシを買ったことが友達にバレないよう素早くリックに入れた。<br><br><br>　成人になって。<br><br>確か38歳の秋。<br><br>明治公園のフリーマーケットで偶然クロンボコケシがビニール・シートに並べられているのを見つけた。<br><br>瞬時に懐かしい中学時代の修学旅行が蘇った。<br><br>でもよく眺めると，シートに並べられているクロンボコケシには貝がついてなかった。<br><br>僕はクロンボコケシを売っている若い男性に訊いてみた。<br><br>「貝殻がついているクロンボコケシはないの？」と。<br><br>すると彼は「貝がついているクロンボコケシは数が少なく，ほとんどのクロンボには貝はついていません」とのことだった。<br><br>まあ別に貝があろうとなかろうと、クロンボコケシが可愛いらしいことに変わりはないのだから買っておこう。<br><br>それで、彼に値段を訊いた。<br><br>クロンボコケシは一体が500円。<br><br>さらに「いくつかまとめてお買い上げいただければ、お安くしますよ」と、大胆な発言。僕は迷うことなくシートに並べてあるクロンボコケシをすべて買った。<br><br>すべてといっても10体くらいだが、値段は全部で3000円。<br><br>こんなに安くていいのと、思ったが。僕にとっては安いことはありがたいから「安すぎないか」と言うのは黙っていた。<br><br><br>　10体ほど並んでいたクロンボコケシは、それぞれカタチや大きさ表情が異なり、眺めていてもアキない。<br><br>帽子を被っているコケシ。<br><br>船のような板に乗っているコケシ。<br><br>カップルで仲良く並んでいるモノなどさまざまである。<br><br>下町工場の叔父さんたちの手作りなのか僕にはわからないが。<br><br>この日からクロンボコケシにハマった。<br><br><br>　アメリカのニューメキシコ州サンタフェのフォーク・アートとクロンボコケシはなんだか似ているような気がする。<br><br>なぜ日本で黒人のコケシが生まれたのか，その背景は定かではないが。<br><br>クロンボコケシがもっている素朴さ、可愛らしさ、手にしたときの温かさは、ニューメキシコのフォーク・アート作品と遜色ない。<br><br>僕はクロンボコケシをジャパニーズ・フォーク・アートと認定したい。<br><br>これはブリキのオモチャが，単に子供の遊び道具だけでなく、いまや価値のある骨董品として認められているように。<br><br>できればクロンボコケシもおみやげ品から格上げしてあげたい。<br><br>ブリキの価値は北原照久さんをはじめとするコレクターの方々の功績によるところが大きい。<br><br>昔は骨董屋の薩摩ガラスの横にころがっていたブリキのおもちゃが骨董品として見直されたように。<br><br>クロンボコケシも無名ではあるが日本の職人アート作品として見直されてもいいのではないかと思う。<br><br><br>　10年以上前になるが、新宿三井ビルの広場で行われたフリーマーケットで、ガラスケースに入っているクロンボコケシを見かけたことがある。<br><br>ガラスケースは二箱あり、そのケースの下には大きな風呂敷が敷いてあった。<br><br>クロンボコケシを並べている叔父さんは70歳くらい。<br><br>クロンボコケシだけを並べているのが僕には異様に思えた。<br><br><br>　クロンボコケシはガラスケースに入っているモノや、風呂敷に並べているモノを含め100体ほどあった。<br><br>僕は別の店に用事があり後で寄ろうと思っていたのだが、手間取ってクロンボコケシの出店に行くのが遅れた。<br><br>慌てて叔父さんの出店に向かったが。<br><br>叔父さんはガラスケースを風呂敷に包んでいる。あっという間に風呂敷に包んだガラスケースを両手に下げ，フリーマーケット会場から姿を消してしまった。<br><br>僕はあっけにとられ，ぽか〜んとしながら叔父さんを見送った。<br><br>クロンボコケシだけをなぜ売ろうとしたのか。<br><br>話を訊きたかった。<br><br>また100体ものクロンボコケシをどうやって集めたのかも知りたかった。<br><br>でもその疑問はついに訊くことができなかった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/chinpei2016/entry-12205410232.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Oct 2016 16:40:13 +0900</pubDate>
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<title>イームズさん、鉄パイプの子供椅子はアリですか。</title>
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<![CDATA[ 　椅子は、建築家宮脇檀さんの影響で好きになった。<br><br>宮脇檀さんは建築家としても有名だが、椅子のコレクターとしても有名である。<br><br>僕がある企業の建築PR誌「春夏秋冬」の編集長をしているとき、対談相手になっていただいた。<br><br>以来、ときどきご相談に伺ったりするようになった。<br><br>宮脇さんとは、VANが好きなことや都市生活スタイルが好きなこと。<br><br>植物が好きなこと。テラスが好きなことなど、お互いに共通点が多く、いつお会いしても話が弾んだ。<br><br><br>　なかでも椅子は宮脇さんが大好きな趣味だった。<br><br>シンプルな椅子が好みの宮脇さんは、イームズの椅子も好きだった。<br><br>なぜイームズの椅子がすばらしいかは，宮脇さんから学んだ。椅子だけではない。<br><br><br>宮脇さんからは、都市生活に関しても教えていただいた。<br><br>フランスパンをバックに入れて，電車に乗って家に帰るのは，たとえ丸の内に勤めていても都市生活者ではない。<br><br>都市生活者というのは、都心のアパートの７階に住んでいて，住んでいる近くのパン屋でフランスパンを買い、その場で温かいまま食べる。<br><br>つまりパリジェンヌのように、おいしいパンが，自分が住んでいるエリアの徒歩５分以内にあるのが、都市生活者であると，言っておられた。だから、洗練された都会人になるためには、郊外に流出した人々を都心に呼び戻さなければならないと，力説していた。話が逸れたが，椅子の生活は、都会の生活者の象徴でもある。<br><br><br>　宮脇さんも僕もテーブルには興味がなく、椅子になると目の色が変わる。<br><br>僕がいちばんお気に入りの椅子は、チャールズ・イームーズがデザインして、ハーマンミラー社が製作したアルミナム。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/a1/4f/j/o1753144913762043216.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/a1/4f/j/t02200182_1753144913762043216.jpg" alt="" border="0"></a><br><br>この椅子を初めて見たのはフリーマーケット仲間の山田裕さんの家。<br><br>彼は先祖代々お金持ちで、荻窪に500坪ほどあるクラシックな家に住んでいる。<br><br>謙虚な性格の彼は、自分が裕福であることを自慢したりしない。<br><br>それに感性がすばらしく、ファッションや小物、日用品に至まで、ブランドを身につけているわけではないが豊な感じがした。<br><br>その彼が唯一持っていたブランド品がイームズのアルミナムの椅子である。<br><br>この椅子を彼の部屋で見たとき僕は衝撃を受けた。<br><br>「こんなにすばらしいデザインの椅子が世の中にあるのか！」と，言った驚きである。<br><br>彼も僕同様、この椅子に出会ったとき、芸術的な美しさに感動。<br><br>貯金とボーナス全額を投入して手に入れたのだ。<br><br>たぶん彼が購入した金額は60万円くらいだったと思う。<br><br>僕も欲しかったが、とても椅子一脚に60万円は出せない。<br><br>でもアルミ・ダイキャスト製の完成度が高い椅子は、ずっと僕の心のなかに残っていた。<br><br><br>　彼の部屋で見たイームズの椅子を、偶然渋谷にあるヴィンテージ家具屋のバーゲンで見つけた。<br><br>友人のアルミナムは革張りであったがバーゲン品は布張りである。<br><br>さらに友人の椅子の脚は４脚であったが、こちらは５脚である。<br><br>彼のアルミナムを見たのは、30年も前なので、その間に多少改良されたと思われる。<br><br>バーゲンの椅子の値段は約10万円。<br><br>安くはないが高くもない。<br><br>でも予算的に僕は８万円が限度だった。<br><br>そこで店のオーナーに交渉。なんとか85000円に負けていただいた。<br><br>嬉しくて椅子の周りでインデアン・ダンスをして奇声を挙あげた。<br><br>さらに朝から夜まで毎日椅子に座って１カ月。<br><br>「さよならみゆき族」というタイトルの中編小説を書き上げた。<br><br>いまは何脚か椅子を所有しているが、やはりアルミナムが僕の椅子の最高峰。<br><br>もし地震がきたらアルミナムを持って避難するつもりでいる。<br><br><br>　アルミナムの次に好きな椅子を最近発見した。<br><br>半年ほど前。用事があって甲府市の南，田富のあたりをクルマで通ったとき、子供用の椅子を見かけた。<br><br>店はリサイクル・ショップで、椅子だけでなくオートバイ、自転車、家電製品、家具などいろいろなものが並べられていた。<br><br>僕が見つけた子供用の椅子は、雨ざらしになっていたので合板の椅子が多少色褪せていた。<br><br>布で椅子をきれいに拭くと、背当ての合板に乙女チックな少女マンガのヒロインが描かれていた。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/ad/6b/j/o1649122513762043215.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161001/16/chinpei2016/ad/6b/j/t02200163_1649122513762043215.jpg" alt="" border="0"></a><br><br><br>この椅子のすばらしい所は，スチール製パイプで出来ている脚である。<br><br>脚底が丸い円を描いていて、それが３本のスチールパイプでベニア板の座面の下部に取りつけられている。<br><br>スチールパイプはすっかり錆びて黒っぽい色をしているがこんなに愛らしい椅子を誰が考えたのだろう。<br><br>値段は２脚で5000円。<br><br>イームズのデザインに負けない個性的な椅子なのに、驚くほど安かった。<br>
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<pubDate>Sat, 01 Oct 2016 16:29:30 +0900</pubDate>
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<title>津川雅彦さんからの、ブリキのクルマが泣ける。</title>
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<![CDATA[ 　30代の頃。<br><br>青山にデザイン事務所を構えていた。<br><br>まだ青山通り（246号線）にVANもない時代の話である。<br><br>北青山の交差点の角にホンダの本社が出来て，ツインビルの２階に俳優の津川雅彦さんが、おもちゃの店をオープンした。<br><br>名前は、「グランパパ」じつにおしゃれなネーミングの店である。<br><br>さっそく僕の事務所の女性がグランパパを偵察に行った。<br><br>「あったわよ。社長が好きそうなブリキのおもちゃが」と、我が事務所の女性デザイナーの報告。<br><br>僕はブリキがあると言われ、即「グランパパ」へ直行した。<br><br><br><br>　店には、あの津川雅彦さんが品のよいおばさま方と雑談していた。<br><br>僕は店内をウロウロ。<br><br>そうたくさんブリキのオモチャがあったわけではないが、確かに数十個並べられていた。<br><br>ブリキのクルマを眺めていたら、津川さんが僕のそばに来て、「そのブリキのクルマはドイツ製で，僕のコレクションの一部です」と、説明してくれた。<br><br><br>　「そうか、津川さんのあと僕が所有するのも悪くはないな。それに友達に自慢できる」と、ミーハーな僕は、ドイツ製のブリキのクルマを２台購入した。<br><br>確か一台が２万円ほどしたかな、少々高かったが津川さんがすこしおまけしてくれた。<br><br>嬉しくなって、ブリキのロボットを５個、まとめ買いした。<br><br>ほかの店で買ったら当時8000円はすると思われるロボットが、確か1000円と破格に安かった。<br><br><br>　歓び勇んで事務所に戻ったら、「きゃー、このロボット可愛い」とか言われ、あっと言う間に４個奪われた。<br><br>まったく手が早い社員たちである。<br><br>しかたないから仕事のあと、ロボットを買いに出かけたがすでに完売していた。<br><br>じつに泣ける話である、<br><br><br>　ブリキを集めだしたのは、20代中頃。<br><br>僕の会社のクライアント、富士ゼロックスの宣伝部長が骨董好きで、そのお供で虎ノ門周辺の骨董屋巡りをしたのが、きっかけである。<br><br>骨董には興味がなく、また骨董が買える身分ではなかった。<br><br>でも部長が骨董の良さを説明してくれるから、知識は身についた。<br><br>薩摩焼には表と裏があるとか、丹波焼きと備前焼の違いなどはしだいに識別できるようになった。<br><br><br>だが依然として骨董を買う気にはなれなかった。<br><br>そんなある日店先でブリキのオモチャが転がっているのを見つけた。<br><br>「叔父さん、このブリキいくら？」<br><br>店主に尋ねると、<br><br>「いくらでもいいよ」<br><br>なんて，気楽な対応である。<br><br>「じゃあ、300円でいい」<br><br>と、いうと、<br><br>「いいよ。もうひとつ小さいブリキのクルマはあげるから持って行きな」<br><br>と、まことに気前がいい。<br><br>これは部長が高い骨董を買ったからではなく、ブリキが骨董としての価値がなかったからである。<br><br>まさにブリキおおらか時代で、ブリキはまったく世間に注目されていなかった。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/be/55/j/o0800056213698482624.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/be/55/j/t02200155_0800056213698482624.jpg" alt="" width="220" height="154" border="0"></a><br><br><br>　ブリキが人気を集めだしたのは、「なんでも鑑定団」の北原照久さんの功績が大きい。<br><br>北原照久さんとはイラストレーターの秋山育さんを通じて多少面識はあるのだが。<br><br>昔のことなので僕のことは憶えていないと思う。<br><br>秋山育さんと僕はブリキ友達で、下北沢のカフェSODAPOPのイラストは秋山育さんにお願いした。<br><br>北原照久さんと秋山育さんは知り合いで、北原さんが秋山育さんの事務所を訪ねたとき、ブリキが飾られているのを見て感動。<br><br>そのときから北原さんはブリキのコレクションを始め、あっという間に僕らの何十倍も収集。<br><br>いまや日本一のブリキ・コレクターになった。<br><br><br>　僕はブリキ・コレクターではないから、ろくなものは持っていない。<br><br>津川雅彦さんから譲っていただいたドイツ製のブリキのクルマがいちばん高そうで、あとは安物ばかりである。<br><br>そのドイツ製のブリキのクルマを，度重なる家の引っ越しで一つ紛失してしまった。<br><br>真剣に探せばどこかから出てくる可能性があるのだが、いまのところ見つかっていない。<br><br>なにしろ渋谷の3LDKの住まいから１DKの狭いアパートに越してきたので、いまだにジャンクや雑貨はアパートの９畳間に段ボールで荷積みされたままである。<br><br>３ヶ月ほど前に一度。<br><br>段ボールから取り出してガラスケースに収めたが、面倒なので途中で中断。<br><br>そのまま放置してある。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/56/07/j/o0800044513698482625.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/56/07/j/t02200122_0800044513698482625.jpg" alt="" width="220" height="122" border="0"></a><br><br><br>20代の後半から、ジャンクやヴィンテージを好きになり、気になるものはつい買ってしまう。<br><br>いまやその数、約1000個が1DKのアパートの２階の部屋にころがっている。<br><br>ブリキ収集から始まったヴィンテージ・コレクション。<br><br>甲府市に寄付したいと思っているのだが、「そんなものいりません」と、断られそうなので、どうしたらいいものか迷っている。<br>
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<pubDate>Sat, 16 Jul 2016 09:44:49 +0900</pubDate>
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<title>マグカップで，コーヒーをもう一杯。</title>
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<![CDATA[ 　コーヒー歴60年。<br><br>16歳で喫茶店に入り、まずいコーヒーを飲んだのが最初の出会い。<br><br>白いコーヒー・カップにどす黒い色のコーヒーが出てきたときは驚いた。<br><br>コーヒーの香りがまったく無くひたすら苦かった。<br><br>あまりにも苦いから砂糖を三杯入れて，味を中和させた。<br><br>コーヒー初体験の印象は「どうしようもない飲み物で、二度と飲みたくない最低の飲み物<br>といった印象が強かった。<br><br>だが喫茶店ではコーヒーがいちばん安い。<br><br>僕らの時代、高校生はアルバイトが禁止されていたからお金がない。<br><br>お金がないけど喫茶店に入りたい。<br><br>この矛盾からメニューのなかでいちばん安いコーヒーを頼むことになる。<br><br>喫茶店で女子高生と話ができれば、コーヒーの味なんかどうでもよかった。<br><br>大学生になり、東京の喫茶店に入っても甲府と同じ。<br><br>コーヒーはあいかわらずどす黒く、砂糖を三杯入れなければ飲めないほどメチャメチャまずかった。<br><br><br>　大学２年の頃。<br><br>街にサイフォンで入れるコーヒー専門店が出きた。<br><br>サイフォンの容器の上から長い竹製ヘラでコーヒーをかき混ぜると、香ばしく甘い香りが漂う。<br><br>これが初めて嗅いだコーヒーの香りである。<br><br>店主がオシャレなカップに淹れてくれたコーヒーを、カウンター席でよく飲んだ。<br><br>「うまい！これがコーヒーの本来の味なのだ」と感激した。<br><br>砂糖を一杯だけ入れて飲んでみた。<br><br>ストレートで飲むより，砂糖をスプーンに軽く一杯入れたほうが、コクが出て僕にはおいしく感じられた。<br><br>以来、30年ほど砂糖一杯スタイルが続いた。<br><br><br>　ある日、友人に誘われて渋谷の宮益坂にあるTOPSという名のコーヒー専門店に入った。<br><br>ここのコーヒーは砂糖を入れずにストレートで飲むように、友人から奨められた。<br><br>TOPSのコーヒーは、砂糖を入れる必要がないほど、ストレートでもまろやかだった。<br><br>ブレンド・コーヒーだったが、ストレートでもイケる。<br><br>砂糖を入れないと微妙な味覚まで知ることができた。<br><br>ブレンド・コーヒーは苦みだけでなくほんの少し酸味もあり、舌の裏側に甘さもあることを教えられた。<br><br>僕はTOPSを機に，コーヒーに砂糖を入れず、ストレートで飲むようになった。<br><br><br>　コーヒーは飲むだけでなく、器のコレクションが愉しい。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/38/e1/j/o0800050013698476341.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/38/e1/j/t02200138_0800050013698476341.jpg" alt="" width="220" height="137" border="0"></a><br><br>下北沢でSODA POPというカフェを開いていたとき、店の棚に並べておいたコーヒーの器をいまも大切に持っている。<br><br>そのコーヒー・カップを眺めると下北沢の店の思い出だけでなく，カップを買ったときの旅の記憶が蘇る。<br><br>所有しているコーヒー・カップにブランドものはないが、ほとんどが一点もの。<br><br>ひとつひとつがオリジナリティーに溢れている。<br><br>不思議なことにコーヒー・カップを手に入れたときの情景をいまも憶えている。<br><br>これはハワイのスワップミート、こちらはサンフランシスコのヴィンテージ・ショップといったように。<br><br>でも残念ながら手に入れたときの相手の顔までは思い出せない。<br><br><br>　ときどき興奮するようなコーヒー・カップに出会うことがある。<br><br>ホノルルのアンティーク・ショップで50’年代まで存在したポリネシア・レストラン<br><br>「TRADERVIC’S」<br><br>で使われていたマグカップを見つけたときは嬉しかった。<br><br>すこし大振りの白のマグカップに店のトレードマークになっているハワイアンのふんどし叔父さんのキャラクターが描かれて、じつに可愛らしい。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/72/b0/j/o0800069113698476340.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160716/09/chinpei2016/72/b0/j/t02200190_0800069113698476340.jpg" alt="" width="220" height="190" border="0"></a><br><br><br>３つあったので、すべて買った。<br><br>ひとつはガールフレンドに旅のプレゼント。<br><br>あとの二つは僕が使っている。でもマグカップがあまりにも大きいから、コーヒーが飲みきれないのが欠点。<br><br>いまはマーカー入れになってしまった。<br><br><br>　でも観光みやげ的マグカップは愉しい。<br><br>メキシコならソンブレロ。ハワイといえばフラダンスかサーフィン。<br><br>スペインなら闘牛士。<br><br>大好きなパリは、もちろんエッフェル塔。<br><br>こういった観光名所が描かれているマグカップが昔から好きだ。<br><br>こういったものは一流デパートに行っても買えない。<br><br>僕に観光名所的なマグカップのすばらしさを気づかせてくれたのは、女友達からの海外みやげ。<br><br><br>彼女がアメリカ周遊の旅から帰ってきたとき、「はい、おみやげ」といってアリゾナで買ったサボテン柄マグカップをプレゼントにもらった。<br><br>このマグカップは取手までサボテンでできていて、とっても可愛い。<br><br>一発で気に入った。<br><br>僕は落ち込んでいるとき、このマグカップでコーヒーを飲むと元気がもらえる。<br><br>ありがたいマグカップである。
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<link>https://ameblo.jp/chinpei2016/entry-12181060815.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Jul 2016 09:33:24 +0900</pubDate>
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<title>僕の(un) FASHION。</title>
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<![CDATA[ 　2000年にun FASHIONというタイトルの写真集が出版された。<br><br><br>ニューヨークのアートディレクター、ティボー・カルマンとその妻マイラが世界中の衣装を撮影した本だ。<br><br>僕はこの写真集すべて見た訳ではない。<br><br>ポパイという若者のファッション雑誌でごく一部を見たのだ。<br><br>ポパイによると、un FASHIONは完璧な写真集で、ファッション哲学的な解説はまったくないそうである。<br><br>さらにun FASHIONはファッションを否定する言葉ではなく造語らしい。<br><br><br>　どうやらこの写真集は、ファッションをカルチャーとしてとらえ。<br><br>ファッションのルーツから、ファッションの本質を見直すことにあるのではないかと，自分勝手に解釈する。<br><br><br>　そもそもファッションとは流儀とか流行と言った意味であるが、un FASHIONはそうした観点から写真を眺めると、ファッショナブルではない。<br><br>あくまでもローカルの生活や環境などから必然的に生まれてきた実用的な美しい衣装が紹介されている。<br><br><br>　そういう意味では、リベットを打って耐久性をもたせたジーンズあたりもun FASHIONと言えるのではないだろうか。<br><br>40年代にアメリカで労働者の作業着として登場したジーンズ。<br><br>初めはワークウエアとして普及したが、50年代にはカーボーイの日常着として使われた。<br><br>映画では、マーロンブランドがリーバイスの501××でオートバイにまたがり、あっという間にバイカーが履くようになった。<br><br>その頃はリーバイスだけでなく、リーやラングラーなどジーンズの専門メーカーも登場、本格的に大量生産するようになった。<br><br>アメリカも国を挙げてこれらの企業をバックアップ。<br><br>20世紀後半には、オシャレなパンツとして世界中に広まった。<br><br><br>　日本でも野良着やモンペなど、生活に根ざした独自なun FASHION的なスタイルがあった。<br><br>戦後のズボンのシルエットはモンペのシルエットである。<br>。<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/21/a8/j/o0800058413692727106.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/21/a8/j/t02200161_0800058413692727106.jpg" alt="" width="220" height="160" border="0"></a><br><br>僕はいまでもモンペ・スタイルのパンツが好きなので、ジーンズでもトラウザースでも買ってから洋服修理の店でモンペ・スタイルのテーパードに直してもらっている。<br><br><br>　un FASHIONは生活に密着したものだけでなく、趣味やスポーツ、戦争などのユニホームとして作られたものも数多くある。<br><br>僕が愛用しているA2ジャケットやMA-1ジャケットなどは、第二次世界大戦に空軍のパイロット・ジャケットとして開発されたものである。<br><br>他にも家で普段履きしているコットンのテーパード型パンツは、アウトドア・メーカー・グラミチのトレッキング・パンツだ。<br><br><br>　こうして自分のファッション・スタイルを振り返ってみると、ファッショナブルな洋服はほとんどないことに気がついた。<br><br>ヨーロッパのパリコレクションとかミラノコレクションなどでは、女性のファッションだけでなく、男性のファッションも発表しているのだろうか。<br><br>もちろん毎年発表しているのだろうね。<br><br>たまに本屋でレオンやサファリなどと言った男性ファッション誌をペラペラめくって立ち読みはするが、写真だけで内容を読んでいないからファションに関する知識が乏しい。<br><br><br>　僕のファッション・スタイルは、アルマーニーとかトムフォード、カルバンクラインといったデザイナーズ系ブランドとは無縁である。<br><br><br>　どちらかというと、先ほどのA2ジャケットやMA-1などのミリタリーやワーク・ジャケットやデニムのワークシャツ，コットンのワーク・パンツなどのワーク系。<br><br>クライミング・パンツやパーカーといったアウトドア系など。<br><br>必然から生まれたun FASHION的なアイテムが多い。<br><br>他にもハンティング・ジャケットやアワード・ジャケット。<br><br>夏はハワイアン・シャツやTシャツと、偶然だがその背景にはカルチャーを感じるものをセレクトしている。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/6e/db/j/o0800051613692727107.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/6e/db/j/t02200142_0800051613692727107.jpg" alt="" width="220" height="141" border="0"></a><br><br>　僕のこうした機能的でスポーティーなファッション・アイテムは、アメカジが好きだからではないだろうか。<br><br>渋谷の街に出かけるとき、季節が秋であれば、MA-1ジャケットに洗いざらしのジーンズ。<br><br>インナーはラガーシャツであったりミリタリー系のロングTシャツ。<br><br>黒のワークブーツにHerschelのデイパック。<br><br>レイバンの60年代のラウンド・サングラスにパームツリーのイラストが描いてあるベースボール・キャップといったスタイルが、定番である。<br><br>しかもそのファッションのほとんどが古着屋、フリーマーケットなどから購入したもので。<br><br>僕は、これを年金ファッションと呼んでいる<br><br>
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<pubDate>Fri, 08 Jul 2016 23:42:50 +0900</pubDate>
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<title>70歳からのシルバー・アクセ。</title>
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<![CDATA[ 　僕はつい最近になるまで、シルバー・アクセサリーは嫌いだった。<br><br><br>嫌いというより、男がアクセサリーを身につけることが軽蔑するほど嫌いだった。<br><br>それに僕の友人関係には、シルバー・アクセをしている男は誰もいなかった。<br><br>それがなぜか20代後半から30代にかけて、結婚した男がシルバー・リングを左の薬指にするようになった。<br><br><br>　たぶん結婚式だ。<br><br>いつ頃か新婦の薬指に結婚指輪を嵌めたあと、新郎の指にもシルバーの指輪を嵌めるようになった。<br><br>この儀式が非常に気に入らない。<br><br>新郎はクリスチャンでもないのに、締まりがないヘラヘラ顔で新婦から指輪を嵌めてもらっている。<br><br>あんなニヤケ顔にはコーヒでもぶっかけてやろうかという挑戦的な気持ちになる。<br><br><br>　いつから指輪をつける儀式が始まったのだろうか。<br><br>すくなくとも僕の親父の時代にはなかった。<br><br>たぶん結婚式関係者の策略だろう。<br><br><br>　じつは僕もかなり抵抗したのだが結婚式で元家内から指輪をつけさせられた。<br><br>シルバーのかまぼこ型のリングだった。<br><br>嫌でいやで、新婚旅行先であるハワイのホテルの洗面所で、指から外したリングを洗面所の鏡の前にあるガラス台のうえに置き去りにした。<br><br>その日夕方、ホテルのガラス台のリングが消えていたので、大成功と思ったら元家内のバックのなかにしっかり収まっていた。<br><br><br>　僕は70歳のとき、久しぶりに明治公園のフリマに出店した。<br><br>そのとき偶然にも隣はフリマ仲間の高遠さんの出店だった。<br><br>高遠さんはシルバー専門の店をだしているが、シルバー・アクセが嫌いな僕は彼の店からアクセサリーを買ったことがない。<br><br>でも６、７年前普段はシルバー・アクセサリーしか置いてない高遠さんの店にペコちゃん人形が置いてあった。<br><br>ペコちゃん人形を僕が買ったのが縁で、彼と親しい友人になった。<br><br>彼はまだ40代なので髪の毛やヒゲが黒い。<br><br>しかも毎週土、日曜日フリマに出店しているから顔の色はチョコレートブラウンに陽焼けして精悍な感じだ。<br><br><br>　隣同士の日。<br><br>僕のガラクタと古着は午前中結構売れたが、高遠さんのシルバーはあまり売れていないようだった。<br><br>午後になると僕の店も売れなくなり暇になった。<br><br>僕は高遠さんの並べているシルバーをなにげなく眺めていたら、ひとつだけ気になるものを見つけた。<br><br>シルバーのブレスレッドである。<br><br>その商品は、どこか見覚えがあった。<br><br>チェーンが絡み合ったブレスレットは、僕が昨夜見た雑誌のスティーブ・マックインがつけていたものと、よく似ていた。<br><br>いやシルバー初心者の僕にはまったく同じに思えた。<br><br>「高遠さん、そのブレスレット見せてくれる」<br><br>「このチェーン・ブレスレットですか」<br><br>彼が僕の手のひらに載せてくれたブレスレットは、ずっしりと重かった。<br><br>初夏の陽射しのなかでブレスレットは、鈍い光を放っている。<br><br><br>　僕の腕や指は他人より太くサイズが合わないことは自覚していた。<br><br>だからこのブレスレットのサイズが僕の腕にあっていたら買おうかな。<br><br>と、マックインが好きな僕はかなりその気になっていた。<br><br>手のひらのブレスレットを取り上げ、高遠さんが僕の右腕に巻いてくれた。<br><br>サイズはほんの少しユルいくらいで、ゆとりがあった。<br><br>それより右腕のシルバー・ブレスレットがいい感じなのだ。<br><br>「そのブレスレットはPaul Smithですがチンペイさんだからお安くしますよ」と、彼はシルバーのブレスレットを安価で譲ってくれた。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/20/2d/j/o0800063313692713792.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/20/2d/j/t02200174_0800063313692713792.jpg" alt="" width="220" height="174" border="0"></a><br><br><br>　初めてのシルバー・アクセサリーを腕につけてみたが違和感がまったくない。<br><br>何年も腕につけているような一体感がある。<br><br>僕は調子に乗り翌週、明治公園のフリマに高遠さんを訪ねた。<br><br>顔と髪の毛ヒゲが黒い高遠さんは遠目からもわかりやすい。<br><br>彼の青いビニールシートの上には、いくつものシルバー・アクセが並べられている。<br><br>そのなかから、右腕のブレスレットに合うリングを探した。<br><br>気に入ったものもいくつかあったが、なかなか指のサイズに合わない。<br><br>ゆるやかな蒲鉾型のカーブを描いている２本線のシルバー・リング。<br><br>それと長方形のカタチがふたつお団子のように重なっているシンプルなデザインのリングのふたつを選んだ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/ee/db/j/o0800067813692713793.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/ee/db/j/t02200186_0800067813692713793.jpg" alt="" width="220" height="186" border="0"></a><br><br>　いま僕の腕には左の指にシルバーのリングが２個燦然と輝いている。<br><br>右腕にはあこがれのスティーブ・マックイン型ブレスレットが嵌められている。<br><br>若いとき、あれだけ大嫌い騒ぎしたシルバー・アクセがいまは大大大好き。<br><br>その変貌ぶり。<br><br>いったいあのシルバー・アクセ大嫌い騒ぎはいったい何だったのだろう。<br>
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<pubDate>Fri, 08 Jul 2016 23:25:08 +0900</pubDate>
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<title>JKTが似合う男になりたい。</title>
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<![CDATA[ 　僕は来月75歳になる。<br><br>20歳頃からジャケットを着るようになってすでに55年。<br><br>最初にジャケットを買ったのは丸井の月賦だった。<br><br><br>　丸井のジャケットはウールのツイード。<br><br>インナーとしてセーターを着ると温かいから、真冬でもジャケット１枚で過ごせた。<br><br><br>　ジャケットは男を大人に見せるアウターだ。<br><br>たぶん月賦でジャケットを買ったのは、成人式が意識のなかにあったのかも知れない。<br><br><br>　新品のジャケットを着て女子大生とデートしたら、「ずいぶん大人っぽくなったわね。なんだかサラリーマン一年生という感じ」みたいなことを言われ、ショックだった。<br><br>まあ、僕は昔からフケ顔で高校生の頃「大学生ですか」なんて訊かれていたから、ジャケットを着たらサラリーマンに見えるのはしょうがないか。<br><br><br>　20代の頃。<br><br>ジャケットを着るときは正統派で、シャツはブルックスのボタンダウン。<br><br>細身のレジメント・タイ。<br><br>トラウザースは、テーパード型フラノ地のグレーで約3.5cmの折り返しをつけていた。<br><br>シューズはローファー。<br><br>まさに典型的なアイビー・スタイルだった。<br><br><br>　しかもVANの創始者石津謙介氏のTPOをしっかり受け継いだ優等生ファッションでジャケットはフラノ地の紺で金飾りの三つボタンだった。<br><br>あれから50年。<br><br>僕のファッション・スタイルは年々変化。<br><br>近頃のジャケット・スタイルはかなりラギッドな雰囲気だ。<br><br>まずジャケットだが50代後半からウール系の素材は買わなくなった。<br><br>それはなぜか。<br><br>洗濯できないからだ。<br><br>ジャケットに限らず、シャツ、パンツ、セーターにいたるまで、洗濯できない素材は選ばない。<br><br>いまお気に入りのジャケットも、コットン100%。<br><br>襟には右に○、左に♢のカタチをしたワッペンを探してきて自分でつけた。<br><br>左右のワッペンは、アメリカのローカル企業のロゴマークで、まったく意味はなく遊びでつけたもの。<br><br>新品のジャケットを購入しても、かならずワン・ウオッシュしてから着る。<br><br>もちろんアイロンをかけずにそのまま着るから、新しいジャケットでも適当にヨレている。<br><br>当然シャツやトラウザースも洗いざらしだからヨレている。<br><br>ジャケットに合わせるパンツはミリタリーか、経年変化した淡いブルーのジーンズが多い。<br><br>お気に入りのコットンのジャケットは茄子紺と呼ばれる深い藍色。<br><br>シャツはベージュ色のワークシャツか白のコットン・シャツで合わせる。<br><br>シューズは、黒のワークブーツ。僕はこのコーディネートにベースボール・キャップを被るのが好きだ。<br><br>さらに日差しが強ければ、クリップオンサングラスでユル武装。<br><br><br>　カジュアル・ファッションに限らず、ドレッシーであるべきジャケット・スタイルも定年後はラギット・スタイル。30代の正統派ジャケット・スタイルと比べると大幅なユル武装になっている。<br><br>これは生活スタイルが変わってきたから、ファッションの嗜好も変わってきたのだと思う。<br><br><br>20代後半から、古いモノが好きになり、ブリキのオモチャやフラ・ドール、クロンボ・コケシなどヴィンテージに興味を持つようになったことがファッションにも影響を与えている。<br><br><br>　ヴィンテージは雑貨、生活道具だけでなく、60歳頃から洋服も古着を着たりするようになった。<br><br>いまジャケットは７着所有持っているがそのうちの４着は古着である。<br><br>僕にとって古着の魅力は、ゆったりしたシルエットや飽きがこない機能的なデザインだ。<br><br><br>　でも最近ジャケットに対する見方が変わってきた。<br><br>新品、古着に関係なく、ごく普通のジャケットをごく普通のトラウザースで合わせてごく普通にさらりと着たい。<br><br>そんな大人の着こなしがしたいと思いはじめた。<br><br>こんなふうに考えるようになったのは、数年前上映された「グラン・トリノ」という映画を観てからだ。<br><br><br>　なんの気負いもないクリント・イーストウッドのジャケット・スタイルに憧れた。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/77/d4/j/o0800064913692708064.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/77/d4/j/t02200178_0800064913692708064.jpg" alt="" width="220" height="178" border="0"></a><br><br>映画は頑固親父の役であったが、自分の生活スタイルを貫く生きざまがジャケットの着方にも表れていた。<br><br>クリント・イーストウッドは「ダーティー・ハリー」の頃ツイード・ジャケットが似合っていたが。<br><br>若いときの刑事役より、晩年の映画「マディソン郡の橋」や「人生の特等席」などの枯れた役に、ヨレた感じのジャケットやアウターを着て、その後ろ姿や背中で男の哀愁を感じさせている。<br><br>そろそろ僕もクリント・イーストウッドのようにジャケットが似合う男になりたい。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/13/74/j/o0800065913692708065.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160708/23/chinpei2016/13/74/j/t02200181_0800065913692708065.jpg" alt="" width="220" height="180" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/chinpei2016/entry-12178680489.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jul 2016 23:16:21 +0900</pubDate>
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<title>MA-1ジャケットが似合う女性と恋がしたい。</title>
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<![CDATA[ 　機能性。<br><br>シンプルなデザイン。<br><br>安価な値段。<br><br>三拍子揃ったTYPE MA-１はまさにFlight Jacketの普及版といえる。<br><br>僕がMA-1を着るようになったのは10年ほど前からだから、そう昔の話ではない。<br><br><br>　偶然、AVIREXの店でMA－１を見つけたとき、ジャケットの左胸についているワッペンのカッコ良さに惹かれた。<br><br>そのワッペンをよく見るとAVIREX社50thの記念ワッペンだった。<br><br>MA-1ジャケットのオリーブ色に円形のワッペンがよく似合っていた。<br><br>着てみたら素材はナイロンなので見た目より遥かに軽い。<br><br>雰囲気は僕が大好きなA-2ジャケットに似ている。ネックと袖にあしらったリブの使い方もA-2的で、淡いオリーブ・グリーが渋い。店の鑑に写った自分の姿にウットリ。<br><br>得意の衝動買いで、即お買いあげした。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/71/ca/j/o0800061513686004741.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/71/ca/j/t02200169_0800061513686004741.jpg" alt="" width="220" height="169" border="0"></a><br><br>　あの日から約15年。<br><br>あまりにも愛用しすぎて袖のリブがボロボロになった。<br><br>だから去年、原宿で黒のSchottのMA-1ジャケットを購入した。<br><br>同じMA-1だが、AVIREXの方が僕の身体に合っている。<br><br>だから袖のリブが破れていてもAVIREXを着ることが多い。<br><br><br>　タイミング良く男の洋服を直す修理名人の本を見つけた。<br><br>その本にMA-1のリブを直した実例が写真入りで紹介されていた。<br><br>値段は少々高いが、ボロボロのリブが新品同様に修理されていた。<br><br>修理の店は原宿。<br><br>今年の冬にはMA-1を持っていくつもりである。<br><br><br>　考えてみたら、MA-1もA-2ジャケットも機能的でシンプルだから10年着ても飽きない。<br><br>飽きないどころか10月の肌寒い日になるとMA-1を着てルンルン気分で街に飛び出す。<br><br>僕が40代の頃、「チープ・シック」という本が話題になったけど。<br><br>MA－１やA-2ジャケットなどのことをチープ・シック・ファッションというのじゃあないだろうか。<br><br><br>　MA-1はA-2ジャケットよりカジュアルだから、パンツやシューズが合わせやすい。<br><br>映画「大追跡」では、スティーブ・マックインがMA-1にジーンズを合わせていた。<br><br>渋谷のセンター街など歩いてみても、MA-1にはたいていジーンズかコットンパンツが多い。<br><br>僕も当然ジーンズかコットンパンツだけど、まれにユルめのミリタリーパンツなどに合わせることもある。<br><br>コットンパンツは茶系のDickies 874のノータックパンツを履くことが多い。<br><br>874はコットンとポリエステルの混紡だから汚れたらゴシゴシ水洗いできる。<br><br>もちろん水洗いのあとアイロンなど掛けず、ヨレ感を楽しんで履く。<br><br><br>　なぜディッキーズが好きかというと、Dickiesのロゴマークがウエスタン風で素朴だから。<br><br>蹄鉄のイラストの中央にDickiesとロゴが描かれているのが、何となくカーボーイを連想させる。<br><br><br>　もともとこのメーカーはワークウエアーを専門に作っていた。<br><br>でも丈夫で機能性にすぐれているだけでなく、ファッション性があったので1990代後半から南カリフォルニアのスケーターが履くようになった。<br><br>トップスケーターがDickiesを履いて大会で優勝するようになると、ワーク・パンツがストリート系パンツとして若者に支持された。<br><br>2000年にはスケーター・バンドがDickiesを履いてロックを演奏。<br><br>一気にメジャーなパンツとして広まった。<br><br><br>　去年。<br><br>渋谷の109近くでMA-1を着た女性を見かけた。<br><br>20代の彼女はジーンズではなくデニムの50年代風スカートに先端が尖った黒のウエスタン・ブーツが決まっていた。<br><br>MA-１はもちろんミリタリーのアウターなのだが、ウエスタンぽい雰囲気をミックスしてもまったく違和感がない。<br><br>むしろコーディネートをオシャレに感じた。<br><br>僕の友人には、MA-1を着るようなトンでる女性はいないが、もしMA-1を着た彼女とデートすることができたら、僕はどんなファッションをして行くだろうかと想像してみた。<br><br>多分おそろいでMA-1ファッションというのは恥ずかしい。<br><br>だから僕はMA-1を着ない。<br><br>たぶんA-2ジャケットでジーンズに黒のワークブーツでキメキメしてデートに出かけるだろうな。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/d4/44/j/o0800060713686004740.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/d4/44/j/t02200167_0800060713686004740.jpg" alt="" width="220" height="166" border="0"></a><br><br><br>　散歩は恋する街、銀座がいい。<br><br>青春時代VANのアイビールックで闊歩したみゆき通りを今度はMA-1を着た若いガールフレンドと歩いてみたい。<br><br>まあ無理な話だけど、恋人募集中としておこう。<br>
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<pubDate>Thu, 30 Jun 2016 21:25:54 +0900</pubDate>
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<title>冬は、A-２ジャケットが気分。</title>
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<![CDATA[ 　冷たい風が街を吹き抜けるようになると、A-2 Jacketの出番だ。<br><br>僕は40代の頃からA-2ジャケットを着るようになった。<br><br>これは映画「大脱走」のスティーブ・マックインの影響を受けている。<br><br>フライトジャケットを街着のようにカジュアルに着こなして、スクリーンに登場したスティーブ・マックインに「感動した」。<br><br>と、まさに元小泉首相状態になった。<br><br>また脱走するとき他の仲間に加わらず、ひとりバイクに乗って逃げようとした孤高のスピリットにも惚れた。　<br><br><br>　この映画を機に、いつかは僕もA-2ジャケットを着てみたいと願っていたら、そのチャンスは突然現れた。<br><br>40代前半、明治公園のフリーマーケットに店を出していたとき、僕の斜め前の店でフライトジャケットを売っている若者がいた。<br><br>僕は店番をガールフレンドに頼んで、フライトジャケットを見に行った。<br><br>ミリタリー好きな若者で、フライトジャケットだけでも、５種類ほどあった。<br><br>そのなかに僕が着てみたいと思っていたA-2ジャケットがあった。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/ba/4a/j/o0800051913685996423.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/ba/4a/j/t02200143_0800051913685996423.jpg" alt="" width="220" height="142" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/19/fb/j/o0800048213685996424.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/19/fb/j/t02200133_0800048213685996424.jpg" alt="" width="220" height="132" border="0"></a><br><br>時間は午後１時を過ぎている。<br><br>フリーマーケットは午後３時まで。<br><br>彼にとっては、あと２時間ほどが勝負だ。<br><br>でもA-2ジャケットはなかなか売れないようだった。<br><br><br>　その原因は、値段が高いこととジャケットのサイズが大きいこと。<br><br>彼が売ろうとしているA-2ジャケットはサイズが44。<br><br>アメリカの兵士のように背が高く、頑強な身体でないと着こなせない。<br><br>僕の身長は180cmだが、あの頃の僕は痩せていたので、少しユルかった。<br><br><br>　「良くお似合いです」と、店の若者はしきりに誉める。<br><br>A-2ジャケットが掲載されている雑誌を見せながら、いかにすばらしいものか説明する。<br><br>「これはTYPE A-2といって、第二次世界大戦のとき米国陸軍航空隊に支給されたジャケットを復刻したもので市場価格は約10万円。<br><br>AVIREEXというアメリカのミリタリー専門メーカーで、革はポルトガルのホースハイドでできています」とのことであった。<br><br>彼の売値は市場価格の二分の一、５万円だった。<br><br><br>　その日、僕の店の売り上げは約４万円。<br><br>よしじゃあ、残り２時間で1万円売り上げ、このA-2ジャケットを買おうと決心した。<br><br><br>　だが僕は残り２時間で5000円しか売れなかった。<br><br>しかたないから彼に5000円値引きしてくれと頼んだ。<br><br>彼は快くOKしてくれ、僕は念願A-2ジャケットを手に入れた。<br><br><br>　家に帰ってA-2ジャケットをじっくり眺めた。<br><br>落ち着いた茶色のボデイカラーにネックと袖部分についている赤リブが感じいい。<br><br>少し短めなジャケットのバランスのよさ。<br><br>それに細かなところまで神経を注いで造ったのだろう、ディテールやステッチ・ワークが美しい。<br><br>こんなに完成度が高いフライトジャケットを造るアメリカと戦った旧日本の軍事力の悲惨さに、改めて涙が出そうになった。<br><br><br>　しかもこのフライトジャケットA-2は夏用で、冬の寒い季節はボアがついた厚手の革のフライトジャケットが別に用意されたそうだ。<br><br>さらに戦時中はあのRED WING社が80種類を超えるワークブーツを製造して兵士のさまざまな要求に応えている。<br><br>いまさらながらこんなに軍事物資が豊かな国アメリカを相手に、日本軍はよく戦争したものだと思わざるを得ない。<br><br><br>　いまはアメリカに負けずに豊かな日本で、僕たちはA-2ジャケットを街着として着ている。<br><br>秋から冬にかけて着るアウターとしてこれほど機能的なジャケットは他にはない。<br><br>僕がA-2ジャケットを着るときのコーディネートはジーンズと合わせることが多い。<br><br>ジャケットのインナーとしては、ホワイトや淡いブルーのワークシャツを合わせる。<br><br>シューズにはもちろん黒のワークブーツである。<br><br><br>　ただしA-2ジャケットの唯一の欠点は、70歳を過ぎた男のアウターとしては、重いことだ。<br><br>それにこのジャケットはショート丈なのでお腹が出た男には似合わない。<br><br>そんなわけで僕も今年の冬にA-２ジャケットをカッコ良く着るため、ジムにトレーニングに行った。<br><br><br>　そのジムで、こともあろうかランニングマシンで転倒。<br><br>肩を複雑骨折した。<br><br>２ヶ月間三角巾を吊っていたから歩くこともままならなかった。<br><br>そのためか恐れていた事態が発生。<br><br>体重は半年で５キロ増え、ぷっくりお腹が出てきた。<br><br>いかん。<br><br>いかん。<br><br>ぷっくり腹はまずい。<br><br>いま慌ててダイエットに取り組んでいるが。<br><br>一度膨らんだお腹はなかなかへこまなくて困っている。<br>
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<link>https://ameblo.jp/chinpei2016/entry-12175986197.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jun 2016 21:16:32 +0900</pubDate>
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<title>I L♡ve T shirt 。</title>
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<![CDATA[ 　僕はTシャツに弱い。<br><br>Tシャツのロゴに弱い。<br><br>Tシャツのイラストに弱い。<br><br>Tシャツの写真に弱い。<br><br>Tシャツの刺繍に弱い。<br><br>Tシャツのカラーに弱い。<br><br>Tシャツの着心地に弱い。<br><br>Tシャツを着ている女性に弱い。<br><br>とにかくTシャツが大好き。<br><br><br>　そのTシャツ・ファッションで驚いたことがある。<br><br>深夜の電車の中。<br><br>立川方面行きに３人のアメリカ兵が乗っていた。<br><br>夜中とはいえ、真夏の東京は暑い。<br><br>兵士のひとり。<br><br>黒人の若者はミリタリーパンツの上にはTシャツ１枚だけだった。<br><br>他の二人は、ミリタリーの長袖シャツを着ていた。<br><br>Tシャツだけで腕組みした黒人の太くてたくましい筋肉質の腕がカッコいい。<br><br>厚い胸、幅広い肩に無地の白いTシャツが良く似合っていた。<br><br><br>　その日、僕も柄ものの白Tシャツを着ていたが、目の前の黒人に比べるとじつに貧弱。<br><br>僕の胸は薄く、腕は細く。<br><br>筋肉がない平べったい身体から陽に焼けたゴボウのような腕がTシャツからでている様は、じつに情けない。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/fb/20/j/o0800075113685989313.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/fb/20/j/t02200207_0800075113685989313.jpg" alt="" width="220" height="206" border="0"></a><br><br>　このとき痛感したのはTシャツというのは、いくら好きでも身体が貧弱な男にとっては残酷なシャツだなと思った。<br><br>黒人兵士に感化された僕は、アパートにダンベルを持ち込んで筋トレ励んだが、いっこうに筋肉がつかない。<br><br>このとき僕の身体は筋肉とは無縁の体質だからムリなのだと、あっさり諦めた。<br><br>でもTシャツは好きなので、カッコ良く見えるにはどうしたらよいかを日々研究した。<br><br><br>結論として。<br><br>①ヨレやすい薄手の生地は身体が貧弱に見えるから選ばない。<br><br>②無地の白Tシャツはアウターとしては着ない。<br><br>③Tシャツは半袖や長袖シャツのインナーとして着用。<br><br>シャツとのコーディネートを工夫する。<br><br>④ロゴやイラストなどがカラフルなTシャツで他人の目線を身体からそらし、Tシャツに向けさせるなどである。<br><br><br>　僕の夏ファッションは、貧弱な身体ではあるが、絵柄Tシャツにショーツ。<br><br>足許はスニーカーという超お気楽スタイルが多い。<br><br>何と言っても日本の夏は湿度が高く気温も30℃を超えるから、サマージャケットは着るきにならない。<br><br>という訳で、夏の主役はTシャツ。<br><br>僕は「今日はどのTシャツにしようか」と迷うくらい数多く持っている。<br><br>その数およそ150枚。<br><br>でも好きなTシャツとなると30枚くらいかな。<br><br>他のTシャツは、タンスの中に眠っている。<br><br>Tシャツも他のアウターと同様で、ゆったり系好み。<br><br>身体にピタリと張りつくようなスリム系はイラストやロゴが気に入っても買わない。<br><br>たまにうっかり買っちゃうことがあるが、結局は着ない。<br><br><br>　STUSSY、THRASHERなどストリート系のTシャツはデザイン、ロゴ、イラストにすばらしいものが多い。<br><br>波乗りのイラストが描かれたサーフィン系も好きなアイテムだ。<br><br>海が描かれたTシャツを着ていると、ビーチ気分が味わえるのも気に入っている。<br><br><br>　またロックンロール世代としては、エルビスやビートルズ、ローリングストーンズなどのアーティスト系のTシャツもよく着る。<br><br>たまに暇なときはエルビスのTシャツを着てウクレレを弾きながら、ブルーハワイをひとりカラオケする。<br><br>Tシャツの好みは多様だ。<br><br>ミリタリーやモーターサイクル系など。<br><br>さらに気に入った写真やイラストなどアート系にも弱い。<br><br>あまり持ってはいないが、スーベニール・ショップなどで売っている観光名所が描かれたTシャツが好きだ。<br><br>例えばハワイのホノルルなら、フラダンス、波乗り、ココナッツの樹、サーフィンと観光地の王道がヘタウマな絵で描かれているTシャツがあれば、当然いただき。<br><br>ラスベガスなら、ネオンの街並とカーボーイ・ハットに＋サボテンまで盛りだくさんイラストが描かれていたら、即決でお買いあげ。<br><br><br>　最後に僕がいまいちばん気に入っているTシャツを紹介したい。<br><br>アメリカ製か日本製のどちらかだと思うのだが、白地のコットン・シャツ前面に、日本字のカタカナで「フォースという文字がワッペンのように縫いつけられている。<br><br>フォースの文字の色は明るいブルー。<br><br>その文字が記号のように感じる。背面の上部にはなぜか丸い曼荼羅マークのようなものが刺繍されている。<br><br>また背面の右下部にはLOVE&amp;JOKEと斜めにプリントされている。<br><br>この訳がわからないストリート系Tシャツに、僕は三ツ星を与えたい。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/cb/71/j/o0800055313685989312.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160630/21/chinpei2016/cb/71/j/t02200152_0800055313685989312.jpg" alt="" width="220" height="152" border="0"></a><br><br>
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<pubDate>Thu, 30 Jun 2016 21:08:13 +0900</pubDate>
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