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<title>chocotake7281のブログ</title>
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<title>手術から4日</title>
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<![CDATA[ 今日から仕事だ。<br>切迫流産になってから二週間ちょっとお休みしていた。<br>久しぶりの仕事で、ちょっと緊張する。<br>しかも、事あるごとに赤ちゃん大丈夫❓って聞かれそうで辛い。みんな心配して声をかけてくれるだろうけど、想像すると辛い。<br>そうなる前に朝礼でお休みのお礼と一緒に赤ちゃんとお別れをしたことを報告しようか迷っている。<br><br>出血は相変わらず淡血性のものが少量。腹痛も時々。<br><br>昨日は赤ちゃんの供養をしにお寺に行ってきた。<br>お坊さんから、赤ちゃんの供養の仕方はこれと決まったものはない。一それぞれの方法でしたら良いと言われた。<br>ただ産まれてこれなかった赤ちゃんの存在を知る人は少ないからお父さんとお母さんが忘れないでいてあげてください。といっても、私たちは今を生きていていろんなことがあるなか、ずっと毎日覚えておくのも難しいと思います。だから、命日だったり、行事だったり、何かのおりに思い出してあげてください。そして、今を生きるお父さんとお母さんが、赤ちゃんの分までしっかり生きてください。相手を思いやって優しい気持ちで接すること、赤ちゃんの分まで幸せでいてください。<br><br>お坊さんのお話を聞いて泣けてきた。<br>赤ちゃんの分まで幸せでいなきゃなぁ。<br>赤ちゃんがきっと天国でみていてくれる。<br>赤ちゃんを悲しませないよう恥ずかしくない生き方をしよう。
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12111045033.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Dec 2015 06:57:08 +0900</pubDate>
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<title>術後2日目</title>
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<![CDATA[ あれから2日。<br>腹痛は時々と出血は淡血性のものが少量。<br>そして、太ももの筋肉痛⁉️<br>手術待ちと手術中、開脚だったからかな。<br><br>心はポッカリと穴が開いてしまったまま。<br>こんな時に旦那さんと些細なことでケンカ。<br>また凹む。<br><br>妊娠も出産も夫婦ふたりのことなのに、身体の負担は女性の方だけ。<br>手術も術後もキツかったなぁ。<br>妊娠も出産も命がけだと思った。
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12110506511.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Dec 2015 16:56:48 +0900</pubDate>
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<title>手術から1日経って</title>
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<![CDATA[ 昨日、稽留流産の手術をしました。<br>希望を持ってエコーを受けたけど、やっぱり赤ちゃんの心拍は確認できなかった。<br>もっと時間をかけて赤ちゃんの最後の姿を見たかったのに、サッと終わってしまったエコー。すぐに前処置しますと声かけられて、慌てて今の赤ちゃんの写真をもらえるか尋ねると、そうなのって言ってもう一度エコーして写真をもらえた。<br>私にとっては赤ちゃんの姿を見れる最後なのに、淡々としている先生と看護師さんに配慮とか思いやりないのかなぁと悲しくなる。<br><br>前処置は痛かったけど、前の時のような涙が出る痛みではなかった。<br>子宮口を広げる棒を入れて膨らませるから生理痛のような痛みが続く。<br>回復室のベッドで1時間休んでから二階の手術室に移動した。<br>1時間の待ち時間の間、赤ちゃんに名前をつけた。<br>喜んでくれてたらいいな。<br><br>手術室に入ってからも淡々と進む。<br>点滴とって、血圧計巻いて、心電図はなく、SpO2モニターのみ。<br>そういえば手術の詳しい説明は一度もない。同意書もない。<br>何の説明もない。ただ稽留流産の手術をしますと言われただけだった。<br>看護師さんに子宮から出した赤ちゃんはどうなるのか確認したら、赤ちゃんの組織を検索して、ほんとに赤ちゃんだったか確認しますと言われた。その後の赤ちゃんはどうなるか確認したら、胎盤と一緒に医療廃棄物として破棄されると言われた。一緒に帰って焼いてあげることは出来ないのか確認するとそれは難しいと言われた。<br>分かっていたけど悲しかった。<br><br>看護師さんてもっと患者の気持ちになって声かけてくれると思ってたけど、ここの病院は何か違う。<br><br>手術の準備が終わったら、先生に準備終わりましたと連絡していたが、20分、脚を広げた状態で待たされた。<br>患者は私だけではないし、病棟にも外来にもほかの患者さんがいるから待たされるのは仕方ない。でも、せめて脚を広げさせるのは先生が来てからでもいいんじゃないかなとまた不信感。<br>意識もある中待つんだし、両手の固定もまだしなくていいんじゃないかなと不満だった。<br>赤ちゃんと最後のお別れにお腹をさすりたいのにさすれなくて辛かった。<br>両手は固定、両足は開脚。<br>ヒドい格好で待たされる。<br>辛かった。<br><br>先生が来ると顔も見ずに足元に座り、じゃあガーゼ抜くよーって、こっちは不安の中、開脚して、赤ちゃんをさすってあげたいのにそれも出来ずに待ってたのに、何かひと言声かけがあってもいいんじゃないか…<br>そしてガーゼを抜いて膣だか子宮だかの局所麻酔の注射。痛い…<br>そしてその後麻酔。<br>どなたかのブログで、「赤ちゃんを亡くしてただでさえ辛いのに、これ以上苦痛を与えたくないから処置は前処置も含めて麻酔がかかってからにしています。」って先生が言っていたって書いてあったことを思い出す。<br>あぁ、私もその先生にかかりたかったなぁ。<br><br>麻酔の注射をして1から6まで数えたところで意識は途絶えたが、ずーっとガチャガチャとした音が聞こえてた感覚。<br>終わりましたよって聞こえたけど、返事も出来ない。<br>しばらくして点滴も血圧計も外された。<br>まだ覚醒してないし、目も開かないのに、急変したらどうするんだろうと漠然と思っていたら、名前を呼ばれてやっと返事が出来た。<br>車椅子に移動しますよ、出来ますか？って、まだ目も開けられないのに移れるわけないよって思うけど声に出せない。<br>看護師さんが手を持って起こそうとするけど、手を離すとバタっと手が落ちるという状態。<br>そんなんで車椅子に移動させようなんて何見て判断してるのかなとビックリした。<br>無理やり横向きにさせられ、頭を動かしたら頭がグルグルと回り、急に気分が悪くなり吐き気出現。<br>そこでやっと、麻酔がまだ効いてますね、もう少し休んでから移動しますねって言われた。<br>私だって早く移動して主人のもとに行きたいし、硬い処置台よりベッドに横になって休みたい。<br>つくづくこの病院が嫌になった。<br>もしまたもう一度授かることがあってもこの病院にはもう来ないと心に決めた。<br>そもそも、この病院を決めた理由は、早産が少ないということで管理がしっかりしていて、異常時の大学病院や総合病院への転院の判断が的確と聞いて、赤ちゃんと自分の命が第一優先だからと思って決めた。<br>でも、扱いがこんな感じだと、何を優先順位で決めたらいいのか分からなくなる。<br>でも、一度も診てもらえなかったけれど、院長先生はいつも笑顔で、私が出血と腹痛で不安な中受診した時、ちょうど出産した方を玄関でお見送りしていて、私が病院に入ろうとすると笑顔でこんにちはって言ってくれた。<br>私が今まで診てもらってた先生は副院長だった。<br>担当が院長先生だったら、手術ももっと違ってたんだろうなぁと残念。<br><br>しばらく処置台でオエオエと吐き気と闘って、やっとの思いで車椅子に移動。<br>一階に移動して回復室に入ってベッドに倒れ込む。<br>転倒して怪我しなくて良かったと思うくらい手足にまだ力が入りづらい状態だった。<br>主人に声かけて欲しいと伝えると、いるんですか？って言われ、付き添いに誰が来てるかも把握してないのかと思い、また病院への評価が下がる。<br><br>ベッドで休んでいる間も2時間くらい吐き気と闘って、やっと眠りについて起きたら吐き気も治まっていた。<br>赤ちゃんは無事に天国にたどり着いたかなぁ。<br>お腹をさすっても、赤ちゃんはもういないんだと思い涙が出た。<br><br>3時半前、やっと術後の診察。<br>先生は大丈夫？の一言だけで、だいぶ良くなりましたと返事した後すぐに内診しますと言われて移動。<br>ガーゼを抜きながら、子宮収縮剤と抗生剤を処方するから飲んでねと一週間後に受診に来てねと言われた。<br>内診室から移動して先生の前の椅子に座ろうとすると、もういいよ、次は一週間後で。<br>えっそれだけって思いながら、いつもの習慣でありがとうございましたと言ってしまい、診察室を出てから、御礼を言ってしまった自分が嫌になり頭をコツコツと叩いてしまった。<br>淡々とし過ぎというか、主人への説明も一度もなく、主人も前の流産の手術をした病院との対応の違いにビックリしていた。<br>一週間後にこの病院とお別れ出来ると思ったらなんだか嬉しかった。<br><br>携帯を見たら、主人が手術中に頑張ってってLINEしてくれていた。嬉しかった。<br>帰りにスタバのドライブスルーでふたりでコーヒーを飲んだ。<br><br><br><br>昨日の術後から今の時間まで出血はそれほど量は多くない。<br>腹痛も時々あるくらいでヒドくはない。<br>ネットで見ると2日後くらいに出血量が増えたとかレバーのようなコアグラが出て受診したら子宮内にまだ残渣が残っていたとか、明日辺りから出血量が増えるのかなとちょっと心配。<br><br>仕事は今日まで休みをいただき、28日には出勤。<br>切迫流産と言われてから長く休んでしまい、申し訳ない気持ちと感謝の気持ち。<br>次、誰かが私と同じような境遇になったり、他の病気をした時は、私が同僚の分まで働いて、同僚にはしっかりゆっくり休んで欲しいと思う。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12110053701.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Dec 2015 10:46:43 +0900</pubDate>
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<title>いよいよ明日手術</title>
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<![CDATA[ 昨日は一日中何を考えてたのかよく分からない日だった。<br><br>心拍が確認出来なくても次の受診で確認出来た方の検索をするとまた新しく見つけた。<br>私が心拍が確認出来なかった時はちょうど9週だった。<br>赤ちゃんは8週6日の大きさまで成長していたので、先生からつい最近まで生きていたのでしょうと言われた。<br>となると、やっぱり心拍が見えなかったのは角度の問題とかで、明日エコーしたら元気に動いてたってこともあるんじゃないかとかすかな期待をしてしまう。<br><br>明日、心拍が確認出来ますように。<br>神様お願いいたします。
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12109397240.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Dec 2015 17:10:03 +0900</pubDate>
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<title>前回の流産のこと   続き</title>
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<![CDATA[ 子宮外妊娠の可能性を告げられて自宅で過ごす週末。破裂した場合、大量出血で命を失うこともある…そんな怖さでとても長く感じた週末。<br>やっと週が明けて月曜日、大学病院を受診。<br>まず検尿。それから診察までの待ち時間、3時間…<br>大学病院て待ち時間がとても長く辛い。<br><br>やっと呼ばれて診察、内診、エコー。<br>やっぱり胎嚢は見えない。<br>尿中HCGは値が更に上がっている。<br>これだけの値で胎嚢、心拍が確認出来ないのはおかしいと言われ、先生から告げられたのは胞状奇胎の可能性だった。<br><br>胞状奇胎❓<br>何だっけ❓えっ、抗ガン剤❓<br>そういえば聞いたことある…<br>まさか自分が…<br>奈落の底に突き落とされた気分だった。<br><br>結局2日後水曜日の再診でも胎嚢、胎芽、心拍はどの場所にも確認出来ず、金曜日に手術のため入院した。<br><br>昼前に入院。<br>採血して点滴とって、手術の説明があるのを待つ。<br>やっと呼ばれ、説明の前に診察しますと言われエコーをする。<br>胎嚢、胎芽、心拍、やはりどこにも確認出来ない。<br>そして、先生から<br>『説明まだでしたが、今からこのまま前処置してもいいですか？』<br>前処置って何するんだろうと思いながら、はいと返事した。<br>その時の私は胞状奇胎を調べることばかりで、手術については調べてなかった。知識がなかった。<br><br>なに、これ、めっちゃ痛い‼️<br>あまりの痛さに泣いてしまった。<br>痛みでこんなに泣くなんて自分でもびっくりした。<br>事前に説明して欲しかったと主治医に不満と不信感を持った。<br>処置が終わるとそのまま別室に移動し手術の説明を受けた。<br>途中、気分が悪くなり、座っていられなくなり、ストレッチャーで回復室に運ばれた。<br>遠のく意識の中、『血圧測れません』とか『脈拍40ないです』とか聞こえてきて、私もしかして死ぬのかなって思った。<br>迷走神経反射だった。<br>あまりに強い痛みのためにおこってしまったらしい。<br>初めての経験。死に至ることはないらしいけれど、意識は遠のくし、手足は痺れるし、ほんとに怖かった。<br>やっぱり事前に説明せずに前処置した女医さんに不信感を持ってしまった。<br><br>その後、状態は回復し、意識も清明、血圧、脈拍も安定し手術をした。手術室に入って名前、生年月日の確認をして、麻酔が入りますよ～って言われて1秒後くらいにはもう意識がなかった。手術室を出る時はまだ意識が朦朧としていた。<br>手術室に入って出て来るまで約一時間だったと主人は言っていた。<br><br>病室に戻って2時間くらい眠って、やっと目が覚めた。<br>やっと水分がとれることが嬉しかった。<br>胎嚢も結局確認出来なかったため、喪失感はそんなには感じなかった。<br><br>子宮内の内容物を見て妊娠の産物を確認出来たけれど、水脹れのようになっている組織があり、胞状奇胎かどうかはっきり分からず病理検査の結果を待って治療が必要か決めることになった。<br>術後の経過は問題なく翌日退院出来た。<br><br>1週間後の再診で子宮内はキレイで残存物はないと言われHCGが陰性化するまでは通院するように言われた。<br>その後、病理検査の結果で胞状奇胎ははっきり否定出来なかったがHCGが下がってきているので胞状奇胎だった可能性は低いと言われた。<br><br>可能性が低いってゼロじゃないってこと⁉︎<br>この病院大丈夫かな…不信感もあり、他の大学病院を受診。<br>病理のスライドを持参して、病理専門の医師にみてもらい、水腫化流産で間違いないと診断されて、やっと私の不安はなくなった。<br><br>妊娠は奇跡の連続であり、また母親は命をかけて妊娠して出産するんだと痛感した。<br>胞状奇胎かもと言われて、癌や抗ガン剤、予後のこと、いろいろと考えた。<br>ただ、普通にこうして生きていることがとても幸せに感じた出来事だった。<br><br>そして今回の稽留流産。<br>赤ちゃんを授かって無事に産まれてくることが奇跡の連続だと思っていたのに、心拍が確認出来たら何となくこのまま出産までいけるんじゃないかと思ってしまっていた。<br>ただ生きている、そのことへの感謝の気持ちも薄れてきていた私に、周りへの感謝の気持ちを持つことを教えるために今回のことがあったのだろうか。<br>切迫流産と言われてから安静にしていたつもりでも、家事を少ししたりしたし、それがいけなかったかな。ネット検索ばかりに夢中で赤ちゃんに話しかけたりさすったりすることが足りなかったからかな。<br>もっと何かしていれば赤ちゃんを助けてあげることができたのかな。<br><br>今回の出血、腹痛は仕事中に起こってしまった。<br>妊娠してからかかっている産婦人科までは1時間近くかかるため、職場の近くの産婦人科にかかった。<br>生理のような出血にもうダメだと思いながら受診。<br>でも、心拍が確認出来た。<br>泣きながら喜んだ。<br>今後どうしたら良いか先生に聞いたら、<br>『妊娠初期の流産は安静にしていても止められない、あなたの年齢を考えると自然流産の可能性は低くはない、だから何を気をつけるということはないです。』<br>ほんとに、それでいいの？？？<br>ネット検索しながら、これまでかかっていた産婦人科を受診。<br>2週間の安静を言い渡されました。<br><br>先生によって考えは違っていて、ネットでみても12週までの切迫流産は安静不要という先生もいれば、絶対安静という先生もいる。<br>動いていても安静にしても流産は止められないのなら、やっぱり赤ちゃんのためにたくさん血液を送るために安静にしていたいと思った。<br>流産してしまって自分を責める気持ちがあるけど、安静にしてなければもっともっと自分を責めていたと思う。<br><br>誕生日なのに、こんなことばかり考えて過ごしてしまっている。いけない、いけない。赤ちゃんと一緒に過ごせるのはあと3日。<br>今からお腹の赤ちゃんをたくさんさすって話しかけよう。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12108691169.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Dec 2015 15:44:45 +0900</pubDate>
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<title>稽留流産宣告から2日</title>
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<![CDATA[ 今日は40歳の誕生日。<br>とうとう40歳になってしまった。<br>少し前までは赤ちゃんと迎える誕生日になるなぁって喜んでたのに、今日は複雑な気持ち…<br>もう心臓は動いてないけどお腹の中に赤ちゃんがいてくれて、赤ちゃんと迎える誕生日には変わりない。やっぱり特別な誕生日になった。<br><br>茶色の出血はずっと続いている。<br>座っていると腹痛が出てきたりお腹が張る感じがあって、また布団に潜り込んでしまう。<br>ネットで自然流産を検索すると、激しい腹痛に多量出血。<br>ちゃんと産んであげたという達成感を持てた方もいたけれど、正直怖くて、どうか<br>24日の手術までお腹の中にいてねっていう気持ち。<br><br>布団の中でもいろいろ考えているようで、何も考えられてないような変な感じ。<br>でも、同じ思いの中頑張って乗り越えた方がいるから、私もいつか乗り越えなきゃ。<br><br>あぁ、でも、もう40歳。<br>妊娠に伴ういろんなリスクの確率がグッと上がってしまった。妊娠すること自体とても奇跡なのに、更に遠い遠い場所にいってしまった。<br>それに、流産も続いて、もし今度妊娠反応陽性になることができても、産婦人科を受診するのも怖い。<br>また流産を告げられるんじゃないか、また手術しなきゃいけないんじゃないか。心拍が確認出来ても、何も安心出来ないことが今回分かった。<br><br>赤ちゃんが産まれてくるって、ほんとにとてもとてもすごい奇跡の連続なんだなぁ。<br>いつかまた赤ちゃんが戻って来てくれることを願いたい。<br>まだそんな気持ちの余裕が持てないけれど、私は40歳になってしまった。<br>あまり悠長にしている時間がないんだった。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12108610784.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Dec 2015 11:34:08 +0900</pubDate>
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<title>稽留流産宣告から1日</title>
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<![CDATA[ 昨日のことは夢じゃないかなぁと思っても、心臓がピクピク動いていなかった赤ちゃんの画像を見た時のなんとも言えない気持ち…やっぱり現実だったと思い知らさせる。<br><br>心にポッカリと穴が開いてしまい1日中布団の中で過ごしました。<br>妊娠してから眠気におそわれることがなかったから、私は眠りづわりじゃないんだと思ってたのに、そういえば一昨日くらいから異常な眠気。それって、生理前の眠気なのだろうか。自然流産に向けて身体が準備しているんだろうか。良くないことしか浮かばない。<br><br>実は5月にも流産で子宮内掻爬術を受けました。<br>その時は胎嚢すら確認出来なかった。<br><br>自宅での簡易検査で妊娠反応陽性で、妊娠出来たんだって喜びしかなかった。流産なんて考えもせず、ウキウキワクワクして産婦人科を受診。<br>胎嚢が確認出来ず1週間後に再診。<br>1週間毎日妊娠反応陽性だし当然今度こそ胎嚢が確認出来ると信じて再度産婦人科受診。<br>言われた診断は子宮外妊娠疑い。<br>頭が真っ白。<br>今から大学病院に行って下さいって、えっ、今から⁉️<br>だんだんと正常な妊娠じゃないんだと理解してきて涙が溢れる。<br>紹介状を待つ間、幸せそうな妊婦さんがたくさんいて、ひとり泣く私。辛かった。<br><br>主人に来てもらい、一緒に大学病院に到着。<br>やはり胎嚢は確認出来ず子宮外妊娠の可能性が高いと。<br>でも、正常妊娠の可能性もまだ否定出来ないと言われ、その言葉にすがりつく。<br>金曜の夜だったため、入院して様子をみて週明けには手術した方がいいと言われた。<br>様子みるだけなら自宅に帰って安静にしておきますと言って、卵管破裂の場合は命に関わる危険性も聞いた上で自宅に帰った。<br>
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12108397628.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2015 19:55:05 +0900</pubDate>
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<title>稽留流産</title>
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<![CDATA[ 初めてブログを書いてみてます。<br>もうすぐ40歳をむかえる妊婦です。でした…。<br><br>妊娠7週で突然の腹痛と出血、切迫流産と言われ自宅安静の日々。10日経っても続く出血に不安になりながら今日産婦人科受診。<br><br>不安的中でした。<br>心拍停止してました。<br>先生から言われる前に分かるくらい、動きのない赤ちゃん。<br>エコーの残像とあの時の何とも言えない気持ちが忘れられません。<br><br>悲しくて悲しくて、でも、心拍確認できなくなった後も次の受診で心拍確認できて、無事出産まで辿り着いた方はいないかなぁとネットを検索して、たくさんの方の経験談読みました。<br>やっぱり、止まってしまった心拍が再開するのは稀の希。<br>悲しくなって再び涙。<br><br>落ち着いてから、今度は手術について検索開始。<br>たくさんの方の経験談に励まされました。<br>みなさん、辛い中頑張っていて、勇気をもらいました。<br><br>なので、稽留流産と宣告されて手術を受けるまで、手術のこととその後のことを書いて、私の経験が同じように悲しんでいる方の気持ちを少しでも楽に出来たり励まされることがあればいいなぁと思い、勇気を出してブログ始めてみました。<br>慣れないことだし、気持ちの整理も出来ていないので、見苦しい点があったらすみません。<br><br>手術は5日後。<br>考えると眠れないけど、お腹にまだ赤ちゃんはいてくれる。<br>心拍確認できなかったけど、でもまだお腹の中にいてくれる。<br>赤ちゃんと過ごせる残りの時間を、しっかりお別れ出来るように過ごさなきゃ。
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<link>https://ameblo.jp/chocotake7281/entry-12108158916.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2015 00:54:49 +0900</pubDate>
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