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<title>パシリライターのご観劇忘備録</title>
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<description>観た芝居のこととか垂れ流してみます。</description>
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<title>告白</title>
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<![CDATA[ <p>映画じゃなくて原作のほうですが。</p><br><p>映画、見たいなあって思ってたんだけれど、原作が文庫が出てるらしいっていうんで先に読んじゃいました。</p><br><p>すごいっすね。ここまで容赦なく負の連鎖で書かれた物語って久しぶりにお目にかかった気がします。エクスキューズなしに人の負の部分だけを淡々と描いていく。負が負を生み出す。いやあ、すごいすごい。</p><br><p>まったく救いのない話であるにも関わらず、この物語が多くの読者を獲得したのは、その負の連鎖がもたらす救いのなさに爽快さを感じるからではないでしょうか。人間だもの。悪魔のようなことをしながら、言いながらも、どこか温情を感じるような一面を見せてもいい。実際、「こんなことしちゃったけれど、この人にはこういういい面もあってさ」というくだりも出かかるのだけれど、それを後の本人の告白でことごとくつぶしていく。すべてを負へ。偽悪へと落とし込んでいく。</p><br><p>いやあ、気持ちいいっす。</p><br><p>正義の人がふたりばっかり出てきます。でも、不思議なほど彼らに共感することはない。むしろうっとうしく、余計なことはしないでくれとすら思ってしまう。その希望どおり、彼らの願いは叶うことなく最悪の結末を迎える。</p><br><p>すっきり。</p><br><p>映画「プレシャス」のような悲惨な物語に希望を感じ、救いのない負の連鎖の物語に爽快さを感じ、で、正義をアジる義民の物語にはうさんくささを覚える。人間ってそういうものみたいです。</p><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 21 Jun 2010 10:06:59 +0900</pubDate>
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<title>宝塚月組公演「スカーレットピンパーネル」</title>
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<![CDATA[ <p>やっぱ出来がいい作品ってえのはいいもんです。あ～、楽しかった。</p><br><p>星ひいきとしてはなんなんだけど、月はえらいっすね。みんなそこそこ歌えるし、群舞はそろってるし。イケコさんの微調整もあったみたいだけれど、イマイチわかりづらかった物語のアナもすんなり飲み込めて。仕上がりとしては初演を上回った気がします。初演ヲタが言うんだから間違いないと思う。ハハ。</p><br><p>れおんのショーブランがとても好きでした。ＳになりそこねてドＭなっちまった敵役。恋も革命も良かれと思ってやったことなのに、すべてが裏目に出て、かわいそうにねえって頭をなでたくなるショーブランだった。</p><br><p>今回、最初に見たのはまさお版だったんですが、あれなに？　抱腹絶倒。革命の闘士っていうより、シェークスピアに出てくるいたずら好きの妖精みたいでした。マルグリットへの横恋慕もギロチン大安売りも、すべてが彼のいたずら。なので、振られても、スカピン軍に負けてもちっともかわいそうじゃない。星のときは泣きながら見た場面で笑っている自分にきづいて、まさおすげえと思いました。</p><br><p>なんだか、シンバル打ち鳴らすお猿さんのおもちゃみたいだったし。</p><br><p>みりおのショーブランは「ファウスト」のメフィストフェレス。神と賭けをして、この世を滅ぼすためにやってきた誘惑の悪魔。革命で世界を壊そうとしているぐらいの悪魔。かわいい顔してさあ、すごいよね、みりおも。「マダムギロチン」で群集を扇動している彼女の姿には鳥肌が立ちました。改めて、間違いなくセンターに立つ人だと思いました。</p><br><p>遅ればせですが、きりやん、おめでとう。好評だった初演をすぐやるっていうのはハードルの高い作業だっただろうけれど、腕のよさで乗り切った感じがしました。前半はイマイチ迫力不足かなあと思わないでもなかったのだけれど、「栄光の日々」でためにためていたものを全部ぶちまけてくれた。すごいね。あそこのために抑えてたのかあって思ったくらいです。</p><br><p>蒼乃さまは遠慮がないのがいいです。それが最大の彼女の武器かもしれない。特に最後のデュエットダンス。本当に遠慮ないよね。どかーんとぶつかって、好き放題踊る。でも、それが気持ちいいものに見えるのだから、きりやんとの相性がいいということなのでしょう。</p><br><p>腰りゅうのロベスピエールとか綾月せりのピポー軍曹とか月は脇も魅力的な人がそろっていてよいなあと思います。</p><br><p>でにマックス号泣ポイントはマリーの「殿下・・・」。これは初演と変わらず。そういえば、星の殿下はとんでもないことになっちゃったけれど、月の殿下はすごいうまかった。どうかすくすく育ってください。</p><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chonankan/entry-10567567047.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Jun 2010 16:23:44 +0900</pubDate>
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<title>佐倉義民傳</title>
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<![CDATA[ <p>チラシに「脚本・鈴木哲也」とあるのを見て、へ～、コクーンもついに本から作り直すんだあって思ったのが2ヶ月ぐらいまえのこと。</p><br><p>いや、ぜんぜん悪くないです。ほころびがないわけじゃないけど、全部通すとこうなるのかあとよくわかったし、ラップも何を言っているかよくわかんないというところも含めて竹本と受け取れなくもないし、けなげな子役ちゃんたちには号泣したし。</p><br><p>最後の5分さえなければ、「今年のコクーンも面白かったです。」って絵日記に書けそうだった。</p><br><p>なのに。ねえ、あのアジテーションはなに？</p><br><p>言葉で説明しちゃうくらいなら、なんでわざわざ芝居をつくったわけ？　何のために2時間半も芝居を見てきたわけ？舞台に向かってトイレットペーパー投げたくなりました。</p><br><p>もしかしてそれを期待してた？＞いとうせいこう。</p><br><p>あと、歌舞伎ってあんまりわかりやすくないほうがいいんだなと思いました。わかりやすいっていうことは、今の価値観に置き換えてしまうということだったりするわけで、今の感覚では理解しきれないものを、音や衣裳や装置やいろんなものでなんとなく伝えてしまうのが歌舞伎なんじゃないかと思うので。</p><br><p>置き換えてしまうと零れ落ちてしまうものがたくさんある。そこにこそ、歌舞伎の妙味はあるんじゃないだろうか。</p><br><p>とってつけたようでなんですが、七のおぶんがとてもよかったです。女形でもなく、けれど決して女優っぽくなく。大根なんだか天才なんだか、相変わらずふり幅の大きい七です。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chonankan/entry-10567522103.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Jun 2010 15:15:23 +0900</pubDate>
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<title>宝塚星組公演「リラの壁の囚人たち」</title>
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<![CDATA[ <br><p>ものすごくざっくり言って「凱旋門」、いや「プラハの春」かなあって思いながら見た青年館。１９８８年に月組でかなめさん主演でやってるやつらしいんですが、見終わるまで知らなかった。愛が足りないです。</p><br><p>ナチス制圧下のパリのレジスタンスに協力するためはるばるやってきたのに、ケガしちゃって身動き取れなくなって、かくまってもらった先の壁のなかでほれたはれたなになるイギリスの情報部員がかなめ君。</p><br><p>劇的な状況なのにしどころのない役。かな～り芝居のスキルがないと難しいと思う。せっかくの二番手時代の主演作品なのに、ハードル高い芝居を持ってこられちゃったなあと思いました。劇的と言ってもラヴィックや堀江ほどドラマチックじゃないし。なんか、もっと彼女が生きる作品はなかったのかい。ゆうひの「シャングリラ」みたいに。番外公演は、スターの注目度をあげるためにあるものじゃないのかい。</p><br><p>年寄りにはぐっとくる話なんすけどね。なんだかんだ言って最後は泣けたし。</p><br><p>泣かされたのはベニーのジョルジュ。戦傷で車椅子になっちゃって、かいがいしくフィアンセに八つ当たりするしかない。ポーラに「愛してほしいの」といわれても逆切れ。悲しい。なのに彼女を撃ったナチスに銃を向けて蜂の巣になる。</p><br><p>たぶん、ベニーのジョルジュはやりすぎなんだと思う。白目むいちゃって、危ない笑い声あげて。役の方向はまったく違うけれど、ねったんのヘスぐらいやりすぎ。芝居のバランスとしてはいかがなものかとも思う。でも、それがベニーのベニーたるゆえんだし、かなめ君がしごくあっさりなので、ベニーがあのくらいやってくれなかったら、おばさん、眠ってたかもしれません。ごめんなさい。</p><br><p>ジョルジュ、初演は久世さんだったらしいです。それをふられるベニ。なんかうれしい。しかもフィナーレの男役総踊りではスパンついてるし。両脇にしーらん、みやるり従えて出てきたとき、ひえ～！って声、上げそうになりました。この作品では二番手なんだから当たり前なんだろうけど、端っこでメンチきってたころの彼女が忘れられないんだと思う。</p><br><p>白華れみちゃんは娘役らしい娘役ちゃんだなあと改めて思いました。今の宝塚では貴重だと思う。楚々とか品とかいう形容詞がとても似合う。少し顔が太ってくれるともっといいんだけど。</p><br><p>みやるりのナチス将校も難しい役っすよねえ。冷酷なナチス将校がマリーへの情にくずれるところは、うまくいけば、主役差し置いて見せ場になる。こっちをベニー、ジョルジュがみやるりのほうがいい感じになったと思うんだけど、まあ、そうは行きませんわな。</p><br><p>みのりちゃんがみやるりに愛されちゃう酒場の女。かわいくて芝居もダンスもいいのに路線には乗らないのかなあと思っていたのでとってもうれしかったんですが、そうかお歌がすごかったのか。がんばれ。</p><br><p>美城れんちゃんがポーラのお父さん役（初演は未沙さん）。最初、なとりさんが出てきたのかと思いましたよ。お顔がかわいいのであれだけれど、芝居、本当にいいよね。腹すえてそっちの方向へいってくれないだろうか。</p><br><p>ところで16年後から振り返るというプロローグとエピローグはどうしてもなきゃいけないものだったんでしょうか。あれ、ないほうがかなめ君はやりやすいと思うんだけど。</p><br><p>とりあえずチケットはかなり取りやすい状況みたいです。虞美人もそうだったけど。日経株価９千円台だもんなあ。そういうことなのでしょうか。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chonankan/entry-10545245736.html</link>
<pubDate>Wed, 26 May 2010 09:37:26 +0900</pubDate>
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<title>宝塚花組公演「虞美人」</title>
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<![CDATA[ <p>千代田線の日比谷駅についたら女子がごっそり。でも、宝塚とはちょいと年齢層というか人種が違うような。地上に出てわかりました。日生にＧａｃｔ（眠狂四郎）、クリエに内くんが出てるからなのね。なんか、エストロゲン濃度が高い気がした。</p><br><p>かなり出遅れてしまった「虞美人」ですが、そうか、キムシンだったかあという以上に、すっかり自分が中国史を忘れていることに愕然としました。</p><br><p>出てくる地名とか人名が耳で聞いただけだとわかんないんですよ。「シンの国」っていったって、晋なんだか清なんだか秦なんだか。項羽と劉邦の時代なんだから、秦に決まってんだろうなんだけれど、始皇帝って言われてやっと思い出す情けなさ。</p><br><p>カンヨウも「へ？　漢陽？」って思っちゃって、それじゃあ朝鮮半島になわけですが、咸陽にたどりつくまでポカーン。カンオウも、ええと韓の王？と勘違いするとんちんかん。</p><br><p>ねえ。ソルフェリーノといわれる分には、それがそこだかわからなくても「そうか、ソルフェリーノという場所があるんだな」とスルーできるのに、なまじ漢字だと、それがどの字なのか結びつかないとすっごイライラする。カタカナのまま放置できない。ホゲは放置できても、チョウリョウは張遼？　張凌？　とかぐるぐる（張良だっつーの）。</p><br><p>そのたんびに集中力が途切れる。なので、どうして装置に地図をどかーんとつかってくれなかったんだろうと、少し逆恨みしました（ソルフェリーノでやったやん）。できれば、主な登場人物も、人名と肖像画（夢こわすような昔のでいい）つきで左右に並べてくれたらさらにうれしかったんだけど。どんくさい装置になっちゃうのは承知でお願いしたかった。</p><br><p>装置はテアトルエコーの大田創さん。「王家」もこの人だったみたいですが、今回はグラフィックな背景でけっこう面白かったです。ただ、それが物語を伝えるのに役立ってたかはいまいちわからなかった。なんで梅？　なんで項羽は獅子に乗ってやってくる？とか。きっとこれも何か意味があるんでしょう。わかる人にはわかる。でも私にはわかんなかった。ならば、地図～と思ったわけです。</p><br><p>キムシンの本＋演出は、予想よりはよかったです。相変わらず荒いし、８０人近くいるの上から１５人ぐらいしかつかってないけど、それはまあいつものことなので。</p><br><p>いちばんの儲け役は張良だしょうね。諸葛孔明なわけだから。冷徹に劉邦を傀儡王のように操る。まっつにぴったりだ。いや、まっつ、うまい！　薄ら笑いがかっこいい！　この人がいなかったら、今回の「虞美人」は成立しなかったかもと思いましたよ。</p><br><p>あとはやっぱり初？女装のダイモン＠桃娘。芝居のうまい人だから心配してなかったけど、本当に器用だと思う。声とセリフは無問題。みわっち＠韓信とのよりそいシーンで無理やりひざ折ってるのがばればれだったこと以外は満点なんじゃないでしょうか。あと、鬘か。なんでずっとおかっぱ？　童はしょうがないけど、おかっぱ似合わんで。あごのラインを隠したかったのかなあ。それともキムシンチョイス？　惜しいなあ。</p><br><p>ラストのあやねちゃんはきれいでした。キハも似合ってたけれど、虞美人もとっても似合ってた。呂妃をたずねていくくだりとか、キムシンが雑にしか書き込んでないのに、虞妃の心のうちがよ～くわかる。いい娘役になったなああと思います。しかし、寄り添い系がまたひとりいなくなるのね。寂しい。</p><br><p>そういえば、まあくんの歌が上手に聞こえました。耳、おかしいかも。　</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chonankan/entry-10542094177.html</link>
<pubDate>Sat, 22 May 2010 21:37:28 +0900</pubDate>
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<title>甘え</title>
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<![CDATA[ <p>劇団、本谷有希子公演。</p><br><p>「お前が生まれたから母親が去った」と言われ続けて育った女（小池栄子）は、夜になると寂しさにむせび泣く父親を憎み、愛していた。その父が恋人（広岡由里子）との再婚を決めた日、彼女は父を殺すことを決める…。</p><br><p>孤独にむせびなく父親への愛情にからめとられてひとり立ちできない頭でっかち女が、男に体をゆだねることで自分の道を歩みだす、っていう物語なんだと思いますが、小池さん演じるジュンが男を知るきっかけをつくるのが、安藤玉恵演じる友人のキョウコ。</p><br><p>いやあ、よかったです。安藤玉恵。すげえです。</p><br><p>キョウコは「やらせてくれ」と頼まれたら断れない女で、大好きな「先輩」（水橋健二）のためなら、まわされたってＯＫという、ありえんだろうという人なんだけれど、彼女が演じるキョウコを見ていると、「そういう気持ちになるのかもねえ、あなたなら」とえらく当たり前に納得してしまう。</p><br><p>ようはうまいってことなのかもしれません。でも、暗転して彼女が目の前にいた瞬間から、そういう人なんだろうと納得させる何かがあった。小池さんと茶飲み話してるだけのなのに、たぶん、この人は救いようのない、でも、だからこそいとしい女だと思わせるたたずまいがあった。なんなんだろう。あの、全身から発する救いようのなさは。</p><br><p>残念ながらポツドール時代は見てないのだけれど、こいつ、天才だなと思いました。</p><br><p>主演は小池さん。ナイロンとか演舞場とかで何度か見てきたけれど、今回ほど「舞台に向いてるんじゃないの」と思ったことはなかった。</p><br><p>ジュンは、キョウコと対照的に頭でっかちな女。彼女の頭でっかちさに、スーフリ的鬼畜の「先輩」すら敗北感を感じてトルストイを読み始めてしまうというくらいの。</p><br><p>役柄的には決して彼女に合ったものではないんでしょう。もうちょっと少女っぽい人がやったほうがよかったんじゃないかとも思ったりもしたくらいで（そのほうがジュンの残酷さがもっと出たかもしれない）。でも、突然、妄想に逃避しちゃうくだりとか、トランス状態の一歩手前で、いい感じでした。</p><br><p>面白かったです。ただ、本よりも役者のインパクトのほうがが強かった。演出がいいということでしょうか。</p><br><p>１時間４０分くらい。青山円形劇場。</p><br>
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<pubDate>Thu, 20 May 2010 00:03:31 +0900</pubDate>
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<title>文楽公演「金閣寺」「野崎村」　とか。</title>
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<![CDATA[ <p>久しぶりの文楽。</p><br><p>歌舞伎で見慣れてる演し物を文楽でみるとへ～ってことがいっぱいあって楽しいです。っていうか、そのへ～のために文楽見るのかもしれない。</p><br><p>金閣寺でびっくらしたのは、久吉が慶寿院を救出する件。金閣寺のてっぺんにある竟究頂からおろすわけだけれど、高く伸びた青竹に慶寿院をくくりつけて、いえや！ってしならせてバウンド、着陸させる。まるでワイヤーアクションやん。びっくりしました。</p><br><p>久吉が、大膳が井戸に投げ込んだ碁筒を拾いあげるところは、歌舞伎だと碁筒を扇で拾い上げて、碁盤に載せてキマリだったと思うのだけれど、普通に手で拾い上げてとことこ持っていく。へ～。</p><br><p>面白かったのは、久吉方に包囲された大膳は檻みたいなところに閉じ込められる。へ～の３連発。</p><br><p>歌舞伎だとせっぱつまった話のわりにのんび～りした一幕な感じがするのだけれど、こっちは大スペクタクル。人形だからできるんですかね。</p><br><p>「野崎村」は、歌舞伎だとお光っちゃんが大根抱えて出てくるところからなんだけれど、こっちは歌祭文売りがやってきて、「お夏清十郎」を久作さんが購入するところから始まって、油屋の姑息な下男・小助が登場。久松に盗みの嫌疑がかかってるんだいと脅しにやってくる場面がありました。</p><br><p>小助が出てくる場面は歌舞伎では見たことなかったんだけれど、まるで八右衛門。憎たらしいヤツなんだけど、なんか笑っちゃう。大好きな勘十郎さんがつかっていたこともあるだろうけど、かなり好きです。小助。</p><br><p>この場面が30分ぐらいあったのか。ちょいとしたことなんだけど、この場面があることで、久作とお光はなさぬ仲だってことや、お光っちゃんのお母さんが病床にあること。久松がなんで追い詰められてるのか。そしてなんで「新版歌祭文」っていう外題なのかがすっきりわかる。</p><br><p>なんで歌舞伎でやんないのかなあって思います。ここをやると2時間になっちゃうからかもしれないけれど、芝居としてはすご～く面白くなると思うんだけれど。</p><br><p>スターを立たせるには向かないっていうのがあるのかな。今回の文楽では野崎村の後に油屋、蔵場もついてました。ここまで通してみるとロミオとジュリエットで本当に泣けます。</p><br><p>見たことないけど、野崎村の前に、小助が久松をはめる件の座摩社という場面もあるらしいので、そこから蔵場まで通してみてみたいです。テンポあげた本を作ってもらって、花形でいかがざんしょ。コクーンでもいいけど。カンタ七でお染久松。久作に中村屋。小助を大奮発でニザさんに出てもらう。久作・小助は逆でもいい。</p><br><p>連獅子。所作事を文楽で見るのはお初。母獅子も出てくる楳茂都流版。一昨年の納涼で橋、扇雀、国ちゃんでやったのとほぼ同じかな、でした。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/chonankan/entry-10531826084.html</link>
<pubDate>Tue, 11 May 2010 11:11:14 +0900</pubDate>
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<title>宝塚星組公演「激情／ボレロ」</title>
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<![CDATA[ <p>久しぶりの神奈川県民ホール。</p><br><p>「激情」っていやあ、ラブシーンがすごいことになっていたことくらいしか記憶になり初演ヴァージョンですが、柴田先生らしいよくラブストーリーだったんですなあ。</p><br><p>こういう当たり前によく出来たラブストーリーって最近あんまりお目にかからないです。魔性の女に魅入られて破滅していく愚直な男。タイミングよく恋敵が現れて、命のやりとりがあって、悲劇で終わる。カタルシスってこういうのをいうのねって思う。こういうがっしりした物語を書ける若い人がいるといいんだけどなあ。</p><br><p>しかし、よく出来た物語にもかかわらず、ところどころ頭の中が？でいっぱいになります。配役ちがわんか？</p><br><p>香板でいやあそうなんでしょう。でもさあ、歌える子にぜんぜん歌わせないで歌えない子にばりばり歌わせる。柄に合わない役をやらせる。それが宝塚なんだけど、芝居を充実させることはすごい後回しで、まずはスターを見せる。いや、スターをつくるための配役が最優先になる。</p><br><p>でも、それで９６年つづいてきたんだから興行として間違ってないんでしょう。でも、どうなんだろう。それで本当にスターがつくれてるんだろうか。スターを輝かせるためには、脇の充実っていうのも必要じゃないんだろうか。</p><br><p>特にウメがいたらなあって何度もため息ついたカルメン。残念ながらねねには似合わなすぎる。あばずれや魔性の女とはいっても、カルメンに可愛げがないとこの物語は無理だと思う。ホセじゃなくたって前後不覚に溺れちまうよなあって思える女じゃないといかんのではないでしょうか。</p><br><p>「ボレロ」は普通にロケットの真ん中に真風がいてびっくりしました。まさか、彼女もここへきてロケットやらされるとは思ってなかったと思う。しかも、衣裳が特別仕様なわけでもなく。びっくり。</p><br><p>柚希は相変わらず痛々しいほどの孤軍奮闘。この人の技術点の上昇ぶりは本当にすごくて、ダンスは言うまでもなく、歌も芝居も。帰りしな、年配の男性が「柚希はすごい！」とツレの婦人に熱く語ってましたが、そう思う人がどれだけいてもびっくりしないです。</p><br><p>ただ、彼女ひとりが昇っていくものだから全体のバランスがすっごいことになってる。</p><br><p>星って前任者も前々任者も、周りを熱くすることにとても長けていて、トップだけが浮き上がるって感じることはあんまりなかったんです。わたるにしてもトウコにしても、組子を乗せるのはすごくうまかった。</p><br><p>柚希は自分を充実させることで必死なんだと思います。でも、公演を任される立場の人間はそれだけでは十分ではない。</p><br><p>ああ、誰かにそっくりだなあって思って、そうか、海老と同じなんだと思いました。</p><br><p>彼も、そうは見えないかもしれないけれど、すさまじい努力をしている。役のためなら１０キロダイエットも厭わず、寝ずに台詞の研究をしつづけている。でも、それが周りに伝播しない。海老はすごい！って思っても、芝居全体の熱さには必ずしもつながらない。</p><br><p>まだ若いってことなんだと思います。でも、海老とちがって柚希の時間にはかぎりがあるのにって思うと、切なくなるのでした。</p>
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<pubDate>Mon, 10 May 2010 00:36:12 +0900</pubDate>
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<title>五月新橋演舞場　夜の部　のつづき。</title>
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<![CDATA[ <p>御名残の子どもたちがやる「助六」。</p><br><p>若いなあって思う以前に、舞台にむっちり感が薄いです。演じ手がどうの以前に、出てる人数からして御名残より少しずつ少ない。金棒振りはひとりずつだし、新造も数人ずつ少ない。並び傾城も今回は４人。　並び傾城が４人でもいいのなら、御名残の菊史朗君は本当に大抜擢だったんだな。</p><br><p>人数で芝居するわけじゃないんだけれど、数で攻めてこそ「助六」のむっちり感なんじゃないかと思ったりします。</p><br><p>しかし海老の助六は大好きです。こんなに役と柄が貼りつくようにぴったりなことって滅多にないと思う。努力や工夫の結果だい！と当人不満に思うだろうなというくらいぴったりくっついて離れない助六と海老。</p><br><p>十郎五郎のやりとり。御名残の團菊はこれぞ大歌舞伎という大きさと軽さがあってとても楽しかったんですが、それとはまったく違ういとこ同士の十郎五郎。二人のシルエットが似てるのもあるかもしれないけれど、リアルに兄弟やりとりな感じ。そうだねえって共感しやすいのはこっちかも。</p><br><p>福ちゃんの揚巻。満江さんが出てきてからのしおらしいほうの揚巻さんが好きです。水入りで、豪勢な帯を浸して助六に水を飲ませるくだりはもっと好き。全身で助六をかばうところはもっともっと好き。静もそうだったけれど、ラブ！をダイレクトに出せるときの福ちゃんは無敵だと思います。</p><br><p>水入りは２２年ぶりらしいです。祝祭劇という暢気さから一転。白装束の助六が花道を駆け出してくる。水につかって立廻り。都合四役やった上に水かぶっちゃうなんて、３２歳の今しかできないかも。もっと鬼気迫ってくれるとさらに好きなんだけど。</p><br><p>通人は猿弥ちゃん。御名残が中村屋のあれだったんでソンだよなあと思ってたんですが、とんでもない。自在にやって、品を落とさず、でもちゃんと客席をあっためるいい通人。海老や染から信用されてるんだと思う。先月は師直。翌月に通人。器用だけじゃない愛嬌がうれしかったです。</p><br><p>七っちゃんの白玉は当たり前のようにきれいです。芝居のまとまりとしては、彼が揚巻をやったほうがよかったんじゃないかなとも思う。罵詈雑言浴びようと、観てみたかった。</p><br><p>昼も夜も、面白かったけれど、まだそれぞれが自分の芝居に必死で、かたまりとして迫るものがないのがちょっと残念。みんなで「どうにかしよう」にならないのは、若いからなのか、彼らの性質なのか。ちょっと不満。</p>
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<pubDate>Sun, 09 May 2010 12:10:53 +0900</pubDate>
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<title>五月新橋演舞場　夜の部</title>
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<![CDATA[ <p>夜の部は「熊谷陣屋」に「浮かれ坊主」に「助六」。</p><br><p>花形の初役を見るのが大のご馳走なんですが、おいらたち、こういうのをやって家を継いでかなきゃならないんですぜって宣言するような演し物が続くと、すごい疲れます。緊張するからだと思う。演じ手の緊張が伝わってくるとかいうんじゃなくて、平気かな、大丈夫かな、ダメだったらどうしよう…っていらぬ心配するからだと思う。</p><br><p>熊谷が出来なければ高麗屋は継げないと思ってるらしい染ちゃんの言葉には、悲壮なほどの覚悟を感じるわけです。柄的には違うものね。素人目にもそれは分かる。</p><br><p>で、苦悩の顔で出てきた熊谷。昼の源蔵は線の細さが気になってなんだかなあと思ったのですが、熊谷はそれよりはずっと大きかった。</p><br><p>特に幕外の引っ込みは泣けました。染ちゃんって距離が近づくとぐわ～っと感じさせるものが増える。本舞台にいるときは薄いなあというときでも、近くで見るとわあと感動しちゃったりする。</p><br><p>ただ、やっぱり柄的には違うんだよなあと確認してしまったのは、「助六」の白酒売りのほうがずっと染ちゃんらしくて楽しかったから。それでも背負っていかなければならないのは熊谷。たいへんだなあ、御曹司はと思うのでありました。</p><br><p>七っちゃんの相模はさすがにまだ厳しいのかな。武家の奥方にはあんまり見えない。片はずしって難しいんだなと思わされました。ただ、小次郎の首を抱く件はすごい泣けた。ある意味、山城屋より。唐突にすごいことになるのが七っちゃんの七っちゃんらしいところだけれど、本当にすごいな。</p><br><p>しかし。陣屋でいちばんびっくりしたのは海老の義経でした。出てきた瞬間に舞台の空気が変わる。梅玉さんの義経が大歌舞伎のデフォなのだとすると、海老のそれはかなり違うんでしょう。でも、この人の命には子どもを犠牲にしてでも従わなきゃならなかっただろうことはよ～くわかる。そのぐらい特別な空気を漂わせて現れる。</p><br><p>芝居以前にそういう空気を持ってるのが海老蔵という人なんでしょう。自分が役者じゃなくてよかったとつくづく思います。こういう人を前にしたら絶望するしかないもの。</p><br><p>つづく。</p>
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<pubDate>Sun, 09 May 2010 11:35:34 +0900</pubDate>
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