<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>いるかよ問はず語り</title>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/cicmathsakubun/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>作文教室での授業内容に関することや日々の気づきを綴ります。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>三日坊主</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/15/cicmathsakubun/c7/15/j/o0640048015277498288.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/15/cicmathsakubun/c7/15/j/o0640048015277498288.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>GWです。このブログを始めて1年が経ちました。が、前回投稿から8ヶ月、投稿数7。この事実からもお気付きでしょうが、私は三日坊主です。物事を継続して行うことがなかなかできません。毎日、いえ、毎日でなくとも定期的にブログをアップなさっているブロガーの方々は本当にすごいなーと思うのです。<br><br>継続は力なりといいますが、文章を書く行為はとても頭を使うので、継続は思考力の鍛錬になります。しかし文を書くにはネタが要ります。子どもたちの作文を見ていても、書きたいことがある時には、実にイキイキした作文を書きます。今年の冬、和歌山に何年ぶりかの大雪が降った時、何も指導せずとも、時間内に収まらないくらい書き進めました。<br><br>とはいえ、これは書きたい！と思えるようなイベントがゴロゴロ転がっているはずもなく、何も考えていなければ書きたいことが何もないという状態に陥ります。ですから書くためのネタは日々意識的に見つけていく必要があるのです。<br><br>では、どうやって？ 書かなくてはいけない、という義務を課すのも一つの方法かもしれません。書かなくてはいけないから、ネタを探す。ネタを探すため意識的に物事を見る。同じ物事を目にしていても、書こうという意識がなければ、なんの記憶にも残らず通り過ぎていきます。目の前の事象にふと目を止め、立ち止まり、思考してみる。そんな習慣がついたら書きたいことが溢れてくるのでは。なんだかワクワクしてきます。<br>なんてことを言いながら、三日坊主の私。まずは自分からですね。<br><br>こんな私ではありますが続いているのが主婦業。これも義務からですね。主婦になりたての頃、炊事はいいとして、洗濯が嫌いでした。絶対毎日しなくてはいけない。遊びに行っても、旅行に行っても、洗濯物はかならず出る。3日旅行すれば、もれなく3日分の洗濯物がついてくる。この有無を言わせぬ威圧感が嫌悪感につながっていたのですが、そう思いながらも30年近く毎日やっておりますと、もう当たり前すぎていつの間にか嫌悪感はなくなっていました。今では顔を洗うのと同じくらいの感覚です。<br>このくらいの強迫的な威圧感でもって義務化すれば、文章を書くことも朝飯前になるのかしら。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12800888208.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Apr 2023 15:19:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>探けん</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220923/08/cicmathsakubun/ec/97/j/o0640036015178438421.jpg"><img alt="" height="349" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220923/08/cicmathsakubun/ec/97/j/o0640036015178438421.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>ようやく秋めいてきました。これからは野山を探けんするのに良い季節となっていきます。</p><p>さて、問題です。探けんのけんの漢字はどの漢字を使いますか。</p><p>私は探険と書いていました。探検と書く人もいますね。辞書で調べてみるとどちらも正解だけれど、今は探検と書くのが一般的とのこと。</p><p>「ええ〜 、なんでよ。探けんって危険を伴うもんじゃないん？ だったら阝（こざとへん）でしょ。○十年前（昭和です）のテレビ番組で、川口探けん隊が、いつも未開の地で、未知の生物に遭遇して絶体絶命の危機に陥ってたやん！」と納得のいかない私。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなとき、ある文章に出会いました。中学2年生の問題集、Educational Network&nbsp;発展新演習 国語中2に掲載されている（筑波常治さん「自然と文明の対決」より）問題文。</p><p>&nbsp;</p><p>「昔は「探険」と書いたが、現在は「探検」と書くのが普通である。かつてのそれは冒険の険、危険の険であった。現在は検査の検である。この文字の変化は、いみじくも探検という営みの内容の変遷を象徴している。」と始まり15・6世紀の頃の探けんと現在の宇宙の探けんを比較しています。以下大雑把にまとめてみると、</p><p>「1519年マゼランは1枚の地図を頼りにヨーロッパ大陸を出発するも、地図が間違っていたため計画が崩れる。それでも自身の意志と判断力に賭け、悪戦苦闘の末、太平洋に抜ける海峡を発見した。一方精密無比な実行計画がたてられ、寸分の狂いもなく動く機械に身を任せて行われる現在の探検における人間の役割は機会の設定した路線を確認することであり、それは検査の一種といえる。」というようなことが書かれています。</p><p>&nbsp;</p><p>マゼランはその後世界一周することなく途中の地で原住民に殺されていますが、まさに危険と隣り合わせだった昔の探険に対し、精密な機械の路線に沿って行われる現在の探検。</p><p>険から検への変化に納得がいきました。</p><p>&nbsp;</p><p>今後は私も探検と書くようにします。とはいえ、いくら精密な計画が立てられていたとしても、自然相手の探検はそうそう計画通りに行くものでもないのでは？ やっぱり探険と書いてあげたい気もします……</p><p>&nbsp;</p><p>部活や受験勉強に手一杯で、読書する暇なんかないよ、という中高生が多いと思いますが、教科書や、問題集の文章も、驚きや発見、納得や救いの宝庫です。時々紹介していきたいと思います。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12765755772.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Sep 2022 08:33:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>パンダ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220719/21/cicmathsakubun/91/03/j/o0640042715149012137.jpg"><img alt="" height="414" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220719/21/cicmathsakubun/91/03/j/o0640042715149012137.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>夏休みが始まります。帰省、海水浴、観光とレジャーの予定を立てている方も多いことでしょう。ここ和歌山の人気スポットといえば、白浜アドベンチャーワールド。七頭のパンダファミリーに会える施設として有名です。</p><p>先日アドベンチャーワールドに行ったという生徒がパンダをテーマに作文を書くということで、パンダについて少し調べてみました。</p><p>&nbsp;</p><p>パンダはクマ科の動物。なので元は肉食。氷河期に生き延びるためや、古代、人が増え、生息地を高緯度地域に追いやられ、新しい地域で他の肉食動物と争わなくてすむように竹を食べるようになったなど、諸説あるが、生き延びるために進化の過程で竹を主食とするようになった。</p><p>肉食性の強い動物だったため、腸は短く、竹のような繊維質の多い食べ物の消化率が低い。そのためたくさん食べないといけないし、無駄なエネルギーを使わなくてすむように動きがゆっくりしている。</p><p>メスパンダの発情期は一年で3日ほどしかなく、メスが気に入らなければ、以後そのオスとは絶対に交尾しないので、パンダの繁殖はとても難しい。</p><p>&nbsp;</p><p>パンダの笹を食べる仕草やゆったりとした動きはなんともいえず可愛いのですが、可愛いには可愛くなった理由と歴史があったのですね。</p><p>パンダは苛酷な環境の変化に柔軟に対応し、自ら変化することで命をつなぎ、今まで生き延びてきたということなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>もしパンダが肉食にこだわっていたなら、今私達の前に存在していなかったかもしれないし、いたとしても可愛いとは程遠い動物になっていたでしょう。</p><p>鋭い爪と牙をむき出し、白い胴体に血を滴らせながら生肉を食らうパンダ…… &nbsp; 想像したくない……</p><p>&nbsp;</p><p>また、繁殖が難しいということですが、アドベンチャーワールドの永明はなんと16頭ものパンダのお父さんなのです。永明は優しく細やかな性格だそうで、相手のメスパンダの変化を敏感に察知して、繁殖がうまくいくようです。</p><p>子孫を残すことは生き物にとって、最重要課題です。相手の変化に柔軟に合わせることで、永明は自らの子孫をたくさん残すことができたのですね。</p><p>&nbsp;</p><p>見た目は優しい穏やかな可愛いパンダの、しなやかな強さを知り、ますますパンダが好きになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>振り返って、私達人間はこの先どれくらい生存できるのでしょうか。私達は柔軟でしょうか。地球の変化に柔軟に対応できているのでしょうか。自分の生きてきたほんの数十年間の世界を絶対視し、それを守ろうと必死になっているのでは。その行き着く先は……</p><p>&nbsp;</p><p>パンダについて少し調べてみることで、思いがけずパンダの可愛さの秘密を知り、人類の未来に思いを巡らせてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>夏休み、いつもとは違う体験をする機会に恵まれ、それを作文に書くこともあるでしょう。その体験をそのまま書くのも一つですが、少し頑張って、対象を調べてみませんか。いつもより面白い作文が書けるかもしれませんよ</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12754272268.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jul 2022 22:01:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>どっちでもいいはあかん</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/21/cicmathsakubun/88/0c/j/o1280072015134870974.jpg"><img alt="今日のらn" contenteditable="inherit" height="349" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/21/cicmathsakubun/88/0c/j/o1280072015134870974.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>とある病院帰りの老夫婦の会話。</p><p>夫 「このまま薬局へ薬貰いに行こか？ それとも一旦帰って、わし自転車で取りに行こ &nbsp;</p><p>&nbsp; &nbsp; &nbsp;か？」</p><p>妻 「そうやな…… どっちでもええよ。」</p><p>夫 「どっちにするかて聞いてんのやで。どっちでもええは一番あかん。」</p><p>&nbsp;</p><p>おじいさん、面白い事をおっしゃる。</p><p>&nbsp;</p><p>「どっちでもいい」 私達よく言い、よく聞きます。どちらかを選択する判断を委ねられたとき、相手に対する遠慮もあり、「どっちでもいいよ」と言いがちです。</p><p>でもよく考えてみると「どっちでもいい」って、すごく自分を楽させる言葉かも。</p><p>&nbsp;</p><p>何かを選ぶには、それぞれの良さ、悪さをあぶり出し、自分にとってどちらが魅力的なのかを比較検討し決断に至ります。</p><p>例えば、服を購入する時、好み、価格、品質、手持ちの服との合わせやすさ、手入れのしやすさ、流行り等、様々なことを検討材料にし、自分が何を重視しているのかを考えた結果、一枚を購入します。</p><p>お昼に何を食べるかですら、お腹の空き具合、体調、午後の予定、今日の夕食、カロリー、その日の天候、色々なことを考え合わせた結果、冷やし中華を食べているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>何かを選ぶというのは、結構エネルギーを要します。科学的にどうかは知りませんが、比較し、選び取るのはとても頭を働かせる作業のように感じます。こうした選択が一日に何度あることでしょう。</p><p>けれども、「どっちでもいい」ということで、考えることから開放され、頭を働かせる一つの機会は失われるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>作文教室でも、2つのものを比較し、どちらかを選ぶ、という作文に取り組むことがあります。&nbsp;</p><p>それぞれの特徴を取り出していくと、どちらにも良い点、悪い点が見つかります。そうすると、「どちらもいい」と結論づける子が結構います。けれどそれでは、そこで考えを放棄したことになるのです。どちらにも良さはあるけれど、自分はどの点を重要視するのか。そこにはまるのはどちらなのかを選び取ってほしいのです。</p><p>それは対象を見極めると共に、自分自身と向き合うということでしょう。「だから今の私はこれを選ぶ」と。</p><p>&nbsp;</p><p>人生は選択と決断の連続。おじいさんの含蓄ある一言から学んだ日でした。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12749000871.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jun 2022 21:59:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>バリンとボリン</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220512/22/cicmathsakubun/af/63/j/o0640042715117007771.jpg"><img alt="せんべい" contenteditable="inherit" height="414" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220512/22/cicmathsakubun/af/63/j/o0640042715117007771.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>「ばかうけ」っていうお煎餅、美味しいですよね。私は「ばかうけ」のごま揚げ醤油味が好き。今日も「美味しいなあ」と袋を眺めながら味わっていたら、「ばかうけ」のPRキャラクターに目がとまりました。名前、バリンとボリン。うーん、確かに食べる時、ばりんぼりんって音だわ、と感心しながらそれぞれのキャラクター紹介を読みました。</p><p>&nbsp;</p><p>バリン　強くてたくましい　リーダー的存在</p><p>ボリン　明るい性格　優しくてマイペース</p><p>バリンはお口がピンク色、名前はピンクで中塗りされている。ボリンは眉がキリリと青い色、名前も青で中塗り。</p><p>&nbsp;</p><p>へえーと二度目の感心。一昔前ならこのキャラクター設定、逆になっていたのではないかなって。昭和生まれの私には、青系＝男の子＝リーダー、ピンク＝女の子＝優しい　という等式が刷り込まれていました。栗山米菓さんの意図するところは分かりませんが、ジェンダーレスの世相を反映しているのかな、と好感を持ちました。</p><p>&nbsp;</p><p>無意識の中に刷り込まれているジェンダーですが、バリンとボリンに、やんわりと意識のアップデートをしてもらえて、栗山米菓さんへのイメージも良くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>一方、まだこんな意識なんだ、と違和感を感じるCMも。某住宅会社のCM。女性は台所でクッキング、男性はリビングで読書。どちらも趣味の時間を過ごしている様子ではありますが、古典的な設定に、住宅なんだから、若い人に向けてのCMだろうに、こんなんで良いのかなあと余計な心配をしてしまいます。もちろん、一つの価値に縛られる必要はないのだけれど、この会社には古い考えの人が多いんだろうなあなんて勝手な企業イメージも抱いてしまうのです。</p><p>&nbsp;</p><p>今は世の中の流れが速く、それにつれて価値観もどんどん変化していきます。以前は普通だった事が今はアウトとなり、それについていけない古い考えのおじさんが公で叩かれるという場面、思い出せますよね。</p><p>普通というのは相対的なもの。世の中が変われば価値が変わり、それに伴い、普通も変わる。お忘れなく。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12742606222.html</link>
<pubDate>Fri, 13 May 2022 20:18:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>当たり前を疑う</title>
<description>
<![CDATA[ <div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220504/21/cicmathsakubun/cc/40/j/o0620041415112753431.jpg"><img alt="当たり前を疑う。それって絶対？" contenteditable="inherit" height="414" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220504/21/cicmathsakubun/cc/40/j/o0620041415112753431.jpg" width="620"></a></div><div><div>&nbsp;</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ブラック校則の廃止が話題になっていた。下着の色指定や黒髪の強要など、不合理で行き過ぎた校則を見直そうというもの。「そりゃそうだろう。時代錯誤だ。」と多くの方が思ったであろう。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">しかし、よく似たこと、私達してるよね。</span></div><div>日本人は規範意識が高い国民だと言われる。決められたルールは守らなければならないと考える人がほとんどだ。車があまり通らないごく短い横断歩道であっても、信号が赤なら止まらなければならないと言うだろう。ルールなのだから、守るのが当たり前とされる。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも、当たり前って、何？</span></div><div>&nbsp;</div><div>私達の行動には目的がある。学校に行くために歩く。遅刻しないために走る。痩せるために運動する等など。</div><div>その信号機が設置された当時、そこは交通量が多かったのだろう。信号機のおかげで歩行者が安全に横断するという目的は叶えられた。</div><div>しかし時代は変わり、状況も変わっていく。でも一度決まったルールは変わらない。無目的にルールを守るという目的のためにそうしているということは、多くあるように思われる。</div><div>&nbsp;</div><div>作文教室では、このような当たり前を疑い、いつも当たり前にしていることを、「本当にそうかな？」と考えてみたりもします。</div><div>毎日お風呂に入るのは当たり前にしていることだけど、ほんとに当たり前？ 昔の人は？ 外国の人は？ 何のために入るの？ メリットは沢山あるけど、デメリットもあるよね。SDGSの観点からは？ ムム、なんか当たり前じゃなくなってきたかも。</div><div>テーマは単純、バカバカしいかもしれませんが、意外と深いところへ誘ってくれる題材です。</div></div><p>&nbsp;</p><div><span>via&nbsp;<a href="https://cicsuugakusakubun.theblog.me">CIC数学舎・作文教室</a> </span><br><span>Your own website, </span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a> </span></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12740984350.html</link>
<pubDate>Wed, 04 May 2022 20:09:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>さくら</title>
<description>
<![CDATA[ <div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220504/21/cicmathsakubun/57/c2/j/o0619041215112761419.jpg"><img alt="桜についての考察" contenteditable="inherit" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220504/21/cicmathsakubun/57/c2/j/o0619041215112761419.jpg" width="619"></a></div><div><div>&nbsp;</div><div>世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平&nbsp;</div><div>願わくは花の下にて春死なんこの如月の望月の頃 西行&nbsp;</div><div>業平は桜がなければ春の心は穏やかなのにといい、西行は桜のもとで死にたいと歌った。&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>作文教室では、春になると度々「桜」についての考察をとりあげています。</div><div>古来より数々の歌に読み込まれ、いつ咲くかと心待ちにされ、開花予報、桜前線なる言葉、コロナ禍で花見の宴ははばかられるものの、桜を見に歩きに行かずには収まらない心のざわつき。かくも我々日本人の心を魅了する桜とは一体何なのでしょうか。</div><div>花自体の色、形、咲き方、散り方、開花に至る過程&nbsp;</div><div>他の花との違い、時期、花の位置&nbsp;</div><div>日本の風土、習慣、年中行事&nbsp;</div><div>様々な視点から桜を深堀りし、日本人の桜好きについて考えます。&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>とはいえ、そんな桜の時期もとうに過ぎ、今は若葉芽吹く、さ緑の季節。三年坂の木々が日に日に緑を濃くしています。ツツジの蕾も膨らみ白、桃、赤紫色の花で彩り始めました。ツツジの赤紫色のことを躑躅色というのだそう。日本の色は豊かですね。私は生命力あふれるこの季節が実は一番好き。緑滴るという言葉がピタリと当てはまる気に入りのスポットを眺めつつ毎日坂道を登っています。&nbsp;</div><div>ところで、大体の花は葉が茂ってから花が咲くと思うのだけれど、桜は花が咲いた後で葉が出ますね。梅もそうかな。これは何でなんでしょうね。</div></div><p>&nbsp;</p><div><span>via&nbsp;<a href="https://cicsuugakusakubun.theblog.me">CIC数学舎・作文教室</a> </span><br><span>Your own website, </span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a> </span></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/cicmathsakubun/entry-12740587677.html</link>
<pubDate>Mon, 02 May 2022 14:23:31 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
