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<title>映画起業家の、妄想と現実、その顛末記。</title>
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<description>ASUKA精神藝術ルネサンスを目指して。</description>
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<title>日本発のルネサンスで世界を変えよう。</title>
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<![CDATA[ <div></div><span style="font-size: 18px;">こんにちは！ 映画起業家の中川俊秀です。<br><br>ではルネサンスって何？ってなると思うのですが。<br><br>物質文明をわが国はひた走りにひた走ってきたわけですよね。<br><br>それで経済大国になれたわけです。<br><br>これはこれでとても素晴らしいことなのです。<br><br>しかしながら年金を持ち出すまでもなくて、<br><br>高度経済成長時代にやってきたことで<br><br>見直さないといけないことは多くあるわけです。<br><br>企業の不祥事にしてもですね。<br><br>不死鳥のごとく日本は蘇りはしたけれども、<br>実際はどうだったの？ってことなんです。<br><br>もっと計画性があって実行しておれば、<br>喪われた何十年とならなかったのかもしれませんよね。<br><br>日本映画が破綻したのは時代を読み間違えたからです。<br><br>テレビの普及が当時の皇太子さまのご成婚より浸透し始めた。<br><br>その時に抜本的に変革すべきだったのです。<br><br>映画人には驕りがあったのです。<br><br>映画が、映画が、という時代ではなくなってしまった。<br><br>私のルネサンスというのは科学、精神、哲学、宗教、藝術の全てを融合させようという試みなのです。<br><br>かつて学問は一体でした。<br><br>哲学者であり、医者でもあるというように、特に専門領域にとらわれることはなかったわけです。<br><br>いまもまた専門領域という狭い枠で考える時代ではなくなりました。<br><br>限界なのですよね。<br><br>そうしたボーダーを外してみよう、っていうのが私のルネサンスです。<br><br>科学も行き詰まり、宗教も行き詰まった現代。<br><br>新しい価値観を生み出すバックボーンはすでにあります。<br><br>日本人は芸術性すぐれた民族であると同時に創造性すぐれた民族でもあります。<br><br>和洋折衷を繰り返してきた歴史があります。<br><br>いまこそ日本は世界にむけて新しい価値観を発信するべき使命があると考えているわけです。<br><br>みなさんの応援がなによりの支えです。これからもよろしくお願いします。<br><br>お読みいただきましてありがとうございました。<br><br></span><div></div>
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<link>https://ameblo.jp/cinelavie2014/entry-11934302269.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Oct 2014 14:49:54 +0900</pubDate>
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<title>個人の映画製作会社を作りたい人は手を上げて(^O^)/</title>
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<![CDATA[ <div></div><span style="font-size: 18px;">こんばんは！ 映画起業家の中川俊秀です。<br><br>みなさんは感じておられるでしょうか？<br><br>世界の価値観が変化していることに、です。<br><br>個人の時代とかいうものでもなくて、<br><br>生き方そのものでもあり、確実にライフスタイルが進化しているわけです。<br><br>特別に企業に雇用されなくてもいいし、<br><br>好きなことをやってもいいし、<br><br>山に籠って生きていってもいい、<br><br>そんな、ある意味無国籍的な生き方こそ、現代という時代の醍醐味なのですよね。<br><br>私もこの桃源郷にいたるために地獄の選択肢をあえて選びました。<br><br>なぜなら普通の感覚ではこの桃源郷にはいたれないと考えたからです。<br><br>人間には器というものがあります。<br><br>当時の私ではとうてい桃源郷にはいたれない器だったのです。<br><br>私はこれから桃源郷に邁進します。<br><br>では自分にとっての桃源郷とは。<br><br>学問、精神、芸術のボーダレス、ルネサンスの活動です。<br><br>そのために私は大学で宇宙物理学を研究します。<br><br>哲学、精神、科学を一体と捉えた研究をしたいのです。<br><br>ipsに対抗したいのですよね（笑）<br><br>で、もうひとつの私のライフワークである映画。<br><br>これは３０年来の構想を実現させます。<br><br>私の先祖の鹿児島甑島に映画のスタジオを造ります。ついでに天文台も併設します。<br><br>奈良の明日香には映画の殿堂（上映施設）を造ります。<br><br>明日香は規制がありますからね、またそこは検討の余地がありますね。<br><br>いまはインターネットがあるので、いかようにもできます。<br><br>もちろん映画を造ります。<br><br>いままでは他の人と調整することで、最終的にはつぶれてしまったのでした。<br><br>いまはカメラとMacさえあればできるし、いい時代ですよね。<br><br>個人の映画製作会社がもっとできてもいいと思うんですよね。<br><br>私は誰よりも映画のことをわかっているという自負はあるのですけれどね、<br><br>なにせここ３年間は地獄道をひた走ってきてたので、ほとんど浦島太郎状態なんですよね～<br><br>てことで精進、精進ですね。<br><br>以上のプランを検証と研究と実践を繰り返してこれからやっていきます。<br><br>人間の人生はいくらでも造型していくことが可能です。美しく。そうして生き甲斐のあるものに。<br><br>せっかくの人生、せっかくの与えられたいのちですからね、頑張っていきたいと思います。<br><br>みなさんの応援がなによりの支えです。これからもよろしくお願いしますね。<br><br>お読みいただきましてありがとうございました。</span><div></div>
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<link>https://ameblo.jp/cinelavie2014/entry-11933991923.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Oct 2014 21:09:52 +0900</pubDate>
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<title>とある仮説の始まり、検証することの意義について。</title>
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<![CDATA[ <div></div><span style="font-size: 18px;">こんにちは！ 映画起業家の中川俊秀です。<br><br>私は今まで限りなく情報の発信をしてまいりました。<br><br>いろんな意図があったり、好きだからというのもあったりしました。<br><br>でも今回は全ての思うところを出し切りたいと思っています。<br><br>その目的は私の映画芸術に対する考えを出し切ること。<br><br>何よりも私の世界観を好きになっていただくこと。<br><br>同じ志を持つ人との出会いのために。<br><br>私の桃源郷、世界観を好きになってもらうために、です。<br><br>私にとって芸術とは生きることと同義なんです。<br><br>芸術を表現する人々と出会いたい。<br><br>同じ志の人々が共鳴し合い増幅し、新しいさらなる芸術を生み出す。<br><br>そうした世界です。<br><br>私がKYOTO映画塾という映画の学校に行った時は監督コースでした。<br><br>でも今は映画監督になりたいという気持ちも特にはないのです。<br><br>映画は作りますが、自分は監督はしないつもりです。<br><br>私がやりたいのは世界観の創造なんです。<br><br>映画の監督というものはそれに没頭しなければできません。<br><br>特に今の私は学習塾もあるし、全体のプロデュースをやりたいのですよね。<br><br>今回はやることに意味があるので。<br><br>まずは実現が最優先です。<br><br>なぜ今回映画をすると決めたのか。<br><br>それはこの８月にヒラメキがあったからなのですよね。<br><br>すべては宇宙様のお導きではあるわけですが。<br><br>これは必然的なものだと思っております。<br><br>かつては私オリジナルの企画を映画にしようとして駄目だったんです。<br><br>今回はオリジナルではありません。<br><br>過去に題材をとる歴史劇です。<br><br>これは誰もが知る人物をめぐる物語です。<br><br>この人物は私にとってはほとんどメンターといえる人でもあります。<br><br>だからこそヒラメキもあったんだろうとは思うのですが。<br><br>これはだから私にしかできぬ企画だと思っています。<br><br>企画はこれ。<br><br>それで問題はここからなんです。<br><br>従来の映画の方法ではあまり意味はないのです。<br><br>私のやりたいことは映画を作る、そして映画館で公開する。<br><br>という方法では物足りない。<br><br>私は今回やってみたいことがあるのですよね。<br><br>映画産業には配給会社というものが存在するわけです。<br><br>そもそも配給ってなんぞや？<br><br>興行、つまり映画館にプリントを配給するという意味なんですけれども、<br><br>また宣伝展開、つまりパブリシティも役割としては持っている。<br><br>これらの部分に映画の収益はほとんど持っていかれるわけです。<br><br>たとえば映画館で１億円収益があれば７～８千万円が持っていかれる。<br><br>残りが制作に回される。<br><br>単純な説明ですけれど、だいたいこんな感じ。<br><br>だからね、思うんです。配給っているんだろうか。<br><br>たしかに全国公開っていうものあっていいけれど、<br><br>別に全国公開しなくてもいいし、<br><br>もちろん単館では収益は少ないし。無理はないのか、、<br><br>とかね。<br><br>年間６００本製作されているわけですが、<br>ほとんどがテレビ放送、ソフト販売のためですよね。<br><br>だから映画館で公開するのはその宣伝のためというものもあるわけです。<br><br>何か本末転倒な感じがするわけです。<br><br>映画の価値ってのは大きいのに、自ら価値をそいでる感じがするんです。<br><br>配給、興行という高コスト流通を通すことを前提にするから、だめなんじゃないかと。<br><br>始めから破綻しているのではとね。<br><br>私の仮説はですね、映画の価値を大いにあげることを考えたようなわけです。<br><br>簡単にいえば、７～８千万円もコストかかるなら、映画館一つも準備できるやん、みたいな。<br><br>そもそもの発想を変えてみる。<br><br>そうすれば自由な展開ってものができるはずなんですよね。<br><br>放送産業も今の映画の仕組みって案外嫌がっているんではないのかなとも思いますけれど。<br><br>ただ結びつきがありますから。それを壊すより現状のままの方がよいということなんでしょうね。<br><br>映画の価値を含めて、いろいろとやり方を変えてみていいのだと思います。<br><br>私が３０年前から考えているくらいだから、どこかで誰かがトライしているはずです。<br><br>そんな人たちと結束できたら面白い展開もできるかもしれませんね。<br><br>お読みいただきましてありがとうございました。<br><p><br></p><p></p></span><div></div>
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<link>https://ameblo.jp/cinelavie2014/entry-11928124991.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Sep 2014 14:50:32 +0900</pubDate>
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<title>渡辺勘治的な、精神の革命こそが今問われている。</title>
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<![CDATA[ <div></div><span style="font-size: 18px;">こんばんは！ 映画起業家の中川俊秀です。<br><br>みなさんにとってヒーローはいますか？<br><br>私にとっては「七人の侍」菊千代こと、三船敏郎さんではあるのですが、<br><br>今の状況を考えてみると。<br><br>同じ黒澤監督の「生きる」の渡辺勘治その人です。<br><br>名優志村喬さんが演じています。<br><br>「生きる」は「七人の侍」と並んで世界最高の映画の一つです。<br><br>そんな素晴らしい映画なのですが、観ていない方もおられるかもしれませんね。<br><br>なんせ古いですからね。<br><br>かいつまんでいうと。<br><br>主人公渡辺勘治は初老の市役所の市民課長なわけです。<br><br>万年課長。<br><br>仕事はただひたすら書類に判子を押すだけなんですね。<br><br>もはやロボットでもできるやん、みたいな。<br><br>ある時。<br><br>渡辺勘治は胃癌の宣告を受けるのです。<br><br>もちろん先生は直接告知したわけではないのですけれど、<br><br>たまたま隣にいた伊藤雄之助さんが演じる男が囁くんです。<br><br>胃癌になったら、こうなるとか、どうなるとか、細かに話しかけてくるわけです。<br><br>まさか隣の渡辺勘治が胃癌であるとも知らないわけで。知らない者同士のお話しだから。<br><br>そうすると全て思い当たるわけです。<br><br>これが人生の転機となるのです。<br><br>何のために生きてきたのだろうか。<br><br>息子に言うかと思うんです。<br><br>昔の良き日がフラッシュバックされるんです。<br><br>私にも愛息子がいますのでね、今観たら泣けますよ、<br><br>でもね。息子には愛想のない嫁がいてまして、そんなムードでもないわけです。<br><br>息子までが嫁のいいなりで、おやじ批判です。悲しい。<br><br>そこでハッと気づくわけです。<br><br>「何のために生きてきたんだろうか」とね。<br><br>そこからやけですよ。<br><br>酒におぼれる、女と遊ぶ。<br><br>でもね、全然楽しくないのです。全然。<br><br>ダンスホールで志村喬の唄う「ゴンドラの唄」には鬼気迫るものがありますね。<br><br>そうして、かつて市民課にいた女の子が付き合ってくれて遊んでくれるわけです。<br><br>お金はありますからね。<br><br>でもその女の子もいやになってくる、めんどうくさい。<br><br>渡辺勘治は訊くわけです、<br><br>「なぜ、その、あの、君は、そんなに元気で、幸せそうに、あの、どうしたら、そんなふうになれるのか、」<br><br>女の子はおもちゃを取り出して、<br><br>「ただね、私はこれを作ってるだけよ、ただそれだけよ、」<br><br>その時に渡辺勘治は気づくんですよ。<br><br>自分の生き甲斐にね、やるべきことがあった、とね。<br><br>市民課に要望が入っていたのを思い出したのです。<br><br>地域の親たちが公園を作ってくれ、と。<br><br>渡辺勘治は残り半年、公園を造ることに、それこそ命を賭ける、、、。ちゃんちゃん。<br><br>長くなりましたけれど（笑）、私にとってはこの渡辺勘治こそ、ヒーローだと感じるわけです。<br><br>私ももう来年で５０歳です。半世紀も生きてきたんですよ。<br><br>でも何も達成していないわけです、渡辺勘治のように。<br><br>やっぱりね、何かやりきりたいんですよね。<br><br>人生くすぶったままでは何のために生まれてきたのかわからない。<br><br>人生最後の最後くらい打ち上げ花火をあげたい。<br><br>だからこそ、私はいま覚醒したんだと思っています。<br><br>映画は自分を逃避させるための対象ではなくて、<br>生きていくための術であるということ。<br><br>それに気づいたんです。<br><br>そうしたらね、すべてが瓦解していったんです。<br><br>すべてが見えた。<br><br>今までは地獄だったんです。<br><br>もちろん今でも状況は何ら変わってはいないのです。<br><br>でも目標が見えた、あの「法華経」の釈尊が光明を投げかけるごとくに、です。<br><br>私の人生はこの時、この場所でしか、見えないものだったんですよ。<br><br>地獄を経験しなければ、桃源郷にたどり着けないことになっていたというか。<br><br>目標どころか、過去から未来にいたる人生にサーチライトが当たったというのでしょうか。<br><br>私は２０歳の時に「日本には精神の革命が必要だ」と大学のレポートに書いたことがありました。<br><br>今でもそういう想いはありますが、それより何より、<br><br>自分の精神の革命こそ必要なのであり、<br>今こそその時なんだということなんですよね。<br><br>渡辺勘治のごとく、かっこよく人生をエンディングさせたいと思っています。<br><br><br>お読みいただきましてありがとうございました。<br></span><div><br></div><div><p><br></p><p></p></div>
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<pubDate>Sat, 20 Sep 2014 17:32:27 +0900</pubDate>
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