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<title>一九悠会会員の日記帳</title>
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<description>一九悠会会員の日々の活動記録</description>
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<title>小田原海岸でアオバトの海水吸飲</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.05pt; mso-char-indent-count: 1.0"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">アオバトを知っていますか。アオバトは深い森でなければ暮らせない鳥ありながら、海辺の岩礁で海水を飲む習性があります。その色は緑色の鳥で、頭から背中は抹茶色、胸は黄緑色しており、オスの肩部分の翼はワインレッドをしているきれいな鳩です。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　大磯町の照ガ崎の岩礁はアオバトが海水吸飲するところとして知られています。アオバトが飛来する磯が保全され、アオバトの海水吸飲を観察することができ、神奈川県の天然記念物として保護されています。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　実は、小田原海岸にもアオバトが飛来して海水吸飲をしています。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　小田原海岸には２ケ所アオバトの飛来、海水吸飲するところがありました。その飛来地の一つ、米神と根府川の間にある真鶴道路の新道の国道１３５号と旧道の県道７４０号の合流点の上の崖の林にアオバトがいったん飛来し、それから岩礁で海水吸飲をしていました。しかしながら、旧道の県道７４０号が拡張され崖の林が伐採され、アオバトが来なくなり、貴重な自然が消滅してしまいました。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　もう一か所のアオバト飛来地も片浦地区南部にあり、毎年５月ころから１０月まで海水吸飲を観察できます。アオバトが飛来する環境を保全し、保護したいものです。（５０ｙｍ）<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150319/08/circle19u/f1/71/j/o0800059913249123069.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150319/08/circle19u/f1/71/j/t02200165_0800059913249123069.jpg" width="220" height="165"></a> <br></font></span><span lang="EN-US"><br></span></p>
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<pubDate>Thu, 19 Mar 2015 09:24:12 +0900</pubDate>
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<title>見舞い</title>
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<![CDATA[ <font size="5"></font><br>ＡＴ様<br><br>これは友人お見舞い手紙です。最近、ブログに記載がないので私信ですが載せました。<br><br>君が病気で入院していたことミヤから訊きました。知らなかったとはいえ、70日間も入院をしていとは、、、ビックリです。<br><br>奥様の心労はいかばりかお察しいたします。僕も先ず中咽頭癌から始まり、心臓の手術。脳梗塞やなんだかんだで、<br><br>述べにすればば約100日間の入院生活でしたから、夜にトイレに行きたくなり、看護師さんを呼ぶのが毎度のことですが、<br><br>申し訳なく、切なく、トイレが終り、その後は朝まで眠れないこともありました。窓際のベッドですと夜が明け、白々として来る<br><br>のが待遠しく、天気次第ですが晴天の日はほんとうに明るく、気分も明るくなりました。<br><br>毎日、家内が見舞がてら朝刊や着替えを持参してくれたり、洗濯物を持ち帰ってくれましたが、家内が帰ってしまった<br><br>後の空虚な寂しさを思い出します。昼夜、ＴＶはあまり観ないでラジオに癒されました。特にＮＨＫのラジオ深夜便が<br><br>眠れない夜の友になりました。食に関しては、どこも同じような病院食でしょうが、不満も希望はありませんでした。<br><br>ただ梅干しと焼のりは必需品で、梅干しは紀州の南高梅を指定しました。<br><br>君を苦しめたのは、膵臓と訊きました。僕は膵臓で苦しんだことはありませんが、膵臓は難儀な臓器だと知っています。<br><br>君は膵臓の1/3も摘出手術だった由、手術が成功して良かったですね。正に名医です。どこの病院ですか。<br><br>膵臓で苦しんだ友人は二人います。共通していることは腹と言うか、ひどい痛みです。二人とも救急車のお世話に<br><br>なり、亡くなりました。<br><br>大兄は6月中頃に退院された由、長期間の入院は筋肉が痩せ腰痛になります。僕もそうでしたが、退院前の指導で<br><br>院内を歩かされました。東海大・伊勢原でしたが1Ｆから9Ｆまで歩き、すごく疲れたことがあり、先生から過ぎたるはなお<br><br>及ばざるが如しと笑われたこともありました。<br><br>ミヤの話では一所懸命に歩行訓練をして、筋肉を元通りにしているとのこと、僕も歩いていますが、5～6千歩です。<br><br>50～60分です。無理はしません。それと週2回リハビリ（送迎付）に通院しています。<br><br>お見舞いを同封しましたが、果物でも買っていただければ幸いです。<br><br>10/17の中学同窓会に出席の予定です。<br><br>平成26年9月15日<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　殿塚悌三郎<br><br><br>
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<pubDate>Mon, 15 Sep 2014 20:13:39 +0900</pubDate>
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<title>月ごと酔夢譚望外編</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月ごと酔夢譚望外編</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; tab-stops: center 214.6pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="5">　　　　　　　<strong>ゆく年くる年</strong></font></span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><font face="Century"><span style="mso-tab-count: 1">                                                </span><br></font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">わずか１０坪に満たない小さな家庭菜園だが、自分で野菜作りを始めてみると意外と管理が大変とつくづく実感している。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">数年前、小田原北条五代祭りの武者行列を見るため、大工町通りを歩いていたら、銀行の駐車場の一角に鉢植えの蚕豆が置かれていた。あまりに実が立派なので感心して見ていると、近くにいた係員から「これは生ゴミから作った堆肥で育てたものですよ」といわれた。堆肥の作り方は簡単で、必要な基材は市が提供するから取り組んでみませんかというので、数日後、近くの支所で行われた説明会に出かけてみた。鉢植えやプランターでの栽培なら自宅でも野菜作りができそうだと興味が湧いた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">各家庭で生ゴミを処理するようになれば、現在焼却のため使用される重油代が、年間で数億円も節約できるのでこの制度を是非普及させたいと、そのとき、市の職員から説明された。我が家には野菜作りができるような畑はないが、プランターでならできそうなので早速堆肥つくりに挑戦してみた。家の隅の雨がかからないところで、ダンボール箱に基材と称する米ぬかとおがくずを入れ、そこに台所から出た生ゴミを入れてかき回しておくだけのことである。時々、天ぷら油の廃油を混ぜると醗酵による熱で虫も湧かないという。基材は定期的に支給されるので、新しいのが届いたら、古いのはそのまま放置しておけばいい。自然にさらさらの堆肥が出来た。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">残念ながら野菜作りの知識が無いので、とりあえず植木の根元などに埋め込んでいた。しかし堆肥の効果を知りたくて、いつかは家庭菜園を借りて野菜作りを本格的にやってみたいと思っていた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">わが蓮正寺地区には家庭菜園があちこちにある。自宅では堆肥を処理するスペースは無いので、思い切って酒匂川近くにある家庭菜園の地主を訪ね、空いている１区画を借りることにした。非力だから鍬もスコップも小さめのものを用意した。ビーバートザンから苗を買ってきて植え、雑草を刈り、水を運んで苦労したあげく、食卓に並べられるものが収穫できたのはミニトマトとゴーヤと茄子だけだった。知識が無いのは周りの人が助けてくれた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">曰く「連作しないように」「この茄子は水を与えすぎて根腐れしている」「韮は早めに刈れば次に柔らかい葉が伸びて食べられる」「サヤエンドウには霜よけに笹を回りに立てよ」「肥料を買うならＪＡが安い」などなど通りがかるたびに声をかけてくれるのはありがたい。多分内心では、何も知らないのだなとあきれているのだろう。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">スーパーにいくと野菜の値段が妙に気になり始めた。苗と肥料代を計算すると野菜作りは随分と割りが合わないと感じながら、それでも畑に足を運ぶのは自分が育てたものが確実に成長して行く過程が目の当たりに出来たからだろう。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">もうひとつには、家に閉じこもっているのに比べて気分転換が図られたことか。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">家庭菜園からは富士山の雄姿を眺められる。特に冬の富士は素晴らしい。そして手前に箱根連山がたおやかな稜線を連ねる。その東側には矢倉岳が美しい姿を見せる。金時山は隠れて見えないが、矢倉岳に続くなだらかな尾根は多分足柄山だろう。９月、古稀を迎えて体力を試そうと自宅から金時山を目指して歩き、帰路、道に迷い、山の中で一晩を過ごしたのはあのあたりだったのだろうかと鍬を持つ手を休めてながめたりする。どのあたりで道に迷ったのか、もう一度、同じ道を辿って検証してみたかったがいまだ実現していない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">さて今日は大晦日。一年を振り返ってみて自分にとって一番大きな話題が家庭菜園での野菜作り挑戦とは、なんとわびしい日常かと慨嘆する。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">新聞を開くと、アベノミクスという活字が毎日躍っている。これにも縁が無かったなと嘆かずにはいられない。数年前、証券会社の営業マンに電話で勧められて投資信託を買ったことがある。「これからは新興国・ＢＲＩＣｓの時代です。どこもインフラ整備で資金需要が活発だから、高配当が得られます」という。定期預金金利が馬鹿馬鹿しいほど低いので、分配金でときどき小旅行が楽しめ、サラに孫との食事代ぐらい手にできればと、言われるままにブラジルレアル建て投信を購入した。ブラジルはサッカーのワールドカップやオリンピックで景気がよさそうに思えた。確かに収益分配金は毎月振り込まれてきたが、実際には運用は芳しくなく、さらにその後の急速な円高によって資産評価が急落。大幅な損失を蒙ってしまった。この商品には、同じような高齢者が、虎の子をはたいて投資して、思惑が外れて損失を出し、証券会社の苦情が寄せられていると新聞で読んだ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">投資信託は元本が保証されていないことなど、承知しているから文句は言えないが、為替リスクの怖さを骨の髄まで身に沁みた。結局、泣く泣く解約して別の国内の投信に乗り換えたが、それも冴えない展開のようだ。その後、アベノミクスによって急激な円安となり、外貨建て投信もあのまま所有していれば損失は取り戻せたのだと思えば悔しい。野菜作りも資産運用もその道の練達者には敵わないと得心せざるを得ない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">まあ、この１年、気ままに好きな芝居が観られて、気楽に知らない町のウォ―クを楽しみ、気のおけない友人と酒を酌み交わすことができたことは恙なく古稀を迎えた自分にとって望外の幸せといわざるをえない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">それ以上、欲を張ろうとは思わないが、できれば新年は読書の時間を作りたい。これからも毎年、そんな思いを繰り返しながら過ぎていくのだろう。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">「月ごと酔夢譚」もいよいよ最終章。他愛のない雑文、ご愛読くださいまして本当にありがとうございました。（克）</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p>
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<pubDate>Wed, 01 Jan 2014 15:45:34 +0900</pubDate>
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<title>月ごと酔夢譚例外編</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月ごと酔夢譚例外編</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-ALIGN: center" align="center"><span style="text-fit: 84.0pt; mso-text-fit-id: 471564800"><span style="FONT-SIZE: 14pt; FONT-FAMILY: &quot;AR P勘亭流H&quot;; LETTER-SPACING: 4.65pt; mso-font-kerning: 0pt">牡蠣礼賛</span></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-ALIGN: center" align="center"><span style="text-fit: 84.0pt; mso-text-fit-id: 471564800"><span style="FONT-SIZE: 14pt; FONT-FAMILY: &quot;AR P勘亭流H&quot;; LETTER-SPACING: 4.65pt; mso-font-kerning: 0pt"><br></span></span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 14pt; FONT-FAMILY: &quot;AR P勘亭流H&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">牡蠣が旨い時季になった。どのように調理しても旨いがやはり生が最高だ。安価で重宝である。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">スーパーで牡蠣を見ると３０年くらい前のことを必ず思い出す。地元で行われたマラソン大会に参加したときのこと、「帰ったら生牡蠣を食べたいので買っておいて欲しい」と母に頼んで出かけた。無事に完走して風呂で汗を流し、満足感に浸り、ビールの栓を抜いた。生の牡蠣にレモンを絞り、これをつまみにビールを飲んだ。そして食事をし、ごろりと横になった。しばらくすると胃がむかむかし始め、トイレで吐いた。それからというもの、何度も吐き、生の牡蠣に中ったときの怖さを知った。吐くものが無く血痰まで吐き、夜になってようやくおさまった。加熱用をどうやらそのままワンパック、生で食べてしまったらしい。生食用と加熱用とでは出荷段階で殺菌処理をするか、しないかで異なるなんて母も私も当時、知る由も無い。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">そんな経験をしてもこの時季、生牡蠣を食べたくなる。津波で三陸沖の牡蠣養殖場が壊滅したニュースに、「あゝ、これから品薄になって価格も上がるのかなぁ」と心配したが、どうやら杞憂に終りホッとしている。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">５月、保険の代理店を営む友人から、社員旅行で南三陸に行くので、同行しないかと誘いがあった。仙台でレンタカーを借り、被災地を巡るという。損害保険を営業するため地震と津波の恐ろしさを実際に見ておきたいとのこと。翌日、東京で観劇する予定があったので参加を迷ったが、コースに気仙沼が入っていたので、一緒のホテルには宿泊をせず、一ノ関に泊まるので、ここで別れることにして同行した。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">こんなときでなければ気仙沼を訪れる機会などまず無いだろう。現地では津波で住宅地に打ち上げられた巨大な漁船第１８共徳丸に唖然とするばかり。観光バスも何台かきて見学していたが、あの船体が陸にある限り、地元の人はいつも惨状を思い出さずにいられないだろうから、辛い思いをさせないよう解体もやむを得なかったのだろう。１０月に解体されたニュースを新聞で知り、複雑な心境になった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">まったくの偶然だが出かける前日、小田原法人会の主催による畠山重篤氏の講演を聴く機会があった。氏は気仙沼唐桑地区舞根湾（もうねわん）で牡蠣の養殖を行っている傍ら、エッセイストとして多くの著作もある。最近では読売新聞書評欄でも健筆を振るっている。森の蓄えた地下水が海に注ぎ、海水を浄化してプランクトンが発生し、牡蠣の成育を援けているとの考えで、森を守るＮＰＯ法人「森は海の恋人」を立ち上げ、理事長を務めている。私と同年生まれだが、実に若々しい。明日に向かって生きる希望があるからだろう。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">唐桑地区は海に突き出た半島にあるから、まともに津波の被害を受けている。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 11.75pt; mso-char-indent-count: .98"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">当然、氏の養殖場も壊滅したようだが、仲間との共同による懸命の努力で復興されつつあるようだ。氏の著作の中で「牡蠣礼賛」（文春新書）は楽しい一冊。世界中の牡蠣に関する薀蓄が述べられ、実に奥が深い食べ物であることがわかる。月にＲが付く期間は食べないとする言い伝えも、元はヨーロッパヒラガキに限定して言われたこととこの本で知った。５月に取れるものはむしろうまみが凝縮され最高という。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">その２週間後、妻の中学同窓会が松島で行われた。会場のホテルまで一人で行くのが不安そうだったので、観光を兼ねて一緒に行こうということになった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">以前、清水寺の参道にアテルィの碑があるのに驚いたことがあった。北国の原住民だった蝦夷頭領と京都古刹との因縁が結びつかず、興味が湧いて、いつか彼を書いた高橋克彦の小説「火怨」を読もうと手に入れたがまだ果たせていない。蝦夷征伐のため、坂上田村麻呂が陣を張ったという多賀城城址を訪れたかったので絶好の機会だった。現地ガイドの熱心な案内に満足して松島に向かった。ここではお決まりのコースで観光したが、五大堂の入り口近くの茶屋で焼き牡蠣を売っていた。早速食べたが薄い塩味で旨かった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">三陸が東の牡蠣の特産地なら西は広島だ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">昨年から今夏にかけて日本三景の天橋立、松島を訪れたから秋には宮島に行こうと決めていた。３つの地点は一直線で繋がるのも面白い。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">宮島では弥山（みせん）に登ろうと、厳島神社を参拝してから紅葉谷公園に向かったが、紅葉時期の日曜日とあってロープウェイは一時間待ち。整理券を手に公園を散策したが、園内の紅葉に見とれて待ち時間がアッという間だった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">山を下り、桟橋に向かう途中、土産物店の隅で焼き牡蠣を売っていたので買い求めた。松島を思い出し、食べたかった。他の店は皆、客が長く列を成していたから諦めていたので嬉しかったが、小粒な身で２個４００円。全然旨くなく、この粒ならスーパーでワンパック買えるのにと文句を言いながら食べた。前夜、広島の町で食べたお好み焼屋の牡蠣のスープはまぁまぁだったが、宮島のはひどい。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">夜、尾道に泊まった。ホテルを出て尾道ラーメンの店に入った。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">メニューに牡蠣のトッピングがあるのに気付き、お願いした。大振りの牡蠣が二つ、ラーメンに乗せられて出された。そのひとつを摘まんで口に入れた。クリーミーで濃厚な汁がいっぱいに口中に広がる。思わず旨いと叫びたくなる。テレビで芸能人が食べ物を食べたときの大げさなシーンのように。今度の旅行で牡蠣にも雲泥の差があることを知った。収穫である。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">思えば旅をして、あのときのあれが旨かったという記憶が乏しいのは、元来、グルメではなく、食品の産地などに拘らないからだろう。還暦を過ぎて毎月、雑文を書いてきて、食べ物に関するものはほんの数編だけだ。テーマに挙げたのは蕎麦とレバーの生刺、ユッケ、鰻ぐらい。だから今回のテーマはいわば例外ともいえる。夏、家族で伊勢に行ったとき、連泊した鳥羽のホテルで出された伊勢海老のグラタンが、実はオマール海老を使っていたことがわかった、と最近になって娘が言っていたが、そのとき気づいた者など一人もいなかった。伊勢海老の殻に盛られて膳に乗っていたのでお品書きを信じ、伊勢海老と思い込み、贅沢な気分をしていたに過ぎない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">暮れになると築地に行く。“からすみ”を買ってきて、正月の来客には模造のものを出し、自分はホンモノをつまみに晩酌をしているが、これも同じ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">飲み屋でビールを頼むと銘柄を聞かれる。どうでもいいから早く出してといいたくなる。キリンとアサヒの違いなんてまるでわからない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">味覚なんてそんなものと思う。だから食品偽装が絶えないのだと思う。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">そんな味に鈍感な自分が、あのラーメン屋の牡蠣はもう一度、食べたい。でも、牡蠣を食べに行くには尾道は遠すぎる。（克）</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p>
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<pubDate>Tue, 03 Dec 2013 14:30:55 +0900</pubDate>
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<title>月ごと酔夢譚場外編</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月ごと酔夢譚場外編</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><span style="FONT-SIZE: 14pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">黄昏の神宮球場</span></b><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 14pt"><br></span></b></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">中学生の頃、近所の八幡神社に街頭テレビが設置された。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt -0.1pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-para-margin-left: -.01gd"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">いつものように夕食を済ませると、ナイター中継を見るため出掛けていった。子供のころから熱烈な巨人ファンで、川上選手の活躍に喝采をおくり、毎日の打率の動きに一喜一憂していた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt -0.1pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-para-margin-left: -.01gd"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">翌日、学校に行くと担任の山田先生から職員室に来るように言われた。前夜に神社でテレビを見ていたらしいが、期末テストの期間中は家で試験勉強をしなさい、と注意された。神社の近くに住んでいた高橋先生が、学校の帰りに自転車で通りがかり、テレビ観戦する大人の中に中学生が混じっていたのを発見し、担任に報告したのだ。そのとき、初めて中学ではテスト期間中は皆、家で勉強していることを知った。当時の白山中学は６つの小学校が学区で、１学年が６００人近くも生徒がいて、テストの成績結果の上位者は廊下に貼りだされた。ベストテンのメンバーはいつも同じで、その中で多少、順位が入れ替わるだけだった。どう頑張ってもその中に食い込むことなど、夢の夢である。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt -0.1pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-para-margin-left: -.01gd"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">成人になってわかったことだが、彼らとは頭脳の構造の差だけでなく、生活環境がまるで異なっていた。我が家では試験勉強をしろとも言われなかったし、第一、期末試験があることすら親は知らなかったのではないかと今では思う。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">華やかなスター選手が多かった巨人軍で、一人風変わりな選手がいた。二塁手の土屋正孝選手だ。頭脳的な守備と勝負強い打撃でいぶし銀のような存在だったが、いつもポーカーフェィスで“眠狂四郎”とあだ名がついていた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">１９６１年、川上が監督になってから、その年、国鉄スワローズにトレードに出された。いわゆるそりが合わなかったのだ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">彼のファンだった私は巨人が嫌いになり、国鉄ファンになった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">移籍した年の土屋選手の活躍は目覚しかった。２年後の夏、初めて後楽園球場で巨人・国鉄戦を観戦したときも彼は大活躍し、大いに溜飲を下げたのを今でも忘れられない。その後、阪神に移籍し、現役を引退して、球界に名を見ることは無くなり、さびしい。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">先日、一九悠会ウォークで信州を訪れたとき、あの土屋選手が松本深志高校の出身だったことを思い出した。開智学校に寄ったので両校の関連を調べてみたら、やはり、深志高校は開智学校から枝分かれしたものだった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">国鉄すなわち現在のヤクルトスワローズは、設立後１８年間も、Ｂクラスを低迷していたが、広岡達朗監督になって３年目、念願の初優勝を遂げた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">その年の日本シリーズ阪急戦は今でも試合経過を覚えている。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">その後のヤクルトは野村、若松監督指揮下でも優勝したが、大概、いつもＢクラスだった。それでも東京に出かけると、試合がある日は帰りに神宮球場に回って外野スタンドで応援をした。だが、昨年も今年もとうとう一度も球場へは行かず、専ら場外での応援となった。今年はわずかにバレンティンと新人小川投手の活躍だけが救いのペナントレースだった。宮本慎也選手の引退にも落胆した。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">今、日本シリーズの真っ最中。球団設立の年の楽天からは想像できない強いチームになった。「巨人をやっつける」と星野監督はペナントレース優勝したとき楽天ファンに宣言した。必ず約束を守るだろう。東北のため期待する。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">かつての国鉄も金田投手が投げる試合以外は、まったく勝てなかった。稲尾や金田、そして田中将大は弱小球団の救世主だ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">きっと来季のヤクルトにもこのような大選手が現れて、神宮球場に足を運びたくなるようになれ、とひそかに祈る。（克）</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p>
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<pubDate>Sat, 02 Nov 2013 16:20:13 +0900</pubDate>
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<title>二度目の脳梗塞</title>
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<![CDATA[ れは明日から3日連休になる前日の9月20日、午後11時頃だった。テレビを見終わりそろそろ寝ようとソファーから立ちあがろうとしたが、なかなか立ち上がれず、やっと立ち上ったが転んでしまった。何かおかしいと思ったが、何とか寝床に入り寝た。午前３時頃に小便がしたくなり、起き上がろうとしたが起き上がれない。横で寝ている家内が異変に気付き、「救急車を呼ぼうか」と声をかけてきた「そうしてくれ」と私。玄関に置いてある椅子に腰をかけ待っていると約15分で到着。救急隊員が持参した袋にお尻を入れて（布担架）、赤ちゃんみたいに抱かれて救急車に移動し救急車に乗せられた。救急隊員に症状を告げると、脳梗塞と理解したらしい。東海大・大磯にと伝えたところ大磯に隊員が電話をしたが、大磯では対応できる医師が不在とのことで断られた。つぎに西湘病院に隊員が連絡したところ空きベッドが無いとのことで受け入れを拒否された。次に松田の病院に連絡したがここも空きベッドが無いとのことで拒否された。隊員が小田原市立病院に連絡して受け入れがＯＫとなった。<br>救急車が到着してから自宅を出発するまで約3～40分経過していたのではなかろうか。市民病院に着くとすぐにＣＴやＭＲＩ撮影となり、点滴をされ、601号室（４人部屋）に。後に分ったことだが601号室は緊急患者用にベッドを開けて受け入れ態勢している部屋だった。家内は部屋のべッドに私が落着いたのを見届けると帰宅した）病院に着くと発症からだいぶ時間が経過しているので、血栓を溶かすクスリは使えないとの話があった。どうなるか不安だらけだったが、この緊急時に入院に必要な品物を家内が、携えて来てくれて助かった。訊けばいつ入院してもよいように必要なモノをリュックに入れて置いたのでそれを持参した由。家内に感謝。気付けば、外はうっすら明るくなっていた。午前５時を回っていた。ウトウト眠る。起きて21日になった。昼頃に家内と横浜から娘が二人の孫を連れて見舞いにくる。ありがとう。世間では三日連休に突入。翌、22日（日）息子一家が国立から見舞に来た。ありがとう。クルマ椅子で面会場所に行く。右脚が思うように動かせずイライラするがいかんともし難い。601号室から611号室に移る。<br>入院をしていて気になることは一九悠会で11/21の「野田市を歩く」はだいぶ先なので多分大丈夫だろう。10/5に元会社の若手と鎌倉を歩くことになっていた。これは無理なので断る。移った部屋は二人用で、私しか入室していないので、部屋から携帯を使えるので便利だ。連休明けの9/24（火）からリハビリが始まる。24日、一緒に鎌倉を歩く予定だった若い社員6人が見舞に来る。<br>一九悠会のＢさんに連絡すると当日午後Ｆさんと来院。お二人の暖かい見舞いに癒される。。<br>27日一九悠会のＡさんが昨日の鎌倉ウオークで入院を知ったと来院。<br>止にする。一九悠会のＡさんとＳさんが鎌倉ウオークで知ったと来院。29日は元会社の元部下の６人（鎌倉を一緒に歩予定だった）来院。会社はアベノミクスの恩恵は見られないとのことで厳しいようだ。<br>同期仲間で京都・奈良旅行を11月中旬に予定していた同期仲間二人が来院。この旅行も中止とする。27土、28日と外泊許可をもらい久しぶりに帰宅して29日に病院に戻る。<br>30日一九悠会のＳさん来院。Ｓさんは台風開けの18日が快晴になったので、自宅から金時山まで歩いた話。思ったより台風の影響で道に木が倒れていたりして、道に迷い。自分が何処にいるのか不明になったとのこと、家族が心配して捜索願いなどだされては大ごとだと思い携帯で連絡したが、圏外で連絡ができず、それなら連絡可能な場所までと上を目指して歩いた。連絡が可能な場所まで来てほっとした。あたりは暗くなっていてここで野宿することに決め、木株に寄りかかり、寝ようとしたがウマク寝むれない。とりあえず地面に寝ころんだ。<br>寒くて熟睡はできず朝を迎えたと言う面白くて興味深い話だった。この話をブログに記載するように薦めた。退院してパソコンを開くと金時山の顛末がブログに載っていた。<br>脳梗塞は一度発症すると、2,3回発症するとのこと、私の場合初回はＨ25年３月だった。あれから３年余が経過かした。有名人では歌手の西条秀樹さん当団地ではシルバー大学の先輩で、パターゴルフの仲間の荻野さん（2ヶ月でパターゴルフに復帰した。私はまだ歩行が覚束ないが、10/17木に退院した。今後はリハビリに専念して11/21の「野田市を歩く」に迷惑をかけることなく参加したいと考えている。<br>この場を借りてお見舞いいただいた一九悠会の皆様に厚くお礼申しあげます。ありがとうございました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/circle19u/entry-11639207304.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 11:35:07 +0900</pubDate>
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<title>二度目の脳梗塞</title>
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<![CDATA[ それは
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<pubDate>Tue, 15 Oct 2013 20:34:44 +0900</pubDate>
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<title>月ごと酔夢譚論外編</title>
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<![CDATA[ <p><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月ごと酔夢譚論外編（闘病中の殿塚会長に捧げる）</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="4"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">古稀の恥は掻き捨て</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">ハイキング仲間の友人が「体力維持を図るため毎年、金時山に登っている」と言った。彼と私は同年生まれで、丁度１ヶ月、彼が先輩である。お互いに古稀を迎えた。金時山登山といっても多分、足柄峠まで車で行き、そこから頂上を目指しているのだろうと思った。それならば自分もどれだけ体力があるか、自宅から頂上まで歩いてみるかと、対抗意識を燃やして挑戦した。誕生日の９月３日、７時ごろ家を出て、栢山、<msnctyst w:st="on" addresslist="14:開成町;" address="開成町">開成町</msnctyst>、南足柄と歩き、昼ごろ地蔵堂に到着。弁当を持たずに行ったので、茶屋で蕎麦を食べた。ここで少し時間を費やしてしまった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">午後、歩き始めてすぐに夕日の滝に着いたが、ここは久しぶりだったので少し寄り道をして滝壺の見えるところまで入り込んでしまった。茶屋の人の話では、頂上まで２時間、帰りは１時間かかるでしょうとのことだったので、山頂で休む時間を考えると、最終のバスに間に合わない可能性もあり、この日は途中で引き返した。この日は酷暑とも言うべき日で、何度、自動販売機で飲み物を買い求めたことか。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">１回目に時間切れで断念した教訓から、次の１４日には朝、１時間早く出かけ、弁当は持参することにした。大雄山の駅の近くでコンビニを探したが、見当たらず、売店でパンを買い、地蔵堂を目指した。低気圧の接近で夕刻から雨との予想だったが、山中では昼に降り始めてしまった。小雨だったので行ける所まで行こうと歩いた。前回折り返した地点を過ぎ、足柄峠の分岐まで登った。雨と汗であまりにも濡れてしまったので下着を着替え、山頂を目指そうとしたが、この日は夜、自治会の会合が急に入り、どうしても出席しなければならないので、やむを得ずまたも断念。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">台風１８号が過ぎて、秋晴れとなった１８日、再々挑戦した。コンビニで買ったおにぎりをどこで食べたか、今は思い出せないから、多分、ろくに休憩もせずに歩いてしまったのだろう。それでも金時山山頂に着いたのは午後２時過ぎだった。仙石原や御殿場の町の眺望が素晴らしかった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">自宅から山頂へ、徒歩で制覇した満足感で、自分への褒美のつもりと金時茶屋に寄って缶ビールを飲んだ。時間的にも茶屋に客は少なく、金時娘の小見山妙子さんと茶屋を手伝う息子さんを交え、四方山話をした。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">この茶屋を開いた彼女の父親は新田次郎が書いた小説『強力伝』のモデルで、小見山正という。ブルドーザーやヘリコプターがない時代、２９３２メートルの白馬岳山頂に重さ１９０キロの「風景指示盤」を背負って登った伝説の人。そのことに触れると、自分の父親の話題となったのが嬉しいらしく、この伝説が生まれた昭和１６年当時のエピソードをいろいろ話してくれた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">３時近くになって山頂を下り、しばらくして猪鼻砦に着いた。ここから夕日の滝へ通じるコースを以前、歩いたことがある。登るときも山から下りてきたグループがその道に入っていくのを見た。迷わずこのわき道に進んだ。やがて登ってきたときの足柄峠ハイキングコースとの分岐の沢に着いて、もう少しだと気合を入れた。ところが分岐の地点が先日の台風により倒木等で塞がってしまっていた。標識もおかしな向きに曲がっていたように思えた。沢だから川に沿って歩けばどこかでコースに合流するだろうと高をくくっていたら完全に行く手が途切れてしまった。分岐まで引き返そうとしたが、このままでは大分帰宅が遅くなりそうなので、とりあえず電話だけはしておこうと思った。しかし「圏外」で繋がらない。山頂なら通話ができるかと近くの尾根を目指して道なき斜面をひたすら登った。やっと「圏外」の表示が消えたが、もはや自分がどこにいるかさえわからない。１時間もしないうちに日没となるだろうから、滑落するのを避けて尾根で野宿することにした。それが自分の命を守るのに最善の行動だった。電池が切れるのが怖いから携帯電話は翌朝の５時にどちらかがかけるようにしようと妻に伝えて、杉の根本に腰掛け、木に寄りかかって寝ようとしたが、寝心地が悪くてとても寝られない。仕方なく、半袖シャツのまま地表に寝転んだ。日没から翌朝５時まで、結局、一睡もできず過ごしてしまったが、ラジオのおかげで退屈はしなかった。ナイター放送、歌謡番組、ラジオ深夜便をスタートから最後まで聞いた。夏休みに家族で訪れた伊勢神宮の式年遷宮の話、久しぶりに聴くシャンソンの名曲、仲秋の名月に因んだ月の歌の特集、そして懐かしい広沢虎造の名調子“次郎長外伝”と実に充実した一夜だった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">リニア中央新幹線のニュースも聴いた。沢から尾根までかかった時間でリニアは東京と名古屋に着いてしまうのか。ぼんやり考えた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">冷気が背中を伝わってくる。小さなペットボトルの茶は大事に飲んだ。これでワンカップかポケット瓶があったらと何度思ったことか。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">翌朝、日の出とともに行動開始。またしばらく「圏外」一帯を歩くので電話は通じないが心配しないように伝えて山を下りた。斜面を下るとき、体を支えようと木の枝を掴むと枯れていてボキッと折れる。何度もそんなことを繰り返した。川に沿って行けば夕日の滝に着くことだけは確実だ。ところが沢に下りて歩いていると幾つもの堰堤にぶつかった。すると歩けないから、迂回するためまた山の中腹まで上らなければならない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">２時間ほど山中をさまよい、やっとハイキングコースらしき道に出会った。地蔵堂までの道は踊りたくなるような気分で歩いた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　地蔵堂でタクシーを呼んだ。これから登山をする時間に、山から下りてきた私に運転手は驚いた様子。「どうしたのか」と聞かれて「昨日、金時山に登って、帰りに道を間違えて山で寝た。古稀を迎えたので、体力を試そうと小田原の自宅から山頂まで歩いた」といった。座席から顔は見えなかったが、あきれていたに違いない。運転手は小田原の生まれで、井細田だという。私の生まれた家と５００メートルも離れていない。丁度、この日、昔は八幡神社の大祭だったのを思い出し、子供のころの共通の話題で会話が弾んだ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　こんな論外な、恥ずかしい体験を記録しておこうと思ったのは、実は漆黒の杉林と梢の先の月光に照らされた夜空のコントラストの幻想的な美の世界を飽かず眺めたのを忘れたくないからだ。野犬の群れが吼えて走り回のを遠く聴きながら、眼を閉じると映画「もののけ姫」のシーンが甦る。多分、宮崎駿監督も同じ体験をしたのだろうか、などと考えた。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">先日、入院中の殿塚会長を見舞ったとき、この話をしたら、ぜひ、ブログに載せてみたらといわれ、書いてみる勇気が湧いた。（克）</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><br>
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<pubDate>Tue, 01 Oct 2013 13:25:37 +0900</pubDate>
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<title>月ごと酔夢譚番外編</title>
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<![CDATA[ <p><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月ごと酔夢譚番外編</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><strong><font size="4">８月の独り言</font></strong></span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">長い闘病生活の末、義兄が亡くなった。お盆の帰省客で混む時期だったが、運よく秋田新幹線の切符が手に入った。病から解放されて、穏やかな顔で寝かされた布団のよこに大きな賞状が入った額が置いてあった。地元の市会議員を数期務め、地方自治に貢献した功績を称えた黄綬褒章というものだった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">叙勲されたという知らせを受けた記憶がないから、祝賀するような集まりもなかったのだろう。健康だったら嬉しさも一入だったと故人を悼んだ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">褒章を伝える賞状にそのときの総理大臣の名が書かれている。墨痕鮮やかな署名に一瞬、誰なのかわからなかったが、太郎という字が読めて麻生さんだと気がついた。かつて漢字を読み間違えて失笑を買ったことがあったが、読めなくても書くほうは随分達筆なのだなと感心した。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">通夜が始まるまですることもなく、居間で地元紙“秋田魁”を開いていたら半藤一利氏のコラムが目に入った。その日が終戦の日で、昭和の歴史について触れた内容だったが、冒頭に麻生氏の「憲法改正はナチスに学べ」説を強烈に批判していた。半藤氏は現代史の泰斗として、特に昭和史について鋭い批評を展開してきた言論人だから、自ら書くこと、話すことに言葉の重みも感じさせず、責任を持たない政治家の言動に心底、憤るのも理解できる。ましてや副総理という重職にある人物なのだ。私もあの発言が報道され、早速、ネットで読んでみた。ワイマール憲法云々はさすがに総理経験者としてドイツの憲法事情にまで詳しいのかと感心していたら、以後、マスメディから一斉に事実誤認を指摘され、ナチス礼賛ではないと弁解に追われる立場になってしまった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">私はむしろ、この発言の前段の部分に注目した。「現在、憲法改正に反対しているのは六十代以上の人で、若い人たちの多くは改正を望んでいる」と述べている。だからこれからの社会を担う若者のため、新しい憲法が必要であり、そのためにナチスを見習ったらどうかというのだ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">さる大学教授が、最近の大学生はかつて日本がアメリカと戦争をしていたことを知らない者が多い、と嘆くのをかつて新聞で読んだ。昭和の終りから平成にかけて生まれた子の親もまた戦後生まれなのだ。戦争を親子で語る機会など多分ないだろう。私も娘たちとそんな話題を話したことなど記憶にない。だからやがて訪れる憲法改正に向けてどんな意思表示をするのかまったくわからない。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">娘を含めそのような若い世代が、自己の論理を形成しないまま、数の論理に流されてゆくのだろうと漠然とした危惧を感ずる。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">子供のころ、母がヒットラーは偉い人だといっていた。どうして偉かったのか</span><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">と訪ねたら、学校で習ったからといった。山峡の農村で育ち、戦後も歴史など学ぶ機会のなかった母は、生涯を閉じるまでホローコーストも知らず、ヒットラーは偉いと信じていたに違いない。一度植え込まれた歴史認識を変えるのは、至難なことかもしれない。同時に歴史認識を持たない世代の若者に、一方的な価値観を植え込むことは白地を染めるように易しいのも事実なのだ。そこでＧＨＱは幾多の史実を教訓として、憲法改正に９６条の足かせを嵌めた。改正発議に必要な両院議員の３分の２というハードルである。ハードルの高さは順当だが、現行の小選挙区制という選挙制度と、１票の格差放置、そして政治に対する無関心での低い投票率を考えるといつか越えられるだろう。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">終戦の日として、靖国神社を参拝する若者にマスメディアがインタビューしていた。「太平洋戦争が自衛のための戦いと聞かされて、尊い犠牲となった英霊を敬うために来た」と答えていた。この日の境内の喧騒は、ドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』の映像でしか知らないが、ラストシーンで主人公が「どうしてあの戦争を聖戦とするのか」と参拝者に問いかける画面が甦った。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">８月を迎えると、６日、９日、１５日と改めて我々の歴史認識が問われる映像が流れる。母の歴史認識を反面教師として、あの１５年戦争の知らなかった真実をもっと知りたいと思い、この１０年間、できる限りの映像を観てきたつもりである。今月も『風立ちぬ』『終戦のエンペラー』『少年Ｈ』と続けて観た。映画を通じて、戦後の世代では、体験で知りえない真実を後世に語ろうとする表現者が顕在することに充たされる思いがした。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">日本がナチスに学ぶことがあったとしたら、終戦の年、４月のドイツの全面降伏ではなかったのではないか。同盟国を失えば、連合国の戦力が日本本土に集中することは必須であり、この時点で戦争終結に向かえば、沖縄の悲劇も、その後の空襲も、シベリア抑留も、何よりも原爆投下は免れたのではないか。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0; tab-stops: 376.55pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">もし、ふたりの孫が成長して歴史に感心を持つようになったら、少年Ｈの視点で、歪められていない史実を伝えてあげたい。（克）</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><br>
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<pubDate>Mon, 02 Sep 2013 09:03:04 +0900</pubDate>
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<title>月ごと酔夢譚５月</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="BORDER-RIGHT: windowtext 1pt solid; PADDING-RIGHT: 0mm; BORDER-TOP: windowtext 1pt solid; PADDING-LEFT: 0mm; FONT-SIZE: 12pt; PADDING-BOTTOM: 0mm; BORDER-LEFT: windowtext 1pt solid; PADDING-TOP: 0mm; BORDER-BOTTOM: windowtext 1pt solid; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-border-alt: solid windowtext .5pt">月ごと酔夢譚５月</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"></span></p><p><font face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-ALIGN: center" align="center"><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><span style="FONT-SIZE: 14pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">梅雨の来ぬ前に</span></b><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 14pt"><br></span></b></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月末が近づくと１ヶ月を振り返り、この雑文のテーマをあれこれ考える。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">今月はＧＷを自宅で過ごしたが、中旬、陽気が良くなってくると家に籠りきりでは、身体のためにも景気のためにも良くないような、なぜかそんな罪悪感が湧いてきて、とにかく外出せねばと、まず、半年ぶりに映画を観に行った。映画はシニア料金になってから、年間に２０本くらいは観ていたが、このところご無沙汰である。出掛けるのが億劫になったのか、どうしても観たい映画が少なくなったのか。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">アカデミー主演男優賞を３回も獲ったダニエル・デイ＝ルイス主演『リンカーン』はどうしても観ておきたかった。アメリカ南北戦争の時代、奴隷制度廃止のための憲法修正条項を可決させるための議会工作の息詰まるシーンに２時間半が短く感じられた。スピルバーグ監督が健在なのが何よりもうれしい。およそ２０年前、ワシントンＤＣを訪れたとき、弟の案内で、当時のまま残された、リンカーンが狙撃された劇場、臨終を迎えたベッドなど見学したことを思い出した。像があるポトマック河沿いに建つ大聖堂も立派な建物で、訪れる人も多かった。アメリカ人が彼を敬慕する理由もこの映画を観ると理解できる。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">映画を観る機会が減った分、観劇が多くなった。毎年、５月は国立劇場で前進座の歌舞伎公演を楽しむ。今年は『元禄忠臣蔵・御浜御殿綱豊卿』（真山青果作）『一本刀土俵入』（長谷川伸作）で、徳川綱豊役の嵐圭史の迫真の演技が印象的だった。座の重鎮中村梅之助が数日前、楽屋で転倒し、出演できなくなったのが残念。８３歳の高齢だから、舞台は今回観られるのが最後かと思っていたがそれも叶わなかった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">美術館巡りも気分が乗ると腰が軽くなる。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">名古屋では壱千九百年祭の熱田神宮を参詣した帰り、徳川美術館に寄った。ここは始めてである。企画展「漆の美」で日本工芸、特に螺鈿の技巧の凄さには感嘆した。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">「水彩画・みずゑの魅力展」（平塚美術館）は昔、憧れた画家の作品が並び、懐かしさもあって時間をかけて鑑賞した。好企画に賛辞を贈りたい。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">「山口晃展」（そごう美術館）は、平成の絵師ともいうべき彼のワンダーランドを楽しんだ。江戸時代に彼が生まれていたなら北斎を凌いだか、などと他愛の無い空想が浮かんだ。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">「牧野邦夫・写実の精髄展」（<msnctyst w:st="on" addresslist="13:東京都練馬区;" address="練馬区">練馬区</msnctyst>立美術館）は開催されることをポスターやチラシで知っていたもののこの画家について何も知らなかったので出掛ける予定はなかった。しかし牧野信一研究家を自称する熊谷氏に、透谷祭であったとき薦められ、予定が空白だった月末近くの日、出かけた。幼少のころ<msnctyst w:st="on" addresslist="12:栄町;" address="栄町">栄町</msnctyst>に住み、小田原ゆかりの芸術家と聞くとつい、見逃せないと思ってしまう。小田原にこんな鬼才が住んでいたのか。市に美術館があったら市民に見る機会が与えられたのにとつくづく思う。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">展覧会で圧巻だったのは「井上ひさし展」（神奈川県立近代文学館）。５０年にわたって文学界の第一人者であり続けたこの作家の創作秘密の一部を知ることができ、半月過ぎても満足感の余韻が残っている。展示は３部構成で、ユートピアへの旅として『吉里吉里人』の創作資料が第２部の主な展示だった。この小説がどうやって生まれたのか。東北の一小村の、わずか２日間のできごとがどうして２５００枚の長編になるのか。そんな秘密を知りたかったので興味深々。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">家の書架に１９８１年、日本ＳＦ大賞、読売文学賞を受賞した当時、出版されたハードカバーの同書がある。かつては私にとって通勤電車が書斎だったから、この本は厚さが５センチもあって、持ち歩きにくく、しかも２段組のため、ずっと開くことがなかった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">でもいつかは読んでおきたい。そこで文庫本を手に入れた。これならバックに入れて出掛けるときに携行すればいい。しかし、それがダメなことに気がついた。時々、読んでいて思わず吹き出してしまうからだ。電車の中でヘンな人と思われるのはかまわないものの、やはり寝床でニヤニヤしながら読むほうがよさそうだ。一向にページは進まないが、急ぐことも無い。ライフワークとして楽しもう。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">この展覧会では、彼の父と母の写真が母子の書簡とともに、いくつか展示されていた。３４歳の若さで亡くなった父修吉の小説を読んだことがあるが、これがどうして井上靖の作品を抑えてサンデー毎日大衆小説１位になったのかわからなかった。井上ひさしには多分、父より母マスの文才としての遺伝子が継がれているのだろう。夫亡き後、３人の子供を養護施設に入れて働き、それぞれ大学に入れたマスは、生活力だけでなく、文章にも長けて、自らの半生を『人生ガタゴト列車に乗って』に表し、劇にもなった。先々月、浜木綿子主演の舞台を観て、彼女がいなければ井上ひさしという平成の大作家は生まれなかったのだと思った。そして彼女が小田原出身だったことを思い出した。数日後、“寄り合い処こうづ”の小泉氏と飲む機会があり、母マスの出自を訊ねたところ、仕事柄、さすがに詳しく、永い間のわだかまりが解けた。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">５月はウォークの季節だ。下諏訪から出発した甲州街道もいよいよ都心へ向かう。今月は日野から調布までを歩いた。途中、雨に降られ、飛び込んだ食堂の天丼セットについてきた蕎麦が実に旨かった。また食べたいが、場所が分倍河原では訪れる機会はもう無いだろう。あの味を忘れないためここに記録しておく。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">一九悠会のウォークは河口湖周辺の散策。癒しの里・根場へ向かう途中、<msnctyst w:st="on" addresslist="19:足和田村;" address="足和田村">足和田村</msnctyst>を抜けるが、ここはかつて民宿『山彦』を定宿にして毎年、西湖マラソンに参加していたのでとても懐かしい。車窓から民宿の建物が見えた。前夜から泊まり、仲間とつい飲みすぎ、何度も二日酔い状態で大会を走ったのを思い出す。あのころは周辺にいろいろな観光スポットがあるのを当時はまったく知らなかった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">恒例の“健康ウオーキングの会”では信州の赤沢自然休養林を歩いた。宿泊は思い出深い昼神温泉。昨年の清風宛の前の河を挟んだ反対側奥のホテル。夕食のあと、二次会にも付き合わず就寝。おかげで朝から絶好調。伊勢神宮の遷宮にも使われたという木曽ヒノキの森林を楽しく歩いた。この会は今回が第１４回目で、最初の頃は皆５０歳代だったが、仲間の健脚ぶりは衰えていない。最高齢は８３歳。元気さをあやかりたい。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">５月は祭りの月だ。毎年、５日は松原神社の大祭で、近くの友人宅で飲みながら御輿の宮入りを楽しんだが、震災以後は集まりも自然消滅。代わりに三社祭りに行った。浅草神社の境内で、被災地・石巻の酒を売っていた。立ち飲みでぐっと一杯。旨かった。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">今日は月末ではないが、明日は友人と仙台から気仙沼に行くので取り急ぎこの文をまとめる。気仙沼といえば、牡蠣の養殖家畠山重篤氏の講演を今日、市民会館で聴いたばかりだ。同年とも思えぬ気迫に、養殖施設を壊滅されながら、あの震災にもめげない復興に賭ける執念を感じた。なんとか東北を支援したいが、できることとして思いつくのはせいぜい地元の銘酒を飲むことぐらい。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 12pt"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">明日は言い訳をしながら飲み過ぎないようにしたい。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">５月３０日（克）</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">★　５月は末日に旅行に出掛けるので前日にこの雑文を書き上げ、一応誤字・脱字の有無を見直し、このページにコピーしようとしたがこれまでの画面と異なっていて操作の方法がわからず、送信を諦めた。後日、殿塚会長にお会いしたので尋ねたところ、早速ご教示頂き、送信できるようになった。でも、１年は続けようと始めたのが３年過ぎ、今年いっぱいは頑張ろうと思っていたところ、送信できなくなり、そろそろ潮時かなと感じた。５月は折角草稿をまとめてあったので送信してお別れとしたい。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 12pt; mso-char-indent-count: 1.0"><span style="FONT-SIZE: 12pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">このページを開いていただいた方にお礼を申しあげます。さようなら</span></p>
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<pubDate>Mon, 29 Jul 2013 11:05:47 +0900</pubDate>
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