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<title>Ｂｅｂｅのブログ</title>
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<description>心理学部心理学科に通う大学4年ただいま就職活動に奮闘中!!</description>
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<title>テスト３</title>
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<![CDATA[ テスト３<br>
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<pubDate>Thu, 08 Jul 2010 22:56:40 +0900</pubDate>
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<title>テスト</title>
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<![CDATA[ テスト<br>
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<pubDate>Thu, 08 Jul 2010 22:55:57 +0900</pubDate>
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<title>オレの仕事</title>
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<![CDATA[ <p>医療と人との橋渡し役になる。</p><br><p>毎日医療機関のホームページ(以下、HP）をみて、保有しているデータベースのメンテナンスをしている。</p><br><p>その中で、HPがいつも常に正しいとは限らないし、クチコミが正しいとも限らない。</p><p>自治体が運営している医療情報システムが正しいとも限らない。</p><p>修正依頼のメールが正しいとも限らない。</p><br><p>その不確かな情報を整備していくのが、今のオレの仕事だ。</p><p>具体的には、各種情報を比較して正しい確率が高い情報を拾って、</p><p>既に持っているデータベースを更新していく。</p><br><p>大まかに言えば、毎日している仕事は以上のことに尽きる。</p><br><p>それでも提供している主な情報は、</p><br><p>１．医療機関名</p><p>２．診療科目</p><p>３．診療時間</p><p>４．住所</p><p>５．座標（地図データ）</p><p>６．HPのURL</p><br><p>で、さらに付加情報として、</p><br><p>６．高度医療機器の保有</p><p>７．専門医（糖尿病・呼吸器科・循環器科・もうひとつ）がの有無</p><p>８．救急告知病院か否か</p><p>９．人間ドック施設の有無</p><br><p>といったものがある。</p><br><p>さらに提供していない情報として</p><p>１０．院長情報</p><p>がある。</p><br><p>けれど、その情報だけで、はたして医療と一般の人との橋渡し役を</p><p>になえてるのかは常に自問する必要がある。</p><br><p>今回とても親しい女性が病気を患って、ほんとうにイイ病院はどこなのか？ということを考えたが、</p><p>自前の情報では、全くもってイイ病院を見つけ出すのは難しい。</p><br><p>これでは、大切な人が困ったときに助けることができない。</p><p>かといって、自治体が公開している医療情報システムを使ってみても、</p><p>ひとつひとつの用語の意味がわからなかったりする。</p><br><p>これで人と医療の橋渡し役になるのは難しい。</p><br><p>少なくとも、各種医療機関が発する情報をキャッチするリテラシーを身につける必要がある。</p><p>医療機関にとっても連携をとることが課題となっている。</p><p>それが叫ばれている今、それを無視するのは役割の放棄に等しいのではないか。</p><br><p>もちろん、時間を使って各種情報を収集する必要はある。</p><br><p>それでも、この会社が掲げる「医療の橋渡し役」という大義名分を忘れてはいけない。</p><br><p>自分個人の目標を掲げるのは自由だとしても。</p><p>会社によりかからない人間になりたいとしても、だ。</p><p>人と医療の橋渡し役になる。インフラを整えるというのは、自分自身も共感したことだ。</p><br><br><p>それおとは別に、</p><p>全国のカウンセリングセンターのデータベースの構築をすることはできないだろうか。</p><p>医療の透明化・メンタルヘルスが叫ばれる中で、この機関の情報を公開するのは当然の流れだと思うが…。</p><br><br>
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<pubDate>Wed, 07 Jul 2010 23:52:57 +0900</pubDate>
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<title>金持ち父さん</title>
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<![CDATA[ <p>書いていたものが消えた。</p><br><p>アレ以上のものは書くことはできない。</p><br><p>要約すれば、</p><p>・フィナンシャル・インテリジェントを磨くことは有効</p><p>・お金というモノサシは怖い</p><p>・お金というモノサシは世界を規定する</p><p>・感情や気持ちを無視したくない</p><br><p>ってこと。</p>
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10582681095.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Jul 2010 23:57:45 +0900</pubDate>
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<title>アウトプットの重要性～性欲求から考える～</title>
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<![CDATA[ <p>インプットばかりが増えていく時代だなんていわれる。</p><p>情報過多な社会で、街を歩けばスクラップのような情報が飛び込んできて、</p><p>何が大切で、何が必要ないかなんてわからなくなってしまう。</p><br><p>たいてい、自分の中に残らないものは、たいして重要なものではないハズと思ってる。</p><br><p>ただ、ひたすら流れていく１日１日を貴重だと思えるように、</p><p>自分の中でなにかの記憶となるように書き留めて生きたい。</p><br><p>最近、性衝動が止まらない。</p><p>なんかの情報でこの年だとそれは普通のことらしい。</p><p>考えることといえば、セックスのことばかり、というのが普通らしい。</p><p>なんかとても残念なことのように思えるけど笑</p><p>人間も生物で子孫繁栄のためには、仕方ない。</p><p>なにかで抑制することのできない情動なんだろう。</p><br><p>だからといっては何だけど、</p><p>僕は最近ガンジーや仏陀、孔子なんていう存在がふと頭をよぎる。</p><br><p>性欲をはじめ、様々な欲を抑えて生きた人たち。</p><p>いずれも立派な人ばかりに思える。</p><br><p>逆にスケベそうな人というのはやはり底が浅いように思える。</p><p>それはそれで人間らしくて好きなんだけど、</p><p>やっぱり、ちょっとそんなに浅ましい人間になりたいとは思わない。</p><br><p>「理性は本能を超えられるか？」</p><p>こと、性欲だけに関して言えばもしかしたら、抑制することはできるのかもしれない。</p><p>だけど、その欲を食欲や睡眠欲なんてものに置き換えたら、</p><p>簡単にＹＥＳとはいえないんじゃないだろうか？</p><br><p>だから、なにかの欲、特に本能的な欲求に負けるのは、</p><p>けっこう普通なことだ。</p><br><p>あえて言えば、欲を肯定したあとで、それに負ける前に、</p><p>どんな風にコントロールするのか？ということを考えるのが王道なんじゃないだろうか。</p><br><p>性欲で、悶々とし過ぎる前に、セックスやオナニーをする。</p><p>眠くて動けなくなる前に、眠る。</p><p>餓死する前に、ゴハンを食べる。</p><br><p>それぞれの営みを軽んじることなく、</p><p>バランス欲がきっと大事…なんじゃないかなぁ。</p><br><p>仏教では、食欲も性欲も抑えることが修行だったみたいだ。</p><p>けれど、それは一度その欲はあるんだという前提に立ったところから始まってる。</p><br><p>けっきょく、自分はなぜこんなに欲深いんろうか、と悶える前に、</p><p>それを一度認めてから、さぁこれに立ち向かっていこうとするスタンスだ。</p><br><p>だから、自分の欲に対して、まずは正々堂々向き会っていくことが、</p><p>きっと、修行なんだろう。</p><br><p>それは、寺じゃなくても、できる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10576271634.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Jun 2010 23:52:51 +0900</pubDate>
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<title>オッサン</title>
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<![CDATA[ <p>誰のために、自分は仕事をしようか？</p><p>それは、ずっと俺の中で抱き続けた問いだった。</p><br><p>ふと、おっさんのために仕事できないだろうか？</p><p>と、閃いた。</p><br><p>おっさんは、人知れず社会と戦い、自分と戦っている。</p><p>自殺者３万人という自殺大国日本の中で、もっとも自殺者数が多い。</p><p>毎日たくさんのおじさんが死んでいるという現実がある。</p><br><p>人口比率的におじさんが死ぬ確率が高いというだけかもしれないが…。</p><p>中年期のアイデンティティー喪失ってのもあるらしく、</p><p>おじさんのアイデンティティーが崩壊しつつあるコンニチらしい。</p><br><p>そんな前置きなんて、関係なく、おじさんを支えるのはどうか？</p><p>と、思ったのには、ワケがありそうで、ない。</p><p>全くのカンだ。</p><br><p>今まで俺は、気付いていなかった。</p><p>自分が最も感動する対象に。</p><p>そう、おっさんだ。</p><br><p>おっさんに感動している!!</p><p>という兆候は重松清にあった。</p><p>重松作品にはもう若者とは言い難いおっさんが沢山出てくる。</p><br><p>そのおっさん方々がイイ。</p><p>哀愁に溢れつつも、社会にもまれ、家族のことが好きであるにも関わらず、</p><p>それらのものに、背を向けられる…厳しい環境に属しているおっさんがどれほど描かれていることか。</p><br><p>心も体もギシギシというにぶい響きを放つおっさんが、</p><p>ただ、頑張り続けるのは果たして何のためか？</p><br><p>多くの場合、家族のためという一心だ。</p><br><p>おっさんになぜ感動してしまうのか？</p><p>まだまだ、その理由は掴み切れずにいる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10374167270.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Oct 2009 00:18:27 +0900</pubDate>
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<title>Fire of a fine</title>
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<![CDATA[ <p>人のモチベーションて不思議なもので、</p><p>自分で「今の調子は～だ」って簡単に言えるものじゃない。</p><br><p>モチベーションは体の外に現れにくいから。</p><p>けど、「元気があるときの自分」てのは意外にイメージできるんじゃないだろうか？</p><br><p>その時の自分をイメージして、その通りふるまうとなぜか元気が出てくる。</p><p>最近勉強してこれを「表情のフィードバック仮説」というらしいんだけど、</p><p>実は、このなんだか分からない現象を僕はだいぶ前から知っていた。</p><br><p>つらくならないための本（？）で、</p><p>元気がないときは「元気」って１００回言ってみる。</p><p>嘘でもいいから「元気」って１００回言ってみる。</p><br><p>まずは、それをやると元気が出るはず、とか。</p><br><p>『キッパリ！』ていう本の表紙で元気がでるポーズとか、</p><p>やってたり。そこら辺のことが、なぜか記憶の片隅にあって、ふと思い出す。</p><br><p>最近の僕はミクシーでも「渇き」という題でも書いたけれど、元気が出なかった。</p><p>元気っていっても、まぁそれなりに、外に出て、何かしらのことをこなしていくんだけど、</p><p>充電が完了してないのに、携帯を持ち出して、すぐにカラッポになっちゃう感じ。</p><p>あ、まだ充電足りなかったんだ、とすぐにわかりそうなものなのに、途方に暮れちゃう感じ。</p><br><p>ただ、携帯と違うのは人によって、充電の仕方も異なるし、</p><p>充電の仕方が、いつも同じとは限らないということが、</p><p>携帯と人との違いなんだと思う。</p><br><p>その時その時の自分の疲れが何かを知っていて、その疲れを癒す方法をしっかり見つけないといけない。</p><p>足が筋肉痛なのに、腕のストレッチをしても仕方がないのと同じようにね。</p><p>とは言っても、足が筋肉痛の分、腕のストレッチをして、</p><p>その分、腕に頑張ってもらうって手もないはけではないけど、</p><p>結局、体はどこが欠けても、何かしらの喪失感を伴うんだな。</p><br><p>こないだ、左の奥歯が痛んだ。</p><p>そうしたら、もう、何をしてても、ダメ。</p><p>ひたすら意識は歯に向く。</p><br><p>ひとつは全体に及ぼす。</p><p>だからＡＬＬ　ＦＯＲ　ＯＮＥなわけだ。</p><br><p>今日は、昨日早めに就寝したから、よい目覚めだった。</p><p>１日へこむこともなく過ごせた。</p><br><p>週のはじまりはたくちゃんとずっと突き合わせで、疲れちゃうんだな笑</p><p>秋学期の課題だと思う。</p><p>スポ方ではできれば、外の世界を広げて、気分をリフレッシュさせたい。</p><p>たくちゃんにかまうな！！笑</p><br><p>元気な時の僕は、よく笑うし、人に会うのも別におっくうではない。</p><p>人に会うのがおっくうな時っていうのは、自分の中にこれといった「話したいこと」がないとき。</p><p>ネタがないとき、人に会いたくないと思う。</p><p>僕の中でネタっていうのは、誰かと一緒に過ごして経験したことの事象から生み出すものじゃなくて、</p><p>たいてい、自分一人で考えて「これは面白い」と思ったことなんだ。</p><p>だから、必然的に、自分一人の時間であったり、誰かと何かの物事を考える時間が必要になったりする。</p><br><p>内容のない話を延々するような環境が一番苦手なのさ。</p><p>薄い会話でしか形成されない中にいると、息苦しくなる。</p><br><p>上手い言葉の返しの応酬って状況を見るのも好きだけど、</p><p>それはたいてい中身がなかったりする。</p><br><p>中身とか面白いってのは何かって？</p><br><p>そりゃー人の感情や行動の話であったり、人情話、知的好奇心が刺激される話、</p><p>新しい自分に気づくような体験、誰かと何かの秘密を共有するような体験、</p><p>きれいなものを見る経験、違う世界をあたかも体験しているような感覚、</p><p>人のおかしさ、言いまつがいとか、あとは地道な努力だって悪くない。</p><br><p>「あーつまらないな。」</p><p>って思っている時ってのは、たいてい上の感覚や経験が欠如していて、</p><p>日常に新鮮味を感じられなくなってる時だ。</p><br><p>けど、爆発的な変化を起こせるようなエネルギーも湧きあがらない。</p><p>そういう時はまずは小さな変化を起こすように行動を起こすことだ。</p><br><p>大きな火をつける時も、</p><p>まずは着火用の小さな火を種にして、炎を広げていく。</p><p>やる気はそれとほとんど同じなのだと思う。</p><br><p>よく情熱を炎にたとえたりするが、あのイメージは的を射ていると思う。</p><p>今、自分の炎はどんな風に燃えているだろうか？</p><br><p>僕の炎は小さな炎だ。</p><p>今はね。</p><p>なにかあると消し飛びそうなくらいの大きさ。</p><br><p>大きな炎にするにはどうすればいいんだろう？</p><p>小さな炎が消えないようにするにはどうすればいいんだろう？</p><br><p>前者の答えは、大きな目標を見つけ、それを解決しようと試みること。</p><p>後者の答えは、小さな楽しみを見つけ、それを継続すること。</p><br><p>炎を絶やさないためには、常に自分を開き、新しいものを受け入れる準備をしておくことだろう。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10374148784.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Oct 2009 23:35:43 +0900</pubDate>
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<title>Summer Life</title>
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<![CDATA[ <p>学生最後の夏だから遊ぶ!!</p><br><p>て、言ってもなぁ。。。となってしまうよ。</p><br><p>遊ぶことが苦手なんだ。</p><br><p>ひとりで本読んでたり、映画見てたりする方が落ち着く。</p><p>誰かとヲー！！てするのはやっぱり力いるし、会って何を話そうかって考えると、</p><p>やっぱりちょっと億劫になってしまうのさ。</p><br><p>そんな浦辺だけど、大学4年間のそれぞれの夏はアクティブに過ごしてきたって自負している。</p><br><p>大学1年はスポ大の委員長やって、免許取りにいって、すくのびにいって、メンキャン、いって。</p><p>多くの人と関わったっしょ。</p><p>大学2年はすくのびいって、ボラセンやって、スポ大やって（？）、ロッキンいって、オープン合宿行って、まぁ、忙しかったはず。</p><p>大学3年はゼミ合宿の記憶濃厚。合連合宿。</p><p>大学4年は就活に折衝か。</p><br><p>振り返れば毎年いろいろあったし、充実してたな。</p><br><p>なーんもない大学生活だなんて言わせない。</p><br><p>集団と関わることがすごい多かった。</p><p>その中でも割と溶け込めることが多かったなぁとも思う。</p><br><p>今まで関わった集団。</p><p>・旅研究会</p><p>・オープンルーム</p><p>・スポ大メンバー</p><p>・ボランティア先のみなさん</p><p>・執行部</p><p>・学生部</p><p>・教習所</p><p>・トロピ</p><p>・ダイコク</p><p>・派遣</p><p>・合連</p><p>・愛好会協議会</p><p>・心理支援論</p><p>・井上ゼミ</p><p>・ハートフルフレンド</p><p>・スペイン短期留学</p><br><p>まだまだ書ききれない。</p><p>すげー多くの団体と関わってきたと思う。</p><br><p>その中で自信もつけてきた。</p><p>けど、やっぱりまだその自信は成長中。</p><br><p>苦手なものもある。</p><br><p>それをどんな風に乗り越えていくか？</p><p>それは今後の課題。</p><p>社会人としての課題でもあると思う。</p><br><br><p>09年度、サマー。</p><p>遊ぶことはできないかもしれないけど、けど、悔いが残るような夏にはしない。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10325173092.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2009 01:35:00 +0900</pubDate>
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<title>サウダージ</title>
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<![CDATA[ 「帰ってきた」<br><br>って気持ちが込み上げる。<br><br>やや暗みがかって、静かな街だ。目抜通りに軒を並べる店の多くはシャッターを閉じて、何かが変わるのを待っている。開店している店は和菓子屋やお茶を販売する、要は人口の大部分を占めるターゲットを掴んだ、この街の数少ない勝ち組だ。勝ち組と言っても明日はどうなるかわからない、かろうじて勝者…という感じ。オレは人そのものや生活に対して勝ちとか負けとかって付けたくないのに…。<br><br><br>そんな街だけど、いや、そんな街だから「帰ってきた」と思うのかもしれない。<br><br>それと同時に「帰ってきたくない」という気持ちも確かにある。ここに帰ってきて、生活を始めることは明日は生きていけるか分からないって状況にまで墜ちたというのと同じ意味かとも思うからだ。<br><br>実際にそんな状況か？と真剣に考えれば、それは分からないけど、故郷から受ける感じはいつも、明日は分からないという現実から目を逸らして生活し続ける「ギリギリ」だ。<br><br><br>今、なんだかよく分からないけど、寂しさとも後ろめたさともつかない気持ちがある。たぶんそれは「ギリギリ」が分かっていても、それを変えることのできない腑甲斐なさ、焦燥感なのか、と思う。<br><br><br>シャンも、かぁちゃんも、ばぁちゃんも、しっかり生きてるって思う。けど、この街の負のスパイラルに巻き込まれているんじゃないか？とか、本当はこんな生活を望んじゃいないのでは？って思う。<br><br>オレはこれから東京に「帰る」。<br><br>東京に帰るってことの方が自分にはしっくりくる。東京って存在は自分が何かの仕事であり、何かを求められる場だと感じている場所だ。自分を制約するものは勝手に築いた自分のルールしかない。<br><br>東京は自分一人の世界なのかもしれない。オレはそこに戻っていく。<br><br><br>サウダージ－失ってしまった故郷に対する哀愁。故郷は失っていない。けど、故郷を受け入れるほどの気持ちがまたオレにはない。<br><br><br><br>故郷を受け入れられないオレは一人の世界を築くんだろうな。一人はaloneであって、lonlyじゃないのがオレのプライドだ。
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10316593491.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2009 14:04:08 +0900</pubDate>
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<title>Money Master</title>
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<![CDATA[ <p>昨日行われた折衝では、浦辺が時間をかけて作り上げたものが否定された。</p><br><p>提出した予算案が「見るに値しない」という一言は重かった。</p><br><p>確かに、昨年の議事録を見直すということをしなかった。</p><p>他三者の人にアドバイスを求め、食らいつくようなことをしなかった。</p><p>文連のフォーマットに完璧に合わせようとしなかった。</p><p>他の団体よりも部・サークルの数が多い。</p><p>今までの積み重ねたノウハウがない。</p><p>実際の折衝場面でどのようなことを行うかわからないで臨んだ。</p><p>昨年度、加盟部間折衝を行わなかった。</p><p>引き継ぎをほとんど行わなかった。</p><p>四者での引き継ぎの時には、ほとんど会計についての知識が足りなかったために、先方が言っていることの意味がわからなかった。</p><p>なんで文連のフォーマットに合わせなきゃいけないんだ。</p><br><p>いろんな言い訳があるし、それは言い訳に値すると思った。</p><p>それを踏まえた上で作成した予算案であるにも関わらず、それらの言い訳はほとんど無視されたという感覚があった。</p><br><p>失敗の多くの責任はオレにある。</p><p>田崎もひろしも俺に文句を言わずに付き合ってくれた。</p><br><p>でも不満はあるに違いない。</p><p>そう思う。</p><p>それについて毒を吐きださせてあげなきゃなって思う。</p><p>いつか折衝て役割は何をすべきだと思ったかということを聞かせてほしい。</p><br><br><p>恩情を見せているようで、見せていないように見えた。</p><p>暗にペナルティを自ら設定するように言われた。</p><p>それはこちらのことを考えているように見せ、向こうの予算が膨らむことで扱いが面倒だということからの意見であるように思えた。</p><br><p>そのすべて、共感的に話を聞いてもらえたという感覚がなかった。</p><br><p>来年はリベンジを誓った。</p><p>そのためにこの悔しさを絶対に忘れないと思った。</p><p>打ち砕かれた。</p><br><p>ここに来年の折衝対策を述べる。</p><br><p>今回の4者での反省点を挙げる。</p><p>決めるべきことを明確化する。</p><p>ペナルティや四者間折衝におけるルールは明文化する。</p><p>同じものを共有する。</p><p>予算作成マニュアルも共有する。</p><p>四者間折衝の意義を考え決定する。</p><p>方法、流れを作る。</p><p>以上をもって引き継ぎ資料を作成する。</p><br><p>そういえば、他三者の会計監査ってどういうシステム？？</p><br><p>9月28日予算案を提出する。</p><br><p>予算案マニュアルの再作成を行う。</p><p>　フォーマット例の添付</p><p>　各項目の値段表の作成</p><p>　生協価格、価格どっとコム価格、ヨドバシ価格、レンタカー代、ガソリン代は必ず。</p><p>　　他の項目でも予算案を見直し、頻出する項目については調査を行う。</p><p>　積立金についての取り決めを作る。</p><p>　ゼロベースの予算案という概念を使用。</p><br><br><p>会計委員会での内容を考える。</p><p>　どのような引き継ぎを行うか？</p><p>　来年度はどのような流れになるか？</p><p>　公認四者間折衝で協議会がすることの理解</p><p>　会計監査、夏合宿予算案、加盟部間折衝についての説明・今年度の総括を記したもの配布</p><p>　意見の汲み取り、反省点の打ち出し</p><br><br><p>明日以降、文句は言わずに予算案の再作成を行う。</p><p>この再作成は恥ずかしいことだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/clini-clown/entry-10310170721.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jul 2009 02:16:44 +0900</pubDate>
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