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<title>教員日誌</title>
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<description>中学校教員、日々の実践の振り返り、反省、諸々自分が振り返るための実践記録ですが、ご意見いただけたら嬉しいなぁ</description>
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<title>マンガで算数06～休み明け愚痴等～</title>
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<![CDATA[ <p>子どもたちが登校してくると、やはり忙しい・・・</p><p>休み中の日記・・・（これが一番大変・・・）</p><p>宿題の点検</p><p>工作等のコンクール応募</p><p>新学期の係や分担決め</p><p>個人目標とかも設定しなきゃなぁ・・・</p><p>正直、授業に力が入らない。</p><p>教育会の原稿も書かなきゃ・・</p><p>臨床の実習生が来るから、もう少し気合入れてやらなきゃなぁ</p><p>星の観察会の詳細も考えて・・</p><p>プール参観の準備しなければ</p><p>学年集会の準備があるなぁ</p><p>さっそく、いっぱいいっぱいだぞ！</p><br><p>それでも、子どもたちの休み中の自由研究は、素晴らしいものがたくさんあった。</p><p>この学年でこんなにできるんだ！</p><p>って思うくらいのことをやってのける。</p><p>理科の観察記録なんかは、小学生の方が優れているのではないかと思う場面がたくさんある。</p><br><p>これだけ素晴らしいことができる力を、消したくはない。</p><p>高学年や中学校になってくると、意欲とか、勢いみたいなものがなくなってくることが悲しい。</p><br><p>テストの点数とか、不正解の数とか、通知表とか・・・</p><p>自分の力をわかったような気になって、純粋に追究する力を失っていってしまう子が多い。</p><p>本当は、全力を尽くした結果には、輝くものがたくさんあるはずなのに。</p><p>器用さとか、才能はあまり関係しないのに。</p><br><p>って考えていると、自分のことを言われているようだなぁ</p><p>才能なんて関係しない。</p><p>この仕事は、どれだけ手数をかけられたかで、成果が決まってくる。</p><p>へたくそでも、真摯に続けていれば、本物になる。</p><br><p>すぐに面倒になってしまう、どうしようもない自分をなんとかしなければ！</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/51/3b/p/o0683097013032463380.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/51/3b/p/o0683097013032463380.png"></a><br></p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/3f/20/p/o0683097013032463379.png"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/3f/20/p/o0683097013032463379.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/3f/20/p/o0683097013032463379.png"></a><br><br></p><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 28 Aug 2014 18:33:06 +0900</pubDate>
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<title>スマホと学力</title>
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<![CDATA[ 学力調査の結果で、もうひとつ興味深くみた記事がある。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140826/08/clone-genome/74/8c/g/o0340047013046759638.gif"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140826/08/clone-genome/74/8c/g/o0340047013046759638.gif" width="340" height="470"></a><br><br>スマホの使用時間と成績の比較だ。<br><br>この結果を見たとき<br>ほとんどの人は「えー!?」と驚くのではなく<br><br>「やっぱり」と納得いくのではないかと思う<br><br>理由などありすぎて書ききれない。<br>単純に時間が奪われるだけでなく、頭のなかで思考するエネルギーも奪われる。<br><br>もっと根深い所に、親の関わりがモバイルの使い方に表れていると思うのだけれど、また別に書こうと思う。<br><br>インターネットの使い方の調査は毎年、どの学校でも行われているので、自分もその結果と成績を分析したことがある。全国の調査のように対象は多くないので、絶対とは言えないのだけれど意外なことがわかった<br><br>携帯、ゲーム、パソコン<br>色んなものでインターネットに接続できるけれど、どの端末を使っても、画面を見ている時間が長いほど成績が下がるという予想をしていた。<br><br>もっと言うと、画面を見ている時間が関係すると思ったので、テレビを見ている時間も関係するだろうと思っていた。<br><br>ところが、調べてみると、確かに画面を見ている時間が長いほど成績が下がる傾向はあったのだが、それほど大きな差ではなかった。<br><br>使用時間との関係が顕著に出たのは、携帯端末だけで、固定されているPCやTVでは、二時間使用と30分以下で、五教科で十点も差がなかった。<br>一番差がついたのは、二時間以上の携帯使用と、30分以下の場合。<br>さらに、使用内容でメールやSNSでのやり取りが一日に50回を超えるグループ。ここでは100点以上の差がついた。<br><br>つまり、同じ二時間使用でも、携帯かPCかでずいぶん違うのだ。<br><br>この理由が何なのだろうか？<br>考えられる方がいたら、ぜひとも教えていただきたい。<br><br>もちろん、携帯の使用状況だけで成績が決まるとは思えないが、五教科の平均で100点というのは、見逃せないと思う。<br><br><br>
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<pubDate>Tue, 26 Aug 2014 19:47:23 +0900</pubDate>
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<title>学力ってなんだよ!?</title>
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<![CDATA[ <p>学力テストの結果分析が出た。<br><br><br><a href="http://news.yahoo.co.jp/pickup/6128421">http://news.yahoo.co.jp/pickup/6128421</a><br><br><br>全国テストが始まるときには、不参加の教育委員会があったり、「数字が独り歩きする危険がある」とか、反対意見も多かった。<br><br>テストの分析は、上位と下位の差がちぢまったということだった<br><br>おそらく、今まで 学力テスト対策をとってこなかった学校が対策を始めたんだろうな・・・</p><br><p>受験勉強をするときに、有効な手立ての一つは、過去問を解くことだ。</p><br><p>学力テストも同じで、過去問を含んだ似たような問題をたくさん解けば、単純にそのテストの点数を上げることができる。</p><br><p>ただ、これが学力かといわれると、疑問に思うことが多い。</p><p>分析の結果から、活用が課題だということが広まったので、活用問題の対策をしてくる学校が多いのだろう。</p><br><p>活用問題は応用力を調べるものだというが、活用問題も、似たようなパターンの問題を解くことで、解けるようになってくる。ここでいう応用力は、応用パターンの知識を増やしているようにも見えてくる。</p><br><br>応用とは、知識の蓄積なのか？<br><br>この仕事を十年以上やっているが、いまだに学力中身は曖昧なままだなぁ
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<link>https://ameblo.jp/clone-genome/entry-11915127847.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Aug 2014 08:06:20 +0900</pubDate>
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<title>マンガで算数05</title>
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<![CDATA[ 大人から見ると、わり算なんて、当たり前にできるものだから、苦労なくできるだろうとか思って授業をやるのだけれど<br><br>小学校にきて思ったことは、当たり前を当たり前まですることが、一番難しいということ。<br><br>1を100にするより、0を1にする難しさだ。<br><br>これはこういうやり方なんだから、深いこと考えずにやれ<br><br>っていうのは簡単なのだけれど、それは納得や理解にはつながらないんだなぁと思った。<br>もちろん繰り返すうちに原理を理解する道もあるのだけれど、活用や思考力をつけるには、遠回りで、自分でやったという達成感もかんじられると思って、解き方を教えるってのは、できるだけやらないようにしている。<br><br>それで基礎が定着するのか？<br>という見えない声はいつも意識しているので、テストの結果も気にしている。<br><br>学力をつけるって、難しいことだなぁ<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/71/41/p/o0683096713032463378.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/71/41/p/o0683096713032463378.png" width="683" height="967"></a> <br>
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<pubDate>Sat, 23 Aug 2014 19:30:55 +0900</pubDate>
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<title>障害と教育</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">佐世保の事件<br>二つあるのだけれど、どちらの報道にも、発達障害と関連性を持たせるようなものがあることを知った。<br>どこぞのコメンテーターの発言も話題になっていた。<br>「また、発達障害や精神疾患が犯罪とリンクして見られる風潮になるのかなぁ…」<br>と夕飯時に話してみると、嫁さんから返ってきた答えは<br>「世の中の人はそんなにバカじゃないよ。」<br>というものだった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">確かにそうなのかなぁ・・・</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">ＡＤＨＤや自閉症スペクトラム、いろいろ名前を変えてきているが、同じ診断名が出ている子どもがみな同じかというと、当然そうでもないし、その障害が犯罪につながるとは思えない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">犯罪白書を見ても、精神疾患や発達障害を抱えている（または抱えていると思われる）人間の犯罪率は、そうでない人間の３分の１だと書いてあった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><a href="http://homepage3.nifty.com/kyouseisha/sub042.html">http://homepage3.nifty.com/kyouseisha/sub042.html</a></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">発達障害、それ自体が問題になるのではなく、そこから二次的に発生した周りの環境の方が問題を大きくして、さらなる障害を引き起こしていることの方が多いのではないだろうか。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"></font></p><p><br></p>
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<pubDate>Thu, 21 Aug 2014 18:19:32 +0900</pubDate>
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<title>体罰と警察</title>
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<![CDATA[ <h1 class="yjXL" target="_blank"><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140819-00000013-mai-soci" target="_blank">元記事</a> <a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140819-00000013-mai-soci"></a></h1><p class="yjSt ymuiDate"><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/list/?m=mai">毎日新聞</a> 8月19日(火)10時45分配信 </p><div class="ymuiContainerNopad"><div class="ynDetailPgraphWrap clearFix"><p class="ynDetailText">　今年４～６月、埼玉県内の男子中学生６人が、教諭への暴行や傷害の容疑で同県警に相次いで逮捕されていたことが分かった。いずれも「胸ぐらをつかんだ」「胸を殴った」などで学校側が通報し、警察官らが現行犯で逮捕した。被害の程度が軽いケースでも学校への警察介入を進めるべきなのか、校内の問題は現場の責任で解決すべきか－－。識者らの意見も割れている。【川畑さおり】<br><br><font size="2">～～という記事を見た。</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><p class="ynDetailText"><font size="2">校内暴力が盛ん（？）だった時代はもっと現場の先生はもっと大変だったと思うし、その時代にも警察が介入することだってあったのだろうと思います。</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><p class="ynDetailText"><font size="2">下のグラフを見ても分かるように、一時期に比べて、校内の暴力事件の総数は減っています。</font></p><p class="ynDetailText"><span class="navigation">平成２３年版 犯罪白書 第7編/第2章/第1節/4より・・</span></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fhakusyo1.moj.go.jp%2Fjp%2F58%2Fnfm%2Fimages%2Ffull%2Fh7-2-1-4-02.jpg"></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">　</p><p class="ynDetailText"><font size="2">この記事で話題になっているのが、警察への通報の数が多かったということと、胸倉をつかむ、全治一週間程度のけがでも通報していたということ。</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><p class="ynDetailText"><font size="2">暴力の件数も程度も、上記のグラフの昭和５０～６０年代に比べれば、軽いと思います。（こういういい方は不謹慎かもしれませんが・・・</font><font size="2">）</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><p class="ynDetailText"><font size="2">なぜ埼玉の中学校は警察の介入という措置を取ったのか。</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><p class="ynDetailText"><font size="2">これは体罰報道が影響していると思います。</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font></p><font size="2"><p class="ynDetailText"><font size="2">確かに、学校で暴れる生徒を制するときに、接触することはあるし、つかむことだって、倒すことだってある。</font></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">今まではそのことについてどうとか言われることはなかったのですが、順番としてはこんな感じだとおもいます。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">１、部活指導などで体罰が問題となった。（これは確かに問題です。何も間違っていません）</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">２、体罰という言葉が一人歩きを始めて、生徒も、保護者も、職員も相手に接触することに体罰と認識し始めた。</p><p class="ynDetailText">３、学校の職員は生徒指導で身体接触する行為を体罰だと認識した。</p><p class="ynDetailText">４、言葉だけでは、指導できない生徒に対して、別の手段を考えるようになった。それが、警察や児童相談所という手段につながった。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">報道を見ていると、警察の介入を許すか許さないかの二択で議論になっているようなのですが、そこが基本的に的外れな議論になっていると思います。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">体罰という言葉がものすごく拡大解釈されている気がします。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">①部活動での練習の仕方が悪かったり、成績が悪かったりして殴られること。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">②暴れている生徒の胸倉をつかんで倒すこと。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">③遅刻してきた生徒を廊下に一時間立たせておくこと。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">どれも相手を傷つける行為になり、問題だと思いますが、その中身は違いますよね。</p><p class="ynDetailText">①も②も③も体罰でしょうか？</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">この三つをごちゃまぜにして体罰と言っている限り、この問題は解決できないのではないかと思います。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">生徒指導と体罰の線引きが怪しくなってしまったため、学校がとった手立てが警察だったのでしょう。一つの学校、一つの地区の生徒指導方針や判断が問題となるのであれば、判断が明確になる線を決めて、それを実行するくらいのことをした方がいいのではないでしょうか。生徒指導の具体的で現実的な方針を明確にした方が良いと思います。</p><p class="ynDetailText">橋本市長の出した線は大雑把ですが、間違いではないと思います。外に隔離するだけが良いわけではありません。指導の線は、教員に対しても、生徒に対しても、社会に対しても、統一して表示する方がいいですよね。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">私の個人的な意見としては、警察は必要に応じて入ってもらった方がいい場合もあると思います。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">煙草や飲酒、無免許運転、傷害などの法律に触れる行為を、教員や学校が独自の判断で対処してしまうことの方が問題でもあると思います。違法行為を独自の指導で解決する権利は、もともと学校にはないでしょう。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">一教員が指導できる範囲と、それを超えた範囲の生徒指導が存在します。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">ただ、教員の方も、本当に正当性があるかどうかは怪しいときもあります。</p><p class="ynDetailText">感情的になっていることもあると思います。</p><p class="ynDetailText">それを防ぐための策は、チームで対応することです。一人で判断しない。複数の目で対応を考えることです。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">本当は、一つの教室の30名以上の生徒を、一人の大人が管理している状況に問題があるのです。</p><p class="ynDetailText">確かに、一人で、そんな状況を作らいない素晴らしい実践ができる先生もいらっしゃるし、私もそうなりたいと頑張っているのですが、現実的に、すべての教員がそこまでの力を持つのが難しいです。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText">一教室に、常時2名の教員を配置できる予算がないから、こうなるんですけどね。</p><p class="ynDetailText">絵に描いた餅の話はやめておきましょう。</p><p class="ynDetailText">以下は記事より</p><p class="ynDetailText"></p></font><p class="ynDetailText"><br>　１９８０年代に放映されたテレビドラマ「３年Ｂ組金八先生」は、主人公の生徒が逮捕されるシーンが話題を呼び、「問題生徒を『腐ったミカン』のように排除すべきではない」とする教育論が優勢だった。しかし近年は体罰が社会問題化し、いわゆるモンスターペアレントなど保護者対応もより難しくなった結果、教諭による生徒への抑止が利かなくなっている事実がある。<br><br>　中２の息子がいる同県内の５０代男性高校教諭は「暴力を目撃した他の生徒のショックは大きいし、自分の子が被害に遭わないか心配。警察の介入は仕方ない」としつつ、教諭の立場から「大人に暴力をふるうのはそれまでの不信感や不満が積み重なった結果。日ごろから生徒とコミュニケーションがとれる関係を作るべきだ」と話す。<br><br>　「夜回り先生」で知られる水谷修・花園大客員教授は「もう学校だけでは対応できなくなっている。教諭にゆとりはなく、礼儀などを含む全ての指導を求めるのは無理がある。子供を育てるのは社会全体の責任。学校が警察を含む各機関と連携しながら子供たちを良い方向に導こうとするのは、間違いではない」と理解を示す。<br><br>　一方、教育評論家・尾木直樹さんは「生徒の評価権という絶対的権限を持つ教諭が、さらに警察権力を使うのは安易ではないか。学校の自殺行為でとんでもない話だ。背景には教諭の力量不足があり、他生徒への『見せしめ』の意味もあるのだろう。心の琴線に触れるような指導をせずに、生徒が更生するとは思えない」と厳しく批判している。</p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"></p><p class="ynDetailText"><font size="2"><br></font><font size="2">水谷先生のおっしゃることは現実論</font></p><p class="ynDetailText"><font size="2">尾木先生のおっしゃることは理想論</font></p><font size="2"><br></font></div><font size="2"><br></font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2"><br></font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2"><br></font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2">現実論をあてはめないと、学校は多くの矛盾を増やし続ける。</font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2">理想論をあてはめないと、学校はその魂を失ってしまう。</font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2"><br></font></div><div class="ymuiContainerNopad"><br></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2"><br></font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2"><br></font></div><div class="ymuiContainerNopad"><font size="2"></font><br></div><p class="ynDetailText"><br></p>
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<pubDate>Wed, 20 Aug 2014 18:04:24 +0900</pubDate>
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<title>夏休みの意味～マンガで算数04～</title>
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<![CDATA[ <p>「教員は夏休みがあっていいですね」</p><p>よく言われる言葉です。</p><br><p>確かに夏休みはうれしいですね。</p><p>先に誤解がないように言っておきますと、長期休みは、子どもが休みだから教員も休みなんてことはありません。</p><p>私もお盆13～16日以外での休みは三日です。一般企業の方々はお盆もなく働かれている方もいるので、まだ恵まれていると思いますが。</p><br><p>特に春休みは平日より忙しいことが多いです。</p><br><p>それではなぜ夏休みがうれしいのか。</p><p>子どもが来ない期間だからです。</p><br><p>これもまた誤解がないように言っておきますが、子どもが嫌いだから会いたくないとかそういうわけではありません。</p><br><p>この期間に、たまっている事務処理や、子どもたちがいる時間にはできない仕事ができる機会です。</p><p>二学期の計画を練ったり、授業の準備や構想を立てたりできるのもこの期間です。</p><br><p>基本的に一つ一つの授業を考えるのは前日の夕方（まぁ当日の朝にあわてて考えているときもありますけど・・・）なのですが、大きな単元の構想をじっくり考えられたり、新しい試みを計画したりできるのって、子どもたちが来ない期間です。</p><br><p>だからこそこの期間はありがたいですね。</p><p>会合やら部活動やらで実質使える時間はそう多くはないのですが、こうやって記事を書く余裕だって生まれます。</p><br><p>できるだけたくさん書きたいなぁと思いつつも、普段は仕事以外でパソコンの画面を見る元気も残っていないですから・・・</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/f9/98/p/o0680097213032463377.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/f9/98/p/o0680097213032463377.png"></a><br></p><br>
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<pubDate>Mon, 18 Aug 2014 18:00:38 +0900</pubDate>
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<title>マンガで算数03～エレベーターより階段～</title>
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<![CDATA[ <p>たとえば、三角定規や、分度器を使って、角度を測る。</p><p>小学校の算数では、教科書にも具体的な操作を通して学習することが多く書かれている。</p><br><p>発達段階もあるのだと思うが、大人でも、頭の中だけで考えるより、メモや具体的なものを使って考えた方が思考も深まりやすい。</p><br><p>具体物を通しての解</p><p>↓</p><p>計算等の思考での解</p><p><br>計算を考えなくても形式で解ける<br>と、段階をふんで思考を深めていくのだと思う。<br>以前は、段階はふまなくてもよいと考えていたのだけれど、エレベーターのように、途中を飛ばして登っていくと、使える知恵にならないと考えるようになった。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/60/2c/p/o0683097213032463376.png"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/26/96/p/o0685097113032454626.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/26/96/p/o0685097113032454626.png"></a> <br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/60/2c/p/o0683097213032463376.png"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/60/2c/p/o0683097213032463376.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/60/2c/p/o0683097213032463376.png" width="683" height="972"></a> <br><br>二枚目の画像の問題を解くやり方を</p><p>いくつ思い浮かべられるだろうか？</p><br><p>子どもたちの出した答えのパターンは</p><p>①すべて分度器で測ってみる。</p><p>②直線のところは１８０だと計算せずに、頂点の部分だけ測る。</p><p>③三角形の内角の合計が180度なので、180×4</p><br><p>大雑把にこの三通りの方法が出てきた。</p><p>細かな表現の違いはあるけど、この細かな表現の違いも大切にすることで、自分の考えという意識が持てる。</p><br><p>ただ単に、問題の答えを求めているだけだと、どれか一つのやり方で満足して、他の可能性を探らない。</p><p>できるだけ、自分の意見を持てる授業をしていきたいと思う。</p><br><p>これは他の誰も思いつかないだた一つの考えでなくても、自分はどの考えに近いのかでもいい。</p><p>客観的にみて、30人が３０通りの考えを持つことは難しくても、30人が自分の考えだと自覚を持てる授業をしたい。</p><br><p>まぁ・・・まだ道のりは遠そうなのだけれども・・<br><br><br><br><br><br></p>
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<pubDate>Sun, 17 Aug 2014 20:24:22 +0900</pubDate>
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<title>算数はトレーニングか？～マンガで算数02～</title>
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<![CDATA[ <p>初任者だったころは、算数って結構簡単だなぁって思っていた。</p><p>それは、自分の中に、算数は、問題さえ解ければよい。</p><br><p>算数＝トレーニング</p><br><p>という考えが大きかったからだ。</p><br><p>だから、正直、授業で子どもたちが意見を発表する場面を作るといっても、答え合わせをしているだけだった。</p><p>最も効率的な解き方の形式を示して、あとはその形式で問題が解けるようにひたすらトレーニングすることが、いい授業だと思っていた。</p><br><p>驚くことに、かなりベテランの教員でも、算数や数学の授業はトレーニングだと考えている人がいる。</p><br><p>もちろん、学習したことを確実に身に着けるために、トレーニングの要素もある。授業の時間の中でトレーニングの場面を作ることもやっているし、家庭学習もそのためにやっている。</p><br><p>しかし、約30人の人間が集まって授業をやるのは、トレーニングで競争させることが目的ではない。</p><p>最短距離で答えにたどり着く考えも、遠回りをする考えも、教科書に書いてある解き方も、他の単元の考えを使っている解き方も、様々な考えを出し合うことを目的としている。</p><p>自分なりの考えをもてること、多様な考えを出し合えること、それを理解しあえること・・・</p><br><p>問題を効率的に解くことは、はっきり言って学校で集団で学ばなくても、身に着けることはできる。</p><br><p>学力という言葉の中身を、出された問題を効率的に解くことだと考えている人、もっというと、学力はテストの点数が取れることだと考えている人が、多くいるのではないかと思う。</p><br><p>だから、全国学力テストの結果があれほど気にされるのではないかと思う。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/26/96/p/o0685097113032454626.png"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/26/96/p/o0685097113032454626.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/26/96/p/o0685097113032454626.png"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/41/0b/p/o0678095813032454625.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/41/0b/p/o0678095813032454625.png"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/ae/48/p/o0678095813032454624.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140812/16/clone-genome/ae/48/p/o0678095813032454624.png"></a><br><br></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/clone-genome/entry-11908839329.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Aug 2014 16:07:43 +0900</pubDate>
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<title>マンガで算数01～考えを書く～</title>
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<![CDATA[ <br><p>参画定規の角度を測ろうという授業です。</p><p>6か所の角度を分度器で測るというだけの授業ですが、分度器の扱いに慣れていない子たちにとっては、なかなか難しい。</p><p>このプリントでも、子どもたちができるだけ自分の考えを書けるように、無駄な字をできるだけ作らなかったです。</p><p>まぁ手抜きでもあるんですけれど、親切にしすぎるのは、考える機会を奪うことにもつながるので・・・<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140810/17/clone-genome/dd/df/p/o0367051213030445974.png"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140810/17/clone-genome/dd/df/p/t02200307_0367051213030445974.png" width="220" height="307"></a></p><br><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/clone-genome/entry-11907820212.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Aug 2014 17:35:35 +0900</pubDate>
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