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<title>cocoron65のブログ</title>
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<title>過去からの思い出リンク</title>
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<![CDATA[ 富士山を見に行こう<br>リンク先は　<a href="http://ururu20.fc2web.com/03huzi.htm">こちら</a><br><br>車椅子お遍路の旅<br>リンク先は　<a href="http://cocoron.org/sikoku06.htm">こちら</a><br><br>過去日記からのリンク投稿です。<br>消えてしまうのは残念なので、ここに残しておきます
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908697022.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jul 2022 12:48:39 +0900</pubDate>
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<title>放置ブログでしたｍ（＝＝）ｍ</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250606/15/cocoron65/f0/14/j/o0600060015611001281.jpg"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250606/15/cocoron65/f0/14/j/o0600060015611001281.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250606/15/cocoron65/83/43/j/o0090009015611001290.jpg" border="0"></a><br><br>改めて読み返してみたら<br>懐かしくて　　泣ける（笑）<br><br>消したくないから、更新です（＾－＾）
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908697019.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jan 2019 13:44:03 +0900</pubDate>
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<title>今年の初滑り</title>
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<![CDATA[ 今年の初滑り<br><br><br>
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<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 00:05:21 +0900</pubDate>
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<title>再放送を見たらばぁ</title>
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<![CDATA[ 深夜番組（ＮＨＫ）で、再放送が入っていた<br><br>認知症について・・・<br><br>眠気も吹っ飛び　見入ってしまったわ<br>自分の中の異変に気が付いて　病院に行っても<br>そこの医師が不勉強だったら　認知症と判断してくれない。<br>その結果　適切な治療が出来ず　苦しい思いをする。<br><br>ちゃんと診断して その人の症状に合った薬を処方し　適切なアドバイスが貰えれば、進行を遅らせられる人も多いはず。<br>たとえそれが出来なくとも　少しはその症状を軽減して生活しやすくなるかもしれないのに。<br>悲しい現実だね<br><br>でも、実際の医療現場では　まず財政難がそうせざるをえなくさせていく。<br>時間をかけて診察をしていられない。<br>とにかく患者数を多く見ないと収入が得られない。<br>得られなければ病院は　つぶれてしまう。　切実だよね<br><br>全国に　こういう専門的な病院は数が少ない。<br>何時間も問診や診察に費やして　１日に数名しか患者を診られない。<br>そこまでしないと診断は困難な認知症。<br>だけど、そこまでして見るには財政がないとやっていけない現実。<br><br>同じような財政難で私の気になった事が<br>老健での事。<br>沢山の入所者が居て、その人達みんなに適切な薬を出してあげたいと思っても、それにかかる費用が工面できなという。<br>なぜなら　介護保険と医療保険を併用出来ないから。<br>老健で使える枠が決まっていて　それ以上にかかる薬などの工面が困難だと言うのだ<br><br>例えば　アリセプト。<br>この人にはこの薬を飲ませてあげたい。と思っても　老健でその薬を確保出来ないのだね　お金がかかるから。<br>もし、医療保険も使えるなら？問題はない。<br>でも、使えないから薬すら満足に飲むことが出来なくなる。<br><br><br>この内容を聞いていて　真っ先にみーさんの事が頭に浮かんだ。<br><br><br>みーさんは今　どんな薬を飲んでいるのだろう？<br>なんか、根掘り葉掘り尋ねるのが気まずくて　<br>一度　処方されている薬の説明書を下さいと言ったことがあるけど<br>院長に話しておきます。と言われたきり・・・<br><br>老健は　介護をするところであって、医療目的の施設ではない。<br>だけど実際は　治療目的で薬を飲めば進行を遅らせる事が出来る人もいる。<br><br>みーさんの場合は　治療薬のない高次脳機能障害だけど<br>でも、あんな状態でいたら、認知症を招いてもおかしくないよね<br>その判断は？　そしてその治療は？<br><br>他の入所者さん達も・・・　　どういう状態でいるのだろう<br><br>薬の飲み方一つで　水分の取り方一つで<br>もの凄い回復を見せている方もいる<br>だけど、知識がなかったら　なぜ障害が悪化するかさえ解らずに<br>無駄な治療や服用で　益々悪くなっていく。<br><br>医師が<br>認知症について　知らなすぎる。<br>それは今すぐ手術しないと命に関わるから。とかの切迫感がないから<br>たかが物忘れでしょう。と　後回しにされてしまう。<br>その結果　その家族はずっと苦しい生活を余儀なくされる<br><br>そりゃぁ手術すれば病院には大きな利益だけど、<br>診断の困難な認知症は　時間ばかりかかるおかねにならない患者。<br>専門的にちゃんと勉強して認知症専門医になろう。なんていう医師は少なくても仕方ないのかなぁ<br><br>産婦人科医師も少ないよね。<br>厳しい医療体制で　激務なのに、収入がすくなく、あげくに訴えられる。<br>麻酔医も少ないそうだね。<br>相当の激務で、なり手が少ないとか。<br><br>日本の今の現状は　表向き良さそうな顔をしてるのに<br>中身はぼろぼろなんだなぁ<br>安心して子供が産めて<br>安心して病院に入院できて<br>安心して老後を迎えられる。<br><br>そんな日本になるには・・・　まだまだ先のような気がする。<br><br>あぁぁ・・・　　貧乏日本！だわ<br><br>お金の有るところには　あるのにねぇ～～～<br><br><span style="font-size:80%">[[pict:item1]]<span style="color:green">今日も応援ありがとう！</span>[[pict:item1]]　</span><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?276645" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmoon.ap.teacup.com%2Fcocoron%2Fimg%2F1190126197.gif" border="0"></a> <a href="http://care.blogmura.com/" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcare.blogmura.com%2Fimg%2Fcare80_15_lightred_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 介護ブログへ"></a>[[pict:kirakira2]] <span style="font-size:70%">貴方のワンポチに感謝です</span>[[pict:kirakira2]]<br><div align="center"></div><br>
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908697007.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Jan 2008 02:41:47 +0900</pubDate>
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<title>障害者？</title>
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<![CDATA[ 身体障害者。<br><br>体の何処かに障害をもって、いわゆる健常者と違う人。<br><br>人は　こういう障害者を見るとき　少なからず<span style="text-decoration:underline">大変ねぇ</span>とか<span style="text-decoration:underline">大丈夫ですか？</span>って<br>少し哀れみを帯びた目で見る傾向がありますよね<br><br>それが嫌で　ついつい出不精になる障害者若葉ちゃんも居ると思います。<br><br>私の家族は　かれこれこういう障害者を持つ家族のキャリアは長い方？です<br>ばぁに始まり、姪っ子（心臓病）、じぃ、姉（指欠損）<br>ここ数十年いつも　身内に誰かかんか　車椅子利用者が居ます。<br><br>だからってわけでもないけど、<br>私は　障害者　っていう目で見ない癖？習慣？が出来てしまったようで<br>本人の出来ることに対しては　結構きついです（＾＾；）<br><br>例えば　じぃに対しても<br>多少は歩けるのだから　車移動の時とか駐車してある所まで歩いて貰います。<br>『ここまで車持ってこい！』って言うときもありますが（汗）<br>「えぇ～～？じぃこのくらい歩けるよねぇ」と白々しく言っちゃいます<br><br>端から見たら　厳しい娘だなぁ　と思うかも<br><br>ばぁの時も　こんな場面はよくありました。<br>ある時そんな場面で　友人にあって<br>「なんで助けてあげないのぉ？しんどそうやがぁ」と<br><br>ん～～　確かに　しんどそうなのはいつもでしたが<br>いつも側で見ているからこのくらいは大丈夫。っていう加減が解るんです。<br>ただ　優しく　優しく　では本人の為にならない。って思うのが私の信念。<br><br>思えば姪っ子も　ハンデを背負っていたけど、とにかく気丈な子でした。<br>そういう環境のなかで　出来ることはする。って育てられたからかな<br>ホントにこの子はある意味凄かったです。<br>両親も大変だったろうけど、出来ること、やりたいことは　出来る限り経験させてあげたい　と頑張ってました。<br><br>でも、加減の解らない周りの人から見たら、とても恐い存在だったでしょうね<br>何が起きるか解らないから。<br>ばぁにしても、あのお腹です。<br>周りには好奇に映っていたと思います。<br><br>姉に関しては　ホントに私は普通です（＾＾；<br>頭の片隅には　これは出来ないな。という加減は持っていますが<br>時々その加減すら忘れてしまうほど普通です（笑）<br>いつも【出来るよね？！】という感じで接している感じ？<br><br>だからじゃないけど、他の障害を持った方に出会っても<br>必要以上に優しくないと思います。<br>明らかに困ってる感じの時は　ごく普通に手を貸しますが<br>例えば　自動ドアじゃないお店のドアとか<br><br>あれ、困りますよねぇ（汗）<br>重いガラスの押すドアなんて最悪です。<br>介助者が居ても　大変です。<br>あと、陳列してある品物が高くて届かないときとか、<br><br>じぃは　杖ではたいて落として取ろうとしますぅ（汗）それはちょっと（笑）<br>でも、一人の時は仕方ないですよね。<br>誰かに頼むかどうかしないとね。<br><br>私の街は　開発されてきてるとはいえ、まだまだ田舎です。<br>街を車椅子で歩けば　好奇の目で見られがちです。<br>でも、<br>少なくとも私は　家族の障害に対して　特別視はしない。<br>他の障害を持っている人に対しても　変に優しくしないと思う。<br>ただ、暮らしやすい環境に対しては声を大にして訴えていきたいと思います。<br>それは車椅子家族がいるからこそ気が付く事だと思えるから。<br><br>環境が整えば　もっともっと外へ出る機会も増えますよね<br>当たり前な風景になること。それが福祉社会だと思う。<br>経験のない人には　どんなに偉い人でも気が付かない事もあると思う。<br><br>今年　我が市は　全国で１９番目に【中心市街地活性化基本計画】が国に認められました。市長が総理と握手してる写真が広報に載っていました。<br><br>活性化。　素晴らしい響きですよね<br>それに伴って　福祉にも力を注いでいって欲しいと願います。<br>その為にも　一市民として　<br>障害者が普通に市民生活を送れる街になるよう　声に出していかなきゃ駄目なんですね<br><br>これからもドンドン投書しちゃいますよぉ（＾ｍ＾）<br><br>なんか、話しが大きくなってしまいましたが<br>私のモットー？　それに　別に優しくないぞ。って事を書きたかったわけで<br>全く違う内容になってしまったかもしれないけど（笑）<br>私的には当たり前な視線なんです。よ<br><br><span style="font-size:80%">[[pict:item1]]<span style="color:green">今日も応援ありがとう！</span>[[pict:item1]]　</span><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?276645" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmoon.ap.teacup.com%2Fcocoron%2Fimg%2F1190126197.gif" border="0"></a> <a href="http://care.blogmura.com/" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcare.blogmura.com%2Fimg%2Fcare80_15_lightred_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 介護ブログへ"></a>[[pict:kirakira2]] <span style="font-size:70%">貴方のワンポチに感謝です</span>[[pict:kirakira2]]<br><br><br><div align="center"><span style="color:green"><span style="font-size:60%">雪も降った寒い裏庭に　黄色いタンポポが咲いていたわ♪<br> <br>可愛いねぇ　　　　強いねぇ<br> <br>冬のわずかなお日様を一心に受けて　力一杯咲いているよ</span></span></div><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908697004.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Jan 2008 03:03:18 +0900</pubDate>
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<title>大人の階段の～ぼるぅ♪</title>
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<![CDATA[ 今日は成人の日ですねぇ<br><br>うちの市は、昨日の１３日に成人式がありました。<br>新しいピカピカ新成人が誕生したわけでぇ<br>私の友人の娘さんもその一人。<br>なのでお祝いにご祝儀と　可愛いピアスをジュエリーケースに入れてプレゼントしました。<br>小さい頃から知っている子って　感慨深いですよね<br>大きくなってぇ　綺麗になってぇ　うんうん、おばちゃんは嬉しいよ♪<br>その子もプレゼントをとても喜んでくれたわ（＾＾）<br><br>でも・・・<br>話しを聞いてると　やっぱ成人式って超！物いりです（汗）<br>着付けに、ヘアアレンジ、記念撮影！　うん万円が消えていくのよぉ<br><br>うちの長女も数年前、成人式にでたわけなのだけど、<br>長女は誰に気兼ねしたか　着物は着ないよ～　と<br>確かに・・・我が家はボンビーでしたが<br>でも、着たいと言えば無理をしてでも何とかしたのにぃぃぃ<br><br>だけどね、どうせなら後々着回し出来る服がいい！って言ったのよ<br>本人が言うんだし、まぁそれもいいかなぁ　と<br>でも、ここいらの服は　嫌。　自分の崇拝する服飾デザイナーのお店で買うって、なんと東京まで買いにいったわ<br>どこまで行動的なんだか（＾＾；）　まぁこだわりもってるのは良いことなのだろうけどね<br>なんせ長女は学生の頃からかなり　個性的だった<br><br>人は人。自分は自分。みたいな<br>人が何言おうが自分の信念は曲げないぞ的？<br>ん～～　私の娘だから　仕方ないかぁ（汗）<br>高校の時も　クラスで唯一スカートを短くしなかった奴でして<br>担任から　貴重な存在だからそのままで居てねぇなんて言われたり（笑）<br><br>周りからどう思われようと良かれと思ったら気にしないのねぇ<br>ていうか、冷めてたような、淡泊っていうか（ここは旦那似）<br>「よくあんな短いスカートで寒くないなぁ」なんて　貴女はおっさんかい！？<br>ってな感じの娘です（－－；）<br><br>でも、ポリシー持つのは良いことだと思っている。<br>そんな娘は　ゴスロリ派だったさ。硬派のね　黒基調の。<br>いわゆる　カッコエエ派なのです。<br><br>まぁそれは良いけど、母としては、晴れ着姿が見たかったかもぉ<br>娘に言わせると　無駄！なのだろうけど（＾＾；）<br>髪飾りも付け爪も　自分で手作りするやつでした。<br>可愛かったけどね（でも、ゴスロリ系です）<br><br>だけど実際　本当に助かったのは事実で、お金も数万で治まったし<br>もの凄く個性的な正装の出来上がりで　結構目立っていたみたいだし<br>何故か写真撮らせて下さい。って言われたらしいし（汗）<br>コスプレかぁああああ！！　　って感じ　ハハハ<br><br>で、その出で立ちでもちろん　ばぁにも挨拶に行ってきたし<br>当時まだ元気バリバリのみーさんにも会いに行ってきたわ。<br>　　<br>この時ばぁはリハ棟にいたのね、で、この数日後、じぃが倒れた。<br><br>こちらはみーさんと娘。<br><br>ほら、こんなに元気そう<br>っていうか、元気なのは当たり前なんだけどね<br>交通事故で今に至るわけだから<br>病気してたわけじゃないのよねぇ<br><br><br>不覚にもこの写真見たら　目頭が熱くなった。<br><br><br>人生なんて　どこでどうなるか解らない。本当にそう痛感です。<br><br>長女はまぁ　私が言うのもなんだけど、良い娘だと思うよ～＾＾<br>個性的なのは　まぁおいといて<br>どこに出しても恥ずかしくない娘だと思う　親ばか丸出しの私です（笑）<br><br>しか～～し、<br>問題は次女なのよねぇ<br>この娘は　来年　成人式なのですぅ　　う～～～ん<br>この娘、<br>「おかぁ、成人式は絶対出なあかんのかぁ？」と言うじゃないか<br><br>当たり前でしょ？人生の節目なの！　けじめとして行かなきゃ駄目なの！<br>だけど、この次女様、どうイメージしても　およそ晴れ着のタイプじゃない<br>洋装のスカートってイメージでもない。<br>何がいいんだろう～～～<br>本人も　着物なんて嫌だって言いそうだし　普段から男勝りだし<br><br>だけどねぇ　親としては　見たいのよ！　晴れ姿。<br>お金かかろうと！　でも、そんなの関係ねぇ　なのよ。<br>友人と話してたのだけど、袴だったらいいかも？　って<br>ふむふむ、それならまだ女っぽいことないし　次女様も気に入るかな？<br><br>レンタルになるから　料金が気になるところだけど<br>ん～～　早めに本人から意思表示もらわないとねぇ（汗）<br><br>来年の今日の話し。<br>年があけたばかりだけど、レンタルさんはもう受付してるのよ！<br>もちろん　着物販売のチラシは毎日のように入ってきてるわ（－－；）<br>綺麗だよなぁ～～　　今の振り袖ってハイカラやし　フリフリやし<br>凄いのよ～～　時代なんだね<br><br>だけど、一生に一度きりの大切な節目だから。<br>親は張り切ってしまうんです。　見たいんです！！　ダハハ<br><br>この１年で　次女<span style="text-decoration:underline">様</span>が　次女<span style="text-decoration:underline">さん</span>くらいにレベルダウンしてくれたらな（汗）<br>まだまだ甘えん坊で　素直じゃなくて　俺様次女だけどぉ<br>可愛い私のσ（＾＿＾〃）娘なんですぅ<br><br>（長女もかなり　頑固者だけどね（汗））　ハハハ<br><br><br><span style="font-size:80%">[[pict:item1]]<span style="color:green">今日も応援ありがとう！</span>[[pict:item1]]　</span><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?276645" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmoon.ap.teacup.com%2Fcocoron%2Fimg%2F1190126197.gif" border="0"></a> <a href="http://care.blogmura.com/" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcare.blogmura.com%2Fimg%2Fcare80_15_lightred_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 介護ブログへ"></a>[[pict:kirakira2]] <span style="font-size:70%">貴方のワンポチに感謝です</span>[[pict:kirakira2]]<br><br>　　　　　<br>　　　　　　こんな娘たちです（汗）<br><br><br clear="all"><br>
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908697001.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 05:45:49 +0900</pubDate>
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<title>私と、母と、父のこと。</title>
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<![CDATA[ 私は当時、長屋住まいの貧乏一家の次女として<br>自宅で生まれてきました。<br>私は母親のお腹に居た時から利かん坊で、とにかく早く外へ出たがって<br>そりゃもうとても大変な思いをさせてきたそうです。<br>母は必死で　お腹を湯船で何度も温めながら<br>それこそ近所の人に<br>「今にふやけた赤ん坊が生まれてくるでぇ」と笑われながらも<br>必死に私を守ってくれました。<br><br>それなのに私ときたら生まれる時まで慌てん坊で　<br>ヘソの緒を首に巻き付けて　半分仮死状態で出てきたんです。<br>逆さにしてお尻を叩かれましたとも～～！<br>でも、おかげさまで元気な産声をあげました（笑）<br><br>生まれてからの私は体こそ弱かったけど、両親は元気に育ててくれた<br>でも母親は、その頃たまに身を寄せていた姑にきつくあたられ<br>産後まもないのに無理をしたせいで失明寸前までいったとか<br><br>思えば母は　幼い頃に両親を亡くし、兄弟別れ別れで里子に出され<br>大人の顔色ばかり気にしながら暮らしていたそうです。<br>でも、血は繋がっていなくとも　愛されていたと私は思う。<br><br>そんな母は、気丈で　少し？かなり？頑固で　負けん気が強く<br>何事にもめげない人だった。<br>でも、根は優しくて芯の通った日本の母。って感じの人だった。<br><br><br>私の子供の頃は　自分では解らなかったけど<br>多分普通より　かなり貧乏だったと思う。<br>でも、いつも母は私達に綺麗な服装でいさせてくれた。<br>もちろん手作りの服で。<br>お人形も手作り。おもちゃも手作り。<br>唯一おやつは　当時小学生のころで　１日１０円くらい？<br><br>それを握りしめて　駄菓子屋へ１５分かけて歩いて買いにいったなぁ<br>あの頃の１０円ていうと、１円の飴とか５円のガムとか（笑）<br>棒付き水飴キャンディは１０円だった。<br><br>でも、たま～～に　グリコのキャラメルを買って貰って<br>そりゃもう大喜びしたもんです。<br><br>そうそ、あの頃ご飯は釜で炊いていたのだけど<br>その釜にこびりついたご飯粒を水で綺麗におとし　指でさらえ<br>それを食べるのが大好きだった。<br><br>弟と代わる代わる口をだして、その中に入れて貰ったっけなぁ<br>高学年になると、その仕事は私の役目になったけど<br>真っ黒になった釜を洗うのは大変だった。<br><br><br>私の小学校時代は鍵っ子でした。<br>弟が生まれたしばらくは　内職を家でしていた時期もあったけど<br>だけど、母が仕事をしている風景は当たり前の風景だった。<br><br>家のお手伝いも当たり前な日常だったなぁ<br>まだ小学生だったけど、家の拭き掃除（トイレも）は私の役目だったし<br>草むしりなんてしょっちゅうで<br>今でも思い出すのが　あの大火傷の日のこと。<br><br>私は玄関先から　山ほどの洗濯物を抱えて家の中へ入ろうとしたとき<br>たまたま玄関先でゴミを一斗缶で燃やしていたんです。<br>その一斗缶を、事も有ろうに私は思いきりまたいでしまい・・・<br><br>ぎゃーーっっ！！　と叫んだときには両股は大火傷を負っていました。<br>父親が慌てて飛んできて私を抱き上げてくれたけど<br><br>その時の母の顔。　そして私に何度も何度も謝ってた顔。<br>まるでもう　一生お嫁に行けないかもって感じの落ち込み方でした。<br>実際、凄く痛かったと思うけど覚えていません。<br>ただ、痛かったと言うより<br><br>毎日毎日　火傷の手当をしてくれた事の嬉しさが心に残っています。<br>おかげさまでその火傷痕は　今は微塵もありません。<br>厳しかったけど、優しい母でした。<br><br><br>父は　まさに絵に描いたような頑固親父でした。<br>酒を飲むと大声になり、何度　あの硬いキセルの頭で叩かれたことか。<br>お手伝いも半端なしに言いつけられました。<br><br>あの頃のトイレは　いわゆるボットントイレで、<br>その中身は　畑の肥やしになりました。<br>もちろんそれは　肥樽に入れて運ぶんです。<br>その手伝いをさせられていたのが　まだ小学生だった私。<br>肩に担ぎ棒が食い込んで　とても辛い仕事だった。<br>でも、逆らう事なんて出来なかった。　恐かったから。<br><br>弟はまだ幼かったから手伝いなんてしないし<br>姉は居たけど、何故か私は姉の手伝い風景を思い出すことが出来ません。<br>なぜなら　私と姉は７つ離れているため殆ど家に居なかったんです。<br>一人っ子時代が長かったせいか、甘やかされていたと思います。<br><br>私なんて　本当によく叱られていたのにね<br>ある寒い冬の日<br>なんで叱られたのか覚えていないけど<br>私と弟は　裸足で玄関の外へ追い出されたことがありました。<br>泣いて　　泣いて　　泣いて玄関を叩いていた記憶が今も残っています。<br><br>その時、助けてくれたのは　やはり母でした。<br><br>思えば本当に私にはきつかった。<br>その厳しさは　中学になっても高校になっても変わることなく<br>ある夏休み、友達が遠路はるばる遊びに来てくれた時<br>父は私に「庭の草むしりが済むまで遊びに行くことならん！」と言ったんです<br>友達がそこに来ているのに　です。<br>一度言ったら　絶対に曲げない父でした。<br><br>仕方なくせっせと草むしり。<br>それを見かねた友達も一緒に草むしり・・・（汗）<br>今でもそれは語りぐさになっています（＾＾；）<br><br>そう言えばその高校を受験しようと決めたときも大変でした。<br>あの頃私は大学なんて行けないと思っていたから（貧乏だから）<br>専門科のある高校を選んだのですが、それが市外の私立だったんです。<br>当然父は反対しました。　今思えば娘を心配していたのですが<br><br>でも、私はどうしてもそこへ行きたかった。<br>そこへ行けば　保育士の資格を受けるための試験が高校在学中に受けられるから。<br>私の　夢でした。<br><br>だけど、私の意見なんて聞いて貰えるはずもなく<br>なんと担任がわざわざ家まで来て父を説得してくれたんです。<br>そして、その時私は　父に言われるままに　一筆書かされることに。<br><br>「私は、一生懸命学業に専念します。放課後は寄り道せず真っ直ぐ帰ります」と<br><br>ホントに厳しい父でした。<br>まだまだ思い出したらきりがないくらい（笑）<br><br>社会人になってからも、その姿は変わることなく<br>何度大喧嘩をしたやら（汗）　<br>思いあまって屋根の上から飛び降りてやろうと考えたり、<br>荷物をまとめて家出してやろうと思ったり、<br><br>でも、思うだけで踏みとどまらせたのは　私の仕事への思いただ一つ。<br>夢にまで見た保育士になれたから。<br>誓約書どおり、頑張りましたよ～！　で、見事一発で合格しました！<br>高校出の保母さんです（＾＾；）頼りないことこの上ないですけどね<br><br>だけど、父には感謝しているんですよ。<br>私立なんて高い所へ通わせてくれたのだから。<br>高３の頃、一時本当に苦しくて　もしかしたら中退しなきゃいけないかも<br>と思うほど大変な時期もありました。<br>だから私の高校時代は　勉強とバイトの毎日で　ＢＦなんて？居るはずもなく<br><br>でも、すっごく毎日が充実していて　<br>それこそ熱があっても学校へ通っていました。<br>一度試験期間中に高熱だして　それでも学校へ行っていたら<br>朝、目覚めたら私の全身にブツブツブツブツブツ・・・　　風疹でしたぁ！<br>さすがに行けないですよね（＾＾；）<br><br>誰に似たのか　本当に強情で　頑固譲りな　<br>だけど、一番キラキラしていた学生時代。<br>父も　私のことを思えばこそ　厳しかったんですよね<br>今ならそう思えます。<br><br>でも父の事は嫌いではなかったですよ。<br>添乗員だった頃、一緒に旅行へも連れて行ってくれたし<br>お祝い事もちゃんとしてくれて、　笑い声が大きくて　お人好しで<br>子供の頃　滑り台やブランコを家の中に作ってくれました。<br>父は大工にもなりたかったそうです。<br><br>長屋時代　私達の部屋を庭に作ってくれたりお風呂場も作ってくれました。<br>ただ、<br>思春期の頃は　やっぱ反抗しますよね　かなり、相当。<br>それでも横っちょに行かなかったのは　母の優しさと<br>私に夢があったから　かな。<br><br>でも、そんな母にも反抗してた時があったわけで（汗）<br>今でも思い出すと心が辛くなります。　ホント　駄目な娘だったぁ　と。<br><br>母も辛い過去があるのにね　こんなに愛情を注いでくれていた。<br>もちろん父も　貧乏裸一貫根性で家族を支えてきてくれた。<br>私は大人になって結婚して、改めてそんな両親の心に触れて<br>この二人が親で良かったぁと感じることが出来た。<br><br>その思いが<br>今の私の介護姿勢に現れてきているのだろうと思う。<br>気がついたときには　遅いこともあるんですけどね<br>あまりにも　母の人生は　早い幕引きだったから<br><br>子供の手を離れ　これからが自分の人生だったのに<br>出来なかった色々なことを　最後まで叶えることが出来ずに<br>どんなに口惜しかったろう<br>だけど、母は何度病気にやられようと　不屈の精神で頑張ってきたよね<br><br>誇りに思うよ！<br><br>父は　まだ頑張っている最中。<br>最後まで　大好きなお酒も飲めて　元気に大声で笑えるよう<br>私の　夢だった仕事も捨てられるほど　ただただ私の願いは一つ。<br><br>笑顔で　ずっと笑顔のある毎日でありますよう<br><br>ばぁの分も長生きして楽しい事いっぱいしていこうね<br><br>（長文　読んでくれてありがとうございました。）<br><br><br><span style="font-size:80%">[[pict:item1]]<span style="color:green">今日も応援ありがとう！</span>[[pict:item1]]　</span><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?276645" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmoon.ap.teacup.com%2Fcocoron%2Fimg%2F1190126197.gif" border="0"></a> <a href="http://care.blogmura.com/" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcare.blogmura.com%2Fimg%2Fcare80_15_lightred_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 介護ブログへ"></a>[[pict:kirakira2]] <span style="font-size:70%">貴方のワンポチに感謝です</span>[[pict:kirakira2]]<br><br><br>
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<pubDate>Sat, 12 Jan 2008 03:40:29 +0900</pubDate>
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<title>質問コーナー！Ｑ</title>
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<![CDATA[ カニーさんから「質問コーナー」への質問を受けましたので<br><br>ここで　改めて記事にしたいと思います。<br><br>質問は<br>『ベッド上で、手を洗うとき、どうやったら上手くできるか？』よね？<br><br>ここでは　私とばぁの時の事をまず書きますね。<br><br>ばぁの場合足はベッドサイドに出す方が座りやすかったので、<br>サイドに横座りしてもらって、そこに、ベッド用のサイドテーブルを横に持ってきて置きます。<br>（膝の上にはバスタオルかエプロン。）<br><br>そこへ　少し熱めのお湯が入ったタライを置きます。<br>（今の季節だと、すぐにお湯が冷めてしまうから）<br>タライは出来れば直径が腕の長さくらいあるほうがいいです。<br>なぜなら、ばぁの場合　自分で麻痺してない腕で顔も洗いたいから。<br><br>でも、タライが小さいと腕を伝ったお湯が下に零れますよね<br>で、大きめだと、タライの中にお湯が垂れるわけです。<br>（肘の所にタオルを巻いておいてもいいです）<br>その間、麻痺側の腕はテーブルに置いて　ある程度は体を支えていられました。<br>（どうしても体がふらつく場合は横から腰を支えてあげます）<br><br>顔を洗ったら、思う存分　腕をタライの中に入れて暖めます。<br>気が済んだら　私がモミモミしながら洗ってあげます。<br><br>これが朝の　顔と手洗いです。<br>普段の手洗いはベッド横付けのＰトイレ（ソファー型）に座って<br>テーブルを前に置き、同じような感じで手を洗ってもらいました。<br><br>やっぱ手を洗うって　本人も　見てる方も気持ち良いですよねぇ<br><br>おしぼりで済ませるのも出先とかなら良いですが<br>やっぱ普段の生活の中ではたとえ簡単でも　お湯で洗ってあげたい。<br>だけど、毎日の事になると大変だなぁとは思いますが（汗）<br>（深夜のPトイレの後は　濡れテッシュで拭いていました）<br><br>実際　施設などでは食事の前の手は　おしぼりで済ませる所もあります。<br>みーさんがそれです。<br>でも、なんかねぇ（汗）　私が付いているときは私が拭いてあげるけど<br>大抵は　手渡されるだけのようで<br>果たして綺麗に拭けているの？　いえいえ、拭けてないですよね。<br><br>あ、脱線しましたが、<br>みなさんはどうしておられますか？<br>車椅子で洗面所へ行くのが一番良いのですが<br>我が家（実家）は作りが昔風なので車椅子がはいりません。<br>だからベッド上で洗うしかないわけです。<br><br>手を温めるだけでも　気持ちいいですよね（〃＾＾〃）<br><br><br><span style="font-size:80%">[[pict:item1]]<span style="color:green">今日も応援ありがとう！</span>[[pict:item1]]　</span><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?276645" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmoon.ap.teacup.com%2Fcocoron%2Fimg%2F1190126197.gif" border="0"></a> <a href="http://care.blogmura.com/" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcare.blogmura.com%2Fimg%2Fcare80_15_lightred_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 介護ブログへ"></a>[[pict:kirakira2]] <span style="font-size:70%">貴方のワンポチに感謝です</span>[[pict:kirakira2]]<br>
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908696997.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Dec 2007 01:58:22 +0900</pubDate>
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<title>半額だわ！</title>
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<![CDATA[ 久美子さんのブログで紹介されてた障害者にたいする免除<br><br>私も気になってたことを調べてみたわ<br><br>そしたら　出てきた！　半額割引！<br><br>じぃの携帯基本料金！　なんと手帳をもっていたら半額になるって？<br>てことは・・・　今の半分になるの？<br>シニアで申し込んであっても　更に半額になるの？<br><br>う～～～ん　　これは聞いてみないと解らないけど<br>同居じゃなくても契約者が私だし、私の講座引き落としになってるし<br><br>早々にショップへ聞きにいかねば！<br><br>それに、N○K受信料のこととかぁ　水道基本料金とか　ガス警報器とか　<br>Ｅちゃんは知ってるのかなぁ<br>数年前まで障害者が家に３人も居たのよ　<br>もちろん非課税者が。　　これ、しって居なかったら大損だよねぇ<br><br>みーさんの事も明日　旦那に聞いてみよう。<br><br>他に何か知っている人が居たら教えて下さいませ！<br>こういう事は役所は何も教えてくれないもんね<br><br>ちまたでは　ボーナスが？行政職で平均６８万？？　オイオイ（－－メ）<br>それって格差以外のなにものでもないよねぇ<br>国会議員なんて凄い額だし、<br>私ら下々の者は　必死で生活しているっていうのにさ<br><br>この時期になると、　めっちゃご立腹状態のウルルなのでしたぁ<br><br><br><span style="color:blue">追記</span><br>我が市は　水道基本料金に対する免除はどうも無いみたいです<br>都道府県によっても福祉の取り組みや方法仕組みなどが違うようで<br>全国みな同じ、ってわけではないんですよねぇ<br>まぁ　仕方ないですが、でも、一言　市へ投書しちゃいましたけどね（笑）<br><br><span style="font-size:80%">[[pict:item1]]<span style="color:green">今日も応援ありがとう！</span>[[pict:item1]]　</span><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?276645" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmoon.ap.teacup.com%2Fcocoron%2Fimg%2F1190126197.gif" border="0"></a> <a href="http://care.blogmura.com/" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fcare.blogmura.com%2Fimg%2Fcare80_15_lightred_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 介護ブログへ"></a>[[pict:kirakira2]] <span style="font-size:70%">貴方のワンポチに感謝です</span>[[pict:kirakira2]]<br><br>
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<pubDate>Tue, 11 Dec 2007 03:09:19 +0900</pubDate>
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<title>人生</title>
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<![CDATA[ 私の旦那の同級生で、私もよく知っている♂友達が<br><br>先日事故で入院した。<br>色々噂を聞いていたけど、今日　確かな情報を知人から教えて貰った<br><br>ここ最近の彼の状態は　　やっと　足の指先を動かせる程度だ。と<br>脊椎損傷だった。<br><br>言葉につまった。<br>どういっていいのか、言葉が出てこなかった。<br><br>私は　半身不随になった人を何人も知っているけど<br>その人達は　辛い時間を乗り越えて　今　凄く頑張っているけど<br>そんな話　今はとてもできないよ<br><br>だって、今は　ただひたすら辛いだけだろうからね<br><br>でもいつかきっと　愛する家族の　自分を見つめる瞳に気が付いて<br>これもまた自分の人生なんだ　と頑張って前を向いてくれると信じている。<br>きっといつか　歩けるときが来る　って信じている。<br><br>そして、もう一つ。<br>夜、昔なじみの♂友達に久々にメールをしたら返事がきた。<br><br>彼はいつも一生懸命頑張って頑張って　自営業から社長になり会社を大きくして<br>更に大きく手を広げて<br>今、　彼は大きな借金を抱え、途方にくれていた。<br>立ち上げた頃は家族のような会社だったけど<br>今は　まとめることもままならないような　人間関係も難しくて<br><br>本当に会社ラブの人がどのくらいいるの？と言いたくなるような<br>そんな中で　彼は　気力という物を失い欠けていた。<br>だからといって時間は止まらないし<br>朝になれば会社は動くし　追われるように走るしかなくて<br><br><br>私は　彼に返事をかいた。<br>でも・・・　　心の余裕を失っている彼には　きっと辛いだけだったろう<br><br>裸になれる勇気があれば<br>人生は何度でもやり直せるよ。<br>社長でも人間なのだから。限界もある。<br>雇われている人の家族も大事だけど、自分が壊れてしまったらおしまいだよ。<br>結構　社員なんてしたたかかもしれない。<br><br>うちの旦那も　数年前にリストラにあった。<br>でも、私らは会社を恨むなんてこれっぽっちも思わなかった。<br><br>それも人生さ。　と<br><br>この団地に引っ越してきたときも<br>身一つで飛び出してきた。　本当に　みかん箱をテーブルにして生活していた。<br>何もない、部屋の壁が四方がらんと見渡せて<br>それでも元気な体だけが　私たちの生きる上での資産だった。<br>子供も育てなきゃいけなくて　貧乏生活だったけど　でも、幸せだった。<br><br><br>でも、そんな話をするすべもなく<br>今の彼には　きっとどんな言葉も綺麗事にしか聞こえなくて<br>「おまえには　きっと解らないだろうさ」って思うよね<br>そんな簡単に割り切れるもんじゃない。って<br><br>うん、そうだよね。<br>でも、人生の中で　今こそ踏ん張りどころだって時もあると思う。<br>頑張っている人に　もっとガンバレ！っては言いたくないけど<br>まだ諦めてないのなら　頑張りたいのなら<br>私は心からエールを送るよ！<br><br>でも、どうしようもなくて　しんどくてしんどくて　身動きできなくなったら<br>どうか自分が壊れてしまう前に　何もかも捨て去る勇気を持って欲しい。<br><br>いつだって　やり直せる。　その気持ちがあれば。<br>私はそう信じている。<br><br>二人の友人に　私は心からエールを送るよ！<br><br>負けないで！！　　　と。<br>
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<link>https://ameblo.jp/cocoron65/entry-12908696992.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Dec 2007 18:37:10 +0900</pubDate>
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