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<title>Are you Feminist?</title>
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<description>日々の出来事、ニュースなどからフェミニストとして疑問に思う事をアップしていきます。</description>
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<title>Gay New York</title>
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<![CDATA[ 読書メモ1⃣：<br>Gay New York: Gender, Urban Culture, and the Making of the Gay Male World, 1890-1940<br><br>1995年に出版さる。<br>著者：George Chauncey<br><br>ゲイの歴史を変える、素晴らしい本です。<br>これまでゲイの歴史は、invisibleなものとされ、少しずつ解放に向けて進化してきたゲイ文化が、市民権運動の高まりとともに開花する。<br><br>進化を重ねて、解放される。<br>「クローゼットから出る」という解釈でした。<br><br>著者はそうではないと。<br>もともとゲイ文化は多様で様々な形で存在していたと論じます。<br>ホモセクシュアリティーとヘテロセクシュアリティーの二項対立論ではなく、ホモセクュアリティーは世紀転換期のニューヨークにおいて多様でありvisibleでした。<br><br>例えば、<br>ゲイの売春は当時のニューヨークで盛んに行われていました。<br>女性の代わりに男性を買う男性、男性とセックスする男性は、しかしゲイというカテゴリーには分類されていませんでした。<br><br>さらに、女装や女性的なキャラクターを好む男性はフェアリーやバンジーなどと呼ばれ、第三の性として扱われていました。<br><br>階級によってもゲイ文化は異なります。<br>中流、上流階級の男性は、自分の同性愛思考を社会や家庭で隠し、プライベートな空間を確保して同性愛を見えないものとしました。<br>　<br>一方で、労働者階級の男性は、公的な場所で比較的オープンに男性同士のセックスを行います。<br><br>このような多様でvisibleなゲイ文化は、１９３０年代の禁酒法、社会改革によって消滅します。<br><br>数えきれないほどのインタビューや資料に基づいて書かれたGay New Yorkはゲイの社会文化史に新たな一面を加えました。<br>
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<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 01:01:10 +0900</pubDate>
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<title>ハクバクノ王子サマ　純愛適齢期</title>
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<![CDATA[ 秋のドラマが始まって何気なくみた「ハクバクノ王子サマ　純愛適齢期」。<br><br>全体的によくあるアラサー恋愛ドラマだったけど、あまりのだめさに苦笑してしまった。<br><br>ーーあらすじはーー<br>主人公の女教師は過去に不倫をしていた。<br>３２歳の今はとくに彼氏もおらず、自分を肯定できない。<br>新学期に赴任してきた７歳下の教師に恋心を抱くが、彼には婚約者がいた。<br>その事実にショックを受けてもとの不倫相手にもどる。<br><br>というのが第一話だった。<br><br>高校教師という立派な職業につきながらも、男がいないと自分を肯定できない女。<br>キャリアがあっても守ってほしい、女一人では人生には満足できない。<br>そんな空気感が満載だった。<br><br>特に気持ち悪さを感じたのが、新任教師の台詞。<br>「恋愛において決めている事が１つだけある。付き合ってる相手を絶対になかせない事」<br>まずこんなことを言う男、きもちわるい。<br>ここで言う泣かせないはきっと「裏切らない」「嘘をつかない」＝「浮気しない」なのだろうが。<br>そんな普通の事をあたかもすごい信念かのように堂々と公言するあたり信用ならない。<br><br>さらに、この台詞を自分の不倫に置き換える主人公。<br>彼の彼女だったらきっとなかされる事はないんだろうと思いをはせる。<br>相手の言動に守られていなければ幸せを感じられない。<br>一人でいるよりは、なかされる相手でも一緒にいたい。<br>ロマンティックラブイデオロギーもここまでくると笑うしかない。<br><br>たいていのドラマはステレオタイプやミソジニーに満ちあふれているが、ここまでそれをふんだんに盛り込んだドラマは久しぶりに見た。<br><br>男がいないという事実はそんなに恐ろしい事なのだろうか。<br><br>主人公のようにキレイでキャリアがあっても時間と若さだけがすり減って行く焦燥感に打ちのめされる。<br>ではテレビの前のキレイでもなくキャリアもない３０代はどうすればいいのか。<br>結局、平凡でも自分に信念も思想もなくても、男がいればハッピーエンドなのだろうか。<br>一緒にいる男の価値が自分の価値になるのだろうか。<br><br>どんどん保守化するイタイ日本でまた一つ保守的な女性イメージが作られたなぁと辟易した。<br>今後どういう展開になるのかはわからないが、最終回まで見る事はないだろう。<br>
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<pubDate>Sun, 06 Oct 2013 02:24:57 +0900</pubDate>
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<title>&quot;夫”の呼び方</title>
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<![CDATA[ マイナビニュースにこんな記事がでていた。<br><br><br>「ダンナ」「主人」「パパ」……妻は外で夫をどう呼んでいる?<br><br><br>２００人の女性にアンケートしたところによると「ダンナ」と呼ぶ女性が３分の１以上で一番多い結果となったらしい。次いで「主人」が人気があった。<br><br>ぐったりする結果ではあるが、なんのことはないよくあるアンケートである。<br><br>３０歳も越えると周りの友人の大多数は結婚しはじめる。<br>そういえば高校時代の友人で結婚していないのは私だけになった。<br>彼女たちと話すときに最も違和感を覚えるのは”夫”の呼び方である。<br>彼氏時代から恋話を聞いていた身からすると、”結婚”を経て変わる呼び方に気持ち悪さを感じる。<br><br><br>昔は「～くんが」と話していた友人の９９％は今や「ダンナが」と話すようになる。<br>まぁ結婚したてで新婚をアピールしたいという気持ちもあるのかもしれないが、困るのはこちらが話を振るときである。<br><br>「ダンナさんは～」、「ご主人は～」などと口が裂けても言いたくない。<br>本人がどう思っているかは関係がないが、私の友人には「主人」も「旦那」もいないと信じたい。<br><br>しばしば日本語の語彙の少なさにフラストレーションを感じてしまう。<br><br>そもそも<br>旦那　➡　生活の面倒を見てくれる人、お金を世話してくれる人<br>主人　➡　家の主、自分の仕える人<br>という由来。<br>そういう由来のある言葉を違和感なく使えない。<br><br>まだ「夫」は違和感が少ない気がするが、他人が「あなたの夫は～」などと話すのは少々失礼な気もする。<br>つまり２人称としての相手の”夫”を指す呼び方がないのである。<br>屈辱的な「旦那」や「主人」意外には、、、<br>結果私はあった事もないような友人の結婚相手の名前を聞き出しては「～さん」と呼ぶ事にしている。<br>しかし、困るのは目上の相手と話すときである。いくらなんでも上司の結婚相手の名前を聞き出し「～さん」とは呼べない。<br><br>やはり日本語には語彙が足らない。<br>とくに女性が安心して使用できる女性のための日本語が少ないのである。<br><br>そもそも結婚を経て、関係性や呼び名が変わる事にも違和感を感じるのだがそれはまた別の話。<br><br>なにか新しいいい日本語はないものだろうか。。。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/coffee-bean19107/entry-11623886091.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Sep 2013 03:18:50 +0900</pubDate>
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